1. 研究者がそばにいるくらし
  2. #917【寺島響水さん・国場要さ..
2026-02-17 1:07:08

#917【寺島響水さん・国場要さんと鼎談】書道、合気道に通ずる器、身体、イメージとは?

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【国場さんとの前回対談】
#623【国場さんと対談】美しさについて本気出して考えてみた
https://r.voicy.jp/wOVLJeP1me2

【寺島さんの作品たち】
https://kyosuiterashima.com/

【今後のイベント情報】
4月6日(月) あいまい会議 vol.2
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【今後の対談予定】
2月27日(金) 高橋晋平さん
3月23日(月) とうや先生

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00:00
対談というか定談ですね、始めていきたいと思います。
今日のゲストはお二人いらっしゃいまして、寺島さんと国場さんお二人来ていただいております。
今日はどうぞよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
お二人に簡単に自己紹介いただいてから、何でこういう話になったのかみたいな話を僕からしたいと思いますので、
まず寺島さんから簡単に自己紹介いただいてもよろしいですか。
寺島響水と申します。私は制作の現場で、書をこういうパッケージに使いたいです。
っていう雰囲気を線で表現し、お戻しし、それを広告に使ってもらうようなお仕事と、
あとプライベートでは書のレッスンを行っています。
レッスンでは皆さん書の書きたい動機ってすごい幅広いので、
それはなんかヒアリングして、制作の現場でいろんな線を書いているので、
この方だったらこの入り口から入った方が楽しそうだなとか、
私の中でその書を習っていく上で、
簡単と書いていることがちょっと難しい時期があったので、
一緒に書くときには楽しい遊びをしつつ、そこには基本点書くの方があるんだよっていうところから、
とにかく楽しいの先をお伝えすることも私にできる一つの書の一つじゃないかなと思って、
そんなことをこの1年ぐらい始めてます。どうぞよろしくお願いします。
お願いします。気になりますね。ありがとうございます。
クリマさんもご紹介いただいてよろしいでしょうか。
はい。ひつわりさんとは1年のお付き合いなんですけれども、
私自身は研究職ではありませんので、
私自身は本当に美しいもの、美というものに興味があって、
それこそ本当に何十年も興味があって、いろんな本を読んだり、
いろんなものに触れたりしながら、美というものを考えてきただけのことなんですけれども、
それを考える上で、36歳の時に合気道に出会って、
合気道で美というものを考えること、深めることができないかということで、
今も続けているようなことをしております。
すごいよ。本当に美しいを探求して合気道にたどり着くっていう、
本当にこれが、寺島さんはおそらく何と言っていることがわかるなみたいな感じだと思うんですけど、
多分これをもう99%の人は何を言っているんだっていう、この人はっていうことだと思うんですけど、
まあまあまあ、そういう話を今日はしていきたいなと思っていますが、
03:01
ちょっと背景を説明、ちなみに国場さんとのお話は一度対談、
Voicyとかでも上がってしたことがあって、
その時の放送の回も概要欄とかに貼っておこうと思いますので、
ぜひ興味があれば国場さんのもっと深い話、そこで聞けたと思うので、
ぜひチェックしてみてください。
今日はですね、お二人実は自分がやっているアイマイトというコミュニティで、
お二人一緒にね、お話をすることがあって、
寺島さんが入ってくださったのが先月くらいに入ってくださって、
その中で興味が似てそうだというところと、
この興味がね、僕はどうやって言語化したらいいかもよくわからないんですけど、
書道と合気道という話があった時に、
似ていることがあるというか、お二人が同じようなことを考えているのではないかというところに、
コメントでですね、コミュニティの中のコメントで行き着きまして、
じゃあ一回お二人と、僕と間違えて話してみようという風な流れになったという、
そういう経緯があります。ここまであってますかね。
これを身体的な、なかなか数式にもできないだろうし、
言語にするのも結構難しいと思うんですけど、
いろんな角度から観点があると、できることもあるんじゃないかなと思います。
そういう試みでもあるのかなと思っていまして、
話していきたいと思います。キーワード的には身体というか体と書、合気道、美しさ、曖昧さ、
みたいなところなのかなと思っておりますので、
ザックバラに今日はお二人どうぞお願いします。
お願いします。
お願いします。
何から始めますか。
よろしいですかね。
ぜひぜひ。
テラシマ先生のほうも、私も筆跡心理学を学んでおられるということですけど、
テラシマ先生はどちらで学ばれましたかね。
私先生って柄じゃないので。
テラシマさんで。
ありがとうございます。すいません、ちょっとそういう。
何か私はネットで筆跡心理学って言って、通信にできる郵便で送ってする。
ねんこと先生の。
そうです。
私も同じです。
郵便でちょっとやりとりして、それでなんか、給を取っていくみたいな。
筆跡心理学って何か改めて何をやられてるんですか。
2通りですね。
まず一つは、よく犯罪捜査で使う筆跡鑑定。
06:06
その筆跡が本人のものかどうかを見る筆跡鑑定があるんですけども、
相当難しいもので私全然できない、勉強もしなかったですけども、
それと別に筆跡から性格を診断するという。
以前中国の方で、性格を診断するというのも研究で筆割りさんの証拠が出たと思うんですけども、
あれを日本語バージョンでするんですけども、
もともとは欧米でされていたグラフオロジーで、
向こうでは、特にフランス・ドイツでは当たり前の技術と言いますか、
フランスでは完全直用。
へー、そうなんだ。
日本では文字自体が違いますので、
まだまだ、僕の個人的な意見としては八点途上と言いますか、
もちろんそれで職業に立っておられる方もおられますけど、相当難しいものだと思ってます。
寺島さんはどう思ってますかね。
私もなんでここにたどり着いたかの記憶が十数年前の話なので、
書くをもう少し書道だけじゃなくて、広い範囲で見てみたいなと思って探してたたどり着いて、
この後にいろいろと文字を書いていく中で、
この間、国場さんとのメッセージとのやり取りで、文字ってのは、
今のありをも表すけれども、ありたい姿も表現できる。
ありたい姿っていうのは、制作の現場でいう求められている線をどのように演出するか、
パフォーマンスの部分になっていくので、
それと今のありたいはどう違うのかなとか、
なんかそこにはどんな構造があるのかなとか、そこには書の型がどのくらいあって、でもその型を突き詰めていくと、その表現の時にはその型の本当に破片しか入れずに表現しないと、
特にいっぱい種類になるパッケージのお名前たち、1年で100件、100とか200だとか出しているパッケージの2文字を合わせていくってなると、
非常にその書の型っていうのは一体どこまでそぎ落とさないと表現ができないのかっていうのをまさに機能を感じていて、
09:07
その型とは一体あるけれども、最終的に人に届くためには、その型は本当に変化させないと人には届かないものなんだな、みたいなことをちょっと考えてました。
【佐藤】だからもう書というもの一つとっても、いろんな角度から探究されてきて、その一つが筆跡心理学みたいな、なるほどね。
ありたい姿も描ける、描こうとできる?
【森】そうです。書の場合は手で描きたい、手と頭の気持ちを同じ方向に導いていくということがあって、
よく線とかでおいしそうなパンを描きたいと思いながら、焼きたてのパンを持って、そうすると優しい頭に体中がなってからこうやって書くと、線を描いていったらロールパンができました、みたいな。
そういうのはやっぱり可能なんですよね。
反対に、硬い線で、柔らかい筆で硬い線を出したいという時に、やっぱりここって心とも通じてるし、ここが頭とつながってる時に、
そういうふうにありたい姿を表現する、表現ということができるのが、書の面白いところだなと思って。
【森】本当そういう意味では、自分っていう器を貸しているっていう、線を描くために、ちょっとお菓子してるなみたいな感覚があって、
くにばさんが合気道で感覚わかります?みたいなことをこの間確か書いてあったと思うんですけども、東洋のそういうものにはそういうものがいっぱいあるんじゃないのかなって感じてます。
はい。今、型とイメージと身体というワードが出たと思うんですけども、型っていうのは、合気道ももちろん型があってするんですけども、
私が個人的に考えてる型っていうのは、外見的な型。私は書道をしたことがないのであれですけども、
自分の中でその型がどういう意味を持つのか、そのひとつの線というのか、合気道の動きというか、形というか、そういったものをどんどん吸収していって、
12:06
自分の中でそれが一致したときには、もともとの日本とはちょっと違うかもしれないけれども、その人にとっての型がそこで生まれるんだと。
そういうふうに思うんですね。型を自分の中に授与して、自分の中でその型を表現する。そのときには元の人とは異なりますよと。でも元の人はちゃんと受け継がれていると。
同じようにイメージというのも、そうやって自分の中に落とし込むというか溶かし込んで、外に出てくる。
いろんなところで稽古してる中ではイメージが大事だと。
イメージを持たず、最初はイメージと言われても何もわからないんですけども、イメージを持ってするとイメージが体で出てくるのかなと。
踊りとかダンスとかする人は、音楽を楽器を鳴らす人もそうなんじゃないかなと思うけども、
そういう頭で持っていたものがちゃんと体の中に踏み落ちるといいますかね。
そのときに表現がちゃんと一致して、それがその人の個性となっていいものが出るのかなというふうに思ってます。
全く同感です。
ちょうどわかりやすい表現で言うと、ベース、Pがパフォーマンス、Tがターゲット。
物事って書で言うと、まずベースの地があって、そこからスタートっていう意味のベースの基地があって、そこからターゲットに向かう。
Pのパフォーマンスを変えることによって、Pの位置がちょっとずれてくる。
Tダッシュ、Tダッシュ、ダッシュ、Tダッシュ、ダッシュ、ダッシュ、Tダッシュ、ダッシュ、ダッシュ、ダッシュ。
Pのところは結構呼吸っていうのがすごく私は大切にしてて、
そこでどこでしょっていうのは結構、必ず筆の呼吸で筆が立つので、
そこで呼吸を入れて、呼吸を入れて、呼吸を入れてってきて、点と点と点と点でカオスを立ち上げる。
そのカオスっていうのは混沌って意味じゃなくて、洗濯機のドラムだと、水流の動きみたいな。
ああいうのを立ち上がらせる。
そうすると、1年前に見た時には見えなかった表情が見えるよね。また見えるよね。
15:03
ちょうど2月のバレンタインの時期って、松山銀座にバレンタインフェスティバルでチョコレート屋さんがいっぱい並んで、その中の一角で和菓子屋さんが出てるんですね。
私そこに出店してる和菓子屋さんと、この10年ちょっとただのファンで通ってるんですけど、そこの店主の方に文字をご納品したことがあって、
その文字を、その人もすごく愛してくれてて、愛おしく思ってくれてて、
女の和菓子を目の前で作ってくれるっていう実演をしてくださるんですよね。
その時に、私が今、書に対してこういう思いで書いてる。
それを職人さんの思想で作ってくださいみたいに、目の前で大喜利みたいな感じで作ってくださるんですよね。
その時に、いただいた言葉として、和菓子のメーカーの名前が内宝っていう女の和菓子の名をいただきまして、
京水さんの文字を見てると、毎回全然違った合和が聞こえてくる、見えてくる。
だから本来は色は外につける予定だったんだけど、
女の和菓子を切って食べていくときに、中で色が見えるように、まるで文字と重ねて、それで作りましたって言ってプレゼントしてくださって、
感動的に嬉しくて、そういう深い話はそこまでしたことがなかったんですよね。
【佐藤】ありがとうございます。
私の表を持ってくださっている方が、そういうふうに言ってくださったことが、今まで最近思ってたことの言語化が
本当に大きく変わってきましたね。
私の中で一番大きく変わってきたのは、
女の和菓子という一つの作品に、手元に来たときに何度も言えない胸がいっぱいな気持ちになりました。
【佐藤】今いくつか例が出たんですけど、全部同じ話になってるんですね。
今のお話の中で立ち上がるっていう、ドラム洗濯機の回転して立ち上がるってことですけど、
伝わるかどうかわからないんですけども、
美しさとか合気道とかの結びつけとかのキーワードとしては、中心とすると正中線。
それを考えていく中で渦巻きというか螺旋というもの。
18:02
そういったものを活力を大事にしてるんですね。
正中線ってまっすぐな線なんですけども、
じゃあそのまっすぐな線を先ほどに戻して申し訳ないんですけども、
一つの字の中に正中線があるものですね。
要は軸ですね。
最初は軸を何回も軸を軸の中に差し込んで、
自分なりの軸ができると。
それは合気道をしてても同じなんですけども。
その軸ができたときに、やっとその軸が自分のものになったなという感じでしょうかね。
いろんな芸能を見てても、やはりその軸があるなと。
おそらくその軸ができたときに一つの形、一つの調和っていうのはできる、生まれるのかなという感じですね。
そうですね。
私はそのことをすごく、
芸術の書と実用書っていう分類があって、
芸術の書を私最初に始めたんですけど、
一個に小さな解消タネがあんまり、
市販持ってるけど納得いくクオリティになってないなっていう実感がありまして、
なぜなら市販イコール綺麗な解消タネを書ける自分っていうものを想像してたので、
そこのやつがちょっと足りないなと思って、
症状技法を書く症状の文字で誰もが見ても、
美しい解消タネですねってなんとなくイメージしやすい解消タネだったので、
市販を持ってるのにそれが書けないのはすごく嫌で、
その学校に入って目から鱗で、
線の基本点画を徹底的にやるんですよね。
それを基本的には私毎日書いてるんですね。
毎日型の確認、表現の場合は結構、
個性の強い線を書くので、
基本的な練習は一本の線で、
それで表情が出ないように、
ただでも解消体の一本の線で、
人を魅了できる線はどこにあるのかっていうのを一人で探求していて、
延々と一本の線を毎日。
だから2010年の東日本大震災の時に、
一時、私は近所の大阪の方に離れた時があるんですけど、
その時にまだ子供が小さかったので、
抱っこ紐でとにかく荷物を持っていかなきゃって時だったので、
筆と墨を持っていけなかったんですよね。
21:00
でもすごい戻ってきた時に下手くそになっていて、
でもそれ以来戻ってからはどこに行くにも、
どんな日でも絶対一線は書くって決めていて、
そこで気づいたんですよね。
線に表情があるって。
もう疲れ果てて、もう書けない今日って思った時の一線の、
頑張って書いたよーみたいな声のする線。
あと悲しかった時に一本書いた時の線。
でもだんだんと最初はそうなんですけど、
それを削ぎ落としていくと、
無になっていく自分がいたりだとか。
いろんな一本の線をとにかく、
この15年引いて引いて引いて引いて引いているので、
そういうおしゃっている軸だっていうのはやっぱり、
基本添加工の線にあるなと思っていて。
で、その線の練習をいっぱい、
生徒さんとかにも最初はしてくださいって思っていて、
繁紙だといい具合に線が墨の影響で滲むので、
線が引けてないのに、引けたかもしれない感が出ちゃうんですよね。
なので用紙にきちんと筆がきちんと引けているっていう。
圧倒的に2000年前と比べて書く量は減ってますので、
ここに近づくための筆を徹底的に入れてもらって。
なのでそんな形ですごく線を大事に書いてますっていう話です。
【佐藤】つまりわかりにくいと思うんですけど。
今ではでも結構わかるんじゃないですかね。
情報量があるという世界は。
結構そうだなーって思いながら聞くんですけど、
いろんな人がこれを聞いてくださることを思えば、
もうちょっとだけ補助線を引くというか、
フォローがあったほうがいいのかなと思って、
ちょいちょいツッコミを入れたいんですけど、
1本線を引くっていう、お稽古って言ったらいいですかね。
なんて言うんですかね、これは。
何て言ったらいいだろう。
【森】諸島の対話と言ってます。
【佐藤】それと、森さんが普段出されているアウトプット、
納品したりとか作品だったりとかするときの、
そこのギャップって何が起こるんですか。
【森】ギャップは起こらないです。
基本の鍛錬があるからこそ、そっちの納品の求められている線の、
いつも準備体操をしている感じです。
24:01
バレリーナとか、ずっとどこ行ってもストレッチと、
基本を整えていると一緒で、いつでもすぐに線が欲しいって言われても、
一番いい状態でありたいので、常に基本のステップは、
今書いてくださいって言われても大丈夫な状態を作っておくための、
基礎取れです。
【佐藤】オリジナリティっていうことを考えたときに、
僕は寺島さんのポートフォリオとか見させていただいても、
本当寺島さんのオリジナリティというか、
これは寺島さんの書だっていうのがちょっとずつ分かるんですけど、
数作品見たときに。
それと、さっきの1日1本書くっていうことの形成って、
どうなんですかね、その1日1本線を書くっていう、
そっちの線であっても寺島さんの線は寺島さんの線であって、
そこにはオリジナリティがあるみたいな感覚なのか、
目になるっていうのがなかなかね、
ちょっと言葉では分かるんだけども、
僕はその興味ないから。
その感覚がちょっと気になるんですよね。
【佐藤】横入りしていいですか。
【佐藤】いいですよ、いいですよ。
【佐藤】表現っていうのが、
今個性っていう言葉も出てて、
関係があるんですけども、
個性っていうのは、
どんな人でも字を書けば個性って出てくるんですね。
ただそれが綺麗かどうか、美しいかどうか、
商品になるかどうかっていう話だと思うんですけども、
そこで個性がちゃんと軸に乗ってるか、軸に乗っているか。
ちゃんとそういう確かなものの上に個性が乗ってると、
表現になって人に伝わるけれども、
乗ってなかったら、
この人こんな字だねって伝わらない。
軸がないから。
軸があるかどうかっていうことで、
その表現が、表現ってなって、
個性が表現に生まれ変わるっていうことがあるんです。
だからその軸を養うと言いますかね、
照らします。
ちゃんとそういうことが毎日やっていくのは、
そういうためだと思うのではないかなと思うんです。
【森】ありがとうございます。
【田中】はい。
【田中】はい。
確かにずっと表現をしていると、
基本的な解消がかけなくなっちゃうんですよね。
線で、基礎で見せられるものになる。
27:04
一番難しいんですよね。
払いがないから。
払いで勢いを出してとかじゃなくて、
線を引くだけで、その佇まいを見せるっていう、
解消体が一番私難しいと思っていて。
なので、すごい基本添加工のその一本の線で表情を
抑えられなくても、
反対にそこの解消体の一本の線の中に表情を込められるか
っていうことを探求していると言っても過言ではないです。
反対にその表現ってなると、相手の求められている層があるので、
例えば、企業様であるとどういう理念で、ビジョンで、
どういう佇まいをってなったときには、
そこに資料としての、役作りとしての資料があるので、
それを読み込む。
それで表現する。
そうすると、お客様が求められていたもののコンセプトとはまた
別の文字から立ち上がる、近しいお話っていうのが文字から
立ち上がるんですよね。
っていうのは、たまたま墨が、筆先で墨が潰れてしまったから、
そこに文字が違うものに見えてくる、みたいな、
そういう意味ので立ち上がる。
書いてると、これってあの文字と似てるなとかっていう、
そういう目の前にあるものを、私が逆さまから見て、
もしかしてこれってこれに似てたけど、
それとそれってその話で通じないだとかっていう物語があるんですよね。
そういうのを感じ取れるかどうか。
で、なんとそこを感じられたときに、その方に届ける表現の品物が、
作品が出来上がるなっていつも思ってます。
わかってきたような気がします。
なんかすごい、一番難解かもね、今回の会話、今までの対談会の中で。
何かすごい、研究者の話とか論文の話って、
すごいわかりやすいなと思いますね。
言語で、なんとなくある程度単純化して、
定期的に物事を見るんだよ、我々は。
そういう話じゃないと、
すごいこの身体、暗黙地みたいなことを、
何とか言語にしてもらおうとすると、
すごく難しいなと思って聞いてました。
でも、言語としてのことはわかるような気はするんで、
この時にはすごく楽しいんですけど。
どうでしょうね、国場さん。
合気道の話もちょっと深掘ってみたいんですけど、
30:00
どう行こうかな。
何かその、あります?
テラシマさんで言う、毎日1を書くみたいなことが、
合気道ではどういうことが軸形成につながるのかみたいなのを聞いてみたいです。
なかなか耳が痛い話で。
そんなに毎日毎日合気道の稽古ができる環境にはなくても、
僕の場合は稽古の日がないので。
昔でも、本当に最初の頃でしたら、
家でも鳥で稽古は続けてましたし、
今は生活の中で常に意識はして、
正中線というか、してますし、
自然とそうなってくるというか、
物を持つにしても触るにしても、つかむにしても、
違和感があったときは自分がダラーっとしてるなという感じがあるので、
なるべくそうならないようにとか、
ただあまり合気道の姿勢をすると体に負担がかかってくるので、
それはそれであまりに緊張感がするので、
その辺のバランスをとりながらしてますけど、
一番周りに言うのは、
木刀振りなさいと。刀振りなさいと。
真っ直ぐ。
縦にね。縦に上下に。
これでちゃんと姿勢も軸も整うから、
何も手に持たなくても、
そういう意識で手を振ってるだけで、
体に集心ができるので、
集心は養いましょうと。
なるほど。
ありがとうございます。すごく分かりました。
確かに。
寺島さんとの話を聞いた後で、
ちょっと対応させてみて考えると、
軸があって、その上で表現があったりとか、
出てくるものがあるということだと思うんですけど、
パフォーマンスかな。
どうなった時に、合気道の角とか軸の部分は、
結構対応してると思うんですよね、話が。
その中で、表現みたいなのになった時に、
合気道の熟達者の方とかって、
個性ってどんな感じで出るのかっていう、
表現する、それとも、
一番その型を忠実にやりきるってことが、
一番の熟達なのか、
何て言ったらいいか分かんないけど伝わってます?
聞きたいこと。
すごいなとか、うまいなって人は、
体の大きい小さいとか、
33:05
細いとか太いとか、
若いとか、
歳を言ってるとか、関係なく、
やっぱり美しいです。
美しいなんだ。ちょっと難しいのかな。
それは何かっていうと、
ちゃんと中心が持ってるか。
私はもう、
こんな状態なんであれですけども、
学生さんとか20歳ぐらいで元気な人は、
技すごく早いし、すごくシャープだし、
言ってるんですけども、
中心取れてないよねとかも。
じゃあまだまだだね、みたいな。
年をとって、
大先生みたいな方は、
動きも小さいし、
もしかしたら若い人が何やってるんだろうとか、
思わない方も、
見えてしまうかもしれないですよ。
その方がスパーンと技が取れて、
技をかけるときには頭が下がるといいますか、
中心がしっかりとしてるので、
技が成立するなと。
そういうところが、
生き動の特徴。
そういう特徴が生き動では、
僕は特徴ができてるかということを見ます。
いろんなパフォーマンスをYouTubeでも出てますけども、
全く知らない人がすると、
すごいパフォーマンスで評価される方もおられますけども、
あれこれ、中心取れてるのかなっていう人もおるし、
地味な技を地味にやっておられますけども、
すごい技かけてるっていう方もおられるので、
いろんな方がおられて、
今特にテレビで人気の先生がおられるんですけども、
その先生とかはもう全部揃ってるみたいな。
すごい先生もおられますしね。
生き動で特徴なのは、
相手がいるってことなんですね。
それってとても運気の特徴で、
自分に中心があって、
相手にも中心があって、
その中心に合わせるんですね。
合わせて技をかけるので、
技をかける方に対して技を受ける方というのは、
受ける方の中心をどうやって自分につなげて、
自分が相手の中心と一体化するかっていう。
36:04
そういうことが、
非常に段が上になってくると、
描いていかなきゃいけない問題になってくる。
自分だけで成立しない。
ちゃんと相手の軸を考える。
相手の中心を考える。
そのときには自分の中心がなかったらだめなので、
まずは自分の中心をつくりましょう。
相手の中心がどこにあって、
もしかしたら中心があまりつくれてない方があったら、
相手の中心をつくってあげましょう。
そうすると、
相手が自分が思ってもいない形で、
技が受けられるというかね。
そういう風になればいいなと。
理想ですよね。
理想ですけど、
そういう風なのが相手の特徴かなと思います。
でも自分の軸があって、
相手も軸があってみたいな話って、
寺島さんが会社さんから求められて、
和菓子屋さんから求められてみたいな話と、
結構似てるなって思ったんですよね。
相対的というか。
聞こえるかな。
寺島さん聞こえます?
聞こえてるかな。
ちょっと重たくなってそう。
寺島さん聞こえますか。
大丈夫です。
今聞こえてます。
今聞こえてます。
国場さんの話の相手の中心、
相手がいるっていうことが、
私が書道においてすごく変。
相手が待ってくれてる方がいる。
人のために書く。
相手のために書く、
相手のために書くということと出会えたことが、
私のすごく書に対する感度が変わった時なんですよね。
それまでは自分の、
誰に届けていいかわからない。
自分のために書いてる書ってちょっと苦手なんですよね。
ですけど、
秀有さんに届けたい書があるのであれば、
ちょっと髪型に見せて、
ここをちょっと前髪風にここ入れてみようかなって思って、例えばですけど、アドレスを描くときに、住所を描くときとかに、そういう遊びができると楽しいなって思ったんですよね。
なんかそれってすごく制作の現場でも一緒だし、文字を書くってそんなに多く、昔ほどはないので、いかに自分がそこを楽しめるかだなって思って、自分の中心と相手の中心をどこで合わせられるかなと思ったときに、思いもしない線がたまたま開けた。
39:08
そのときに自分の器を貸している感じがあるっていう、どうしてそのときにあの線が描けたのかはよくわからないなって、ものすごい一生懸命描いてるんですよ。ですけど、今からあの線をもう一回描いてくださいって言われたら、もう一回はちょっとたどれないなっていうのがめちゃくちゃ感じてます。
あと筆で言うと美しい瞬間っていうのは、どんなに長い筆を使ってても、最後ものすごく綺麗に筆が使い始めた同じ状態で終わるっていうのがやっぱり美しいに通じるんですよね。
おもしろい。
小さな動きなんだけど噂が入るっていうのは、多分そういうピンポイントにそこにもポンって技術を入れてる感じと、感じはたぶん似てるんじゃないのかなとかって思います。
なんか寺島さんの方から繰り返しに聞きたいこととかあったりしますか。
あ、なんか、合気道で一番最初に出会った時に国場さんが合気道に感じてた合気道とっていうことと、今思う合気道。
いいですね。
何て言うんですか。合気道を誰かにお伝えするときに、どんなふうに今ならお伝えしますか。
いいね、これ。
すごく難しいですね。
まず始めたときは、もうそのときにすでに、今に至る美しいとか美に関するしてはこういうものじゃないかってイメージがあったんですね。
前にも言ってましたけど、正しさと強さと優しさ。
正しさっていうのは、調和とか規則性とか厳しい。
強さっていうのはエネルギー。
優しさっていうのは優和性。
そういったものが揃ったときに、当分ではなくて最大公約数的に揃ったときに、人は美しさを感じるんだっていうのが、
42:08
自分でいろんな音楽とか絵画とか見ながら、
今の牙になるようなものを考えていて。
ただそのときに、そういったものっていうのは外にあるんですね、自分の。
外にあるものを鑑賞して美しいと感じるんだけれども、
それを自分の体の内部で感じれないかと。
もうダイレクトにそれを捕まえたいという欲求があって、
どうしたらいいかなと思ったときに、
そのときに最初に思いついたのは、能です。
ただその当時、今ではなくてその30年前に、
能を習うっていうのはどこで習えばいいのか。
この京都でさえどこで習えばいいのかわからなくて。
もうちょっとハードルが高いからと思ったときに、
たまたま合気道に出会った。
合気道を見たときに、
体の動き方が非常に調和性、論理性が見えて、
物理法則とか力学的なものも含めて、
非常にそれが体の中に落とし込まれて、形を見せてもらったときに、
これじゃないかなと思ったのが最初ですね。
ただ入ったはいいんだけれども、年齢的にも遅い。
そして何より私が運動音痴であったということが、
非常にハードルが高くて。
合気道を体に落とし込むまでに、
今も落とし込んでるかどうかは全然自信がないんですけども、
ずいぶん時間がかかったなというのが。
今、あんまり言うと恥ずかしいんですけど、
一応、京都で住人ばかりの一緒に仲間がいて、
道場というか教室をやってます。
僕がとりあえず一番、
長さと年齢で、私が一応代表。
特に代表というと、市販クラスの偉い人のように思われるんですけども、
言い訳すると、私が単に年齢が高くて、
世話をみんながしてもらえると思って代表になっているので、
一応、内部的にはマネージャーですよって言われている。
45:00
そんな感じで教えてるときには、やっぱり難しいです。
若い人にいくら言っても派手なパフォーマンスが
なってくるので、そうじゃなくて、そういう中心を持って、
それがどうやって体の中から表現するか。
おそらく書で言うと筆使いだと思うんです。
この体のこの位置に、なぜ入らなければいけないのかとか、
なぜこの角度なのか。
そういったことを伝えていきたいんですけども、なかなか難しい。
教えていきたいのは教えていきたいです。
今の派手さじゃない中心を持ってっておっしゃってましたけど、
まさに相手と対話をするっていう、
対話をしながら相手の中心はどこだって思いながら、
ちょっと対話をしていくイメージを合気道にも感じたんですけども、
その感覚って表現としてちょっと違いますか。
いや、そうだと思います。
自分の中心と相手の中心がつながって、
より一つの大きな中心を。
和の精神を、聖徳太子は和の精神を掲げてますけど、
和って和やかなって読みますけど、
私は超和やかな対話である、まるで言の法あむ対話であると説いていて、
和菓子も和ってついてるじゃないですか。
だから対話を生むお菓子なんだなって。
確かに派手さはすごくないですが、
保育でだとかデコレーションでとかではないけれども、
職人さんの技術が浄納菓子は毛のひらサイズに詰まっている。
まさに一口目を食べてから対話していく感じだなって。
聖もそうだなって思っていて。
まさに今日国馬さんがおっしゃってた中心と中心を感じながらされていくっていうのは、
対話をする身体的なものが合気道なんですね。
うちの嫁も名前が和が入っているので。
ちょっとあと終盤になっているんですけども、
さっきの相手の中心と自分の中心があって、
一つの中心になるみたいな話も聞きたいなっていうのと、
あとはやたかさんの方からコメントがあって、
48:02
身体が器になるっていうのはどういう感覚なのかって。
今日の対話はずっと身体が器になるというか、
お腹を貸しているとかね。
みたいなのも出てきているんですけど、
それってどういう感覚なんだろうみたいな話とか。
こっちの方がいいかな。
もっと難しい話をすると、もっと難しく終わらない。
器になるっていうどういう感覚かっていう。
寺嶋さんいかがですかね。
最初は、例えばですけども、文字をご依頼された時だとかっていう時には、
その文字の骨格を、輪郭をつかむために、
まず書の書く、書道の書の書く、文字を書くっていうものにフォーカスしていくんですけど、
だんだんと筆順だとか、漢字がまとっている輪郭を感じられると、
手が慣れていくので、絵を描くっていう段階に、
ちょっと手が滑らかになっていくっていうイメージになって、
そこを超えて、書いていくと、書いていくと無心でもう一枚、もう一枚って書きたい、書きたいって思っていくと、
時々最後に、あの超いいのが書けたっていう瞬間があるんですよね。
それは自分がいいのじゃなくて、相手に届く線が生まれるっていう。
その瞬間は無心なんですよね。
なのでそういう意味で、まさに空の状態だなって思っていて、
だからなんか時間軸ってよく読め学とかだと、
未来から現在過去に時間軸が流れてるって表現がされると思うんですけど、
最後に本当目の前に流れてきたものを、
そのまま写しとって、書いたみたいな。
でも私の場合は、頭で書いてるうちは良いものが生まれないので、
体が書きたいって思った状態に運ばれる状態っていうのがあって、
書いていくと、なんか身体的にいつも書きたいって思ってるので、
それが自由に動く瞬間があって、
そこはちょっと自分が書いてるっていうよりかは、
器になった気持ちになるなって表現してます。
そういうふうに生まれた線って、
すっごい赤ちゃんの笑顔みたいな優しい線してるんですよ。
そうなんですよ。
考えて書いていくうちは、
制作の現場で唯一アナログで身体位置で書いてる現場って、
51:03
私の書の状態なんですね。
私スキャンして送りする、それを使ってもらうっていう状態なので、
めちゃくちゃどこに空間があるかだとかって、
考えられてる中に、人が書いた文字ってただでさえ個性があるのに、
どうしてそこに入れるのかって言ったら、
無邪気な線だからなんですよ。
その無邪気な線は作られて、作って作れるもんじゃないじゃないですか。
まるで赤ちゃんの笑顔、だから怖い人が顔をしてても、
赤ちゃんが笑ったらつい顔がほくそえんでしまうみたいな、
だから最終的には旗はあるけども、
素朴で無邪気な線を書きたいなって思ってます。
その無邪気な線ほど、人の心に届くものがあるんじゃないかなって。
技じゃないのでもうそこは、心に届くかどうか。
そういう意味で器って、表現的にちょうど伝わりやすいんじゃないかなって思って、
伝わしてるのが器ですね。
【佐藤】いいですね。器、無心と結構難しいってなるけど、
無邪気な線とかは結構言い聞きやすい気がしますね、確かに。
頭で考えるとそうはならないよね、確かにね。
意図とかがあると、こう書こうみたいな思ってる段階では、
確かにそこには届いてるみたいな感覚があるし。
早岡さんコメントくださってますけども、
能動体から児童体になっていく感覚っていうのも、
感覚あるんですよね。
ありますけども。
あれもありますよね。
僕最近読んでるんですよ。中動体。
中動体の世界、国文広一郎さんが書かれた。
あれがね、やっぱり大事なんじゃないかなと。
ちょっと読み切ってないんであれなんですけど。
児童体ともちょっと違うんじゃないのかな、もしかしたら。
表現としては確かに運ばれるとかね、
そういうのが多い気がするんですけど。
竹本さんどうですか、うなずいてくださって嬉しいんですけど。
まさに僕も中動体だなっていうイメージがあります。
僕らもやってるときには、
初心者はこうして、ああして、そうしてって思いながら技をするんですよね。
そのときにはもう大変ぎこちがないし、中心もないし。
やっぱりずっとやっていくと、自分の体の中で、
技のやり方を覚える。
54:00
そこでまずは、自分はこうするんだみたいな個性を出そうとする。
で、どんどんそれが否定されていく。
書けるときには無心と言いますかね、一人で書けてしまう。
そのときに何も考えてないですから。
そのときには、技もちゃんと決まったときには、
相手にかけてるのか、相手がかかってくれてるのかと言われたら、
中動体だと。
一番ぴったりくるなっていうのは今聞いてて思いました。
畑さんが中動体とは何でしょうと言われていまして、
僕も説明がすごく難しいんですが、
日本語とか今の言語って結構これがない。
今だから能動、中動とかで我々は英語とかも習うし、
日本語もそうなってるんだけども、
古代のギリシア語とかはこの中動体っていうのが存在して、
これ別に能動と中動の真ん中だから中動ってわけでもないんですよね。
今PPTに流したやつで言うと、
誰がやったのでも自分でやったのでもなく、
自然にそうなったように表す。
自分が行為の原因でもないし、
被害者というかその結果でもないような状態。
例えば、ドアが開く、氷が溶ける、気持ちが動くとかが、
中動体に近いっていうふうにね、GPTは。
なかなかこれ難しい。
そういうのがあるんですよね。
我々は結構世の中を能動、中動っていう見方で捉えてしまうんだけども、
古代ギリシア語っていうと能動、中動っていうその対比があったみたいで、
だから存在位置の関係で能動と中動が分かれてるみたいな、
僕の今の段階での理解なんですけど、
もうちょっと分かりやすく説明できるかな。
話したいんですけども。
今の国間さんの話はすごく僕は気に落ちているし、
寺島さんはもしかしたらそういう言葉を使わないかもしれないけど、
そういうことを自然にやってるんじゃないかなっていうふうに感じて聞いていました。
中動体の説明って難しいと思うんですけど、
僕のイメージでは、なるってイメージ。
なりましたってイメージ。
これ、禅の言葉でも言えるのかなっていうか、
なりましたっていうのはちょっと、
誰かがするでもなくされるでもないっていう。
なりましたっていう意味で、僕は禅に通じるのかなっていう気がします。
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分かりやすい。
それだ。
寺島さんの話で、なんとかされるっていう言葉を使っているんだけども、
その何々される、英語だったら自動体の後はバイ何々みたいなのがつくじゃないですか。
何々によって何々されるみたいな。
その何々によっての部分って何かあるんですか?
これがこの間話し聞いた、
その余格のインドの言葉で、
何々にされたみたいな、
全部その余格が、
主格余格だとかってあるじゃないですか。
全部主語は向こうだと、神が私にそうさせたみたいな。
余格って結構、
書と近しいなって、私が伝わる書になってるんではないかなと思っているものは、
自分という主語ではなくて、
禅がそれを与えてくれたみたいなふうに感じるなって思ってる感じですね。
Cって言えば神っていうことかもしれないし、
英語とかは結構わかりやすいというか、
ITとか、レインズみたいな、その主語は何なんだみたいな。
そういう存在なのか、みたいなちょっと思うんですけど。
あれだな、後半に話すにはちょっと。
自己を、自分のための自己を追求していったら、
最初的に利他になって戻ってくるみたいな。
ちょっとそういう感覚が、自分の写真がなくなったときに、
誰かに届くもの、別の世界に飛ばしてる感覚があるなっていうのがありますね。
そろそろ終わりますか。
本田さんからも中道隊になりましたと。
確かに寺島さんのおっしゃってた器の感覚に近そうですね、
ちょっとそのあたりはまた探求を深めて、
僕も中道隊の勉強を深めていきたいなと思っておりますけども。
まとめることもないですし、
恐らくよくわからないというコメントというか感想を抱いてる感じの中道隊になるかもしれないですね。
1:00:02
もねいらっしゃると思うんですけども まあいいやあの曖昧さとか大事にしてるって言ってるし
とりあえずあのもやもやしていただいて僕ももやもやしてるし あの中着点がないんですけども
一旦今日のタイムはこれぐらいにしてまたあの お二人に来ていただいて続きを喋りたいなという気持ちになってますね
いいですかこれでお二人今日は
ありがとうございます
すいません一言というか感想だけお二人からいただきたいなと思っているんですけどもいかがでしょう
久倉さん今日どうでした話してみて
まずあのすごい寺島さんのお話が面白くて
こういう話って本当にできないなと
ありがたい時間だったなと思います
皆さんに注意点としては私が合気道の話をしましたけども
合気道の熟達者ではないので先生にあんまりベラベラしちゃうと怒られる
まあまあ一人の合気道人のおしゃべりだと思って聞いてもらって覚えてもらって
そういうところで今日は楽しい時間でしたありがとうございます
ありがとうございました
寺島さんいかがでしょう
私もすごく今日の合気道の話も伺えてすごく楽しかったです
私の話してきた章っていうのは
私は今ちょっと回とかも抜けてしまって
私の感じる思う章の道を自ら歩んでるっていう状態なので
今話してた内容っていうのは私が子育てをしながら家庭に入りながら
目の前の日常とどういうふうに章が付き合ってくるのかな
またまたそれを章の制作の現場で届けたときには
どういうことが起こってきたかなっていう
私の実体験を言語化したものですので
全ての方の掛け手にこの話がイコールで伝わってるものではないと思うので
先にご了承くださいということだけお伝えさせてください
あくまでも私が歩んできた道の中の話なので
ということです
はい
お二人とも最後に予防線を張られましたね
はい
絶対自分が正しいとは思ってないので
ただでも一つそういう経験値から
そういう制作の現場で使ってもらったってことには
何かしら何かがあるだろうって突き進めてきたことが
今話してきたことなので
私の体験値としてはすごくそれは理にかなってるのではないのかなと
まさに個人的な話ではなりますが
すいません
これも面白くて
1:03:01
結局個別の話を突き詰めていくことでしか
普遍にたどり着かないような感覚がちょっとだけあって
お二人とも別に
今日の話は普遍的な話だったんじゃないかなという
今日僕の注意点としては
書と合気道っていう
たぶんで陣平はこの二人を一緒に読んだんだと
全く関係ないんじゃないかって思ってた人が
この1時間くらい話を聞いて
確かに似てるところあるかもねみたいな
ふうに思ってもらえたら
とりあえず今日はいいのかなと思って
そこを注意しながら
対応してるところとかあるかなみたいな感じで
聞いてたんですよね
やっぱりあったなと思うし
全く違うことをやってるように見えて
普遍的なことで
しかもお二人が書を代表してないし
合気道を代表してないって言ってますけども
まあまあまあ
それなりにしてるんじゃないかなと思って聞いてました
融合性張りました
タイムになって情報を増やすのあれなんですけど
これからの僕の展望みたいな話を
喋りたいなと思っていて
今画面共有してて
ボイシーとかフォトキャスト聞いてる方には
見えてないの申し訳ないですけど
どっかに貼っておきます
無心の認知科学っていう
科研費、科学研究のプロジェクトがあって
これは僕のボスですね
京都大学の時の山村先生という先生が
彼が何をしたかというと
無心というものを
科学の世界に持ってこようとしてたんですよね
僕もこのプロジェクトで
例えば俳句の研究をしたりとか
異形の念の研究をしたわけなんですよね
曖昧性とかっていうキーワードも入れてくれてますね
だから山村先生が今ちょっと
研究じゃない道で
最近は探求を続けられておりますけども
自分もこういうことをやりたいなっていう
何だろう、数年のゴールじゃないですよ
50年、60年とか100年とかのゴール
もっとそれでもたどり着かないとは思うんですけど
無心とかって何なんだろうみたいなこととかを
研究じゃ難しいと思うんですよね
多分お二人も研究
今日の話とかもだから
研究してるだけじゃ多分難しい
お二人が実際に体を動かして
文字を書き続けてきたからこそ
聞けたお話だと思ってるんですけど
でも平島さんにお力を借りたりとか
クリマさんにお力を借りることで
研究者として自分がどういうふうに
お二人の暗黙地を引き出すか
言葉にするか数字にするかみたいなことに
調整していきたいなと思ってるんですよね
1:06:00
という表明、最後
ぜひ書の次のフェーズは
こういう言語化できることが
次世代に書がつながっていく
一つの形じゃないかなって思うのもあって
この会に参加させていただいてるので
めちゃくちゃ興味があります
嬉しい
クリマさんはね
言わずもがなになっていただくという感じで
こういうことを知りたいと思ってます
そういうふうにもしかしたら
書の世界とか合気道の世界に
そういった研究したことが
帰っていけばもっと嬉しいなと思ってますし
ぜひ一緒にやっていきましょう
よろしくお願いします
今日の対談はここまでにしたいと思います
改めまして
寺島さん、クリマさん、今日はありがとうございました
ありがとうございました
01:07:08

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