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2025-04-18 16:11

創作活動の「おいしい部分」だけを取ることはできる?


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サマリー

このエピソードでは、創作活動における「美味しい部分」をAIに持っていかれることへの懸念や、クリエイティビティを発揮するために必要な過程について考察されています。また、育児や家事におけるクリエイティビティの重要性や、純粋な創作性を引き出すことの難しさについても語られています。さらに、創作活動において「おいしい部分」だけを取り出すことの可能性や、クリエイティブな瞬間とその準備段階の重要性にも触れています。

フリーランスのクリエイティビティ
こんにちは、いわみです。
4月18日の金曜日、いかがお過ごしでしょうか。
あっという間に4月の後半ですが、
今日はこちらは高地ですが、22度ぐらいいってますかね。
桜はすっかり散って、半袖でいいぐらいの陽気になっていますが、
皆さんのところはいかがでしょうか。
ちょっとだけ雑談をすると、
昨日、仕事がすごくはかどって、めちゃめちゃ生産性が良かったんですよ。
自分の中ではってことですけど。
その反動なのかね、今日は全然やる気がしないっていうか、
テンションが下がっていて、そういうことあるよなっていう。
こういうさじ加減もね、フリーランスの重要なスキルというか、
配分だなっていうのを改めて感じたんですよね。
昨日やってるときにね、ちょっと今日飛ばしすぎだなっていう、
自分でもなんか意識はあったんですよ。
例えばいつもね、3できるところを昨日は5ぐらいいって、
調子いいなと思ったけど、最後の方はヘトヘトになって、
なんかもう目もしばしばしてきたんですけど、
できそうだからやっちゃうかってもう一踏ん張りしたら、
その夜からぐったりしててですね。
しかもそういう日に限ってあんまりよく寝れなかったりして、
今日はちょっとあまり優れないんですけど、
だから別に何を言いたいってわけではないけど、
多分昨日5いくところを読んでわざと止めておいたら、
もしかしたら今日もうちょっとマシになったんじゃないかみたいなね、
そういう仮説が自分の中であって、
こういうちょっと持続可能性というか、
なるべくその平坦に長く続けられる、
最終的なパフォーマンスを多く出すみたいな、
そのやり方みたいのね、
まだ自分の中でちゃんと確立できてないなっていうことがあったので、
雑談として喋ってみました。
創作活動の魅力
本題というか話したいことがあって、
これもAIとかに関係することかもしれませんけど、
創作活動、何て言うんだろうな、
創作活動っていろいろありますけど、
それのね、美味しいとこをね、
創作活動の美味しいとこだけを取ることっていうのは、
果たして可能なのかみたいな、
そういう考え事をね、皆さんと一緒にしてみたいんですけど、
これね、創作活動っていうと、
一見ね、特別なことに感じるかもしれないけど、
僕がここで言いたい創作活動っていうのは別に、
そんなに特別なことじゃなくて、
別に自分で文章を書くでもそうだし、
仕事だってね、いろんな、
これはクリエイティビティみたいなことだと思うんですけど、
どんな仕事でもクリエイティビティってあると思うんですよ。
営業とか、経理、経理あんのかな、
でもやり方とかね、そういういろいろあるんですけど、
仕事だけじゃなくて、例えばね、育児とか家事とか、
僕はね、料理っていうのはかなりクリエイティビティの発揮できる家事だと思っているんですけど、
人によってね、掃除とかでもクリエイティビティをね、
発揮できる人もいるかもしれないけど、
僕は掃除はダメですね。
これも人によって違うと思うんですが、
それで、その創作のね、美味しいとこ取り、
創作の美味しいところは何かっていう話をまず、
ちょっと考えてみたいんですけど、
これはさっき言ったクリエイティビティを発揮できる瞬間っていうのと、
ほぼイコールにしてしまって、
ここでは構わないと思うんですけど、
これね、クリエイティビティを感じる瞬間って人によって違うから、
もっとね、その抽象的にしてしまうと、
楽しくて夢中になる瞬間みたいなね、
そういうことにしてもいいのかもしれないなと思いますよね。
子供とかも、その自分で、
絵描いたりとか、レゴを作ったりするときって夢中になってるじゃないですか。
多分あの時ってもうね、想像性の塊だと思うんですよ。
それを発揮している瞬間って、やっぱりね、
その人間誰しもね、大人でも子供でも、
楽しいし気持ちいい瞬間だと思うんですね。
多分ね、そういうドーパミンみたいなのが出てるんじゃないかなと、
勝手に想像するんですけど、
だからね、その人によっては、
大人になってからなのか、
その想像性のね、強い人とか弱い人とか、
その芸術家派だとか、いろんな言い方があるけど、
僕はね、これそんなに人によって分けられないんじゃないかなっていうね、
どんな人もそう、
クリエイティビティの質みたいのは、
人それぞれ違うけど、みんなそれぞれ持ってるんじゃないかなっていうのを、
思っていたりするんですよ。
でね、
そう、
おいしいとこどりっていうのはどういうことかっていうと、
ここでAIが出てくるんですけど、
これね、そもそものきっかけ、これを考えることになったきっかけは、
Twitterでね、フォローさせてもらってる、
カレー侍さんって方、カレー侍さんって方がいるんですよ。
この人はデザイナーというか、
NFTとかね、自分で作って、
3Dグラフィックモデルを作って、
3Dグラフィックみたいなのを作成しているクリエイターさんなんですけど、
ふとした縁があって、
Twitter上でね、よくやり取りをさせていただいているんですけど、
そのカレー侍さんが、前に何かの時にね、
確か僕の何かのリプライにつけてくれたんですけど、
僕はAIについてね、
自分の子供とAIでお絵かきみたいなのをしている時に、
子供はね、そのChatGPTの画像生成にね、
ちょっと食いついてきたけど、
でもすぐ飽きちゃって、
僕自分で絵を描くって言ったっていうのが、
印象深かったみたいな話をしたら、
画像クリエイターであるところのカレー侍さんは、
創作の美味しいところをね、
AIに持っていかれたくないっていうことみたいな、
そんな話をされて、それが結構印象に残っていたんですよ。
そこからこの考え事につながっているわけですけど、
僕はその印象に残った時に、
ふと思ったことがあって、
それが何かっていうと、
その創作のね、
美味しいところを自分で取って、
美味しくないところだけをAIにね、
やってもらうことっていうのは、
可能なんじゃないかなって、
まずその時にふと思ったんですよ。
それから何週間か1ヶ月か経つわけですけど、
1ヶ月経ってないから、
それで今のところね、
一つの着地点というか、
答えみたいなのが出て、
それはね、そんなに明確に分けれないから、
美味しいところだけをね、
全部ごっそり、
人間だけが持ってくっていうのは、
クリエイティブな過程の重要性
多分これは不可能だな、
ちょっと違う着地点で落ち着いたんですよ。
それについてちょっとしゃべってみたいんですが、
つまり答えみたいなのを先に言っちゃうと、
準備段階とか、
そのめんどくさい作業の中に、
結構ね創作のね、種みたいなのが入っているっていうね、
僕はここだと思ったんですね。
例えば絵を描くっていうのが分かりやすいかもしれないんで、
これで例えてみると、
絵をね、自分で画用紙にね、
鉛筆とかクレヨンとかを使って、
うちの子供はよく絵を描いてますけど、
それはね、完全にクリエイティブじゃないですか。
創作活動ですよね。
何かを見て描くこともあるし、
完全に想像で描くこともあるし、
その誰かにお題を与えてもらってね、
親とかがね、これ描いてって言うと、
描いてくれたりすることもあるけど、
でも基本的には、
自分の頭の中で思い浮かべたものを、
その手でね、再現していくっていう作業だと思うんですね。
それでこの作業の中に、
クリエイティブじゃない要素がね、
何かあるかっていうと、
ちょっと考えてみると、
例えば、
鉛筆を削る作業っていうのはクリエイティブじゃないのか、
あとそのね、ノートをね、
机の上に持ってくる作業はクリエイティブじゃないのかとか、
それ以降のね、
その頭の中で何かを考えて、
手を動かして描くっていうのは、
ここはね、一旦100パーセント、
創作活動としていいと思うんですけど、
その前の段階みたいのを果たしてね、
その全部、
人にやってもらったりとか、
機械にやってもらうと、
創作の純粋性みたいのが上がるのか、
みたいなね、
そういう問いでもあると思うんですよ。
今ね、これ、
子供のお絵かきで例えたから、
ちょっとね、
その切り分けが難しかったけど、
例えば次に音楽活動で例えてみると、
音楽ね、
例えば僕、ギターを弾きますけど、
ギターを弾いて、
その頭の中で何かを考えてね、
作曲を考えて、
作曲をしたりとか、
作曲じゃなくても、
何かありものの曲をね、
コピーしたりするのでも、
その中でも僕はそのクリエイティビティって、
ある気がするんですが、
でも作曲の方が分かりやすいんで、
作曲をする時にね、
その前のね、楽器の準備とか、
もしくはだからその前の何か、
考え事みたいなね、
境目のないような、
もやーっとした段階がないと、
多分その後のね、
ぎゅーっと凝縮された創作性みたいのは、
多分生まれないんじゃないかと、
思ったわけですよ。
めんどくさいことをね、
全部機械とか、
もしくは他人にやってもらって、
それによってね、
純粋なその創作性だけを取り出せるかというと、
そんなことはないと。
でもね、
創作活動のおいしい部分
ここでちょっと一個その、
条件というか、
保留みたいのが入ってですね、
世の中でね、
そういうことをやっている人も
割といるような気がして、
自分の思った雑務みたいのを
全部外注していると思うんですよ。
ミュージシャンとか、
芸能人みたいなのが、
事務作業とかを全部事務所とかね、
マネージャーに投げているみたいに、
本人は完全にプレイヤーとしてやるっていうね、
そういうスタンスって、
想像がつきやすいと思うんですが、
これなんかはね、
割とその、
自分にしかできないところを
フォーカスして、
他のところを全部外注するっていうね、
やり方ですけど、
完全に不合しているのかっていうと、
なんかそうじゃないような気もして、
だんだん自分の言いたいことが見えてきましたけど、
そうだからね、
めんどくさいところを完全に排除しちゃうと、
それで出てくる創作性っていうのは、
果たしてね、
強いものなのかみたいな、
ところがあるんですけど、
でもね、ここまで喋ってね、
なんかそういう面も結構あるような気がしてね、
そもそも土台が崩れてますけど、
あるような気がしてきましたね。
つまり、
そのね、どう転んでも創作的じゃない活動っていうのはあって、
例えば僕がさっき言ったように、
その片付けとか、
前準備とかね、
鉛筆削るのも多分ね、
絵を描くときの鉛筆を削るのも、
まあ別に丸々外注してもね、
それは構わないと。
その紙を選んでとか、
構造をね、
構成を決めてとか、
構図を決めるみたいなのは、
そこはもう完全に創作活動だと思うから、
そう、これはAIについての話でもあって、
でね、その僕が最初に言ったカレー侍さんの話をしたのは、
彼はクリエイターなわけですよ、
画像クリエイターなわけだけど、
今ね、僕は全然画像とかは作らない人間なので、
画像が必要になったときはね、
今チャットGPTでプロンプトを投げると、
割とその精度の高い画像をパッと作ってくれて、
僕にとってはそれで構わないんだけど、
でも画像クリエイターからすると、
それはね、自分のやりたいことというか、
その創作のおいしいところを全部ね、
そのAIにやらせてあげているみたいなね、
そういう感じがするっていうことをおっしゃってたんですよ。
で、僕もそれはね、その気持ちはよくわかるなと。
例えば僕はね、今ライターをしてますけど、
ライターにもね、間違いなくその、
クリエイティブな瞬間っていうのがあって、
それをね、言葉にするっていうのはね、
すごく難しいんですけど、
ライターのくせにそれを言葉にできないんですけど、
わかっているところで言ってみると、
いろんな材料の中から何を組み合わせてどう使うのか、
つなぎ合わせる部分と、
もう一個別にその言葉をね、
使って流れをね、整えていくみたいな。
僕にとってはこの2つがね、
そのライティングっていう業務におけるところの
おいしいところなんですよ。
それをやるのはすごく好きなんですね。
で、世の中に別にそれが全然好きじゃない人もいるわけだから、
そういう人は今、
AIを使えば秒速でやってくれるわけですよ。
それのクオリティが高いとなると、
やっぱりそのウェブライターっていう職業は、
多分相番なくなってしまうと思うんですけど、
クリエイティブの重要性
やっていて楽しい部分はあるから、
仕事になるかどうかはまた別にして、
でもこの作業はね、
僕は続けていきたいなと思っているんですよ。
仕事が減ってくるのは困るんですけど、
それはもうね、時代の流れとしてしょうがないので。
今日は粘らずにね、
サクッとラジオを終わりにしようと思うんですが、
今までの言ったことを自分なりにまとめてみると、
創作活動のおいしいとこ取りっていうのは、
AIによっておいしいとこだけを取ることは可能かっていうと、
僕はね、そんなにうまくいかないというか、
今まで10やってたことのうち、
そのめんどくさいことを2にやってもらうことは可能かっていうと、
それによってね、準備をする段階で何か生まれかけていた波みたいなのをね、
結構削いでしまう瞬間があるなと思っていて、
それが果たしてね、いろんな人に当てはまることなのか、
人によってね、それをうまくこなせる人もいるのかとか、
あとはね、自分なりにその創作のクリエイティブ性を
自分なりに自分なりにね、
発揮できる部分をちゃんとくせん引きをできていれば、
残りのところを外注することによって、
よりその純粋性を上げていける可能性もあるなと思ったりとか、
でも今のところの僕の感覚としては、
割とどうでもいいね、下準備みたいなところに、
結構僕はそのね、創作のね、助走みたいなのがあると、
創作のね、助走みたいなのがあると、
個人的には思っていて、
それをね、なくして、土台をなくしてね、
上の上積みだけを取るっていうのは、
多分ね、それは都合がいい考え方なんじゃないかなと、
今のところは思っているんですよ。
料理人でいうところの野菜をね、切ったりとか、
下ごしらえは全部ね、アルバイトに任せて、
料理人本人はね、鍋を振って、
それを盛り付けて、
提供するところだけをやっていれば、
それは楽しいのかっていうと、
多分ね、それね、あんまり楽しくないなって、
僕は思っちゃうんですよね。
確かに効率という面ではね、
その自分でしかできないパートだけを受け持つことによって、
分業することによって、
出来上がりのね、そのクオリティは上がるし、
同クオリティのものをね、生産できるその数みたいなね、
効率性は上がるんだけど、
鍋を振っている本人のね、その料理人がね、
果たして幸せなのかとか楽しいのかって言ったら、
僕はね、あんまりそんな気がしないな。
それよりも結構自分で、
ちゃんとね、仕入れからやって、
野菜の皮剥いて切って、
っていうところをね、
全部ね、1から10全部自分でやることの方が、
プレイヤーとしてのね、
その喜びみたいのは大きいなと思って。
最後のもう1個の論点が出てきましたけど、
クリエイティビティのね、
その創作の美味しいところっていうのと、
そのプレイヤーとしての楽しい楽しくないっていうのは、
またちょっと別物なね、
部分もあるなと、
そんな気もしたりしました。
特に結論は出ていないんですが、
今日はこれで終わりにします。
ありがとうございました。
良い1日を過ごしください。
さようなら。
16:11

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