1. IKUKO Labo ワンダーランド
  2. 自分の物語を生きていく
2025-09-29 28:13

自分の物語を生きていく

地味に環境が変化したことがきっかけなのか、違うのか。

とにかく自分の中でいろんなことが変化したし、その変化がようやく確定したなって、思ってます。

みなさんも、年齢とともに、生き方や価値観が変わったり、していますか?

サマリー

このエピソードでは、金田イクコさんが人生の新たな局面に直面し、娘の結婚を通じての感情の変化や自己認識の再構築について語っています。特に、結婚によって生まれる区切りの重要性と、これからの生き方を模索する過程が描かれています。また、自分自身の物語を生きる重要性や、自己表現を通じて幸せを追求する姿勢についても述べています。さらに、経験や知識を他者に与えることへの疑問や、自分の物語に賛同してくれる人との関係構築の大切さについても触れています。

近況と家族の変化
IKUKO Labo ワンダーランド
このポッドキャストは、私の音声日記です。
毎日の暮らしの中で気になったあれこれを、気ままにおしゃべりしています。
よかったら、最後までお聞きください。
はい、こんにちは。IKUKO Laboの金田イクコです。
9月29日月曜日の午後、もうじき午後2時になろうかという時間に録音をしております。
えーと、10日以上ですかね、前回から間隔が空いちゃったんですけれども、
前回配信で多分しゃべったように、ちょっと気が抜けてぼーっとする期間を過ごしておりました。
7月末、8月いっぱい、9月まで、一生懸命広告だったり、マーケティングっていうのかな、
色々ですけど、LP作ったり、はたまた落筆の話ですけどね、商品を改善、整理整頓して分かりやすく、値段なんかも見直したり、
いろんなことをしておりまして、それが名古屋のリアルの体験説明会で、ちょっと一段落したんですよね。
ほっとして、それで次はギフでやることが決まってはいるんですけれども、
こちらは私が行くわけではないので、ちょっとぼーっとしたかなという感じです。
とはいえ、そのギフも今週の土曜日に迫ってきましたので、それが終わったら次は、
次は豊橋でやろうと思ってるんですけど、そちらのお部屋の予約なんかもしないといけないしなって感じで、
徐々にエンジンがかかり始めているかなっていう感じです。
で、この1週間ぐらいはね、お仕事っていうよりもいろんな細かい用事がパタパタパタっと、相互に関係ない、
ちょっとした雑用みたいなやつとか、いろいろありまして、おかげさまでうちの2番目の娘、次女なんですけど、
結婚が決まりまして、先方のお母さんとみんなでお食事っていうね、そんなにかしこまったものじゃないんですけど、
やっぱりそれなりに緊張したりなんかして、今時のあれなんで結婚式とかはせずに、
その日に2人で入籍、役場に結婚届け、婚姻届け、出しに行くみたいな話をしておりまして、
いよいよ本当に娘が結婚してしまったわと。やっぱりね、結婚式どっちでもいいと思ったんですけど、
挙式がないとこのあっという間感がすごくて、それでもやっぱり苗字が変わるっていうかね、戸籍が抜けて向こうに入るみたいな、
これって大きな区切りになるんだなっていうのは感じました。今ほら、なんか夫婦別姓とかね、戸籍がどうのこうのとか関係ないじゃんとか思ってましたけど、
とはいえ、もういないんだなっていう、そういう実感がね、ようやく湧いてきました。
しばらく前から彼のお家、住んでいるお家が一軒家なので、そこに行ってずっとここ数ヶ月かな、住んでいるんで、
実質この家には帰ってきてないんですけど、それでもやっぱり名前が変わっちゃったんだって思うことで、本当に素だったんだなっていう、
そういう感じがするのは本当に不思議だなって、実体よりもやっぱりそういう関連的なっていうかね、苗字が変わるんだとか戸籍が移動するんだとか、
そういう一種この形式的な手続状の、そういうことで何かの区切りになるんだなっていうのを改めてすごく感じたし、
だからその区切りっていうのは大事なんだなっていう感じもしましたね。今まで自分が若い頃は全然そんなのどうでもいいって、
いちいち区切りとかけじめとかつけなくても、私は私なんでし状況は状況なんだしとかと思ってきたんですけど、
いやいややっぱりそうではなくて、一つ一つのことに区切りをつけていくっていうのは大切だなっていう感じが今回しました。
実質的には何の変化もないので、ただ私の気持ちがっていうか、認識が変わったっていうことですね。
うちの娘は結婚して巣だったんだというふうな認識がようやくそれでできたっていう。
それが先週の中頃にそういうことがありまして、自分的にはでも大きな心境の変化ではありました。
自己認識の変化
特に子どもが小さい頃からとにかくこの子たちを育てなくてはみたいなところで、
自分のいろんなものを一旦脇に置いて、とにかく今は子ども優先でって言ってバーッと走ってきた何十年が、
だいぶ前から終わりつつあったっていうか終わってはいたんですけど、これでいよいよ子どものためにしょうがないから頑張るみたいな言い訳が自分に全く通用しなくなったっていうことでもありますし、
そうなってくると本当に無理が利かず、自分のためだけに働けばいいんだと。
自分のためだけにいろんな選択をすればいいんだと思うと、あんなこともこんなことも別にやらなくていいしっていうことがいっぱい出てくるんですね。
想像したよりたくさん、義務感というか打算というか、これはやった方がきっといいに違いないからやろうみたいなことで、何か義務的にというか形式的にやっていたことがいかに多かったかっていう。
で、それやったら喜んでくれるであろう子どもとかそういうのがいなくなっちゃった、あかつきには。
全くそういうまあやらなきゃいけないだろうなーなんて思ってやってることが意味がなくなっちゃうんですよね。
私ここ、この1年ちょっと今ね、外がねめちゃくちゃうるさくてマイクでも拾ってるかもしれないんですけど、裏の家が今解体工事をしていて。
で、今最後のこの土台を掘り起こして、大量に出てきたこのコンクリートの塊を砕いて、それであの、あれに大きなトラックに積み込んでるんですよ。
時々めちゃくちゃ大きな音がするんで、もし雑音が入ってたらごめんなさいですけど。
で、何の話だったかっていうと、そうそうそう、やる気問題ね。
前回私ぼーっとしちゃったみたいな話書いてますけど、短期的ないろんなことでぼーっとしてたって話ですけど、実は今年の年明けぐらいからすごいやっぱり心境の変化があって、
なんでこんなことしてるのかなって、はっと我に返るみたいな感じで、え、なんでこんなことをやめなくちゃ?みたいに思ったことがいっぱいできていたんですよ、実はね。
でも、こうやりかけたことをやめていくっていうのも一つの大変なことですし、そもそも去年まではこれを頑張ってやっていこうと思ってたのに、
なんで今年になったらそういう気持ちがスーッと消えてしまったのかしらと思って、わからなかったんですね、自分で。
なんで自分の気持ちがそんな風に手のひらを返すみたいにやりたいとまで思っていたことが興味がスッとなくなっちゃったり。
これね、どうもやっぱり時期的に考えても、娘が本気で結婚を考え始めた時期が年末年始ぐらいなんですよ。
もちろんその時点では結婚の気持ちもないんですけど、やっぱりそのべったりとこっちに甘えてきている娘の気持ちが薄らいでいるっていうことがなんとなくこの無意識的にですけど、私も感じ取っていたんですね、多分。
私も新しい人生を始めなくちゃと、いつもいつも子ども優先みたいな、そういう生活をしてきているので、これじゃダメだっていうか、これじゃないんだ。
もっともっと自分は最優先で、これから生きていくんだっていう、兆しを感じ取っていたような気がします。
今にして思えばですけどね。
で、1月から2月、3月っていろんなことを整理し始めて、お仕事的にもそうだし、ダンスに関しても、なんか去年の流れでやりかけたことをそのまま続けようとしていたのが1月くらいだったんですけど、
1月、2月、3月と進むうちに、やっぱりめちゃくちゃ、これ本当にやらなくちゃいけないことをやりたいの?みたいなのが出てきて、それで自然と選択するようになったんですね。
これは続けるけどこれはやめようみたいに。
で、その後も3月、4月、5月といろいろ出会いもあり、学びもあり、でもその結果、とにかくいろんなものを犠牲にしてでも、これに賭けていくっていうことでは全くないよねっていうことを思い、
だからといって何をするでもないんですけど、でもこれに人生を全振りするっていうかね、賭け金を全部別途するみたいなことは当然それは違うでしょうって思い始めたのが6月くらいかな。
新しい人生の始まり
で、なんやかんやして7月に、久しぶりにというか初めてというか、マーケティングのセミナーに東京まで行ったりしたときに、これだって、こういうことがやりたいっていうのが見つかって、
今までそれしてたのに、それとこれとがくっついたっていうか、このことってこういうふうにやったら楽しいじゃんっていう感じになって、そっから第2の人生が始まったみたいな感じなんですね。
うまく言えないんですけど、決してマーケティング専門家になろうっていう話では全然なくて、だけど、マーケティングっていうのも幅広くていろんなジャンル、項目、要素があるわけですけど、
私がやりたいのはやっぱり、何もないところにお話を作って、その物語を人の心に届ける。私が見ているこの世界観をどうにかして未来の受講者の人に届ける。
そういう作業で、今まで私はブログを書いて人に読ませてたりとか、いろんなものをずっとインターネット始めて以来ずっといろんなものを書いては読ませ、やってきていて、そういうことが好きなわけですよ。
今だって、何っていうこともないのにこのしゃべりをですね、録音してですね、ポッドキャストで流すっていう、誰のメリットもない、やったら何になるものでないのにも関わらず、そういうことがやりたくて生きている人間なので、それと広告とかピタッと合わさって、広告っていうそういう道具を使って、
商品っていうものを使って、それを届けるっていうことは創作、私がやりたいと思っている物語の創作にそっくりだし、多分本質的には同じものに属すると思うんですよね。
楽しいじゃんっていうか楽しんでいいんじゃん。何にも私が宣伝するからその人が有名になるとか、無理やりそれを買わせるとか押し付けるとかってことは、現実問題、そんなこと起きようがないわけですから。
そうじゃなくて、私が思うやり方で、私が思う言葉を使って、私が思ういいと思うものを伝えていくっていうことですから、そういうふうに捉えれば、この私が思うマーケティングっていうのはエンドレスで楽しめるぞと思ったわけ。
こうなってくると、これは私の遊びであって、楽しみであって、私の世界であって、私がどんなお話を作るだろうなんてことは、私にだってわからないし、誰にも教えてもらったことではなくて、
ただただちっちゃい頃から本当にひたすらお話の本を読みながら、ずっと大きくなってきて、大人になってもそのまま読み続け、今では雨プラとかね、映画やドラマになりましたけど見続けて、
膨大な時間をお話しと共に過ごしてきた私にとっては、お話を語るっていうことは、呼吸すると同じぐらいに、それからご飯食べたりすると同じように人生に必要であって、そしてうまい下手とかそういう問題じゃなくて、生活必需品。
どんな風にとかって、わかんないくらいちっちゃい生まれた時からしてるみたいなことなので、人に教える方法もないし、そもそも教えなきゃいけない必要性がどこにあるっていう、教えたくてやってるんじゃなくて、私はその、私の文章でその商品を気に入って買ってもらえばいいんですよね。
それが私に対する評価になるわけなので、私は評価が欲しくて、私が自分の書いたもので商品を売ると、そういうことがやりたくて、これをやるわけですから、むしろそういうことを人に教えたくないぐらいですよね。
そうじゃないですか。私が上手にそういうことができる方法を人にそれって、要するにそれが私の持ってる価値なので、それをやすやすと人に教えるわけはないし、また教えられもしないんですよね。
教えられるよって嘘をついて、そういう講座を作ることは可能でしょうか。絶対同じようにはできないし、してもらいたくもないですよね。
っていう風になったっていうことで、これって何って言ったら、私が自分のやりたいことに目覚めて、ただそれをやり始めた。以上、終わりっていうことですね。
誰にとってもメリットはない。私にとってと、私が売る商品にはメリットがありますけど、そうじゃない人に認めてもらう必要がないし、また私がその商品を買ってくれる人じゃない人を助けてあげなきゃいけない理由もなくなってきますし、
そういう余計なことをやってる暇があったら、ちゃんと純粋に自分の能力を活かして、どんどんやりなさいと仕事をね。そういう話かなっていう風になりまして、
本当に数ヶ月前まで私、ポッドキャストもね、こういうただの喋りっていうのをやめて、もっと人の役に立つ話をしなきゃいけないんじゃないかとか。マーケティングの話とかをしようかと思ったんですけど、多分そういう話もしてると思うんですけど、過去のあれで放送で。
物語を生きる重要性
でも今となっては、そんなことするわけないじゃんっていう感じです。何で私が苦労して、本もいっぱい読んだし、実地でもいっぱい試したし、たくさんの広告費を使いながら、失敗に失敗を重ねて、結果が出ない、出ないを重ねて、
そしてお金も払ってセミナー受けて東京まで行ったりとかいうことも全部含めて、すごく時間もお金も労力もすごくつぎ込んで、それでいてまだ結果がこうすればうまくいくみたいなの出来上がってないんですけど、
そんなものをなぜ人に教えてあげれるか。まずその自分の成功度合いからしても教えてあげれないし、よしんばこのまま私が成功したとしても、その秘訣を教えてあげなきゃいけない理由どこにありますかっていうことだし、
また私が教えようとしたとしても、そのベースになっているのが私の物語を作る力だとしたら、そこって教えれるのみたいなことですよね。やっぱり膨大なインプットがあってこそのそこからただ自動で出てくるアウトプットみたいなことですので、
小さい頃にすごく、例えば小さい頃からクラシックバレーをずっと習ってた子って大人になってもふっとそういう動きできますよね。
例えがおかしいかな。ピアノを小さい頃にずっと習ってた人って、ずっと何十年ブランクがあっても大人になって弾こうとしたら、なんとか大人になって初めてピアノをやり始めた人よりかは絶対上手に弾けるんですよね。
覚えてるからですね、指がね。インプットされちゃってるから、それだけ膨大な時間を使って練習したからインプットされてるんで、それを大人になってからアウトプットするのにわざわざ苦労がそんなにはいらない。
もともと入ってるから。そういうのが私にとっては膨大な読書量、物語、お話を膨大に読んだっていうところなので、これに関してはなぜって言われても私もわかりません。
現実を見ていて、このプロジェクトはこういうふうに今なってるから、この先こういうふうにいったらこんなことが起こりうるし、こういうふうにコントロールしたらこういう結果に導いていけるんじゃないかなみたいな、そういう予測を私立てがちで、
100パーとは言わないけど、かなりの確率でそのようになったりするんですけど、何をしてるんですかって言ったら予知してるわけじゃなくて、膨大なお話のデータベースがあるので、私の中に。お話っていうのは要するに人間が出てきてすったもんだするっていうことじゃないですか。
その膨大な人間が出てきて何かしたときに起こりうる展開。展開のバリエーションのデータベースが多分あるので、だから現実のいろんなプロジェクトとか見てても、これはこういうふうに放っておくとこういうトラブルが起こるよねみたいなのはある程度の予測がつくんですね。
実際にそのまま放置するとそういうことになったりもするんで、ただただお話力なんですよ。
で、私が思うにはそういうどうせ放っておいてもすったもんだしてトラブってごちゃごちゃしながらやっていくのが人間の人間関係というかドラマなので、そんなものにいちいち突き合うよりも、私が作り、私が完結させられる私の物語っていうところだけで勝負をしていくというか、
そういうところだけを作っていく方が私自身は幸せだよと。
どこの世界にどういうところに行ってもそれぞれの人間ドラマがあって、どうせどれも同じようになってくるんで、もう飽きました。
私も何もせずに言ってるわけじゃなくて、学校の先生だった時から始まって、さまざまな人間関係のトラブルを目にして、その後もいろんな勉強会だったりとかセミナーとかいろいろやってきた中で、必ずやっぱりこうなってこうなってこうなるよねみたいなのがあって。
さすがにもういいでしょと。絶対繰り返す。前に見た風景みたいなやつがエンドレス繰り返されるだけなので、もうこれ以上そんなものに突き合ったって何も面白くない。
だったら私が起点となって始める新しい物語に皆さんに賛同していただいて入ってきてもらう方が良いし、それはそのためには誰かに頼んで何かをしてもらわなくちゃってことがない。
経験の共有と疑問
純粋な私のお話を信じて載ってきてくれる人たちだけでいい。そういう風に考えが変わりました。
ので、私がマーケティングの講師をすることはないと思いますし、もちろんウェブの作り方とかはもう一切教えませんし、自分にできるからといってそれをシェアしなきゃいけないっていうルールはないんだよっていうことですよ。
私がアドバンテージを自分で学んだおかげでウェブサイトを作るとか、そういうことに関してはアドバンテージを持っているっていうだけのことで、それはどうこう言われる筋合いはないですね。
お金を払うからやってよとか、お金払うって言ってるんだからやってくれたっていいじゃないとか、そういう反応ありますけど、お金で何でも買えると思うなよってことですよね。
いくら払うつもりがあるんでしょうか。だけど100万でも1000万でも、そんな作りたくない人のウェブサイトだの、SNS戦略だのを受け負って、興味がないのに、私の物語ではないよってことですよね。
私の物語にできないものを受け負って、そういうのも作っていくことでどれだけの時間を無駄にするんだろうと思ったら、それがじゃあいくらだったらやってくれますかっていうのは、私の人生時間をいくらだったら売りますかって言ってるのと同じだから、それって値段つけれるのっていう話ですよ。
1億もらったらやるんですかって言って、私来年死ぬかもしれないじゃない。寿命なんて分かんないじゃん。そしたら、うんうんただお金もらったからしょうがないっていやいや仕事をしながら、ある日ぽっくり死んじゃったりしたら、それこそ私って何のために生きていたのかしらって話ですので、やっぱりお金では買えない、お金では売れないものってあるよねって。
だって、生まれつき走るのが速い人ってさ、別にさ、いざ走るぞってなったら、例えばなんか怪獣が出てきて走って逃げるんだって言ったら全速力で走るじゃない。それをあんただけ速く走ってずるいとか言ったって、言う人はいるかもしれないし言うのは自由だけど、だからってその人をゆっくり走らせることなんかできないじゃん。
と、同じように私がやりたいことに関して、3時間でウェブサイト作って、5時間あったらSNSまで全部作って、次の日から稼働させ始めますけど、それは生まれつき足が速い人と同じで、必要だと思ったらやっぱりしますよ。
だからといって、それをお金も払うからやってくれって言ったって、それとは別の話でしょっていうことですね。だからさ、なんか能力があればそれを仕事にしてお金が稼げるんだみたいに言われて育ったし、ずっと思ってたけど、そうとも限らないですよね。
そう思います。
なので、私はこれからもやろうと思ったことに関しては100%、そしてもっと学ぶから120%いろんな取り組みをして、どんどん成果を出していくつもりです。
で、今手がけているのは落質だけなので、まずは落質を大成功って言えるレベルにまで持っていくし、それ以外のものに関してもできると思ったこと、これはやりたいと思ったことは、誰に遠慮することもなく120%、要するにスピードアップしてアウトプットの量をですね。
もう量を本当に増やして、たらたらぐちぐちやってんじゃなくて、さっさとやって、思い描く理想の世界みたいなやつをね、自分の手で作っていきたいなって思っております。
はい、本日は以上です。お聞きいただいてありがとうございました。
28:13

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