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ちょっと今度またJava Sessionとロングミーティングがあるので。
スピーカー 1
そこでも直接お話ができればなっていうふうに思うんですけれども。
今回はね、前回マッツーさんと2人で撮った時に、次どの本でやりましょうかって話をして。
スピーカー 2
そうそう。
スピーカー 1
その時に選んだのはね、今マッツーさんは私の手元に本があるんですけど。
私だけの仏教、あなただけの仏教入門という本になりますね。
はい。
これはゲストで来ていただいた油野孝司さんが紹介をしてくれた本で。
油野孝司さんも仏現寺というお寺の副住職をされているので、仏教に関わっていらっしゃるんですけど。
その方がお勧めされた本になるので。
仏教入門って書いてあるんで、我々素人にもわかるだろうっていうところもあるかなと思う。
入門書として読める本だろうなっていうのもあって、私も手に取って。
マッツーさんもね、今回自分で買われたんですよね。
スピーカー 2
そうですね。買ってみて。まだ正直全部は仕事で読めてないんですけど。
スピーカー 1
これそもそもスタートとして話したいのが、マッツーさんが次これがいいかもって言ったじゃないですか。
前回の放送の時に見てて、これいいかもって言って決めたんですけど。
そもそも多分仏教にちょっと関心があるとか、多分そういうことだと思うんですけど。
もう少し自分のその時の心境とか、なぜこれを次に取り上げようと思ったのかっていうところを改めて教えていただいてもいいですか。
直感で選んだっていうのはあるんですけど。
スピーカー 2
前々から哲学とか宗教的なところとか、もうちょっと自分で学びたいなっていう思いはずっと思いながらあまりできてなかったなっていうのもあって。
そうですね。
前に一度、りゅうげんさんのところに行ってお話し聞かせてもらったりとか、少しずつ自分の近くには行くようにしようという動きの中で、
また違う観点で学べたらなっていう思いもあって、この本を選んだっていうところもありますね。
あと、私自身家が仏教の浄土神宗の家っていうのがあるんやけど、全然そんなことは別に普段は何もできておらず。
子供の時に日曜学校っていうのがあって、月に一回ぐらいかな、近所のお寺に行くんですよ。
みんな子供が行って、そこのお坊さんのお話聞いてっていうのになぜか行ってましたね。
スピーカー 1
あ、そうですか。それって松さんの地元っていうことですよね。
スピーカー 2
そうそう、田舎でみんな行ってましたね。
スピーカー 1
そういうのね、もちろん、段下制度っていうのが日本にはあるので、その関係で地域に住んでいる人たちは、段下である元のお寺さんとの関係でそういうところに行くっていうのはなんとなく想像できるんですけど、
実際私の地元ではそれをやってたことないので、なんかそういうのあるんだと思って。
スピーカー 2
田舎やからやろうね。
おじいちゃんが亡くなった時も家で葬式したりとか、今やったらあまりそういうことも減ってますけど。
割とそういう意味では生活に一部としてあったのかもしれないですね。
スピーカー 1
ありがとうございます。
あれ2月の末でしたかね。3月の頭だったかな。実験寺院報道寺院のイベントをね。
竜芸さんの話を聞くというイベントに松さんも参加されて、僕も企画した諸法人だったので一緒に行ったんですけど、竜芸さんの話も面白かったですし、
世の中的にも仏教的な考え方っていうのがもう一回見直されてるだろうなっていうのはなんとなく私も感じていて、
僕もすごく詳しいわけじゃないんですけど、ちょっと本を読んだりとか、竜芸さんの話を聞きに行ったりとかしてですね、
ちょっと仏教に対する考え方を深めている最中なんですけど、そんな中での私だけの仏教、あなただけの仏教入門ということで、
ちょっと今回この本を題材にお話をしていければなというふうに思いますという感じですけれども、
これね、僕も1章は読みました。
2章以降はちょっとパラパラ見たっていう感じなんですけど、この本の作者は、この方もお寺の副住職さんですね。
これはですね、源優宗久さんという方で、これ前回も話したかもしれないですけど、芥川賞作家なんですよね、この人。
スピーカー 2
すごい方ですね。
スピーカー 1
だから作家でもあるんですよね。住職でもあると。
で、これ、この源優宗久さんのプロフィールを見てですね、これすごいジェムセッションズにぴったりだなと思ったんですけど、
これは大学卒業してるんですけど、仏教と関係ない中国文学科を卒業して、さまざまな職業に就いた後、27歳で出家でしょ。
で、京都のお寺で修行して、みたいな感じになってるんですけど、要はちょっとフラフラしてるわけじゃないですか。
元から、例えば仏教の勉強をして、お寺、例えば実家がお寺とかね、で、もともとお坊さんになるために勉強してなったとかじゃない、
フラフラして出家してるっていうところが、ジェムセッションズっぽいというか、フラフラ人材っぽくて、かつ別にお坊さんだけやってるわけじゃなくて、作家でもあると。
そういうところがすごいぴったりだなっていうふうに思ったっていうのが、まずプロフィールを見て思ったっていうね。
スピーカー 2
そういうプロフィールからそういうのを読み取るのがまた翔さん、さすがやね。
スピーカー 1
周辺情報から入っていくということなんですけど、これその内容もですね、もちろん入門編なんでわかりやすく書いてあるっていうのは当然なんですけど、
スピーカー 1
これは目次をね、見ると一番最初にですね、バイキングっていう文字がね、書いてあるんですね。
バイキングっていうのは、いわゆる我々がレストランとかに行って、いろんなものを自由に取って食べれるバイキング形式の意味のバイキングなんですよね。
なので、仏教っていうのはすごい歴史も長いし、いろんな宗派もあって、これをですね、すべて全部網羅するのはめちゃくちゃ大変だし、そもそもそんなことをできているお坊さんもいないと。
だから我々はバイキング的にですね、自分の好みのものだったりとか、食べたいところだけをつまみ食いしてお皿に取って、自分だけの仏教を作っていけばいいんですよっていうようなことがね、一番最初に書いてあって。
なるほどと。まずそう言ってもらえると、ハードルが下がるなって。
スピーカー 2
取っ付きやすさはありますよね。
スピーカー 1
一番最初から全部の宗派の歴史まで学ばなきゃいけないみたいなのとかはちょっとハードル高いじゃないですか。
だからそうじゃないっていうところが、すごく読んでみようかなって思うところだなっていうのを感じましたね。
あとこれちょっと後からマッツーさんがどこらへんちょっと響いたかっていうのを聞きたいんですけど、この1章の中にですね、さっきマッツーさんが言ったことに近いことが書いてあって、42ページにね。
スピーカー 2
はい。
スピーカー 1
仏教っていうのは日本神道だったりとか、中国から入ってきた儒教だとか道教とか、そういういろんな宗教の影響を受けているとそもそも仏教が。
っていうところだったりとか、日本人っていうのはいいとこ取りをする国民であって、いわゆるお正月には神社に初詣に行って、クリスマスはケーキを食べるとか、いわゆるいろんなものを取り入れるのが得意であるみたいなことが書いてある中で。
宗教っていう言葉が、英語で言うとリリジョンじゃないですか。
これ入ってきたのが明治の初めに英語として入ってきて、その時に宗教っていう言葉ができたというか、訳語に使われたんですけど、リリジョンっていわゆる一神教のこと、キリスト教のこと。
そこには仏教とはそもそも異なるわけですよね。仏教ってそもそも神様いないし。
それをひとまとめに宗教として、キリスト教も神道も仏教も全部まとめて宗教にしちゃったっていう歴史があるみたいなことが書いてあって。
そもそも仏教って宗教なのかっていう疑問が、私も持ってるし、松並竜元さんなんかは東洋仏教は哲学であると。東洋哲学であるっていうふうに言っていてですね。
なんか仏教、宗教って捉えるよりも、案外方であるとかですね。いうふうに捉えたほうが、なんかしっくりくるなって思ってたんで、そこら辺がここに書いてあって。
マッツーさんが哲学とかにも興味があってっていうふうに言ってたのは、だからその宗教も含んだ考え方みたいなところ、生きる上での考え方みたいなところに関心があったから、
たぶん仏教のこの本を選んだのかなっていうのが、まさにここに書いてあるところとつながっているなっていうふうに思ったから、なんか面白いし、自分が考えてたこととつながってくるなっていうふうに思ったって感じですね。
ここら辺が僕がピンポイントではなるほどと思ったところなんですけど、
マッツーさんも第一章を読んだりとか、他のとこパラパラ見て、なんかここら辺面白そうだなみたいなとこありました?
どこだったかな。
スピーカー 2
これここっていうところじゃないんだけど、仏教のことの説明の中で他者との関わりというか、他者との関係性を大切にしているというか、それをずっと説明しているような感じだなと思って。
読んでて、なんか自分の中の己と同じように他人の中の己も可愛いみたいな、これね90ページに書いてあったんです。
他の人の話で同じようなこと言ってて、私はあなたであなたは私ですみたいなことを思うな、その仏教の説明の中で言われたことがあって。
なんか関係性。
スピーカー 2
自分だけの自分のことを考えるのが仏教の考えじゃなくて、誰かがいるからこそこういうことを考えないといけないとか考えた方がよりよく生きれるというのか。
仏教って空からの脱却っていうんですかね。空からどう逃れるかっていうのが本本にあるんですよね、きっと。
スピーカー 1
僕もそれを読んで学んだだけなんですけど。
スピーカー 2
空って結局人との関わりの中でも生まれてしまうような悩みって結局そういう対人関係のことがほとんどって言われるように人との関わりのことが書かれてるなーっていうのを改めて思いましたね。
スピーカー 1
関係性ってリュウゲンさんもよく言ってるんですけど、仏教って関係性の、全ては関係でできているというか、何一つ単体では存在しない。
私っていうものも、私以外のもの、全てのもの、以外のものみたいな。結局関係の中でしかこの世界は成り立ってないっていうふうにおっしゃってるんですけど、まさにそれですよね。
スピーカー 2
そうですよね。
スピーカー 1
言ってましたよね。
それを言うと噛みそうになるっていうのが今。
スピーカー 2
最初聞いたらうんってなるようなね。
スピーカー 1
自分も言ってて、合ってんのかなって思いながら今言いましたけど。
結局そうなんですよね。人間の苦しみの全部かどうかわかんないんだけど、現代の悩みのほとんどって他人との関係性とか関わりに関しての悩みが結構多いような気がして。
だからこそこの仏教みたいな考え方が見直されてたりするのかなっていうふうに思うんですよね。
だって職場の人間関係だってそうだし、たとえば出世欲みたいなのも、他人と比べてどうかみたいなのって結局関係性じゃないですか。
本当に今もニュースになってるような、たとえば家族の中のいざこざみたいなのとかもね、自分と家族の関係性とかだし、ほとんどの悩みは哲学の教えの中で何か解決策があるんじゃないかってちょっと思っちゃうぐらいの、
現代社会の悩みの多くなのかなっていう気はね。
スピーカー 2
そうですね。
仏教って別に仏教とじゃないとこういう考え方してはいけないとかそういうもんでもないような気がするし、
バイキングって書いてるようになんか自分の中でこういうところ取り入れたらいいかもみたいな感じで自分のものにできるっていうのがいいのかなと思いますね。
スピーカー 1
本当そうですよね。
スピーカー 1
我々は本当に第一章の話をしてバイキングで作る私だけの仏教だから本当に自由気ままにというか、自分で好きな通りものを取ってきて召し上がれっていう感じでいいんですよとは最初に書いてあるんですけど、
実際この本としては第2章以降で仏教の基本的な概念とか考え方について解説があったりとか、
あとは今の仏教のいわゆる宗派の説明がそれぞれあったりとかするので基本は抑えられていると思うんですよね。
だからすごい本当に我流の仏教の解説書っていうわけでも多分なくて、
普通に読んでも仏教の基本的な考え方とか歴史みたいなものはね、多分学べるようになってるっていうふうには思うので、
なんかちょっとそこら辺は改めてちゃんと読んでみたいなっていうふうに思いますね。
あとそうだな、僕も本当に第2章以降はつまみ食いをしてるだけなんですけど、
松井さん、リタっていう言葉好きっていうか関心があるって前おっしゃってませんでしたっけ?
言ってなかったっけ?
言ってなかったかな。
スピーカー 2
いや言ってるかもしれない。
スピーカー 1
なんかリタとかケアみたいな言葉も今流行ってるとかね、そういうテーマの本があったりとか。
スピーカー 2
よく言われますね、リタ。
スピーカー 1
この本の中にも、そもそもリタっていう言葉は仏教の言葉の中でも出てきて、
ジリリタっていう言葉があるのかな。
ジリリタっていう言葉の後ろの方がリタっていう言葉なんですよね。
それに関して書いてある章があって、章というか説っていうのかな。
この157ページの第3章の3番。
まずは自分で食べること。リタという大乗仏教の呪縛って書いてあって。
ここがね、今まで話してきた関係性みたいなところに関わってきつつ、
でも改めて大事だなって思うところなんですけど、
例えば自分を犠牲にして他人を思いやるとか、
自分を置いておくみたいな人がいて、
その人が苦しんでるみたいなことも一方であるような気がしてて、
もちろんリタっていう言葉はすごく大事な概念なんだけれども、
リタっていう言葉だけが一人歩きをしていて、
まず自分のことをちゃんと考えた上で、他人にも同じように接しなさいというか、
本来の意味なんですけど、そこら辺が自分は置いといてよくて、
自己犠牲の精神とか、他人を第一優先に考えるっていうのは、
また仏教の教えとは違うんですっていうことがこの説に書いてあって、
一方でそれは改めて念頭に置いておかないといけないなっていうふうに思うんですよね。
例に書いてあるのが、家庭を崩壊させながらボランティアに打ち込む人みたいなのが書いてあって、
あとは仕事とかもそうじゃないですか。
仕事で自分が休んだら会社の人に迷惑がかかるとか、
そういうのって、そもそも自分のこと大切にしてないよねとか、
自分の家族のこと大切にしてないけど、
そうやって仕事を優先させちゃう人って、
自分はリタ的に行動してるって思ってるけど、
そもそも自理、リタの、まず自分を大切にするってことができてないよねっていうことなのかなと思ってて、
そこら辺が燃え尽き症候群とか、バーンアウトみたいな、
現代の一つの社会課題につながってるんだろうなっていうのも、
この説を読んで、なるほどなって思ったんですよね。
でもこれも関係性ですよね。
スピーカー 2
そうですね。
スピーカー 2
今の話で思い出したのが、
59ページのあたりで、
観音様から学びたいのは、この方があらゆることを遊びとしてなさっていたって書いてあって、
最後に遊びというからには、ご自身が楽しんでいるということだと。
結果的に、世のため人のためになるようなことでも、
正しいからするのではなく、楽しいからしているのだ、みたいな。
スピーカー 1
これはめっちゃ名言ですね、ここね。
スピーカー 2
ジャムセッションズやん、みたいな。
自分たちが楽しんでいる、その結果として良くなってる、みたいな。
こういう世界観がめっちゃ好きというか、こうありたいなって。
スピーカー 1
ありたいですね。
これ付箋を思わず貼りましたけど、今。
どんな人助けも観音様にとっては遊びなのだと受け止めたいという。
スピーカー 2
これはね、僕の大好きな微生物の話で言うと、
微生物って生ごみを分解してくれて、土に変えてくれる、
そういうことをしてくれる、微生物のいろいろある一つの機能というか、
そういうことをしてくれるんですけど、
微生物にとっては別に土にしてあげようと思ってやってるんじゃなくて、
微生物は別に生きるためで、自分のことのためにやってて、
やけど結果的にはこの地球上の中の、
この循環の中のすごい大事なサイクルの一つになってるっていう、
こういう世界観が好きなんですよね。
スピーカー 1
面白いですね。
なるほどね、仏教の考え方と生物の原理が繋がったわけですね。
スピーカー 2
そうなんですよね、そうそうそう。
スピーカー 1
なるほど。
そういう意味で言うと思い出したんですけど、
仏教の基本的な考え方としてリンネ転生というか、
全てはずっと循環しているというか、
生命自体も常に循環していて、始まりと終わりがないみたいなことを言うじゃないですか。
それと今マッツさんがやってるようなコンポストとか、
資源を循環させるみたいなこととか、
いわゆる社会的にも資源循環とか循環型社会とか、
いろんなものが巡ることの重要性みたいなことを言われてるっていうのは、
それも仏教の基本的な考え方と合致するなって思いますね。
スピーカー 2
そうですよね。
循環する方が自然なような気が、今聞いてて思ったけど、
循環させるんじゃなくて、循環してるというか、結果的にというか。
スピーカー 1
本来は循環してるってことだよね。
スピーカー 2
だから今はもう続いてるっていう感じがしますよね。
スピーカー 1
だから循環してないのが不自然なんだけど、
でもここ100年とか200年とか、
近代化が進んで人類が発展してきた、
特に直近200年っていうのは循環してないっていうところが、
普通になっちゃってるところが、その歪みが今起きてるという、
いろんなところで起きてるということ?
スピーカー 2
だから循環してないと残れないのかもしれないですよね。
今は地球全体としてそういう危機が訪れてるんやろうなっていう気がしますよね。
そうそうそう。
スピーカー 1
ラジオで話したことあるかわかんないですけど、
スピーカー 1
あの、そうそう、小倉の工事さんとお話したいですけどね。
いろんな、せっかく我々京都というか京都の近くに住んでるので、
スピーカー 2
そうですよね。
スピーカー 1
そういうお坊さんとお話を聞く機会も多いし。
恵まれてますよね。
スピーカー 1
めちゃくちゃ恵まれてますよね。
スピーカー 2
すぐに会いに行けるって。
スピーカー 1
そうなんですよ。
そのあり方見を。
スピーカー 2
なんか当たり前みたいになっちゃってるけど。
スピーカー 1
そうなんですよ。
スピーカー 2
わざわざどっから来られる方もいらっしゃいますもんね。
スピーカー 1
流言さんのイベントも東京から来てる人も多かったし。
スピーカー 2
そうですよね。
スピーカー 1
ちょうどあのときにNHKで取り上げられてたんですよね、番組で。
あの後すごい問い合わせがすごかったらしくて。
スピーカー 1
ほぼ流言さんの予定を抑えるのはすごい大変だっていう風に言ってたんで。
でも我々は近くにいるからまたすぐに会えるかもしれないっていうのがあるので。
もちろんこの本を読むというのもそうなんですけど、
いろんな形で仏教の教えを我々個人としてもJam Sessionzとしても取り入れていけたらいいかなという風に思いますね。
ありがとうございます。
これ別に次の本を決めて終わらなくてもいいんですけど、
この次、松井さんとのペアでやらなくてもいいんですけど、
今度松井さんとペアでやるときにこの本面白そうかもみたいなのをちょっと最後に話してて終われたらいいかなと思ってるんですけど、
今ブックログのJam Sessionzの本棚開けます?
それか僕の画面共有しましょうか。
いいですから。
スピーカー 2
出そうです。
スピーカー 1
出そう?
一応画面共有してみたんですけど、
次話すとしたら、ここら辺面白そうみたいなのがあったらそれについて話してもいいかな。
スピーカー 2
これがいいな。
社会を変える学校。学校を変える社会。
スピーカー 1
はいはいはい。
これはレンさんですね。小玉レンさんのおすすめの本で、
僕、自分で買ったんだよな。Jam Sessionzとして買ったっていうか、自分でちょうど買ったのか、レンさんの話を聞いて買ったのか、どっちかだと思うんですけど、
これ、工藤雄一さんと植松つとむさんの対談本ですね。
すごくね、僕もさらっと読み通したぐらいなんで、もう一回ちゃんと読んでみたいんですけど、
これもね、面白い。
僕も学校で教員をしてることもあり、なかなか学校だけで、教員だけで教育っていうのは成り立たないだろうなって思うところがあって、
なんかそこら辺のヒントがこの本に隠されている気がしてますし、
パトゥーさんはなぜこれをピンときた感じですか。
スピーカー 2
今年エシカルコンシェルジュっていう講座を受講して、その後にエシカルリーダーっていう募集があって、今それの研修中なんですけどね。
それ、エシカルリーダーって何をするかというと、中学校とか高校とか、学校に行ってエシカルのことをもうちょっと身近に感じてもらえるような事業のお手伝いをするようなことをさせていただく機会をいただけそうなので、
かとはいえ、僕そんな高校生とか子供たちに教えるというか、どう関わったらいいかだかも全然わからないので、
ちょっとでも何かヒントになれば面白いというかいいなと思って、今学校っていう言葉にピンときました。
スピーカー 1
はい、本当にそうで、やっぱり学校の教員だけじゃなくてね、社会に出ている大人がいろんな形で関わるっていう重要性あるだろうなと思ってるし。
スピーカー 2
今結構学校の現場が大変みたいなこともちょっと学んだりとか、でもそういうエシカルのこととかそういう環境のこととかって、子供の時から意識して変わらないと大人になってからってなかなか変われないし、
そういうのもあって、子供の子たちに伝えられることとか一緒に考えられることがあるんだろうなという思いもあったんで。
スピーカー 1
今日まさに僕、日中に高校に行って探究学習の授業のコメントをしてきたんですけど、探究学習の授業を学校の先生、教員だけでやるのがなかなか難しい、大変で、先生の悩みも聞いてきたんですけど。
だからいろんな形で教育っていうのに携わっていく必要があるし、多分それによって我々だったりとか社会も変わっていくみたいなことは多分書いてあるのかな、この本には。
これあれですね、せっかくなんでレンさんも一緒に3人で、せっかく競争パートナーがレンさんの紹介してくれた本なんで。
スピーカー 2
お話聞きたいな、レンさんの話も現場の人としてね。
そうなんですよね。現場の最前線に立っている人が競争パートナーでもありますから。
スピーカー 1
じゃあちょっといつになるかわかんないですけど、その3人で、松井さんとレンさんと僕で。
スピーカー 2
ぜひぜひ。
スピーカー 1
会を設けましょう。
スピーカー 2
はい。
スピーカー 1
ということで、すごいちょうどいいぐらいの時間になったので、今日の放送はこれで終わりにしたいと思います。