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2026-02-27 36:38

2026/02/12 暮らしの羅針盤(池田政子 #78)

 ゲスト:宮本知子さん(げんき夢こども園園長、社会福祉法人健輝会理事長)

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FM八ヶ岳 デイ・イン・ライフ 暮らしの羅針盤の時間です。池田政子が担当する第78回です。
このコーナーは、身近な暮らしの中にある男女共同参画やジェンダーの問題を取り上げてお話ししています。
今日は前回に続いて、昭和町で元気夢子供園の園長をしていらっしゃる宮本智子さんにお話を伺います。
宮本さんのところでは、インクルーシブという視点を中心に据えて、障害のあるお子さんを含めて様々な事業をしていらっしゃるのですが、
前回は特に発達障害のあるお子さんとそのご家族について伺いました。
今日は、スマイルという名前の重症心身障害児・日中一時預かり施設に関してお話しいただきたいと思います。
宮本さん、どうぞよろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
重症心身障害児・日中一時預かり施設というのは、日常的に医療的ケアが必要なお子さんを預かるレスパイト施設で、
レスパイトというのは、一休みとか息抜きの意味ですけれども、ご家族に少し休んでもらう時間を提供するわけですよね。
以前、そのスマイルに一度伺ったことがありました。
お子さんとお母様が一緒に来たらしたけれど、実際に人工呼吸器などの医療機器に繋がれていると言っていいのか、
そういうお子さんを、もう私、痛々しくて生死できなかったんです。
本当なら、真っ先にお子さんにこんにちはと声をかける、それができなかったんですよね。
そのお子さんにとっても失礼だし、お母さんの方は目の前にこの子がいるのに、その子には声をかけないで、
自分にだけ話をしてくる、この子っていない存在なのかとか、やっぱりシャットアウトされちゃう存在なのかって思われたかもしれない。
子供を無視されたっておかしになったとしても、無理もなかったなって、もう本当に反省しました。
そこがインクルーシブ保育とリンクしてくると思うんですけど、大人になって初めて見たら、本当に誰でもびっくりします。
もう当然だと思います。それまで見たことないですし、またいろんな医療機器がすごく進歩してきていて、在宅で暮らせるお子さんたちが非常に増えてきています。
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子供ってこういうもんだというイメージが、元気な子供たちをベースに擦り込まれているということだと私は思うんですよね。
本当にそのことを思い知らされました。
うちの子ども園では障害のある子も保育していますけれども、すごく意識していることは、障害があっても定型発達の子たちと一緒に生活することで、
なるべく子どもらしい生活を体験させてあげたいという障害児を持つ親の気持ちと、障害がないんだけれども、その子たちと一緒に関わることで、
自分の子どもは何を享受できるのか、何を体験しているのかというのを、園の方がちゃんと言語化して伝えていくということが大事だというふうに考えています。
そうでないと、インクルーシブ教育はあなたのお子さんにも非常に良い影響があるんですよということを伝えられないわけで、
最終的に社会全体でそういう方々を受け入れられるような世の中、社会につながっていくためには、園の子どもたちや保護者への啓発がすごい大事だというふうに思っています。
例えば、脳性麻痺の影響でずっと歩けなくて、結局歩けないまま卒園した子がいるんですね。
その子を1歳の時に預かったんですけれども、最初のタイミングはみんな同じく歩けなかったという状況だったのに、
だんだんと他の子は歩けて走れるようになっていく。だけども、ずっとその子は歩かないままずっとずるばいをしている。
腹ばいの姿勢で腕で進むということですね。
そうですね。でもね、そういう1歳のクラスでさえも、そのずりばいしかできない子に他の子どもたちがなかなか取りに行けないおもちゃを持っていくんですよね、1歳の子が。
やっぱりそこだと私は思うんですよね。私たちが教え事でこういう人たちに優しくしましょうっていうのもとても大事なんですけれども、
一緒に生活していく中で自分は何をできるのか、何をすることにこの子にプラスアルファできるのか、1歳児だって一生懸命考えているわけですね。
それを今度私たち大人、特に保育者がきちんと評価をして、何々ちゃんが取ってくれたことで嬉しい表情をしているよっていうふうに代弁をしてやりとりをしていくっていうことは、
障がい児の子だけを集めて保育をしていたらできませんし、そこはやはり手放したくないなって思いながらやっているわけです。
その中でも重い障害で、その医療的なケアが必要なお子さんを預かっているのがスマイルなわけですよね。
その20歳以外のお子さんたちの親御さんが集まって語り合うポプラの会のお話は前回伺ったんですけれど、スマイルの方にもそういう会があるんですか。
重症・心身障害児の子どもたちの家族会、スマイルの会というのも年に3回やっています。
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そのうち2回はオンラインで話し合う会で、ほとんど参加はお母さんなんですけれども、年に1回だけは夏に北都市にある青空共和国というレスパイス施設に行くんですけれども、
その時にはお父さんや兄弟の方々も参加してくれます。
その施設は重症・心身障害児の子どもたちと家族が無料でお泊まりができるという施設になっています。
レスパイトケアの宿泊型ということですね。
そうですね。今ロッジが5棟建っていて、スタッフがいるわけではないんですけれども、親御さんたちが安心して利用できる場所になっています。
設備もある程度整っているということなんですか?
そうですね。寝かせたまま入れられる大きなお風呂もありますね。
そこを年に1回借りて、皆さんをお呼びする会を開いています。
栄養士に協力いただいて、夕食を提供したり、花火をしたりします。
そこには兄弟児への支援と、それから大体皆さんご夫婦で来てくださるので、
普段はお話しすることの少ないお父さんとも意識してお話しするようにしています。
子育て支援センターに来る親子よりも、もっともっと孤立しがちな家庭なので、
そこはお父さん同士もつなげるようにというのを本当に意識しているところですね。
私たち夫婦だけは利用者の方々と一緒に泊まって、
夫は夜お父さんたちとお酒を一緒に飲みながら、
私はお母さんと子供の方を見たりしながら、お母さん同士どんなふうに過ごしているかとか、
会社で休みを取るときどうやりくりしているかなんていうのをお話を伺っています。
その時には、兄弟の子どちは息子と中学生の娘たちにも来てもらって、
兄弟児とかくれんぼやトランプなんかで目いっぱい遊んでもらっています。
宮本ご夫妻よりは身が軽いってことですね。
そうですね。子供の心をつかむのもとっても上手なので助かっています。
ご家族でそういうことをしているわけですね。
先ほどの兄弟児っていう言葉、最近使われるようになった言葉ですよね。
そうですね。兄弟児っていうのは、兄弟っていうのはひらがなで書くんですけれども、
障害や重い病気を持つ兄弟姉妹がいる子供のことを言います。
定型発達、一般的な発達をしているこの兄弟と違う経験をしているわけですね。
お家の中に医療的な危機があったり、母親や家族がその子に向かい合う時間が非常に長くて終わりがない。
また変界に入院もある。
例えばおもつだったら2歳とか3歳になればトイレトレーニング終わるけれども、
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こういう子たちはずっとおもつかいが必要だったり、
とにかく障害のある子のケアに親がかかる時間が非常に多くなるわけですね。
なので重い障害のある子の兄弟である子供は精神的負担感が高いというふうなことが言われています。
医療的なケアが必要なお子さんがいても、その兄弟が通常の子供たちの兄弟関係に近い経験ができるような時間や環境を作るということが、
医療的ケア時と家族を支援していくときのもう一つの大事な視点だと思っています。
夏に青空共和国に集まるときは、兄弟時は兄弟時だけで山の中を散策したり、
おもちゃで遊んだり、水遊びをしたりというので、そこにはうちの保育者が関わっています。
そういう形で普段なら兄弟には経験させられないことが安心してできる環境を作っています。
先ほど話した花火なんかも、医療的なケアの子がいると夜外に出て花火の準備するのが大変なので、それもとても喜んでくれてますね。
親上司をつなげるのと合わせて子ども同士もつなげる。その子たちは自分の家だけじゃなくて、あの家にもああいう子がいて、
この子も同じを経験してるんだということは、言葉に出さなくてもわかるんですよね。
そこに来る家を見れば、みなさん大きなバギーを抱えて、時には呼吸器を持ったりしてきているので、
自分だけが孤独な、孤立している存在じゃないというところをつなげていきたいなって思っています。
一昨年前の宿泊の時に、上のお子さんは病気があってもっと早く亡くなるって言われながら、
今小学校の中学年まで流れているお子さんの、4歳の下のお子さんが青空共和国に来て、みんなで遊んだりお話をしたりしてたんですね。
その子初めての参加だったんです。そのお休み時間の時に、お母さんに、私、今まで生きてきて一番楽しい日って言ったんですよ。
4歳ですね。その子、ディズニーランドとかも行ったことあるんですね。でも、今日が一番楽しい日って言ってくれたんです。
私、それ聞いて涙出ちゃったんですけど、なんかこれが兄弟支援なんだなって思ったんですよね。
どれだけ我慢してきたかっていうことですよね。
そうですね。お話してくれるお母さんも泣きながら嬉しかったって言ってくれて、
その子が去年、またその日を楽しみにしていて、もう1ヶ月も前からパジャマはこれを着るんだ、おもちゃはこれで遊ぶんだ、このお菓子を夜の時間に食べるんだって全部用意してたって言うんです。
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なんかそういうことがこの子に残せてよかったなって思いました。
兄弟児っていう概念も、兄弟も支援の対象だっていう考え方も、そんなに前からあったわけではないですよね。
でも、医療的や児童レスパイトっていうのは、親御さんがご自分の心や体を休めるっていうだけではなくて、他のお子さんとの関わりの時間を増やすという、そういう意味もあるわけなんですよね。
今のお話では、その4歳の子はそういうことを感じて、かつ言葉にする力が育っていたわけですよね。本当に親御さん偉いと思います。
本当に私も、4歳の子がそこまで自分の人生を振り返りながら、今日が一番だからって言っていいっていうふうに思える関係性がそこにあるなって感じました。
そうですよね。親御さんは多分、ずっと申し訳ない申し訳ないって思ってきたでしょうね。
だけど、そういうマイナスの面だけじゃなくて、兄弟である子どもがそれを見て、自分を育てていくっていう面もあるわけなんですね。
はい。
じゃあ、リクエストの1曲目ですが、松山千春の命という歌ですね。
子どもを育てていくと、生まれた時の感動が影を潜めて、子どもに対して理想や希望を押し付けてしまうということがやはりあります。
この曲を聴くと、子どもを授かり、親になった原点を思い出させてくれると私は感じています。
子ども園のクリスマス会で、数年に一度職員発表の時に歌って、保護者の方に聴いてもらっている曲です。
兄弟児の話でしたけれども。
はい。親御さんは、こういう子を産んでしまったという自責の念と、兄弟の子どもにこれだけ我慢させているという兄弟児への申し訳なさというのを日々すごく抱えているんですよね。
だからそういう負担のほとんどが母親にかかっちゃうわけですね。
そうですね。本当にそのお母さんたちを褒めたり認めてくれる人っていうのは本当にいないんですよね。
少子化、少子化って言って、とにかく子どもを産んでくれ、子どもを産んでくれっていうのに本当におかしいと思います。
結婚したら重い病気を持った子が生まれて、自分が大変なケアをする役割をしなきゃならない。
もしその方が仕事を持っていたら離職しなくちゃならない方が多分ほとんどですよね。
自分が考えていた人生の展望とは違うかもしれないけれど、でもそういう思いを抱えながらもその子と向き合わなくちゃならないわけですよね。
もちろん予想していた子育ての状態とは違うわけですしね。
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そういうことを自分が受け止められるまでどんなに葛藤とか悩みを経験するだろうかなって思います。
結局自分の人生が計画していた予定調和に行かなくなったことで、夫婦関係がおかしくなったり、祖父母との関係性もぎくしゃくしたりということが実際ありますね。
自分との関係が良ければ2人の子だから2人で受け止めようとか、あとおじいちゃんもおばあちゃんもどんな孫でも大事な孫だという位置づけでそこをきちんと言葉に出してくれたり、体制を整えてくれる場合には親御さんも特にお母さんがこういう現状を受け止めようというふうに思えるエネルギーが出てくるんです。
でも夫婦自体もそのことでガタガタしてしまったり、あとは祖父母からあなたが大変なのに自分でやるの?なんて言われた方も実際にいますね。
自分が一生懸命やっていることを否定されたような気持ちになるかもしれませんよね。
そうですよね。そこに対して例えば夫が妻の気持ちを代弁して守ってくれるというところまで見えてこなかったりすると、どこから手をつけたらいいのかわからないような状況になりますね。
もちろん夫側も混乱しているというのはあると思うんですけれども、私は話を聞くということしかできないけれども、ただ本当にそれでつらくならないわけないし、お母さんがそうやって混乱するのは当たり前だよということしか伝えられないです。
それぞれのケースで対応やサポートの仕方や情報提供の仕方が変わってくるので、こちらも日々スキルがないといけないなというふうに感じるところですね。
また、例えば発達障害などの需要に向けてお話するときに、子どもの特性を話しながら、お母さんどう思いますか、お父さんどう思いますかという話と合わせて、意識して必ず祖父母はどう思っていますかと聞くようにしています。
そうしないとなかなかそこの話って出てこないんですよね。たとえ言われてても、そんなことは人に言うもんではない。嫌なことだからわざわざ言う気持ちにもならないし、それよりも他のことで頭がいっぱいになっちゃってるんですね。
でも結局そこが家族体制とか家族サポート体制を確認する一つの視点になると思っているので、気持ちの奥にあるそういうことを言葉に出せるようにすると、これなら安心できるとか、ちょっと心配だとか、こちらも判断できるかなというふうに思ってますね。
医療的味については、去年、とても感慨させられる裁判の報道がありました。私が読んだのは毎日新聞の8月26日のデジタル版ですけれども、見出しは呼吸器外し、7歳の娘殺害、引き金は2日前の夫の小さな舌打ちというものでした。
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不妊治療を受けて授かった初めての子どもさんが全身の筋力が低下する筋萎縮症を患っていて、生まれたときに医師からは人工呼吸器なしでは生きられないと言われてパニックになった。
でも、その子の介護のためにタンの吸引や機械の扱い方、心臓マッサージなどを学んで、福祉サービスも利用しながら、ずっと自宅で介護をほぼ一人でこなしてきた。で、7歳まで育ったわけです。
レスパイト入院で年に数回くらいは子どもを病院に預けることはできたけれど、朝まで眠れるのはヘルパーさんが来てくれる日だけで睡眠障害にもなっていた。
そして、実の父親から何度もこれからどうするんだと言われ、夫の実家でも意味があるのと言われて、その子の存在を否定されたような気持ちになって悩んでいた。
そういう中で、子どもの体位を変える手伝いを夫に頼んだ時に、飲み会に行く前だった夫が舌打ちした。
それまで協力的だったのに、夫は子どもより自分の飲み会の方が大事なんだと怒りと悲しみが押し寄せてきたと言うんですね。
子どもの人工呼吸器を取り外してから自殺を図った。そういう経緯のようです。たくさんのそういうお子さんを持つご家族を見ていらして、この事件はどんなふうに思われますか。
そうですね、本当にそういう事件もスマイルで預かっている親御さんと話すことがあります。どの方も本当に分かる。私もそうならなかったとは絶対に言い切れないと言われることが多いです。
他人事じゃないってことですね。
そうですね、もう気持ちも分かるし、本当にあと一歩、あと一つ壁がなかったらそっちに自分も行ってただろうって、特にお母さん方が言うことがあります。
あと例えば卒業や入学、成人式、そういう節目節目が嬉しいことだけではなくて、その時にまたもう一回現実を直視することになる。
忘れてはいたけども入学したピカピカの黄色い帽子を見て、うちの子が集団登校の列に入れるわけではない、ランドセルを背負えるわけではない、そういう節目でもう一回自分の子どもの障害の告知を受けた時の衝撃を思い出すというようなことがあって、そんなことを抱えながら生きてきている方々だと思うんですね。
夫のちょっとした下打ちが事件のきっかけとして出てましたけれども、社会がこういう子たちが生まれてくることや、こういう子たちがいるということ自体に気づかないで進んでいる、存在が消されちゃっているということに、孤独感や虚しさをより一層感じているんだろうなというふうに思います。
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医療的家事の現状も興味関心をもたれずに放置されている状況に近いものがまだまだあるというふうに感じています。
だから親御さんや家族の問題だけではなくて、社会や地域の理解が重要で、そういう問題に対する知識を広げていくという部分に私自身も関与していかなきゃいけないなと思うし、そういう世の中に近づけていかないと同じことが多分繰り返されるんじゃないかという感想を持ちました。
本当にやるせないという感じですよね。子どものことを一緒に考えてくれる人は、療育の先生や訪問看護婦さんだったりするわけですけれども、お母さんのことを大事に考える役割の人ってそんなにいないんですよね。
だから私はお母さんのことを大事に考えるスタンスで関わらせてもらいたいということをよく言うんですよね。
それを言葉にするわけですね。
そうなんです。そんな簡単ではないけれども、そういう気持ちを伝えて何年も何年もやっていくと、本当にふとした瞬間に、
なんであの時に参加の先生は自分の子どもを助けたのかって思う時があるっていうことをおっしゃられたこともあります。
そうですね。でもそういうことってきっと本当に正直なお気持ちですよね。
そうなんですよね。でもそう思う自分が本当におぞましく感じてすぐ打ち消すんだけども、
でもそういうふうに思える自分がいて本当に嫌になっちゃうんだっていうことを言ってくれる時があるんですね。
で、私本当にどう答えたらいいか、すごく慎重になる反面、出会ってからこれだけ時間かけてようやくこういうことを言ってくれる関係者になったっていうことを確認する時にもなってたりして、
だからそう思うことは決して悪いことではなくて、そう思うことを言える場所に私がいることを忘れないでいてもらいたいし、
今そういう気持ちになっているのは少し黄色のサインが出てるかもしれない、疲れてるってことかもしれない、
少し自分の時間をとってみるタイミングかもしれないよっていうふうに話をしたりするんですけどね。
多分そういうことは夫にだって言えないかもしれないですよね。
本当にそうだと思います。医師が出産の時に子供を救ってくれた時って本当にありがとうございましたって涙が出て喜ぶわけですよね。
でもその時には想像できなかったような日がその後長く続いて、その終わりがいつになるのかわからないっていう時に、
そんなふうに思ったり言葉に出たりすることがあるわけで、それが言える場所や人がいるだけでも一つのストッパーになるのかなというふうに思っています。
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でもこの記事は多分当事者の人たちは正面から読めないって思うんですよね。
そうかもしれませんよね。
私も読んでいて、私は実体験でその子を育てているわけではないけれども、自分が関わらせていただいた方々の経験からいろんな人のイメージができちゃうんですよね。
だからとってもやるせないし、でもだから仕方がないよねで終わらせる形になれば子供を産み育てていく選択をしたけれども、
その時健常児しかイメージがないという方が、もしそうなった時に人生終わりだってなっちゃうかもしれない。
そういう経験自体をなかったものにしたり否定するような形になると、その人自身のその子の人生に大きくマイナスに影響するでしょうから、
まだまだ解決できない宿題の一つという感じで記事を読ませていただきました。
本当にシンボリックな事件だと思いました。
では今日の2曲目です。中島美行の意図。リクエスト曲を伺った時にこの曲を一番最初にあげられたんですよね。
この曲は聞くたびに自分と夫はもちろん、自分と子供だったり自分と保護者、自分と患者さんなど様々な方との出会いを振り返りながら、
今の私自身が作られてきたなというふうなことを実感する歌になっています。
私も大好きな曲です。お聴きください。
ちょうどちょっと前にオンラインでスマイルの会がありました。
幼児期の医療的ケア充を持っているお母さんと、中学生の医療的ケア充を育てていらっしゃるお母さんが参加されました。
その中学生の子さんはお兄ちゃんと弟の3人兄弟です。
幼児期の子はまだお一人目なんですけれども、そのお母さんが言うのにどこかの保育園に入れるかと思ったら
在宅酸素吸入をしているということで、結局受け入れてもらうことができず、
医療的ケア充だけを短期で預かってくれるところに預けて仕事復帰になったんだけれども、という話をしてくれたんですね。
その子は動くこともできるし、在宅酸素吸入していると言っても発達はゆっくりめだけれども歩くことができたり、難語が出てきたりというところで。
難語というのは赤ちゃんが言葉を話す前の段階でバブーバブーとか大人からすれば意味のない音声を出すということですね。
そうですね。それでお母さんからすると発達を少しでも促したいということで、健常児のいる集団に入れたいという気持ちがあって、いろいろ縁を検討したんだけれども、厳しくて壁にぶつかったり、
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今度また次の子の妊娠出産を考えるにしても、ありこり考えるとなんだか前向きになれないという話が出たんですよね。
その時に先輩ママが、自分も子どもが乳退を何回も繰り返して、上の子がとても不安定になったりしたことがあったので、もう一人兄弟を作ってあげたいというふうに思って、
検査や検診にすごく敏感になったけれども、妊娠出産して下の子も産んでよかったと今思うと大変だったけれども、今それが心から言える。
だからそういうふうに挑戦することはあってもいいと思うし、自分が医療的ケア児を産んだ頃よりも明らかに今はいろいろな支援が利用できるようになってきているから、
少ないといえ、存分にそれを活用して、今の時代でまだよかったと思いながら子育てしていってほしいというふうに言ってくれたんですよね。
それを聞いたお母さんが、こういう腹を割った話ってなかなかできないし、おまけに体験者がそんなふうに言うことも初めて聞いて重みがあったし、とってもいい時間になったって本当に感謝しますっておっしゃってくださいました。
中学生のお子さんを持つお母さんはお仕事をしないでずっとお主婦でお家がそれでやっと回っているという状況の家庭です。
なんで私からすると、そのお母さんにもこれだけのことをすごく大変な思いでやってきた、その自分がやってきたことの価値とか、自分の体験が誰かに役に立つということ、それがご自身の自己肯定感に少しでも役に立つような形のつながりができたらいいなって日頃思っていたところだったので、
今回初めてお互いに会ったんですけれども、双方につなぐことができてよかったなというふうに思いました。
もうね、嫌なことや辛いこと本当に山のようにあるんだけれども、本当にゆっくりゆっくりなんですが、ちょっとずつちょっとずつ良くなってきたり、そのことに対して思いを持ってやってくださる方が出てきたりしてるってことにも目を凝らしながら育てていったり広げていくこと、
それは一変に全ての解決とはいかないけれども大事かなって、その方々の会話を聞いたりして思ったところです。
本当にいろんな問題がね、山積みなんですね。改めてですけれども、これまで一貫して、その範囲のあるお子さんとその親御さんたちを支援してきて、今どんなことを思っていますか。
そうですね、まず私自身が自分の人生が非常に豊かになったなというふうに思っています。教科書だけでは学べないことを実際に学ばせていただいたり、他のケースで学んだことを別のケースに返すことで、そういう親子の役に立つことがあったりとか。
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あなたの経験したことがこの方の役に立ってますよってお伝えすることができるわけですよね。
そうですね、縁で預かっているお子さんもしっかりですけれども、園長先生が学生祭や誰かにお話しする機会があったら、この写真は使ってくださいとか、この手紙使ってもらっていいですとか、皆さんそういうことを言ってくださるんですね。
それがあるので私自身の実践にすごく自信を持てるというふうにつながったり、足りないことを考える機会になったりというふうにしています。
県立大学でも授業をしてくださっているんですよね。そういう方がお話ししてくださったことが学生の方にもつながっていくわけですよね。
自分が媒体になってちょっとでも世の中を良くしていくことに貢献ができたなら、次の世代に何かバトンを渡せたらいいなというふうに日々願っているんですけれども、それに近いことがこういう方々の出会いとか実践の中から経験できているというふうに思えるというのが私の幸せでもあり、すごく感謝しているところです。
だからこそ社会の理解や啓発というのが自分のところの園児と保護者、職員、自分が関わる学生とか何かをお伝えできる機会があれば、今日の放送もそうですけれども可能な範囲で尽力したいなというふうに思っています。
そして理解していただくことで救えることとか救われる人があるということから、自分が媒体になってその人たちの声なき声を伝えたりまとめたりということがこれからも自分のペースでできたらいいなって、そんなことを考えながら仕事をさせていただいてますね。
本当にいろんな子育て支援をやって来られたわけですけれども、親御さんたちの姿を見ていて、昔と今と子育てはどっちが大変でしょうかね。
大変さというだけでいけば、私はやっぱり昔の方が大変だったかなと思います。やはりいろんな保育サービスが選択できるようになったという点では、自分が第一子を産み育てた30年近く前には本当に考えられないくらいの。
そうですよね、本当に。私は50年前でしたけれども。
その面で考えると、本当に子育てしやすくはなっているなと感じます。
少子化を止めるという名目であったにしても、それが子ども自身のサービスであったり、保護者の子育て支援サービスの拡充が確実にここ10年、15年でできているわけで、そこをきちんとサービスとして利用して子育てをしていけば、しやすくなってきているというふうには思います。
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ただ一方で、これだけAIが進んだり、SNSの時代になってくると、サービスではない部分での疲弊というのは、今のほうが難しさはあるのかなと思います。
それは例えばどんなことでしょうか。
リアルにお友達を作るのがとてもやりにくくなったり、それが苦手というふうに意識する方が多くなってきているような気がします。
SNSで慣れ親しんじゃっているから、普通のままともをどうやって作るんだろうかとか、ネットの相談の内容を見ていると、もっともっと不安が大きくなっちゃって、ニッチもサッチもいかなくなって、気持ちが本当にうつうつしちゃったりという方々を見たりすると、
人との関係性という部分では、今のほうが意識していかないと難しい時代になっているなというのを感じます。
特に子育てって本当に人との関係性があって何本の作業だというふうに思っていますので、いくらサービスがあったとしてもそこで職員と話すとか、登録のときに聞き取りをするとか、
もし入園が必要になれば見学に行く、説明を聞く、自分だけだったらしなくてもいいことを子どもがいることでしなければならないということがいろいろ出てくるので、
その部分は大変な時代になっているのかなというふうに思っています。
では最後に、そういう時代の中で子育て真っ最中の方々にメッセージをいただけますか。
とにかく子育てをしてくれて本当にありがとうございますということですね。
一人の命を生み育てて成人させるまで共に歩み続けること、とってもエネルギーがあります。お金も時間もかかります。
誰に褒められるわけでもないと分かっていて、その選択をしてくださっているすべての皆さんに感謝をしたいし、それが応援ができる一員でありたいなというふうに願っています。
ということで、2回にわたって障害のある子とそのご家族の置かれている状況、それに対する支援のあり方などいろいろなお話を伺って、私もとても勉強になりました。
こちらこそ自分の実践を誰かとディスカッションして、改めてその意味付けを返してもらえる機会というのは本当になかなかないので、私も本当にありがたかったです。
そういうことが私の役割というか、この番組の役割の一つだと思っているので、そう言っていただくと嬉しいです。ありがとうございました。
ありがとうございました。
本日の打診番、今日も聞いてくださってありがとうございました。
春たつや、ややそれぞれの夢の中。
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春たつや、ややそれぞれの夢の中。
まさこ、立春が過ぎました。
ややはエイジと書きます。赤ちゃんのことですね。
どの赤ちゃんの夢も戦争で奪われないような世界でありたいと思います。
ではまた。
36:38

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