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普通の幅を広げていく社会福祉士のお気楽ラジオ。この放送は現役の社会福祉士で、障害児子育て奮闘中のTadaが、人と環境の交互作用に着目した発信を通じ、
皆さんの中にある普通の幅を広げ、誰もがお気楽に過ごせる社会になるためのヒントを共有するラジオです。
はい、皆さんおはようございます。社会福祉士のTadaです。9月6日金曜日、今日の放送を始めていきます。よろしくお願いします。
先日はですね、数年ぶりに、本当に何年ぶりだ、4年ぶりとかじゃないかな、4年5年ぶりぐらいかな、息子とね、2人で夜を過ごしました。
まあ、って言っても一晩過ごしたわけじゃなくて、妻がね、実は本当に実に数年ぶりに夕方からお出かけに行ったので、
それ以降の寝かしつけまでの時間を息子と共に過ごしたっていう感じです。
妻自体はね、夜普通に帰ってくるんで、めちゃくちゃ遅い時間ってわけじゃないんですけど、ほら、うちの息子ってめちゃくちゃ寝るの早いんで、
あの、少しでも遅くなると、だいたい80分間寝ちゃうからですね、遅くなっても。
そう、なので、夜の予定っていうのは基本入れないようにしてるんですけど、
昨日はね、妻がどうしても行きたいというビッグイベントがありましたので、この話はね、また後日しようかな。
まだ妻帰ってきたい時間の収録中なんでね、どこまで話していいかわかんないんで、はい、今帰ってきてるみたいなんですけどね、
はい、そんな感じでね、息子と2人の夜を過ごしました。
ね、まあ夕方に送り出したんで、まあ夕方送り出して、おやつ、おやつって言ってもおにぎりなんですけど、
おにぎり食べて、で、お風呂に2人で入って、それはまあ週末とかにしてるんですけどね、
お風呂に2人で入って、で、夕食の準備、まあ妻がね、ある程度準備してくれてたんで、僕大してすることなかったんですけど、
ね、準備して、2人で夕食食べて、で、歯磨きとか、トイレとか、そして、まあ寝かしつけみたいな感じでね、
えー、本当にね、新鮮な夜だったなっていう風に思いました。
まあ僕自身はね、本当に先ほども言ったように数年ぶりの息子と2人の夜なので、
まああの、ちょっと独り占めできた感じみたいなね、感覚で、まあワクワクドキドキしててね、なんかね、すごくいい感情だったんですけど、
まあね、これが毎日、僕はね、結構残業で家に帰るの遅くなって、もう息子が寝た後に帰ってくることもしばしばあるんですけどね、
うん、まあそういう時って、まあそれを今日やったことを妻はやってるわけじゃないですか、週に何回とかさ、
うーん、まあ1日だから僕はすごく楽しんだかもしれないけど、これがね、まあ日々、毎日ね、いわゆるワンオペですよね、続いていくと、
なんかさ、仕事よりもコントロールできない存在じゃないですか、ね、子供とかって、
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うーん、なかなか辛労溜まるよなっていう風に思ったりしてね、本当に日々妻がね、息子と関わってくれていることを丁寧にやってくれていることに対して感謝だなという風に思いました。
まあこういう気持ちをね、ちゃんと思い出すというかね、思い知らしめるというかね、自分自身がね、そういう風になるためにも、こういった機会はね、時々必要なんじゃないかなという風に思ったりしました。
皆さんのご家庭はどうですか?この音声配信聞いているのは多分女性の方が多いと思うんですよね。
はい、まあそれもね、子育て経験ある方、ない方、ね、その子育て経験があったとしてその年数もすごくバラバラでね、幅広だと思うんで、
皆さんどういう風にね、子育てをされていたのか、ワンオペなどはあったのか、多かったのか、少なかったのか、そういった話もね、聞かせてもらえたらなという風に思ったりします。
とか言ってね、ちょっとあの、だんだんディスとか入ったら若干怖いんでビビってるんですけど、まあ怖いもの見たさも含めて知りたいなという風に思ったりしてます。
はい、それではね、今日の本題に入りたいと思います。
今日はね、障害がなくなる社会というタイトルでね、お話をしていきたいと思います。
この話をしようと思ったきっかけ、というかね、この話系はまたね、僕時々喋っている話でもあるんですけど、
今日ね、話そうと思ったきっかけがあってね、これはXですごく活躍されている平熱先生という人がいるんですけどね、
障害児子育てをしている界隈ではかなり有名だと思うんですけど、いわゆる特別支援学校の先生なんですよ。
その先生が面白おかしくね、いろんなつぶやきをしてくれるんですよね。
それがね、すごく人気で、時に深く、時に面白くね、僕もね、毎日楽しく見てるんですけど、
今日のね、ポスト、それを読んでね、今日僕もこの話をしてみたいなという風に思いました。
ポストはね、読みますね。
みんなが手話を使えたら、耳が聞こえないことは障害と呼ばれないかもしれないよ。
っていうね、ポストだったんですよ。
こういうね、ちょっと不快系の話をするときは、この後にね、いつもこの難しい話わかるってね、書くのが平熱先生のポストの特徴でね。
はい、とても楽しいので、もしね、ご存じない方はね、見本で見てみてください。
まあね、殺伐としたXの世界の中にね、ひょうひょうといるね、平熱先生を本当に尊敬しているんですけども、
今日このね、ポストもすごく良かったなという風に思いました。
障害って何?っていう風にね、考えるっていうことは、とても大事なことだと思うんですよ。
なんかその、一応国の基準があって、身体機能がこうである、こうである、こうであるっていうので、障害等級が決まっていく。
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ね、目、耳、死体とかさ、手とか足とか、あとは知的とか精神状態とかね、そういったもので、
一応細かく、こういう状況だったら障害等級、難級ですよ、みたいなね、その手帳の等級が出たりとかするんですけど、
そもそも、障害はなぜ障害なのかっていうことですよね。
障害っていうのは、その時代において、心理、社会、経済的に負担が大きい時に障害という風に認定される。
こんな風に考えてもらうと、分かりやすいのかなという風に思います。
そうなんですよ。
なんで、例えば、眼鏡が発明される前、ね、戦で、戦、戦、戦の時代とかさ、もっと昔、ね、獣を追っかけまわす時代とかさ、狩猟とかがね、生活の糧だった時代とか、
ね、そういった時に視力が悪い人っていうのは、もうはっきり言って戦力害なんですよね。
だから、これはその当時からすると障害ですよ。
今も視力障害はありますけども、眼鏡とかね、そういう矯正器具のおかげで、かなりその幅は狭まったというかね、障害の領域は狭まっていったんじゃないかなという風に思います。
今は眼鏡やコンタクトがあるから、視力が低くてもそれなりに生活できるじゃないですか。
心理、社会、経済的に負担が大きくないわけ。
平列先生の言ってたことと同じように、手話をみんなが使えたら、耳の聞こえない人は生活に困らなくなる可能性がある。
もちろん、例えば車の運転であったりとか、会話に関しては困らなくなるっていうところが間違いないところで、
後のね、生活していく中での音っていうのは拾えないかもしれないから、そこに関してはね、やはり心理、社会、経済的な負担はあるのかもしれないので、
必ずしも障害がないとは断定はできませんけども、だいぶ違ってきますよね。
コミュニケーションという点では、はい、全然楽になると思うから。
そうすると、耳の聞こえないということは、障害としては心理、社会、経済的な負担が軽い障害みたいな感じになっていくのかもしれませんね。
こんなふうに、障害を障害たらしめるものは、本人の持っているもの、または持っていないものではなくて、
社会の在り方が原因なんじゃないかなというふうに考えていくのがいいんじゃないかなというふうに思います。
じゃあ、僕の息子ですよね。知的障害というものがありますと。
知的障害は何が心理、社会、経済的に困るというとさ、いわゆる大人になったときに数学、算数の概念が獲得できていなければ計算ができないわけだから、
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お買い物ができない、家計管理ができない、字が読めなければコミュニケーションが取れない、
契約行為なども難しいとかさ、滑舌が悪いとそれこそコミュニケーションが取れないとか、そういったところが心理、社会、経済的な負担になるのかなというふうに思います。
だから、いろんな助けが今の社会ではいるので、知的障害は障害と言われるものにはなっているんですけども、
みなさんいろんな障害があったとして、その障害が障害をたらしめている原因は何だ、その障害がゆえに心理、社会、経済的に何が負担を強いられているのかというのを考えていくと、
それを取り払っていくものが見つかると、その状態というのは障害じゃなくなっていくんじゃないかなというふうに思うんです。
じゃあ僕の息子が幸せに暮らしていける知的障害のある子、ある人ですよね、大人になっていくので、が幸せに暮らしていくためにはどうしたらというと、そこら辺ですよね、さっきしゃべったところを改善していく術。
これは何かしらの形で社会が変わっていかないといけないというふうに思うんですよね。
例えば平熱先生が言っていた全員が手話を覚えれば、これは人ですよね、もしかしたら制度かもしれない、日本人全員英語教育みたいな感じで、日本人全員手話教育みたいなのが必須になったらしゃべれるようになるじゃないですか、使えるようになるじゃないですか。
ただ制度から始めていくのか、人の気持ちや風土から変えていくのか、何が先かというのは分からないですけど、そういったアプローチの仕方もあると思うし、
テクノロジーですよね、要は人を割くことによって人手がかかるから障害になりうるみたいな考え方もあると思うので、
例えばAIの発達によってとか、そういったものによって知的障害のある子たちが円滑に生活ができる、快適に生活ができる、生活するのに人手を要さないみたいなことになっていくと、こうすると知的障害も障害じゃなくなっていくんじゃないかなというふうに思うんですよね。
もっともっとここらへんは煮詰めていってアイデアを出していくということはすごく大事だと思うんですけど、僕一人の価値観や解釈、考え方では出せるアイデアも限られてますので、もしよかったらみんなが障害は何で障害なのか、
心理、社会、経済的な負担、この障害の場合はどういったところがそこに当たるのかっていうのを考えてもらったりすると、それを大きく制度、運営側ですよね、国とかそういったところに打っていくと、もしかしたら社会がぐっと進んでいくんじゃないかなというふうに思ったりしました。
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はい、そんな感じで今日の放送は終わりたいと思います。
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それでは今日も素敵な一日に。社会福祉士のタダでした。
またおいで。