翻訳の苦労と役払い
あ、新年明けました。おめでとうございます。
お前当然、1回目の何かですけど、いかがでしょうか、Mikiさん、最近。
最近というか、新年。10日くらいになって。
うん、だけど、結構年末、年末仕事を収められなくて、めちゃくちゃ働いてる。
新年から。
結構、珍しくもこの7年くらいかなり休んでた。12月20日、1月15日くらいまで休むっていう生活をしてたんだけど。
今年はちょっとペース崩してしまって、終わらずで、しょうがないと思って諦めてめちゃくちゃ仕事をしてます。
働いていると。
うん、働いてる。そんな年もある。
あ、そう、私、翻訳なんですよ、今年。
翻訳。ああ、はいはい。
翻訳。
そうか、女性はそうか。
そうなんですよ。だから、翻訳の始まりって感じ。
正月、早々働いていることが。
翻訳対策を何したかを11人くらいに聞いたんですけど、11人中10人が、翻訳はすごい嫌なことがあるから、せめて役払いに行けと。
へー。
で、それでもみんな口を揃えて言うのが、ただ翻訳だとしては嫌なことがあっても、全部翻訳のせいってことにできるから、ちょっと気が楽って言ってました。
2つあってさ、お払いに行ったか行かないかと、翻訳の時のやばい程度に差は出るのかな?
あ、出ないと思うけど、おまじないみたいなもんだからさ、できることは全部やれみたい。
自分、何か努力はした上で、何でもやっといたほうがいいっていう。
なるほどね。減らす何かというか、まあ、やっとくかっていうものの1個っていう。
息の概念の検討
あの、受験の時の試験を五角鉛筆でやるみたいなもんよね。
はあはあ。ある種気持ちの問題。
つまり精一杯生きてるだけでさ、できることはもう全部やってるわけだから、アドでできることはやっとこうみたいな。
そうか、翻訳か。
うーん。
のぞみさんは3年後とかだよ、だから。翻訳。
びっくりするぐらい、私そういうのに疎いというか、意識せずに来てしまっている。
なんか私もさ、もともとはそういうのに興味なかったのに、最近なんか自分の発言がどんどんすっぴり出して。
なんかやっぱみんな年取るとそっちに行っちゃうんだなって。勝手にね。
説明がつかないこととか、どうにもならないことが、生きていくとどんどん積み重なっていくから。
ちょっとその、すぴじゃないけどね。そういうことを考えることが増えるのかもね。
前役まであと3年かな。40歳から前役、41歳が翻訳って書いてる。
私も今年、西宮恵比寿っていうところのトーカー恵比寿に行ってきたんだけど、あの看板めちゃくちゃいいマーケティングだよね。
ほんとに、お笑い世代もあるし。
そうそう。やっぱりマーケティングは神社から勉強することめっちゃあんなっていう感じがしたもんね。
おみくじもさ、普通の100円のおみくじの表記が小さくてさ。
西宮神社って、ギョギョゴの神様を祀ってたりするんだけど、
タイみくじってさ、タイのモチーフにした陶器みたいなのに入ったおみくじが300円くらいで、3倍の価格付けに成功してたりするのよ。
その横になんか、もう一個別のスピッタ占いも300円くらいで売っててさ、
やっぱ神社はお正月である種稼ぎ切る人たちなわけじゃん。
うんうん。
正月の神社から学ぶこと超あるなと。
それこそさ、今日の本だけどさ、神社で稼ぎ切るのは野暮だみたいな感覚ちょっとあったりもするからさ。
まあそうだね。
そこにつけ込まれてる感じもあるけどね。
いやそうだね、まあね。
いやこれさ、ヌル党本の話に入ると、
今日、久喜修造さんのね、「息の構造」って本を読みました。
いやそのさ、タイトルを読んだことあるけど、
タイトル見たことは、いろんなところで引用されてるの見たことあるけど読んだことなくてさ、
見るとさ、自分の中のこの息っていう概念の薄さにびっくりするわけ。
ああ、そう。
だからやっぱり、東京生まれミキーVS中野のクソ田舎生まれ田中。
圧倒的烈声、もう息については。
関係あんのかな。関係あんのかい。
そのさ、中にちょっとずつ出てくる野暮だなとかさ、
息の逆の無粋だなみたいなやつはうっすらとあるわけ。
でも逆にこれが息だなみたいなさ、ミキーさんが言うちょっとの語呪義厚めに包むのが息だよねみたいなのとか。
雰囲気わかるけど、どっちかというと息っていうよりかは、
なんていうの、語呪義…
野暮じゃないみたいな。
語呪義一枚離れるの出さないみたいな、
あんまり日本固有の何かとしてのみたいなことを判断軸にしてる感じあんまりないなと思ってさ。
だから私はまず息の構造の前にその息を自分の体にインストールしないといけないなっていう。
照明と存在感の影響
わかんねー。
なるほどなるほど。
あの、なんていうんだろう。第一感。
えー。意外だわ。そんな感じだったんだ。
いやその観念としてはわかるのよ。こういうのが息だなとかさ。
この中にもいろいろ、これが息なんだみたいなのがまさに出てくるじゃない。
手首をこうやって動かすのが息なんだとかさ。
普段からある姿勢から少しずらすのが息だっていう例の中でね。
着物のここの端をこうやって持つのが息だとかさ。
チラ見せね。
チラ見せを息だという人がいることはわかるけど、
それをさ、裸の状態で行ってさ、それ見て、いやー息だなーって思う自信俺全くねーなーっていう。
無眼内インストールされてないってことで、
例えばさ、うちらはさ、水の味が甘いとか硬いとかっていうのはわかるけど、
それを生まれつき持ってる感じがするけど、
そういうのと息か息じゃないかっていうのは全然違うってことね。
息はちょっとインストールされてないなみたいな。
そうそう。だから見た瞬間にこれを息って言ってた人いるなぁとは思うけど、
これを息って言う人いるんだろうなぁと思うけど、
自分で息だねーが中から出てくることないなぁ。
面白い。
私ちょっとあるかも。
クッキー修行さんの言うとこういうの息に合致してるかはわかんないけど、
ええやんみたいなさ、おしゃれやんみたいなのはあるでしょ?
おしゃれやんね。
おしゃれやんね。
かとええみたいな。
あるとしたら二つあって、
そのさ、この中でもいろんな話があったけど、
一個さ、味覚かな?なんか食べ方みたいな。
食べ方の息がね、なんか中華なんかで書いてあるとこあるじゃないですか。
確かに。
それの食い方が息っていうのはあるねっていう。
どこだっけ?
なんか飯しかないっていうのがまず一個と、
あともう一個が言葉遣いというかさ、
あそこでその辺とその息ですねみたいな。
なんか言葉の応じ方の二つはさ、
おしゃれとかはあるけど、
それ以外だとすっごい薄いね。
この息の味とは、
山椒とか山わさびの触覚のようなものの加わった、
刺激の強い複雑なものっていうのが息の味で、
かつ濃厚なものではなく、
淡白なもの。
淡白なもの。
味覚以外に嗅覚とか触覚とかにうまく働く淡白なものが息な味だっていうのを見て、
確かにちょっとあれだけど、
餃子を最初俺酢だけで食う人見たとき息だなと思ったもん。
あれじゃん。
そこが限界よ。そこが限界。
私の息はもうそこが限界だけど。
それぐらい。
でも言葉遣いとかはたくさんあるけどさ。
ミヒさんのその息感覚を聞きたいわ。
江戸っ子から聞きたいわ。
そこに江戸っ子が出ると恥ずかしいけど、
でも多分高校生の時に陰影雷さんって読んだじゃん。
国語の教科書に載ってたでしょ。
いや。
そっか。
私は結構息を分かりやすくしすぎない。
はっきり見せすぎないっていう要素で捉えてる部分がすごい多くて。
はっきりさせすぎない。
パーンって見せすぎない。
高校とパーンってすっごい明るくて、
隅々までよく見えますみたいにするのは息じゃないって思ってるよね。
そこのルーツは高校生の時に読んだ陰影雷さんだと思ってて。
谷川…谷崎純一郎が、
漆のような黒い塗りの布箱とかさ、
夏目とか黒くて、
貝の細胞のことなんて言うんだっけ。
ラデンみたいな。
全くわからない。
忘れちゃったけど。
そういうものがなんで美しいかっていうと、
あれは陰影の中でほんのり輝くのが美しくてみたいな。
それが日本の美であるみたいなことを書いてるわけよ。
それまで陰影雷さんを読むまで写真とか見て、
薄暗くてよく見えねえじゃんみたいな。
もっと照らせよみたいな思ってたけど、
読んでなるほどなるほどみたいな。
確かにこのサインクって、
白いホワイトバッグの中でパーンって照らしてると、
多分なんじゃこりゃってなっちゃって、
薄暗い中で見えるのが一番綺麗だなってことは分かったわけ。
そこら辺で野暮みたいな感覚がちょっと分かって、
どんなに綺麗で細かいサインクだと、
パーンって照らしたら野暮っていうのは分かったわけよ。
見てください。
この彫り方、この感じよくないですか?
ピッカーっていうのは野暮でしょっていう。
野暮でしょっていうのはそうだなって思ったわけ。
それは分かるでしょ。
分かる分かる。
そうすごくよく分かる。
そうみたいなね。
あんままだ空気収蔵の行きにたどり着いてるか分かんないけど、
その感覚は高校生くらいがあって、
大学で照明会社でバイトしてたじゃん。
部隊照明の。
部隊照明の社長一人でやってて、
バイト3人とかでもしててちっちゃい会社だったから、
そこで結構社長がマンツーで照明のこととかアドバイスもらったりとか、
してた時に、
私はずっと社長の照明は地味だなって思ってたの。
普通の。
それ何?他の照明の人に比べても社長の照明が地味ってこと?
自分がやるようなものに比べてって感じ。
私はせっかく照明をやってるんだったら存在感出したいと思って、
ピカピカのライブ照明みたいなビームとかも出しちゃったりとか、
結構派手な飾りみたいな照明とかもやっちゃっていて、
例えばアンケートとかに照明が綺麗でしたとか書かれたら嬉しいみたいな思っちゃってた。
だけど社長は照明って演劇の袖っていうか、
あくまで見えるところを見せてあげるための役割でしかないから、
アンケートに照明が綺麗でしたとか書かれるようじゃダメだ、
それは作品に集中できてない。
照明意識いっちゃってるからダメで、
誰も照明のことなんか気にしなかったけど、
なんかすごい感動したみたいな風な照明が一番いいって言ってた。
それは光の灯し方とかどれくらい照らすかとか、
どういう風に安定するかとか、
そういうことで全然感動の幅がすごい変わるって言ってた。
ゆっくり安定するのかパッと安定するのかとか、
照明の色味が白っぽいのかオレンジっぽいのか青っぽいのかとか、
どこが照らされてて、どこがさりげなく見えるのかとか、
それは音響とか衣装とか美術とか全部の掛け合わせだから、
照明だけじゃないけど、
でもそういうことで確実に人の集中力とか感動とかっていうのは
手で変えられるって言ってて、
なんかいい気だなって思った。
見終わった後に観客の人が、
いや今日の照明良かったねとか、
そういうことじゃないっていう。
それむしろ一番ダメみたいな。
ってことなんだね。
わかるじゃん言ってること。
それはでも確かにそうかもっていう。
だからそうしたら社長照明地味じゃなって思わなかったの。
なるほどみたいな。
結構こだわりとかわかるようになって、
ただ地味だけど実は壁照らしてるのとか、
そういうことがわかるようになったりとかして。
そこら辺からおしゃれというものは、
裏で存在感を出さないが確実に影響を与えているものであるみたいな
感覚を持つようになった。
一瞬話がずれちゃうかもしれないけど、
ジャンプでやってる、
アカネ話っていう落語がテーマ。
落語のやつね。
最近8巻かな、最新巻が出てさ、
アカネの葛藤
読んでたら、
主人公のアカネちゃんがさ、
いろんなシーン描いていくんだけど、
アカネちゃん、人を笑わせる落語みたいなことを
うわーって言ってたんだけどさ、
師匠から、
次の大会みたいなやつで、
客を笑わせずに勝てって言われたと。
勝てと。
なんだそれはと。
私の持ち味は、
お客さん楽しんでもらう、
笑ってもらうのがすごく、
私の良さなのに、
笑わせるのはどういうことだろうみたいなことを
すごい悩むわけ。
いろいろふっきりで講座に上がって、
そしたらなんか、
お客さんが笑うんだけど、
自分はすごい淡々とやると。
だから自分は、
笑わせようとしてないんだけど、
お客さんは笑ってると。
なんでかって言うと、
やる演目、話っていうのは、
それを普通にやれば笑えるようになってるんだから、
下手にお前を出しすぎるなと。
作品を引き立たせる話し方をしようって決めて、
アカネちゃんが講座に上がるわけ。
描写としてさ、どんどん透明になってくるの。
観客の目からして、
アカネちゃんが見えなくなってくるのよ。
話の情景だけが見えるみたいな、
描かれ方をしてるんだけどさ。
言ったら、
照明と同じ存在にこの話し方がなるってことだと思う。
うんうん。
物語だからね。
物語っていうのが綺麗に見えればいいんだから、
お前という余計な味付けを一回しないでやれっていう。
そういうことかも。
同じことかも。
周りの人がすごい感動して、
いい話だねってなるって描写があるんだけどさ。
そういうことかっていうのを重ね合わせながら、
液の構造の探求
アカネ話、最新感を今、
頭に描きながら聞いてたね。
いい話だったわ。
だからそこは、
液の行動の中で、
液の要素っていうのが、
4個ぐらいの関連の掛け合わせっていうかさ、
どれでもないところとして液があるっていう時に、
今言った話は地味と派手みたいなところなんだよね。
要するに。
派手にやりたくなっちゃう、
自分がやるから派手にやりたくなっちゃうけど、
もうちょっと液っていうのは地味寄りのところにあるっていう。
アピアランスの派手さんに頼らなくても、
表現ができるっていうことだよね。
そうだね。
派手っていうのと、
派手っていうのと液っていうのがまたなんか、
また違った軸の中にあるもんね。
ただ地味にすればいいわけでもないけど、
派手にすればいいわけでもないけど派手でもなくて、
っていうどんどん掛け合わせが、
この液の構造の中の謎の四角柱みたいなのが出てくるんだけど。
謎じゃないとめっちゃわかりやすいじゃん。
これで切り取ったここが液だみたいなことでしょ。
そうそう。
ああ、こうかみたいな。
こうやって液の構造、なるほどねっていう。
っていう時、私は液をこんなに綺麗に捉えて慣れてなかったけど、
派手地味の部分は分かってて、
でもなんかそれ派手地味だけじゃない雰囲気みたいなものとかも
多少は感じたことあったなみたいなふうに思った、液について。
空気収蔵の影響
ただ地味なだけじゃないオシャレさみたいなものは必要だよね、
みたいなことは思ってたかなみたいな。
このさ、軸で言うとさ、
液野望の軸とそれを地面にグーッと近づけていくと、
その液の下に上品があって、野望の下に下品があるじゃない?
うんうん。
この平面は私の中になんかあるのよ、ふわっと。
うんうんうんうん。
いや、それやるのはさすがに野望でしょっていう。
うん。
それ言っちゃうと野望ですよとかさ。
うんうん。
それはなんかあるわけ。野望と下品のなんとなくの感覚的な違いとかさ。
それ液だねっていうのと上品だねっていうのと、
ちょっと女からなんとなくのこの軸あるんだけどさ。
この派手じみとこの甘み渋みっていうのが90度交わるこの軸にあってて、
その四角柱になってるんじゃない?
うん。
この軸全くないのよ、私の中に、多分。
だからあれだね、対他的?
だから自分を掘ったら出てくるようなものは理解できてるけど、
人から見たときどう思われるかの部分は、
野望さんはマジで気にしてないっていうことかも。
ははははは。
あー、あー、そうだね、その中の軸なんだよね。
その中の軸じゃない?
うん。
あ、そうだね、確かにそう、あ、ほんとだ、対他的。
人為的一般性に基づく対他的なものが派手じみで、
威勢的特殊性に基づくものが甘み渋みっていう制御されてるんだけど、
そうだね、対他的なものが全然ないね。
全然気にしてなかったっていう。
で、私は普通になんか人から見てどうかなみたいなこととかも普通に気にしてきたっていう。
なるほど、空気収蔵。
これさ、後々見てたら空気収蔵がヨーロッパから帰ってきて、
1年後ぐらいに出た本なんだって。
でもパリで書いたんだよね、この論文出たよ。
うん。
だからもう向こうでやってたガッチガチのやつをバッチバチにやると、
こういう構造化になるのか、ほえーって。
いや、空気収蔵ヤバいと思う。
90歳ぐらいまで生きてほしかった。
なんかエネルギーが超あるよね、この人ね。
うん、なんか良すぎるまとまり方が。
この人のどんな人なんだろうと思って見てたらさ、
これも本の内容からちょっと外れて空気収蔵自身のどんな人になっちゃうけど、
お父さんが外交官なんだよね、確か。
いや、なんかまだ借位持ってるんだよね、男爵?
借位なんだ。
日本で最初の中米特命全権大使、
久喜隆一って読むのかな?高市。
お母さんが擬音出身の方ですと。
なんだけど、お母さんがアメリカにいる時に空気収蔵を身ごもって、
じゃあ帰ろうって言って小浜に船でどんぶら帰ってくるよっていう時に、
お父さんが仲良かったオカクラ天神に連れてってくれって言って船に同乗させたら、
オカクラ天神とお母さんがめっちゃイチャイチャしちゃって。
って別れたんだよね。
うん、別れるっていう。
だからガチガチの釈迦のお父さんで、
ある種意気をど真ん中体現する擬音の、
京都の意気体現お母さんと、
オカクラ天神ってこの美術学校と真ん中みたいな、
ドーン!芸術!みたいな人との、
3人をギュッと詰めましたみたいな、
人っぽいなっていう感じが読んでたりして、
だからこの感じかっていう。
確かにね。
本当は好きな人がいるけど男爵の旦那は捨てがたいからって
超野暮だもんね。
下品野暮だもんね。
その関連。
中にも結構江戸の意気はこうで、京阪の、
京都、大阪の意気はこうであるみたいな比較がよく出てくるのも、
生まれ東京を最後、兄弟で教えてらっしゃるからそういう3割。
理解が進んだ、おいたちのご表現でございました。
あと結構学者って恋愛とか疎いイメージあるけどさ、
久喜修造はさ、友達の妹をめっちゃ好きになっちゃったんだけど、
その友達の妹とは結ばれなくて、友達の妹は修道院入りしちゃって、
別に結婚したんやけど結局別れてっていうのを後書きに書いてあった。
村上春樹みたいな忘れられない初恋があるタイプ。
修造、修造、すごいな。
結構恋愛とか好きだったんだろうなって思う。
パーギオン毎日行ってただろうな。
しかも背が高かったらしいよ。
モテそうじゃない?
背が高かったらしい。
どうモテだろうね。