みんなで持つという発想|平川克美『共有地をつくる』#39
2026-05-27 19:53

みんなで持つという発想|平川克美『共有地をつくる』#39

一冊の本をお茶とともに味わう読書Podcast「本茶本茶」。

今回はumunowa しなの花ティーを淹れながら、平川克美『共有地をつくる──わたしの「実践私有批判」』を紹介します。


▼ 今回のテーマ

私有するとは/共同体のジレンマ/共有地をつくる

「私有」の反対は「無一物」ではなく「共有」だった──そんな視点の転換を、隣町珈琲という喫茶店の実践とともにお茶を片手に味わいます。哲学や社会、生き方や場づくりに関心がある方におすすめのエピソードです。
🍵 本日のお茶

umunowa しなの花ティー(山形県鶴岡市・和リンデン)

https://umupj.com/collections/herbtea

📕 本日の本

『共有地をつくる──わたしの「実践私有批判」』

平川克美(著)

https://amzn.to/3PNyHMn


👤 話し手

Fuyuto

「静けさのデザインとケア」をテーマに、コーチング・プログラム開発を行うStudio Stillness代表。

note → https://note.com/honcha_honcha

感想

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サマリー

このポッドキャストでは、平川克美氏の著書『共有地をつくる──わたしの「実践私有批判」』を紹介します。私有の概念を問い直し、共有という視点から、隣町コーヒーという喫茶店の事例を通して、現代社会における「共有地」のあり方を考察します。特に、共同体のジレンマや、見返りを求めない「漢字」という古来のシステムを用いた資金調達、そして私有物を共有へと開いていく実践について掘り下げています。この本は、所有の概念を超え、開かれた場を創造することのヒントを与えてくれます。

はじめに:本と茶の紹介
こんにちは。本茶本茶へようこそ。毎回一つのお茶を味わいながら、一冊の本をきっかけに、生き方の問いを一つ持ち帰る時間です。
静けさのデザインとケアを通して創造性の器を育む、スタジオスティルネスのFuyutoがお送りします。
毎週水曜日19時に更新しています。
今日ご紹介するのは、平川克美さんの『共有地をつくる 私の実践使用批判』という一冊になります。
これは三島社から出ている本なんですけれども、著者の平川さんは今は文筆家として活躍をされています。
元々は翻訳を主業務とする会社を設立されたりとか、あるいは少しITとかテックのようなことをやられていたり、そこから2014年に喫茶店となりまちコーヒーというものをオープンされた、そんなような方になっています。
これまで、『小秋内のすすめ』という本であったり、『消費をやめる』という本だったり、さまざまな著書を出されてきたんですけれども、
この共有地をつくる私の実践使用批判、実践使用批判というのは、私が言うするの言うに批判という実践使用批判と書いてありますが、
まさに先ほどの隣町コーヒーという喫茶店を東京で営みながら、そこでの活動をもとにしながら私有する、私で所有するということをどういうふうに超えていくかという試みについて語っている一冊になります。
この本自体との出会いはちょっと記憶がなくなってしまったんですけれども、まさにこの共有地、自分だけの場所ではなくて、みんなの場所をつくるというタイトルに惹かれて購入したものを、ちょっと昔に購入したような気がしますが、最近読んだ一冊になっています。
紹介したいポイントは今日も3つあって、1つ目が私有するとは、2つ目が共同体のジレンマ、そして最後に共有地をつくる。
その前にまずは一緒に楽しむお茶から。
今日は山形県鶴岡市のウムノワさんというところが出されているシナノハナティというものをいただいています。
このシナノハナというのはですね、シナノキというものがあるんだそうです。
これは山形だとワリンデンと呼ばれるハーブそうなんですけれども、そのお花ですね。
これは8日間だけ咲く貴重なお花を手摘みで摘んで、それを乾燥させたものをお茶にしたものになっています。
ハーブティというよりも、本当は茎から、茎の先に小さなお花が20個くらいついたひとふさが1人前のパックになっていて、
それをそのままカップに入れてお湯を注ぐと、お花が、つぼみがふわっと開いていくような形で、
はちみつ色にお湯が変わっていく、そんなようなお茶になっています。
お茶の色だけではなくて、香りもふわっとはちみつのような香りがして、とても甘い、自然の甘みというんですかね、お茶になっていて美味しいものです。
先週ですかね、山形県に仕事の関係で行っていたこともあって、このお茶にしたんですが、
もしかしたら、前回の森とそろばんの時に飲んでもよかったかなと思うんですが、まさに里山というようなところから取れる和ハーブですね。
もちろんその地球の恵み的なこともありますし、今日テーマにする共有地みたいなものとも少しつながるところがあるかなと思って選択してみました。
ではここから本の紹介に戻ろうと思いますので、皆様もお気に入りの飲み物と一緒にお楽しみください。
私有するとは何か
この本はですね、冒頭でも紹介した通り、平川さんが営む隣町コーヒーという場所を題材にしながら、
私有するということは何か、あるいは共有するということは何か、そんなものを実践の中から考えていく、そんな一冊になります。
まずですね、この本、エピグラムという章から始まるんですけれども、そこだけですね、かなり僕はぐっと引き込まれるというか興味を持ったんですが、
ちょっとだけ引用してみると、
民主主義は意思決定のために多数決原理を採用してきた。
そして多数決原理はいつも程度の問題を二者卓一の問題に変化させ、勝者と敗者を分け、その決定を実行するための権力を必然化してきた。
しかし、私たちの社会が抱えているほとんどの問題は、本当のところは二者卓一ではなく、程度の問題である、という一文が本当に冒頭に書かれているんですね。
まさにですね、共有とか私有という議論に入る前に、本当は程度の問題というものが見た目、二者卓一のように変化させられて、勝者と敗者であったり、分断みたいなものが生まれていくと、
そういう社会の流れのところにとても共感というか面白いなと思いながら、この本を読み進めていきました。
そんな中で、私有するという概念はそもそもどういうことなんだろうかというのが切り口の一つ目ですね。
まさしく私有するとはというものになります。
この本の中で語られている私有というのは、もちろんその私有財産とかでですね、語られるような個人が所有するというもの。
まさに資本主義社会の成長というのは、この私有財産がどんどん増えていく、個人の権利として認められていくということとイコールであったというような書き方がされるんですけれども、
一文をすると、私有の拡大は人間に備わった内在的な欲望の結果というよりは、
企業が成長するために私たちの欲望を利用し、そのことに私たちが巻き込まれて共犯関係的に競争社会を作り上げた結果だといった方が正確なのかもしれません。
そんな風に書いています。
まさにこの社会が成長していく、あるいはその中で経済が成長していくにあたって私有をしていくというものが、ある意味、意図的に拡大をされてきた。
さらに言うと、このものが欲しくなるというのは、実は必要なものが欠落しているということ以上に、不要なものの過剰によってより欲しくなる。
まさにその欲望が欲望によって駆動される、みたいなことも語りながら、私有するという概念がどのように育ってきたか、そんなことから本は始まっていきます。
一つ面白いのは、私有の反対は、私有をやめて無一物になるということではなくて、共有するということだと書いています。
この本における議論が、持つ持たないという軸の議論というよりも、私個人で持つ、みんなで持つの軸に移っている、そのユニークさが感じ取れるパートになっています。
共同体のジレンマ
そしてそこからでは、共有というものはどういうものなんだ、どういう実践がされているのかというものが続いていくのですが、その前に、共有自というものと共同体というものの違いを平川さんは触れているパートがあります。
これが切り口の二つ目、共同体のジレンマというものになります。
一文引用すると、共同体のジレンマは、共同体を共同体たらしめる幻想の統合軸が、そこからはみ出てしまう一種を排除することによって強化される、というところから生じるものです。
外敵がなければ、共同体は団結の統合軸を持てない、そんなふうに共同体のジレンマについて語っています。
これどういうことかというと、例えば会社でも家族でも何かグループ、宗教、いろんな共同体があると思うのですが、
そういう共同体が私たちとして一つにまとまる、成立するためには、必ず私たち以外の人たち、自分たち側を成立するためには、あちら側を必要としてしまう。
そういうことなのかなというふうに思います。
そうしたときに、この本のテーマである共有地というものは、少しこの共同体という考え方とは異なるものです。
共有地は認証を持たず、というふうに書いてあります。
一人称とか三人称の認証を持たず、誰も所有権を主張せず、共同体のメンバー及び共同体の外部のメンバーにも等しく開かれた場である、と。
そんな定義がされています。
そうしたときに、ここで語られる共有地というものは、非常に広い概念というか、
誰のものでもなく、誰のものでもある、みたいな、そういう前提として語られていくのだなというふうに理解をしました。
共有地をつくる実践:隣町コーヒー
そして三つ目の切り口が、まさに本書のタイトル、共有地を作るというものになります。
平川さんがどのように隣町コーヒーというものを題材に共有地を作っていったか。
この隣町コーヒーというのは、もともとは平川さんが中学時代の友人の方たちと、2014年に品川区の商店街に作った喫茶店だったそうなんですね。
小さな10坊ぐらいの喫茶店を、友人たちと一緒に経営をしていたという中で、
その6年後の2020年に、突如ですね、この隣町コーヒーが入居しているビルのオーナーさんが変わったと。
新しいオーナーさんから、退居勧告というんでしょうか、出てってくださいというような話をされる。
隣町コーヒーがなくなってしまうというところから物語がスタートします。
その後ですね、何か代わりにできる場所がないかというのを色々探すんですけれども、
偶然、同じ駅の反対側の中にある50坪ほどかなり大きいですね、ライブハウスが終わると。
そこの跡地を使えないかというようなことから、新しい隣町コーヒーの計画が立ち上がります。
ただ、難しいのは、元々の店舗の5倍の大きさ、かつ元々ライブハウスだったところを喫茶店に変えようということで、
改装費用が1000万ぐらいかかってしまう。そんなような状況だったんだそうです。
そんな中でですね、この平川さんたちがどういうふうにこの改装費をやりくりしたかというところで言うと、
一部ですね、漢字というやり方を使ったと。ご存知の方いらっしゃいますかね。
漢字って、漢遊の漢に進むって書くやり方だそうなんですけれども、
これは何かというと、日本に古くから残るシステムなんだそうなんですが、
例えば、宗教教団であったり、地縁協同体、土地の縁の協同体が関係者から寄付を募ると。
で、協同体のための施設や道路、橋なんかを作るシステムだそうで、
この漢字においてはですね、寄付のことを寄謝、喜ぶ、捨てる、すごい単語ですよね。
喜んで捨てる寄謝というふうに読んで、寄謝を募るということがこの漢字というシステムなんだそうです。
で、この寄付と漢字が何が違うんだとか、いわゆるクラファンみたいなものと何が違うんだということなんですが、
この漢字を行うものはですね、無縁の原理、縁がない、無縁の原理を身につけていることがその資格であるということだそうです。
この無縁というのが何かというと、どういう人が寄謝をしてくれたかということに関わらず、
どの人に対してもあくまで無縁の関係を維持する。
そのお金をくれた人のためにということではなく、そこの縁を切ると。
もう一つはもちろんその自分の利益にもならないようにする。
まさに寄謝をする方は見返りを求めずにこのお金を寄付するということですし、
もらう側も自分のためでもなく、その寄謝、寄付をしてくれた人のためでもなく、
あくまで無縁の関係で物事を進めていく必要があるということなんだそうです。
とした時に、さまざまな方が全国からこの寄謝を集めてくださったそう。
あっという間に600万円ほど集まったということだそうなんですけれども、
このお金を出してくれた人に対してどうこうというよりも、
まさにその思いを受け取って全体に対して実現していくということが自分たちの使命になった。
そんなような話をされていました。
そうこうしながら、回送費を苦免してオープンをさせるんですが、
もう一つこの平川さんがやったことがあって、
もともと自分の家にあったソファーとかテーブル、書籍みたいなものを、
この新しい隣町コーヒーに移動させたというようなことだそうです。
これはまさに、もともとソファーやテーブル、自分の家にあった書籍というものは私有物ですよね。
その所有格を解除する、私のものから共有のものに変えていくということをしたんだそうです。
それによってこの隣町コーヒーというものが平川さんにとっては、
私にとって内側でもあり、外側でもあるという空間になった。
そんなようなことを書いていました。
まさに自分のもの、私有のものを解除して共有に開いていくということを実践をされている、そんな話かなと思います。
共有地の可能性と問い
最後に一文言いをすると、私が考えている共有地とは、
自分の私有しているものを他者と共有できるような場所のことです。
行政によって形成されるような社会的な資本でもないし、
村の共同の洗い場のような共同体の共有財産というものとも少し違います。
自分の持っているものの所有格を解除しながら、より開いていく、
そういう様々な人から開かれたものが集まる場所、共有地ということが、
もしかしたらこの先の社会と自分との関わり方のひとつヒントになるかもしれない。
そんなことを感じた一冊になっています。
そういう意味では、もちろんこのポッドキャストもそうですし、
仕事とかコミュニティとか、さまざまなところで私有する、
あるいは共同体の中で共有財産とするということはあるんですが、
そういうものをどんどん解除して、共有に開いていくと何が起きるんだろうというのは、
なんか興味を持った最後の問いになっています。
今日は山形県鶴岡市のシナノハナティというお茶をいただきながら、
平川勝美さんの書かれた、「共有地をつくる。私の実践しゆう批判。」という一冊をご紹介しました。
もしSpotifyやAppleポッドキャストで聞いてくださっている皆様、フォローをよろしくお願いいたします。
それではまた。
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