遠近両用コンタクトの見え方と使い道
みちくさして迷子中〜時差ボケ座談会サイドノート〜です。
えっとあの、たった今、実は、えっと、コンタクトを見てもらって、眼科医さんに見てもらって、それで合わせてきて注文してきました。
あの、私は、もともと目はすごい良かったんですけれども、両目1.5、1.5、下手すると1.7、2近く見えちゃうようなぐらい目が良かったんですけど、
あの、さすがにやはり、40以降になって、少しずつ目が悪くなって、どんどん、遠視方向に悪くなり、また、もちろん老眼もどんどん進んで、今は目が根っこになっております。
でもその、眼鏡が使えないシーンってあるじゃないですか。
髪の毛切ったりする時に、あの、携帯も雑誌も何も読めないっていうか、何も見えないっていう状態になっちゃうっていうのがどうも嫌で、
それ以外にも色々、こう、眼鏡抜きで何かできるようなシーンが欲しいなっていうふうに思って、ある時、5年ぐらい前に胃を消して、コンタクトを見てもらいに行ったっていうことがあって、
で、その時に気がついたのは、そのコンタクトにも塩菌があるんですよね。
で、その塩菌療養を実際に装着するんですけど、コンタクトをやってる人っていうのはもう実に簡単にスッとつけ張ると思うんですけど、
50を過ぎるまでコンタクトというものを一切やってこなかった人間としてはですね、本当コンタクトつけるの大変で、
一生懸命そこで練習したんですけど、で、教えてくれる人も横で一生懸命教えてくれたんですけど、本当目に入らないんですね。
それを思い出します。今はいろいろ準備して、鏡を前に置いて、手を洗って何してこれしてっていうふうにやって、一生懸命やれば、まあなんとか5分以内に入るかなぐらいの、そんな感じのふうになっています。
今回も試させてもらったんですけど、1回目はちょっと緊張しながら、なんとか入った入ったって感じだったんですけど、それをちょっと変えてこっちの方じゃ入れてみてもらえますかって言って入れた瞬間入らなくて、あ、いかん。
もう一回ちょっとあれ、あ、いかんと思ってやっぱり2、3分かかりました。
でも、この5年間の間に遠近両用コンタクトって、ちょっとやっぱり進歩してんじゃないかなと思うんですよね。
その遠近両用メガネっていうのは、どうも遠いところを見る上の方のレンズは遠い方にピントがあってて、でちょっと高速からグラデーションかけて下の方になってくると本が読めるぐらいの、そういう感じのあるいはそのパソコンが見えるぐらいの、そういう距離感になってるなって思うんですけど。
コンタクトはじゃあどうなってんのっていうと、あれ同心円状に遠いところ近いところ遠いところ近いところ遠いところっていうふうにピントがレンズが縞々になってるわけですね。
円の縞々になってるっていうんですか。
あれがすごい最初不思議だったんですけど、人間の目っていうのはピントの合うところで合わせようとするようにできてるそうで、人間の目と脳がですね。
それでこうその同心円状のピントが合う合わない合う合わない合わないっていうのがこうある中で自分の合うところで目が合わしてピタッと見えるようになっていく。
だから全体で全部の光のうちのある部分のこの光だけ選んでここだけ見るっていうことでラインが見えてくるみたいな風になってるんだそうです。
現在そこで合わせてもらったコンタクトが5年前のコンタクトっていうのはものすごくちょっとメガネに比べてピントが合いにくいイメージがあったんですけど、今回は入れた瞬間からパチンって全部あって近いところも見える遠いところも見える。
遠いところはよく頑張って0.8ぐらいだったんですけど、現在は両方とも近い方もパチンって見えてますし、遠いところは1.0以上見えてる感じです。
なのですごく快適だなぁと思って、年をとった分目も弱くなっているのであんまりコンタクトばっかりに頼るのはよろしくないみたいで、基本メガネではいるんですけど、それでもやっぱり例えばライブに出ますよとか、
病院行きますよとか、パーティー行きますからドレス着ますよとか、着物で何かどっか行きますよとか、ないですけどね着物めったに、そういうようなことがあるときに裸眼に見えるような、つまりメガネかかってないように見えるような格好ができるっていう点で、
1個選択肢ができたなぁと思って、ありがたいなぁと思います。
以前作ったコンタクトでは、とてもじゃないけど車の運転なんてできないって思いましたが、今回のコンタクトは1.0以上見えてますんで、これは見えるわ、これだったら運転できるっていう、車の運転もできるなぁと思って帰ってきたっていう感じです。
円金両用まだ数がそんなに揃ってないみたいで、店舗に置いてないそうなんですね。だから今度送りますっていうふうに言われたら、はいよろしくお願いしますというふうに言いました。
春花と計画したパリ旅行
ところで、自分の思い出残っている旅行の、海外旅行のお話をしようと思います。
そんなに何回も言っているわけではないんですけど、自分が一番印象的だった旅行っていうのはですね、今回の一緒にジサボケ座談会をやっている次女、はるかと一緒に行ったパリへの旅行でした。
連れ歩いたのは当時だから、彼女が小学校6年生の時で、もう場所は一箇所だけ、宿泊先は一箇所だけ、絶対にこう宿泊が取れてませんでしたとか、飛行機がキャンセルになりましたとかいうことだけは避けたかったので、
間に必ず旅行会社を挟んで、それでもなおリコンファームしてみたいな、そんな感じで、宿はがっちり確保して、空港からの移動手段も全部も先に予約をして行ったという感じでした。
女一人と子供一人という旅なので、当然パリへ行ったんですけどね、パリへ行きましたが、ナイトライフというのは当然過ごせるはずはない。ただ夏だったんですよね、本当の夏のお盆に行きましたので、夜はおとなしくどこか小さな場所でご飯を食べて、部屋でおとなしく寝るしかないなとは思ってたんですが、幸いなことに夜が遅い。
ヨーロッパって行かれた方はよくご存知だと思うんですけど、緯度が高いので、暗くなるのがえらい遅い。何だったら9時でも明るい。夜の9時でも明るいっていう状態だったのがすごくありがたかったです。
またそのルーブル美術館から歩いてすぐみたいなところに宿を取りましたので、ルーブルが9時まで空いている日っていうのがあるんですよね。だからそういう時にも人が少なくて行けて非常にありがたいなというふうに思いました。
これはパリに行く前にどこへ行きたいかっていうのは、私自身当時は仕事があまりに忙しかったっていうこともあり、自助自身にガイドブックを何冊か与えまして、行きたいところを自分でピックアップしろというふうに言いました。
印象派ゆかりの場所を巡る
ハルカ自身は当時絵が大好きで油絵を描いてたんですよね。印象派が非常に好きだったんです。なので自助が行きたいというふうにピックアップしたところは次の通りでした。
1つ目。サンラザール駅。これはモネが描いた絵にある蒸気機関車が向こうの方に見えてるとんがり屋根みたいなホールがある駅のホームみたいな感じの絵なんですよね。
それの場所へ行きたいと言ったので、それはいいでしょう。入れましょうと。それからもう一つがモンマルタンの墓地です。
ヨーロッパって面白いんですけど、墓地がそのまま散歩道になってるみたいなところがあって、そういうところへ行きたいって言ったんですね。はい行きましょうと。
それからジベルニーというパリから来るまで2時間ぐらい行ったところにあるモネの家に行きたいと言いました。これはおそらくツアーがあるだろうということでわかりました。行きましょうと。
それからマルモッタンにあるモネ美術館。で当然のごとくオランジュリー美術館とルーブル美術館。まあそれはホテルからすぐだな。歩いて行けますなと。
そしてピカソなどの画家たちが暮らした洗濯船と言われている当時の安アパートですね。非常に狭いところだったみたいですけど、そこで今も残っているのでその建物を見に行きたいと。
これも確かモンマルタンにあったのかな。で同じところのすぐ近くに今度はゴッホ自身が弟のテオと暮らしていたアパートこれにもちょっと行きたいなと。そしてパリど真ん中にあるオペラ座の見学がしたいなということでした。
であの私自身はじゃあ何かっていうとそのサントシャペル教会というのがすごくきれいなので私は見たいというふうに言ってこれらを見に行きました。
でその非常に良かったのがですねこのいわゆる観光エリアではないモンマルタンの墓地それからサンラザー駅この2つが最高に良かったです。
いろんな有名人も名前聞いたこと誰でもあるような美術家とかそれから画家作家それからバレーダンサーそれからその歌手とかねいろんなそういう人たちのメモリアルって言うんですか。
もちろん墓地ですからその墓石がそこに彫刻とか文字とかいろんなものがあってその人何した人かっていうのがわかるようになってるんですね。
でもちろん緑もいっぱいで非常に美しいまあペーブメントというんですか歩道ができててまあ最高だったんです。
光り輝く木々の中からのね木漏れ日を見ながらいろんな著名人たちのお墓を眺めて歩くという。
入口にはガードマンさんがいてみんなにはいはいはいはいこういう風に行くんだよというような感じの地図を配ってくれるんですよ。
ちゃんとこう散歩するそこを観光客が来るっていう前提なんです。
でその観光客として我々も行ってであのここにあのえっとドガが眠ってるとかねここにあの先祖本を作ったサックスさんが眠ってるとかなんかいろんなそういう人がいてるわけですよね。
であのこの人ここにいたんだみたいなここで眠ってんだみたいな人がたくさんいてあのウィキペディアなどで見ていただいたらあの分かりたらいただけるんじゃないかと思うんですが。
モンマルタンボチにはとにかく有名人だらけです。
今から入ろうと思ったらかなり難しいぐらいあのてかすいませんここ入れてくださいっていうのがおこがましいよねっていうぐらいすごい有名人が山盛り眠ってると。
どこ行っても有名人がいるっていう感じのあのすごい面白い墓地でした。
でもう一個あの次女が行きたいって言ったらそのサンラザール駅は普通の駅です。
あの言うたら本当あの梅田駅とかあの阪急の梅田の駅とかいろんなそういう大ステーションなんですけど。
でもまあ普段使われている駅に午後ポンと行ったような感じだったんですよね。
でそうするとこうもちろんそこにいるのは列車なんですけど電車なんですけど赤やその黄色やらのすごい綺麗な色の電車があるんですけども風景やその画角などはもう完全に当時のあのモネの絵のままなんですね。
だからあの全然変わらなくて本当に素敵だなぁというふうに思ってあの次女と二人で風景をここから描いたんじゃないみたいなことを言いながらキャーキャーと喜んで見た記憶があります。
パリでのフランス語体験
そしてあとルーブル美術館も当然行きましたしオランジュリーも良かったし、
ありとあらゆる美術館本当に良かったんですけどルーブル美術館のその2階のバルコニーみたいなところでパーラーをやってた黒人のすごい手足の長くてかっこいい女性たち2人いたんですよ。
でその人たちと夏の日でたとえその日ヨーロッパとはいえ結構暑かったんですよね。
で私は大学時代にフランス語はやってましたけどももうもちろんその頃にはすっかり忘れてたんですけどサバぐらいしか覚えてないサバって元気って意味ですけど。
でその時にそこの黒人のお姉さんがいきなりトレッシャーって言ったんですね。
でそのトレッシャーっていうのはベリーホットなぁ今日暑いわってそういう感じのことをあの言って。
ああ確かにその瞬間にピコーンってこれ暑いっていう意味だったそうだそうだってあの遠い昔の第二外国語を思い出した授業思い出してそうだそうだと思ってそうねトレッシャーだよねって言ったら向こうもねトレッシャーよねみたいな感じであの海を越えて今日は暑いねと言い合ったっていうことが非常に楽しくってですね。
それで日本に帰ってきてフランス語を学んだっていうようなことがフランス語を学び始めたきっかけになっています。