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さてさてさて始まるよと。
はい、いかがですか?最近は。
最近…最近…最近ね…最近というか、今日、朝から英語仕事をしていて。
英語のインタビューを久しぶりにやったんですけど、自分の英語の出てこなさにびっくりするっていう。
3時間ぐらい絶望のインタビューをしてましたね。
3時間も英語喋り続けられるのすごいなって思いますけど。
もうしんどい。3人の話を聞いたんですけど、2人目に話した人がアメリカのザ・中西部みたいなところの人で、言葉のこうなんて言うんだろう。
出てくる単語だいたいFワードみたいな感じの人だよ。すごいなっていう。かっこいいなっていう感じでしたね。
いや疲れたなあ、なかなかね。
なんか違う回路を使うから疲れますよね。
そうね、言葉を英語にすると人格まで変わるかのように、なかなかのやつでしたよ。
私あんまし英語を使えないから、英語で話すとよりストレートな表現になっちゃうから、すごいキツくなります、性格が。
日本人あるあるというか、日本人英語をやる人あるあるなのかもしれないですね。
ふんさんの最近はいかがですか?
先週1週間8日間ヨーロッパ旅行行ってきました。
めっちゃいいっすね。
そうです。
ヨーロッパはどちらへ?
チェコとオーストリア、プラハとウィーン行ってきたんですけど。
またヨーロッパの中でもいいとこじゃないですか。
そこで心が回復する感覚をすごい覚えましたね。
8日間も。
やっぱり私日本で疲弊してたなって。
回復のハイライトはどこにあったんですか?
到着した瞬間?
もう空港から?
建物の迫力があるなって。
街の迫力でそこに今自分がいるっていうだけで結構回復しましたね。
日本だと結構スクラップアンドビルド、東京なんて地区20年の建物古いって感じですけど。
あちら地震とかないので、14世紀から残ってる建物でしかもそこに住んでますみたいな。
アクティブな建物として古い建物があるじゃないですか。
そうね、そうね。
その子ならではの迫力みたいなものにすごいやられました。
いいなあ。
日本に帰ってきたくなくなっちゃうやつはありましたか?8日間行って。
でも意外と結構今回の目標が今後も生きるようなサステナブルに旅行する。
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だから特別な旅行じゃなくて仕事しながら旅行するみたいな感じを目指してたんですよ。
だからもちろん帰ってきたくないんですけど、また行けるなみたいな感覚でちゃんと帰ってきました。
午前中仕事をして午後観光みたいな。
ヨーロッパ時間だからそうなるのか。
向こうの朝が日本の午後くらいっていう感じか。
そうですね、現地にいる時にプラス7時間すると日本の時間になるので、朝8時からのミッティングだと15時とかになるので。
ちょっと早起きして6時とかからミッティング出てみたいな。
なるほどね、なるほどね。
なるほどな、それは確かにいいな。
全部午後にずらしてもらったらミッティングに全部出てって感じで。
なるほどな。
今日本のスモールカンパニーというか元気のいい会社さんの人材採用のお手伝いをしてるんですけど、
イタリアに住んでる人を紹介してあげようかなと思ってて。
その人は日本人なんですけど、すげえ仕事もできる人で、
イタリアにいる人だとミッティングさんの7時間時差生活のように日本の夕方ぐらいから始まっていくじゃないですか。
会議とかっていうのを前提にしなければ、逆に1日で見えてきたやらなきゃいけないこととか、見えてきた課題みたいなのをその人にパスしてやってもらって、
日本の朝来るときにはイタリアの人からこうですねみたいなのが返ってくるっていうのがあって、
比較的その前提で仕事の構造を作っていくってよくないですかみたいな話をしてて、
確かにそうですねっていうので盛り上がったのが今記憶に返ってきました。
それを経験者が語りますがめちゃくちゃワークしますそれは。
やっぱりいいんだな。
8時間とか9時間10時間ぐらい差みたいな10時間きりかなみたいな多分5から9時間ぐらい時差がベストで、
ちょっとかぶってる時間があってしようと思えばミッティングできるみたいな。
アメリカとか12時間時差とか逆すぎてちょっと辛いじゃないですか。
12から17ぐらいまでありますもんね西海岸だと。
しんどいんだよな。
だとしんどいから半日ずれっていうのはいいなって。
アジアだと2時間時差だと逆にほぼ同じみたいな感じになっちゃうじゃないですか。
そうね確かにね。
物理的に同期のミーティングができない環境に行っちゃうっていうのはそりゃそれでいいんだよな。
お互いちょっとすり合わせればできるけど基本はしないみたいなのが7時間時差って結構いいんだなって思いました。
確かにね確かにね。
帰ってきて心洗われたと。
洗われましたね。
お土産に買ってきたハプスブルー家のマニアティレジャーの娘が愛したっていうスミレの砂糖漬けのお菓子を貴族みたいなお菓子をいっぱい買ってきてたので。
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スミレの砂糖漬け?
そうそうそう。
スミレを砂糖で固めたみたいなやつでそれを白ワインに入れて飲むと貴族の飲み物になるんですよ。
このワインの底がほんのり青くなってね。
おしゃれ。
それで心潤しながらやってます。
最近は。
仕事中から白ワインいけちゃうってことだな。
最高だなそれ。
ちょっとなら大丈夫ですよ。
まあね確かにね。
そんな中で今日は心洗われる仏教のお話ですよ。
そうですね。
サブカル仏教学序説。
私のおすすめというか一緒に読みませんか?提案本ですね。
でした。
私は比較的仏教思想を好き人間なんですけど。
なるほど。
みきさんサブカルというかカルチャー全般好きなので。
いい感じにユナイトして話しましょうっていう。
それで話してくださったですね。
なんでこんな本を知ったんだろうって思いました。
読んだ時が。
まずどうやってこの本にたどり着いたんですか?
どうやってたどり着いたんだっけな。
僕のことだと出版で。
出版されて直後に知っててどうしてかなって。
確かね引用に出てくる
ギャンデル先生っていう病理の先生がいるんですけど。
その人がどっかで書いてた気がするんだよな。
で面白そうだなと思って。
買ってそのまま置いといたっていう。
なるほど。
ギャンデル先生やったんですね。
じゃあギャンデル先生はどうやって出版したんだっていうのは気になりますけど。
きっとあれがあるはず。
本をギフティングするやつ名前なんて言うんでしたっけ?漢字に文字で。
蔵書?剣本?
剣本とかが来るんだろうなって。
まあそうだろうね。
でも結構ギャンデル先生いろんなイベントで
仏教とじゃないわお坊さんと対談するのもなんかあった気がするし。
そういうことなのかもしれない。
なるほどなるほど。
そこでね確かに見た。
そんでのぞみさんは仏教的な思想が好きなんですか?もともと。
好きそうね。もともと生まれたのが私長野県の飯山市っていうところなんですけど。
多分日本で120番目ぐらいの小教堂を名乗ってるんですよ。
全く聞いたことないじゃないですか。まず飯山市ってとこやねっていう。
なので誰にも知られてないが一応小教堂と名乗っている以上、寺はあるんですよ。
小教堂って小さい教堂ってことだったんですか?
そうそうそう。だからよく小教堂って言うと金沢寺って言うんですよ。
我が実家長野県飯山市っていう長野県の北の端っこにあるところなんですけど、そこも小教堂を名乗ってるんですよ。
そこに生まれ行ってた小学校もゴリゴリ仏教系の学校だったんですけど。
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そこに生まれて、その後は仏教系の学校に行ってたんですけど、
生まれ行ってた小学校もゴリゴリ仏教系の幼稚園か。
幼稚園の横にめっちゃでっかい寺みたいのが建ってて、みんな入園の時に呪図配られ、
みんなでお祈りしてから一日を過ごしますみたいな幼稚園なんですよ。
土地も小さい時の環境もそういう感じだったので、
自然に学ぶ機会も多く。
した時から触れてもいたし、大人になってから仏教思想みたいなものに触れるのはちょこちょこあった。
なんでかは全然覚えてないけど、なんかあった気がする。
家の住んでたところの近くが、小寺湾っていう寺中か居寄りみたいのがあるんですけど、
そこにいた白犬っていうお坊さん、白犬に隠れるって書いて、白犬っていう人なんですけど、その人が臨済宗の忠孝の祖として知られていたりとか。
あとあれです。
飯山市自体は島崎島村から破壊っていうあるじゃないですか、破壊の舞台がその飯山市です。
そうだったのか。
土地柄的に強いっていうのが一番最初のきっかけかな。
確かに結構。
前もすごい昔ですけど、反応しない練習、
崩さわなぎ流春さんのとかを選んだときは、もうお勧めしてくれたのものぞみさんだったなってことを思い出しました。
確かに確かに確かに。
多分元からこういう思想系のものが好きなんだと思うんですよ。
ビジネス書とか読むより、思想っぽいもののほうが好き。
さっきミリさんが言ってくれた反応しない練習とかも好きだし、
あとはその仏教と量子入力学がどうこうみたいなやつの新書とか、そういうのも好きだし。
あとあれだ、チベット放浪記みたいななんだっけ?
そうね、チベット旅行記かな。
旅行記。
確かにかつてからそのエッセンスがめちゃくちゃあったのに、
のぞみさんが仏教思想とかが結構好きっていうのをすごい初めて知ったみたいな気持ちになっていた。
なんかこう宗教思想を勉強してると、いろんなものをスタートアップのなんちゃらとか見てると、
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これも宗教だなって思うようになれたりするっていう行動があります。
なるほど。
すごい面白いんですよ。
それをサブカルっていう、
みきさんと一緒にこの本を読んで、
ここに出てくるサブカルって多分みきさんにも出てくると思うんですけど、
サブカルって言われたときに頭の中にポンと出てくるものがあるじゃないですか、
そのサブカルとはあんまりちょっと違った感じのものっていうふうに考えてよいのだろうか?
そうですね、ハイカルチャーに対してのサブカルチャーっていう、
歌舞伎とか能とか相撲とか古典的な伝統的なものをハイカルチャーとした時の
そうじゃないものってイメージがあって、
それをサブカルって言われたときに、
歌舞伎とか能とか相撲とか古典的な伝統的なものをハイカルチャーとした時の
そうじゃないものって意味でのサブカルかなとは思いましたね。
娯楽作品というか、エンタメ作品。
なるほど、今ハイカルチャーっていうのの裏っちゅうか、
それに対してのサブってことなんだ。
うん。
確かにね。
本のテーマ的には出てくるサブカルチャーって漫画だったりアニメだったり、
一部ドラマだったり舞台だったりするけど、
みんな知らないものっていうよりかはカルチャーの中では見たことのある
オドロダイソー作戦だったり、妖怪人間、ベムだったり、
あと桃黒だったり、みたいなものが扱われて、
そこで扱われるテーマと仏教思想というか中にある構造みたいなものとの
一致性を見ていきましょうっていう、
誰がこの本買うんだろうっていう、
誰が買うんでしょうね、これね。
確かにね。
みきさんどう?読んでみて売れそう?
売れなさそう。
思うよね。
これがミリオンセラーになる社会は世界になさそうだよね。
買っちゃったんだろうな。
思い余って。
ターゲットがちょっと年配な感じがしたかな。
妖怪人間、ベムから始まってるしね。
でもそういう意味で、私はこの本の一言感想としては、
私には必要がない物語かなって思ってた娯楽作品、
それこそオドロダイソー作戦とか、妖怪人間、ベムとか、
人気あるって言ったし、あとなんだっけ、101回目のプロポーズ。
昔流行ってたし、好きな人がいることは知ってるけど、
私とは別に関係ないかなって思ってた物について、
自分の引き寄せ方が分かるというか、
こういう風に読むこともできるんだって思ったらちょっと面白いなみたいな、
なんか新しい視点をもらえたっていう意味では、
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面白かったなって思いました。
そのカルチャー側の読み解き方みたいなこと?
そうですね。
なるほどね。
妖怪人間、ベムとかミキさん絶対見たことないですもんね。
ない。
亀梨くんがやった気がする、中学生の頃みたいな。
ドラマでね。
うん。
確かにその話も出てたな。
ぷんやりって感じですね。
なるほどね。
この書いてる人自体は仏教学者なんですよね。
東洋大学かなんかで仏教学専攻で博士課程まで行かれてたという方。
今はこうしたことをやりながら、
塾でも教えてるみたいなのがね、ちょこちょこ書いてありましたよね。
そうですね。
でもあのめちゃくちゃ仏教が好きな人なんだなって、
この思想が好きなんだなっていうことが伝わってくる。
なんかこう、なんていうの、
ピュアな本だなって思いました。
ピュアな本ね。
ピュアな本ね。
そうね、そうね。
本当にこういうふうに思ってて、
これをなるべく平易な文章で伝えるにはどうしたらいいんだろうって思って書かれたみたいな。
でも読みやすい文章だなと思いましたけど。
ほんとね。
兄貴さんは仏教思想なんていうか、
その行かれてた仏教に関しては、
東オーストリアなんてもう、
宗教思想のど真ん中なわけじゃないですか、ある種。
だって宗教戦争の場所ですよね。
フス派となんとか派が、
なんか宗教戦争を起こしたみたいな、
私のこと何も語らなくて本当に申し訳ないんですけど、
そのフス像っていうのがあって、
フス派って聞いたことあるかも、
とか思いながら前を通りましたけど、
でも確かに宗教のど真ん中なわけじゃないですか、
フス派って聞いたことあるかもとか思いながら前を通りましたけど、
でも確かに宗教のど真ん中なわけじゃないですか、
でも確かに宗教のど真ん中なわけじゃないですか、
キリスト教でもないっていうか、
何教なんだろう、
すみませんそこ何も合ってないまま旅行に来ました。
フス戦争、
フス戦争、
wikipediaを開いて、
キリスト教改革派のフス派、
プロテスタントの先駆者の信者と、
それを異端としたカトリックの間で起こられた戦争。
キリスト教でプロテスタントを切り開いた場所だったんですね。
みたいね。
そういう意味ではキリスト教か、
ガッツリキリスト教ですね。
キリスト教の中のお原市。
建物はもちろん礼拝教会とかたくさんあって、
その礼拝堂とかとても綺麗に作られて、
西洋思想で作られたとても綺麗な建物みたいにいっぱいありました。
綺麗ですよね、あの辺の物っていうのは。
このwikipedia延々と見てられるな、
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この宗教系のやつ。
長くなるもんな。
やっぱりいまいち私無宗教だからか。
宗教ってちょっとよくわかんないんですよね。
ほう、というと。
そのなんか、
自分の中の拠り所として宗教があって、
私は何派なの?って行動原理に結びついているのがちょっとわかんなくて、
その時その時で宗教が変わるとかっていうのがあり得ないわけじゃないですか。
なんかでも、
結構自分の核みたいなところに宗教があるみたいな、
人間感がちょっとわからなくて、
この宗教、このキリスト教の考え方いいから今回はこれでやってみようとか、
この仏教いいじゃんみたいな感じで、
その都度その都度エッセンスを取り入れながら生きるみたいなことしか知ってきてないから、
宗教ってそういうふうに扱っちゃダメな感じもあって、
わかんないなーって思ってます。
うーん、なるほど。
なるほどね。
なるほどね。
なんかそういう意味で私仏教の考え方すごい好きなんですけど、
特に宗教思想自体はないんだよな。
そうか、なんかに従っていきなきゃいけない。
そうね。
幼稚園も中学校も高校もキリスト教なんにもわかんない。
そういうとこってやっぱりキリスト教の方が多いんですか?
全然わかんないですけど。
キリスト教徒自体は、私プロテスタントだったっていうのもあって、
別にキリスト教徒であることは全然わかんないですし、
全然学校しかなかったと思います。
生徒はあんまりいなかったかもしれない。
一割もいなかったのではと思います。
うーん。
ただその宗の祈りとか唱えられますよ、今でも。
うーん。
なるほどね。
毎日礼拝してたからとか、
聖書の創世記の荒回しとかしてたりとか、
めちゃくちゃ聖書読んでるから、
なんか普通の人より、
あの施設のなんとかで、
あなたみたいなエピソードとかを知ってるっていうぐらいだと思うんですけど。
うーん。
たびたび話したことあるけど、聖書っていう授業があるぐらい。
だからそのすり込みはされてるけど、
京都ではない。
うーん。
京都ってやつの仙壁ってどの辺にあるん?
でしょうね。
それが私毎回宗教を話すときに、
信者であるって人もそうだし、
私無宗教なんですっていう人もそうなんだけど、
そこの仙壁がよくわかってなくて。
キリスト京都は一応、
キリスト京都になりますって言ったら、
パプテスマっていうのがあって、
牧師さんから雫を垂らされて、
クリスチャンネームみたいなのを与えられるっていう儀式があって、
それをすると京都ということになると思っていた。
なるほど。
仏教どっちなの?
確かに。
特にイニシエーション的なことは?
ないのか。
あんのかな?
頑張ればあるのかもしんない。
多分仏教の中でよく言う、
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定座部みたいな、
東南アジアとかのやつだと、
修行をしないと基本的にはいけないので、
それはありそうじゃないですか。
日本のね、
大乗りの仙壁って、
日本のね、
大乗仏教と言われるやつだと、
特にイニシエーションっぽい儀式ってないですもんね。
確かに。
多分自己申告制ですよね。
信者ですみたいなことですよね。
言えば信者になれちゃうみたいな。
仏教思想が面白いなと思っていたのも、
最初にブッダが言っていたことみたいなものと、
今の日本で仏教です、私仏教徒ですって言ってるものの仏教って、
全然影も形もないみたいなものだと思ってるんですよ。
私がいろいろ非専門家として見た感じは。
死後の世界ってあるんですか?みたいなことをブッダが聞かれたら、
そんなこと考えてもしょうがないからみたいなことを言う、
サイコパスブッダっていう元々の人がいて、
そういう話がある一方で、
神田如来がね、みたいな話をし始めるのって、
明らかにトンチンカンじゃないですか。
なんだけど同じ仏教って名前がついてるってのは、
とても面白いなっていうのを毎回思うんですよ。
ドイツ語翻訳センターでDHCなんだけど、
化粧品売ってますみたいな、
同じ系譜を、仏教のものを見てると感じて、
毎回面白いなってなるっていう。
確かにそういう現代の解釈で絶対変わらないわけないんだけど、
こうも変わってしまってもはや趣旨違いでは、
みたいなところまで変わってるけど、
一続きなものとされてるとかは面白いし、
そういうものってあんまりビジネスとかではないっていうか、
思想的なもので起きがちなのかなと今思いましたわ。
そうなんですよね。
そんなみきさんの方と一緒に読んでいった、
このサブカルブッキョー学、
序説。
一番最初は妖怪人間ベムから始まるんですけど、
ベムと仏教の構造みたいなもので言うと、
菩薩の四十八願って読むのかな?
もし自分が仏になった時に、
こういうことが実現できていないのならば、
自分は仏にはならないっていう、
願いを立てた人が、
いたと。
で、そういう人と、
この妖怪人間ベムっていう、
助けを求める人間を救わないんだったら、
ただの妖怪になっちゃうから、
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そういうことはしないみたいなのが近いんじゃないかっていうのが、
一番最初の。
そうですね、言ってましたね。
そうでしたね。
助けを求める人間を見過ごすことができないっていう、
なんかいいですね。
すげえピュアな、
ピュア宗教って感じがしていい。
なかなかの。
そうしないとただの妖怪になっちゃうからっていうね。
人間になれる機会を放棄してでも、
妖怪にいることをとどまって、
その場で人を救いに行くと。
ベムは人間になりたかったんですよね?
確か。
そうそう、最初からそういう、
なんて言うんだろう。
この、
なんて言ったらいいんだろう。
妖怪人間として生まれちゃったんだけど、
人間には超なりたいなーって思うっていう根源的欲求がある。
ある人なんだけど、
その人間になるチャンスを捨ててでも、
助けを求める人間を助けるっていう選択をする、
っていう話ですよね。
そうね。
仏教思想の新しい入れ物の、
乗り物になるんじゃなかろうかと。
いろんな、
主上への慈悲の心である大秘を持って、
終生の救済のために値段に入らないっていう、
なんて言うんですか。
もう何も分からないなっていう。
ちょっと今マジで呪文だったけど。
仏教の本を読むと、
主上への慈悲の心である大秘っていうのが、
よく出てくるんですよ、この辺の。
慈悲の。
慈悲って宗教にあるとすぐ出てきますよね。
出てくる。
慈悲の心と。
例えばこんな感じで、
いろんなサブカルチャー作品。
踊る大創作生とか、
カホゴのカホゴとか、
幕が上がるとかね。
出てきましたね。
あと桃黒そのものね。
桃黒とかね。
舞台そのものをね。
舞台もそうだし、桃黒そのものも、
ちょっと、
解説してましたよね。
桃黒における早見あかりの喪失みたいなの。
あかりが辞めたのと、
この舞台のなんとかさんが出てったのと、
離脱みたいな構造で、
もろもろみたいな。
桃黒自体の喪失を乗り越え、
幕を上がるのは物語の中でも喪失を乗り越え、
みたいな。
これはまさに、
なんとかレースみたいなのが書いてありましたよね。
仏陀が死んだ後の、
宗教教団としての、
もろもろみたいな。
仏陀入滅後の仏教ですって、
書いてた。
そうね。
すごいよな。
宗教で頑張れる人って、
ほんとすげえよな。