1. いろどり|ギフトケアリスト💝贈る=ケアを届ける
  2. 「障害」じゃなくて『その子ら..
2025-07-30 11:31

「障害」じゃなくて『その子らしさ』🍀考えが変わって救われた道のり

ADHD育児シリーズ第4回「障害」ではなく「個性」として受け止められるようになるまでのお話。困る子は、困っている子かも。療育で母も救われる✨1人じゃないですよ!

診断を受けたことで見えた景色。
「できないこと、困ったこと」ではなく「できるようになるための一歩」と思えるようになった気持ち。
“グレーゾーン”という曖昧な言葉に揺れながらも、
わたしがたどり着いたのは、“この子らしさ”を愛する覚悟でした。

親子の時間を“療育”がやさしく包んでくれたような、そんな日々を振り返ってみました。

#ADHD育児 #発達障害 #療育と向き合う #親の気持ち #子どもと向き合う

次回【#ADHD育児⑤】は、療育の選び方✨
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/685e3e57ead4839325121806

サマリー

このエピソードでは、ADHD育児に向き合う中で、療育の重要性や障害というラベルから個性への理解の変化について話されます。お母さんたちとの会話を通じて、共感と支え合いの大切さが感じられ、子どもの特性を受け入れることで育児の視点がどのように変わったかが描かれています。

療育を通じて得た気づき
こんにちは、いろどりです。正解のない毎日を、いろどりどりにはみ出すくらいがちょうどいい。
あなたの隣のママ友として、今日もちょっとだけおしゃべりします。
今日はADHD育児の4回目として、前回診断がついたことで、
療育に通うという道が開けた我が家だったんですけど、
療育を受けることで、発達障害っていう、障害っていう言葉から、
ただの個性なんだなっていう風に受け入れられるようになった経緯を話したいなと思います。
療育に通うようになって、まず感じたのは、一人じゃなくなったってことですね。
子どもと過ごす時間は圧倒的に私の方が多くて、
旦那は平日朝7時に家を出て、夜11時くらいに帰ってくる生活だったので、
子どもの困りごとと向き合うっていう時間は、やっぱり圧倒的に私一人で向き合うことが多かったですね。
だけど、療育に通うことになって、その療育の先生だったりとか、
あとは療育によってお母さんたちが付き添えてくるところとか、
お任せして連れて行ってくれるところとかってあるんですけど、
一緒に付き添っていく児童発達支援っていうときには、
子どもたちと一緒に、また別室でママたちは待機みたいなこともあったりして、
そこのママ友とちょっとお話をするようになって、
やっぱりその療育ママたちの、
あ、それうちも分かるわーっていう、分かるがもう本物で、そこに救われましたね。
なんだろう、沼地を一緒に歩く仲間を見つけたみたいな。
一人で必死に沼地をかき分けて進んで行ってたんだけど、
それを手を取り合って笑いながら、周りを見ながら笑いながら、
一緒に進んでいける仲間を見つけたっていう感じがしました。
実際、子どもたちを目の前で見ているっていうのもあるから、
そういうのも分かり合えたのかなとも思うんですけど、
私はそういう本当に分かるっていう気持ちを、
あなたと分かち合いたくて、こういう発信を始めたっていうことをちょっと思い出しました。
その前、前回もお話ししたんですけど、診断を受けたときって、
うちの子が障害児って、私は誰に言われたわけでもなく、
自分で踏み込んでこの道に入って、診断を受けて、
自分で進んできた道なのに、やっぱり障害児っていうラベルがついたことに、
すごい心がざわざわして、やっぱり受け止めきれなかった現実がありました。
だけど、領育が始まって、本当に少しずつですけど、見え方が変わってきたんですね。
共感と支え合いの力
子どもの行動を困ったことで、本当にそれしか思ってなかった。
こんなところが困る、なんでこんなことをするのか分からない、もう耐えられない、何回も言ってるのにって思ってたんだけど、
困ったことっていうのは、本人も困っていること。
それが本人の特性、それが本人の個性なんだよっていうことを教えてもらったし、
親としての関わり方も、本当に頑張ってるよっていうふうに、すごい褒めてもらえたんですよね。
それが救われましたね。
例えばご飯食べてて、座ってる。パッと何か気になったものがあって目線がずれた。
それに向けて体が動いた。その刺激で他のことに注意が行っちゃう。
自分が動いた目線とか体が刺激になって、違う多動の行動に移っちゃう。
自分一人だったらたぶん気づかなかった。知らないからね。
だけど、そんな目線一つが多動の行動のきっかけになるんだっていうことが分かったら、
この環境でご飯食べさせるのはダメだなとか、今これ話しかけちゃダメだなとか、そういうことが見えてきて、
なんで?って怒る前に、今こっちができることがあったかもっていうふうに気づけるようになったっていうのも、
子供に対してもそうだし、私に対しても良かったことかなって思ってます。
でもほんと少しずつだから、いい時もあれば、同じ行動したってできないことはある。
それは20歳生涯とかいうことじゃなくてもそうなのかもしれないんですけど、
それが感触につながったりとかするから、余計に両者つらいみたいな時間が多いのが、やっぱりこういう特性のある子の家庭かなとは思います。
だし、もうすぐ11歳になる年長なんですけど、反抗期も重なって、やっぱり日々成長はしてすごいできるようになったなって感動することもあれば、
今までこれはできてたり素直だったのに、そっか、今反抗期と重なっているのが何なのか、もう全然だめだわみたいなこともあって、私も日々反省ですね。
すごい怒っちゃって、最近。その話はまたさせてください。すごく落ち込んでるんです、私ね、今、自分に。
その領域の話に戻るんですけど、領域ね、やっぱり一人じゃなくなったっていうのはすごく良かったことなんだけど、
それをやっぱり家族と分かち合う、その情報を共有できたら、もっと家族としてワンチームで子どもを一緒にいいところを見つけていけるし、
お母さんもお父さんも個々にやるんじゃなくて、一緒にいいところを見つけていけるから、いいところを見つけるのも倍増していくから、
家族で面談行ったりとか、領域に一緒に見学に行けたりすると、すごく理解が深まっていいかなっていうふうに感じました。
家族としての理解を深める
領域はいろんな形があって、今ね、結構いろんなところができてるんだけども、すぐ入れるところもあれば、やっぱりキャンセルマッチがあったりとか、
補助が出る施設もあれば、完全な慈悲のところもあって、本当にいろいろなんですね。まず市役所とかに行って、どういうところがあるかっていうのを聞いてみるのもいいんじゃないかなとは思います。
私はね、もう絶対ちゃんと見学してから選ぶっていうのは、お勧めしたいので、領域の選び方については、次回お話ししたいなと思ってます。
今ね、夏休みで映画行ったりとか、イベントに行くっていう時チケット買ったりとかすると思うんですけど、特性がうちも強い時、まだこっちも受け入れがしっかりできていない時っていうのは、やっぱりどっか行った先で完食になって、チケットが無駄になったりとかね、買ったものがすぐ壊れちゃったりとかね。
本当に育児のあるあるなんだけど、それが結構ダイレクトに深く来るっていう時間がありました。
ゆとりを持って受け止められるようになったのは、やっぱり領域につながって気持ちに威迫ができたからかなって思ってます。
障害のある子じゃなくて、その子らしさがある子っていう個性ってそういうことだと思うんですけど、その子らしさがあるっていうふうに思えるようになりました。
最初はね、やっぱり受け止めきれなかったです。だけど少しずつ意味を見つけてこれたかなと思ってます。
これまで4回にわたってADHD育児について話してきましたけど、どの回も私がこうだったからこうした方がいいよっていうこととかじゃ本当になくて、
この子とどう生きるかっていう視点で届けたかったなっていうのを思ってます。
毎日関わっていると何が正解かってわかんなくなってくるんですけど、
まずは毎回言ってますけど、子育てをするパパとママと兄弟がいれば、家族がね、心も体も健康で、笑顔が少しでもいいから生まれる状態っていうのがすごく大事かなって思ってます。
やっぱり自分一人でもう無理って思ってるだけだと本当にもう無理になっちゃうから、
顔の見えない私でもいいし、顔の見える友達でもいいし、全然知らない市役所の人でもいいし、
誰でもいいから、ノートに書くだけでもいいから、自分が何が今つらいのかって言葉にするってすごくそれだけで自分が見えてきて救われることになるんじゃないかなと思ってます。
書き出すとね、結構こう、もっと落ち込んじゃうこともあるかもしれないから、ただ喋ってみるとか、誰かね、でもいいし、何でもいいから一人で溜め込まないようにしてほしいなって思います。
はい、私でよかったらお話聞きます。
ではね、今日はこれでおしまいにします。
また次回は領域の選び方についてお話ししようかなと思ってます。
あなたの隣のまま友として、いろどりがお話ししました。
ではまたねー。
11:31

コメント

スクロール