たけちみりのいきたいラジオ、始まります。
はーい。今日はどれがテーマですか?
今日はあれだっけ? 身体性がテーマだったね。
はい、その通り。
いやー、ちょっとでも、身体性か。
いろんなね、入り口ありそうですよ。
そうなの、そうなの。今日、たまたまですね、
仕事仲間のみんなで、マラソンもしてきたから、
ちょうど走りながら、今日はいきたいラジオの収録だ、身体性だと思いながら、走ってましたね。
仕上がってるっていう感じですよね、身体はもう。
身体は、絶賛バキバキっていう感じだけどね、今は。
ただ、準備は万端です。
ぜひ、そのバキバキの体でちょっとね。
身体性ね。
語ってほしいですね。
ありがとうございます。
身体性の探求みたいな話になるのかな?
なんだ、例えば、自分今思ったのは、身体性っていうワードが出たときに、
まずみりちゃんの中で何が浮かぶんだろうなっていうのも、ちょっと気になったりもしましたね。
いつもありがとうです、素敵なパスを。
いえいえいえ。
さすが。
身体性って聞くと、なんか、体の声みたいなものが一番浮かんでくるかも。
体の声。
そう。
いや、ほんとに、ゲシュタルトとか、ソマティックとかしてると、
なんか、体が一番自分のことを知ってくれているなって、
体からのメッセージって、ほんとにすごいなっていうのをいつも感じるから、
なんか、そういう体の声とか、体の反応とか、そういうものが浮かぶかもね。
これはね、僕はね、若干ゲシュタルトやソマティック、ちょっと聞いたことはもちろんあるんですけど、
たぶん、これ初めましての方とかは、
そうですよね。
体の声って、体って喋るの?みたいなさ、
わあわあ、体ですっていう、そういうことじゃ、たぶんないよねっていう。
ゲシュタルトでよく使うのは、
例えば、話してるときにやたらと手が動くとか、
はいはいはいはい。
なんか、体が揺れてるとか、足を組み替えるとか、何でもいいんだけど、
なんか、そういう体のなんか、繰り返される動きとかがあったときに、
それは、その足は何て言ってんの?みたいな問いがあるんです。
うんうん。
そのときに、なんか、頭で考えるっていうよりは、確かに足にじゃあ、何かメッセージがあるとしたら、
足は何て言いたがってるのかなっていうのを、なんかこう感じ取ってみると、
いやー、なんか、足はちょっと怒ってますね、みたいな。
おー。
で、なんか、怒ってるんだ。
じゃあ、その怒りを怒ってるのをもっと表現してみて、みたいな感じで、
なんか、全然、頭とか感情で考えてなかったアプローチで、気づきが深まってくるみたいな。
うんうんうん。
ことが、ゲッシュとか、マソマティックとかでも似たような感じでありますね。
うーん、なるほど。
これ、すごい面白くて、なんかゲッシュとか、なんかそのマソマティックとかをやっていくと、
まあ、相手が介入してくれたときは、また違う気づきがたくさんあるんだけど、
なんかこう、日常で自分もすごい気づくようになって、
へー。
なんか、え、今私、なんか話しながらすごい口のこの辺りがピクってしたとか、
うんうん。
なんか、今すごい足が急にこの話すると、すごくそわそわ指先を動かし出してる私、みたいな。
うんうん。
そういうのって、自分の頭っていうのは無意識に起こるから、
うん。
なんか、そのときに、これ本当は何痛がってるんだろうとか、
うん。
何を、何が今自分に起きてるのかなっていう、なんか日常でもすごい探究できる機会が増えた感じがする。
あー、なるほど。
めっちゃ面白い、これが。
あ、面白い。
すっごい面白い。
へー、なんか、具体的にもっと面白さを聞いていいですか?
えー、いやなんか、まあ例えばだけど、口と裏腹のことを言ってるみたいな、体が。
そうそうそう、なんかすっごい楽しみって言ってんのに、なんか足はなんか小刻みに動き出して、
なんか、え、これ何だろうと思ったら、なんかめっちゃ行きたくないって言ってるなーみたいな、なんか。
そうなんだ。
いやそう、体は本当に正直だなって思う。
うーん。
なんかなんか、たぶん裏腹のことへのこう、なんか、確かに正直になってきたってのもある気がする。
体の声が聞けるようになってからはほんま。
うんうん。
今、口が歪んだから嘘ついたんだ、私とか。
へー。
めっちゃある。
パッて腕組んで、あ、なんか、今この人のこと苦手って思ったのかなーとか。
うんうん。
うん、なんかそういう体が教えてくれることで、
あ、そうなんだな自分ってって気づくことが、本当に日常のもうさんざまな場面で起こるようになって、とても楽しい。
へー。
体はすごい、本当に正直。
あー。
うん。
すごい情報が増える感じがしますね。
うん。
本当に、本当にそうだと思う。
でもなんか確かにそういう正直な体の反応をキャッチして、
うん。
なんていうのかな、自覚的になるって大事だよねきっと。
うんうんうん。
え、どうなんだろう、ちょっとわかんなくなってきちゃった。
体正直ですか?しまぴー。
嘘の体って、どんなのだろう、逆に。
ねー、確かに嘘の体ってなんだろう。
なんか、でも固いとか、なんか拒否してる感じがあるのにトライするとか、逆になんか、なんかこう、開いてるのに閉じてるみたいな。
うん。
それこそさっきの裏腹みたいなことが正直ではないってことなのか。
うんうんうん。
あー、なんとなく体は閉じてるけど、なんか頭の方で、こう、頭優位になってると、体はすげー拒否ってるけど、やる結果なんかすごい疲弊するみたいなのはありそう。
確かにありそう、ありそう。
うん。
いや、絶対あるよね。
あるねー。
これさ、なんかちょっとエピソード、エピソードっていうか問いとして出したくなったんですけど。
はい、ください、ください。
あの、ちょっと夜の営みの話してもいいですか?
来ましたね、どうぞ。
そう、なんか、あれってさ、なんかあの、一般的に、イエスの枕みたいなのあるじゃないですか。
一般的かどうかは知らないけど、なんかさ、あれ、あのなんかお互いイエスだよねって、なんかどうやってみんな把握してるんだろう。
いやー、興味深いですね。
すごい人にも寄りそうなやつですね、これは。
いや、そう、あてるのがなんか最近すごい、なんかこう、例えばいつも一緒にベッドで寝たりすると、なんかそういうこうムードになるときと、そうじゃないときってあるでしょう。
うんうんうん。
なんか、それって何がそうさせてるんだろうって、なんか最近考えたりしてた。
はいはいはい。
でもなんかお互いになんかすごくこう、発調があって、それこそ正直にというか、始まっていくこともあれば、なんか今日は違う感じだよね、みたいな感じで、何も起こらなくただ寝るみたいな日もあったりするし。
うんうんうん。
なんかでもそれをなんかこう感じ取り合ってるみたいななんか、ものなのかな。
いやー、なるほどね。
うんうんうん。
確かになんか、それを聞いてイメージするのは、なんかお互いのその、なんていうの、バイオリズムじゃないけど、その波があって、
ちょうどここ、今日は重なりましたね、みたいな。
そう、なんか、そのさっきこの体が正直っていう話になったとき、例えばすっごい自分のこう、バイオリズムはものすごく高まっているけど、高まってないふりをするとか、
逆になんか、高まってないのに高まってるふりするとかもあるのかなって、ちょっと考えたりして、この問いが出てきた感じです。
あ、面白いですね。あるよね、それは。
きっとあるんだろうね。
そこにはやっぱり、なんていうのかな、糸がそこにはありそうというか、
相手を思う気持ちとか?
そうそう、だったり、ちょっと不安からとか、
不安からか。
つなぎ止めたいとか、
ちょっと私それ分かんなかった、不安からか。
そうそうそう、例えばね。
最近ないから、みたいな感じか。
そうとか、なんか、なんだろうな、そういう行為が、ある意味その安心につながるっていう、ちゃんとこうつながっているだったりとか、
しっかり自分がパートナーとして、ある意味は役割としてなのか。
え、これ全然心態戦のテーマじゃないけどさ。
はいはいはい。
なんか勝手に聞き取るけど、なんかその、何があると自分がこう大事にされてるなって思った。
うん、いやほんとに。
ほんとなく今ちょっと、ちょうど家の空間とかをイメージしてた時に、そこで身体制っていうテーマを重ねると、
なんかその、部屋?部屋と、なんていうのかな、どういう家で育ってきたかも、なんかすごい身体制になんか紐づいてきそうな気がすると思ってて。
あ、そっか、なんか合い部屋だったみたいな話をした時。
あ、そうそうそうそう。よく覚えてるね。
言ってたね。うん、覚えてる覚えてる。
で、多分ね、個室とか子供部屋って多分近代というか現代になってから発生してきてるから、
それもなんかいろいろ影響してるかもしんないんだけど、
うん、その、なんていうのかな、同じ部屋の空間に誰かがいるとか、あるいは一人でそこで過ごすとかも、
なんとなくだけど、自分の体が一つの空間と見立てた時に、どうその空間を扱うかみたいなのは、
すごい部屋、どういう部屋で成長してきたか、関連性だったらおろいな、みたいなイメージが浮かんでる。
確かに確かに。あ、面白いね。
ちな、みりーちゃんはどういう空間で過ごしたみたいなのありますか?
いや、空間でいくと、ある一定の年齢までは姉妹で一緒の部屋だったし、
途中から個室になったっていう感じではあるんだけど、
それでいくと、私は体を部屋と例えるなら結構部屋、オープンかもしれないです。
おー、なるほど。
身体が開いてるっていうのが、スタンダードかもしれない。
うんうんうん。
割ともう、ちわーって誰でも入ってこれる感じなんですか?
うーん、誰でも入ってこれるっていうのが難しい。誤解を招かないといけないなって思っているんですけど、
そうだね。そういうことではないんだけど、
でも割と固くなり閉じてるっていうタイプでは、たぶんないんだと思う。
うんうんうん。
割とこう、なんだろうな、触れられたくないとか、そういうタイプではないね、人に。
普通に握手とか全然、めっちゃするし。
あー、そっか。
別れ際とかに、今日も楽しかった握手とか、仲いい子とかに会うと、
会えて嬉しいハグみたいな。
はいはいはい。
なんか結構、家族がでもそうだったこのハグ文化ですね、うちは。
あ、そうですか。
うーん。
えー。
それはやっぱり違うね、カルチャーというか。
そうだね、きっと。カルチャーがありそうだね。
うん。
いやー、私はですね、あんまり同性からもあんまり触れられたくない感はありますね。
あ、そうですか。
間がすごい、間が。
いや、これすごいさ、でもこのさ、すごい大事なコミュニケーションでさ、
はい。
なんか、このパートナーシップにおいても、そこをなんかさ、こうやって話しておくってきっと大事なんだ。
いや、そうですね、大事っすね。
結構こうやって話してると思ってる、自分。遠距離派というか。
確かに。
文字で行くぜ、みたいな。言葉で伝えていくぜ、みたいな。そうね、距離感じるね、意外と。
なんか、でもこれきっとなんか、人が何によってこの人との距離感を取ってるかっていう話だけな気がして。
ほうほう。
なんかシマピーは言葉だったり、その声もすごい魅力的だし、なんかそういう部分で人とこう密に近寄っていくみたいなところを持ってるんじゃない?
あー、なるほどね。
魅力だと思う、すごく。
距離感は人それぞれだが、その密に交流したいっていう欲求はそれぞれ持っていて、それがこう近距離で行くのか、間接的遠距離で行くのかもしれない。
ね、何かを、何で行くのかっていう話だけなのかもね、もしかしたら。
私、それで言うと本当に言葉が下手くそで、よく何が言いたいのって言われても、なんか、え?
なんか、このなんか自分の内側にあるこれを言葉で表現するのは難しいから、なんか体で表現してもいいみたいになっちゃうから、そこがなんかやっぱり違うよう感じました、今。
いや、そうね、こちらの家ではハグとかないですよね。
そうですか。
例えばね、それこそ母親とかから、あるいはもちろん父親もそうだけど、あんまりハグされた記憶とかもないから、やっぱそれ影響してる気がするというか。
うん?
うん。
え、でもなんか、すごくあの、勝手な想像ですけど、なんかその、触れ合うときに儀式みたいでいいね。
あー、なるほど。
なんかすごく特別な何かを始めるっていう感じがするね。
あー、それはあるんじゃないですかね、やっぱり。
ね。
日常的に触れてないからこそ、その時はやっぱり儀式性は確かに。
素敵な気がしました。
姫ごととしてなのか。
じゃあすごい、あの、今日なんかシマピーの回みたいになってますけど。
そうですよ、もうちょっと、はい。
ねえ、ゆっくり開かれていくって感じなんですか?コンコンってドアをまずノックしてみたいな感じで始まっていくって感じ。
それはあの、儀式の時とかですか?
儀式の時とか、まあ普段の触れ合いとかでもなんでもいいんですけど。
うーん。
あ、どうなんだろう。
コンコン。
コンコン?
いや、逆にコンコンはないのか。
あ、ないんだ。
はい。
空気感とか、やっぱ感知をしていく?
あ、まあそれはじゃあ共通なんですかね。
そうですね。なんならそのあんまり言葉に自分そういう時は逆にしないみたいなのもありますね。
ギャップがいいね。
そこはもしかしたらその頭とその体の自分の中では分からないズレみたいなのあって、みたいなのはなんかあんのかな、もしかすると。
いやでもなんか、ああいうなんか儀式の時、儀式って呼び始めてちょっとおかしなことになってるけど。
儀式の時にすごくたくさんしゃべるのとかってちょっと興ざめしちゃいます私。
あ、はいはいはいはい。
なんかちゃんと没頭したい。
はいはいはいはい。声があると何が変わってくるんですか?
なんかでも頭が働かないなんか。
うんうん。
頭で働くとそれこそ身体感覚に没頭できないから。
うん。
なんか我に変えちゃう。
うんうんうん。
いや、面白いぞ。キャッチしたい。
キャッチしたい?
我に変えるということは、どういう、これどういう状態なんでしょうね、改めて。我じゃないという。
ああ、でも我じゃない、まあ我の時も多分あるんだろうけど、割となんかこう傍我、傍我状態、我を忘れている状態になってる気がする。
え、どう思います?
言葉ってすごい頭脳というか、頭をとっても働かせるツールというか、表現なんだなって聞いてて思っていて、
それで言うと、それを自分に照らし合わせると、言葉でこう何とかしようとしている時って、ある意味その体を開くことにちょっとした恐怖あるいは不安とか、いいのかなっていう、身構えている自分がなんかちょっと浮かんだりとかして。
固くなってる感じか、なんか。
うん、まだちょっとこうギュッと、本当にいいんですか?みたいな。
うーん、まあでもプロセスの中で必要なプロセスなんか。
じゃああれか、こう開いていく時に、言葉によって開かれていく部分もやっぱ、あるってことだね。
うん。
あー、あるかも。あるかもな。
なんかちょっとこう、儀式的なシチュエーションとかでも、なんかその言葉によってすごい、もうすべてさらけ出しますっていう、なんか腹が決まるとか、
めっちゃ気になる。
全部をすべてあなたに委ねますっていうのは、なんか言葉によるきっかけも確かにある気もするとか。
え、ちょっと具体で言うとどういう言葉になるんですか?それちょっと、私が想像がつかなく。
そうですよね、とっても抽象的だから。
具体、あの出さない方がいいのがあったら全然。
いえいえ、なんとなくこう、なんとか伝える方法を今ちょっとね、思想をフル回転させてるんですけど、
なんだろうな、こうなんか、もういいよっていう、もう全部OKだよみたいな、要は。
もう、なんて言うんだろうな、許可だったり。
まあね。
そうそうそうそう、もう全部OKみたいな、存在をすごい承認されるような感じが、結果的に伝わってくると、
なにそれ、素敵。
ありがとう、そういうふうに感知してくれて。
素敵。
そう、そういうのがあると、自分もなんか、全部安心して、解放というかさらけ出すというか。
まあまあ、確かにね。
まあ確かにね。
まあそれは、許可か。
許可。
まあ許可が必要なときもありますよ。
ああ、これは、そうか。
あの、私のエピソードで、みなさん申し訳ないんですけど、
幼い頃とか、やっぱ家族から、なんていうのかな、言葉による縛りというか、
静かにしろとか、うるさいとか、
やっぱ、あれで体が萎縮したりとか、
わかる。
そう、言葉で縛られてる感覚があるんだよね。
ゆえに、言葉で紐解ける、言葉で解けるみたいな逆説もあるのかなって、今ちょっと思ったりして。
確かに。
なんか、言葉で鍵かけられてるから、言葉じゃないと鍵が開かないみたいな感じ。
イエス、っていうのもあるのかもしれないって一つ思った。
確かに、それはそしてまた人によって違いそうだね、なんか。
そう、人によって違いそう。
面白いね、この話。
なるほど。
そうなの。
それでいくと、私は触れ合いによって鍵が閉じられてた部分があった気がするから、
なんか言葉じゃなくて、すごく丁寧に触れてもらうとかで開かれていくものがあった気がする。
面白いですね。
面白いですね。
すごい面白い。
面白いね。
そして、これって知らない間にお互い感じ合ってる部分はあるかもね、なんか。
っていうと?
っていうと、例えばすごく相手がさ、言葉で接してくれる人だとさ、
なんかそれをすごい嫌だなって思うわけじゃないじゃん、大切な人だから。
そうなると、言葉でちゃんと答えたいなって思うし、
体で問いかけてくれる人なら体で答えていくみたいなのを、
なんか自然とやってる気がするね。
あー、なるほどね。
うん、自分は体だよっていうこの触れ合いで、言葉じゃない部分で開かれていくけど、
相手は違うってことってたくさんあるから、
なんかそれは、それでなんかこう、
触れ合いの中で、知らない間に気づいて応答し合っているみたいな気がした。
うーん、なるほど。
ラブランゲージの話にも多分つながるし、
なんかその応答するっていうところ、かなりポイントになりそうだなって思ったわ。
そして応答しやすい体になってるかどうかも含めて。
応答しやすい体ね、これはありますよね、たぶんね。
ありますよね。
なんかこう、自分で自分の体をものすごく知っておくっていうのもやっぱり大事だよ。
自分で自分の体を知る、それはどうやって知るんですか?
自分の体を知る。
でもなんかいろんなアプローチの仕方がある気がして。
はい。
今日の多分運動とかもそうだと思うし、
なんか自分がどういうこうなんか、
刺激があるとどういう反応があるのかっていうのを、
なんかいろんな方法で知っておくのがなんか大事な気がするな。
心も一緒だよね。
心もなんか癖ってわかってきたりする。
コーチングとかなんかゲスタルトとかして。
自分ってこういう心のなんか反応があるんだなとか、体の反応があるんだなとか。
なんかゲスタルトでは現象って言ったりするけど、
自分ってこういう現象が現れるんだなみたいなのを知っておくと、
それこそ正直な体とか心になっていく気がする。
体の癖、それは現象?
どういう楽器か知っておくみたいな感じなんじゃない?
あー。
こう触るとこういう反応が起きる。
体もだし心も。
こういうところに触れられるとすごく痛々しい音が出るとか。
なんかここに触れられるとすごく良い、もしくは良くないとか。
それがなんで起こってるんだろうとかも知れるとか。
自分だと触れられるけど人に触れられると。
反応が違うとか。
なんかセルフコーチングとかしてて、
きっとこれがコアにあるものだと思って、
セッション受けたら全然違うもの出てくるとか。
はいはいはい。
ない?なんか。
あるね。
ね。
そういうなんか、自分で探求できる箇所と、
人に触れられて探求できる箇所みたいなのがあるのかな。
あるね。
ね。ある気がするよね。
人とやったほうが冒険しやすいのかな?
これは人によるのかこれも。
確かにこれは難しい。
エッチを超えるみたいなことはありそうだよね。
人とやると。
ある気がする。
儀式のこととかでもさ、
それはしたことないぞみたいなことは、
他者によってもたらされたりとかもたらしたりとか。
まあまあ確かに、それは大いにあるよね。
エッチを超え合うみたいなさ。
超え合うね。確かに。
なんかそれってすごく信頼関係がないと難しいねって今あった。
確かに。そう、そうなんですよ。
ね。この人にだって、
この人にであればこの未開拓ゾーンを開け渡せるって思えないとさ、
エッチって超えられないじゃん。この心でも体でも。
おっしゃる通り。
ね。
いやそう、やはり信頼ってワードはやっぱ浮かんでさ。
対等であるとかもすごく大事だよね、きっとね。
なるほど。
なるほどですね、これは。すごく深いね。
対等で信頼し合えるってすごくなんか、
簡単なようで、言葉で言うと簡単だけどめちゃくちゃ難しい。
奥が深いよね。
聞いてるとまさにそのコーチングとかそういう関係性に近いように聞こえてきてて、
上下ではないじゃないですか。お互いがこうさらけ出し合ったりとか、
委ねたりとか、信頼がすごいキーになりそう。
うん。本当にあとすごく難しいけど対等もめっちゃ大事。
対等、もうちょい聞いてみたいんだよね、対等。
いやなんかこの例えばだけど、
コーチングとかも、例えば気づきを与えるんだぜみたいな、
気づきを起こしたいとか、っていう気持ちだと対等じゃない。
一緒に気づきを作り出していく、
セッションを一緒に作っていく中で自然と気づきが出てくるみたいな。
でもどっちかが例えば、コーチになんとか気づきを与えてもらおうとか、
自分じゃできないからコーチがきっと気づきをくれるんだろうとか、
いや私は気づきを与えれるんだよ、でも対等じゃないし、
なんかその儀式の時も、いや気持ちよくしてやるぜぐらいの感じとか、
気持ちよくしてもらおうみたいな感じでも対等じゃないから、
なんか一緒に気持ちよくなっていくっていう、
なんか共に作り上げるはすごく簡単なようで難しいなって、
改めてなんか思いました。
なるほどでございますね。
なんかその、なんて言うんでしょう、その儀式の方に関しても、
気持ちよくしてやるぜっていうのは本当に、
心残者の勘違いによくあると言いますでしょうか。
そういう最初の失敗というか、きっこかえというか、営みの。
いやね、あれはね、エッチなビデオとかの影響すごい大きいと思ってるんですよ。
いいですね、とってもシンプルなワードで。
はい、あのエッチなビデオを見なさい、あれ本当じゃないのでってすごく思う。
難しいね、でもこうしてあげたいの気持ちも生まれてくるもんね、好きだとね。
なんかそういうのね、クライアントさんにもきっとコーチから起こることもあるから、
すごく親身になっていく中で、何かしてあげたいみたいな、
なんかそういう気持ちが浮かぶこともあるんだろうけど、
それってじゃあ対等なのかとかっていうのが難しい。
いやー。
ギブとギブになってるとね。
どうすればエッチューネンっていう言葉が聞こえてきそうですよ。
いや本当にこれ本当に、もう永遠のテーマだよね、やっていく中で。
難しいね。
確かに。
いやー今日はすごい深い、これでも対等とか信頼とかそういう話が次のテーマになるんですかね。
いや確かに。
難しい。
両方いいテーマだな。
期待と信頼もまた違うもんね。
期待も気になってますね。
期待。
じゃあその次回のテーマが出てきたとなので、改めて振り返りというか。
なんかちょっと信頼になるのかもしれないし、なんか今まで話と全然違う着地ではあるんだけど、
なんか自分の体も相手の体もすごいなんかリスペクトするって大事だなって、なんか改めて感じた時間でした。
リスペクト。
すごく体って繊細だなと思っていて、大切に触れ合うって大事だよねって、なんか感じた時間だったなっていう感想です。
なんかすごいじわっときましたね、今。
いやーなんかいろいろ気をつけようって思いました。
大切になんか自分でも触れたいし、相手のことも大事に触れたいなって思いました。
なんかわかんないけど最後にそんな気持ちになりましたっていう。
はい、いい時間だったからだと思います。
はい、いやーありがとうございます。
ありがとうございます。
じゃあ今日は一応こんなところにしておこうかね。
はい。
ではまた次回。
おやすみなさい。
はい。