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2026-03-10 14:47

しょうけい館 戦傷病者史料館

サマリー

ninjinkunは先日、九段下にある国立の戦傷病者史料館「しょうけい館」を訪れました。この施設は、第一次・第二次世界大戦における戦傷病者の実態や、その家族の証言、手記などを通して、彼らの経験を伝えています。徴兵検査での名誉から戦地での負傷や病気、麻酔なしの手術といった過酷な医療環境、さらには戦後の恩給停止による困窮と募金活動、義足での生活再建の努力まで、多岐にわたる展示が紹介されました。特に、結核に関する企画展では、当時の病気への差別や治療の困難さも語られ、戦争がもたらす身体的・精神的苦痛と社会的な影響の深さを感じさせる内容でした。

しょうけい館の概要と訪問のきっかけ
こんにちは、ninjinkunです。
先日、東京は九段下にあるしょうけい館に行ってきました。
ここは、戦傷病者史料館という、もう一つの名前がついていて、
戦に、傷に、病に、もの、で、戦傷病者、ですね。
主に、第1次から第2次対戦を通して、
実際に戦いで、傷や病を得た人たちのついての資料、
実際の戦時中の話から戦後についての話が集められている、
そういう国立の博物館になります。
そんなに大きくなくて、ビルの2フロアに入っているんですけど、
本当に何でもないオフィスビルみたいなところに入っていて、
1階はコンビニなんですけど、近くまで行くとしょうけい館という看板が出ていまして、
この近くにはですね、昭和館という、これはね、
一等○○博物館の建物があって、こちらも国立だったと思うんですね。
そちらの方にも戦争についての記録が結構あります。
あちらは他に昭和の暮らしとかね、そういうものも結構入ってますけど、
たぶんあとなんかイベントホールみたいなのもあるのかな。
こちらのしょうけい館は結構コンパクト。
前から地図で確認してどのとこかなと思って行ってみようと思ったんですけど、行ってきました。
戦前・戦中の過酷な実態
そうですね、結構コンパクトな割には見るものが多くて、
特に実際の傷病者の人たちとか、
あとはその家族の発言とか手記みたいなものが結構たくさん読めるようになっていて、
それがそのバインダーに閉じられて、おそらくその人たちの手記から抜粋したものを読みやすく短くまとめているものだと思うんですけど、
これがね、至る所に置かれてて、これを読んでるだけでも相当時間が経ってしまいましたね。
館内は基本的に全面撮影禁止で、
最初に出生のあたり、特に健康を扱う博物館なんで、
長兵検査ですね。高乙兵みたいなランクが捨てられて、
その中でも特に優秀だった人には何かもらえるんですよね、表彰されるみたいな。
それがとにかく名誉みたいな。
おそらくそれを取るために、米だわらを担いで何分耐えれるかみたいな話だった気がする。
そこでおそらく村とか町の力持ちたちは、
おそらくそれを競って良いランクがもらえると、とても名誉だという感じだったようです。
逆にその検査で跳ねられてしまうと非常に不名誉的な扱いの世界観だったようですね。
こういうのはいろんなドラマとか作品で見ることができますけど、
そういう世界観があり、でもいざ戦場に行くと、やはり実際に怪我や病気をすると。
この怪我と病気も、怪我の方が名誉であって、病気になるのはやはり少し軟弱に見られるという風潮があったらしくて、
例えばいろんな血格とかマラリアとかいろんな病気に戦地でかかるわけですけど、
そうしたときはひけ目を感じるようなところがあったみたいですね。
結構そのあたりのどういう傷を負ったかとか生々しい話も、
あんまり具体的なスプラッターみたいな写真はないんですけど、
話としてはかなりリアリティを持った話がいろいろ書かれてますんで、
苦手な人は結構苦手かもなという感じがしますね。
あと再現ジオラマみたいなのがあって、
実際に戦場で被災した人たちが、傷を負った人たちが洞窟の中の野戦病院に連れて行かれて、
そこで麻酔なしで腕の切り落とす手術を受ける様子のジオラマとかね、ギャーって感じですね。
実際に血が飛んだり腕が取れたりするシーンこそないものの、
結構これはわざわざエリアの前に、
体調が悪い人はこっちから通ると見えなくてすみますよっていう道が用意されているぐらい、
そこそこ迫力があるべきなんで、そういうジオラマもあったりします。
こういうとこはなぜかジオラマを用意する傾向がありますね。
とにかくやはり特に戦況が悪化してからは、
病院の様子ももうめちゃくちゃで、
ろくな手術道具や衛生環境がない中で、
しかも麻酔なしで手術などをされるっていう、
最近は医療の合併症とか、例えば手を洗わないで手術をしたら、
かなり合併症のリスクって上がって、
せっかく手術をしてもそうなったら亡くなってしまったりするわけですけど、
こんなホラーな環境で、しかもきれいな水とか用意できないことも多いと思うんですよ。
そんな中で手術して、
これの成功率ってどれぐらいだったんだろうっていう、
絶対こんな目に遭いたくないなという、
恐ろしい光景が結構想像できるような感じでした。
せっかく病院に入っても、
その中で例えばまた良くない水を飲んでしまって、
雨場責任かかったりとか、
その病院の環境も全然良くないんで、
そこからおそらく回復できるっていうのも、
なかなかレアというか大変なことだったんじゃないかなと思いますね。
戦後の生活と社会の動き
あといろいろ他にも周りの家族のこととかも勉強になって、
戦時中は実際に、
例えば片腕をなくしたりとか、
目を失明してしまったりとか、
そういう地図を受けた人にと継ぐことが女性の名誉だとされていたらしくて、
どうもそういうふうに国が仕向けていて、
実際みんなもそれを内面化したらしくて、
なので女性たちは戦地から帰ってきた人たちを支えるために積極的に結婚していたということですね。
実際やっぱり身体が不自由になった人たちを、
奥さんが支えたって話はめちゃくちゃいっぱい書いてあって、
実際本当にあったことなんだろうなという感じですね。
なんかその本人の指揮で、
自分も自暴自棄になってあたり散らかしたりして、
すまないことをしたと思います、みたいな。
まあね、みたいなね。
こととかいろいろ書かれてましたね。
あと戦後になるとGHQの命令で、
軍人への恩急が停止されて、
あとはその傷病軍人には別の手当ができたらしいんですけど、
そういうものが停止されたせいで、
結構もう空に困る人が続出して、
街頭に立って募金をしていたっていう、
白衣募金だったかな。
そういうムーブメントがあったらしくて、
最初はね、もともと言えば軍人というのはホマレの世界ですから、
そういう人たちが街頭に立って、
寄付を募るなんてけしからんっていう感じだったのが、
結構実際寄付が集まったことによって、
それもね、その人たちが直接食うわけじゃなくて、
病院をもっと増築するとか、
そういうことに使うためっていうことで始まったらしいんですけど、
そういうので、
なんでしょうね、結構全国的に広がりを見せていって、
一域はそういうふうに街頭に立って、
寄付を募っている症病軍人の人たちが、
街角で至る所で見られたということですね。
これもその後、
症病軍人会みたいなものが、
ちゃんと発足して、
そうした人の働きかけで、
多分あれは、
日本の主権が回復したのかな。
もう一回その恩急とかが復活して、
そこから、
その症病軍人会のほうから、
そういう募金活動はやめろという、
全国的なお達しが出て、
それに対する、
募金に対する反対運動とか、
そういうのもあったりしたらしく、
結構その内場の中でも、
どういうふうにお金を集めるかとか、
生活を守るかで、
割と感慨の対立とかあったんだなっていうのが、
そういうのも知れたのも、
なかなか興味深かったですね。
義足と生活再建の努力
あとは実際に義足が持てるコーナーとか、
実習義足が、
自分の手で持てるコーナーって、
義足なんかだいぶ重かったですね。
3キロぐらいあるということでしたけど、
それを足に固定すると、
その傷とのね、
切断された足との断面のところに負荷がかかるので、
そこがとにかく痛いとかね。
そういう中でも、
例えば農作業を頑張ったりとか、
実際に自分で商売を始めたりとか、
そういうことをして生活を、
みんな立て直そうとしていったんだなということが、
描かれておりました。
企画展「結核」が示す困難
というのが生計感かな。
今はね、あと企画展で、
結核に関する企画展があって、
これもなかなか結核については、
私もそんなに詳しくは知らないけど、
よくね、サナトリウム文学っていうのが昔ありましたけど、
なんだっけ、
トーマスマンの魔の山とかそうじゃないかな。
昔ね、読んだっきりですけど。
そういう結核は、
昔のその、
いつぐらい前なんでしょうね。
多分特効薬が開発されるのが、
戦前、戦争中ぐらいだから、
そのね、前は結構、
死亡率、
全体の病気の中での死に至る、
実際の死の病気のナンバーワンだったということで、
完全に回復するっていうのもあんまりないし、
再発したりもするし、
あと結核にかかると肺の機能が一部なくなってしまったりとか、
例えば片肺で生きなくちゃいけないとか、
そういうふうにして、
もちろん亡くなることもあるし、
回復してからも相当大変というね、
そういう非常につらい病気だったというのが書かれていて、
もちろん戦地でかかる人も多くいたし、
その後療養所に送られるんですけど、
療養所も特効薬がないんで、
それこそサノトリウムですよね。
空気がいいところに送られて、
そこでひたすらなんか、
さまよい笛の中でも窓を開けっぱなして、
いい空気を吸ってされるみたいなね、
なかなか厳しい環境で治療に専念しなきゃいけないという、
そういう世界観があったというね。
あとその結核から回復しても、
その結核持ちだっていうのは差別を受けたみたいなね、
そういうのもあって、
それの啓発、当時の啓発映画みたいなやつも、
それはその中では、
先生が太鼓板をしたことで、
その人は働けるようになるんですけど、
その前は非常に就職を絞られるみたいなね、
そういう内容のドラマでしたね。
訪問を終えて
はい、などなど。
結構盛りだくさんでしたね。
なんだかんだ2時間半ぐらいいたんじゃないかな。
他にもドキュメンタリーを流しっぱなしのコーナーがあって、
私はそこはもう見る時間がなくて見れなかったんですけど、
結構そこは1日中ドキュメンタリーを流してるっぽいんで、
また近くまで行ったら行ってみようかなと思います。
資料室にもね、そういうやっぱ戦争についての本が集められていて、
あと漫画コーナーとかもあって、
私がこの前読んだ、映画化されたね、
ペリリューとかも置いてあって、
この辺りも行くと結構いろいろまた読めそうで、
時々行ってもいいかなと思いますね。
無料ですからね。
という感じで、
小警官、戦争症描写資料館に行ってきました。
こういう、やっぱ怪我とか病気に特化してるっていうのは他にあんまなかったんで、
結構確かに他にない感じで新鮮だなという感じでしたね。
展示の面白さで言うと、
東京都庁のほうにある機関者たちのミュージアムって、
あっちのほうが見ごたえというか、
行ったときの総合満足度は高い気がしますけど、
こちらもそれに劣らずかなり、
こっちはたぶん読み物が多いですね。
あと音声ガイド結構ありましたね。
音声ガイドについての情報がそこまで館内にないんで、
入り口で見逃すと音声ガイドがあるのをわからないまま中に入っちゃうことになるんですけど、
自分は他のところで見覚えがあったんで、
Potato Grainっていうアプリを入れてやるタイプでしたね。
いくつかのこういう公共の施設で使われているアプリみたいです。
という感じで小警官に行ってきた話でした。
ありがとうございました。
14:47

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