宗教について考える(その1)です。


【今回の内容】

コテンラジオのキリスト教シリーズを聴いた/カルト怖い/宗教から距離をとる理由/無意識に動かされる日本人/身を守るために敵を知るべし/キリスト教の友人に色々聞いてみた/身体のシグナルを神と解釈する脳/宗教を自分の人生にどう活かすか/身をゆだねなさい/三位一体を無視する/神に人格はあるのか?/神はどんな顔をしている?/神との交信方法/宗教は言外の意味を規定する/なぜ宗教に興味を持たないのか?/宗教は民衆のアヘンである/神=良いアヘン/心を折らないための宗教


◆COTEN RADIO / 一緒に学ぼう!キリスト教

https://open.spotify.com/episode/3kktnBxk8OrarBYkp6a8EI


【パーソナリティ】

とよだ:富士通で働くビジネス哲学芸人。

ショーン:シリコンバレーのテック企業で働くデータの魔術師。


【番組へのお便りはコチラへどうぞ!】

https://forms.gle/zGGArQTnfGuKY6Pj9


※このラジオは、個人の見解に基づくものであり、所属組織を代表するものではございません。


#白米FM #哲学 #宗教 #キリスト教 #コテンラジオ

サマリー

千代くんは、古典ラジオのキリスト教の回を聞いて、豊田くんが言っている神について、ちょっと詳しく聞いてみたいと思っています。彼はこれをきっかけにして、宗教についてもっと知りたいと思い、自分の行動や他人の行動がなぜそうなのかを理解したいと感じています。宗教について考える際に、まずはキリスト教や他の主要な宗教を理解することが重要だと言えます。また、個人が宗教に囚われること自体は悪いわけではありません。自分にとって意味のある宗教を信じることは、人生を豊かにすることに繋がるかもしれません。キリスト教の世界観を取り入れるメリットや宗教とのコミュニケーション、言葉の限界について考察しながら、宗教的なOSをインストールすることで深い理解ができると感じます。宗教について考え、距離を取りながら理解しようとする姿勢を持つことが大切だと思います。

宗教について詳しく聞きたい
じゃあ、白米FM始めたいと思います。
今回は、コテンラジオのキリスト教の回を聞いて、
ちょっと僕は、とよだくんが言っている神について、ちょっと詳しく聞いてみたいなと思ったんで、
それについて聞いてみようかなと思うんだけど、いいですか?
いいですよ。わからないです。僕、キリスト教徒じゃないんで。
僕のアレがキリスト教のアレにどうなのかは、ちょっとよくわからないんだけど。
大丈夫です。僕も、面白かったよ。聞いて。コテンラジオのやつ。
いや、もうあれは、なんだろうね。自分の中で、キリスト教って結構隣にいたはずなのに、
全然知らなかったな。隣の人のこと知らなかったなっていう、まず衝撃はあったんだけど。
あれ聞いてね、どういうふうに感じたかを知りたいんだよね。しおくんが。
そっからまずいくか。
まずでも、樋口さんとか、深井さんが言ってるみたいに、
ちょっとドアを開けたら、その先には広大な土地というか、部屋というかが広がってたということに気づいたというだけだと思うんだよね。
何かが理解できたっていう感じは全くなくて、
その土地をこんなに先までまだまだいっぱい調べることというか、
知る必要があることがありそうだなと、その入り口をちょっと開けてみたぐらいのイメージ。
今まではそのドアを閉じたまま開けてなかったんだけど、ちょっと開けて、垣間見えたみたいな。
ちなみにどういうとこが垣間見えたんだろう。何が見えたんだろう。
何が見えたか。なんかそもそも、ワードとして神とかキリスト、三位一体とか、
ワード自体は聞いてたけども、それは何を意味しているのかとか、そもそも前提は何なのかっていう世界観っていうのかな、
構成?関係性?があるっていうことすら考えようとしてなかった?
ワードがただの文字の羅列でしか頭の中に入ってなくて、その背景に何かあるってことは考えようとしなかった。
理由があって、宗教イコール、なんか悪いじゃないけど、自分は関わらない方がいいっていうのがどっかにすごい思い込みというか、
自分に言い聞かせてて。だから、すごく無視するというか、考えないようにするっていう圧力が自分の中にあったわけよ。
はいはいはい。
で、2つ多分それも思い当たるのがあって、何でそうなってるか。
まずは、大学入る時とかにさ、大学入った後に新入生とかって勧誘をさ、されるわけよ。大学とかの新入生、新勧。
で、その時に宗教の勧誘が来ると。カルトとか。
で、もうやっぱり何も社会について知らないとか、いろいろ不安がある大学生はカモにされるじゃないけど、
なんかこう、そういう話を聞いて、自分は多分騙されやすい方、どっちかというと。
まして見知らずというか、自分はそんなにこう、うまーく話されたらそのまま受け取っちゃうんじゃないかなと思って、
自分は距離を取った方がいいと思ってたわけよ。そもそも。触れ合わない方が。
だから、なるべく触れ合わないとか、あとは触れ合ったら、
で、もう一つの理由としては、知ればそれに巻き取られるというか、勧誘されるって思っちゃってるところもあって。
だから結局同じこと言ってるのかな。勧誘されないようにするとか、
例えば聖書とか、これについてる本、この宗教に関する本を読むと、自分も勧誘されるんじゃないか。
だから勧誘されるなら、知らない方がいいかもしれないみたいなのが多分どっかあるんだよね。
結構多いかもしれないね。
しかもさ、どういう意図があってその本とかが書かれてるかって結構判断つかないと思うんだよね。
その本はステマじゃないけどさ、最終的には信者を増やしたいという目的があるのかもしれないし、
本当に宗教を比べて解説して理解を深めるだけなのかもしれないしっていうのが、
まあ判断つかないから、なるべくとりあえず触れないみたいな。多分方針を取ってたんだよね。
はいはいはいはい。
うん。
それでずーっと触れてなくて、今回コテンラジオのキリスト教回を聞いて、
その考えは変わったのかな。もっと知りたいみたいな感じになったのかな。
そうそうそうそう。それはある。
で、あとはもう一つは、何を聞いていいかわかんないとか、どう聞いていいかわかんないみたいなのがあって、
深井さんとかコテンのメンバーの方が千葉さんに対して聞いてる質問とか、
ここから返ってきて、僕がさらに聞いてみたいなと思ったことを、
宗教の存在意義と質問の難しさ
実際に自分のキリスト教の友達とかに聞いてみたりとかしたんだけど、そもそもこういう質問が思いつかなかったり、
こういうこと聞いていいのかなみたいなのがあったよね。
あとは、そういうのを聞き始めると、自分が勧誘されるんじゃないかっていうのがどっかにあったよね。
そんなに恐れてるの?勧誘されること。
どうだろう。恐れてる。
なんか一回さ、地球の重力圏に巻き取られるとどんどん吸い取られるんじゃないかみたいなのがあって、
ある程度の距離を保ってたいみたいなのがあるんだよね。
それは別にキリスト教とかにも関わらず、どの宗教についてもそうかもしれない。
なるべく脱出速度じゃないけど、なんかその重力圏の中には入らないようにしようみたいな、
自分でコントロールしてたいっていうのがあるんだよね。
囚われたくないという人かもしれない。
なるほどね。逆にでも俺は、囚われないために宗教を勉強してる気がするんだよなと思ったんだよね。
それもあるよね。だって相手を知るとか、敵を知るじゃないけど、
するからこそ戦い方が分かるというか、戦ってるわけじゃないけど、
こう来るなら、自分はこうしとかないといけないっていうのを知ると。
だから2つ戦い方というかスタンスはあると思って、よく知るという分。
で、自分でコントロールできるようにするっていうのと、
もうなるべく距離をとって、そもそもきっかけを作らないと。
そうね。
その2つ目の今、戦略からちょっと1つ目の方に切り替えてもいいかなと思えたっていうね。
よく知る方に切り替えた。
そうそう。そのきっかけが、このコテンラジオの千葉さんとの回で思えたから、
今はだからすごいもっと知りたいとか、知ろうかなと。
で、イリスト教だけじゃなくて、他のイスラム教とかさ、ヒンドゥー教とか。
で、アメリカにいるといっぱいそういういろんな宗教の人がいて、
知っておくとやっぱりこの人たちがどういう考えを持っているのかとか、
どういう前提としていることがあるのかっていうのが分かるだけで、
かなり日々の納得度が上がるんじゃないかな。
なんでこういう風に発言してるんだろうとか。
そうだよね、そうだよね。
いや、そうだと思うよ。
それを理解したいから、多分興味あるんだと思う、俺も。
そう。だから結構ね、自分の中では面白い。
そういう意味で面白かったね。
方針転換を、これをきっかけにできそうな気がしたから。
なんかね、宗教、確か日本は宗教にあんまりいいイメージないよね。
ないない。事件があったから。
自分の親も、とにかくそういうことを端々で言うわけよ、やっぱり。
宗教は、うちは仏教だからって言って、
とりあえず、あなたはこれだから他に興味を持つ必要はないみたいな感じ。
でも別に仏教についても詳しいわけじゃないから、
本当は無神教に近い。
で、その慣習的な神社とか、あとは冠婚葬祭とかで、
そのまま流れで従ってるけども。
そのくらい、あとはもう無意識でやってるのかもしれないけど。
だからもっとね、日本人は宗教のことを知ったほうがいいなと思うんだよね。
なんで、でも日本人はもっと知ったほうがいいと思うの?
なんかね、やっぱ無意識でやってるんだよね。
無意識に、自分がどういうふうに、なぜそういうふうに感じてるのかとかを多分意識してないで、
いろいろやってる?
クリスマスでは、クリスマスを祝ったり、その1週間後にお正月で神社に行くとかさ。
だから、無意識で多分みんなやってるんだけど、
その根底というか、自分がこれをやってる根底には一体何があるんだろうみたいなのを、
多分知ると、なんかもっと自分のことがよく分かるというか、
分かるし、他人がなんでそういうふうに行動するのかみたいのも分かるようになる気がするから、
なんかそこの解像度が高くなる気がするんだよね。
宗教を知ることの重要性
特に日本人ってその1個の宗教に、
一応仏教が多いけど、なんかいろんなのがやっぱごちゃ混ぜになってる感じがあって、
そこを1個1個紐解いていくと、なぜ自分はこれを今やってるんだろうとか、
そこが明確に見えてくると面白いんじゃないかなと思うんだよね。
一方でカルト教団みたいなのとの区別みたいなのってさ、
これ多分ニワトリと卵じゃないけど、知らないと見分け方もつかないけど、
知ろうとすると最初の関わりがたまたまそういうちょっと悪質なものだったとして、
そこから逃れられないみたいな。
そういうジレンマっていうか、なんかある気がするんだけど、それはどうしたらいい?
逃れられない。
なんかそういうカルト教団とかって、その宗教の教えとかってよりは、
人と人とのつながりみたいなそのコミュニティ的な機能を提供していて、
そのコミュニティから外れるのが難しいからやめられないとかいうような気がするんだよね。
だから宗教、純粋に宗教的な教義によって絡めとられてるわけじゃない気がするんだよね。
なるほど。
あんまりそこもさ、僕知らないようにしてるからさ、
なんかカルト教団がどういう構造とか、なんでその人がハマってしまうのかとかさ、
それを、ちょっとジレンマで、それも知っていいものか。
でもそれもさ、多分敵を知るじゃないけど、
もしそれから距離を置いたほうがいいなら、本当は知っておいたほうがいいんだけど、
いいソース、何をニュートラルな資料としてというか、
勉強するのに使えばいいかっていうのがちょっとわかんないよね。
普通に巷にある本を読めばいいだけだと思うけどね。
あとは複数とのソースを見ていくってことかな。
一個だけじゃなくて、鵜呑みにしないと。
そうだね、なんかそういう宗教とかをよく説明してるのが、なんだっけ?
ライフネット生命だっけ?
キリスト教や他の宗教の理解の重要性
出口さんの書いたなんか、本があったような気がして、
それとかいいんじゃないかな。
前紹介した小室直樹か、小室直樹も、小室さんも、
いろいろ宗教の話とかの本も出してるから、宗教原論だったかな。
出口さんのは哲学と宗教全史とか?
そうそう、それだね。
ちょっとどういう話だったかもう忘れちゃったんだけど。
いや、キリスト教とか三大宗教についてはさ、こういう本で読むのは確かに大丈夫そうだなと思うんだけどさ、
カルト教団に関しての本。
カルト教団に関しての、カルト教団をなんか知りたいの?
いやいや、だから知らないと対処の仕方がわかんないっていう。
距離を完全にとっておくか、よく知って対処できるようにしておくか、いい距離をとるっていうかな。
なんかその本流?キリスト教とか仏教とかイスラム教とか本流のやつを勉強すれば、
その幹の部分がわかってれば、そうじゃないものが見えてくるから、
別にカルト教団がどうのこうのみたいな、あんまり勉強しなくていいような気がするけどね。
キリスト教みたいなことを言ってるけど、でもキリスト教的に考えると、
これってなんかおかしいよねとか、矛盾があるよねとか、
そういうのがわかるようになってくると、カルト教団みたいなのが目の前に現れたとしても、
なんかこれおかしいなとかっていうのがわかるようになるんじゃないかな。
そうだね。まずは正当派をよく知ると。
囚われることの意味
そうだね。
こうじゃないかな。
いやでもさ、キリスト教の友達にもさ、話を聞いたわけよ。
このコテンラジオで聞いたことを元に、例えば出会いってあったのみたいな、神との。
千葉さんはある日、もう出会っちゃったっていう発言をしてたと思うんだよね。
で、出会った後はもう元に戻れないと。
で、それをキャンセルできないというか、出会ってなかったことにはできないみたいな。
っていうのは、僕にとってはすごい印象的だったわけよ。
で、それって本当にあるの?っていうのを聞いたんね。
で、確かに自分の友人もあったっていうことを言うんだよね。
で、ちょっと付け加えておくと、彼自身はすごい熱心なキリスト教徒かっていうと、
別にすごく科学的に何かそういう存在を信じてるというよりは、
自分が困ったとき、もう本当にニッチもサッチもいかないとか死にそうとかなったときに、
最後神頼みになるだろうと。
で、そのときだけ神にお願いするのって、ちょっと都合よくない。
だから、普段から信じておくと。
なんか義理じゃないけど、都合よくならないために、
普段からいるということを信じる。
だから最後困ったときでも、お願いしますってお願いできると。
人間関係と似てるよね。
神という人を人だと思えば、
その人との関係、普段から構築してるから困ったときも助けてもらえるみたいな関係かとしてるって言ってて。
そういう感覚らしいね。
だから普段から普通に、すごい信仰深いというよりは長い目で見てて、
その彼も一応そういう出会ったみたいな感覚のときはあって、
でもそれはすごく言葉では表現しづらいみたいな。
なんかうまく説明できないし、
そうだったのかもしれないし、そうじゃなかったのかもしれないと、
後からはなんか疑問に思うこともあるみたいなこと言ってたよ。
宗教への興味と勧誘の関係
でもあったんだっていう驚き、自分の中では。
出会ったって何だろうね。
何だろうなって思って。
どういう状態で出会ったって言ってんだろうね。
でも一方で、この彼に聞いたのはさ、
a scopeだっけな、脳科学の回で多分あったと思うんだけど、
自分の脳って2つぐらい推論をしてて、
自分の臓器からのシグナルで不調だったりしたら、
それをもとに今は自分は体調が悪いのか、
もしくはなんか気分が悪いと感じたりとか、
なんかこう解釈を始めると推論して、予測して。
さらにもう一個の推論が、なぜそうなったかに関して推論を始めると。
で、だから僕のイメージでは、人生長くここ生きてれば、
その臓器からのシグナルがなんかあるパターンに見える。
で、脳がそれを解釈して、
これはなんか表現がしづらいものだ。
だからそれは神だ、みたいな。
で、そういう一つの推論なんじゃないかなって思ったわけよ。
で、僕なんかはそもそも神とかいうことについて考えることすら思いついてないから、
その体験と神を結びつけられてないんだけど、
ある程度知識とか周りの人からインプットがあるから、
これを、これは一番近い、なんだろうな、
結びつけるとしたら神なのかな、みたいな。
そういう解釈をしたのかなとか思ったんだよね。
でもそれはそうかもしれない。俺もそんな感じだね。
他に説明する原理が思いつかないから、
あ、神様かな、みたいな。
とすると納得がいくってことだよね、自分の中で。
他のものも全て説明がつくというか。
うん。こんな感じだね。
うんうんうん。
で、あともう一個、彼は自分を勧誘する気はないんだけど、
その時に聞いたこととしては、
他にこういうこと聞いたら失礼とか、気をつけた方がいいことあるみたいなこと聞いたんだけど、
僕はそういうことはしないけど、他のキリスト教の人で、
すごいキリスト教に興味を持っているのかなと思われると、
ちょっと、じゃあ教会に行ってみるじゃないけど、
なんかこう、勧誘する人っていうのは、いる可能性はあるかもしれないみたいな。
でも一方で、本当にキリスト教に意味がある。
人生を良くするみたいな意味があるとするならば、
その人自身がすごく輝いて見えると。
で、僕が例えばその人が何ですごい輝いて見えるのかなと興味を持って、
あ、この人はキリスト教だからこういう考え方をしているのか、
自分も入ってみようみたいなロジックが本当だと思うみたいなことも彼は言ってて、
勧誘はしないとだから、普通は。
うんうんうんうん。
っていうことを言ってて、それは確かに、本来確かにそうあるべきだよなっていう、
なんだろ、これは自分の中で発見なのかな、なんか納得というか。
だから勧誘されることをちょっと必要以上に恐れなくてもいいのかなとは思った、こういう回答として。
そうだね、なんか自分がそれでしっくりくるというか、
あ、なんかいいかもって思えるんだったら、
それが仮にカルト教団だったとしても、僕はいいと思うんだよね。
いいの?
自分にとっては。
いいと思うよ。
だって自分がそれでいいなと思えてるわけだから、メリットがあるわけじゃない?
それでさ、でも、後で10年後30年後にさ、騙されたって思うんだったらさ、いいのかなっていう感じだよね、それで。
あーでもそれはね、分かんないよ、騙されるか騙されないかっていうか、騙されてると思うかどうかって分からない。
分かんないね。
し、それはもし騙されてると思っちゃうんだったら、その時、あなたの見る目がなかったねっていう。
あー、そういうことね。
それだけの話だと思うんだよね。でもその騙されたって気づくまでは、
なんて言うんだろう、その信じてたことによって、何らかのこう、いい効果があったはずなんだよね。
救われてたと。
いい効果があるから信じてたはずだから。
そうだね、納得感があったり、なんかそれをもとに行動できたと。
うーん、なるほどね。
だから結局、自分にどう生かすかだと思うんだよね。
なるほど。
それが良いか悪いかではなく。
うん、今それ聞いててさ、囚われるっていうことをさ、ここで導入するとさ、その30年とか10年間その人は囚われてるっていう風に捉えられるじゃん。
あー、囚われてんのかなー、囚われてんのかなー。
なんかそれで幸せを感じてるんだったら、
うん、いいんじゃないと。
それは良い囚われというか、
あー、なるほどね。
な気がするんだよね。だからそれは僕が言ってる囚われとはちょっと違うかなーって。
あー、そういうことね。じゃあとよだくんが言ってる囚われは、囚われ自体が悪いわけじゃなくて、
囚われてることによって不幸だったらそれは良くない囚われたよねと。
そうだね、囚われてることによってなんか不利益を被るとか、なんか良くない影響が出てるのにそこから抜け出せないみたいな。
うんうんうんうん。
いうのが嫌なんだけど、
そういうことか。
なんだろう、それに全くネガティブ要素がなくって囚われられるんだったら、囚われた方が楽だし、
いいんじゃないと。あー、そういうことか。
いいと思うんだよね。
そういうことだね。うん、確かに確かに。なるほど。じゃあ、囚われるイコール悪いわけじゃないね。
そうだね、囚われるっていうのはもう、帰依するっていうか身を委ねるというか。
うん、身を委ねるっていう感覚が近いかもしれないね。身を委ねられるものがあるんだったら、身を委ねた方が楽じゃないですか。
そうね、そうね。うん、なるほど。
ちなみに、とよだくんはここら辺のキリスト教の概念、三位一体で、神とイエスと、あともう一個なんだっけ、十字架?だっけ?
精霊?
精霊か、全然十字架じゃない。失礼しました。
あの、そこら辺の概念っていうのは知ってた?もう。
あ、知ってはいたね、知ってはいたよ。
なるほど。いやもう、そもそもそこからだもんね。三位一体ってさ、あの三位一体の改革とかさ、なんかやたら政治で使われてて、とか、
ゲームか何かで三つの何か、三種の神器じゃないけどさ、なんか、よったら言葉だけは知ってるような気がしたけど、そもそも、あ、ここからだったんだっていう、そういうレベルだったんだよね。
あー、なるほど。
うん。
あ、個人的にはね、三位一体はあんまり意味がないというか、そんなに、なんだろ、重要な概念じゃないなっていうふうには思ってるかな。
キリスト教の世界観とメリット
どこら辺が逆に大事だと思う?
大事?それは自分が、自分にとってどういう影響があるかどうかかなって思うんだよね。
そのキリスト教の世界観を自分の中に取り込んでみて、自分にどういうメリットがあるのかっていうところが大事かなと思ってて、
三位一体が別に、父と子と精霊なんですよって言われても、別に自分にとってそこに何の意味もないというか、あ、そうなんですかっていうそれだけの話かなと思っていて、
多分聖書に書いてあることの辻褄を合わせようとすると、神様っていうのは父と子と精霊で三つで分かれてるんですよっていうふうに言わないと整合性が取れないから、
そういう説明してるだけなんじゃないかなって僕は思ってるかな。
だから正直どうでもいいというか。
便宜的なものであると。
うん。
なるほど。
別に父と子と精霊で分かれてなくても、神なるものを自分が感じれるんだったら、もうそれで十分だと思うね。
なるほど、なるほど。
あとはなんか、そもそも千葉さんの定義っていうのかな、宗教についてとか、キリスト教の定義かな、なんか遠いものとのコミュニケーションを可能にするみたいな。
なんかそういう定義をしてたような気がするね、序盤で確か。
うん、言ってた。
そう。なんかこういうのも全然考えたことがなくて、自分としては。
で、そもそもそういう遠いものっていう存在を認識してなかったし、それとコミュニケーションをできるとかしようと思うっていう発想すらなかったんだけど、
これは結構とよだくんの言ってる神と何か近いものがすごい感じたわけよ。遠いものの存在をまず認識してるじゃん。
で、話はしてないと思うんだよね。その人格を持ってるっていう想定じゃないと思うんだけど、とよだくんの神は。
でも、期待をしてるとか期待をされるとか、なんかそういう意味でのコミュニケーションっていうのかやり取りがなんかあるじゃん。関係があるじゃん。お互いに影響を及ぼしているっていう意味だもん。
そうだね、そうだね。あるね。
うん、なんかだから、なんか近いもの、宗教というか神なのかわかんないけど、なんかとよだくんの言ってることと、なんか被ってるものはあるなーって思ってたわけよ。これを聞いてた。
あー、確かに。なんかね、キリスト教はその人格神だって言ってたじゃない?
そうだね、うんうん。
で、僕の感覚だとあんまりその人格神だっていうところはそんなに大事じゃない。あんまりその人格を感じてないんだよね。
なるほど。
だからなんかそんなにコミュニケート、僕がこう言うから向こうからこう返すみたいな。
うんうんうん。
コミュニケートをしてる感覚は全くなくって、人格っていうよりはもうちょっとこう、なんだろう、漠然とした世界の法則というか、世界の本質というか、あんまりその人格っぽい感じじゃない。
なるほどね。
ものかなーと思っていて。
うん。
でも確かにその期待をするとか、っていう風に感じてるってことは、なんかそこに意志というか、があるよなーと思って。そこがなんか不思議だよね。
その、もう一個面白いさ、やりとり。たぶんヤンヤンさんが言ってたのかな。データベースと取るのかどうかっていう、なんか例えがあったじゃん。
あー。
データベースに対して、なんか問い合わせをして帰ってくるっていうものなのかっていう、確かやりとりがあったと思うんだけど、そのデータベースだと思っちゃうとさ、無機質じゃん。
知識というか、ファクトがあって、それをただこう、ロードしてるみたいな。聞いて、それを必要な部分をロードしてる。でもそういう感じでもないんだよね、きっと。なんかダイナミックというか、なんだろう。
意志だと、何なんだろうね。何が違うんだろう。ただの、固定的じゃないのかな。
なんか一方通行な感じがしていて、こっちから何かを投げかけて向こうから返ってくるっていう感覚は全くないんだよね。
なるほど、なるほど。
どっちかっていうと、向こうからこっちになんか、意図を感じるというか、その意図を僕がこう、感じるだけなんだよね。
うーん。
こっち発のものは基本的にあんまりない。
うんうん。
でもそれを、意図を感じてこっちが行動するわけだから、その行動がもうすでにその向こうへの返答というか、答えになってるのかもしれない、もしかしたら。
言葉の限界と宗教的なOS
僕の中で、なんかインターステラーみたいな映画とかをイメージして宇宙にいて、なんか太陽とか大きななんか星からこう見えない何かがこう降り、地球に注いでて、それを人間が受け取ってそれを元に動いてるみたいな感じなの。
うーん。
違う。
なんかその、ね、よく神様ってなんか、空の上にいて、なんか白い服を着て、ひげもじゃのなんかおじいさんみたいなイメージがある気がするけど、ああいう感じでは全くないんだよね、僕の感じではのはね。
違うね。人型でもない。
そう、人型は全く感じなくて、もっとこう、抽象的というか、姿形はない。
形もないの?その雲みたいにもくもくしてる何かとかじゃなくて。
もう特にないかな。
なんかじゃあイメージはしないの?想像、なんか絵にはならないの?頭の中では。
あんまりならないね。
ならないんだ。
なるほどね。
うーん。なんか丸、丸?
丸っぽい雰囲気あるかもしれない、その星とか。やっぱ宇宙、宇宙っぽい感じあるかもしれないね。
でも宇宙ってどれよ?宇宙ってさ、その他みたいな感じじゃなくて、僕の中でイメージだと。
宇宙、宇宙の背景になんかで、なんかね丸、光の丸みたいなイメージがね、僕の中にはあるね。
その丸の中に宇宙があるってこと?じゃあ。
いやいやいや、宇宙を背景にしてなんか丸の存在みたいな。
物体じゃないんだよね。イメージだね、ただのイメージ。
イメージか。面白いね。
でもコミュニケーションの手段は言葉なの?
いや言葉じゃないよ。言語的なコミュニケーションはなくて。
ないんだ。
あ、こういうふうに僕が感じるってことは多分こういうことを言ってるんだろうなっていう感じ?
なるほど。
なんかその、言葉が頭の中に降り注いできて、こうせよとかこうなんだみたいのが聞こえるわけでは全くないよね。
うんうんうん、なるほどね。
なんか自分の今ある状況を振り返ってみると、あ、こういうことなのかなみたいな。
うんうんうん。
そこでなんか感じるっていうか。
うんうんうん。
まあ、かな。
うん。
わかるかこれ。
いや、わかんないけど。まあでも聞いてると面白いね、こういう。
なんか結構ね、キリスト教の話を聞いてても、今のとよだくんの話聞いててもさ、結構なコンテキストが宗教とかそういうのに支配というかなんかシェアされてるんだなとかね。
日本のコミュニケーションってハイコンテキストだとか言うじゃん。文化とかいろんなものを知らないと言ってる言葉だけでは意味がわからないみたいな。
で、アメリカはどっちかっていうとダイレクトだとか言うかもしれないけど。
はいはいはいはい。
いや意外と結構宗教でシェアされてる部分とかなんかあるのかなとかね、思ったんだよな。
どういうこと?
いや、ちょっとよくわかんなくなってきた。言ってて。
なんか自分が知らない情報を常にみんな、みんなっていうのかな、キリスト教の人としては多分シェアしてて、
同じ言葉を交わしてるように見えても、違う情報もなんかやり取りしてるんじゃないかみたいなイメージ。
そうだね、それはあるかもしれないね。
なんか外交で同じ言葉を喋って、お互いでも違う意味で、デュアルインテントで解釈してるみたいな感じで、
自分はコミュニケーションできてると思ってたけど、英語でね、自分の周りの人と。
でも彼らが英語で喋ってるときには、実は自分は全く知らないコンテキストで、
ある宗教を前提に結構喋ってたんじゃないかとかね、神とかの存在を。
それは絶対あるよ、絶対ある。
そうだよね。
そういう存在をちょっと、その可能性を感じたわけよ。
恐れと知りたいという気持ち
それは100%あると思うね。
言葉って表面的だなと思ってて、その裏にある意味というか想いというかは、多分どう頑張っても表現できない。
だから、そういう宗教的なOSを自分の中にインストールすると、そういう言外の意味っていうのは、言葉の外にある意味みたいのは、多分理解しやすくなるんじゃないかなっていう気がするな。
だから、やっぱ自分もこれからもっと勉強したいなとか、めっちゃ刺激受けたよね、このキリスト教の回で。
そうなんだ。むしろなんでみんなそういうふうに思わないんだろうなっていうのが逆に不思議なんだけどね、俺からすると。
その、なぜ興味を持たなかったんだろうって。
でも僕が最初に説明した、ちょっと距離を取ってる感じとか恐れてる感じも理解はできるよね。
日本のいろんな事件を通して。
恐れてると、僕はむしろ知りたくなるんだよね。
なんで自分は恐れてるんだろうっていうことを解き明かしたくなるじゃん。
恐れてるものを目の前にしたら、それは本当に恐れるべきものなのか、恐れるべきものではないのかっていうのを自分の心の中で判断したいんじゃない。
だから知りたくなるっていう気持ちが湧くと思うんだけど、どうなんだろうね。
もう一個の例えとして、宗教とこれを一緒にしてしまうのはちょっとどうかと思うんだけど、
例え話として、中毒性のあるものがあるとするじゃん。
タバコとか、ドラッグみたいな。
そういうのってさ、それを恐れてるっていうのとちょっと違う気がするんだけど、
まあ良くないとか危ないものだと認識して、それからもう距離を取るっていう行為と、
それは理解できる。
それと似ているって言っちゃうと極端かもしれないけど、それって恐れてるっていうのかな。
なんかその方が、もうそもそも知らない方がいい、無難みたいなスタンス。
かかわりを持たない方が確率を限りなくゼロにできるんだけど、
確かにそれについてよく知ると。
で、例えばそれはどういう効果があって体に。
宗教と中毒性
で、ほんのちょっと自分が中毒ならないものレベルだったら取ってみて、
あ、こういうことになるのね、だから危ない、やめようって思うっていうのと、
なんだろう、どっちの戦略を取るかというと、
僕は完全にそういうチャンスがあったり、言葉を聞くような機会があったら、
そこからもうとにかく距離を取る方が、
自分はそういうのに中毒になっちゃう可能性を減らせると思っちゃう。
でもまあ同じ、そのドラッグとかに対するアプローチを宗教に使っちゃうのは、
ちょっと間違いかと思ったらいいなと思ってきた。
まあでも宗教は、宗教はアヘンだって言ってるからね、マルクスが。
そうか、やっぱり捉え方によっては同じ部類になる可能性もあるのね。
そうだね。
誰が言ってたって?
マルクス。
マルクス?
なるほど。
いやでもね、そうだと思うけどね。
あ、そうか。
なんだろうな、なんかね一つの宗教に、
没頭を僕もあんまりしたくないんだよね。
なるほど。
どっちかっていうと、距離を取って、いろんな宗教を並べてみて、
なんか理解したいみたいな感じだな、僕は。
じゃあ距離は必要だよね、ある程度。
そうだね、距離はね、持ちたいなと自分では思ってるな。
いろんなドラッグについて、本を通して学ぶのはいいんだけど、
自分で取るのはやめようっていうことだよね。
そこに線引きがある感じ。
あー、そうだね。
宗教とアヘン
でも俺、神感じてんだよね。
どう?それはアヘンな感じする?麻薬な感じする?
いやいやいや、しないしないしない。むしろいいなと思ってて。
でもさ、アヘン使ってる人がいたとしたらさ、いいよって言うんじゃないの?
そうだね、そうだね。
でもそれによって、アヘンを使って、そのアヘンの効果が切れたら、後で無気力になっちゃうとかさ、
明らかにデメリットみたいなのを感じるわけじゃない?
それは良くないと思うんだけど、僕神を感じていることによって、
不利益みたいのは被ったことない、むしろメリットしかないなと思ってるから、
良いアヘンなんじゃないかなって気がするね。禁断症状を起こさない良いアヘン。
なるほどね、なるほど。
ちょっと極論だよね、宗教とドラッグを一緒にしちゃうのは。
だってマルクスもどういう点を持って、どういう点をデメリットだと思ったんだろうね、宗教の。
いや、分かんない。デメリットだっていう意味で言ってるのかどうかもちょっと分かんないな。
その中毒性があるっていうことだよね、ドラッグだって言いたいのはまず。
でもなんとなく悪いっていうのも入ってるよね。
ドラッグを良いという意味で例えてないと思うんだよね、アヘンか。
まあ、でもなんだろうな。
つらいことを忘れるというか。
うーん、I see、I seeじゃない。
つらいことを緩和するっていうのはね、必要だと思うんだよね。
そうだね。
そういうのがないとね、折れちゃうと思う。
なるほど。
心を折らないために必要だと思うんだよね。
なるほどね。
そうだね。
次回へ続く。
41:15

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