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FM八ヶ岳 デイ・イン・ライフ 暮らしの羅針盤の時間です。池田政子が担当する第77回です。
このコーナーは、身近な暮らしの中にある男女共同参画やジェンダーの問題を取り上げてお話しています。
今日は、ゲストをお招きしています。昭和朝で元気夢子供園の園長をしていらっしゃる宮本智子さんです。
子ども園だけでなく、幼児保育・放課後児童クラブ・重症・心身障害児の日中の一時預かり施設・子育て支援センター・一時預かり保育・産後ケアセンターを運営している
社会福祉法人県機会 健やかという字に輝くという字ですね。県機会の理事長をしていらっしゃいます。
昨年12月17日の山梨日日新聞に、発達障害児の親・肩来という見出しで、子育て支援センター・流れ星が発達障害の子を持つ親の集い・ポプラの会を開いているという記事を拝見して、いろいろお話を伺いたいと思いました。
宮本さん、どうぞよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
宮本先生は山梨のご出身で、山梨県立高等看護学院、現在の県立大学看護学部ですね。その保健師学科で学ばれていますが、埼玉や千葉でも勉強されていて、まったくいろんな資格や免許を持っていらっしゃるんですね。
はい。保健師、看護師、養護教諭、保育師、幼稚園の専修免許を持っています。
次から次へと新しいことを多分必要に迫られて、保護者のニーズに一生懸命対応しようとして、これだけ事業が広がったということなんでしょうね。
はい、そうなんです。本当に気づいたらどんどん広がっていって、誰かがやってくれればそれをサポートしたいという気持ちもあるんですけれども、なかなか誰もやってくれないので。
新聞記事にある子育て支援センターは、2019年の開設で、ホームページを拝見すると、障がいのあるお子さんもみんなが通える子育て支援センターというふうに歌っているんですね。
子育て支援センターというのは、就学前のお子さんと親御さんが気軽に子どもを遊ばせたり、子育てについて相談できる場所というふうになっています。
国の指針では、月に1回くらい、子育てに関する講演会などで学習をするという活動も含まれています。
うちは、医療的なことが強いという自負を持っているので、講演会については、子どもの病気や産後の母親の体調や気持ちなど、子どもの健康等に医療面からサポートできる内容にしているというのが大きな特徴だと思っています。
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パートナーが小児科の専門医でいらっしゃるんですよね。
はい。夫は千葉の出身で、山梨大学の医学部の大学院を修了し、その後、ご縁があって結婚をし、千葉で勤務した後、山梨に戻ってきました。
その頃の千葉の小児救急体制が非常に進んでいて、夫も初期救急に対応していたので、山梨でもできないかといろいろ頑張ってみたんですけれども、だめだったということで、結局、夫が自分で夜間と土日休日に開いている診療所を開くといって、2005年に立ち上げたという経過があります。
私は当時の上杭敷村で保健所をしていまして、ちょっと辞めることはできないけれども、もし何年かして保育園も立ち上げるようなこともあったら、私も保健所を辞めて、それに協力したいという話をしたというのがきっかけになっています。
ちょうどその時に、昭和庁が次世代育成計画で、もう一園、保育園を誘致するという計画もあったので、そのタイミングで2009年に保育園を立ち上げたというのが一番の元になっています。
宮本先生のところは、小児科医のパートナーと一緒にやっていらっしゃるということなので、医療も含めて、総合的に子どもと保護者に関われるということが一番の強みということですね。
そうだと思っています。
宮本先生のところの子育て支援センターには、他のセンターで利用を断られた親子さんたちも来るということなんですけれども、どうして断られるのでしょうか。
やっぱり子どもが落ち着きがなくて、他の子に手を出してトラブルになったり、その子が来ることで他の利用者さんが来たくないという声もあるから少し遠慮してもらってもいいですかということを言われたり、そこまではっきり言われなくても親子さんの方でそういう雰囲気を感じて、これ以上センターに行ったとしても他の親子さんと交流したり、自分がほっと一息つくことができないということが挙げられていました。
そのために行くんですもんね。
そうですね。でもずっと緊張して子どもを叱っていられないんだったら、行く意味ないと思ってやめてしまったり、あとは見た目ですね、身体的にすごい障害があったりすると、それだけで周りの人たちからキーの目で見られて、もうそういうところには行きたくない、行けないということにつながっています。
うちの子育て支援センターは、障害のある子もない子もというようにある子を先に出してPRしています。
先ほどご紹介したように、障害のある子というのを意図的に表に出して、かつ先に挙げているわけですね。
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はい。健常児と言われる子どもたちはどこのセンターでも利用ができます。
障害のある子たちが安心して利用できるようにするには、それを前面に出さない限り利用しにくいだろうというふうに私は考えました。
うちのセンターには障害のある子も来ますということを知らせておくわけですね。
他の子に手を出しちゃうようなお子さんが来ることがあります。
その時、他の保護者の方もそこを理解して、なかなか落ち着かない子なんですねとか、お母さん大変ですよねというようなことを言ってくれるのはその効果かなというふうに思っています。
そもそも障害のあるお子さんだと、子育て支援センターに行きたいと思っても、ためらう方もきっといらっしゃるでしょう。
でも勇気を出して行ってみたら、何回心地悪かったということになれば、とても傷つくでしょうね。
そういう気持ちを言葉に出す親御さんはいらっしゃいますか。
やっぱりその直後って非常に傷ついた場合すぐに言葉にできないんですよね。
3年5年すごく時間経ってからやっと話せる方もいます。
記事にしていただいたポプラの会は、発達障害のあるお子さんたちの保護者の方々の語り合う集まりになっていますが、
例えば乳幼児検診の時に、お子さんが棚に飾ってあるものを全部散らかしてしまって、周りの人から白い目で見られていたたまれない思いでいたら、保健師さんに別の部屋に呼ばれて、
お子さんはというふうにお話しされたときに、とても胸が苦しかったというのを10年くらい経ってから話してくれた方がいました。
あの時あんなふうだったんだとか、あの時こんなふうに感じたんだというようなことを客観的に話せるようになるのは、やはり自販が必要なんだなというふうに思いました。
本当にそうですよね。自分の心の中で整理しても、それを例えば宮本先生に言葉にして表に出すことにもハードルがきっとあるわけでしょうから。
そうですよね。私が言えるのは、本当にとにかくよく育ててくれたねとか、よく生きててくれたねって本当にそれしかないんですよね。
本当にそう思います。本当にね。
その当時は誰も褒めてくれなかったかもしれないけど、私は今褒める。お母さん本当によくやってきたよって。
こういう話は誰にもできるわけじゃないし、初めて話しましたっていう方が結構多いので、自分はこういう話をしても大丈夫な人だと思われてるっていうことが私の喜びにもつながっています。
たとえ時期を逸してしまっても、そうやって聞いたり受け止めることはすごく大事なんだなって感じています。逆にその方々からやっぱり教えてもらっているっていう感覚になりますね。
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そうですよね。相互作用ですよね。支援しているつもりの側が元気づけられたり励まされたりとか、大事なものをもらったりとかね。
本当にそうなんですよね。
障がいがある子も受け入れている子育て支援センターにお父さんが来るっていうことはありますか?
たまになんですけれども、お母さんがお産で入院中で行くところがないし、上の子はうるさいし困ったって言って、一応ここへ来れば給食も食べられるので、それで来るお父さんがいます。
あとはおじいちゃんもいましたね。娘が里帰りしていて、おばあちゃんは娘と赤ちゃんのお世話で忙しいので、上のお孫さんと一緒に2、3週間通って行ったっていうことがありました。
そういうこともホームページに掲載したらいいんじゃないかと思うんですけど、以前この番組で父親であることを楽しむっていうことを掲げたファザーリングジャパンっていうNPO法人があって、そこの柴田剛さんをゲストにお招きしたことがあります。
全国組織なんですけど、当時は県内に会員が3人しかいないっておっしゃってたんですよね。
そうなんですよね。うちの夫もその3人しかいない会員の一応1人になっています。
そうなんですね。子育てに積極的に関わっている方なんですけど、ママともならぬパパともが欲しくなって会員になった。
父親が子育てに関わろうとすると、どうしても孤立しちゃうっておっしゃってました。
子育てシンセンターはお父さんもおじいちゃんおばあちゃんも利用できますよっていうふうに情報を発信して、普通に受け入れる場があるといいですよね。
じゃあ宮本先生のリクエスト曲1曲目です。竹内マリアの命の歌です。
この歌は自分の人生や仕事や生きている役割みたいなものを振り返る機会をこの歌を聴くたびにもらっています。
あと余談ですけど、カラオケで歌ったら自分の中で最高得点を取ることができたので、それも嬉しくて。
めったに行くことはないんですけど、カラオケに行った時は必ず歌う曲です。
はい、どうぞ。
ポプラの会に戻りますけれども、発達障害っていう言葉も最近の言葉ですよね。
特性のある子っていう言い方をすることもありますけれど、縁の先生方にとっては発達障害のある子っていうのはどういうことして捉えられているんでしょうかね。
保育現場では、保育者は集団としての子供に関わるっていうのが基本の姿勢なので、
衝動性があったりとか、保育者の指示が他の子と同じように通らないとか、また感情の起伏が非常に恥ずかしくなったっていうようなお子さんの場合ですね。
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私たちとしてはそういう子たちも含めて保育ができるようになりたいと思っていますし、
保育者としてはその子も含めての集団を見ていける力量をつけたいっていう願いを持っているんですけれども、
でもやっぱりうまくいかないことが多いというふうに感じます。
実際にうちの子どもへの園児64名いますけれども、身体障害も含めて10名程度が診断がついているお子さんです。
子育て支援センターのポプラの会は全員診断がついた幼児の方から高校生までのお子さんを持つ親御さんが集まって定期的にお話をする会というふうになっています。
高校生ぐらいまでのお子さんのことも一緒に話せるっていうのはすごく支援になっているなって思いますよね。
小さいお子さんを持っている方にとっても同じ年代の子どもだけじゃなくて、
子どもにはいろんな姿があって、もしかしたら自分の子どももこういう感じになるのかもしれないっていうような、そういう情報も得られるわけですね。
そうですね。私はあくまでもコーディネーターという立ち位置で、実際はやはり同じ立場の方々が同じ苦しみや悩みを持っていると思うので、
当事者同士のペアカウンセリングがうまく進行するように毎回意識をして関わらせていただいています。
年に3回、どういう時期に開くんですか。
何かしら課題がまた一夜巻きそうだなっていうタイミングの時ですね。
1回目は新年度が始まって新しい生活に慣れてきたかどうかを確認するタイミング。
2回目は運動会や夏休みも終わり、その後学校に行きにくくなっているかどうか。
また3回目は年度末になる前に来年度に向けてどんなふうに周りと調整しておいた方がいいのか。
先輩方からもアドバイスをもらったり、私からもこんなふうにしてみるともしかしたらいい形で進むかもしれないよというふうに、
新年度に向けて親御さんがまたエネルギーを少しでも蓄えられるような会になるようにと期間を設定しています。
1年間に子どもや保護者の方の置かれる節目の状況に合わせて支援ができるように開いているわけですね。
そして次回に向けて親御さんに必ずというのは、例えばまた夏休みや運動会、学園祭もあったりして
お子さんが行きたくないとかいろいろあるかもしれないけど、そういうふうに困ったり悩んだりしたら
あ、そうだこれはポプラの会で話す話題になるぞ、ネタになるねと思って気持ちを落とさずにネタを持ってきてくださいねというふうに話をしています。
何かあったらそれは全部ここでの話の題材になると思って決して苦しいことだけで終わらせないで
みんなで一緒に考えましょうねという方向に伝えるように工夫しています。
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ポプラの会があるまでの間、気持ちが落ちちゃうことはたくさんあるから
そこでいかにお母さんたちがタフに過ごせていけるようにするかも非常に大事な視点だなというふうに思っています。
ネタを持ってくる宿題みたいに言うのは当然そういうこともあるよねっていうそういうメッセージになっていると思いますし
そういうふうに言われることでこれからの夏休みまでの自分の行動をちょっと外側から客観的に自分を見る目も持てるかもしれない
気持ちが煮詰まってもうぐちゃぐちゃになっているときにもう一人外側から少し冷めた目で自分を見られる自分がいるとちょっと楽になると思うんですけれども
そういう視点を親御さんたちに差し上げているっていうことですね
そうですねこういう発達特性があるお子さんの親御さんでご自身にも特性がある方も中にはいらっしゃるんですね
その方自体も今まで生きづらさを感じている日自分らしさを押し殺しながら生きてきている
特に女性の場合はそうしていかないと女性たちのコミュニティーの中で弾き出されてしまうということに恐怖や不安をとても感じているということがあります
それもジェンダー問題ですよね
男の子だったらちょっとはみ出していても元気な子とか思ってもらえるけれど
女の子が同じことをしたら乱暴で女の子らしくないってマイナスになっちゃう
ユニークっていうことが男の子の場合にはある程度許容されるけれど
女の子の場合は許容されにくいっていうことも確かにありますよね
あるお母さんが他人の先生ととてもちょっと相性が合わなくて
頻回に学校に連絡をしていたという方がいらっしゃいました
お母さんからすれば子供がお家に帰ってきてそんな様子なので
学校側に行っておかないと自分の子供のこと分かってもらえないからって言うんですね
そのお母さんに話聞いていったら他にサポートしてくださる先生がいて
その先生とはお子さんがすごく相性がいいって言うんですね
年度の最後の回の時に学校へ電話の仕方をA先生じゃなくて
B先生との時間を長くしてもらえたら
親としてもとてもありがたいですっていう言い方はどうですかみたいなことを
お話したことがありました
そしたら本人がそれを実行して新年度の担任がB先生になったそうなんですね
多分学校も相当困っていたんだなというふうに思います
でも管理職がそういう対応してくださる学校だったし
そのB先生の方も引き受けてくださる教員だったわけですよね
B先生も自分のことをそんな風に言ってくれるのがとても嬉しかったそうなんですね
お母さんはこの先生は嫌だっていうスキルしかなかったわけですけれども
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そうではなくてどの先生が自分の子供に合っているのかっていうことを伝えることで
状況が改善するっていう成功体験ができた
だから来年も何かの配置を考える時には
うちの子は何々先生とだったら合いますっていうような形で話していこうと思います
ってお話をしてくださったんです
お母さんの行動変容に一歩つながったなってその時に感じました
そんな風にしながら親子友々もこれからもっと形を変えて
いろんな課題が起こると思うんですけれども
課題があっても円滑に乗り越えられるっていう自信を
少しでもつけていってもらえたらなと願っています
障害のあるお子さんをそうやって積極的に受け入れている
宮本先生のところの先生方でさえ
指示に従ってくれないお子さんにはやっぱり困ってしまうっていう感覚があるわけですよね
国の決めている人員配置ようやく少し変わってきましたけど
今保育者一人で3歳児は15人4歳児5歳児は25人ですよね
4歳児25名を1人の保育者が見るっていうことを
当たり前に思っている国がやっぱりおかしいです
そうですねもう文科省も伝達しているように
1割近くが発達障害の診断を受けているような子だったり
診断がついていなくても可能性のあるお子さんだったりするわけですよね
25名いればクラスに2,3人いる可能性があるわけですね
ぜひそういう中での保育っていうのを自分でやってみて
本当にそこの人数を考えていただきたいというふうに思いますね
机の上で計算するなっていうね
保育や教育にかける予算を蹴散らなって本当に言いたいと思います
合わせて保育者の困り感という言葉を使っているんですけれども
どうすればこの子が集団の中で生活できるのか
それができないにしても安全に1日過ごせるのか
ということを頭を悩ませながら今やっています
うちの職員には自分の困り感が子どもの困り感とつながるようにしてほしい
というのをよく言っています
困り感をつなぐっていうのはどういうことですか
本当はそのお子さん自体もみんなと一緒に遊びたいのに遊べない
それはなぜなのか気持ちが落ち着かないとか
じっと座っていることすらできないとか
言っていることが理解できないとか
感情がすぐにパーンってなっちゃうとか
そういうことは子ども自身では何ともならないし
実際言葉には出せないけれども子どもも苦しんでいるわけですよね
そういう姿を保育者も困っているけれども
子どもも困っているということで原画化しないと
親御さん自身に自分の子どもを理解してもらうことができないということを経験しています
その保育者の困り感を保護者に理解してもらうことができないということですか
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そうですね
保育者の困り感だけだと保護者が別にうちでは困っていないです
先生は困っているだけでしょということになっちゃうんですよね
保育者はただ自分がうまくいかないで困っているだけじゃなくて
本来こう終わってほしい
卒園までにここまでに行ってもらいたいとか
一応国の保育指針として出されたものをもとに保育をしているわけで
この子がこの状況でも全然構わないということではないんです
まずそれが前提にあり
その後みんなと一緒に遊んでいるときは楽しい経験もしているけれども
本当は手を出したくないのにカチンとするとすぐ手が出て
他のお友達と仲良く遊ぶことができない関係性になってしまうとか
私たちの困り感だけではなくて
そういう子どもの困り感もきちんと言語化するようにしないと
保護者の方になかなか現状が伝わらないという経験をたびたびしています
そういうお子さんを育てている親御さんで
お父さんやお母さんにも特性がある方だと
中には先生たちが困っているだけだったら別にいいじゃんという話になってしまうということもあります
私たちは保育者が困っているからではなくて
この子が適切に受けられるべき療育や相談などへの支援の道筋を
私たちが預かっている間に提供したいし
それを享受してもらいたいというふうに思っています
そこがなかなかうまく伝わらない難しさを現場で感じるところです
保護者の方は家では子どもの行動を見ていて
ご自分でも困っているかもしれないけれど
お子さん自身が困っているということには思いが至らないということもあるわけですね
そうですね
本当にこういう子だから先生たちを怒らせるようなことをしたんでしょうということではなくて
このままにしておけばこの子の困り感がもっと強くなってくる
ひいては二次障害を引き起こすことにつながってしまうということをとても危惧しています
二次障害というのは不登校や人間関係からのトラブルから起こる
いじめであったりとか引きこもりなどを含まれています
そのことをお子さんに理解していただきたいというふうに考えているわけですね
それがなかなか難しいということなんですね
ではちょっと一息入れましょう
リクエストの2曲目です
吉田山田というグループの日々という歌ですね
この歌は昨年定年退職した職員の送別会で
みんなで泣きながら歌った思い出の曲になっています
これまで保健師として関わってきた様々なご夫婦を思い起こしながら聞いている曲となります
どうぞお聴きください
先ほどの子どもの困り感の理解をしていただくのが難しいという話ですけど
厳禁目子ども園に通っているお子さんの保護者の中に
そういうことがあるということだったんですが
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子育て支援センターのポプラの会に来ていらっしゃる保護者の方はどうなんですか
ポプラの会に来ている人たちはみんな自分の状況を理解して
その上でどうやってこの子がこの子らしく生きていけるのか
受けられるサービスを上手に円滑に使って
この子らしく伸ばしていくにはどうしたらいいのかということに
もう焦点を当たってきているという方々です
なので私の専門性からすると親同士をつなげるとか
その子のサポートを受けやすくするために
親はどう思えたらいいのかということを提案をしてみたり
他の方の事例を含めて学んだりしていただくというわけになります
でも子ども院の方では保育者の困り感が一番強いケースの場合
保育者が困っているということだけだと
親御さんは保育士自身がもっとスキルのある人に変わればいいじゃない
というふうなお話になりがちなんですよね
それも分かる気もしますけど
保育者が困っているというのと
並行してその子自身も困っていることや
自分の子どもが何に困っているのか
その思いを馳せることができない保護者がやはりいらっしゃるんですよね
子どもを理解しようというところまで気持ちがいってないとか
もともと理解しようと思っていない場合でも
その子と親の関係というのは一生続くわけなので
そこを保育者が間に入って
この入院時期に翻訳するという仕事をしなきゃいけないというふうに思っています
翻訳ですね
そうですね
現場の保育者にもその子とはよく言っているんですね
本当は何々ちゃんと遊びたいんだけど
何々ちゃんがその子怖いから遊んでもらえないとか
他の子たちが仲良く遊んでいて
自分も遊びたいけどそこに入れないとか
そういうことをいつも見ている保育者として
保護者に伝えられるようにしておかないと
いくら保育者が困っているって言っても
残念なんですけど別にあなたたちの仕事じゃんって言われちゃうんですよね
なので保育者がプロとして子どもの見立てだったり
あとは子どもの代弁者として機能を上乗せしていかないと
発達障害などいろんな障害の課題は解決していかない
私たちが困っているだけで終わらせるようにしていかないと
本当の意味でのこの子たちの育ちの保障はできないんじゃないか
というふうに思っています
自分が保育していてまずは困るわけですよね
20名の中に2人もいたらね
でも自分が困ったっていうだけで終わらせないで
子どもと親とつなぐようなそういう役割を
27:01
保育士がしなくちゃいけないということなんですね
そうですね
そうしていかないと私は今保育者の地位向上というのは望めない
というふうに危機感を持っています
保育者がプロとして認めてもらうためにも
自分たちが考えていることや実際やっていることをきちんと言語化していく
ただ子どもを見て1日安全に帰らせましただけではない
それ以上のことをやっているわけですから
この仕事をもっとリスペクトしてもらうためには
自分たちが何をやっているのか
それをきちんと言語化していくということは
とても必要なことだと考えています
うちの現場の保育者にはそれができるように
スキルを上げていってもらいたいってよく話をするんですよね
確かにそれはとても大事なことだと思います
はい
次にバトンを渡す時には
少しでも保育者という職種の立場や重要性を
少子化だからとか
預ける場所がないからということではない部分で
光が当たるようにつなげていきたいので
そこをすごく大事だというふうに思っています
そのためには保護者1人1人の方々に
保育者って素晴らしい職種だし
簡単に誰でもできる仕事じゃないよねって
思ってもらえるような保育の提供をすることから
地道にやっていくしかないかなと思っています
これもジェンダーの問題ですけれども
保育者って母親が母性本能で
ごく自然にやれることをやっているだけじゃない
という考え方がまだまだ根強いですけれども
とても専門性のいる仕事だということですよね
ポプラの回の記事に戻りますけれども
宮本先生は夫婦親子関係のあり方を
見つめる時間になっているというふうにおっしゃっています
発達障害を持ったお子さんを持つお母様方の立場で
夫婦とか親子関係のあり方を見つめるというのは
例えばどんなことですか
例えばある程度年齢が上がって
中学生や高校生になったりすると
約束していたことでもなかなか守ってもらえなかったりして
母親がイライラする時に夫婦で話をして
夫の方からこういうことについては今度は
自分が子供に言うからという感じで
担当してくれるようになったという話が
あるお母さんから出たことがあります
父親の言うことだと子どもが聞いてくれるので
今はだいぶ子どもとの口喧嘩が減って
すごく助かってますというような話を聞くと
他の方々も子どもへの対応は自分だけがするんじゃなくて
たまには夫にお願いしてみようかなというふうに
思える方もいるわけですね
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そういうお話をしてくださった方自身は
夫にそういうことを言える関係があったということですけれども
でもそれを聞いた他の方は
あ、夫にそんなことも頼めるんだ
言ってもいいんだ
それから自分でもやってみようっていう
そういうふうになるわけですよね
そうですね
夫への頼み方に関しても
今まで頼んでなかった方は
小倉の会に行ったら先輩ママがこんなこと言ってたから
少しうちでもどうかなっていう感じで言ってみるのも
自分の気持ちの伝え方の一つの方法かなっていうように
私の方からちょっと補足させてもらったりしています
母親はどうしても自分だけ頑張らなきゃいけないって
思ってやってる方がやっぱり多いので
そういうことを夫に頼むのも
ためらう方も実際はいるわけですね
あとはもう少し大きい視点で言うと
おじいちゃんやおばあちゃんに
縁のバスの送り迎えのときに
子どもを待っているときだけは
お願いしてみるっていうことも実際ありました
お願いしていいのかどうかわからないけども
下の子もいるし自分だけじゃどうにも回らなくて
みたいなことをお母さんが言ったときに
そうやっておじいちゃんもおばあちゃんも
たとえ5分で会っても
縁のバスが来るまでの間
一緒に待っていてもらう
短い時間でも子育てを一緒になってもらい
その子の特性を理解してもらいながら
お母さんの方はありがとうという感謝の気持ちを
きちんと言葉で伝えていく
少しずつそういうプラスアルファをしていくことで
また家族関係の絆を深まっていくことも
あるんじゃないですか
というような話をしています
家族関係の構築みたいなところを
話す機会ってなかなかないし
聞く機会もなかなかないので
私が心がけているのは
ポプラの会で出た話題に対して
肯定的に受け止めて
工夫点を伝えたり
他の方から聞いたことを
子自身が持って帰ったりするようなことが
関係性の変化につながるかなと思い
そこを意識しながらお話ししています
どうしても母親の方が抱え込んじゃうことが
多いわけですよね
そうですね
記事では診断がついたのでほっとしたと
逆に子育ての仕方が悪いって
今まで言われてきたからっていうお母さんも
いらっしゃった
自分の責任というふうに思い込んで
抱え込んで
ニッチもサッチもいかなくなる
だけど他のお母さんが
こういうことがあったよって言えば
自分もやっていいって思うかもしれないし
おじいちゃんにもおばあちゃんにも
直接関わってもらって
子育て当事者の気持ちを理解してもらう
それから孫である子どもさんを
理解してもらうっていうことにも
つながっていくっていうことですよね
そうですね
本当にお母さん方
33:01
お父さんももちろんですけど
よくやってると思っています
最近のポプラの会に来る方々は
自分に実際子どもさんが2人とか
3人とかお子さんがいて
もちろん発達障害のある子の下に
また兄弟をということで出産する方もいて
すごいタフな方々だなというふうに
思っています
なかなかできないことだし
そうやって産み育ててくれてることに
本当に感謝するよっていうことは
私もお話しするところです
本当にそうですよね
今日は昭和町で障害のあるお子さんと
そのご家族の子育てを
いろんな事業の中で支援されてきた
宮本智子さんに
発達障害のお子さんを中心に
お話を伺いました
次回は医療的啓発といいますけれども
例えば生まれた時から
人工呼吸器をつけていないと
生きていけないようなお子さんと
そのご家族について
伺いたいと思います
医療的啓発といわれても
ご存知がない方が
ほとんどだと思うんですけれども
そういうなかなか
日頃目にすることも
出会うこともないお子さんたちがいて
その方々のことに
少しでも思いが馳せられるような
この番組を通じて
そういう機会になったらな
ということを願いながら
次回もお願いしたいと思います
次回もどうぞよろしくお願いします
ありがとうございました
ありがとうございました
暮らし見捨てて選挙なり
まさこ
どういう結果が出ても
日本という国がどこへ向かうのか
大きな分かれ目になる選挙ですね
よくよく考えて
自分の持っている一票を
大事に使いたいと思います
ではまた