AI翻訳の時代における言語学習
言葉で旅する思考と暮らしのエッセンス、パーソナリティの内美ヒロコです。
今日もお立ち寄りいただきありがとうございます。
毎回およそ10分、オンラインで英語、中国語、スペイン語を学び続けているwebプロデューサーであり編集者の私が、
世界のどこかで働く女性たちのライフスタイルや価値観から見えてきた発見や暮らしのヒントをお届けしています。
言葉を通して文化を越えて、ちょっとだけ世界を旅する、そんな脳内プチ留学、言葉旅のひとときをご一緒できたら嬉しいです。
前回までのエピソードにいいねなどで反応してくださった皆様、フォローしてくださった皆様、書き起こしのノートに好きをしてくださった皆様、本当にありがとうございます。
今日のテーマはですね、前回に続いてAI時代になぜそれでも言語を学ぶのかというお話をインド人の先生と言葉旅してきましたので、エピソードを交えながらお届けいたします。
前回もお話ししたんですけれども、最近は10ドル以下のイヤホン型デバイスで同時翻訳ができる時代ですよね。
耳に刺せば、私が今勉強しているスペイン語も中国語も英語もそれ以外の言語もどこに行ってもその言葉をリアルタイムで翻訳してくれる。
すごく便利だし、もう外国語を勉強しなくていいんじゃない?って一瞬思ってしまう人もいるんじゃないでしょうか。
でもインドの先生と話しながら改めて感じたのはですね、翻訳して意味がわかることと自分の言葉で心を伝えられることは全く別物だよねということでした。
インドの先生も私も普段から、例えばChatGPTのAI翻訳自体は結構使いこなしているタイプです。
でもこんな話になりました。
例えば日英翻訳の場合、ChatGPTに日本語を英語に訳してってお願いしてもこれまでの会話の流れとかお互いのバックグラウンドまでは完全にわからないからなんだかニュアンスが違うなーってなること皆さんもないですかね。
一部一部の意味はあっているんだけれども、その人との関係性とかこれまでの空気感とかちょっとした冗談のトーンまではなかなかやっぱり拾いきれない。
だからこそ自分の言葉でちゃんと自分の思っていることを言えること。
前も含めて自分自身で訳していくこと。
頭の中で訳もしないんですけどね。
っていうのは結構大事かなと話し合いました。
私自身英語でも日本語でも中国語でもスペイン語でもそうなんですけど、その人の言葉で話した瞬間に何か心と心のつながりが一段深くなるような感覚があります。
例えば日本に住んでいる外国人の友人と日本語を相手が使ってくれて話した時。
あるいは海外旅行に行って私自身がその言葉でありがとうお仕方ですと言えた時。
インドの先生もその言葉で感謝を伝えられた瞬間その時に自分も属しているビロンギングのような感覚が生まれるよねと言ってすごく共感しました。
AIイヤホンがあればとりあえず一緒通話できる。
でもあなたの言葉を学びたい。あなたの文化の中に入りたい。
そういうその姿勢みたいなものが相手へのリスペクトにもなるし、自分の側のビロンギング感も育ててくれるんだなと思います。
話はそこから日本語と中国語の話題になりました。
インドの先生に日本語ってやっぱり難しいの?って聞かれました。
確かに日本語ってひらがな、カタカナ、漢字と3つの文字のシステムがあるので、読む、書くはかなり大変です。
多分このシステムを理解することもちょっと難しい可能性もありますよね。
どれをひらがなにするのか、どれをカタカナにするのか、なぜこれは漢字なのかと。
たまにやっぱり漢字がカタカナに開いた方が、ひらがなに開いた方がいい場合もありますし、これはやっぱりなかなかネイティブならではの感覚だったりもあるのかなと思うんですね。
でも私は世界各国から日本に来た友人たちが最初は全然しゃべれなかったのに、半年ぐらいで日中会話についていけるようになっている姿を結構何度も見ているんですね。
そのプロセスを見ていると本当に素晴らしいなと私自身は思っているよっていう。
だから私は先生にこのように伝えました。
読む、書くは確かにハードルは高いけれど、話す方はみんな半年ぐらいで結構ぐっと伸びてくるので、日本語はそこまで絶望的に難しいわけじゃないんじゃないかなと思うよと。
一方で中国語は発音と成長が結構大変で、漢字文化にいる日本人でもしっかりと中国語を話そうと思うと、やっぱり発音と成長がすごい大変かなと思います。
例えばスマートフォンが日本語なら、英語で言うとスマートフォンですね。
日本語ならスマートフォン、ちょっと平たい漢字になるので、中国語よりは簡単かなと思うんですね。
中国語では小手、手に机って書くんですけど、手の機械みたいな、手で触れる機械みたいな感じなんですかね。
小手って言うんですけど、全然音も、多分日本語圏の人だったら小手って言って、これこういうシステムだよって教えてもらえれば、スマートフォンなんだなってちょっと頭の中に入ってきやすいと思うんですけど、
結構日本人、漢字文化にいる人以外はかなりこのシステムを理解するのだったりとかっていうのは難しいんじゃないかなと。
日本語はそれに比べて外国語をカタカナでそのまま取り込むことが多いので、インドの先生にレストランはレストランだよって言うと、なるほどねと。
なのでそこは結構親しみやすく感じるんじゃないかなって言ったら、確かにっていう風に言ってました。
言語学習の価値
ここでインドの先生がすごく面白がってくれたのが、パンっていう言葉ですね。
日本では、英語で言うbreadはパンですね。
このパンはもともとポルトガル語から入ってきたものだと言われてるんですけれども、インドの先生が、
だから日本のカレーパンってよく言うけど、カレーはインドの言葉なのにパンはポルトガル語なのに面白いっていう。
ここにも日本人の何でも受け入れてしまうという、くっつけてしまうみたいな言葉の面白さが、作り方の面白さがあるなと。
ここにも小さな言葉たりがあるなと思いました。
パン一つ取ってもどこの国からどんなルートで日本に入ってきたのかが言葉にちゃんと残っている。
こういう言葉の背景を知るのも語学のすごく楽しい話ですし、
またこれをシェアしてお互いで楽しみがある、面白がるみたいなところもすごくいいなと思ってます。
インドの先生と言語学習で何が育つんだろうねって話した時に出てきたキーワードがこちらです。
レジリエンス、折れない心、アクティブリスニング、相手の話をちゃんと聞く力、
粘り強さ、ディスプレイ、コツコツ続ける力、タイムマネジメント、セルフマネジメント、文化の違いを理解し橋渡しする力。
特に先生が言ったのが、どの言語にもスラングやニュアンスがあって、一つ一つの単語が状況によって全然違う意味を持つ。
それがああそういう意味だったんだと腑に落ちた瞬間の喜びが言語学習ならではだよねという言葉。
確かに表の意味だけではなくて、その裏側にある感情や空気感まで分かるようになった時ってちょっとしたパズルがピタッとはまるような快感がありますよね。
そしてそれをまた自分のものとして自分自身が発信する側になると、また私もなんか成長したなみたいな気持ちがあるので、またいい気持ちだなと思います。
最後に翻訳イヤフォンの話に戻ると、インドの先生も私もこんな点を指摘しました。
翻訳機ってどうしても会話を一度止めて機械に聞かせて役を待つというインタラクション、割り込みが入るから自然なキャッチボールのリズムがちょっと壊れちゃうよねと。
今すごく早くはなってきてるけれども、やっぱりテンポは人間同士が発した言葉のキャッチボールのやりとりよりはインタラクションが入ってきてしまうので、
そこは少しコミュニケーションとしては少し質が落ちるんじゃないかなみたいなところはあるんじゃないかと、お互いそうだねっていうふうになりました。
もちろん全く言葉が通じない場面で命や安全がかかっている時などは、AI翻訳は本当に心強い味方です。
だけれども日常のコミュニケーションでできれば翻訳機なしで話せる自分でいたいなと思う理由はここにあるのかもしれないなと。
というわけで、今日はインドの先生との言葉旅を通して、AI翻訳イヤフォンがあっても、チャットGPTが高精度に訳してくれても、
それでもなお言葉を学ぶ価値はなくならないよねというお話をしました。
AIの力も借りながら、それでもやっぱり自分の言葉で人とつながれる自分でいたい。
そんな未来の自分も思い描きつつ、今日も一緒に、今日もゆるく言語の旅を続けていけたらいいなと思っています。
今日も世界のどこかに住む素敵な女性との女子トーク、言葉旅のお世話にお付き合いいただきありがとうございました。
本日のインド人の先生と私との対話が皆さんの今日を彩る小さなヒントになれば嬉しいです。
今回の言葉で旅する思考と暮らしのエッセンスはここまでとなります。
この番組ではリスナーの皆さんからのメッセージもお待ちしています。
あなたが今学んでいる言語や、こんな言葉旅をしていますというエピソード、前回までのエピソードの感想などなど、ぜひお寄せください。
Spotifyもしくはスタンデフェームのコメント欄からお待ちしています。
それではまた次回の言葉旅でお会いしましょう。
うつみひろこがお届けしました。
グラシアス。
アフタレゴ。
チョウチョウ。
ではではね。