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おしゃべり本棚 この時間は福岡のRKB毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします。
小川美名作 青いランプ
後編 人々が外国人を助けたいという真心があちらの船に通じたと見えて
船から汽笛の音が見たび聞こえてきました。 あれは分かったという知らせに違いない。
みんなは首を伸ばして沖の方を見つめていますと、 だんだん黒い船の姿が大きくはっきりとしてきました。
これを見た外国人は声を限りに叫んで喜びました。
さあ、あなたも私と一緒にいらっしゃい!と言って、片わらに立っているお父さんの首に抱きつきました。
お父さんは日頃から外国へ行ってみたいと思っていました。 しかしその頃そんなことがどうして容易にできましょう。
まことにこれこそいい都合でありました。
どうか、それなら私を連れて行ってくださいとお父さんも滅心に頼みました。 お婆さんはまだ小さな娘でありました。
お父さんが荒海を越えてあちらの外国へ行かれると聞いたので、 どんなにそれを悲しみましたでしょう。
もう行けば二度と帰って来られないもののように思われたからです。
そしてお婆さんのお母さんと一緒に、 お父さん、外国へなど行かないでくださいと願いました。
なあに、心配することはない。きっと無事に帰って来るから。 とお父さんは答えて、いくらやめさせようとしてもだめでした。
母と娘はお父さんの決心が固いのを知ると、 せめてそのお帰りを待つより仕方がないと悟りました。
そんなら、いつお帰りなさいますか。教えてください。 と二人は言いました。
じゃあ約束をしよう。 今から五年目に、きっと帰って来るから。
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とお父さんは答えました。 気仙からは引き下ろされた小舟が陸を指してきました。
それからしばらくして、 外国人とお父さんはその小舟に乗りました。
小舟は番形の金色に輝く波を切って、 再び陸を離れてあちらに止まっている気仙を指して漕ぎました。
海鳥は美しい夕空に面白そうに飛んでいました。 母と娘と近所の人たちは名残惜しそうに、
目に涙を浮かべて沖の方を眺めていました。 小舟は小さく小さくなって、
いつしか船に漕ぎつくと、 人も船も同時に引き上げられて、
船は暮れゆく空に汽笛を鳴らして、 出雲へ伴く去ってしまいました。
絵で見るとお父さんの行かれた外国には 立派な町があって馬車が通っています。
また男も女も思い思いに綺麗な風をして歩いています。 お父さんからは言ったきり頼りがありませんでした。
留守をしているうちの人々は、 ただ5年の間の早く立つのを待っていました。
外国人の住んでいた家は空き家になって誰も住んでいませんでした。 ただ夏が来ると家の周りにはいろいろの草が自然に芽を出して、
赤、白、紫、黄色の花を美しく咲かせました。 そして沖から吹いてくる風はそれらの花を動かしました。
蝶や蜂は朝から集まってきて日の暮れる頃まで楽しく遊んでいました。 お父さんは無事にお帰りなさるだろうか。
あの外国人でさえ、ああして帰って行ったのだもの。 人の思いの通らないことはない。
きっと5年たったらお父さんは帰っておいでなさる。 一年また一年とたってゆきました。
年々種が残って咲いた草花もその後誰も手を入れるものがなかったので、 外国人の住んでいた家の荒れるとともに花の数は少なくなってしまいました。
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こうしてついにお父さんの帰ると言われた5年目となったのです。 お母さんはお父さんの留守の間にランプの下で寂しく仕事をしていました。
この辺りの海は10月の末になれば波が高くて、どんな船もあまり通ることはなかったのでした。
もうお父さんはお帰りなされそうなものだ。 こう言って娘と母は毎日のように海岸に立っては船の入ってくる影を待っていました。
しかし、夕焼けの美しかった夏にはとうとうお父さんは帰って来られませんでした。
今年はお父さんはお帰りなされるのだろうかと娘が言うと、 いいえお父さんは約束なされたことは決してお違いなされはしません。
きっと今夜あたり帰っておいでになさるだろう と言ってお母さんは何か虫が知らせるのか堅く信じて
いつものごとく青いランプに火をつけて窓際に座って待っていられました。 その日は
なんとなくうちの人々の胸騒ぎのする晩でした。 今夜は帰っておいでなさるとお母さんは信じて
暗い海の方を見ていられると、 ふいに夜嵐の窓に吹きつけるようにいくわともなく
黒い海鳥が青いランプの火をめがけて、どこからともなく飛んできて窓に突き当たったのであります。
お母さんは神様や仏様を口の内でお祈りをして、 どうかお父さんの身の上に代わりのないようにと願いました。
そして一夜、まんじりとも眠りませんでした。 その翌晩も、どこからともなく黒い鳥が青いランプの火をめがけて飛んできました。
毎晩青いランプに火をつけると、どこからともなくこの黒い鳥の群れが押し寄せてきたのであります。
みんなはこのランプを気見悪がりました。
そして不思議のランプとして、もうそれをつけないことにしてしまったのであります。
そうしてお父さんはとうとう帰ってこられませんのでした。 これがおばあさんのお話であります。
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そのときのお母さんはもうとっくに死んでしまい、 そのときの娘さんはこの物語をしたおばあさんなのでした。
そのお父さんはどうなされたのでしょうね。 と、この部屋に集まった人たちはおばあさんに尋ねました。
外国からこちらへ来る船がなかったものか、それともどこかの島へ渡って自分の思ったような仕事をなされたものかわからないのだよ、とおばあさんは答えました。
今でもわかりませんの。
私がこんなにおばあさんになったのだから、もうお父さんはこの世においでなされるはずはないでしょう。
みんなはこれを聞いて寂しい気持ちがしました。
青いランプの火はその昔のように青い光を今も部屋の中に漂わせています。
黒い鳥が今夜も飛んでくるかしら、子供たちも言いました。
誰もこれについてはっきり答えるものはありませんでした。
そしてみんなはおばあさんの顔を見ました。
おばあさんはうつむいて遠い昔のことを思い出すように、また岸に打つ波の音に聞き入っているようにじっとしていられました。
おばあさん、黒い鳥が今夜も飛んでくるでしょうか。
もうそんなこともあるまい。
あの自分、国へ帰りたい、帰りたいとお父さんが毎夜思っていなされたから、鳥になって帰ってきなさったのかもしれないが、
もうそんなことはないだろうとおばあさんは言われました。
果たしてその世は何の変わったこともなく、秋の海はすすり泣くように静かに吹けていったのであります。
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