はい、私はそのIBS 2025には行けてないんですけど、そのサイドイベントの方だけちょっと行かせていただいたという感じで、ケントさんもまっつーさんもあれですかね、そのメインイベントには行ってないって感じですかね。
うん、僕もね、同じで、今回参加できたのはサイドイベントのあのイベントだけですね。
まっつーさんも?
うん。
そうですか。
なんかこれもね、もちろん早間さんにお誘いいただいたっていうのはあるんですけど、そのメインのイベントとはちょっと趣の異なる趣旨のイベントだったんで、なんかちょっと面白そうだなと思って私も参加させていただいたんですけど、
ちょっとですね、そのイベントどんなものだったかっていうのを企画者でもある早間さんからご説明いただくところからスタートしようかなというふうに思いますが、早間さんお願いしてもいいでしょうか。
はーい。ちょっと長くならないように頑張ります。
大丈夫ですよ。
はい。一応その、じゃあイベント自体はIBSのサイドイベントということなんですけど、我々IBSっていうのは京都に来てから、京都イノベーションスタジオっていう京都市が事務局を務めるコミュニティープラットフォームという位置づけで、そのイノベーションスタジオというものを年4回ぐらいやってきてたんですよね。
で、まずその中でそのイノベーションスタジオっていうものの企画として、IBSのタイミングで毎年何かをやってたっていうところで、今回はサイドイベントの中でセッションをやろうということで動いていました。
で、まず京都イノベーションスタジオ、実はこれまでもJam Sessionzの皆さんにも参加していただいてるんですけど、先にそっちの方だけ少し説明しますね。
イノベーションスタジオっていうのは、うちの京都市の外部アドバイザーで入山敬先生っていう先生に都市経営戦略アドバイザーに就任いただいて、その先生がオーガナイズした形でこのイノベーションスタジオっていうのをやっています。
で、これ何やってるのっていうところなんですけど、基本的には京都っていう街をイノベーティブにしていくために、今京都が気づいていない、できていないことっていうことをこのプラットフォームの中でやっていこうよ。
で、それは何なのかっていうと、やっぱり京都っていう土地はいろんなポテンシャルがあるんですけど、基本的にコミュニティが繋がっているようで繋がってない部分が多い。
例えば、領域が変わる、ビジネスパーソンとクリエイターであったりとか、ビジネスの中でも大企業とスタートアップが繋がっていないとか、そういう分野分野ごとの繋がりっていうものが足りないと、やっぱりイノベーションって起きにくいよねっていう話があり、さらに京都の中と外で行ったときにも京都に興味があったり、京都のことがすごい好きだっていう人がたくさん世界中にいらっしゃるのに、
そういった人たちと京都のまさにジャンプセンションズの皆さんがされているような取り組みっていうところにもそういった人たちが繋がりにくい部分があったりするので、そういったところを繋ぎながら異分野同士の人たちが集まって、で、抽象的なテーマを語りながら皆でそれぞれの知恵と知恵っていうのを掛け合わせながら、いろんなテーマを掘り下げていこうよっていう企画が京都イノベーションスタジオっていうものになります。
イノベーションスタジオの知能探索っていうのは入山先生が知能進化と知能探索っていうのは両方できてイノベーションはできるけど、日本自体はそれが足りてないと思うので、京都でそういうことをどんどんやっていこうっていう話の一環の中で、IBSみたいなスタートアップカンファレンスっていうところで、通常IBSでは語られないようなテーマっていうのを語ったほうが面白い。
しかもそれってやっぱり京都っていう街がビジネス都市として何をしていくべきなのかっていうところも、そういうちょっと違う目線で投稿していくっていうことの方が意味があるんじゃないかっていうことで、去年とかも、例えばビジネスと思想哲学みたいなものを掛け合わせる形でIBSでセッションを組んだりしてたんですけど、今年も同じような形で、スタートアップ、IBSの世界観でいうとやっぱり短期で、
どれだけスケールしていくかっていうことに対して、基本的にはそれを成功させるためにいろんな人が集まってディスカッションをしていることが多いのかなとは思うんですけど、我々は今回のテーマっていうところでいくと、タイトルが余白にこそ価値がある。
京都で最高する終わりの先にあるビジネスっていうテーマでセッションをサイドイベントで組みました。ここに込めてる思いっていうのはちょっと二回言いですけど、3つだけ言うと、やっぱり余白っていうものと終わりっていう言葉。
この2つが、基本的にはビジネス界隈でいうとあまりいいふうには捉えられないと思うんですね。余白っていうのは、そういう余白があるぐらいなら何か役に立つことせいやっていうような雰囲気になりがちですし、終わりって言われると、そもそも倒産みたいなイメージだったりするので、すごくネガティブに移る部分があるのかなと思うんですね。
ですけど、やっぱり余白っていうもの自体は、ある意味役に立つかどうかは分からないんだけど、自分なりに意味を見出して動くっていうような時間が、逆に今の時代って足りないからこそ、何かその次の価値っていうのを探すところになかなか目が向かない。今流行ってることに目が行きがち。短期で結果出ることに意味が行きがち。
なので、その余白という時間がすごく大事なんじゃないかっていうところと、それから終わりっていうところもポジティブに捉えれば、その終わりに向けて自分たちが営んでいる意味っていうものをもっと見出していけるんじゃないか。
終わりがあるからこそ精一杯生きていけるんじゃないかっていうところと、終わった先は全て無じゃなくって、やっぱりその終わりがあった後にも自分たちが何かしらの意味とか意義とかを残していくんであれば、その先にもその意思っていうものは何かの形で受け継がれていく。
そういうような形で終わりっていうものは、一旦形としては終わったとしても、次に新しい想像が生まれていくっていう可能性があるんじゃないかっていうこと。それを京都で再構する。
京都というその千年単位で町の営みが行われているという場所であった場合に、その短期じゃなくてその余白とか終わりという意味をもっと長期的な価値軸で見出すことができるんじゃないかっていうような視点。ある意味そのスタートアップの役の考え方っていうものをあえてぶっこむようなイメージで企画を考えてみたっていうところがあります。
ありがとうございます。
改めて説明いただくと、なるほどそういう意図で開催されたんだなっていうのが、私たちも参加した私たちでもよくわかったっていう感じなんですけど、まさに終わりで株式会社って基本的に続けるということを前提にしている組織だし、
それでもあえて終わるってことについて考えているみたいなところとか、今回ゲストで来てくださった方で、宇野恒博さんとかはイベントでもおっしゃってましたけど、イノベーションっていう言葉が嫌いだっていう感じだったりとか。
おっしゃってたけどね、京都イノベーションスタジオに出てくださるみたいな。
面白かったですね。
なかなか面白いラインナップだなって思ったりとか。
あと終わりっていうところで言うと、今回来てゲストとして京都で活躍する企業家で来ていただいたのが、喫茶店ですね。
カフェの運営をされている山崎さんとか、あとは銭湯ですね。銭湯の運営をされている美菜戸さんですかね。
美菜戸さんですね。
美菜戸さんとか、いわゆるオアコンビジネスっていうことも出てましたけど、オアコンビジネスで頑張っていらっしゃるお二人を呼んで、トークを繰り広げるみたいなところがあったんですけど。
まず最初に聞きたいのが、この宇野さんとか山崎さんとか美菜戸さんみたいな、ゲストとしてこの人たちに喋ってほしいねみたいな風に集めたのっていうのは、どういう人選で集められたのかとか、
葉山さんがそこにどういう意味とか期待を込めてセッティングしたのかみたいなところからちょっとスタートしたいなっていうふうに思うんですけど、どんな経緯でこういうラインナップになったんですかね。
そうですね。まずその地の探索っていう部分で考えたときに、大体こういうビジネスイベントって結構やっぱり同じ分野にの人が集中する場合が多いのかなとは思うんですけど、
伊里山明先生からもう採算、集める人たちは多様であるべきっていうようなことは言われていますが、大前提としてできるだけ全然違う領域の地を持った人たちを集めた方がいいかなっていうのがまずありました。
まさにそのオワコンっていうことがキーワードになっていて、それを綺麗に言うと終わりみたいな感じで、終わりのビジネスみたいにしてたんですけど、やっぱり今もう価値としてもう価値じゃなくなっている、あるいはもう時代の流れについていけないみたいなところに価値を見出しているような人たちっていうところにスポットを当てたいなというふうに思っていたところから始まり、
なんかコミュニティとコモンズの違いとか、なんかその辺が自分の中でもうちょっと知りたいなっていうところがあったので、なんかその辺が聞きたいなって思いで参加しました。
そうですよね。2話の話って、そのグローバルプラットフォームに支配されてしまっている我々がそこから抜け出すにはどうしたらいいのかみたいな話の中で、2話っていう概念を提唱しているんだけど、
なんかその我々がよく言葉にしているそのコミュニティっていうものとはまた別なんだとか、コモンズっていうものとは別なんだっていう話とかがあって、なんかそこら辺が見解がちょっと分かれるところだなっていうふうに思ってて、なんかそこら辺もね確かに今回のイベントで聞けるのかなみたいな期待がね、確かにありましたよね。
なんか、葉山さんも多分最初にSNSに投稿されたときは、2話の話で共感できる部分もあり、でもなんかちょっとこうモヤっとする部分もありみたいなことを書いてらっしゃったような気がするんですけど、なんかそこら辺ってさっき我々が話したところと近いような気もするんですけど、どうですか。
いやめちゃめちゃ近いですね。やっぱりあのある意味では同じことを一緒に探求しているような気がしてるなと思うんですけど、あの特に今京都市で言うと市長がまっつーに代わってからコミュニティっていうものに対してものすごく注目が、最注目が集まっている。
新しい公共というような言い方もしてますし、公共というものがこれまで行政だけが担ってたものが公共市っていうものがどんどんその境界がなくなっていって、それぞれがそれぞれの領域っていうのはある意味では補い合うような形になっていくっていうような時代、それは間違いなくそういう時代なのだろうなっていうふうには思うんですけど。
なんかあのそのコミュニティというもの自体がしっかりすればみんなウェルビーイングになっていくんだみたいな感覚ですよね。それ正直僕もある時持ってる感覚があったんですよね。
でも宇野さんがその庭の話で言ってたり、あるいは港さんとか山崎さんもいくどん言ってたかなと思うんですけど、結局そのコミュニティっていうものができてしまいすぎると、コミュニティってできた瞬間に誰かを排除するなっていうのは自分も実体験としてやってしまったところもあり、
で、宇野さんが本の中でしっかり書いているのは、やっぱりそのコミュニティっていうもの自体が結局ある意味人それぞれが、ある意味では孤独な時間とかそういったものがあった方が自分らしく生きれたりするんだけど、それを許さない。
ある意味誰かと繋がることが、繋がらないとその街で生きていけないみたいな環境っていうのはすごく不幸な側面もあるっていうようなことを本人も書いてたのかなと思いまして。
なので、人間って共同体がないと生きていけない獣だと思うので、そういうコミュニティというものにものすごく全依存するのではなくて、そのコミュニティというものも大事なんだけど、そのコミュニティとの関わり合いとか、そのコミュニティのいくつものコミュニティがある中で、どこかに属さないと生きていけないんじゃなくて、
いろんなコミュニティと揺れやかに繋がるような自分の立ち位置みたいなこととかを考えたりするのはとっても大事なんだろうなっていうのは、宇野さんの本とかを読みながら思ってたところですね。
なんかそのコミュニティみたいな話になったときに、よく語られがちなのが、コミュニティの中でお醤油を貸し借り、気軽に貸し借りできる関係性みたいなのが例え話で出るんだけど、
なんかそれよりも、誰でも100円で醤油が買える社会の方が全体としてはいいんじゃないかっていう話を、宇野さんがイベントのときにおっしゃってるかなと思ったし、本にも書いてあったなと思うんですけど。
そうですね。
そのときにすごい印象的だったのが、コミュニティっていうものを大切にしたりとか、コミュニティっていうものの中に属してる人って、ある意味ちゃんとコミュニケーションが取れて、コミュニケーション能力がある程度あって、意識高い系じゃないけど、そういう人がコミュニティの中でうまく溶け込んでいるんだけど、
そういうコミュニケーションが苦手な人とか、そうじゃない人でもコミュニティの中にちゃんと溶け込めるような状態じゃないと、全体にとってはいいことではないんじゃないかみたいなことを宇野さんおっしゃってたし、宇野さんもどっちかっていうと小見性だから、そんなに飲み会とかでいろんな人と喋ってみたいなのが苦手なんだよねみたいなことをおっしゃってるのを聞いて、
それこそ本当に多様な人たちが共存するコミュニティというのはどんなコミュニティなんだろうみたいな、ちょっと考えさせられたなって私は思いましたね。
ニワの話を読んだ人だったらキーワードで出てくると思うんですけど、「コレクティフ」っていう言葉、ショウさんとかまっつーさんとか、残ってたりします?
コレクティフ。
コレクティフ。
うん。
行きました。
まっつーさんどうですか、コレクティフっていう。
119ページ。
ページまで。
これ一応書いてある定義を読むと、構成員である個々人が自分の独自性を保ちながら、しかも全体に関わっていて、全体の動きに無理に従わされているということがない状態っていう定義をここではされているということですよね。
で、それに関わる無事なニワっていう施設かな、施設の例が出てて、要は一人で作業しててもみんなで一緒に作業してても、別にどうしててもいいよっていう空間を作っているっていうことでしたよね。
はい。
確かに。
それってすごい大事だなっていうふうに思いで、なんでしょう、やっぱりコミュニティってどっちかっていうと、さっきの田舎の付き合いみたいな感覚で、
地域コミュニティの自治会とかそういう感覚で思っちゃう人多いのかなと思うんですけど、そうじゃない、例えば僕からしたらやっぱりJam Sessionzでの取り組みであったりとか、あるいは、
学びはとびらであったりとか、ああいう場所っていうのは、そんなにみんなで一体感があるわけでもないけど、みんなそれぞれ結構思い思いに動くときもあるんだけど、なんとなく世界観は共有している感があったりとか、
なんか、こういう感覚っていうのが、社会では一般的なんだろうか。少なくとも行政はこういう感覚って持ってたりするんだろうかみたいな感じで、
自分でもわからないまま。でも、多分こういう感覚が近いんだろうなっていうのは、ちょっとニアの話読みつつ、イベントとか関わらせてもらいながら、
関してはところがいいですね。
まっつーさん、このコレクティブにつなげてもいいですし、それ以外、イベント参加されてて、この話とか、このキーワード面白かったみたいなところがあったら、ちょっとそこら辺から広げていけるといいなと思います。
この話の関わりでいくと、イスラー・マドラーグの山崎さんが話されてた言葉で、常連になればなるほど、店として関わらなく、あえてしてるというか、
雑に扱うみたいな。めっちゃおもろいですよね。
あの感覚が、普通だったら逆思うじゃないですか。より特別扱いされることのほうがいいと思うのかなと思いきや、そうじゃないところに、
関わってるような関わってないような、っていうのを山崎さんは、絶妙に扱ってるんですよね。
その場を振ってるっていうところが選ばれてる。
他の喫茶店とは違うところなんだろうなというところを、
僕らのジャムセッションズで言うと、
この話を聞いて、
この話を聞くと、
僕らのジャムセッションズでやってるジャムセッションズ・ナイトのことを思い出して、
あれも、
実はその事前の打ち合わせでは、結構ケイトさんでも何回も言ってたんですけど、
ジャムセッションズ・ナイトのことを思い出して、
僕らのジャムセッションズでやってるジャムセッションズ・ナイトのことを思い出して、
あれも、結構みんな自由にしてもらいつつ、
実はその事前の打ち合わせでは、
結構ケイトさんでも何回も言ってたんですけど、
事前の打ち合わせでは、結構ケイトさんでも何回もやりとりして、
どこまでを、
コントロールじゃないけどこうなってほしいなという思いも、
こちらたちは裏では持ってたりとか、
その辺の差事加減というか、
自由やけど、
調和の取れたという、僕らのやりたいことを、
こういう考えながらやってるっていうところと繋がってるなというのを思ったりしました。
ジャムセッションズで言うと、
イベントに毎回来てくださる方っているじゃないですか。
それを常例みたいな形で言うと、
そういう方々もすごくありがたくて、
大切にもちろんするんだけど、
逆にそういった方には半分運営みたいな感じに関わってもらったりとか、
例えばグラレコをしてもらったりとか、
初めて来た方と喋ってもらうとか、
そういう、むしろ身内側に入ってもらうみたいなことをしていくと、
常連としては嬉しくて、
いつまでもお客さん扱いされてないみたいなところが嬉しくて、
その絶妙な距離感が、
まさに山崎さんがおっしゃってた、
喫茶店の常連に対する態度みたいなところがつながってくるのかなと思って、
よくある飲食店とかだと忙しい時とか、
ごめん、ちょっとこれ、あそこのテーブル運んどいて、みたいなのを
常連に持ってかせるような感じがしたりとか、
ああいう感覚に近いのかなと思って、
それ多分言われた側も別に嫌な気はしないですよね、
常連だったらね。
だからそういう関係性が築けていくと、
理想のコミュニティというか、
落ち着けがましくないコミュニティになっていくのかなとか、
っていうのは確かに思いましたね。
あれ面白かったですね。
僕なんかね、そこの部分もそうですけど、
割と終始ちょっと感じたのは、
結局何のためにビジネスしてるかみたいなところの根本が
少しいいとか悪いとかじゃなくて、
違いがもしかしたらあるのかもなっていうふうに思ってて、
港さんがおっしゃってたと思うんですけど、
港さんのミッションってすごいわかりやすいじゃないですか。
先頭で文化を絶やさないっていうような言葉だったと思うんですけど、
そのためにやっているので、
売上げをすごい上げたりとか利益を上げたりとかっていう目的じゃなくて、
先頭で文化を守るためにやってるみたいなところがはっきりしてるので、
逆に価格を上げて来る人を狭めてしまうと、
ビジネスとしては成り立つのかもしれないけど、
ミッションやりたいことはちょっと違う方向にいくっていうところが
結構はっきりしていると思ってて、
小池さんの方はどっちかというとVCっていうのもあるので、
いかにビジネスとして少ない資産で高い利益を上げるかみたいなところが
結構重要になってくるので、
そこが結構ラグジュアリーみたいなところに行く気がするんだけど、
その辺の何のために存在してるのかみたいなところが、
またちょっと地域性が現れてるのかなっていうのは、
なんかちょっと感じたところですね、多く。
わかります。
もちろんビジネスである以上、
売り上げを上げて企業として利益を上げていくっていうことを無視してると、
それはもう完全に寝言っていうか、
それはじゃあ勝手に趣味でやったらいいやんっていう話ではあるんですけど、
でも明確にその違う地区っていうものをちゃんと見据えて、
ビジネスを両立させようとしてるっていうところの違い。
ある意味では僕からしたらやっぱりこういう人たちが
カルチャーって作ってるんだろうなっていうのがすごく感じましたね。
なんかやっぱり価格を上げてビジネスとして成り立つっていうことをしないから、
大箱になるんだっていう意見もあれば、
宇野さんなんか一回終わったらいいみたいなことを
お付き合いとしてされてましたけど、
終わった後に残るかどうかっていうところとか、
敵なものとかね。
敵なもの、それ自体はビジネスでは終わってしまったかもしれないけど、
そのビジネスが体現していたものが残り続けるっていうことが大事なんだ、
みたいなこととかをおっしゃって。
それが文化みたいなものなのかもしれないとかね。
精神性とかね。
精神性とか言いましたね。
そこら辺がまた宇野さんが別の視点から発言をされていて、
面白いなと言ったんですけど、
ちょっとですね、時間が前半ここで切りたいなと思いまして、
40分ぐらいかな、40分ぐらい今経ったんで、
一旦ここで切って後半戦でまたこの続きをしていきたいなと思うんですので、
一旦ここで前半切らしていただきます。
後半もよろしくお願いします。
ありがとうございます。
ありがとうございます。