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#81「伝えることと伝え受けることに想いを馳せる」:奥山淳志『庭とエスキース』
2026-04-27 31:09

#81「伝えることと伝え受けることに想いを馳せる」:奥山淳志『庭とエスキース』

第81回はわたるの担当回。


大学4年生のころ、鎌倉の本屋で出会った奥山淳志さんの本『庭とエスキース』はずっと大切にしている本でした。


奥山淳志さんが20代で弁造さんと出会い、林の中に建つ弁造さんの小屋と、その傍の庭に何度も訪れては撮影していた日々を綴ったエッセイです。


僕は大学生のころアラスカに一年間留学していました。


そこでの先住民のおじいさんやおばあさんとの交流を、『庭とエスキース』を読むとよく思い出しました。


本があることで、写真があることで、かつての思い出を分かち持つことができる。


ぜひ、読んでみてください。




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引用ラジオ。小説や映画、ドラマや絵本など、日常で出会った言葉たち。
心に残った言葉に、その人だけの経験や普段考えていることが透けて見えてくる。 引用する言葉から、あなたの中に湧き上がる何かが垣間見えた。
メンバーたちが持ち寄った言葉を取り上げながら、社会や生活を考え、雑談するポッドキャストです。
ゆう子です。 塚田です。 渡辺です。 渡辺です。
デデン! デデン!
熱い本ですね。 熱い本、いいよね。
熱い本って、いいよね。
よく、インスタグラムにDMが送られてくるんですよ。
とある人から。 だいたい、おじいさんの動画なんですよね。
おじいさんの動画が、ポンと何も。
これ見て、とか。 自撮り? 面白いよ、とか。
その人のおじいさんじゃなくて。 知らない人のおじいさんの動画が。
おじいさんからおじいさん送られてなくて。
引かれたんだけど。
今までは、これおもろいよ、とか。
テキストがあったのに、最近リールだけが送られてくる。
だいたい、一時期、インスタとかにテキトーで話題だったけど。
猫と顔をすり合わせるおじいさん。
桜の花がめっちゃ咲いてる道で、
飼い猫と一緒に顔をすり合わせて、すごく幸せにしてるおじいさんとか。
あと、孫に頼まれて、最近の流行りの歌をカラオケで歌う。
アメリカの海外のおじいさんとか。
マジで野生のおじいさんというか。
野良のおじいさん。
で、この間も送られてくる。
この間はなんだっけ?
この間はね、海外の人かな?
あ、違う違う。
ハーフかなんかの人が、自分のおじいさんのルーティーンを動画に収めてます。
それがめっちゃ可愛かった。
カエルがめっちゃ大好きなおじいさんで、カエルの絵を描いてたりとか、
カエルのグッズをめっちゃ持ってるみたいな映像とか。
あとは朝5時に起きて、こういうものを食べてるとか。
ラジオ体操をするとか。
朝5時に起きたのに、7時に一回昼寝するみたいな。
めっちゃ可愛いらしいのがポンって送られてきて。
そういう感じなんですよ、急にね。
それで俺もおじいさん好きだし、年寄り。
年寄り子供を好きだから、いいんですけど。
03:04
それを見た時に、思いやした本があって。
それを今日引用しようと思って。
それが奥山敦史さんのニワトエスキースっていうミス図書房から出てる。
分厚いけどね、200ページ、300ページ以内だから。
多分8時間くらいやると読み終われる。
ミス図書房にしてはソフトカバーっていうね。
珍しいんですよ、これ。
ミス図書房にしてはソフトカバーで、中がキャンバス地みたいになってて。
キャンバスがスケッチブックの記事を使ってて。
これね、本当にいい本で。
その本に出会ったのはね、大学の時鎌倉で先輩がやってる塾っていうか寺町みたいなところでバイトしてて、1年間。
で、そこの毎週だから決まった曜日に鎌倉駅に降りてずーっとまっすぐ歩いて、職場というかレストラン。
レストランの定期日を使ってた時ですけど。
その道の途中にある古本屋で、この奥山さんの写真店がやってた。
でもこれ販売された時にその写真店がやってた。ちょうどやった2019年。
で、それでなんて素敵な写真なんだろうと思ったし、気になって本を買って読んだと。
6年くらい前に読んでて。
これを思い出したから光に貸す。今度貸すねーとか言って。
言ったからもう一回読み直したんですよ。
で、そこで当時の俺こういうこと思ってたなとか、そういうのを思い出したんでその中から引入なんですけど。
これどういう本かというと、奥山篤さんっていうのはカメラマン、写真家の人なんですけど。
奥山さんが25歳で初めて出会った北海道のちょっとした田舎の林の中に住んでいる弁蔵さんっていうおじいさん。
旅と秘密。
そうそう、あれも弁蔵。だから俺あの時さ、弁蔵って言うんだって言ってたじゃん。
あれはこれと同じです。
これも多少モチーフにしてるのかなと思うんだけど。
弁蔵さんって当時79歳だったんだけど、そのおじいさんとの20年間の断片を描いてる。
で、この弁蔵さんっていう人は70歳ぐらいで生童病だっけ。
甲状腺がかかっちゃって。
それで辛い思いをしたんだけど、それでも一人で生きる自粛の生活をしながら生きてる。
庭が広い庭があって、そこで植物とか野菜植えたりとか、そこで摂れるものを食べて一人で生活してるっていう老人なんだけど。
庭とエスキースの庭はこの弁蔵さんがずっと作り続けてる庭。
06:00
エスキースっていうのは絵の下書きのことでエスキースって言うんだけどさ。
弁蔵さんは若い頃画家になりたくて。
だけど自分の仕事を繋ぐように色んな職場を繋ぐようにてんてんと生きるためのお仕事をずっとしてきたのもあるし、
家族、兄か弟が借金でっかい借金作っちゃって、それ返さなきゃいけない。
お母さんがそれをすごい罪悪感を感じて、私が首つって謝罪するんだとか言い始めたから、
自分が返すからそんなことしなくていいみたいなことがあったりして、
仕事をしなきゃいけない状態でずっとあったんだけど、
絵を描きたかったみたいな夢を改めて70歳になってから叶えようとしている人ですね。
引用まだしないんだけど、引用って引用だけど。
引用知らし。
自分で自己紹介みたいなの書いてて、弁蔵さんね。
大正9年、父井上祐一、母清代の次男として新戸塚はそっち、そっちって一面に生まれ、
数年7歳でそっち尋常小学校に入学、16歳で中トップ高等小学校を卒業、その後は家事を手伝う。
父は農産物研鑽員の傍らし、古作農を営む。
19歳の春に現在地、当時は作り枯らしの高地に入職。
自分は夏農業を手伝い、冬はおばの家のある東京で洋画を学ぶ。
ちょっとした学校で学んでた時期もある。農業が忙しくなる時期。
戦中、兄と弟が兵役、自分は2ヶ月の教育収集で家を守って終戦を迎える。
戦後は出稼ぎや日雇いと忙しく、絵を描く時間も少なく、70歳で体調崩す。
今88歳。もし一度古典を開くことができたら幸いです。
っていう自己紹介。
88歳でもし古典を開けたら幸いです。
ここに可愛さとか自由さ、希望みたいなものがあって。
そういうところに惹かれて、奥山さんはきっと弁蔵さんにずっと寄り添ってたというか、
毎年何回も訪れて遊びに行ってたんだけど。
奥山さんが弁蔵さんから何を感じてたのか。
なぜそんなにこのおじいさん。
奥山さんも若かったからさ、別に好きなもの撮ればいいし、何したっていいのに。
弁蔵さんのずっと写真撮って撮り続けると、なぜかみたいなところの確信。
たびたび出てくるんだけど。
もう一つちょっと読もうと思うんですけど。
09:00
なぜ他人のことを知りたいのかみたいな話。
例えば、親、兄弟、友人、自分に近しい人たちのことを僕たちはどれほど知っているだろう。
自分の親が何を経験してきて友人たちが何を信じているか。
その繊細な織物のような世界について何を知れているだろうか。
また自分自身の人生の細部に宿っているものを誰に伝えられたと言えるのだろうか。
もちろんそんなこと必要がないと言ってしまえばそれだけだろう。
そんなことを伝えられたり伝えたりせずとも人は生きていけると。
確かにその通りだ。何の役にも立たないような他者の人生の出来事を知ってどうなることもない。
でもと僕は思う。
人間というものは人間に対し、とりわけ人間が生きることに対し、
尽きせぬ興味を持ち続けながら生きてはいないだろうか。
あるいは己の何かを誰かに伝えることに切ないまでの望みを抱き続けながら生きてはいないだろうか。
そして最終的には堂々巡りになってしまう可能性があるとしても
人間が大切にしている、伝えることと伝え受けることに思いを馳せることで
その深みで人間が人間を思うことへと純度を高め
やがては人間とはどういうものであるかを理解することにつなげていこうとしていないだろうか。
みたいな。
とちょっともう一つ。
でなんかその弁護士さんが亡くなった後に東京でその画廊に、画家でお絵かき教室に通ってたところを訪ねて。
もうなかったんだけどその時には。
でそこを訪ね歩いた一週間。
それは僕に他者を知ることの難しさを思い知らせた。
しかし一方で僕は生きることからあふれている不思議さや豊かさを受け取ることができたのかもしれない。
弁蔵さんの人生の中にある僕の知ることができない日々。
それらが一筋の誠実な身を水脈となって弁蔵さんという存在の中をこんこんと流れ続けていることを感じることができたのではないか。
でごめんなさいちょっと補足すると弁蔵さんはなんかこうたびたび過去のいろんな人の話とかいろんな思い出を急に語り出して
その後にああいい人生じゃったなーって呟いたんだけど。
いくつもの人生談の後でああいい人生だったなーいい人生じゃったなーと呟いた弁蔵さんの言葉はこの身を水脈に向けられていたのだろうか。
生きることの中に流れるいくつもの水の筋。
ある流れは凍てつくほどの冷たさでまたある流れは苔がのごとくゆったりと。
そうした流れの一つ一つが持つ表情に対して弁蔵さんは自分が育ててきた庭の木々の個性を見つめるような思いで呟いたのではないだろうか。
12:00
木々が集まって森を作り出すようにいくつもの出来事が合わさって自分の生きることは作り出されている。
そう気づいたからこそ自分の過去に起こったすべてを認めようとしたのかもしれない。
なんかすごい良いですね。一つ目のところすごくいいな。
なんか自分話になっちゃうけど、すごく人間に対する好奇心があるというか。
みんな動かし戦いあると思うんですけど。
割とそれが強いし、割とそれを仕事にしたいと思って今の仕事に就いている人もあるんですけど。
なんかなぜ好奇心が強いかとかあんまり考えたことがなかったけど。
それが世の中にとってたのか自分にとってたのかわかんないけど。
ある人がいたとか、ある人の中にこういう気持ちが生じたっていうのを覚えとき、それを伝える人がいるって。
人間を楽しめるものというか、純度の高い人間理解に。
そういう意味があったのかもって今ちょっと自分の中で少し不意に落ちました。
伝えても変な話さ、お金になるわけでもなかったりとかさ、誰かに褒められることでもない気がして。
だけどそれをやっていくことの意味ってそういうことなのかなって。
ちょっと勇気をもらいました。
この4年、これになるかな、2019年の後半ぐらいだと思うんだけど。
アラスカにフェアバンクス留学した後で。
そのフェアバンクスで会ったことっていうのがすごい自分の本当になんか。
これもこの本もそうだけど、考えるベースの本当に大事なピースになってるなって思って。
例えば先住民の村に連れて行ってもらって、そこでいろんなおじいさんとかいろんな知らない人の手伝いしながら話聞かせてもらったりとかしてて。
その連れて行ってくれた人っていうのが大学の博士の先生だったんだけど。
たまたま同じ授業、その先生も博士の特権で無料で授業を受けられるみたいなのがあったらしくて。
その授業で一緒に行ったんだ。
先住民族の言語学みたいな授業で一緒に行ったんだけど。
その人は60代、うちの母よりちょっと年上ぐらいの人で、女性。
その人がよく8時間ぐらいかけて村まで行くんだけど、車を運転してくれながら言ってたのは。
もし、英語でアメリカの子供たちがよく大きくなったら何とかになるみたいな言う時のフレーズで。
When I grow upって言うじゃん。成長したら大人になったらみたいなフレーズで言うんだけど。
そのポリーっておばあちゃんだったんだけど、おばあちゃんも最初にWhen I grow upでいろいろ話し始めた。
面白いね。
なんかすごい有名気が輝かして、こういうことやってみたいな、ああいうことやってみたいな。
もう少し経ったら村に戻って、家をこういう風にしたいとか。
15:06
もともとニューヨークでジャーナリストだったし。
そういう人の希望みたいなものを聞かせてもらったりするだけでもすごいなって。
ずっとこれを覚えてて。
だからさっきの40歳が来るじゃないけど、自分が60になっても大人になったらこういうことするんだみたいな言い続けたいなって。
いろんな希望みたいなものをもらった気がして。
私たちが生きている生き様を見させてもらえることで。
40歳が来るのはある種アンサーだよね。
そうだね。
大人になったらっていつまで経っても。
素晴らしい個展をできた幸いですもん。
88歳でもし個展ができたら幸いです。
40歳が来るのをアンサーだ。
この切迫感ないしは真実としてあると思うんだけど。
そこに対して自分たちができる姿勢ってそういうことなのかもって思いました。
確かに確かに。
弁譲さんの衣装を書いてて事前に弁護士に頼んで。
そこにはどこどこ生まれみたいな家族がちゃんと記してあって。
最後に自分の職業のとこに画家って書いてあったの。
画家なんて名乗れること、個展もやったことなければほぼ下書きで人生終えてる。
エスキース人。
確かに一枚だけ唯一岡山さんが滞在中に完成させたものだったのにそれ以外ないし。
何なら農民、農家、子作をずっとやってきたわけだから。
その中、自分で作った。
誇り。
画家って名乗ってもいいんだもんな。別に。
私は結構希望だなと思うのは、
人が思っていることとか考えていることとかっていうのもあるけど、
体を使って成してきたことをトレースすることって結構面白いなと思ってて。
例えば山登りとかでもそうだし、スキーとかでもそうだし、畑作、耕作とかもそうだし、走ることでもそうだけど、
それってその道を通ったこととか同じ経験をした人ってどの時代の人でも多分めっちゃ同じように疲れたんだろうなとか、
同じような怖かったんだろうなとか、
畑するとかってさ、同じように天気に困っただろうなとか、暑さに困っただろうなとか、
18:01
庭を作るみたいなこととか、
同じように同じ季節にこの花を見てた人がいるんだろうなみたいなことが結構面白いし、割と希望だなと思ってて。
だからそういう意味では、こういう都市に住んでるって、
そういうトレース的な、脈々と受け継がれたトレース、生活みたいなものを希望にする代が結構少ないんですよね。
だからそういう意味では土地から希望を生み出すことが難しいっていうのもあるよなとか、
っていうのを思ったりしますけど、一方だから地方にいるとそういうのは結構楽しいし、
この辺に住んでる人たぶんみんな同じ作物作ってて、みんな同じ悩み抱えてるなみたいな。
そうだよね。そっちの土地は動作が似てるのかな。
山とかさ、結構駅から遠かったり山の上の方に住んでたりするんだけど確か。
ここに住んでた人ってみんなめっちゃだるいなーって。
この坂めっちゃだるいなーとか、この景色めっちゃ綺麗だなーとか思ったんだろうなーって思うと結構楽しいよね。
それ面白いな。確かに山、登山とかって僕全然詳しくないけど、そこにロマンあるなーと思って。
それこそ槍畑って登ったら平安時代の仏が置かれてたみたいな話があるんですけど、
明治時代にめちゃめちゃ苦労して軍人たちが登って登山会が登って、
初登場だって言ったら平安時代の仏がすでに置いてあったっていう。
1000年前に同じ経路を辿ってる人たちがいるっていう、その繋がりってなんだろう。
すごくロマンがあるっていうことが一緒になるけど、いいなーって思ったなー。
そういう繋がりみたいなのを都市で残す方法とかっていうのは、感じ方、感じる方法がもうちょっとあってもいいよなーとかね。
それも想像力次第みたいなところもあるよね。
スキーで疲れたなーって思った時に、昔の人もこう思ったんじゃないかっていうのは実際想像力。
でも、昔の人までよぎらなくてもさ、ここの傾斜下る人みんな怖いだろうなーみたいな。
みんな最初怖いじゃん。みんな1回目あるかみたいな。
それさ、渋谷駅で言ったらさ、みんな改札早く出たいと思ってる時点では共通してるけど、
それがやっぱり効率が求められちゃってるわけじゃん。
いかに早く別の目的地に着くかみたいな。
とか、仕事を早く終えたいとか、早く仕事を始めたいみたいな。
21:03
効率の大目的がある。
楽しむっていう。楽しむとか生きることそのものみたいなものにあんまり直結してないというか。
目先の植物的なものがどう変わるかみたいなところに目的があるから、
あんまりそこに対して考えがないというか。
他者の思いに対して走ることが。
今言ってた共有したいとか、追体験したい欲求って都市だとそれこそ単価ブームみたいなのとか、
なんか天井一緒に見ることみたいなところに代替されてる感じが。
表現が。
表現というか、あれも突き詰めれば追体験じゃん。
その感情が。
なんとかなひと点。
そうかもしれないし。
その欲求は都市では結構文字情報ないしは情報の中で処理されてるのかなって思った。
身体的なあれというよりは。
なんか今、いろんなコンテンツが吐き出されている中で、
共感みたいなのが一個のキーワードになってると思うんだけど、
今の引用を聞いてと思ったのは、共感とかよりも分かち持つみたいなことの尊さというか。
友情とかも、
例えばさっき収録じゃない場で、
昔付き合ってた人の話とかをしてたんだけど、
優衣子が大学時代に付き合ってた人の話で、
当時確かにこういうこと言ってたわとかがもう10年の中だから覚えてて、
もしかして優衣子が覚えてないことも私は覚えてるかもしれなくてとか、
そういう自分が覚えてもいないようなことを誰かが一緒に過ごしてきた時間の中で、
誰かが持っててくれるみたいな。
そういうことの意味とかの方が、
資本主義の文脈に持ってかれないものっていうような気がする。
価値がつけられないもの。
記憶を分かち持つのっていいね。
一人だけでは持っててない記憶って複数にいたら成り立つものってあるなって思った確かに。
本人じゃなくても他の人が覚えてることって確かにあるなって。
それはそれでまた年を重ねることの希望だなと思う。
どんどんその層ができていくというか。
国旗がどっぽの語れぬ人々だけ。
あれがめっちゃ好きで。
忘れぬ人々だもんね。
だから忘れられない人々って意味があるじゃん。
24:00
国旗のどっぽが。
この話も構成としては何でもないというか、
たまたま泊まった宿にすごいおしゃべりな人がいて、
その人と話していくうちに自分が思い出したことをとうとうと。
いろいろ聞かれていくうちに、お前は小説家なのかって言って、
じゃあ読ませてみろみたいな。今の構想を聞かせてみろって言われて、
今実は忘れぬ人々っていう本を書いてるんですって言って、
主人公が。
で、話し出すんだけど、
ほんと些細な。船に乗ってた時に、
対岸に見えた若者が牛を引いてたみたいな。
何でもない記憶みたいなものがどんどん出てくる。
最後に阿蘇について、阿蘇の草千里で、
頂上の広場みたいなところの景色とか、そこにいた人とか、
そういう誰か、名前も分かんないし、何者なのか分かんないんだけど、
過ぎ去る景色に映った人が忘れられないっていう話で、
結局、
結局、
それですごい、
宿で知り合った人、めちゃくちゃ自分に色々聞いてきたんだけど、
その人のことは全く覚えてなくて、
宿の番頭さんの顔だけが鮮明に残ってるみたいな話。
そういうことってある。
あるし、こう残すことで、
自分をまた思い出したりとか、またこう、
分かち持たせてもらえるみたいな。
だからこの本も、弁蔵さんと一緒にいたような気分になってきたりとか、
弁蔵さんがいたことがまた何度もリフレインされるみたいな、
生きていることが、
まあ無くなってるんだけども、
でも生きていることが何度も分かち持たれる人と、
やっぱそういう点では、書くことってすごい良いなって。
カニキュラトップを書いた牛を引く若者もきっともう無くなってるだろう。
ちょっとね、誰も知らないんだけど、
でなんかさ、その牛を引いてる人が覚えててもらって嬉しかったとも思わないで、
知らないわけだから、書かれてることはつい知らずなんだけど、
でもなんか、なんだろうなこの、
嬉しさというかなんていうかわからない。
やっぱり根底にはさ、
基本物は失われる物であるっていう定念があるんだろうね。
自分の記憶もそうだし、あるいはその年を重ねることで、
感覚っていうのも失われていくのかもしれないしみたいな。
そうそう書いたりとか、あるいは話したりとか、
あるいは聞いてもらうことで、それがちょっと保存され得るっていうのは。
確かに。
よく昔の仲間と集まるととか、
年を取ると思い出話ばっかりするみたいなってさ、
その若血持ってることの確認というかさ、
それを何回も反省するみたいな、
っていうことなんだろうなって。
27:03
そうだよな、だから友達がいない、
友達がいないことが悲しいことじゃなくて、
その友達がいるから、先輩も。
やっぱり若血持っててきた人たちと、
再確認できないとか、
でも多分あるんだろうなとかね。
確かに。
そうだね。
毎日渡るがさ、
誰かが死んでしまうということは、
その人が、
更新可能性がなくなることだみたいなのを言ってて、
だからその縁が途切れてしまうのって、
それに結構かなり近いよね。
更新されないということ。
死だよね。
この本のすごい面白いところはさ、
追い行く人との並走と、
喪失だけじゃなくて、
この写真っていうことが面白い。
そういうメディアを介して思うのって面白いと思うのは、
現像する過程で、
もう一回出会い直してるんだよ。
この奥山さんが。
20年間取りためてきたものを、
フィルムってやっぱさ、
どんどん劣化してきちゃうから、
何らかの形でデータにしたいとか、
別の媒体にした方がいい。
亡くなった時はちょうど20年ぐらいだったから、
1990何年のところから、
現像し直そうと思って、
まず最初に手をつけたのが、
亡くなった日のことだった。
亡くなった直後の、
仮想場のところとかだったんだって。
まずそこから手をつけて、
そこからまた戻ったの。
その20年前から。
そしたら、そこには元気だった時の
弁蔵さんがいたっていう。
ここでまた追体験していく。
あなたはまたこの先こうなるんだっていうのを、
彼だけが知ってる。
その時の弁蔵さん知らないみたいな、
不思議な混乱があってさ、
それすごいいいなと思ったんだよ。
ただ、亡くなった人が
更新可能じゃなくなるだけでもないな、
みたいなことはこれを読んで、
改めて思った。
もう一回出会い直したりとか、
なんかその様子があるんだな、みたいな。
そういう点では、
残しとくことも大事だよね、自分も。
そうね、確かに。
さっき渡辺くんも言ってくれたけど、
自分の大将を7年生まれ、
父なんとか母なんとかに生まれるって、
あの語りもさ、何だろう、
残すという弁蔵さんの語りだよなって。
そうだね。
自分の来歴を残しておくこと。
なんか不思議じゃない?
父なんとかって書いてた時が、
ちょっと上手く言葉できないんだけど、
書いた時があって、
ちょっと上手く言葉できないじゃん。
なんか不思議な感じじゃない?
でもそれ、事実は変わんないんだけど、
30:02
その時筆を取ってさ、
88歳の弁蔵さんが書いてたということが、
かつてあったんじゃない?
もちろんそういうもんだんだけど、
そこにすごい魅力を感じるっていうか、
不思議な。
ダイナミズムというわけでございまして、
じゃあちょっと簡単に。
今日渡るが取り上げたのは、
奥山篤さんの庭とエスキース。
人間が大切にしている伝えることと
伝え受けることに、
思いをはじめることで、
その深みで人間が人間を思うことへと、
純度を高め、
やがて人間とはどういうものであるかを
理解することにつなげていこうと
していないだろうか。
でした。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
31:09

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