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いせさきFM 担当スタッフ
それでは、もっと詳しく聞いていきたいと思います。
まず、オリジナルの紙芝居を制作するに至ったきっかけを教えてください。
片亀歳晴さん
私は市役所に10年ほど勤めまして、その後自ら会社を起こしたんですけども、それが33年続きましたかね。
はい、それでもう年齢も60近くになって、一般でしたらもう定年の年齢だということで、一区切りしようということになって、趣味とか、その趣味を生かしたボランティアに携わってみようかなというのが一番大きな原因、きっかけだったと思います。
いせさきFM 担当スタッフ
それまでは紙芝居ですとか、お話を作るというのとは違うお仕事をされていたんですか。
片亀歳晴さん
全く無関係の仕事ですね。
いせさきFM 担当スタッフ
もともとお好きだったということですか。
片亀歳晴さん
そうですね、あまり上手ではないんですけども、絵を描くこととか、文を作ることは小さい時から好きではありましたね。
いせさきFM 担当スタッフ
そうだったんですね。それを活かしてということなんですね。
片亀歳晴さん
地域の伝承を題材にした作品もあるようですけれども、具体的にどのような作品があるのか、またどれくらい作成されたのか教えていただけますか。
地域の作品ということは、私伊勢崎にも長く住んでいたこともありまして、伊勢崎の関係する民話、ないしは伝承ですか伝説、これが8作ありますね。
いせさきFM 担当スタッフ
具体的にどんな作品か聞いても大丈夫ですか。
片亀歳晴さん
大丈夫ですよ。
最近のから言うと、「縄兄弟」というもの、それから「赤沼の怪物」、「おりつ物語」、「甘酒婆さん」、「義経東道を行く」、「たたり畑」、「身代わり」、「やっこいなり」。
五律物語の元となった紙芝居で、「殖蓮白蛇伝」というのがあります。
いせさきFM 担当スタッフ
殖蓮地区の伝承なんですね。
片亀歳晴さん
そうですね。
いせさきFM 担当スタッフ
それを物語に起こす伝承ということなんですね。
片亀歳晴さん
そうですね。
いせさきFM 担当スタッフ
玉村町でどういった伝承ですか。
片亀歳晴さん
「ひむかとさやな」というのが第一番に玉村町関係では手がけた作品です。
その後ちょっと書き直しをしまして、玉村の名前の由来という題名で作ったのがあります。
それから、これは芝根地区の方なんですけれども、地蔵様を担いで回るという行事がありまして。
いせさきFM 担当スタッフ
お祭りの。
片亀歳晴さん
はいそうです。「地蔵様わっしょい」というのが二番目に。
三番目が「妖怪の手と角」。
四番目に「可愛いの薬師様」。
そして五番目、これ私も好き、気に入っているんですが、「潮風華」という作品ですね。
いせさきFM 担当スタッフ
どんな内容の作品なのかお話の部分聞くことってできるんですか。
片亀歳晴さん
まあ覚えていられればお話できるかもしれませんけれども。
例えばどんなものを聞いてみたいですか。
いせさきFM 担当スタッフ
そうですね、一番最初にお作りになったという玉村の名前の由来。
片亀歳晴さん
これは玉村町がなぜ玉村町になったかというものを表している物語なんですが。
愛し合っていた一組の男女が追われて、女性が矢川という川に飛び込んで行方がわからなくなってしまう。
で後でその川の淵を歩いていたら2つの玉が光っている。
緑色に光っている。それを村人が見つけて救い上げて、
それをさやなという女性の魂というか、それに違いないという丁寧にお寺に供養してもらうわけですね。
それで多摩のある村ということで玉村となったという、簡単に言うとそんなお話でしょうか。
いせさきFM 担当スタッフ
ありがとうございます。それぞれいろんなお話になっていると思うんですけれども、
そういった伝承もご自身でお調べになったんですか。
片亀歳晴さん
はい、図書館に行きまして、民話伝承伝説の類の書物をひも解いて調べてみたんですけどね。
いせさきFM 担当スタッフ
すごくいっぱいありましたね。ありがとうございます。
今どのくらいの数全部で制作されているんですか。
片亀歳晴さん
全部ではですね、110作になりました。