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【特別編】銭湯と本屋のあいだ
2022-06-02 39:36

【特別編】銭湯と本屋のあいだ

今回は、いつもの収録場所を抜け出し、高円寺の小杉湯さんへ。ゲストは、小杉湯三代目、平松佑介さんをお迎えしております。「銭湯と本屋って似てる?」という話から、「コミュニティとは」「長く続けることとは」など、いつもと、少し違ったテーマで話をしております。ちなみにタイトルの元ネタは、辻仁成と江國香織『冷静と情熱のあいだ』です。隔週金曜日更新。

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サマリー

今回のホンヤスキーラジオ特別編は、高円寺の銭湯「小杉湯」から、三代目店主の平松佑介さんをゲストに迎えてお届けします。番組は、ホストのマーティンと、小杉湯の「銭湯最高プロジェクト」で平松さんと出会ったマッツンが進行役を務めます。 対談では、小杉湯に「ABCコミュニティ支店」の本棚が誕生した経緯が語られます。長野の書店「しおり火」の店主との出会いをきっかけに、銭湯と本屋が「場と人とのコミュニケーション」を重視する点で共通していると発見。かつて漫画喫茶のようだった待合室を、本を通じて緩やかな交流が生まれる空間へと変革した背景が明かされます。平松さんは、単発の花火ではなく「小さくても積み重ねる」ことを重視し、銭湯が日常に寄り添う場所であるからこそ、日々愛情を込めて空間を育むことの重要性を強調します。 さらに、88年間同じ建物で続く小杉湯の「100年続く銭湯」という哲学が深く掘り下げられます。平松さんは自身を200年の歴史の中の「管理人」と捉え、所有感を超えたフラットな視点で銭湯の継続を目指しています。そのために「清潔で気持ちの良い銭湯」という基本を徹底しつつ、学生企画チーム「ぷくぷく」の事例を挙げ、期限設定と資金の流れ、そして「小さい継承」の重要性を説きます。これは、長期的な継承を小さなサイクルに分解し、コミュニティ内で多くの人々が関わり、歴史を紡いでいくための戦略です。小杉湯は、単なる入浴施設に留まらず、地域に根差した文化的な「場」として、その魅力を日々更新し続けています。

ホンヤスキーラジオ、小杉湯へ!
こんにちは、マーティンです。
ホンヤスキーラジオ始まりました。
この配信は、東京公園地にある銭湯、小杉岩拠点に、本と本屋の魅力をゆるりと話していくトーク番組です。
そして、今回いつもよりキッシーさんがお休みなので、スケットのMCにお越しいただきました。
こんにちは。
ホンヤスキーラジオお風呂の単価の会で登場しました、委員長ことマッツンです。よろしくお願いします。
そして今日銭湯にゆかりのあるメンバーで、こちらのテーマでお届けしたいと思います。
小杉岩さんと話をしてみたい。
実はですね、冒頭の挨拶の違和感に気づいた方もいらっしゃるかと思うんですけれども、
いつもの収録場所を抜け出しまして、東京公園地にある銭湯の小杉岩さんの一角から、今日はお届けしています。
小杉岩さんといえば、第5回の配信でも小杉岩支店を紹介したんですけれども、
今回さらにその魅力を語り尽くすべくゲストをお迎えしております。
小杉岩の3代目、平松佑介さんです。
平松です。よろしくお願いします。
嬉しい。嬉しい。ついに来た。
ここまで来たか。
というわけでですね、まず私たちの関係からお話ししていきたいんですけれども、
松山と佑介さんって元々知り合いなんでしたっけ?
元々というのがどこから出てくるのかっていうのはあるんですけど。
小杉岩で2018年かな、オンラインサロンで銭湯最高プロジェクトっていうのをやってまして、
その時期が1年ちょっとぐらいだったんだけど、そのメンバーでマッツンが入ってくれたっていうのがきっかけですね。
4年ですか?
そうだね。
結構経ちましたね。
いや本当ですよ。
じゃあその時から銭湯に関することでお二人はやり取りされてって感じですか?
うん、そうだね。
あれその時にマッツンが本業が本に関わってるとかそういったのもご存知だったりは?
もちろんそれでその中でも最高プロジェクトの中でもその同じ中のプロジェクトのメンバーの、今大崎のコンパルーっていう銭湯を経営している門役もメンバーに入っていて、コンパルーだよね。
絵本のイベントとかね、実は当時もやっていて、お風呂の絵本を出版社さんにお声掛けをして、お風呂の中に絵本の世界を溶け込ませようみたいなことで浴槽にいろいろ絵本の絵を飾ったりとかっていうことをプロ最高プロジェクトの時にやってた。
その時マッツンバンダイもやっててくれたりしたので。
そうですね、小杉湯のバンダイ、実は帽子だけをやってくれたり、仕事帰りにバンダイしてたりもしました。
銭湯と本屋の共通点:小杉湯に本棚ができた経緯
今青山ブックセンターから仕入れて小杉湯に本棚の方を作らせていただいてるんですけれども、そもそもその経緯というかその辺も聞いてる方は初めて聞く方もいらっしゃると思うので、その辺りも聞いてみたいなって思うんですけれども、
吉木さんの方で風呂屋で本を売ってみようってなったのって何がきっかけだったんですか?
それがいろいろあって、きっかけは長野の松本のしおり火っていう独立系の本屋さんを経営してる菊池君との出会いがあって、
しおり火さんがしおり火の前に立っている菊の湯っていう銭湯を経営するっていう話になり、
元々松本の藤原印刷の藤原君は元からの知り合いで、もっと前からの。
藤原君から菊池君紹介したいみたいな話を言ってくれて、それで3人でオンラインで話したのがきっかけ。
そこでいろいろ話をして、独立系書店を長く経営していた菊池君の話を聞いたときに、
この菊池君が銭湯を経営したらすごくうまくいくなってすごい思って。
それがすごいきっかけで、その中で銭湯と本屋の共通点っていうのがすごくいっぱいあるよねっていう話があり、
銭湯ってシェアリングエコノミーで万台でお金を払ってセルフサービスになるので、
人と人とのコミュニケーションをすごく設計するよりも、場と人とのコミュニケーションを設計するなって思ってて。
そこがやっぱり本屋さんも書店員さんとのコミュニケーションで本を買うというよりかは、
本棚と人とか、書かれてるポップと人とか、そういう場と人とのコミュニケーションで本屋さんも成立してるねみたいな話をしていたんだよね。
そのときに当時の骨優の待合室が、銭湯の待合室って今漫画喫茶戦略みたいなのが結構主流で。
自分で読めて、その場で読めてっていう。
そこでくちくんと藤原くんと銭湯の様子を話し合ってたときに、シェアリングエコノミーで、人と場所とのコミュニケーションがあり、
緩やかに人と人との繋がりが感じられるっていうところがすごく重要だよね。そこは銭湯と本屋でも共通点があるよねって言ったときに、
漫画喫茶って結構マーインデンシャっぽいというか、自分と漫画の世界になっちゃうよね。
それがいいと思ってたんだけど、骨優の中で一番銭湯っぽくない空間を作ってたなと思って。待合室で。
ちょっと違ったんだと思って。漫画喫茶じゃなくて本屋なんだって思って。
それで最初は菊池くんが、俺が骨優をずっと経営してるので、銭湯の経営の色々聞きたいことがあるって話だったんだけど、
俺が菊池くんに本屋の話聞きまくって。
逆になっちゃったわけですね。
そのまま、これは待合室で本屋やったほうがいいなって思って、
で、まっつんがこのコミュニティ支店をやってるっていうのをしてたので、そこを連絡して、
なんかメンション飛ばしたんだよね、俺ね。
そうですね。
朝1だった気がしますね。
朝1だった。6時とか4時とかだったね。
で、やろうよって言って、やったのがきっかけです。
なるほど。
それを受けて、まっつんはどんな感じだったんですか?
いや、またなんか言ってるなって。
まぁでも、こすぎるさんは前からずっと漫画も含め、本をたくさん置いてるのに、
本を売るとなったら、またどういう空間として、どういう風に変わっていくんだろうなっていうのはすごい興味があったので、
なんか本屋さんやりたいんだったら、じゃあできそうだし、
ABCコミュニティとしてやれたらなと思って、スタートしたっていうのがきっかけですね。
で、やってみて、実際どんな感じを、手応えというか、
ポップアップで最初始められて、今は常設という形で置かせていただいているので、
感触は良かったのかなと思ったんですけども、
ポップアップの時点だと、どんな感じで、続けようというか、続くなっていう感覚だったのか、
それとも、ちょっと手に届けいただける方多いし、空間的に、
マイン電車からは変わってきた感があったから、ちょっと続けてみようだったのか、
その辺りとかちょっと聞いてみたいです。
基本的にはこれはどんな取り組みにおいても、コラボにおいても、
結構みんなに話していて、単発で打ち上げ花火にならないようにしたいですっていう。
小さくてもいいので積み重ねていって、中長期的な取り組みにしていけるようにしたいっていうのが、
結構これは前提、いろんな人たちと話していることなのね。
なので、大きくなくていいので、小さくていいから積み重ねられるような取り組みにしていきたいっていうのは根本的に思っていて、
それやっぱり銭湯が日常に向き合っている場所なので、日常の中で日々を積み重ねていく商売なので、
打ち上げ花火的に論よりも積み重ねていく方がすごく合っている。
また積み重ねの中長期的な取り組みにすると、結果的に緩やかにコミュニケーションを取ることになるので、
そこが結構続く要因になるなっていうのもあって、
基本はそういう考え方が前提、いろいろ全体的にあるって感じですね。
本屋好きラジオ。
日常の積み重ねと「愛情を込める」場作り
なるほど。
まつにちょっと聞きたいんですけど、
ポップアップとゆうすけさんの継続していくっていうところも組みつつ、
どんなふうにスタートをしてきて、今に至るみたいなところも伺えれば。
そうですね。最初になので、もちろん本も売ることもそうなんですけど、
待合室の空間自体をちょっと流れを変えていきたいっていう話もされていて、
当時はまだ大きいソファーとかね、真ん中に置かれてましたもんね。
今はだからそこに、仕事なのか付き事なのか、いろんなお店さん、企業さんが出展をされている状況だと思うので、
そこの最初の一歩として、文庫本を真ん中のテーブルにバーって広めて、タイルみたいに埋め尽くしていたんですけど。
ゆもり文庫っていう名前をつけて。
そうですね。
そうなんだよね。
コスビューの設計ってサウナがなくて、3つのお風呂と水風呂で交互浴っていうスタイルを推奨していて、
そのね、ぐるぐる回るようになってるんだよ人の動きが。
お風呂の中でですね。
浴室の中で人が動くような設計になっていて、それはすごい意識してるのね。
で、待ち合わせがさっきみたいにマンガ喫茶になっちゃうっていうのは、椅子とソファーがすごく敷き詰められていたので、
一回滞在すると人が動かなくなっちゃうっていう。
で、当時やっぱり緊急事態宣言中でもあったので、密になっちゃうっていうところの解消っていうのを考えなきゃいけなかったときに、
真ん中に逆にブースを作っちゃって、そこの周りを人が回れるようにっていうところと、両サイドに椅子を置くっていうスタイルを、
多分このABCのコミュニティ視点との取り組みのやつでやり始めたんじゃないかな。
そうですね。そういう形で始めたっていうのは伺いましたね。
それは今もずっとそのパターンになってるからね。
私いつも、ゆうすけさんすごいなって思うのが、一回やってみて、狙った動きになった後の発展のさせ方上手いなと思ってて。
それはね、でも結構ね、コスギュウでやってきて、小さく始めて風景を作って、その風景を観察して、でどうするかを決めていくっていう。
というのがコスギュウっぽい、みんなの中で、コスギュウで関わってる人たちの中で、結構コスギュウっぽいやり方なんだよね。
結局やっぱり日々営業してるから、大きくドーンっていうのがあんまり相性良くなくて、ちょっとずつ本当にちょっとソファー置いてみるとか、ちょっと変えてみるとか、ちょっと形状変えるみたいなのって日々やってるのね。
それはだんだん結構いろんな人が関わってくれるようになってきていて、そうやって風景を作るっていうところから始まるので、だから作った後に育てていくみたいな。
なるほど。毎日の風景でブラッシュアップをして、改善して、もっと皆さんが居心地が良さそうな。
そうだね。やっぱりすごく人が集まる要因として、日々愛情を込めることと、その愛情を形にし続けることがすごく大事だと思っていて。
その愛情が込め続けられた、愛情が形になった場と人との関係性なんだよね。
なので、昔は例えば俺とか、当時いたえんやちゃんとかで込めてたんだけど、だんだんいろんな出来事が起きたりコミュニティが育ってきていて、
コスギオの中で、まだ確率これからだなって思ってるんだけど、全体を見た時にゾーンを決めて、今マッチアイ室の本棚はABCのみんなのゾーンなんだよね。俺のイメージで言うと。
そこを場所にした時に、そこはマッツンとかマーチンが愛情を込めてくれるじゃない。
これが、言語化しづらいんだけど、ある程度のラインを越えて日々愛情が込められるっていう状態が見えたら、もう任すのよ。
それを今はコスギの場の中で、結構いろいろ作ってる感じなんだよね。
担当する人たちがいて、それは社内だけに限らず外にそっちにおいても、そういうイメージ。
単に仕入れて売るとか、商品を置くっていう、ただそれだけじゃなくて、愛情を込めるっていうのがキーワード。
そっちの方が大事だから。
ABCコミュニティ視点のみんなにとって、どういう場にして、どういう風な位置づけにした方がテンションが上がって、愛情を込めてもらえるのかなっていうのを考える。
それに対して、こうだとどう?みたいな感じ。
なるほど。
そっか、そうですよね。
ちょっと発行デパートメントの話になっちゃうんですけど、私はそっちの棚もやってるので、そっちの話をすると、
ひらくさんもそんな感じなんですよ。
まあそうだよね、発行だもんね。
そうそうそうそう。
狙った反応じゃないかもしれないけど、それぞれが加盟していけるような感じで、売り場の方も含めて、飲食スペースも含めて、
みんなが楽しくできて、みんなハッピーなような形でできる庭みたいな感じで作ってくれてるのをすごい感じはするので、
一緒だなと思って今。
なるほどね。
似てるかもね。
100年続く銭湯の哲学:コミュニティと「小さい継承」
本屋好きラジオ。
ちょっと棚作りの話はこんな感じにしておき、こうかなと思うんですけども、
あとちょっと聞きたかったのが、小杉湯さんの方っていろいろ取り組みがあって、
小杉湯隣の施設の運営とか、最近で言えばあとは寝るだけが立ち上がったりとか、
私から見てそれって場作りだし、建物を建てたりもしているので、こんな風に見えているんですけども、
そういうのをやっていく上で意識していることっていうか、さっきのお話で言うと愛情を込めるっていうのが結構キーワードなのかなと思うんですけど、
その辺りも聞けるとちょっと嬉しいなと。
なるほど。どの辺の場作りなんだろうね、それって。
私からすると、今日小杉湯隣の方にもちょろっと顔を出させていただいたときに、
センターブラシの加藤さんがご挨拶いただいてお話しさせてもらったんですけど、
やっぱり小杉湯のことも大好きだし、小杉湯隣のことも大好きだし、来ていらっしゃる方のこともとても大事に思っているっていうのをすごい感じるんですよね。
小杉湯に関連するスタッフの方も加藤さんも含めて、お話しすると皆さんから同じように感じるんですよ。
みんながみんなを大事にしてる感というか、温かい感じがしてて、それがなんか場というか居場所って言った方が正しいのかもしれないんですけど、
肌感っていう感じのものがあって、その辺ってすごいざっくりな質問をしてるけど。
でもね、いろいろあるんだけど、やっぱりまず銭湯っていうのが大きい。
小杉湯はやっぱり昭和8年から創業していて、88年続いている。
で、しかも同じ建物で出会いがしていない。だからさっき言ったような場に対しての愛情の積み重ねっていうのが途切れてないのね。
結構建物を変えるって結構俺難しいなと思ってて、途切れちゃうんだよね。
人の思いとか愛情みたいなものっていうのが88年間積み重なっている。
世代を超えて積み重ねられているっていうのがまずすごく大きくて。
で、それを登録ゆけ文化財を取って、50年後も100年後もここを残していきましょうっていうのを共通の一番の目的にしている。
っていうのがまず大きいと思って。
だからこれまでの100年とこれからの100年みたいなめちゃくちゃ長いの時間軸が。
この時間軸がすごく長いっていうのがすごい重要だと思って。
これだけ時間軸が長くなると結局みんな最終的な目的がこの小杉湯の建物のまま愛情を蓄積され続け100年後も小杉湯を続けていくことがみんなの共通の目的とおけると
みんな死んでから死んだ後の話になるじゃん。
確かに。
なので、俺も死んだ後の話なんだよ。
だからそうなるとすげえフラットになるんだよね。
あくまでその200年くらいの中の俺は20年から30年の管理人みたいなものになっている。
俺にも所有感がなくなる小杉湯が。
すごく環境的になって、そこに対する関わりはすごくフラットになるなっていうのはすごく感じていて。
それはやっぱり俺が創業者じゃないってところだと思うんだよね。
3代目だっていう。
もっと言うと小杉湯は小山さんが建ててるので、それを俺のおじいちゃんが戦後に新潟から出てきてお金貯めて買ってるので。
厳密に言うと4代続いてる。
そっかそっか、そうですね。
なのでそもそも平松家も創業者じゃないっていう。
継承者であるっていうところはすごい大きくて。
創業者だと所有感ってあると思うんだけど、3代とか4代とか続いてるから、そしてそれを続けていくっていうことがあるからあんまり所有感がなくて。
っていうのがすごく関わりがグラデーションがあるんだけど、すごく小杉湯という環境に属しているっていうのがあると思うの。
別にさっきの加藤の話が俺を中心に置いていなくて、あくまでも小杉湯という場、建物を中心に置いていて、小杉湯という建物であり場所との関係性で俺とつながっていたりとかっていうところなので。
そこがマジででかい。
しかもそこを日常の中でみんなが風呂に入りに来ているっていう共通の、同じ窯の風呂に入ってるわけよ。
確かに。
これはマジでね、そういうところあるよね、コミュニティでいくと。
同じ窯の飯を食うとか、同じ窯の風呂に入るとか、共通体験を日常の中に持っているっていう。
多分ね、これは相当でかいんだよね。
確かにそうですね。
だからまずはそこの、高円寺半径2キロぐらいの中での、共通体験を持っている人たち、小杉が日常になっている人たちとのつながりが広がっていった。
それがたまたま、俺が2016年に着いたときに、今の隣が建つ前の風呂なしアパートがあったんだけど、壊すことになった。
1年間たまたま空き家になって、もったいないなぁみたいな思ったときに、俺の友達から加藤を紹介してもらって、加藤と出会った。
加藤が、彼は建築家であり、街づくりが専門家なので、そういった中でエリアリノベーションみたいな観点で、
ここを暫定利用でプロジェクトやったら面白いですよねって提案をしてくれた。
小杉の隣が生まれたのは、加藤と出会ったからなんだよ。
加藤ちゃんと出会わなければ、先頭暮らしも生まれてないし、小杉の隣も生まれていない。
っていうのはすぐ思ってて。
だから環境がすごく大切で、その環境があるからこそ人の繋がりが起きるけど、
最終的に何かが起きるっていうのは、人と人との縁だね。
ただその中心の流れを人に置いていないっていう、すげー重要だなって思っていて。
なので小杉の運営において、スタッフと常に確認するようになってるのは、
自分たちの目的は小杉を続けることで、
日々の目標は毎日きれいで清潔で気持ちのいい先頭に向き合うことだね。
っていうのがみんなで共通の目標にして、まだまだできてないところもいっぱいあるんだけど、
それがみんなの目的と目標になっている。
なので、そこだよね。
建物を続いていく建物があって、そこの環境がとにかく本当にきれいであること、
清潔であること、たぶんこれがめっちゃ重要なんだよね。
きれいだっていう。
で、気持ちいいっていう。
変わらない建物の中にあるお風呂。
お風呂が重要だと思うんだよな。
小杉、サウナないじゃない?
ないですね。
サウナがない分、今のサウナブームには乗っかれてない分、結構お湯に向き合っているので、
やっぱりお風呂っていうのはまた違うんだよね、きっと。
お湯の周りで気持ちのいい人の流れとか、気持ちのいい人の体験とか、
気持ちのいい消費を作っていっているのが今って感じで。
これをもうちょっとどうしていくかっていうのはまだまだあって、
そもそも銭湯、俺はこんなこと言っていいのかわかんないんだけど、
銭湯のビジネスモデルはたぶんむずいのよ。
むずいって言ったら、今のまだ無理なんだよね。
少なくとも小杉湯はすげえ儲かってるって思われるし、
いろいろ隣もやってるから余裕があるように思われるんだけど、
今のまだ続けられないのよ。ビジネス的に、お金的に。
これもう間違いなくて。別に明日潰れるってわけじゃないんだけど、
その続けるっていう観点の、要は俺の娘に継承はできない、今のまだ。
今のだったら継承させたいと思えない。続けたいけど。
だからそれはやっぱり大きく続けられるビジネスモデルみたいなのを作んなきゃいけなくて。
それはまだ途中なんだよね。
ただこの銭湯が中心にあって、建物が中心にあって、そこに人が集まってきて、
見ついて生き返りながら、湯の周りに気持ちの良い循環が起きている。
っていうのを作り上げていったとかで、真ん中に小杉湯がなくなると、
どんどんどんどんその吸収力は増していくから、
その小杉湯がないと成立しなくなってくるじゃん。全部が。
っていうのをもっと高めていったときに、たぶん続けられる理由が出てくるなっていう感じで。
それはね、やっぱり神社仏閣に近いよね。
お寺とか神社を建てて、団家さんがいたりとか、そういう人たちが周辺にいて、
その人たちの暮らしにとっても重要なもので、
だからこそ続けるために支えてくれるし、寄付が起きたりするし。
半径2キロの中で小杉湯が本当に暮らしにおいて、
50年後も100年後も重要だっていう存在にしていくこと。
質問の答えになってるかわかんないんだけど、
たぶんその循環の中でいろんなことが起きるし、コミュニティが生まれている。
だから何のためにやっているのかって言ったら、俺は小杉湯を続けるためにやっていて、
続けるために日々、毎日、どうすれば綺麗にできるか、
整形できるか、気持ちよくなれるか、その循環をどう作れるかっていうのを考えながらやっている。
その中で人の流れとか繋がりとかが大事に思っている人が多いから、
コミュニティになっているみたいなイメージですかね。
そりゃそうだろうね。そこの出会いとか人との出会いで生まれていく。
マッツンと出会ってなければ、本屋を小杉湯でやっていることはないと思うんだよね。
それは全部そうだと思う。
なんかでも本当にイベントをしっかりいろいろやっているように見えますけど、
やっぱり一貫しているのは綺麗で清潔で気持ちのいい銭湯っていうところで、
本屋にしても、やっぱり小杉湯、なんで銭湯で本を売っているんだろうっていうところから始まって、
そこでたまたまお風呂上がりに出会った本を買って帰って、
家で読んで小杉湯の気持ちのいい時間を思い出してもらえるっていう話を始める際に、
平松さんともしていたので、
やっぱりそういうところで根底というかがないというか、
あるものだけが小杉湯で展開されているのかなっていうのは、
僕も実際一緒にやってみてすごく感じました。
いろいろ企画とか立ち上がったり、
頑張っているメンバーとかがやっているイメージがすごく強くて、
特に学生のぷくぷくっていうみんなが楽しそうだし、
すごい可愛い活動をしているイメージとかあるんですけど、
結構のびのびやっているイメージが強くて、
その辺とかは何か意識していることはあるんですか?
ぷくぷくはでもね、結構ね、確かに今までやってきたことの
いろんな経験が集積されていたことではあって、
いわばコミュニティの運営じゃない?8人っていう。
コミュニティもいろいろあると思うんだけど、
ぷくぷくみたいな形でいくと、
やっぱり最初から重要視したのが、期限を決めること。
小さくてもいいので、お金の流れをちゃんと作ること。
というのは最初からすごい、
その2つはすごい大事っていうのは思っていたので、
学生っていう観点でもね、
当然卒業があるわけだから、
そこがすごいまずちゃんとできたことがすごい重要だったなっていうのが、
なんとか1年形になって、
次に継承できたのは、期限が決まっていたことと、
お金の流れがあったことっていうのは、すごい大きかった。
その2つは始めるときに、
今までの経験から絶対外しちゃダメっていうのが、
よくあると思うんだけど、
その2つの経験から絶対外しちゃダメっていうのは、
始めるときに、今までの経験から絶対外しちゃダメっていうのが、
ゆうすけさんの中にあった。
そうそうそうそう。
あとやってみて、これも思ってたんだけど、
やっぱね、その位置づけをきちんと明確にすること。
位置づけっていうのは。
ブクブクでいくと、
ブクブクが始まったきっかけも、
樋口くんでいくっていうことの出会いで、
彼がその当時、
銭湯を自分でやりたいみたいな思いを持ってたりとか、
すぐ近くに住んでいて、
コロナの影響もあったりとかして、
1年休学することにして、
銭湯を自分でやるかどうかに向き合いたいみたいな。
タイミングも良かったので、
だったらじゃあ1年、
コスギュウでインターンみたいな形で、
やってみるのもいいかもねっていうのが、
ぜひやりたいですってなったのがきっかけだった。
で、やってた時に、
俺もいろいろ時間が限られているので、
一君を俺一人で見切れねえなみたいなのもあったし、
一君このまま一人でやるのが、
彼にとって本当にいいのかなみたいなのもあったときに、
インターン自体を集めた方がいいなと思って。
ブクブクは一緒なんだよね。
一君と出会ったから。
そしたらコロナの影響もあったので、
当時その時は、
やっぱり休学したりとか、
みたいな学生アルバイトも多かったんだよ。
声かけてたら、あれよあれよと8人集めた。
っていうのがあり、
最初はインターンシップって言ってたもんね。
コスギュウでもインターンをやろうっていう風に言ってたんだけど、
そこはねみんなが話し合ってくれて、
結果的にコスギュウ学生企画チームってなったのね。
名前も自分たちで決めてくれて、
コスギュウと講演所をブクブク沸かすっていうので、
ブクブクってなって、
コスギュウのアルバイトスタッフである8人が、
コスギュウの運営とかで手が回っていないところとか、
そういうところを自分たちが担うみたいな。
あくまで中の人たちが、
中の学生アルバイトがやっている企画チームですっていう位置づけになった。
これはね重要だったんですよ。
インターンシップでやるよりも。
そのコミュニティというか、
共同体みたいなのの定義をちゃんとすることは、
そしてスタートするのもすごい大切だなっていうのは、
ブクブクから学んだ。
面白い。
8人とか人数いると、
意見とかの擦り合わせが大変になってくると思うんですね。
少人数に比べると。
そこの意思疎通とかは、
参加しているみんなが自発的にやってたんですか?
参加しているみんながやってた。
なるほど。
こっちから働きかけるとかよりは、
そんな感あったら乗るぞみたいなスタンスですか?
毎月活動費みたいなのを、
コスギュードの中で出してたので、
それが活動資金になってたんだよね。
そのお金を2個目のポイントで出されてた、
お金の流れを作るっていうところですか?
それを例えば福島とか、
最後は唐津っていうところ、
佐賀の唐津に行ってるんだけど、
そういう活動資金を、
交通費とか宿泊費に当てたりとか、
日々の頑張ったときの打ち上げにしたりとか、
その企画チームが物販の企画をやったときに、
利益をブクブクにシェアする仕組みにしたりとか、
っていうのをやってたんだよね。
工夫しつつやってみて、
相乗効果でめちゃくちゃ良くなっていってる感じ?
そうだね。
もちろん何かをやることによっていろいろあるんだけど、
でも良かったよね。
やれたのはすごい良かった。
最初から期限というか、
第一期、第二期っていうふうに決めてたのは、
どんな思いからですか?
それは1000円と最高プロジェクトをやってみても思ったんだけど、
コミュニティとして前提続けていくっていうのがある中でも、
やっぱりゴールが必要で、
一つ期限っていうのはすげえ重要だと思うんだよね。
いつまでって決まってるっていうことが。
で、一期、二期、三期っていうふうにやっていくことは、
すごく重要だなって思ってたのね。
これはブクブクやってすぐに学んだんだけど、
みんなが最後に卒業アルバムみたいな形で、
文集みたいなのを作ってくれて、
それはすごい良かったのね。
で、一期から二期に継承して、
また二期は二期で、また一期と違うところはあるんだけどね。
一期のメンバーはずっとコスギュウでアルバイトしてたメンバーだったんで、
二期は二期で集めて、そこからアルバイトしてくれてるから、
でもすごい良いメンバーが集まって頑張ってくれてるんだけど、
要はコスギュウの一番の目的が、
50年から100年続けるっていう話の時に、
要はそれって、
俺の場合で言うと2代目から3代目の継承があったわけじゃない?
で、次には3代目から4代目があって、
4代目から5代目があるわけじゃない?
それだけ長い間続けていくっていうのは。
結局継承し続けていくっていうのがコスギュウの時にね。
その大きい継承ってもう30年とかスパンじゃん。
その継承は。
で、そこもね、小さくしていくっていうのが、
すげー大事なんだなっていうのは、
これが多分時間を区切るっていう風に、
俺が思った一番の要因は1年やって分かったんだけど、
ブクブクが一期から二期に継承されました。
だから2期、3期、4期、5期って1年ごとに継承されていきます。
そこには卒業生も出てくる。
どんどんどんどんそのOB、OG的な存在が増えていくし、
ってなるわけじゃない?
それどんどん積み重なっていくじゃない?
それも継承なんだよね。
だからこのコスギュウというコミュニティの中で、
どれだけ小さい継承をいっぱい増やせるかの収穫が、
コスギュウが50年、100年続くことになるんだなってすげー思ったのよ。
小さい継承。
期限を切っているのはそういう意味なんだよね。
アルバイトとかも含めて、今だからコスギュウが5期なので、
5期メンバーとか6期メンバーとかって、
いう風にしようかなとかって思ったりとか、
吉本工業の芸人とかがさ、
第何期ってすごい言うじゃない?
あれその期限が切られた期間の中で、
共に過ごしてた同期みたいな感じじゃない?
で、そこの何期っていうのがすごく強くなるじゃない?
あれも多分、吉本工業が110年とか続いている会社だけど、
なんかあれすごいあると思うんだよね。
なるほど。
だからそういうことな気がする。
続けるために区切って。
そうそうそうそう。
そうですね。なんか、すごいな。
なんかちゃんとこんなに、なんて言うの?
それぞれの、私もプロジェクトとして関わらせてもらったりとか、
本棚の話とか、
織に触れて一緒にやらせてもらってるので、
いるっていうこととか、あるってことは知ったんですけど、
ちゃんと話聞いたの初めてだったので、
すごい面白いお話伺えてよかったです。
終わりに:プロセスを語るラジオ
はい。というわけで、小杉優と本の魅力とか、
などなど、場作りのお話とかも含めて、
お話しさせていただきましたけれども、
皆さんもぜひですね、公演時に来たら、
ぜひ小杉優までお越しいただければなと思います。
はい。以上、小杉優さんと話をしてみたいのコーナーでした。
本屋好きラジオ。
はい。というわけで、エンディングになるんですけれども、
ゆうすけさん、今日出演いただきまして、いかがでしたか?
ありがとうございました。
ひたすら聞くみたいになってたけど。
やっぱりラジオみたいなのをやりたいねっていうのは一緒じゃない?
2人もやってたのを見て、
すごい加わりたいなって思ったんだけど、
なんかその、
俺が書くよりも喋るほうが得意みたいなのもあるんだけど、
結局日々現在進行形で動いているので、
なんか区切って伝えるっていうのはすごい難しくて、
小杉優のこととかやってることが。
流動的ですもんね。
そうなんだよね。
で、積み重ね、いろいろ変化はあったりとか、
変化はしていってるんだけど、
でも積み重ねてはいっているので、
なんかね、どっかで切って語るって結構難しいので、
こういう風に現状、プロセスで語るほうが、
やっぱりいいなっていうのはすごい思いました。
あー、よかったです。
まっつんはいかがでしたか?
いやー、なんか改めてお話できて楽しかったです。
ひらまつゆゆうすけっていう、
人間の地層みたいな、ほんの一部ですけど、
積み重ねるよね。
ね、積み重ねる。
これからももっともっと細かく、
粒の一粒一粒を見てみたいなと思いました。
はい、それでは今夜スキーラジオ、
お相手はまっつんと、
ひらまつゆゆうすけでした。
あー、銭湯に行きたーい。
39:36

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