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こんにちは。ご機嫌いかがでしょうか? 看護師のかんぽーと私、7回目の配信になります。
今日は、「自分の限界を知る」というテーマで話をしたいと思います。
自分の限界を知るって言葉って、皆さんにとってなじみのある言葉ですか?
私はですね、初めてこの言葉に出会ったのが、25歳の時なんですけど、
その頃、イギリスの知的障害者コミュニティってとこで、ボランティアをしてたんですね。
そこで一緒にボランティアをしてた、10歳くらい年上の日本の方、東京から来た方がおられたんですけどね。
私がコテコテの大阪人やから、いつも半身タイガースの話をされてたんですけど、
その方にある日、こんなことを言われたんですよ。
マコトちゃんは若いね。若いっていいね。
僕なんかね、もう自分の限界がだいたいわかるようになってきたからさ。
こんな感じで言われたんですけど、その言葉が結構衝撃で、当時もそんなことを全く考えてなかったし、
年重ねるとやっぱり限界ってわかるようになるんかとか、ちょっとなんか言えないような気もしたりして、
その言葉がずっと頭の片隅に残っていたっていうわけなんですけど。
しばらくね、25歳の私ももちろん、35歳の私でもね、10年後の35歳の私でも、
その言葉の意味があんまりわかってなかったです。
ただ、40歳を超えたあたりから、この言葉の意味が少しずつ体感としてわかってくるようになったんですね。
それまでの私って、限界を感じるっていうより、頑張ればなんとかなるとか、
努力すれば乗り越えられるみたいな、ちょっと昭和的かもしれないですけど、そう信じて生きてました。
それで実際、うまく言うことの方が多かったんですよね。
ただ、ある時期から、それまで勢いとか頑張りで乗り越えてきたことが、乗り越えられなくなってきたわけなんですよ。
今思うと、いわゆるミッドライフクライシスっていうね、中年の危機やったんやと思うんですけど、
今までのこのやり方が通用しなくなるっていうね、そういう時期。
その頃の私は、頑張れば頑張るほど、自分も相手も追い詰めてしまう、そんな体験をするようになりました。
自分のこうした方がいいっていうのを、相手に当てはめようとしてたっていうかね。
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それが関係性を壊してしまう方向に行ってしまって、同時に自分も壊れていくみたいな。
こういう関係性になりますけど、どこで顕著にこういうことが出たかっていうと、ぶっちゃけパートナーシップにおいてですね。
ただ、このやり方って、パートナーシップで顕著に出たとはいえ、仕事の中でも私やってたなって気づいたんですよね。
これはあくまでも私のお肌感ですけど、看護師ってこういうふうになりやすいところがあるんちゃうかなって思ってます。
かつ、介護の現場でも家族の中でもいろんなところで起きてる気がしていて、もしかしたらここでしんどくなっている人結構いるんちゃうかなと思ってます。
ここで一つ、本の紹介をさせていただきたいなと思うんですが、ミルトンメイアロフのケアの本質っていう本なんです。
この本の中でこんな言葉があるんですよ。
ケアをするためには相手の限界を知る必要がある。そして同時に自分自身の限界を知る必要があるって書いてるんです。
私今これまでケアとかケアリングっていうことを勉強してきてるんですけど、この言葉何回も読んでて、やっと自分の体験と結びついたときにそういうことかとわかったんですね。
メイアロフってその人の本ではこう書いてます。
ケアってただ関心を持つことでも思いやりを持つことだけでもできない。
相手が何を望んでいるのか、何ができて何が難しいのか、どこまでがその人の力なのか。
そして同時に自分はどこまで答えられるのか、どこからは答えられないのか、それを知ることがケアには必要やっていうことなんですけど。
これって頑張る感覚っていうのとはちょっと違う感覚になってくるんですよね。
なんとかしてあげたいとかね、助けたい、なんとかしないととか、そういう気持ちを一旦グッと止める感じでね。
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これって自分と相手は違うっていうことをちゃんと認識するための一泊の時間とも言えるかなと思うんですよね。
相手と自分の間に境界線を引くっていうことなんですよね。
それって諦めたとかね、見捨てたとかね、冷たいとか、逃げてるとか、そう感じがちかなとも思うんですけど。
でも自分と相手を分けるっていうね、この作業をしていくと分かってくることがあるんですよね。
それは何かというと、自分のことも相手のことも尊重するっていうことができるし、
私の場合はそれをしたら何かこう収まったっていう感覚があって、
そして自分のことも相手のことも信頼できる、希望も感じるようになったんですよね。
看護師の仕事って元気になってもらいたいとか楽になってもらいたいっていう気持ちが根底にあるじゃないですか。
あると思ってるんですけど。
これは家族の介護とか、育児とか、パートナーシップでも基本は同じかなと思いますね。
こうしたらうまくいくのにとか、こうしたら楽やのに。
そう思うことは自由ですよね、私のね。
そう思うことがあっても、それを伝えるってことができたっても、決めるっていうのはいつもその人自身じゃないですか。
でも私はそれまでなんでこうせいへんやろうとか、こう考えたらええのにとか思いながら、
相手が自分の考えに近づくようにみたいな策を考えたり、行動してきたりしたんやなと思います。
でもそれって私の世界観での正解であって、他の人に当てはまる正解ではないじゃないですか。
自分以外の人にはその人の世界観があるし、それを自分に落とし込めたとき、
私自身も世界観が広がるし、可能性も広がるように感じてるっていうわけなんですけど、
今ね、医療者に限らず、誰かのケアをしている人たちが抱えるしんどさのひとつに、
限界を知らずに走り続けてしまうことっていうのがあるんじゃないのかなとかっていうのを感じてます。
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限界を知る。それって諦めることでも冷たくなることでもなくて、長く誠実に誰かと関わり続けるための知恵なんやと思ってます。
あなたは自分の限界について考えたことはありますか?
次回は私が父の介護をしてたときに、この限界をどう意識して関わってきたかという話をしようと思います。
父は去年の3月に亡くなったんですけども、その話をしようと思います。
よかったらまた聞いてください。ありがとうございました。