そうですね。ケイジ君と知り合いになったのは、カップリングアプリみたいなのを作ってましたよね。
はい。それは2023年のギチの完全人間ランドの9月9日に行われたオフ会のために僕が、
ギチの完全人間ランドのリスナーの人たちの愛称診断というか、そういうアプリを作ったことがありました。
その時でしたっけ?
それが、私はオフ会に行ってないので、でもギチの完全人間ランドのリスナーだったので、
みんながすごく盛り上がってるのを見て、それでご近所界隈の人、人間界隈の人に聞いたら、
こういうアプリあるんだよって言って教えていただいて、それでやってみたっていう。
なるほど。そうか。それが最初だったんですね。
僕は、もうさんがいろんなポッドキャストを過去にやられてたり、今もやられてたりするんですけど、
哲学の世界を知りたいっていう番組をともきさんとみそさんと3人でやられてますよね。
結構これも長くやられてますよね。3、4年やられてます?
もうすぐ3周年ですね。あと1ヶ月ぐらい。
まだこんなもんですか?まだ丸3年経ってないぐらいですか?
そうです。もうすぐですね。
初めてすぐだったんですかね。3人でギチの完全人間ランドにゲスト出演されたことありましたよね。
そうね。宣伝でしますよというパッケージみたいのを購入して、3人で出たことがあります。
それ近辺で多分、もうさんのこと僕は認識してた。
お便りとかも最初の頃よく送られてましたよね。
ギチ管理。
ギチ管理。違いましたっけ?
お便りというか、スポンサードをいろいろしていて、
いろいろ応援したい、自分が販売したりしてないので応援したい人とかがいると、ほとんど毎月スポンサードしてたかな。
だからその辺で名前は聞いてて、知ってて、
ゲストで出られた時に、こういう方なんだっていう印象でした。
そうですか。なかなかのニューフェイスだったんですね。まだまだケイジ君は。日が浅かったですね。
僕は、2023年にこのポッドキャストを始めたんですけど、
自分がポッドキャストを始めたら、今言われてたスポンサー会で自分のポッドキャストのスポンサーをしようと思ってたんですけど、
それまではサイレントリスナーな感じで、全然スポンサーしたりお便り送ったりとかせずに、ただ聞いてた感じですかね。
だから、モウさんたちがゲストで出たのがちょうど2022年とかですかね。
だから3年前。
3年前だった。でも、2022か。
23年。
2023ですか。
その頃はもうあれかな。自分もスポンサーしてたのかな。
でも2022年の段階で、ポッドキャストをやろうと考えてて、
1巻聞きながら始めたら送ろうかなって思ってたっていう記憶はあるんで。
そこの辺で始めたんだ。私なんか気づいたらもうスペースボケの始まってたのよ。
2023年1月からスタートですね。
じゃあ3年ってことやっぱり。
そうですね。約2年間続けて半年ぐらい休んで、またシーズン2が始まった感じなんで。
お疲れ様です。続けるのって大変よね。なかなかね。
そうですよね。
ケジックの番組で自慢というか、自慢というか、なんかよくやってるなって思ってるのは、テツセカはまだ一度も休んでなくて。
それほんとすごいですよね。
3年間で。
それほんとすごいですよね。
なんとかいろんな内容はともかく、必ず誰かが話してるのを配信してもらってて、すごいなと思って。
すごいですよね。なんか僕も自分ね、この番組はシーズン1はちょうど100回までやってそこで一旦終了ってことにしたんですけど、
仕事っていうかね、いろいろ忙しくなってなかなか大変だったっていうのもあるんですけど、
僕の周りの人でも、なんかこう、だんだんやっぱり1年以上続けると疲れてきて、どのタイミングで一旦お休みしようかなみたいな相談を受けるときとかあって。
そうよね。やっぱり一人でやってらっしゃるし、ちゃんと形式が決まってるじゃない?ケジ君とかはちゃんとオープニングがあって、オープニングって言わないのよね。
いや、オープニング、アバン。アバンがあってオープニングがあって。
だからやっぱあれをね、ちゃんと自分で一人で続けるのって偉いなぁとか思って、やっぱ3人いたり、なんかゲストの方いたりするからこうなんとかできるけど、むずいですよ、やっぱり。
そうですね。だから一番理想はそれぞれ自分がポッドキャスト番組もやりつつ、そういう人たちがチームでやってると、なんかこう誰かがちょっとしんどいときでも他の人でこう回すことができるみたいな。
そうなの?それまさに徹底家だね。
そうですよね。徹底家そんな感じありますよね。だからそれが理想の形かもしれないですよね。全部一人でやってたり、複数人でやってても一人が全部、その編集からアップまで全部一人でやってるとその人の方が大変なんで。
自走できる人、2,3人でやるポッドキャスト番組が一番理想系かもしれないですよね。
そうですね。あとはやっぱり、初めから編集とかはすごい手をかけないっていうことで、で、いつもミソちゃんが全部やってくれてるんだけど、どういうふうに、なんか自動でやる編集をしてるって言ってるけど、いい感じで撮れてるよね。音質は多分。
そうですね。すごいですね。なんか、そのアプリによってはテンプレートみたいなのを作っておけば意外と編集が簡単だったり、僕もそういう作り方してるんですけど、テンプレートファイルみたいなのを使っても、その中に埋め込んでいけば、割と形式的なものは簡単に再利用できるみたいなのあったら、まあまあ楽かもしれないですね。ただどれだけその会話を編集するかっていうところが、編集量があると結構大変ですけど。
そうよね。だからやっぱり、ほとんど編集は入ってないので、私のなんかくたりついてるのとかもずっと流されてしまって、本当に恥をかかせられる。
いやでも、哲学は本当にその何ですか、雑談的なところがもう売りになってるような感じが聞いてて思いますけどね。その哲学の話はもちろん面白いですけど、普通に雑談になってるところも普通に面白いっていう、やっぱりそれぞれのキャラクターが立ってるのがいいなと思って聞いてます。
面白いですよね、あの2人がね。
面白いですね。
何回聞いてもたまに面白くて、なんか笑っちゃって。
いやいいなと思って、楽しそうだなって。で最近あれでしょ、ともきさんの奥さんともうさんは、普通に友達としてこうメッセージのやり取りをしてるんですよね。
そうですね、あのLINEでやり取りをさせていただいて。
それも面白いなと思って。
教えていただいて。
その辺も面白いなと思って。なので、あと鉄星家と、あと最近体から聞かない人にも聞く話っていうポッドキャスト番組。
はい、そうですね。
あれはもうさん主導で始めた感じなんですか?
主導、だから内容的にはバドさん中心で、バドさんがね、生体師されてるので。
バドさんの話はもうさんが聞くっていう番組。
そうですね、で私聞かないので人の話をほとんど。
じゃああれ聞かない人にも聞く話っていうのはそういう意味ですか?
話も聞かないっていうのと、あとはなかなかこういろんな治療とか行っても聞かない人いるじゃないですか。
それと掛け合わせてるからひだがななんですけど。
聞かない人にも聞く話ってめちゃめちゃダブルミーニングでめっちゃいいタイトルだなと思って。やっぱそういうことなんですよね。
聞かない人ってそもそももうさんのことやったんや。
そうか、それは気づいてなかったですね。
聞かない人にも聞く話っていうサブタイトルがすごく全部ひらがなで書いてあるんで、そういうダブルミーニングでめちゃくちゃいいな、面白いなと思ってたんだけど。
聞かない人がもうさんのことだとは気づきませんでした。
そうでしたか。体から、もう実は体からですよという意味もバドさんからのメッセージを。
そっちは気づいてなかった。体からだか、なるほど。そうか。
体からだっていうね。
だからこっちもひらがななんですね。
はい、そうですね。
そうかそうか、なるほど。じゃあやっぱりこれ体からだ体って3つにするんじゃなくて2つのことにちゃんとした意味があったってことですね。
そうですね、本当は。それを説明しようねとか言って結局もう半年経っちゃった。聞いてくださってよかったです。
確かに。これはじゃあちょっと本当に2つともすごくためになるし面白い番組だと思うんでね、ぜひ皆さんもし聞いたことない人いたら聞いてもらいたいなと思うんですけど。
はい。
あの早速本題に。
え、もう1個やってる番組も説明していいですか。
え、もう1個なんでしたっけ。
え、あの。
あ、そうだ読書部。
読書部は高いところから失礼しますという番組もやっててごめんね。
そうなんですよ。
ちょっとせっかくだから。
いやいやそれ一番宣伝しないといけなかった。僕が唯一ちゃんと関わってる番組でした。
そうだよ。
今言ったテツテカとカラダカラダはそこまでただの単純なリスナーでしたけど、はい。読書部。
そうだそれだ。
高いところから失礼しますという番組をさせていただいていて、えっとジングルはケイジ君に作っていただいています。
そうですね。
それでえっとギチカンのスタートアップ。スタートアップって言わないか。
ポッドキャストを始める人のためのパッケージ。
スターターセットですかね。
スターターセット。
それを何か購入させていただいていて、それを使わせていただいて配信を始めました。
これは月一でやってる、本を読んだ感想を語り合う番組みたいな。
そうですね。もう本当に20年来のままともなので、本当に勝手なことを高いところから、これもダブルミーニングなんですけど、
高いところかっていうのは上から目線で人のことを気にせずに話すっていうのと、実は本当に高いところに住んでるので、
イクコちゃんが1600メートルの、多分私もそのぐらいの今度2400メートルぐらいのところに。
コロラド。
コロラドの方に、たまたまシンガポールで出会ったままともなんですけど、そういうふうになったので、ちょうどダブルミーニングでいいねっていうことで高いところから失礼します。
そうですね。これまた後で別の回で聞くことになるかもしれないですけど、もうさん、今シンガポールにお住まい。
Make Friends実験レイディオ。スペースボール系の。
このスペースボール系のがMake Friends実験レイディオということで、その友達をテーマにずっとやっててですね。
ゲストに来ていただいた方にはその友達についていろいろお話を聞きたいなっていう風に。
友達ってすごい小学校低学年ぐらいから理解できる概念なんですけど、改めて大人になったときに自分にとっての友達ってどんな感じなのか。
言語化すると人それぞれいろいろ違っててそれが面白いなっていう風に僕は感じてて。
あと友達はいっぱいいた方がいいとか、友達なんかそんないっぱいいるもんじゃないっていういろんな価値観があったりして、それも面白いなと思ってるんで。
その友達についていろいろゲストに来た方に聞いてみたいなと思ってて。
いつも聞くのがあなたにとっての友達とはどんなもんですかとか、その定義、友達という言葉概念の定義みたいなものがもしあればそれを教えてもらいたいですっていうような感じで毎回聞いてるんですけど。
どうですか、もうさんにとって友達、友達とはみたいな、友達の定義みたいなあったりします?
そうですよね、本当にね。私これ、実はね、ケイジ君の番組を聞き始めて、なんかこの友達について聞かれてるでしょ、ずっと2年、2年かなぐらいね。
いやーなんかね、そんなことそういえば考えたことなかったんですよ。
でもね私やっぱりね、それ言われてた時に、友達ってなんか結構私みんなに友達とは言ってないなと思って。
友達とは言ってないけど、友達って言われてるんですよ。
あんまり言ってないなって、めちゃくちゃ限定されてる人のことしか、友達、あの人は友達なんだとかって言わないなみたいな。テニスって言われてるんですよ。
友達ってなんか結構私みんなに友達とは言ってないなと思って。友達なんだとかって、例えば誰々のこと友達って言うと、あんまり言ってないなって、めちゃくちゃ限定されてる人のことしか、友達、あの人は友達なんだとかって言わないなみたいな。
テニス仲間とかは言うけど、とか、あとはなんかまあまともとか、まままままとももともだけどでも、なんかリアル友達みたいな感じで、なんか結構言ってないってことに気づいて、いやずっと考えてたんですよ実は。いつか呼んでくれるっておっしゃってたから。
はい、遅くなってしまって申し訳ない。
いや違う、あのね、なんか社交辞令だったのにそれを私がまともに言ってしまって。
いやいやいや、社交辞令とかないんですよ。
社交辞令とかない仲間?もしない仲間?
ない仲間。
ない仲間、嬉しいんですけど、それでだから定義はね、実は家族の次に大切な人ですね、簡単に言うと。
なるほど、なるほどなるほど。
ということで。
終わり。
いやでも分かりやすいんですけど、じゃあ具体的にどんな人を家族の次に大切な人って思ったりします?
今、
そうなのよ。
コウさんの中でこの人確実に友達だなって思ってる人は、なんでその人のことを家族の次に大切だって思っちゃうのかっていうところがなんか聞けたら嬉しいなと思って。
でしょ?でしょ?それもう考えたのよ、本当に。ずっと考えてたのに。
はいはい。
それで、いろんな人のお話ね、ケイジ君何人か聞かれててそれ私も聞いて、いやどれも違うんだよなと思って。
本当にいろんな人によって、あとはやっぱりステージによるかなと思って。
年のね。
ありますね。
私だからここで言うともう50、中盤なので、55歳なので、やっぱりその時その時でその定義みたいなのっていうのは変わるし、
まあそんなことはなかなか考えないよなとかっていうのがあって、
まあポッドキャストしてなかったらこんなね、あんまりいろいろ考えなかったからと思ってるんですけど、
それで考えてて、ケイジ君がよく相手が楽しんでるのを見て自分も楽しくなるっていう仲間は友達だって、そんな感じのことをおっしゃってたんだけど。
そうですね、僕の定義は、相手の幸せを自分の幸せのように感じることができる。
お互いにそう感じることができればその人は友達認定なんですよね、僕の中で。
具体的に言うと、モーさんが何か良いことがあった時に、それをモーさんが幸せだと感じた時に、僕もそれを自分のことのように幸せに感じる。
逆に僕に何か良いことがあった時に、モーさんも自分の、僕の幸せを自分の幸せのように感じる。
お互い、お互いのことをそういうふうに思える関係を友達と定義してるっていう感じですね。
なんか幸せっていう言葉を使うとちょっと重くなってしまうかもしれないですけど、相手が喜んでるのは本当に自分の同じぐらい嬉しければ、もうそういう関係であれば友達でいいかなっていう、そういうイメージ。
そうするとさ、100人どころじゃなくていっぱいになっちゃうじゃない。
なりますなります、そうそう。結構。
だってみんな私とか基本的にもう本当にちょっとすごく意地悪で嫌な人だったとしても幸せになってほしいと思うじゃん。
ケイジ君も多分そういうタイプだと思うんだけど。
ただお互いそう思えてるかどうかっていうところで、一方通行だとちょっと友達じゃないのかなっていう気もするんですよね。
そうでしょ。だけどさ、こういう気持ちをさ、出してると結局絶対両思いになると思うよ。
私の経験から言うとね。そしたらそれ全員友達だと困るのね、私。
困るっていうのは。
だってさ、家族の次に大切だから、その人たちに何かがあったら飛んでかないといけないのよ。
だから飛んでけるかどうかで、やっぱり親密度がすごく重要になってて。
なるほど。それはあれですよね。だから優先順位をつけないといけなくなったときに困るっていうことですよね、たぶん。
うん、そう。
それはわかります。だから僕もそういう定義なんですけど、そうするとすごく広がっちゃうじゃないですか。
だから何かその優先順位をつけないといけなくなったときに、その時に改めてつければよくて、普段は別にその順番なんか気にしなくていいかなっていう風に思ってます。
いいよね。だからさっぱりしててね。でも私とか友達だとすごい毎日は考えないけど、何かあったときに気を飛ばしてしまうとか、そこに向かって。
で、それが多すぎるとちょっとやっぱりキャパオーバーになっちゃうんで。
だからそういった友達はなるべくすごく親密な友達ということで、その人の家族も知ってて、その家族の家族も知っててみたいな感じまで、何かこういろいろなことを知ってるっていうお互いにね。
そういう人たちがやっぱり何か友達になって。でも最近やっぱりポッドキャストねやってると、どんどんそういうふうに何かこう家族ぐるみみたいな、近所付き合いってそうじゃない。
なんとかさんちのあの子のどこの子のなんとかがすごいどうだったのよって言って、そういう話になるじゃない、ご近所になると。
だからまあそういうご近所付き合いの中でもやっぱりこう近しいお友達とかっていうのは別なのかなとかっていう風に思ってます。
そうですね。なんかそのわかんないですけど、今の話を僕なりに捉えると、そのいろんな周りの人たちのいろんな情報が僕のとこに入ってくるときに、やっぱり頻繁に情報が入ってきやすい人たちとそうじゃない人たちっていう風になったときに、
頻繁に情報が入ってくる人に対しての親密度が高くなりそうな気はします。なんか言ってる意味わかります?
わかる。でもそこもちょっと後で話そうかと思ったところで同じなんだけど、自分からこう気をかけるタイプ、例えばさうちの娘とか息子とかさ、なんかこう私は結構なんか問題があった私に言ってきなさいよって感じなのタイプ的にね。
だけど、それじゃなんかこう親子関係の中で例えば娘なんかは全然何も気にしてないって言ってなんか連絡こないとか。その頻度がなんかこういまいち少ないらしいのね、私は彼女にとっては。
友達もそれでなんかこう頻繁にこうなんか連絡とかしてくれると私もそうよねって言ってこうなんとなくで向こうからの気持ちもわかるからすごい私もすごい大切だと思ったりとかできるんだけどこっちからこう言ってばっかりいるのは知りに行こうとしちゃうとかっていう場合があったとしたら
なんかそれだとなんかバランス悪いからなんかちょっと友達じゃないだろうし、だから結局さっきのどういう人が友達ですかっていう答えになるんだけど結構自分からこっちになんかこう知ることが多いって今言ったでしょケイジ君が知ることが多いってのはこっちからどんどん知りに行くって感じじゃなくてこう連絡くれる人?
情報が届くってことですよね自然に
届いてくるっていうかなんか私に知りたい知ってもらいたいっていうような人がやっぱり優先的になってるなぁと思ってます
分かるかな言ってること近いと思うんだけどでもこっちからなんか話をなんかだからうーんだからうちの子供でさえも私そうなので
あのね家族でもそうだよね私親とかでも向こうからなんか連絡くればしますみたいな
もうさんの方からその積極的に接触を図るっていうことはせずにどっちかというと受け取ることの方が多い
娘さんはもっとこっちにこっちに情報飛ばしてきてよっていう風なこと言ってるってことですよね
そうだよねででもそういうなんか別にだからすごいすごい仲良くなりたいと自分の方で今度思った時は
例えばXとかでもそうだけどなんかねこうちょっかい出させてもらったりとかするけどそればっかりだったらなんかこうただのファンですみたいなわけじゃん
だからファンなわけ
娘さん そう友達じゃないのにだからにはならないのにだって別にね私のことケアしない人とは友達にならないと思うから多分
それがだからケアなのとあとケージ君が言ってるなんか情報が届くってちょっと違うのかもしれないんだけど
僕多分ケアはあまり意識してなくて好奇心がそれが接触をしたい欲につながってると思うんですけど
相手に対する好奇心があるとその人の情報を仕入れたくなるみたいなことがあると思ってるんですね
今のファンの話で言うと例えばAさんという人がいて僕がAさんをファンAさんのファンだとしてAさんのその何かしらの表現に憧れているとかそのAさんの表現をすごく受けて
すごいリスペクトしてるみたいな対象のAさんがいた時に好奇心の矢は僕からAさんにしか向かってないのでその時点ではただのファンっていうことだと思うんですけど
Aさんと僕が何かしらで接触を持って知り合いになって話をしてAさんが僕に興味を持ってくれて僕に対する好奇心が向いて
その好奇心の矢がお互いに向き合った時に初めてそのファンから一つ上のステージの関係性になる
なんかそこにいることをなんかいらっしゃることを気にするということは当たり前なんだけど
日本語で言う気を使うっていうのはこうなんか距離を感じるよね
ああそうかなるほど
相手との気を使いすぎちゃってやっぱりでもそれは当たり前のことなんだけど
まあなんか大人と人間と人間の関係ではくっつきすぎてるというのも良くないし
そういうところの気を使うのはまあ当然のことなんだけど
距離を感じてしまう間柄になっちゃうよね気を使いすぎる
そうですねだから僕は気を使うっていうのがすごい距離をうまく取るみたいな
相手のことを考えて例えばなんか今忙しそうだったら声かけるのやめとこうかなっていうのが
僕にとっての気を使うみたいなところなんですよね
友達とか知り合いに対して
いいねいい気の使い方だねそれは優しいね
気にかけるよりちょっと手前な気がしててそれは僕にとっては
いやでも同じようなもんじゃない
同じようなもんですかね
気を使われるっていうとさなんかこっちがなんか不機嫌になるかもしれないから物事を言わないとか近い関係なのに
まあまあそれも気を使うに入るかもしれないですね距離の取り方だから
なんか不機嫌になるようなことを言う間柄って重要なのになとかさ
なんで不機嫌にならせようとして言うことなんてないはずなのに前からそうやって自分の言いたいこと言えないなんてなんか
距離があって嫌だなって思っちゃうからそういうところに気を使うって使うでしょ多分
不機嫌にさせたくないというかそういう時って
友達同行というかコミュニケーションを円滑に進めるためのやり方みたいな感じですねどっちかっていうと
そうだねそうだねでもなんかそうだねそれを気を使ってますって言ってもいいけどなんか私は使わないな気を使うわ
いや面白い面白いですねなんかその友達っていう話からこんなコミュニケーション論になりますよね結局
僕はその
どういうコミュニケーションできるかだよね
その人がそうそうそうどういうコミュニケーションを取ってるかっていう話が結局聞けるから友達についての話をすると
それがめちゃくちゃ面白いんですよね
なんか僕はそもそも人と人が違うのが当たり前だと思ってるのと
お互い分かり合えないことを前提にコミュニケーションしないといけないってずっと思ってるんですよ
人と兄弟だろうと親だろうと配偶者だろうと100%分かり合えることはないと思ってて
それを前提に人とコミュニケーション取らないといけないって僕は前提を持ってるんですよね
ただなんか日本人ってあのみんななんか無意識に同じもんだと思っていてそこからなんかこうコミュニケーションがスタートしてるから
なんか違ってることに気づいて絶望するとか急にすごく文句言い出して嫌いになるとかっていうところがあるような気がしてて
そうだよねすごいね
そんな人だと思ってなかったみたいな
それはあなたの勘違いなんですけどもともとみたいなところがあるんじゃないかなって僕は思ってるんですよね
いつから思ってるのそんなの
これはですね
覚えてる?
覚えてますね
小学校1年生か2年生くらいの時に母親にずっとそういうこと言われてたんですよね
えー
一番最初に覚えてるのは
人は人自分は自分とかいうことよく言われてて
誰々が何やってるから自分も何々したいみたいなことをよく子供って言うと思うんですよね
なんか羨ましくて誰々さんが何々例えば
誰々君が何々を買ってもらってたから僕も欲しい買ってみたいなこと言ったら
まあ人んちは人んちうちはうちみたいな話あるじゃないですか
まああんな感じで常に
えっと人は人自分は自分だからそこを同一視するなみたいな
今の言葉で言うと自他教会みたいなところを
とにかくすごくなんか教育されてて母親から
それですごくそういう感じになった気がします
自分と他人は絶対に違うものっていう
まあ老いたちとかねそういうの考えると違うのは当たり前だけどさ
なんか一緒に何かを誰かとやるときに
やっぱりこう全然違う意見とかになったりとかするときに
なんかみんなと一緒にする
同じ意見にならないといけないのにとかって思ったことない?
そういう時になんか違うとは分かってても
こっちにするもんでしょみたいな
常識的に子供の時常識とか使わないかもしれないけど
みんなでまとまって仲良くやるのが当たり前でしょみたいに
あーまあそうですね
別だったとしても
いやありましたよ
僕小学校の時6年間たぶんずっと学級委員とかやってて
集団の長じゃないけどそのリーダーみたいな
ポジションを担わされることがよくあったんで
なんかそういうのはありますね
先生にそういうことを期待されてたというか
でしょ
でしょ
そうなんで私もなんか学級委員とかさ
なんとかリーダーみたいなのとかさ
まあなんなんだろうね
声が大きかったからかもしれないけどさ
やってたりとかしてさ
みんな言うこと聞かないんだよね
みんな違うのは分かるんで
そこからやっぱりみんな違うっていうのも分かるんだけど
だけどなんかそれをさやっぱりこうした
しなきゃダメっていうことの方が大きかったから
そこでよく考えてたよねその違い
なんていうの
しなきゃいけないことって本当にしなきゃいけないことなのこれ
だけど学級委員とかさそういうなんかこう
みんなをこうまとめなきゃいけないから
いうこと聞いてさそれでいいこぶりっこみたいになっちゃうわけじゃんなんか
嫌なんだけどさなんかその辺ずっとそれはもうなんかもやもやしてて
だからやっぱりこう外に出た時にすごいスッキリしたよね
勝手にしてればいいんだ
なるほどそれ外に出た時ってのは海外に出た時って意味ですか
社会に出た時
社会社会社会に出た時もちょっとまだその辺よ
なんか反発してる気持ちはちょっとよく分かってなくて
ちゃんとした人の方がいいと思って何がちゃんとだよ
だけどそれはねまたそれ話すと3時間かかっちゃうから言わないけど
ちゃんとしなさいって言われてちゃんとした方がいいんだなって思ってた
だけどそのちゃんとしなさいとかってやっぱりなんかもう
頭が先じゃなく頭で考えるより先にもうなんか20代の中盤ぐらいで
ダメだになっちゃって結局海外に出てきちゃったので
その頃そんなに考えてなかったんだけど
今思うとやっぱりなんかそういうなんかもやもやしたのから
飛び出してみちゃったんだよなというのが
だから考えてなかった何も
考えてなかった
でもなんかさっきの話で言うと
僕がすごい記憶にあるのは小学校6年生の時に
生徒会の会長やってて
生徒会の会長だと6年生のとき就学旅行があるんですけど
その就学旅行の団長みたいなのもやったんですけど
僕そもそもなんか小6の時点で自覚してたのは
僕集団行動がすごい嫌だなと思ってたんですよ
みんなで同じことしないといけない
そもそも幼稚園の時に制服を着るのがすごい嫌だったんですよ
みんなで同じ格好してるのがすごい嫌っていう
それが幼稚園の時で
小6の時はもう完全に自分は
集団行動みんなで同じ行動するのはすごい嫌だめんどくさい
めちゃくちゃ思ってたんですけど
就学旅行の団長なので
みんなで集団行動をしないといけないわけじゃないですか
先生の言うことを聞いて
ここに列になって座れって言ったらしないといけないし
立てって言ったら全員で立って
歩いていけって言われたら歩いていかないといけないじゃないですか
言われた通りにさっさと動かないと物事が進まない
だからやっぱり決められたことは
ちゃんとやらないと物事が進まないんだなっていうのを思いつつ
集団行動がこんなに嫌いな僕が集団行動をしようとしてるんだから
お前らちゃんとやれってめっちゃ怒ってた記憶はすごくありますね
そうやって怒ってたんだ
嫌いなことはわかる
そりゃそうだよ嫌いなことなんだけどやれみたいなね
すごいそんな集団行動が嫌いな僕が頑張ってるのに
お前らなんだっていう切れ方をしてたんですね
それをめちゃくちゃ覚えてます
面白いそれ
だからその時に
みんなで結局決めてやらないといけないことやらないといけないんだな
めんどくせえなって
世の中めんどくせえなって思ってた記憶がありますね
だからそれを自分で言葉に出して
しかもそれで生徒会長もやれてるっていうのがすごくて
なんかすごいっていうのは私とはちょっと違ってて
私はなんか多分親がすごいちゃんとこう
出る杭は打たれないようにみたいなの
ちょっとあなたは私たちと違うのよねみたいなこと言われたりとかしてて
だけど困るじゃない親とかに嫌われちゃうと
だから親の言うことを聞いて困らせないようにしたいな
っていう気持ちはずっとあって
それでだからずっとそんな感じで
なんか彼らにとってみたら
特許しないことをしてたらしいんだけど
その若い時も
だけど一番特許しもなかったのはやっぱり学校
学校じゃないの仕事始めて4年やってみた時に
勝手に決めて会社という
学校で働いてたわけだけど勝手に辞めて勝手にシンガポールに来るって決めてた
あれは一番最高にびっくりされたかな
もうそれでも諦められやっと諦めてくれたかもしれない
やっぱちょっと違う私たち自分たちとは違った
出る杭でしたみたいなちょっと
なるほど
スペインホルケーのシーズン2