00:00
生物学者と書店員のインターネットラジオ、本の虫のススメ。
本を偏愛する生物学者の椿と書店員の佐藤が、本にまつわるあれやこれやをゆるっとお届けします。
はい、では今週も始まりました。本の虫のススメなんですけれども、今回もなんと前回、前々回に引き続き、今週も千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が一度も
海外に行ったことがないまま、ルーマニア語の小説になった話。そして昨年12月に出ました
クソったれな俺をマシにするための生活革命の著者である、済東鉄腸さんにお越しいただいております。
済東鉄腸さんよろしくお願いします。よろしくお願いします。済東鉄腸と申すものです。
話したいことがね、ほんとに。いやー、尽きなくて。渋滞しちゃって。そうなんですよね。もう全然全然全然話せてない。
ねっ。ほんとすかー。ちょっと軽い話から、絶対鉄腸さんにしたいと思ってた話があるので。
ちょっとしていいですか。というか実はその前回千葉ルーの時にゲストに出ていただいた時にも、帰り道にあの話し忘れたって思ったことなんですけど、鉄腸さん、クローン病を患っていらっしゃって、今あの感慨状態ということで、特に生活にその大きな制限っていうのはない。
昼もみんなで生パスタ食べました。おいしかった。そこで言おうとして、ん、いやだ、これはちょっとポッドキャストで言いますって言った話なんですけど、そのクローン病の保育というか、あの栄養補充でエレンタールっていうのを鉄腸さん。
もう毎日毎日飲んでおります。
そうですよね。それをあのブログも鉄腸さん、あの糖病のされていて、それをあの千葉ルーのインタビューというか、あのゲストに出ていただく時にお会いする前にも読んでて、ああこれはと思ったんですけど、その時も言うのが忘れて、というのも実は私、海面動物っていう生き物の研究をしていまして、海面動物飼ってたことがあったんですね。
そしたら海面って食べる餌のサイズがめっちゃちっちゃいんですよ。だから無脊椎動物用の餌とかサンゴとかがメインなんですけど、サンゴ用の餌とか売ってるんですけど、大きすぎて海面食べれない。
で、どうしようどうしようって困ってたら、なんか生の海水をあげるとか、まあいろんなやり方はあるんですけど、とあるプロフェッショナルの方から教えてもらった餌がまさか。
マジかよ。これ海面と一緒に飲んでたの?今日の朝飲んできたんですけど。
03:06
そうなんよ。
そう、もちろんプレーン味ですよ。で、私もなんか飲んだことあるんですよ。で、すっごいほんとまずい。
まずい。液状化したジャガイモをそのまま飲むような感覚です。
ほんとに冷えて妙だなと思って。で、これは絶対に言わなきゃいけない。私とてっちょーさんの意外な共通…私と海面…じゃなくなった。海面とてっちょーさん。
海面と海面を。
っていう話があって、これは言えばよかったって、その前回ゲストに入れていただいた時に、帰り道にすごい一人で勝手にめっちゃ思ってたんですよ。
そうやったんや。
今日は絶対にレンタルの話しようと思って。
そうなんですよ。
1日300mlヨーグルトフレーガーを入れて。
そんなにたくさん飲まなきゃいけないんですね。
ああ、そうそう。前々はかけで2になったんで。
それでも減ったんですね。
そうそうそうそう。
俺、クロン病前が90キロくらい、90キロ台で。で、クロン病で一気に半年くらいで50台いって。
そんで今70キロ。60後半が70くらいかな。
適正ですよね。
戻ったんですけど、戻ってほんと適正なんですよ。BMIも多分一番いいやつ。
で、それを保ってたのがレンタルだったんですけど、その体重聞いて主治医が、クロン病でそこまで太ってる人あんまいないよって言ってきて。
だから慣慨して食欲が戻ってきて、普通に食いながら他のも食べた上で。
あ、レンタルを。
そうそうそうそう。
っていうので、ここはこのくらいになったと。だから3、4年越しにとうとう1本だけになりましたね。
おー、いやーでもすごい。
レンタルと。
ちょっと私、味のあるバージョンっていうのを飲んだことがないのでわからないんですけど、少なくともそのプレーンというかのやつはほんとに飲むのは大変だなって。
大変だなっていうのを感じましたね。
プレーンはやばいっすよ。
バリウムみたいな感覚?
いや、普通に粉末なんでバーって入れて、そこにお蜜入れて、混ぜて飲む。その水が明らかにジャガイモすぎる。
ポタージュでもない。ジャガイモ。
ポタージュだったらね。
ガチジャガイモ。
でね、それのね、思い出。
俺の中で初めての友人と初詣で、いななみさんっていう方が出るんですけど、いななみさんは今別のとこ住んでるんで、そこに行って、ちょっと泊まってたんですけど、そこで普通に薬持ってるわけですよ。レンタル持ってるわけですよ。
フレーバーを忘れて。
フレーバーって別なんですか?
そう、別なんですよ。フレーバー忘れて毎朝毎朝液状化したジャガイモを飲むという。
苦しい。
ほとんど朝を迎えたという。
06:01
ちょっと慣れた。
慣れてしまった。
ちょっと慣れてしまった。
嬉しくない慣れですね。
人間ってすごいな。
カイメンは別に好き嫌いないみたいでした。
はいはい。
しかも栄養満点なんでね。
そうそうそう。
っていうね、なんかどうでもいいんですけど、すごい言いたかったことがあって、言えてよかったです。
本当にどうでもいいんですけど、あれってやっぱり医薬品だから買うのが結構研究所の手続き的に大変だったりとか。
そういった面で。
私としては結構思い出深いというか、なんかそのやりとりで事務の方となんでエレンタル、エレンタル、エレンタルみたいな。
そりゃそうやんな。
この人が報告してる、ほらこの論文みたいなの見せてあげたりとかして。
で、なんとかそうあげたりしたなぁなんて。
面白いね。
面白すぎる。
生物に医薬品を与えてるって。
結構いろいろあるんですよ、そういうやり方っていうのは。造詣剤を入れてMRI。
造詣剤って名前?
MRIとか取るときにそのままだとコントラストが。
影。造詣剤。
作る影って書く。
そのままだとコントラストが弱くてうまく血管とか映らんから、それを飲んでちょっと重めの物質を体の中に循環させて、そしたらその見たい部分が映りやすくなるからするんやけど、それと同じことを動物とかにすることもある。
使うことは使うんや。
だから医薬品をたまに使うっていうのはある。
だいたいそれやるのは哺乳類とかの研究室やから。
それを無脊椎の物でやろうってなると、どうしたどうしたみたいな。
なんでやなんでや。
なんでいいんだよなんでいいんだよみたいな。自由所回転どうかみたいな。やめてくれみたいな。
だったのを思い出したりしてました。
とてもいい話です。
面白いな。
2回からの落差がすごいよね。
確かに。
確かに。
裏の方も結構そうじゃないですか。
軽く喋ってるのに、だんだんと重いテーマに入っていってみたいな。
そういう流れじゃないですか。
ちょいちょい想定してるのは、アメリカのコメディとかは、結構自分で振り返れば影響を受けたなみたいな。
あれってほんとヤッベーくらいの若げた下ネタとか、バンバンやってくるんですけど、
そこからどんどんメンタルヘルスの問題であるとか、人差別とか、そういうテーマがどんどん出てきたりして、
かなり重くなっていって、かなり重くなっていって重くなっていって、それでも大弾園を迎えて、
そしてヤベー下ネタが戻ってくるみたいな。
そういうのがアメリカのコメディとか、韓国のコメディとかも、コメディから知り合わせる流れの生き方がうまいみたいなのがあり、
09:08
これも割とね、千葉流とかもそうだけど、そういう流れとかはあったりするんじゃないかなみたいな。
特にクソオレの第2部はなんかそういう印象を受けましたね。流れとして入りやすいというか、
ちょっと古法奇心をそそるみたいなところから入っていって、どんどん深い話につなげていくみたいな。
そうそう。いろいろ考えながらね、書いてます。
オレオレって言ってるから軽めだと思われがちで、実際軽やかにやってるんですけど。
エッセイっていう、エッセイ試みっていう形式自体が結構その可能性に開かれてるというか、千葉流の時点でルーマニア語とルーマニア文化がテーマで、
それのってやっぱり学術会とかでしかあんま語られないようなものを日常へと引きずり下ろしていって、それでオレ文体で一般の方にも読んでもらうみたいな。
そのおかげで1万本突破させていただいてる。で、今回のクソオレに関してはクイアー理論だったり、フェミニズムだったり。
フェミニズムの場合はよりエッセイとか試みの本も出てきて、日常にはなってきてはいますけど、クイアー理論とかはまだまだやっぱり学術的な、
ゆって新書くらいの方になってる中でそれを学術会から引きずり下ろして、日常の実践の中でこれって学術学問だけどちゃんと実践できるんだよみたいなのを表現したかった。
そこにおいてやっぱりエッセイ試み。軽やかでヨタ話的に書ける。そういう可能性ありますよね。
軽く書けるんだったら重さも自分で付け加えられる。重いものを軽くするのはむずいけど。エッセイね可能性ありますよ。
大事ですよね。私もその科学の分野というか自分の関心領域が多分そっちだからだと思うんですけど、やっぱりその学術会だけに留まっているけど、それを知ることで知った人の人生が変わる。変わるかはわかんないですけど少なくともなんか豊かになる助けになるなっていうようなことっていっぱいあるなって思うんですけど、
それに触れるきっかけがないっていうのがすごい問題だなと思っていて、で自分はまだそのエッセイっていう形で私は出したことっていうのはないんですけど、私もその試みとして勝手に書き溜めたりとかして。
あたしあたしあたし!
いやそうどうしたらいいのかなっていうのは思いますね。書きぶり。だからちばる文体を作っていくのってすごいやっぱ大変な大変っていうか結構試行錯誤されたっていうふうに前回インタビューしたときおっしゃってたんですけど、やっぱりなかなかそのバランスって難しいなって、
12:20
私は出版企画とかがあるとかじゃなくて勝手に書いてるんですけど勝手に悩んでますね。でもやっぱりすごいちばるもですけどそのエッセイっていう形式だからこそアカデミックな場でだけ発信してても届かない人たちに届く可能性っていうのが開かれるなっていうのは私もすごく実感するところです。
あと児童書もいいんじゃないですか。
児童書もそう。
俺ここに載せましたけど紫色日記平安女子の秘密ダイアリー。
ひゃっほーですね。
そうひゃっほーだ。
あれそう読みたいと思う。
誰だっけなんか歴史的人物がひゃっほーって言ってるんですよね。
そうそうそうそう。
誰だっけ誰だったか。
宇沢道永。
あそうだ道永だそうだそうだ。
なんかこの天皇の。
ひゃっほー未来の天皇となる赤ちゃんが生まれれば私の地を脅かす者だともはや誰もいなくなるって言うっていう。
これは衝撃を受けましたよね。
いやーその軽やかさっていうのは本当に。
そういう軽やかさね。
子供にちゃんとでも本質を理解してもらえる文章ですよね。
歴史的なことをちゃんと伝えるっていうのって大人に対しても難しいのに。
でもなんか天皇のっていうその文章を読めばああなるほどねそういう目論みがあるのねって。
なんか10歳ぐらいの子供でもわかるっていう。
だから自動書をね大人にこそ読んでほしいっていうのはね自動書担当としてはすごい思うところです。
ほんとそうですよ。
自動書でいうとこの中で触れられてて私全然知らない本だったので。
ああそうなんだそれは確かにいい絵って妙だなと思ったのが、
良いタッチ、悪いタッチ。
全然知らなかったんですけど。
これって新しい?そんなことない?
復活したやつですね。
あ、そうなんですね。
なんか自分たちが私と佐藤さんは同い年でもうすぐ40ぐらいの年頃なんですけど、
私たちの頃ってやっぱりその性教育とかってかなりちょっと近畿っていうか。
なんか触れてはいけないものみたいな。
そうそうそうそう。
俺92年生まれですけど全然記憶ないんで。
やっぱりないんじゃねえの?なかったような気しますね。
それでも確かに触れ方もすごく難しいトピックではあるじゃないですか。
なのでそういう水着で隠れるところは自分の大事なところっていうような。
15:02
人に触らせちゃいけない自分だけが触っていいところだよっていうところですね。
そういう表現で教えてくれるってすごい、
私たちの時にもあったらよかったのになって思ったり。
これ朗読動画あるんで皆さんもちゃんとオーディブルみたいな感じで聞いてみたらいいんじゃないかと。
YouTubeにありますよ。
あ、そうなんですね。
絵本のやつなんで多分絵本系って普通に朗読動画とかなんかあるのかなっていう感じでありますよね。
聞いてください。
子供の性教育に関しては、本に関して言うと多分6年前ぐらいから、なんて言うんですかね。
言葉がうまく言えないけどちょっとブームというか。
今まで本当になんだろう、1冊2冊あるかないかぐらいの感じだったのが平台に置かれるようになってきて。
しかもその性教育をした方がいいよねって年齢がどんどん下がってますよね。
もう5歳とか読み聞かせをするような年齢の子から教えていくのがいいよねっていう風に。
そういう潮流というかがあるので。
そんな流れで復活したのかな。
そうだと思います。
なんか良いタッチと悪いタッチっていうのがあるっていう風に総理でも引用されてるんですけど。
すごい良い言葉だなと思って。
悪いタッチをされるとどんな気持ちになるかっていうことと、逆に良いタッチはどんな気持ちになるかっていうところをすごい本当に多分5歳とかぐらいの子でもわかるように書いてるのかなって。
だからこういうのをサラッサラッといろんなものを引用できるっていうのも試みの面白さ。
だからこれを書いてる時にうわーってなったのがなんかTwitter見てたらなんか論文の指導してるみたいなツイッターつぶやきがあって。
このテーマをやってるのにこの本を引用していないのは全くおかしいみたいな。
よくあれやってた。
うわーまあそれはそうなんだけど、それはそれでなんか絶対に引用しなきゃいけない。
なんか謙虚すぎて、そこから逃れられないみたいなのもあれじゃねえかなみたいなのを思うんですよね。
エッセイなんか逆ですよね。
もう何でもかんでも引用してこじつけて、そういうことをやってもいいみたいな。
バーリトゥードゥ、何でもあり!みたいな感じがあり。
18:01
だから今回は本当真剣にケアに関するものとか出したり、今言ってきたフェミニリズム、クイアリロンをやっていく中で、
いきなりね、いきなり女性自身と週刊女性とか。
お母様が読まれてたっていう。
そうそう、村崎志君一記平安女性に密ダイアリー出してきたり。
だからそういうのを好き勝手にできるのはエッセイの醍醐味でもあるよな。
そこで創文理生物学の冒険だし。
卵かけご飯の黄身と白身を分けて、白身を泡立てるっていうのを科学的に書いた本から実際に作ってみたっていう話ですよね。
195ページ。目次見たんで目次見たんで。
白木健太郎さんってめっちゃ有名な方ですよね。
そうなんすか。
全然存じ上げなかった。
全然存じ上げてます。ただ読んだことはなくて、まさか卵かけご飯の話がされてるなんて思いもしなかったので、それも新鮮な驚きでした。
もっとラーメンの話とか、一番最初が息子さんのアレルギーの話になって、だから結構食べ物の話よく出るんですよ。
なるほど、なるほど。
いやー、なかなかそういう書きこなしができる書き手っていうのは今すごく少ないと思うので、
なんか上からっぽくなっちゃうけど、貴重というか。
エッセイそのものを書く時に書くんやろって。
今エッセイブームですけど、どっちかと言うと、そういうエッセイは自分と同じフィールドにいるような、普通のエッセイストとしてやってるみたいな。
よりも、そこじゃなくて、俺的には科学エッセイとかの方面での人にこそのエッセイを読んで、いろいろ組み立ててたみたいなのがあったりして。
だからミスズ長男って科学エッセイいいのは知ってるんですよね。
ミスズいいですよね。
俺がめっちゃ感銘受けたのは、ミミズの農業革命だったかな。
面白そう。
あれで衝撃受けたのが、人文においては耕すって言葉ってめちゃくちゃいい言葉として使われてて。
だから文化っていう言葉がそもそも耕すから来てるから、耕してことで何か豊かにしていこうみたいな方向性で比喩としていろいろ使われてる。
こっちでは耕すって言うと、クワとかで土とかを掘り返してる時に、ミミズみたいな土壌を豊かにしてる生物を殺してしまって。
それで科学肥料とか使って、最初はいいかもしれないけど、そもそも土壌を豊かにしてくれるミミズとかがいなくなっちゃうから、どんどんどんどん貧困化していくみたいなことを言ってて。
21:07
うわーやべー、耕すの悪しき可能性がここに描かれてるみたいに。
人文地側としてめっちゃ驚きを覚えた。覚えがあり。
他にもコードグレイっていう、999名詞の人が書いてるエッセイだったり、ハイブリッドヒューマンっていう、
戦争で膝から舌を失ったって人が義足を使ってるんですけど、その義足を通じて健常者主義とか障害医学を見つめるっていうエッセイとかも書いてて、
そういうものこそを、むしろ現代のエッセイとしては参考にしてやってたり、文体とかの話で言うと、
俺ね、ものすごいね、振り返って自分へ影響を受けたなって思うのが、2chとか?特命ダイアリーとか、そういうネット文化のね、一人称で使っていろいろ書いて、実際あれも抗議のエッセイとして見ることができるんじゃないか。
しかも名もなき人々ですよね。名もなき人のいろんなものを見れて、俺は運よく商業を引き抜かれて、商業でしか出版はしてないですけど、いまだに、特命ダイアリーとかツイッターとかの名もなき人々のうぞうむぞうの中の一人だっていう自負が自分にちょっとあったりする。
だってそこのエッセイって読みやすいというか、本当にみんな口で喋るようにバーって書いてるから、やってるじゃないですか。だからあの魂をきちんと引き付いた上で編集者さんと、とはいえ商業として出すには…だからこそ洗練させていって、作ったのが俺文体みたいなところもあって。
そういう意味だと、俺去年嬉しかったことの一つで、ツイッターとかには書いてないんですけど、はてな特命ダイアリー初めてバズった。書いて。実は特命で書いております。はてな特命ダイアリーとかに。
え、それがバズったんですか。そう、300バズとか言いました。何のテーマですかね。教えない。気になる。ひどいところでは教えない。後で個人的には教えます。ちょっとじゃあリスナーの皆さんはもやもやしてください。すいません。個人的に知り合いになったら言います。
ということだそうです。じゃあ私も私のはてなダイアリーを。みんなやってる?私やってない。やろうぜ。面白いかもな。そうそうそうそう。
24:05
そういうもの、いろんなものの影響を取り入れて、血悪い状ですね。それは。このクソ俺ら。取り入れっぷりがってことですか?そうそうそうそう。影響もとバンバン言える。前以上に。今まで言ってきたのもそうだし。
古代ローマの鉄人セネカ、セネカ、キケロ、トリュータルコス、あとエッセイの話出ましたけど、モンテイニね。とか日本の文学の翻訳やってるポリーバートンさんという方がいるんですけど、この人文芸、翻訳もやってるんですけど、エッセイ人としてもいろいろ活動してて、フィフティサウンズっていう日本語についてのエッセイとかも英語で書いてたりして。
それがね、一つ一つの章の題名が全部オノマトペになってるんですよ。もじゃもじゃとか。そこで、佐渡島で、確かティーチングアシスタントZやってて、そのところの経験とかを話してて。
で、それで日本語について語って。あと、大学でビトゲンシュタイン学んでたってことで、ビトゲンシュタインの説明したり。で、俺的にほうと思ったのが、日本語の感能性というんですかね。エロスというんですかね、なんというか。
なんか、そういう親密さみたいなのを描いてるんですよね。なんか、日本語のそういうものを話そうとすると、日本語では射精の音ってドビュドビュって言っちゃうんだぜとか、そういう方向性で言って、なんかちょっと見分けがちに、なんか日本語を使ってる人なりがちなんですけど。
そこのなんか文学的な感能性みたいなのを、ものすごくエッセイの文体で描き、精について豊かに描いてるところとかがあって。だからここでも精とかについては描いてますけど、親密さとか、笑わんで、だから下ネタに行きがち、精について話そうとすると。
だから、そういうところからのわれられないかみたいなところも考えて、こういう道、下ネタじゃない、こういう道もあるんだな、じゃあ自分はどういう道行ってみようっていうことを考えた上で、描いたのが、ちんげかんとか、あとトイレのこととかもね。
きちんと個室でおしっこするみたいな。こういうのを真正面から語られてあんま来なかった思いがして、本当正面記やると横から見えるんですよ、自分の。
27:13
いや、私あれ本当びっくりしました。大学で、今はないと思うんですけど、20年前の話なんですけど、またこれもさっきのちょっと有害な男性性につながるかもしれないんですけど、女子のお手洗いがない建物とかがあるんですよ。そうなると、男子と一緒に行ってくださいになるんですよ。そうなると、小便をしている男性を超えて、個室に行くっていう状況が発生するんですね。
っていうのが、私が行ってた大学では普通にあって、あの建物今どうなってるのかちょっとわかんないですけど、その時に、小さい頃父親ととかはあったかもしれないですけど、自我がある程度確立した状態で初めて男性のお手洗いに入って、あまりのその小便器の粗末さ。
で、結構やっぱり驚きましたね。古い建物だったから余計にかもしれないですけど、本当になんか、見せ合いっ子?みたいな、なんなら。ぐらい本当に近いし、隠す意思もないし、そこは多分もう変異すら多分なかったと思う。
だから本当に麻痺しちゃってる。普通に見られることが。プライベートゾーンで、さっき話しましたよ、良い立ち悪い立ち。きちんと扱いましょうみたいなこと、性教育で言ってるのに、あんな小便器だったら意味ねえじゃん。
普通に日常にもうどうでもいいやーみたいなのがなってたら、そんな性教育しても意味ねえやんっていう感覚があるんで、ここはきちんとちゃんと書きたかった。男性側として。
そういうのやるとツイッションとかそういうのでちょっとにやけがちになっちゃうところを、きちんとちゃんと真正面から笑わずに、いやこういうところよくなくない?みたいなことを言う本本当にあんまりないよなって思って、ここ自分で書いて、それで同じく男性にちょっと通ってみたかった。
これやばくない?って。
特に印象に私残ってるのが、日本人だけじゃないの?わかんないんですけど、男性の生涯現役、ペニスは生涯勃起しているべきだみたいなのが、老いっていう自然な現象に対して酷使し続けろっていうような価値観で、それってまさにセルフネグレフトじゃないのかって言ってるっていうところがすごく印象的で、
実際確かに、その男性学の範囲の話かもしれないんですけど、やっぱり私の生きてきた環境とかだと、よく男性自身が非常自爆になってしまってるなっていうのをすごい感じることがすごく多かったので、
30:19
すごい共感というか、彼らも苦しいじゃないですけど、当たり前の気づきが私としてはすごいあったりしたくだりですね。多分男性性中毒っていう風に、この本の中で多く言及されている状況の一つの典型的な局面かなと思うんですけど。
だからこの前も、ED改善薬が処方箋なしで買えるみたいな方向性に今いってるみたいなニュースあったりして、もちろん普通にアフターピールとかを、そういう女性のリプロダクティブヘルスの薬優先してちゃんとやった方がいいんじゃないかっていうのはもちろんだし、
そうやって何か普通に処方箋なしでやれたりとかすると、この生涯勃起みたいな、生涯現役みたいな方向性のやつも結構ガチガチにして、それで苦しむ男性もだいぶ手にすすも落つ人もだいぶいるんじゃないのかなと思ったりして、これは裏面には男性差別みたいなのもちょっとあったりするんじゃないかと思って、
あれは危ないよなーみたいな。
本当にそうですね、そういう技術で全部解決できるしすべきみたいな風潮って男性に限らずすごく科学的なフィールドに自分が近いから余計にかもしれないですけど、すごい危険だなって常々思っていて、
最近ちょっと似た議論というか、ちょっと近い議論かなと思ったことがあって、出生前診断ってあるじゃないですか、あれはただそういう技術があります、選択肢としてできますっていうものじゃないですか、
なんですけど、ネットとかで障害のある出生前診断でわかる障害でした、お母さんすごい大変な思いしてますっていうような記事に対して、どうして事前にわかることをしてあげなかったのみたいな議論が生まれたりとか、
そういうすごい技術ができるとどうしてもそういうふうに万能だと信じてしまうというか、それは選択肢じゃなくて選択肢が強制的なやるべきことみたいに需要する人が出てくるっていうのは、すごい肌でそれを見て感じて、バイアグラもまさになんか今てっちょーさんがおっしゃったような状況ってかなり近いのかなと思う。
33:13
普通に生に関してじゃなくても、朝立ちみたいな感じで勃起するみたいなのがあるし、あと普通に開放感感じたらいきなり立つみたいなのもあるから、そういうのもある意味で、だからそれがなくなってって全然自分の勃起しないなってちょっと恐怖を感じるという気持ちもわかるわけですよ。
で、その恐怖と対面して、やっぱりいろんな生生活とかもあるし、やっぱり自分は勃起はちょっと保持したいなって人が薬を使うならみたいなのは全然いいと思うんですけど、なんかそこまで考えられるほど議論が成熟。
自分のペニスだったり正気だったり、そういうものについてあまり考えてなくてもいい感じになってここまで来てしまってる中で、そんな処方箋なしで処方みたいなの来ると本当に大丈夫なのか。
この生涯劇っていう価値観に飲み込まれて、どんどんどんどん男性が自傷自爆に陥っちゃうんじゃないかっていうのはすごいものすごい感じますよね。
和田 自傷自爆っていうところでちょっと今の話とずれちゃうともあると思うんですけど、ちょっと簡略化した言い方になるんですけど、女性同性愛者の世界で、ボーイとフェムってやつがわかりますか。
まあボーイッシュな格好を日常的に好むというかそういう格好してる方とフェミニンなスカートとかロングヘアとかお化粧をバッチリしてるみたいな、そんなステレオタイプにパッキリは分けられないんだけど本当は。
でも一応そういうボーイッシュとフェミニンっていう、それも実は結構男女のステレオタイプなモデルをそのまま移入してもいる、そういう世界観でもある気はしてるんですけど、そういうのがあるんですね、ボーイフェムっていうか。
で、ボーイがフェムに対してご飯をご馳走すべきだっていう、そういう、それが多分今はかなり和らいでいる気がしていて、あんまりそれを言う人が多くはないかもしれないんですけど、10年とか15年前ぐらいにそういうのを言ったり聞いたりする機会があって、
同性愛者っていう時点で、もうその男女とか、そういう枠組み、男女の恋愛っていうもの、難しいな言い方が、シス男性とシス女性のヘテロセクシャルの恋愛っていうものの枠からは違うところにいる立場なのに、結局その中でも男性と女性の恋愛的世界観みたいなが、
36:26
決まって、規定されていたりとかするのを見て、なんか複雑な気持ち。
いや、そりゃ考えたこともなかったから、ちょっと驚き。まさにだから、10年15年ぐらい前にそういうおごるべき論争みたいなのがあったっていうのはまさに。
あ、論争ってこと?
論争でもないんだけどね。なんか、ボイだからおごるでしょみたいなこと言う人も中にはいたっていうか。
なんか本当に、時を同じくしてって感じがするよね。シス男性女性の理論っていうか、その頃ぐらいから、それまではバブル引きずってたのかよくわかんないけど、なんか男性がおごるべきみたいな論調が、いやそうかなみたいなのになってた的なのかなと思うから。
そうなんだよね。
そういうのが中毒の一様式みたいな感じはある。男性性にしような。いろんなやり方ありますけど、そこに端的しすぎると、そういう中毒的な症状が出てくるからこそバランスを取るっていうのが重要だし、
男性性とか女性性とか他にもいろいろありますけど、そういうのがあるとして、あること自体は悪くないよねという方向性にもちゃんと生かせないと、それを持ってることで、自分は生きてるだけで人を傷つけてるんやとか、特に多数派男性とかはそっちの方向性に生きがちになって、
そういう後ろめたさゆえにフェミニスト女性が言ってることならなんでもちゃんと支援してみたいな方向性にいっちゃって、それでトランス女性を排斥するみたいなターフみたいな人の仲間になっちゃうみたいな。
様式ある男性がそっちに行っちゃうみたいな方向性にもなっちゃうんで、だから自分の中でそういうのがあってもいいけれども、いやでもそこに紐付けられるほどではないんですよとか、そういうくらいの本当に微妙なバランスっていうのをちゃんと探求していかなきゃいけないんじゃないかっていうのは、ここでの一つの問題意識。
俺の中でも。でもあったかなというのが今ちょっと感じます。
なんかトランス女性のレズビアンのことについて、映画だったかな。
39:01
はいはいはい。ギリシャのブロードウェイっていうやつですか。
クリストスマッサラス監督の作品で、トランスジェンダー女性で女性を愛するトランスレズビアンっていう登場人物がいるよってことを書いていらっしゃるんですけど、
友達にトランス女性レズビアンの人がいるんですよね。
その人と似てて思うのが、さっき言ったマイノリティの中で自重自爆してるっていうのにつながるんですけど、レズビアンバー。レズビアンの女性が行くバーですけど、
それを女性限定っていう風に言ってるところがあるんですけど、その女性っていうのはどこまで含むかっていうのがすごい難しくて、それはその良い悪いじゃなくて本当に難しいんですけど、
で、戸籍が女性の方っていうのでくくったりしてるところが結構多いんですけど、でも私のその友達のトランス女性のレズビアンの人は戸籍を変更してないんですよ。
で、その戸籍を変更するのにもすごい難しい厳しいプロセスがあるっていうのもあるんですけど、彼女はそれを選択してないんですよね。
というのはその何人かいるけど、結婚ができるから、男性の戸籍を持ってれば女性と結婚ができるから変更しないっていう立場の人もいるし、本当にいろんな事情があるんだけど、
戸籍女性っていうふうに言ってしまうと、マイノリティの中のマイノリティのトランス女性のレズビアンの人がそこからも追い出されてしまう形になったりして、だから難しいところではあるんですけど、
線を引くっていうのがそもそも不自然なところで線を引こうとするとどうしても。
でもね、トランスジェンダーのレズビアンっていうのが当たり前だけど、もちろん存在してるんだけど、なんか透明な中にも透明になってしまうというか。
だからね、この本の中でね、トランスジェンダー女性のレズビアンがまず存在するっていうことを書いてくれたっていうのが、すごい私は友人を持つ身として嬉しかった一つの点だったりします。
そういうところもいいし、犯罪映画としてめっちゃかっこいい。
ストーリーとしても面白い。
42:01
だから3年前の1位はこれでしたね。
1年で何本くらい映画見てる?って数えきれないかもしれないですけど。
最近減りましたね。本を書くのを職業にしたので、やっぱ本を読む方が多くなった。
500何冊読んでるってこの本に書いてた気がする。
そうね。
オムフォーカーなんかに書いてた。シャジで確か書かれてた気がするんですけど。
シバルの時は600冊とかなんか書いてた気がするんだよな。
そうですね。
すごい量。
すごい量だよなと思って。
しかもなんか、店長さんただ流し読んでるだけじゃなくて、ちゃんと消化されて、あ、すごいすごい、読書ノート持ってきてくださって。
すごい、めちゃくちゃぎっしり。
最近、じゃあ1月1日から読んでいくか。
えっとね、フレア創作文芸合同誌。
これね、面白かったのが、コンカフェってあるじゃないですか。
コンセプトカフェ。
コンセプトカフェ。
メイド喫茶とか。
そういうやつ。
そこの勤めてる女性だったり、そこに行ってる客だったり、そういう人が、小説とかが寄稿してるっていう文芸誌。
コンカフェ専門文芸誌。
そんなのあるんだ、すごい。想像がつかない世界だな。
次はレコンキスタ中世スペイン誌。
全然もうなんかこう、店長さんらしくて。
次が日本銀行近代誌。
創設から洗料機まで。
次、痛くならない早く走れるランニング三軸理論。
めっちゃ実用書。
次、良き人生においてローマの鉄人に学ぶ生き方の知恵。
次、数学とは何か。心が数を作り、操る仕組み。
数学?
数学。数の感覚と書いてます。
知らないな。
これ早々ノンフィクションの。
本当ですか?
新しいやつです。
衛星、ストイックチャレンジ、逆境を最高の喜びに変える技法。
1日からですけど、まだ収録12日ですからね。
そっか、そうやんな。
今読んでるやつが、とうに夜半を過ぎて、レイ・ウラットウェリー。
これは、あれですね、2024年のベスト3の本の中に
佐藤が取り上げさせてもらった。
この番組で。
それを聞いてから、その後に北千住に新しくできたっていう古本屋に行ったんですけど、
そこで、偶然出会いまして。
これはもう、家具っきゃないだろうってことで。
嬉しい。
今読んでます。
めちゃくちゃ嬉しい。
45:01
そんな感じで、もう気の赴くままに。
すごいな。
ここで、なんか違う。
陰陽をめっちゃ自由にやってるみたいなのはありますけど、
そういう中からいろいろやってますね。
やりくりしてるからこそ、いろいろバチバチに、
なんかいろんなものをやる感じありますね。
なんか私、本を続けて何冊も読めないんですけど、
1日の間に体力というか気力がなくなって。
そういうのはないですか?
なんか結構、ジョギングと一緒で、
ちょっと近くて。
本を読むときに、読み進められるようになるまで、
ちょっと時間がかかるから。
最初が、読んじゃえば読めるけどみたいな。
俺なんか、どっか短距離走みたいに取られてるから。
ダーっと読む。
その後、はぁはぁみたいな気がないんですか?
ならないっすね。
すごいな。
考えてみれば、そうならないな。
すごいな。
そんで、1冊にめちゃくちゃ感動して号泣して、
よかったって号泣しながら、2冊目読み始めるみたいな。
中毒ですね。
そうですね。
なるべくして、作家になっている感じがするなぁ。
タトゥーさん、最後に聞いておきたいみたいな。
それを言ったらね、もう。
それはキリがなくなってしまう。
別日に別収録だな、これは。
コルトンにまた。
コルトンに馳せさんじなければならないけど。
お聞きしたいことは、一番お聞きしたいことは聞けたし、
ちょっと言いたかったことは言えたかな。
ありがとうという気持ちが本当に大きいですね。
セクシャルマイノリティとか、そういったことについて。
シス男性でヘテルセクシャルの立場で、
フェミニズムとかクイアリーロンもそうですけど、
語ってくれるっていう人がそんなに多くはないから。
すごいありがとうです。
こちらこそ。
やっぱりそういうことを言うのも、やっぱり
どういうふうに批判する人もいるから、
ちょっと警戒せざるを得ない。
誰に話すのにも警戒せざるを得ないところはあると思うんですけど、
そんな中で、共有してくれることが本当にありがたいと言いますか。
本当にこちらこそありがとうっていうのを言いたいですよ。
本当に。
光栄です。
こちらこそです。
私は本当にお二人に、
比べるとというか、多分世間一般の方に比べ、
世間一般って何って感じですけど、
本当に多分避けてきたところだなと自分で改めて感じて、
その入り口になってくれるものだなとすごく感じました。
やっぱり私個人としては、
自分が人間になる練習をしているみたいな感覚が今あって、
48:08
まだこの種なんだっていう実感が、
40年も生きてておかしな話なんですけど、
あんまりまだなくて、
面白いみたいな感じで人間を見てたんですけど、
自分も人間だっていうことに気づき始めていて。
不思議な感覚やね。
だから社会をある意味、
生き物の集団みたいに見てる部分が今もすごくあるんですけど、
そうじゃなくて自分がやっぱり一員だなっていう当たり前のことを考えたりしました。
いいですね。
みんなでぼちぼちやっていきましょう。
ぼちぼちレベルのゆっくりさ。
試みを。
だから一人のほら、ここにもニーラームストロングね。
一人の人間にとっては小さな一歩だが、
人類にとっては偉大な一歩である。
この逆ですよ、俺らがやって。
人類にとっては小さな一歩だが、
俺にとっては偉大な一歩である。
そういうね、自分にとっての偉大な一歩。
小さなね。
一歩一歩踏みしめていきましょう。
なんて素晴らしい締め。
本当に語り尽くせないトピック盛りだくさんの本ですので、
ぜひぜひ皆さんももう一度書名を復唱します。
クソッタレな俺を魔神にするための生活革命。
斉藤哲長さんの新しい著書をぜひぜひ手に取って読んでいただきたいです。
はい。
というわけで斉藤さん3週にわたって本当にご出演ありがとうございました。
こちらこそありがとうございました。
また何かの機会にぜひぜひお行きしたいです。
3冊目か。
3冊目。
私も2冊目出したいです。
というわけで頑張っていきます。
よし。
では皆さん、最後は3人で、せーの。
良い読書体験を。
斉藤さんありがとうございました。
ありがとうございました。
本の虫のすすめでは皆様のご質問ご感想をお待ちしています。
取り上げてほしいトピックも随時募集中です。
ツイッターのDMまたは番組説明欄に記載しているメールアドレスにご連絡ください。
本の虫のすすめは毎週金曜日17時に配信しています。
アフターファイブに読書トークをお楽しみください。