投げたボールは、返ってきていますか?|伊藤守『こころの対話 25のルール』#40
2026-06-03 23:05

投げたボールは、返ってきていますか?|伊藤守『こころの対話 25のルール』#40

一冊の本をお茶とともに味わう読書Podcast「本茶本茶」。

今回は norm tea house の original blend AMBER を淹れながら、伊藤守『こころの対話 25のルール』を紹介します。

▼ 今回のテーマ

聞かれないこと/コミュニケーションの未完了/自己否定と教育

「投げたボールが返ってこない」──そんなコミュニケーションの未完了が、頭で考える前に私たちの反応を決めている。日本のコーチングの草分け・伊藤守さんの対話の名著を、お茶を片手にゆっくり味わいます。コミュニケーションや対話、自己理解に関心がある方におすすめのエピソードです。

🍵 本日のお茶

norm tea house / original blend AMBER

https://normteahouse.com/products/norm-original-blend-amber-1


📕 本日の本

『こころの対話 25のルール』伊藤守(著)

https://amzn.to/4dQJ6Pa

👤 話し手

Fuyuto

「静けさのデザインとケア」をテーマに、コーチング・プログラム開発を行うStudio Stillness代表。

note → https://note.com/honcha_honcha

感想

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サマリー

このポッドキャストでは、伊藤守氏の著書『こころの対話 25のルール』を、norm tea house のオリジナルブレンド「AMBER」を味わいながら紹介しています。主なテーマとして、「聞かれていない」というコミュニケーションの不全、会話が途中で終わってしまう「コミュニケーションの未完了」、そして自己否定と教育の関係性が挙げられています。特に、相手の話を最後まで聞かず、次に話すことを考えてしまう状況や、それが相手の存在を否定することにつながる可能性について掘り下げています。また、自己否定の根源が、不完全さを前提とした教育にあるのではないかという視点も提示されています。

はじめに:本とお茶の紹介
こんにちは。本茶本茶へようこそ。毎回一つのお茶を味わいながら、一冊の本をきっかけに、生き方の問いを一つ持ち帰る時間です。
静けさのデザインとケアを通して創造性の器を育む、スタジオスティルネスのFuyutoがお送りします。
毎週水曜日19時に更新しています。
今日ご紹介するのは、伊藤守さんという方の書かれた、『こころの対話 25のルール』という一冊です。
この著者の伊藤守さんという方は、もしかしたらコーチングに関わりのある方々はご存知の方も多いかもしれないですが、
日本のコーチングの草分け的な存在の方で、コーチAという会社を創業された方でいらっしゃいます。
この本、実際に出たのは2000年なので25年し半世紀前に出版された本ですが、
コミュニケーションや対話を25のルールと共に伝えてくれる対話の本になっています。
自分自身もコーチングということに携わる中で、何年前でしょうね、5年前ぐらいに一度買って少しだけ読んでおいてあったものなんですけれども、
久しぶりに、これ前回も話したかもしれないですが、最近家を引っ越しまして、
そうすると本棚を一度全部段ボールに詰めて、もう一度本棚に広げるということをやってたんですが、
その中で発見して、今日ご紹介してみようかなというふうに採読してみました。
引っ越しするといいですよね。皆さん、結構引っ越される方いらっしゃいますかね。
自分の持っている本をもう一度全部詰め直す中で、もちろん自分が買ったので知らない本なわけはないんですけど、
結構新しい出会いがあったりとか、今こうやって本棚半分ぐらい読んだことない本ですね。
本当はそこから一冊ずつ読んでいけばいいんですけど、ついつい本を買っちゃって増えていくという、そんな感じになっております。
ちょっと余談になっちゃうかもしれないですが、知り合いの編集者の方がですね、
そういう自分で買ったけど読み切れていない、でもずっと置いておくともったいない本たちを、
部屋を一部屋借りてですね、みんなの図書館的に開いている、そんな取り組みをされている方がいて、
そうですね、僕もなんかそういう場所をいつか作れたらいいなぁなんて、そこでお茶とかちょっと出してみたりして、なんていうことを想像しています。
こちらの心の対話25のルール、紹介したいポイントは3つあって、
1つ目が聞かれていない、
2つ目がコミュニケーションの未完了、
そして、自己否定と教育。
本日のティータイム:オリジナルブレンド AMBER
その前にまずは一緒に楽しむお茶から。
はい、本日はノームティーハウスさんのオリジナルブレンドアンバーというお茶を入れてみました。
これ確か何回か前にももしかしたらご紹介をしていたかもしれないですね、ちょっと忘れちゃったんですが、
これはノームティーハウスさんというお茶屋さんが出しているもので、
国産の紅茶とほうじ茶を3種類、自然栽培のシナモンの葉を合わせたオリジナルブレンドです、ということですね。
これ水の色がすごい素敵なアンバー色、
何て言うんでしょうね、赤と茶色の間ぐらいと言えばいいのか、
すごい良い赤ワインみたいな、そんなような色なお茶になっています。
そして僕がこのお茶がすごい好きだなと思うのはですね、
結構ブレンドティーって混ぜたものがそれぞれ主張してくるものも結構あるというか、
これとこれとこれを混ぜたんだなというのがバラバラに感じるお茶ももちろんあったりすると思うんですが、
このアンバーはですね、紅茶とほうじ茶とシナモンというのがそれぞれ感じるというよりも、
本当に一体として、もともとこういう美味しいお茶があるのかぐらいに自然に感じられるというのがとても好きな部分になっています。
ではここから本の紹介に戻ろうと思いますので、皆様もお気に入りの飲み物と一緒にお楽しみください。
テーマ1:聞かれていないコミュニケーション
この心の対話25のルール。
僕が手元に持っているのは文庫版なんですが、こちらには文庫版前書きというものがあります。
はじめの一文、二文をシェアさせていただきます。
自分の内側をどんな感じでいっぱいにしておきたいかと自分に問いかけてみてください。
どんな答えが出てきたでしょうか。
そう、詰まるところ、私たちは安らいでいたいし、ご機嫌でいたいのです。
その方が体のためにもいいことを知っています。
不安や心配、怒りをなんとか回避したいと思っています。
この本はコミュニケーションの本ではあるのですが、先ほどの引用のように、どうやったら安らいで生きていくか、ご機嫌で生きていくかということを問いかけながら、
自分の周りの人とのコミュニケーションであったり、自分自身とのコミュニケーションをとらえ直す、そういったものを考えていく一冊になっています。
最初の切り口は、「聞かれていない。」
これはですね、本のパート1のタイトルが、「あなたは聞いていない。」というところから始まるんですね。
一文引用すると、聞いているような顔をしながら、実は次に自分が言うことを考えているのです。
その結果、コミュニケーションではなくて、言葉が途切れないというゲームが続いていくだけ。
これはもう非常に耳が痛い指摘だなぁと思いつつ、一つ思い出すエピソードがありまして、
僕ですね、社会人、働き始めてからちょっと一旦仕事をお休みして、アメリカに留学をしていたことがあるんですね、2年間ぐらい。
もちろんアメリカなので、英語を使っていろんなことを学ぶんですが、
その中でインターパーソナルコミュニケーションという、何て和訳するんでしょうね、
人と人の間のコミュニケーションみたいなことでしょうか、そんな授業を受けたんですね。
その授業は、もちろんネイティブのアメリカ人もいれば、僕のように他の国から来た生徒もいて、
確か何回目かのクラスで、自分ともう一人クラスメイトが話をしているところを先生が見てフィードバックをくれるというような時間があったんですが、
まさにその時ですね、同じことを言われたんですよね。
あなたは聞いていない。
当時は当たり前じゃないかというかですね、そもそもこっちは英語で話そうとしているから、
向こうの人が何言って、次何返さなきゃというのを頭の中で考えながらしゃべるというのは当然じゃないかと、
高いハードルを課してくるなあということを思っていたんですけど、
いやいやちょっと待てと、それはだいぶ後になってからですね、
日本語のコミュニケーションでも同じじゃないかというのをふと気づいたと。
まあそれはだいぶショッキングなというか、出来事ではあったんですが、
そんなことを思い出しながら読んでいたパートになります。
やっぱりコミュニケーション、会話を続けていくという中で、
ありますよね、話を聞いているようで、頭の中では次に何を返そうかということを考えている。
自分がそれを話している間に、相手も聞いていそうではあるんだけど、その次に何を返そうかと実は考えている。
まあそういうコミュニケーションというよりは、ただ単に言葉が途切れないやりとりが続いていく。
そうすると聞かれているようで聞かれていないということが、
この世の中では頻発しているんじゃないかということかなと思います。
もう一文をすると、
聞かれないということは、単に自分の話を聞かれていないだけでなく、
話している自分の存在そのものを否定されたこととして認識される。
逆に言えば、聞かないということは、その人の存在を否定することになります。
ついつい聞いてなかった。
まあ次に何を話そうかということを考えていて、悪気もなく聞けていなかった。
実は聞く側はそれぐらいの意思だったとしても、聞かれなかった側はその人の存在を否定することになってしまうと。
まあこれはかなり思い知的だなというふうに思いつつ、
そういう聞かれていない状態が続くと、
人はイライラしたり焦ったり、敵対的になったり、無力感に陥ったりする。
そんなことを伊藤さんは書かれています。
ここで一冊ですね、別の本を思い出したんですが、
過去、ポッドキャストの中でももしかしたら触れたかもしれませんが、
遠畑海斗さんという方が書かれた、「聞く技術、聞いてもらう技術」という新書があります。
あの本ではまさに聞くの不全ということをテーマにしていて、
聞くを回復するということは、聞くテクニックを身につけることよりも前に聞いてもらうことから始めようと書かれていたんですね。
ちゃんと聞いてもらう、その体験をした人こそ、人の話を聞けるようになると。
話の聞き方とか、コミュニケーションの仕方という時に、聞くスキルとか、聞き方みたいなことにフォーカスが当たるのはよくあると思うんですが、
この聞かれていないとか、聞かれること、聞いてもらうことから始めるというのは、とてもユニークだなと思いますし、
この本の中でも、その聞かれるということがどういうことかということもたくさん書かれている一冊になります。
テーマ2:コミュニケーションの未完了
そして二つ目の切り口。
今日メインで扱いたいものが、コミュニケーションの未完了というものになります。
先ほどのような聞いていない、聞かれていないコミュニケーションがなぜ積み重なっていくんだろうかということ。
それはこのコミュニケーションの未完了というものがどんどん悪循環を起こしているんじゃないか。
そんなふうに伊藤さんは書かれています。
一文用すると、私たちのコミュニケーションの反応というものが、
頭で考えていることではなく、その人の中に蓄積された未完了によって支配されているからです。
実は、僕たちが誰かと話すときの反応というのは、
頭で論理的に考えた結果だけではなくて、
過去に完了しなかった会話、未完了の会話というものが、
無意識のうちに今の反応に影響を与えていると。
ではこの未完了とは何なんだろうか。
伊藤さんはこういうふうに説明をしています。
未完了というのは、一つのコミュニケーションが完了しないうちに、別のコミュニケーションが始まってしまう体験。
事例も書いていただいているんですが、これ非常にあるあるだなと思うのでちょっと紹介すると、
一つ目のパターン、完了するパターンは、
ある人が、「気分はどうですか?」と問いかけて、
その相手が、「あまり良くないですね。」と答える。
質問した側が、「そうですか。気分が良くないんですね。」というこのパターン。
まあ確かに一般的な会話なのかなというふうに思います。
対して未完了になってしまうパターンというのは、
同じようにですね、「気分はどうですか?」と尋ねて、
相手が、「あまり良くないですね。」と答える。
それに対して質問した方が、「みんなは楽しそうですよ。」というふうに答える。
一つ目の完了するパターンは、相手の言葉を一度受け止めて、そこで会話が完了している。
一方で二つ目の未完了のパターンは、
相手の答えを受け止めずに別の話題にすり替えてしまっている。
そんなような事例が語られています。
まさにキャッチボールなんだけど、
投げたボールが返ってこない状態ということですね。
ただ未完了のパターンというのも意外とありそうだなとは思っちゃうんですよね。
気分どうですか?あまり良くないですね。って言われた時に、
まあそうなんだって自分の中で一旦納得をしてしまって、
でもみんなは楽しそうに過ごしてますね。と次の話題を思わず始めてしまう。
いつももしかしたら自分はやっちゃってるかもしれないな。
なんていうコミュニケーションのパターンなんですが、
キャッチボールをする中で、投げたボールが返ってこない、
あるいは違うボールが返ってくるっていうことがあると、
人はなんで返ってこないんだろう?と一人で自問自答を始めてしまう。
これが未完了としてその人の中に蓄積されていく。
そんなように伊藤さんは解説をしています。
コミュニケーションの未完了に共通するのは、
いずれも投げたボールが返ってこない、
あるいは相手が投げて起こしたボールを自分が返していない。
そしてその理由はなぜなんだろう?と一人で自問自答をし、
探し回っている状態です。
そんなふうに解説をされています。
この未完了で進んでしまうっていうのは、
本当に冒頭にあった聞いていないのを、
次に何話そうか考えている時にも、
結構よく起こりがちなんじゃないかなっていうことを思いながら読んでました。
なんか気分はどうですか?
あんまり良くないですねって返された時に、
じゃあ次の話題どうしよう?
ついつい、でもみんなは楽しそうにしてますねって話題を転換してしまう。
でも本当のキャッチボールであれば、
そうですか、気分が良くないんですねと。
たった一言、相手の投げたボールを受け取る。
その後に次の話題に進んでいく。
これが大事なんだなっていうのはもちろん思ったところですし、
何かこの未完了のパターンっていうのが、
自分の中に蓄積していく。
毎回毎回いちいちなんで、
気分があまり良くないって言ったことを受け止めてくれなかったんだろうって、
意識的に考えるかというとわからないですけど、
ちょっとそういう違和感みたいなものが残り続けるっていうのは、
面白い視点だなと思いました。
そういう意味で言うとですね、
良いコミュニケーション、あるいはコミュニケーションの中で、
良い反応をしていくためには、
この未完了というものを完了させていく。
そんなことが必要だというふうにも語られています。
テーマ3:自己否定と教育
最後にちょっと違う切り口なんですが、
自己否定と教育というものに触れたいと思います。
これはですね、本文でこういう表現があったんですね。
自己否定にとらわれてしまっている人のコミュニケーションとは、
相手に自分を認めさせることです。
だから、相手が自分を認めたときだけ良い気分になり、
相手が自分を認めなかったり、
同情しなかったりすると、たちまち不快になってしまいます。
自己否定が強い人というのは、
受け取った言葉の裏にある、
影の言葉みたいなところに反応してしまうと。
例えば、頑張ってというふうに言われたときに、
文字通り読み取れば頑張ってなんですが、
実はその裏に、このままではだめだからとか、
今は十分じゃないからもっと頑張らなきゃいけないというメッセージが伝わってくる。
そういう向こうから出てきた言葉が、
自分たちのこの自己否定ということを刺激するということを解説しています。
面白かったのは、
そうなったときになんで私たちはこんなにも自己否定的なのかというところを語っていた部分で、
私たちが受けてきた教育とは、
今の完全さを知るためのものではなく、
努力を重ねて完全になっていくという認識を私たちに植え付けるためのものであった。
そんなふうに、
この自己否定の源流を教育にも求めているというのが、
この伊藤さんの立ち位置なんですね。
もちろん教育だけが全ての原因ではないというふうに書かれてはいるものの、
やはり教育を受けていく中で、
今の自分の未熟さとか、
もっと頑張らないといけない、足りない部分が刺激をされていくような教育というものが起きているんじゃないかと。
そうすると、今の自分はまだ不完全だという前提が強化されて、
コミュニケーションの中でもこの自己否定というものが非常に反応してしまう。
そうすると、相手に認めてもらうためのコミュニケーション、
最近はマウントとかよく言われますけれども、
何かそういうことにつながっていくんじゃないかと。
ちょっと本論の内容からは少し脇道にそれるかもしれませんが、
個人的に興味のある教育に絡んだところでご紹介をさせていただきました。
まとめとエンディング
この本の中には、これまで話してきたような他者とのコミュニケーションに加えて、
自分自身とのコミュニケーションの話も紹介されていたりしますので、
ぜひご興味のある方には読んでいただきたいなと思います。
僕もですね、話をする中で〇〇なんですよって言われたら、
すぐに次の話題を考えるということじゃなく、
そうなんですか〇〇なんですねということから始めたみたいなというふうに思いました。
ということで、今日はノームティーハウスさんのオリジナルブレンドアンバーというお茶をいただきながら、
伊藤まもるさんの書かれた「心の対話25のルール」という一冊をご紹介しました。
SpotifyやApple Podcastでお聞きの皆様、ぜひフォローをしていただけると嬉しいです。
それではまた。
23:05

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