世界遺産マイスターのミドと。 KANAEです。
この番組は、学校の教科書や旅行雑誌に載っていない 世界遺産の魅力について迫る番組です。
はい。
はい。
こんにちは。
こんにちは。ぎこちないけど。
はい。ちょっと先日、久しぶりに海外旅行に行ってきました。
ああ、っていう話でしたよね。
っていう話。っていう話してましたっけ? そう。久しぶりに行ってきました。
なんか最近ね、シルバーウィークもあるし、 海外旅行に行かれる方、すごい周りで多いかなって思うんですけど。
ああ、確かに。多い気がしますね。
なんか先日は、私はカナダとアメリカ、 国境付近の都市に行ってたんですけど。
いいですね。
あの、そうそう。
秋のカナダ?
秋のカナダ。もう紅葉付いてましたね。
わあ、すごい。
よかったです。めっちゃカナダらしい感じで。
で、アメリカに入って、ボーイングっていうね、 会社の施設に行ってきたんですよ。
飛行機とか。
すごいですね。
作られてる場所を。
そこも一応、観光のスポットとしては、すごい人気っぽくて。
そこは、みのさんも飛行機好きなんでね。
お土産を先に渡したところなんですけど。
いや、そう。あのね、ボーイングって書かれた紙袋を、 インスタのストーリーであげてたじゃないですか。
あげてました。あげてました。
まあね、結構マニアックな友達がいるんだなって思います。
まさか自分とは思わなかった。
いや、でも、個人的に興味ありましたよ。
ああ、そうなんですね。楽しめました。
めっちゃ楽しかったし、一応ね、世界最大規模のね、 製造の工場というか施設じゃないですか。
製造ラインというか。
そうなんで、ここで一部日本の旅客機とか作られてたりとかもするじゃないですか。
とか、いろいろ知れたんで。
なんか日本のものって、日本で作られてるわけじゃなくてとかね。
もう知れるし。
確かに。
そう。
ボーイングもね、歴史がすごい古いですもんね。
最新のものもあれば、対戦中に活躍した飛行機もあるし。
ですよね。だから、ものすごく大きな場所なんだろうなっていうのもね、すごいわかったしとか。
いや、でもいろいろ行けて楽しかったです、アメリカの。
なんかアメフトとかの試合会場とか野球の試合会場とかちょっと見れたりとかして。
あれですよね、何だっけ、ティーモバイルパーク。
そうです。
シアトルの。
そうですね、イチローさんがいた、イチローの像とかもあって。
ありましたよね。
なんかね、よかったのが、野球場のスタジアムの前に、もちろん電動入りしてますから、イチローさんの銅像もあるし、
あと、すごい大きなポスターとかがあるんですよ。
その目の前で、日本人の方が写真撮ったりとかしてて、それがめっちゃよかったですね。
確かに。シアトルでも、もうじゃあすごい有名なんですね。
すごいと思います。あんまり銅像にされてる方って。
確かに。
何人かしかね、片手で数えるくらいしかいないっぽいんで、それが、ほんとヒーローですよね。
ヒーローですね。
イチローさんね、ほんとすごいんだなって、改めてね、思いましたね。
ございます。
はい。
という感じです。
はい。
はい。
という感じで、じゃあ、さっそく帰ってきて、ほんとついこの間帰ってきたばっかりですけど。
はい。1週間以内かな?に帰ってきて、話したいと思います。
はい。
今日話せるのは、スイスの世界遺産です。
スイスの?
はい。
カナダじゃないんですね。
私、前回の旅では、世界遺産に行っておりませんので、
そうか。
そうなんですよ。
なるほど。
すごいいい場所ではあったんですけど、
今日は、スイスのラショードフォンルーロクルという都市について話をしたいと思います。
はい。
思うことがありそうな顔なんですけど。
いつかは来ると思っていましたが、今回なんだっていう。
確かに。
私、約1年くらい前にそのエリアにちょっと行ったんですけど、そのタイミングじゃなくてね、今なんだって感じですよね。
すごい楽しみにされてましたもんね。ラショードフォンに行くっていうのを。
めちゃくちゃ憧れてたんですよ、この場所に。
なんで、ここでも話したかったし、でもやっぱ、何の情報をみなさんに伝えるのが一番ベストなのかとかね。
確かに。
むずいですよね、そういうの。
むずいですね。
そう。それが何が刺さるかなとかね、考えてたら1年経っちゃったんですけど。
でもさ、実際ラショードフォンって、やっぱ時計好きな方にはね、ご存知の場所だとは思うんですけど、
実際、観光でラショードフォンに足を揉むく日本人ってどれくらいいるのかなって思ったら、
割とマニアックな人っていうか、知る人と知る人が近いっていうイメージが。
なんか、ジュネーブとかもね、拠点の一つなので、どっちかっていうとジュネーブをイメージされてる方が多いとは思うんですけど、
ここまで時計製造に特化された街が実際にあるっていうのは、
本当にいっぱいね、時計買ってる人の中でもなかなか知ってる人いないんじゃないかなとも思うかな。
日本人もね、私がいたときは会わなかったです。
やっぱそうなんですね。
ちょっとなので、今回はスイスの時計製造のルーツというか、こういうことがあったんだなとかね、
なんで時計こんなに有名なの?みたいなところもちょっと関わってくるので。
楽しみ。
お話ししたいと思います。ラショードフォンとルー・ロクルーという都市になります。
2つの都市。
場所はスイスの西部、フランスの国境沿い付近にあります。
大きな川みたいのがあって、そこをまたぐとスイスでフランスみたいになってるんですよ。
そうなんですね。
その辺にあるんですが、
そうですね、さっきからちょっとお話で時計、時計って言ってるんですけど、
時計を作るために建てられたと言ってもいいような都市になります。
すごい、時計製造に特化した。
そうでございます。
なんかね、スイスって言うと、オメガとかロレックスとかね、いろいろあるじゃないですか。
なんか世界的な時計メーカーって挙げたら絶対にありそうですね。
スイスですよね。大体がスイスかなって思います。
で、ちょっと世界遺産というか、街の特徴とかに入る前に、
なんでスイスで時計製造が発展したのかっていうところも、
少し触れていきたいと思うんですけど、
それが街の起源にも関わっているのでね。
時代は16世紀頃です。
ヨーロッパではもう宗教改革が行われている時代です。
意外と古いですね。
金星じゃないんですね。
そうですね。割と新しそうなイメージもあるんですけど、時計製造っていうとね。
でも、ちょっと最初の時期をたどっていくと、16世紀頃がきっかけなんですね。
宗教戦争、宗教改革っていうのも、
当時ですね、ヨーロッパではカトリックのあり方をちょっと批判するような宗教改革っていうのもあったじゃないですか。
はいはいはい。
特にフランスにいた、そういう方々というか、プロテスタントっていう宗派ですかね。
特にカルバン派と言われる人々って、ユグノって呼ばれたりもするんですけれども、
皆さんもおそらく世界史とかでユグノを聞いたことありますね。
ユグノ戦争とかかな、触れたかなって思うんですけれども、
そういった宗教間の争い、改革みたいなの、真っ只中の時代ですね。
っていうのがあって、もう本当に対立が激しくなって、
プロテスタントの人々がその時代に迫害されて、
当時は生きてままね、火破りにされたりとかいう処刑があったっぽいですよ。
生ですか?
生じゃないですかね。
すごい。
それくらい、たぶん荒々しいというか、激しい時代だったんでしょうね、きっと。
そうですね。
っていう時代がありました、その時に。
そういった迫害から逃れるために、多くのユグノと呼ばれる人たちが国外に移住することになるんですね。
その行き先の一つになったのが、スイスです。
で、その中にですね、結構ここが重要で、亡命してきた人の中に優れた時計職人っていうのもいたんですね。
なるほど。
逃げる前のフランスとか中心に、やっぱりフランスって時計大国だったんですよ、もともと。
当時は?
そうですね、みたいで。
なので、そういうのに携わってた人たちも、散り散りになって逃げてってとかで、
そういった時計職人の人たちが住んでいったのがスイス。
当時はジュネーブがやっぱり中心というか、
そうなんですね。
宗教改革の拠点がジュネーブにあったそうなんですね。
なので、最初はその辺りだったんですけれども、
どんどん技術も伝わってとか、時計製造が発展していく背景っていうのがこの宗教改革みたいですね。
じゃあ、はじめから産業が勃興したわけじゃなくて、
宗教改革によって、その影響がスイスにやってきたみたいな感じなんですね。
そうならざるを得なかった。
面白い。
面白いですよね。
面白いですね。
ここめっちゃ環境いいじゃん、だからこうしようよじゃないんだなみたいな。
っていうのがすごく面白いなって思う点なんですけれども、
どんどん範囲がスイスの中でも広がっていって、
で、実際に街もですね、見た目も特徴があって、
やっぱりアトリエとかがたくさん並んでいるので、
時計製造に特化した向きだったりとか、家の建て方っていうのがあるんですね。
道路もね、規則正しくきれいに並んでて、
家も同じ向きでとかってなってるんですけど、
本当に実際に行ってみたら、おお!ってなるくらいきれいに並んでます。
ああ、そうなんですか。
はい。
じゃあ、もう中にいてもすぐわかる感じなんですね。
引きの写真とかじゃなくても、街の中にいても。
街の中にいても、本当にこう、道路もすごいきれいだし。
へえ。
そうそう。
同じような通りと見た目の家が続いてるんで、迷子になっちゃいそうな感じ。
面白い。
そうなんですね。
で、あと展望台みたいな施設もあるんですけど、そこから見下ろせる。
うんうん。
場所もあって、そこでもやっぱね、屋根も全部同じ向きでできてるしとか、
面白い。
なかなかね、日本では味わえないというか、ない光景かなって思うんですが、
で、やっぱそれもね、時計ってすごく細かい作業をしながら作っていくわけじゃないですか。
大体のアトリエっていうのは、家の最上階にあって、で、大きな窓があります。
やっぱ光が重要なので、太陽がちゃんと入るようにっていう構造になっているので、
大体の家が同じ向きで並んでるっていう感じなんですね。
なるほど。
うんうん。
まあ、それがすごいラジオドポンの特徴というか、
でも、なんだろう、だからといって、1階とかに時計ショップがバーって並んでるかというと、そうではなくて、
本当に住宅がバーって並んでるんですよ。
ああ、じゃあ本当に職人が働くための街なんですね。
そうです。
別にブティックがあるわけじゃなくて。
そうなんですよ。
駅の周辺とかには、もちろんショップがあったりとか、
あと、そうだな、世界最大規模の時計博物館とかもあるので、
ああ、そっか。
その周辺とかにもショップはあったかな。
でもね、そこでもすごく、本当に貴重なる機材の時計が置かれてたりとか、
そこもまたおもしろいんですけど、
で、あと時計学校があったりとかね。
時計学校。
あります。
よく聞きますね。
かっこいいって思いますよね。
あれ?あれですか?ルッコルビジェが勉強してたのが、確か。
そうかも。
ですよね。
あとね、邸宅も確か近くにあるんですよ。
そうですよね。父ちゃんが時計職人でしたよね。
そうそうそう。やっぱりね、そういう偉人たちともすごく関わりのあるエリアですね、あの辺って。
いや、すごい。
いや、なんだろう。なんだろうな。
あの住宅の感じで、住宅街なんだけど、なんか不思議な感じというか。
いや、みんな本当に時計作りするしかないような街でしたね。
すごい。
なんかちょっとした新学校みたいな感じですね。部活がすごい強い。
そうそうそうそう。なんだろう、寮に入ってる感覚、いや、ちょっと違うんだろうけど、だってそんなにワイワイしてる街じゃないですからね。
確かに確かに。集中してるんですよね。
ただ、こじんまりと公園があって、子供が遊んでたりとかもするんですけど、その中でね。
それがまた独特というか、本当にこのために作られたんだろうなっていうのが実感できるのがね、このラショード本ですね。
そうそう。で、やっぱりラショード本、時計の学校とかもいっぱいありますから、そこで生まれて活躍してた人とかもたくさんいるんですね。
はい。
で、ちょっと一人だけ紹介したいんですけど、私はこの世界遺産に出会って、この人物すごい好きだったなっていう人がいて、
フランク・ミラーさん、ブランドあるじゃないですか、時計の。フランク・ミラーって。
なんかこう、独特な数字というかね。
あの曲がった6みたいな。
そうですね。時空が歪んでるみたいな感じのデザインの時計ね、のブランドの方ですね。
このフランク・ミラーさんもラショード本で生まれて育ってます。
あ、生まれもラショード本なんですね。
そうですね。1958年に生まれてて、学んだのはジュネーブの時計学校だそうなんですけど、
でもやっぱりラショード本で生まれ育ってるってことは、常に生活環境に時計製造っていうものがあって、
彼もね、その道を歩いていったんでしょうけど、この方、天才時計師っていうふうにも呼ばれていて、
本当にものすごいこう、なんだろう、学校卒業した後は時計技師として活躍していくんですけど、
コレクターだったり博物館などから、すごい希少な時計の修復を依頼されたりとかね、
そういう技術を身につけていたと言われていて、
かつ、複雑機構っていうのを組み込んだ腕時計を発表されたのが、このフランク・ミュラさんみたいですね。
独特な、そのフランク・ミュラにしかない。
そう。で、なんかこの複雑機構っていうのも、フランク・ミュラで公的に調べたら本当にたくさん出てくるんですけど、
この複雑機構っていうのが、彼の一番メインだっていうか、功績としては結構大きいみたいで、
何がこんなにすごいのかっていうと、時計ってね、大体はもう今何時が分かればいいってシンプルな、あれじゃないですか。
でも、彼が得意としたのは、めちゃくちゃある歯車、小さい歯車とか、後は細かい部品なんかを組み合わせて、
で、ウルード紙も計算して日付を調整したりとか、
すっげー。
後は、複数の国の時刻を表示したりみたいな、いろんな機能を掛け合わせた複雑機構って呼ばれるものの時計を製造というか発表したのかな。
やばっ。だって、普通さ、時計って日付のとこあるじゃないですか。
だいたい、僕の時計もそうなんですけど、毎月毎月月末になったら、やっぱ30日と31日があるから、自分で調整しますよね。
しないといけないですもんね。
それがもうすでに組み込まれてる。
そうですね。
やばっ。
やっぱり基本的には、製造の過程でもっていうか、電気っていうか、電池とかじゃなくてとか、コンピューターとかでもなく、
ちゃんと小さいゼンマイとか歯車とかを組み合わせて、いろんな機能を実現するっていうのをやった人っぽいですね。
もうね、使われる部品は、物によっては何百個ってなるらしいですよ。
確かに。僕も実物は見たことないですけど、フランクミラーって裏がスケルトンになってる時計が多いじゃないですか。
確かに確かに。
歯車とか丸見えじゃないですか。
すんごいいろんな歯車がカチカチカチカチ動いてるっていうのが印象的。
ですよね。それもこだわりあるっぽくて、部品とかを掛け合わせる職人さんもいれば、普段は見えないような部分をデザインする職人さんもいるんですって。
そうなんですね。
で、やっぱり実際そんなところをデザインする必要は本来ないじゃないですか。
でもちゃんとそこもきめ細かにデザインロードでやったりするっていう商品もあるっぽいですけどね。
面白い。
本当にフランクミラーさんってこんなにすごい人なんだっていうのが、このラッシュモード本を通して私はわかったんで。
なんかね、時計もいいんですけど、私は人物自体がすごく好きなんですよ。
その人の。
そうですね。
確かにね。
で、考えるとちょっと時計って面白いなというかね。
そう、どういう人が、どんな糧があってこのブランドを立てたんだろうとかね。
確かに。
そうそう。
確かにそれぞれデザイナーがいますもんね。
そうなんですよ。
で、やっぱあんなにね、ブランドも集まってる国でとかってなると、
どんどんどんどんこうね、何だろう、競争じゃないけれども、
だからこそ、本当にこう、技術も性能もいい時計があの国で生み出されるんだろうなっていう感じもしますしね。
確かに。
どんどんしかも新しいブランドってできるじゃないですか。
できる。
もしかするとね、その金谷さんが言ってたときに、
学んでいた時計技師の人が、これから新たなブランド立ち上げて、
二、三十年後には、もう一本数百万ぐらいする超世界的に有名なブランドになってるかもしれない。
ですよね。
私はでもそれを期待して、結構安めの時計買いに行こうかなと思ってたんですよ。
はいはいはい。
アトリエとかにショップないのかなとかね。
思ってたんですけど、あんまりそういうの見つからなくて、
そういうのあったら面白いですよね。
確かに。
まだ見習いだけどみたいな。
自分のブランド立ち上げる前の作品でみたいな。
面白いですよね。
でさ、持ってたらめっちゃ、拍がつきません?
そうですね。資産になりますね、もう。
ねえ。って思ったんですけど、
でもきっと、フランク・ミラーみたいになる人たちも、今、ラショウドポンにたくさんいるじゃないですか。
って考えるとね、なんかすごいなって思いましたね。
わりとパワーを感じた場所でした、私も。
確かに。
うん。っていう感じなんですけれども、
でもね、ここ、ラショウドポンとルーロクルっていう都市なんですけど、
お隣さんの街なんですよ。
電車で10分くらいでも行けちゃうくらい近い。
そうなんですね。
はい。なので、ほぼほぼ一緒のエリアなんですが、行きやすいですごく。
私は首都のベルンから電車で行ったんですけど、
1時間ちょいとかで行けて、1人でも全然来るくらい、交通もシンプルなんで、安全ですしね。
そうか、スイスってそんなに大きい国ではないんですかね。
そんなに大きくないと思います。
じゃあ結構、有名な都市いくつもあるけど、結構いろんなとこ回れそうですね。
行けちゃいますね。アルプスの上とか行くんだったら、ちょっと時間かかりますけどね。
都市観は全然ね。
だから、すごいおすすめというか。
ただ、観光都市っていう感じじゃないですよね、もちろんね。
なるほどね。
技術者たちが集まっている都市っていうイメージを持って行っていただけると、楽しめるかなっていう。
そのあたり、妄想と想像を膨らまして歩くと。
良いかと思います。
いや、いいですね。
っていう感じだったんですけど、どうですか?
いや、僕も時計はすごく興味があるので、いい話を聞けたなと。
時計ってやっぱさ、やっぱ最近スマートウォッチ出てきているけど、
たぶん、じゃあ10年後に、20年後に、完全にアナログの時計ってなくなるかっていうと、
絶対そんなことないと思うんですよね。
人にはやっぱその好みがあるから、
そうですね。
絶対になくなることはないと思うんですよ。
って考えたら、ファイアリストとか、数はわかんないけど、確実に新しいデザイナーとか技師が出てくるはずなんで、
そうですよね。
その未来を想像すると、めっちゃ高まりますよね。
高まりますね。確かに。
私はね、そこで時計買ったんですけど、そんなにめちゃくちゃ高い時計じゃないんですけど、
私はフランスのブランドの時計をそこで買ったんですよ。
でも製造はちゃんとそのエリアだったりとか、そういうのも置いてるんで。
そっか、でもそうですよね。本社とかはまた別とか置いてるとこ多いですもんね。
でも時計の製造拠点をスイスで置いて作ってるよみたいなブランドもあるんで、
そこを見て買い物するっていうのはまたひとついいかもしれないですね。
確かに。ありですね。
ありだと思います、皆さん。ぜひ時計を買いに行ってみてください。
ということで、今日はラショーの本とルーロックルをお送りいたしました。
ありがとうございます。
ということで、またちょっとお便りが嬉しいことに来ておりまして。
ありがとうございます、皆さん。
そうですね、またピックアップして意見程度ご紹介できればなと思います。
お願いします。
ではですね、第148回原爆ドームの回で神戸のたまごさんからお便りいただきました。
ありがとうございます。
みどさん、かないさん、こんばんは。
こんばんは。
私の祖母は広島県でカメラマンをしていました。
原爆投下の3日後には市内に入り、写真を何枚も撮っていたという話を母から聞きました。
手元に残っていないので、どんな写真だったかわかりませんが、貴重な記録になっていればなと思います。
これからも楽しく聞かせていただきますので、お二人とも頑張ってくださいね。
推進、世界サンマイスター合格しました。
おめでとうございます。
サンマイスターになられたんですね。
神戸のたまごさんって確か1級の合格点がはちゃめちゃな。
そうですね。
1位ですかね。
最高得点じゃなかったですか。
確か。
毎回なれなれなれ、そうですよね。なれますよね、そりゃ。
そりゃそうですよね。
でもすごいですね、ほんと。
お仲間ですね、もうね。
でもそう考えたら、聞き始めた時は2級取られてたのかな、3級なのかな、わからないんですけど、
でもこの生き世界を聞きながら、マイスターまで取られたっていうことを。
うれしい、だからその期間ご一緒できたってことですね。
そうですね。
うれしいです。
感慨深いですね。
いやー、感慨深いな。
誰だよって感じ。
家庭、親目線によると。
ずっと見守ってきたみたいなね、うるさいよって感じですね。
いや、ほんとにすごい。
でもきっとこういう方って、神戸のたまごさんのほかにもたくさんいるんでしょうね。
そうですね。
最近イベントに来てくださった方もそうですし、来てくださってない方もきっとね、
今もお合格した後も聞いてるよっていう方もきっといらっしゃると思うので。
そうですね。
そう思ってます。
はい。ということで、神戸のたまごさん、おめでとうございます。
おめでとうございます。ありがとうございます。
はい。
ということで、行きたくなる世界遺産では引き続き皆様からのお便り、感想をお待ちしています。
概要欄のリンクから投稿してください。
そしてですね、いろんな世界遺産をたくさんの方に伝えていくためにも皆さんの評価付けが必要としていますので、
ぜひ良ければ番組の評価の方をよろしくお願いします。
お願いします。
はい、ということで。
どうでしたでしょうか。
はい。
はい。
結構あれですね、いわゆる産業遺産っていうジャンルに入るんですかね。
産業遺産、なんかその大きいね、いろいろ、工場とかではないけど、でもちゃんとしたアトリエがあってね。
そうですね。
なかなかカナエさんから産業遺産なかったんで。
確かにね。
レア回じゃないですか。
でもね、ラッシュアウトフォン本当に大好きなんですよね。
そうですね。
世界遺産の中でトップ5に入るくらい大好きな。
ラッシュアウトフォンに行かれる2年くらい前からずっと言ってましたもんね。
言ってた。
公言してましたもんね。
いやもう絶対行ってやると思ったし。
行って時計買うっていうのを2,3年くらい前から公言してましたもんね。
ずっと言ってました。夢でしたね。
自分の誕生プレゼントには勝ったんですけど、でもやっぱりそう考えると世界遺産っていうものに出会って良かったなと思うし。
確かに。
新しい楽しみも趣味も広がるなっていう風には思いました。
皆さんにとってのラッシュアウトフォンもぜひ見つけてみてください。
ということで、また来週お会いしましょう。
バイバイ。
バイバイ。
この番組は、たもんさん、ともやんさん、フェリックスさん、こぴよさん、ちこさん、こんちゃんさん、リベルタさんの提供でお届けしました。
ご支援いただきありがとうございます。