00:06
普通の幅を広げていく社会福祉士のお気楽ラジオ。この放送は現役の社会福祉士で、障害児子育て奮闘中のTadaが、人と環境の交互作用に着目した発信を通じ、
皆さんの中にある普通の幅を広げ、誰もがお気楽に過ごせる社会になるためのヒントを共有するラジオです。
皆様おはようございます。社会福祉士のTadaです。11月28日、木曜日、今日の放送を始めていきます。よろしくお願いします。
ふと思ったんですけど、言葉って不思議だよね、っていう話。言葉、言語って言ってもいいのかな。
なんでね、こんなことを考えたのかというと、昨日ね、夜家に帰って、息子とね、お風呂に入ったんですけど、お風呂でさ、よくわからない歌を歌うわけ。
でもね、振り付きで歌うから、まあその振りはというか、そのポーズはというか、いつも聞くあの曲だよねっていうイメージは湧くんですよ。
youtube でね、見てる日本語の、まあその人形劇みたいなやつがあって、その中のね、まあ特定のとある曲だっていうことはピンとくるんです、ポーズ的には。
で、リズム的にも、まあそんな感じ。ただ走ってる言葉がね、なんかね、今まで歌ってた歌と違うんですよね。
で、妻がね、教えてくれたんですけど、youtube で見てるその動画、同じ動画だけども、いろんな国の言葉で歌ってるバージョンがあるらしい。
日本語とか英語とか、まあ何語?わかんないけど。でね、たぶん息子が歌ってるのはスペイン語らしい。
どうやらね、ちょっと文字がよくわかんない。僕もね、そのサムネ見たんですけど、たぶんスペイン語だと思う。
でね、スペイン語版の歌を歌ってるんですけどね、まあ彼からしたら別にどの言葉もね、等しく言葉なんだろうなっていうふうに思ったんですよね。
等しく言葉であり、等しく歌である。同じ人間として生まれたのに、地域が違うだけで、言語体系が違うっていうのは不思議だなっていうふうに思うのとともにね、
僕は今更、異国の言葉をいくつかマスターしようって思っても、まあ無理とは言わないけど、相当な努力が必要だと思うんですよね。
今までちょっと基礎があるような英語とかならまだ入りやすいんだけど、入りやすいんだろうけども、他のね、スペイン語とかさ、それこそね、全然脳知識からのスタートだから相当大変だと思うんですよ、もし使えるようになったとしても。
でも息子からしてみたら、別にどの言葉も等しく言葉なのかなっていうふうに思ったわけです。
まあ日本語も実際ままならないぐらい宇宙語なんですけど、でも彼からしてみたら、いろんな言葉の中の一つにスペイン語があったっていう感じ。
で、別にそれが自分が喋れないとは全く思わないわけよ。
まあね、インターネットの時代ですし、これからね、育っていく子たちはこういうふうに言語の壁もね、越えていってくれたりするのかなっていうふうにね、ぼんやりと思ったりもしました。
03:08
まあ実際そんなに甘くはないかもしれないけどね。
はい、それではね、本題に入る前に一つイベント告知をさせてください。
僕が所属しております福岡県社会福祉士会主催の企画、
集まるソーシャルワーカーせっかくなのでつながりませんか?というイベントが来月福岡で開催されます。
12月14日土曜日14時半から会場はAMアテイン博多駅前会議室5階。参加費は無料となっております。
社会福祉士や社会福祉士に興味のある方ならどなたでも参加OKという緩めの設定にしています。
内容は、司法、災害、青年貢献という3つの分野でそれぞれ活躍する社会福祉士による講演があります。
参加してみたいなという方、申し込みフォームをね、僕のこの放送の概要欄に入れておりますので、よかったらね、そちらから申し込んでください。
申し込み締め切りは12月6日金曜日までですので、どうぞよろしくお願いします。
当日はね、僕もスタッフとして参加してますので、よかったらね、遊びに来る感覚で来てもらえればなというふうに思います。
それでは今日の本題です。
今日は、当てはめずにその人を見る。いつのまにかかけている色眼鏡みたいなね、タイトルでお話をさせていただきたいと思います。
僕はね、地方自治体で働いているんですけども、どんな仕事をしているかというと、色々な仕事を受け持ってはいます。福祉関係の。
その中の一つに生活困窮者の自立支援みたいなことに携わっていたりするんです。
直接現場に入るというよりは、委託モードとしてなんですけども、それでもね、やっぱりあの、委託先の現場と一緒に会議をしたりとか、方針について打ち合わせたりみたいなことはしょっちゅうやっていくんですよ。
そんな中で、定例会みたいなね、多職種がいろんなね、職業の方、いろんな関係機関の人たちが集まって、情報交換会みたいなのをね、行ったりとか、事例検討をやったりとかするね、会議があったりします。
先日もね、そんな会が催されたんですけども、その時にね、ちょっと感じたことなんですけどね。
事例検討をする中で、この検討対象の方に対してどういう風なアプローチをしていけばいいかとか、どういう風に寄り添っていけばいいかみたいなのを各専門家たちと一緒に話し合っていくわけですよ。
だいたいね、僕が関わるその対象の方、支援対象の方っていうのは複合的な問題を抱えている人が多いんです。
ただ単純に、例えば足が動かないとか、肩麻痺があるとか、認知症気味とか、耳が悪いとか、精神疾患があるとか、発達障害があるとかね、そういう単一の問題だけではなくて、これもこれもこれもあるっていう風な複合的な課題を持った人がすごく多いんですよね。
06:00
だからこそ多角的な視点からの会議、協議っていうのが必要だなというふうに思うんですけども、みんなそれぞれやっぱり話す時の特徴があって、どうしても自分の得意分野、自分の専門分野の知見を持ってその人を当てはめようとする。
体の専門家だったらその人の身体的な問題に対して焦点を当てて考えていくし、心の専門家であればその人の心に焦点を当てて考えていく。他にも何ですか、お仕事が必要とかだったらハローワークの方がいるとしたら、ハローワークの方はお仕事の支援ということで、お仕事の支援の角度から課題を当てはめていく。
こんな風にそれぞれが持っている、それぞれの専門性の中でその対象者を当てはめていこうとするっていう行動がね、なんとなく目立つかなっていうふうに感じるんですよ。
でもね、別にこれを悪いって言ってるわけではないんです。
それぞれの専門性があるからその専門性のところからの知見を持って意見を言ってくれるっていうのはすごく大事で、専門性がない人たちからしたら新たな視野が手に入るということなので、たくさんの目でね、見て意見を出し合うというのはすごいことだと思うんですけども、自分の専門性を持って話した内容こそが正解というふうに思うのは違うというふうに思うんですよね。
さっきも言ったように複合した課題を持った方が多いんです。
なので、ただ単純に体が悪いから全ての状況が悪くなったんだとか、心の状態が悪いから全ての状態が悪くなったんだとかではなくて、本当に人間ですからグラデーションなわけですよ。
特性もグラデーションだと思う。
そのグラデーションの中でどこが強く色濃く出てくることによってマイナスで働いているかみたいなところをね、読み解いていくっていうのがやっぱりね、僕らの仕事、支援者としての仕事なんじゃないかなというふうに思うんです。
人はね、自分の知っている言葉の中でしか世界を構築することができないというふうに言われます。
これね、社会構成主義っていう考え方なんですけども、現実はね、人々から独立して既に存在している世界ではなくて、言葉を介した人々の交流の中から相互感の交流の中から現実というものが紡ぎ出されているという考え方なんですよね。
例えば、空が青いっていうふうに僕らは言うと思うんですけども、実際に空が青いっていうのは、青い空を見て僕らは空が青いっていうふうに思っている、言う。
でも実際は青ではなくて水色に近い色だったりしません?
全部が青でもない、全部が水色でもない、ね。
でも晴れた空を表現するときには空が青いっていうふうに言いますよね。
こんなふうに社会構成主義っていうのは、言葉と認識によって構成された世界に僕たちは生きているっていうふうに考えるような捉え方になります。
09:04
だから僕らは言葉をたくさん持った方がいい生き物なんだっていうふうに思うんですよね。
この言葉っていうのは人間独特のものだと思うんですよ、世界中の生物の中で。
言葉から派生して広がっていった世界を持っているのが僕ら人間の特徴であり強みであると思っている。
ただ使いようによっては危険なものであったり弱みにもなったりするんですけどね。
そんなわけで結局自分の知っている言葉や知識の中でしか自分の世界は作られないわけだから、
例えばその専門性の高い人が見ていくとどうしても自分の専門性の高いところで当てはめていこうとするっていうのが起こってしまうのかなっていうふうに思う。
だからたくさんの人が集まってそのみんなの言葉を受け入れていく中で自分の視野を広げていくということが大事なのかなというふうに思うわけです。
これ支援者としての考え方ですけど、これって普段の生活支援者非支援者とかではなくて、
僕と家族であったりあなたと職場の同僚、上司であったりとか何の変哲もない人間関係の中でも起こりうることだと思うんです。
例えば自分が占いが好きだったとしたら血液型A型の人はなんか神経質ね。
だからこの友達はA型だからすごく神経質に違いない。
僕なんかが最近はあんまり言われないけどよく言われるのはうちの子はダウン症ですけど自分の子供のことを話すことがあります。
子供がダウン症があって知的障害があってまだまだ幼い感じなんだよねみたいなことを言う。
そうすると大変だね頑張ってるねみたいな感じですごく悲観的なお言葉をいただくことが多かったです。
実際僕はそんなこと全く思ってなくて別に大変でも頑張ってもないし普通に過ごしてるだけなんですけどね。
でもそれは相手からしてみると障害の子供を育てるイコール大変であるとか頑張らなければいけない。
もしかしたらかわいそうみたいな価値観というのがあったりするのかもしれないですよね。
こんなふうに人っていうのはいつの間にか自分の知識や価値観の偏りから相手に対して誰かに対して色眼鏡をかけているっていうことを認識しておかないといけないということなんです。
色眼鏡をかけないっていうのはかなり難しいことだと思う。
でもそれは認識するからこそ色眼鏡を外すことができるのかもしれないね。
僕ら社会福祉士の本当に基本中の基本のお作法の中にバイスティックの7原則というものがあります。
これは対人援助職として人と関わる時にこういう態度でありなさい。
12:03
あった方がいいですよっていうふうな7つの原則を言ってくれてるんですけどもその中の一つに個別化っていうのがあります。
一番初めに上がってくるんですけどね。
これは本当にその字のごとく個としてみる。
自分の知識の中で色々なこの人はこの病気があるからこうなんだとかこういう生活背景だからこうなんだみたいな風に決めつけるのではなくて
そういう病気や背景もその人個人を作るための一つの要因として存在しているというふうに捉えると。
あくまでもその人はその人。
80億人の人間は80億通りあるんだよっていうふうにちゃんと認識しておいた上で関わっていきなさいっていうふうな考え方です。
これね本当に支援者としてだけじゃなくって誰しもが応用できる考え方なんじゃないかなというふうに思います。
誰かと接するときにふとね色眼鏡をかけていないだろうかと感じ。
当てはめていないだろうかと感じ。
その目の前にいるその人そのものを見つめていくということがすごくね大切なんじゃないかなというふうに思うので
今日はねこんな話をさせていただきました。
というところで今日はこの辺で放送終わりたいと思います。
最後まで聞いてくださりありがとうございました。
最後にお知らせです。
この放送以外にも各種SNSで発信活動を行っています。
インスタグラム、スレッズ、TikTokでは親ばか投稿、
ノートでは子育てや日々の学びの中で感じたこと、
Xでは言葉遊びや世間への合同中心に発信しています。
プロフィール欄にリンクを貼っていますのでよかったら覗いてみて、
いいね、コメント、フォローなど応援よろしくお願いします。
それでは今日も素敵な一日に。
社会福祉士のタダでした。
またおいで。