静けさの中で自分の声を取り戻す|安斎勇樹『静かな時間の使い方』#42
2026-06-25 14:28

静けさの中で自分の声を取り戻す|安斎勇樹『静かな時間の使い方』#42

一冊の本をお茶とともに味わう読書Podcast「本茶本茶」。


今回は 長野のハーブ園で摘んだ自家製ブレンド(ラベンダー+ジャーマンカモミール+スイートマジョラム)を淹れながら、安斎勇樹『静かな時間の使い方』を紹介します。

▼ 今回のテーマ

ソーシャルノイズとリアクション/解釈を固定しない/放火犯ではなく火元

外の声(ソーシャルノイズ)でいっぱいになった心に、どうやって自分の声を取り戻すのか。モヤモヤしたとき「犯人」ではなく「火元」をたどる──そんなリフレクションのヒントを、お茶を片手にゆっくり味わいます。内省や自己理解、リフレクションに関心がある方におすすめのエピソードです。

🍵 本日のお茶

長野のハーブ園で摘んだ自家製ブレンド(ラベンダー+ジャーマンカモミール+スイートマジョラム)


📕 本日の本

『静かな時間の使い方 ― 自分の解像度を上げる「独りの思索」の全技法』

安斎勇樹(著)


👤 話し手

Fuyuto「静けさのデザインとケア」をテーマに、コーチング・プログラム開発を行うStudio Stillness代表。

note → https://note.com/honcha_honcha

感想

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こんにちは。本茶本茶へようこそ。
毎回一つのお茶を味わいながら、一冊の本をきっかけに、生き方の問いを一つ持ち帰る時間です。
静けさのデザインとケアを通して、想像性の器を育む、スタジオスティルネスのFuyutoがお送りします。
毎週水曜日、19時に更新しています。
今日ご紹介するのは、安西裕樹さんの、「静かな時間の使い方」という一冊になります。
サブタイトルは、「自分の解像度を上げる一人の試作の全技法」。
著者の安西さんは、耳ぐりという会社の代表をされている方で、東京大学の客員研究員でもある方です。
専門は、想像性であったり、デザイン、あるいはファシリテーション、組織、そういったようなことを専門にされていて、
他にも問いのデザインというような本を書かれたり、そんなことで知られている方です。
この本は、安西さんが静かな時間の過ごし方というテーマで書かれていて、
発売前から安西さんのXを見て知ったのですが、非常に個人的に興味のあるテーマと一致しているので予約をして購入しました。
実際は、もちろん静かな時間の過ごし方ということもありつつ、
その中でどういうふうにリフレクションをしていくかと、サブタイトルの一人の試作というところです。
そのリフレクションについて様々な角度からまとめてある一冊になっています。
今日お話ししたいポイントは3つあって、
1つ目がソーシャルノイズとリアクション。
2つ目が解釈を固定しない。
そして最後に、放課犯ではなくひもと。
その前に、まずは一緒に楽しむお茶から。
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今日はハーブティーを入れてみました。
冒頭、もしかしたら聞こえづらかったかもしれないですが、
プチプチという音が聞こえたかもしれません。
ちょうど今、長野県のある場所に来ていて、
そこでは、ハーブ園に育っているハーブを自由に摘んで、
お湯を入れてハーブティーにすることができるという場所だったので、
今日はハーブ園で燃えたものを実際にハーブティーにしていただいています。
あまりハーブ自体に詳しくはないのですが、
ラベンダーとジャーマンカモミール、そしてスイートマジョラムという3つのハーブをブレンドしてみました。
今回は出張に安西さんの静かな時間の使い方を持ってきたので、
ちょうど行きとこちらにいる間、夜の時間に読み終えて、
それについて話してみるということをやってみようと思います。
では、ここから本の紹介に戻りますので、皆さまもお気に入りの飲み物と一緒にお楽しみください。
この本は大きく分けて2部構成になっていまして、
第一部、前半がですね、静かな時間を何のために、なぜ今取る必要があるのかという話。
後半が、具体的にその静かな時間に行う4つのリフレクションの方法が詳しく紹介されている。
そんな構成になっています。
4つのリフレクションはですね、感情のリフレクション、技術のリフレクション、
興味のリフレクション、信念のリフレクション、
こんな4つのものが紹介されているのですが、
今日はですね、その手前のなぜ静かな時間が必要なのかという土台を中心にお話ししながら、
具体的な手法についてはぜひ本の方をお読みいただければと思います。
一つ目の切り口は、ソーシャルノイズとリアクション。
この本の中で安西さんはソーシャルノイズというものを定義しています。
それは具体的なその音としてのノイズというよりも、
私たちの思考と行動を縛る外部の規範、評価、期待のこと、
こんなことをソーシャルノイズと言っているのですね。
一文用すると、外部に応えることが優先されすぎると、
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気づかないうちに内発的動機が抑圧されて、
自分の本音が自分でもわからなくなってしまうことがあります。
これを過剰適応と言います。
まず、なぜ静かな時間でのリフレクションが必要なのか。
安西さんは、このソーシャルノイズへのリアクション、
あるいは過剰適応から抜け出すためだと言っています。
ソーシャルノイズ、先ほど外部の規範、評価、期待等を説明しましたが、
この本の中では3つにまとめられています。
社会の規範、つまり世間の正しさの平均値のこと。
市場のスコア、数値化された評価のこと。
これは、前回のポッドキャストでもお話しした、
記号化していく個人に少し近いですね。
そして最後に、共同体の空気。
暗黙の役割の期待であったり、同調圧力であったり。
こういったソーシャルノイズがずっと鳴っている状態、
あるいはそこに対していちいちリアクションをしている中で、
あなたは何がしたいの?と聞かれても、
結局、社会の規範からはみ出さないそれらしい答えか、
市場のスコアを上げるという目標か、
共同体、例えば会社であれば上司、
家族であれば親の顔色を伺った答えしか出てこない。
そんなような状況の中で、一旦静かな時間を使いながら、
そこでリフレクションをする。
それによってソーシャルノイズと適度な距離を取る。
これがこの本の主題になります。
2つ目の切り口が、解釈を固定しない。
安税さんはですね、リフレクションが上手な人は、
この解釈というものを複数持てる。
そんなふうに言っているんですね。
自分引用すると、
リフレクションが上手い人は、むしろ解釈をすぐに確定しません。
事実の意味付けは変更可能だと理解しておくことは、
物事の意味付けを急がない態度につながります。
ここがですね、この本のメインになってくるんですが、
リフレクションというのは、いわゆる反省ではない。
反省は失敗を悔いて次に活かすことだと思うんですが、
リフレクションというのは、
その出来事の意味自体を捉え直したり、解釈し直したりすること。
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その時のポイントは、
出来事に対する解釈、あるいは意味付けというのはいくつもあって、
自分次第でいろいろ変えられるということ。
今握っている解釈も、
無数にある解釈のうちの一つの可能性に過ぎないということを知っておくこと。
だからですね、リフレクションがうまい人は、
起きたことに対する解釈を急いで確定しない。
これはこういうことでこういう意味があるということを、
すぐ結論付けない。結論を急がない。
そんなことが挙げられるんだそうです。
今の話をひっくり返すとですね、
同じ出来事に対して複数のリフレクションの余地があるということだと思います。
そんなようにですね、
今の事実に関する意味付けや解釈を捉え直す、
そんなことがリフレクションの役割であり、
先ほどご紹介した4つのリフレクション、
感情、技術、興味、信念、
このそれぞれについての説明がこの後に続きます。
最後の切り口は、その中の感情のリフレクションから。
放課犯ではなくひもと。
一文用すると、
感情のリフレクションが苦手な人には共通点があります。
それは、何かもやもやする出来事があった時に、
自分のネガティブな感情を見出した犯人について考えをめぐらせてしまうことです。
もしかしたら、僕も含めて何か思い当たることがある方がいるかもなと思うんですが、
何か感情がもやもやする出来事があった時に、
誰のせいでそれがもやもやしたか、
最終そのきっかけになった人、あるいはこと、
犯人についてどうしても意識が行ってしまう。
ですが、安西さんはこうも言っているんですよね。
そもそも存在しているかどうかもわからない放課犯に腹を立てるのは一旦後にして、
まずは煙の出どころをたどって、
もやもやのひもとを探ることに集中する。
この誰が犯人だというところに向きそうな注意を、
もやもやのひもとがどこにあるんだということに集中させる。
このもやもやというのは、その犯人探しをするためのものではなくて、
12:00
自分の価値観とかに気づくためのセンサーなんだと。
もやもやする出来事って、実は意外ときっかけでしかなくて、
その前からもうどこかに火種ができていたりする。
ほんのグラスのコップが一滴の水であふれるように、
最後のきっかけであふれ出すとか。
あるいは常日頃自分が自分に感じていることを、
誰かを放課犯に見立てて投影してみたり。
そんなこともあるんじゃないかなというふうに思います。
このリフレクションの時間は、そういう外の放課犯というよりも、
自分の中のひもとに対してゆっくりと時間をとって探しに行ったり、
意味づけを変えたりする。
そんな時間なのかなというふうに感じました。
ソーシャルノイズがどんどんどんどんうるさくなっていく。
それに対してどんどんリアクションも頻繁にたくさんしていかなければならなくなった
今の時代において、自分の声、自分の静かな時間を取り戻す。
その中で、静かに今起きている物事についての意味づけや解釈を丁寧にひも解いていく。
安西さんの言葉を借りれば、これはソーシャルノイズから一時的に逃げて、
リフレクションを通して世界と関わり直す実践であるというふうに書いてありました。
僕自身も少し静かな時間が持てそうな場所に来てもいるので、
どういう捉え直しをしたいか考えてみたいなと思いました。
ということで、今日はハーブティーをいただきながら、
安西裕樹さんの静かな時間の使い方という一冊をご紹介しました。
少し短めになってしまいましたが、ぜひ本の方もお読みいただければ嬉しいです。
それではまた。
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