青い草
2024-11-23 16:32

青い草

0113 241123 小川未明 青い草 朗読:池尻和佳子
Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:00
おしゃべり本棚。
この時間は、福岡のRKB毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします。
小川美名作 青い草
小さな兄弟は、父の目がだんだん見えなくなるのを心配しました。
お父さん、あのカレンダーの字がわからないの?
と、壁の方を指して言ったのは、もう前のことであります。
お父さんが会社を辞めてから、家の内にも夜が来たように暗くなったのです。
私の国へ帰りましょう。田舎は都会と違って、困ると言っても田はあるし、畑があるし、まだゆとりがあります。
行けばどうにかならないこともありますまいから、と子供の母親が言いました。
お母さん、田舎へ帰るの?と姉の敏子は、お母さんの体へすがりながら聞きました。
ええ、帰りましょうね。そうするより仕方がないんですもの。
お母さんは、みんなの気持ちを励ますつもりで言いましたが、またすぐに涙ぐんでしまいました。
俺に国があるとなあ、と父親は瞳が白くなって、正気を失った目であたりを見回しながら答えました。
お父さんにはもう両親もなければ、また帰るべき家もなかったのでした。
どちらの田舎へ帰っても同じではありませんか。
私の兄はあの通り親切な人ですし、まだ母も生きていますし、とお母さんは言いました。
そうすれば、ぼく田舎の学校へやがるの?とよしぼうが聞きました。
おまえも田舎の子になるのよ。山へ行ったり野原を駆け回ったりして、きっと丈夫になりますよ。
としこはもうあと二年ですから、卒業したらお裁縫でも習えばいいと思います。
父親はだまって考えていたが、できるなら子供たちをこのままこちらで勉強させてやりたいものだなと言いました。
03:10
あなたそれができるようならこれに越したことがありませんけれど、そのおからだでこの先どうしてやっていけますか。
母親は自分に何の力もないのをめんぼくなく思ったのです。
なに私にだって少し考えがある。
父親はさびしく笑いながら二人の子供のいるほうを向いて、
おまえたちはお母さんの田舎へ帰ったほうがいいか、それともこちらでいくら不自由をしても暮らしたほうがいいか、どちらがいいかなと聞きました。
もうまったくの子供ではなくいくらかもののわかる年子は、この際いかに負け抜きであってもそれは無駄なことと思いました。
それよりかお母さんのおっしゃるように田舎へ帰って、自分はどんな手助けでもするから一家のものが無事に暮らしていけることを願ったのでした。
私はお母さんの田舎へ行ったほうがいいと思うわと、としこは答えました。
僕はけんちゃんやしょうちゃんと別れるのはいやだからこっちにいるほうがいい。
今年から小学校へあがったばかりのよしぼうが言いました。
父親は手さぐりでよしぼうの頭に手を置いて、よしぼうや、お前と二人でこちらにいようか。
お父さんとお母さんと別れるのはいやよと、としこは泣きながら言いました。
母親もだまってそっと目の涙をふきました。
まあ私はやってみる。こうなれば恥も外分もない。あすからでも町の角に立って尺八をふくつもりだ。
日ごろからお父さんの尺八に感心している一家のものだけれど、世間の人たちが果たして自分たちと同じように感心するか、また感心はしても金を恵んでくれるだろうか、まったく見当がつかなかったのです。
お父さんはうまいんだから、みんながきっとお金をくれるよ。
この時節ですもの、なんでお金になどなりますものかとお母さんは言いました。
町の角に石づくりの銀行がありました。
06:02
前に三坪にも足らぬ空き地があって、そこへ青い草が芽を出しました。
低い柵には鎖がはられていたが、大人なら造作なくまたいではいることができたのです。
よしぼうの父親が立って尺八をふくのはその柵のところでした。
いつか酔っぱらいが倒れていたところへ、草が芽を出したとよしぼうは言いました。
どこのおじさんであったか知らないが、お勤めの帰りに酔っぱらったと見えて、黒い街灯は泥だらけであったし、握っているコウモリが折れそうに曲がっていました。
巡査が見たら何か言うであろうとよしぼうは心配をしたが、その時巡査は通ったけれども目に入らなかったようです。
その後、雨が降り続きました。
その雨で草が生えたのでありましょう。
土曜日の日には早くからここへ来て父親は尺八を鳴らしたのでした。
ふいによしぼうが叫びました。
「花が咲いた!」
小さな白い花が草に咲いたのであります。
ガラス窓のうちで仕事をしている人にも、またこの歩道を通る人々にも、おそらくこの花は知られなかったでしょう。
ただこれに気のついたのは自分ばかりのように思えて、よしぼうはなんだかうれしくて仕方がなかったのです。
彼は柵の下から頭を突っ込んで、原場になってその花を取ろうとしました。
こんな遊びは原っぱでもなければされぬことで、このにぎやかな町の中では全くめずらしいしがいのあるいたずらにちがいありません。
よしぼうは手を伸ばしてその白い花を取ろうとしました。
その瞬間です。
どこから飛んできたか、くちばいろの蝶が花にとまろうとしました。
よしぼうは驚いて急に手を引っ込めて、蝶の駿さまをじっと見守っていました。
蝶は花にとまって、羽を休めたかと思うとまた舞い上がって、
バイエンと物音でかきにごされている空へどこともなく飛んで消えてしまいました。
その行方を見送りながら、よしぼうはぼんやりとして不思議に思ったのです。
09:06
そして蝶のために白い花を残しておく気になりました。
よしぼうや、あっちのお店では売れたかな。
二軒とは離れぬところへ、赤い玉と白い玉と、
拭きあげるおもちゃの噴水や、バネ仕掛けのお相撲の人形を売る露店が並んでいたのでした。
さっき子供がたくさん立っていたが、誰も買わずに行ってしまったよ。
そうか不景気だなあと父親はため息をつきました。
まだ今日は一人も銭を投げてくれなかったのです。
デパートの屋根にはアドバルーンが高くあがっていました。
風が寒く雲が低かったのです。
近所の店で鳴らす蓄音機の音が、いつかお母さんの田舎へ行ったとき、
丘の下の小学校で女の先生が弾いていたオルガンの音を思い出させました。
その先生は紫色の長い田元のついた羽織を着ていました。
お父さん不景気でだめだからお母さんの田舎へ行こうね。
よしぼうはこう言いました。
なぜかお母さんの田舎へ行こうというと、不幸な父親はいつでもだまってしまうのです。
また雨かなあ。だいぶ寒くなった。
もう少しやってお家へ帰ろうな。
父親は尺八を持ち直して思い切り深く息を吹き込みました。
うさぎ追いし蚊の山、小舟釣りし蚊の川。
夢は今もめぐりて忘れがたきふるさと。
道を急ぐ人々の中には立ち止まってじっと耳をすます青年がありました。
また女の人がありました。
その人たちはしまいまでその歌に聞きとれていました。
志を果たしていつの日にか帰らん。
山は青きふるさと、水は清きふるさと。
と父親が歌い終ったときに、
あちらからもこちらからもお足が二人の前に落ちたのであります。
12:00
よしぼうは拾うのに夢中でありました。
やがて草の白い花が薄闇の中にほんのりとわからなくなるころ、
あわれな父親のたもとにすがりながらいさんで帰っていく子どもがありました。
それはよしぼうであります。
沈みがちに歩く父親に向って、
「ねえお父ちゃん、きょうはよかったね。
またあしたもあんなうたをふきなさいよ。」
と言ったのでありました。
YouTubeミュージックでRKBと検索してフォローしてください。
RKBオンラインのポッドキャストまとめサイトもチェック!
16:32

コメント

スクロール