4万年とかさ、氷河期とかそういうレベルのものが残ってるんですよね、あの辺ってね。
そうなんですよ。
今ね、すごくね、重要なワードをいくつも連呼してますよ。
あ、連呼してるか。そっか。
はい。ちょっとじゃあ一つずついきますね。
はい。
はい。まず、アクセスです。
うん。
場所はね、地図帳で言うと、シドニーから西にずーっと行って700kmぐらい行ったところにあります。
おー、はい。
で、どうやって行くかってところなんですけども、メルボルン。
うん。
金谷さん行ったことありますね、メルボルン。
そうですね、かつて。
はい。
メルボルンから国内線で、メルドゥラ空港っていうところまで行って。
おー、国内線ね、はい。
で、空港からレンタカーを借りれるんで、車にね、レンタカー借りたら、簡単に、まあだいたい8時間ぐらいで着くそうですよ。
うんうん。
はい。
遠いな。
普通に聞いてたけど、遠いな。
超絶遠いっす、はっきり言って。
そうですね。
はっきり言って、超絶遠い。日本から行くってなると、もうめまいしちゃう。
たしかに。でもさ、古代のものが見つかるっていうのはそういうことでしょうね。
そうなんですよ。これね、もうほんとすごくて、ちょっと一つずつ紹介しますけども。
はい。
まずこのね、広さ。広さもすごいです。2400平方キロメートル。
それはつまり。
わかんない。
えっと、1平方キロメートルの2400倍です。
なるほど、はい。想像してくださいみたいな。
広大な砂漠が荒々しく広がる半乾燥地帯ですが、ここには数万年前に19の湖が存在していました。
おー、はいはい。
そしてその広範では、原生人類、ホモサピニスサピニスが生活していたと考えられています。
そうなんです。かないさんがさ、恐竜とか化石とか言ってたんですけど、ここはね、人類の重要な生きた証拠が残っている。
とてつもなくね、考古学史上重要な場所となっています。
歴史をたどると、1968年、約2万6千年前に火葬された女性の人骨がこの一帯で出土されます。
すると、さらにさらに古いもので、約4万年前の人骨だったり、世界最古の儀式的火葬場、火葬場ですね。
が発見されて、世界中から注目を浴びます。
これ、ほんとすごいのが、ただただそのホモサピニスサピニスの生活拠点があっただけじゃなくて、
火葬という文化的行為をホモサピニスサピニスがやっていたっていうことが証明されるんですよね。
なるほどね。なんか縄文みたいですね。
あー、そうですね。
時代もなんか近いし。
そうなんだ。
何かしらのそういった宗教行事が見つかるということで、とんでもない光学史上に積み跡を残した出来事になったそうです。
なるほど。
で、見つけられたのが、ムンゴ国立公園っていうところで人骨が発見されたんで、
これらの人骨をムンゴマンとかムンゴレディと呼称しているそうですよ。
面白い呼び方ですね。
そのまんまっちゃそのまんまなんですけどね。
ということで、これは人類の起源を感じさせると同時に、
4万年から5万年前に人類がすでにアフリカからオーストラリアまで拡散してたことが裏付ける決定的な証拠になりました。
移動してたという世界でございますね。
そうなんです。オーストラリアっていうね、アフリカからも離れたところにいたと。
そうなんだ。それってさ、でもさ、わかんない。そうなんだ。渡ったんかな。
大陸でも4万年前って離れてますよね。つながってはないと思うんですけど。
でも、つながってなくても渡れるような距離であったっていう可能性もね、ありますね。
そうですよね。
ということです。さらにね、興味深いのが、人骨の顔付近にですね、
約4万2千年よりさらに昔、もう時代は不明です。4万2千年前に運ばれてきた顔料が見つかってるそうなんですよ。
で、オーストラリアでさ、顔料が特徴の民族ってなんだと思いますか?
あのー、ちょっと待って出てこない。エアーズロックとかにある祝いを書いてる人たちですよ。
そうそうそう、アボリジニです。
そうそうそうそう、ちゃんと忘れちゃった。
急に出てくると、そうそうそう。で、まさに赤い顔料が出てくるんですよ。
つまりですね、アボリジニって、もともとどっかから渡ってきた民族じゃなくて、
もう4万2千年前には、アボリジニの祖先となる人たちがここに定住してたってことがわかるわけですよ。
これ本当にすごい大発見になりまして、アボリジニがさ、1900年代かな、人権運動をするときに出してたスローガンがあって、
4万年以上、この地に暮らす民族っていうふうに歌ってるんですけど、
それは、このウィランドラ湖の発見から、4万年以上前にアボリジニの祖先がいたっていうことがわかってるから、そういったキャッチフレーズをつけたそうです。
さすがでございます。やっぱオーストラリアって複合遺産の宝庫ですよね。
めっちゃ多いですよね。特に大陸の中心部。
多い、多い。
そうなんですよ。確かね、世界遺産圏で勉強されている方はね、過去もに確かに引っ掛け問題があって、
オーストラリアの次の世界遺産で複合遺産はどれかみたいな選ぶ問題で、ウィランドラコって選ばせる問題があった気がするんですよ。
湖って書いてますからね。
そう、普通に見たら自然遺産って思っちゃいますよね。地面から見ると。
そうですね。
でもここね、複合遺産なんです。
はい、はい、すごいですね。いいなって言っちゃった。
いいなっていうか、これもオーストラリアの特徴なんでしょうね。
そうですね。ちょっとほんと自然の雄大さがさ、ちょっと桁外れてるっていうか。
そうですね。で、そこにちゃんと人間も属していて、文化があって、生活もあってっていう一体で育まれてきたんでしょうね。
しかもちゃんと今のアボリジニに精通してるっていう、今のオーストラリアにとっても欠かせない重要な場所ということで、
今回の世界遺産はオーストラリアの複合遺産、ウィランドラ湖地域でした。
イキセカ。
ということで、今回はちょっと、あんま考古学的な史跡がある世界遺産紹介してこなかったんで。
そうですね。実は私も今回持ってこようと思ってたんですよ、それを。
そうなんですか。
世界遺産なんですけど、っていうのも、この前電車乗ってて、目の前に座ってた男性が、ヨーロッパ系の男性で、隣に座ってた日本人女性の3倍くらい鼻が高かったんですよ。
ほんとに。もらずにね。3倍くらい鼻高くて。
3倍はすごい。
で、なんかさ、場所によってはだけど、鼻の先がちょっと下がってるみたいな、矢印みたいな感じになってる鼻つきの人とかもいるじゃないですか。
矢印。
わかる?
わかるわかる。
わかりますよね。
わかるけど。
でさ、なんで同じ空間に、というかさ、地球に住んでるのに、ここまで体が違うのかとかさ、身長だってそうだし、目の色も。
メラニン色素の多さとか、日照量だったりとか、あと鼻とかもさ、やっぱ寒い地域とか、高緯度のところとか、なんかそういう気温差によって形が変わってくるって言うんですけど、
それにしても違いすぎないかって思ったんですよ。
思いません?
そこまでちょっとジロジロ人の顔見たことない。
いや、見たのは一瞬ですよ。
でもさ、あまりにも違いすぎるからさ、不思議だなって思っちゃったわけですよ。
はいはい。
人間なのに。
はい、そうですね。
犬とかもさ、いろいろあるけどね、種類はね。
分かった分かった。
だから、なんなんだろうなとかって思って、ちょっとこう、工科学的なところとか調べてたわけですよ、この前。
だから、生き世間でもあんまり話してなかったなとかって思って、どうしようかなって迷ってたんですけど、結局やめて、よかったなって。
よかった。
うん、よかった。
この花の話、気になる人いるんじゃない?たぶん。
いや、でもね、調べてもあんまりちゃんと載ってないというか、それこそ寒暖差とかのいろんな地域ごとによって形が変わってくるみたいなのが通説なんですけど。
なるほどね。
でも、もともとは本当にいろんなところで分布して生まれた生き物なのかなとかさ。
でもね、わかんないですよね。
そうそうそうそう。あまりにも違うからね。
たしかに。
どういう進化をたどってきたのかも。
そうそう。だって、もともと同じ生き物だったとは思えないくらいの違いだったから。
髪だって違うじゃないですか。
そうですね。
それが不思議だったという話でございます。
ありがとうございます。
すいません。
ということでですね、お便りがまた来ていますので。
ありがとうございます、皆さま。
ご紹介させていただきたいなと思います。
はい。
フェリックスさんからいただきました。
ありがとうございます。
これは第85回、ことホイヤンの回についてのお便りです。
戦国期のアユタヤの日本人庁は知っていましたが、ベトナムに存在したホイヤンについては認識がなく、また世界遺産になっていたことも知りませんでした。大変勉強になります。
17世紀以降の東アジアの海上攻撃の停滞、18世紀後半のタイソンの乱による破壊、19世紀末のダナンへのベトナム主要港の地位遺憾にもかかわらず、ホイヤンという街が生き残ったのは脅威だと思いました。
タイソンの乱の後のグウェンチョウによる安定期に復興できたこと、ダナンへの主要港以降で近代化や大規模な開発から取り残されたこと、そしてベトナム戦争で被害を受けなかったことが、観光都市ホイヤンに幸運をもたらしたようです。