1. 暇人ラジオ(仮)
  2. hima-46 暇人RADIO 「時間」と..
2025-03-23 31:28

hima-46 暇人RADIO 「時間」とは何か? その2 〜物理学者が時間の存在を否定?〜 

内容:

・時間は実は存在しない説

・心で感じる時間が本物

・場所で変わる時間の速さ

・写真は時間を止める

・映像は時間を流す

・匂いで蘇る過去の記憶

・社会が作る時間の枠

・SNSでの応援の力

・安心できる居場所の大切さ

・自分をさらけ出す勇気

・他人の「見てるよ」が支え

・意味なき会話の面白さ


暇人ラジオ(仮)

暇な二人が暇な時に抽象的なことをひたすら語る番組です。

考えを発散させたい方の

一人飲みのお供や散歩のお供にお使い下さい。


45回からは「時間」について話してみました。時間とは何か?自分たちの時間とは?について話しています。


【パーソナリティ】

⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠暇人:岡田のX/twitterはこちら⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠

⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠暇人:宮川のインスタグラムはこちら⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠


【番組公式X/Twitter】

⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠暇人ラジオ(仮)<公式>⁠

サマリー

このポッドキャストでは、時間の本質や物理学者が提唱する時間の存在を否定する可能性について議論されています。特に、時間の流れが錯覚であるという視点から、時間の認識について考察されます。また、時間に関する探求やその遊び方が語られ、高度な対話が新たな遊び方として位置付けられています。このエピソードでは、SNS上での自己表現やコミュニティの存在が個人に与える影響についても考察されています。さらに、自己開示や承認欲求の重要性が語られ、ひまじんラジオのコンテンツ制作における楽しさが伝わります。出演者は、日常の中での自己表現や他者との関わりを通じて新たな自分を発見することの意義を探求しています。

00:01
この番組は、2人の暇人が身近なことや最近気になることについて掘り下げる日常型哲学番組です。
毎日新しい自分になることを楽しむ暇人たちが、生きるとは何か、楽しいとは何か、言語化できない感覚の共有など、日常の中の哲学を自由に語り合います。
決まった形式にとらわれず、心が動くままに会話が展開していく、まさに自然発生的番組です。
暇人ラジオ)始まります。
暇人ラジオ)始まりました。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
暇人の岡田です。
暇人宮川で今日もお送りしたいと思います。よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
時間の錯覚
時間ってすごいですね。そう考えるとやっぱりなんか進んだり戻ったりすることでなんかよくわからない。
確かに。
ちょっとなんかすごい仏教的な雰囲気になってきたけど、行ったり戻ったりするからですね。
AIさんにちょっとなんか時間について考えた人いるみたいなのを聞いて面白いなと思ったのがあったんですけど、
ぜひぜひ。
最新の物理学で、なんかイギリスの物理学者の主張があったんですけど、最新の物理学で実は時間の流れ自体が存在しない可能性があるという提案をしている。
来たぞこれ。暇人じゃないですかそれ完全に。
暇人的なやつ。
で、時間が過ぎていくっていうと感覚が一種の錯覚かもしれないみたいなことを。
それ面白いな。
主張してるっていう。
これやばいですね。これちょっとなんか、え?すごいですね。それ俺じゃないですよね。
俺の未来の人が書いてるんですよね。ちょっとすごいなそれ。ちょっとなんかありそうだなって思っちゃうのもなんかいいけど。
たとえが出てるんですけど、映画のフィルムっていうのはすでに切り取られて同時並列でコマって存在してると思うんですけど、
でも実際にそれの見る順番だけでよって、連続的に見てるのはコマは動いてないけど、見る側が勝手にその時間軸を決めてるとか。
だから実感軸っていうのは僕あくまでそのコマを見る順番側の主観で決められて時間が動いてるように感じてるだけじゃないかっていう。
だから錯覚じゃないかっていう。
主観と時間の感覚
なるほどね。
本当は並列で存在しているものに関しては時間軸っていうのは存在してない説。
あー確かに確かに。
存在しないかもしれないですね。本当に。
えー。ないんだ時間って。
この人の世界観では。
面白い世界観ですね。ないっていうのはね。
無茶な感じもするけど、そうであると面白いみたいな雰囲気はあるなー。
動いたり動かなかったりするような感じもしますしね。時間がすごくね。
主観でね。
だからさっきの話ですよね。ひまじんラジオが1年間でどう捉えたかっていうのは。
それを言ってる人もいましたね。フランスの哲学者の人が。
心の中で感じる時間こそ本当の時間ですみたいな主張を1889年から走ってたそうです。
そいつは多分完全にひまじんですね。
ひまじんですね。
今言ってる話ですね。その話で一緒ですね。完全に。
ひまじんしかいないですね。世の中。世界中に。昔も今も。
そうですね。意外と時間について考えてんだ。世の中の人と思って。
そういうことですよ。俺らも今そのことについて話してますけど。
ガチ勢がいますね。
ガチ勢ですね。アインシュタインの相対性理論があって一番ガチ勢。
一番そうですよね。あれはでもなんかちょっと納得しちゃう感じもあるからですね。なんとなくね。
確かに。簡単に言うと早いものに乗ってる人の時間の方が遅くなってるっていう話ですよね。
そうですね。そうそうそうそう。
だから新幹線めちゃめちゃ人生で乗り続けてたら、他の一人はちょっと若いままなのかもしれない。
ってことですよね。ってことですもんね。ありそうじゃないですか。それもなんかちょっと。
時間ってすごいんだよな。だからめちゃくちゃ面白いですよね。
そう。だからいる場所と捉える側によって全て主観で塗り替わるというか。
決めていいっていう風に思えたらめっちゃ面白くなるかもしれないですね。世の中がね。
そうですね。だから主観で時は止まってるって生きてもいいわけですよね。
いいわけですよ。
存在しないと。時間というものが。
存在しない。そう。写真とか撮るとめっちゃ思うんですよ。写真と映像両方撮ってるからそれすごく思ってて。
映像は連続してる感じがするんだけど、写真って時間止まるじゃないですか。ガンって。
うんうん。
確かに。
そこに戻ったりするんですよね。感覚とかがね。
確かに。
撮った時に。自分もだけど、撮られてる方が。だからさっきの自撮りになると。
うん。
自撮った時にやっぱ戻るんですよね。全部感覚がグンって。撮った時の感覚に戻るって感じかな。
切り取った時間にってことですか。
そう。切り取った時間に戻るんですよね。感覚がビュンって。
思い出を記憶しとくものみたいな感じなのですかね。物理的に何かこう形を残すものっていうよりか。
あーそうですね。思い出とかその時の状態。その時の状態をキャッチするみたいな感じですかね。
キャプチャするだから。だからもうその時の状態そのままガンって撮ってしまって。
それにはほら形しか映ってないんだけど、実際はその時にあった時のそのタイムスタンプに感覚っていうかなんかそれを全部グンって戻せるみたいな感覚があるかもしれない。
面白いですね。
そう。だからもしかするとすごい毎日撮ってたら分かるかもしれないんだけど、すごい戻ったりできるかもしれないですね。その感覚だけは。
あーそうかそうか。
したことないから分かんないけど。てかそういう壮大な実験として自撮りを俺がしてたら面白いですね。ずっとね。
そう。そうですよね。タイムマシーンを作る行為なのかもしれない。
SFですねこれもただの自撮りが本当に。SF自撮りですね。
でもなんかそれって写真だけじゃなくて視覚情報だけじゃなくて音とかあとは匂いとか。
匂いはめちゃくちゃありますね。
ありますよね。
匂いはある。戻れる。めちゃくちゃ戻れる。
学校の匂いとかふんって小学生戻ったりとか。
ある。最近はちょっと薄くなったけどなんか特殊ある匂いがあった俺にもそれ。ある場所に行った時の匂いを感じるとすごいなんか近いんですよね確か記憶の嗅覚のそのラインがなんか。
隣とかにあって刺激して思い出すみたいな感じだった気がするんだけど脳の時間ですね。時間を自分が生み出して決めていって面白いな。
あと環境によっても結構定義されちゃうなっていうのもありますよね。
そうですね確かに。なんかそれこそ学校とか会社とか曜日とかああいうのがあることによって縛り付けられてるけどそれと遠いところに行ったら結構面白いかもしれないですね。
アフリカの人とかあるんですかね。
時間ですか。
歴史と時間の概念
時間間隔。その日のほらその暗くなって明るくなってとかはあると思うんだけど、なんか時間っていう概念でやってないような感じしますね。その原住民っぽい人とか。
そうですよね。年齢っていう概念自体も戸籍が生み出された後から多分厳密に使われてるあの概念だと思うので、大元の昔の人は多分年齢っていう概念ほぼない時代もあったと思いますね。
ちょっと怖くなってきたじゃないですか。SF化でできましたね。
これ多分歴史のファクトな気がしますけどね。
まあでもそうですよね。まあまあでもわかります。それはなんか思い込みなのかもしれないですね。
なんかそれこそそういうと確かに時間で最近60代とかでも若いみたいな話とかあるじゃないですか。あれもだからそうですよね。結局もう数値がずれていってるっていうか。
昔はこの年の時こんな感じっていうなんかやつがもうずれていってるじゃないですか結局。いろんな多分要件でそうなったと思うんですけど環境とか食事とかなんとか。
そうですね。昔の人は何歳っていう感覚もないし、365日経った時点で1歳取るっていう感覚も多分ないはずだし。
なんとなく老けていったとかね。人によって個体差があるとかね。
そうだと思います。なんか今あるその人の状態っていうただそれだけなのかもしれないですね。
まさにヌルですね。
ヌルですね。
いやほんとそれの方が理解しやすいな。自分みたいな人間だと何歳とかいうよりもそっちの方がちょっと理解しやすいような気がするっていうか。
なんかそういう感覚の人はなんか意外といるのかもしれないですね。もしかしたらさっきの時間のことを考えてる人たちってそういう人しかもしれないですね。
自分と年齢がギャップがあるから、ジェンダーの問題もあったと思うんですけど、なんかエイジもそういう問題がある人がいてテレビ出てたんですけど。
自分は29歳であるっていう主張をずっとしてるみたいな。
あーなるほどなるほど。確かにね。
書類とか出す時に29歳って書けないことが問題だっていうっていうか行政と書き合ったりとか。
えーそれなんすか。エイジロストみたいな感じですか。なんですかそれ。
エイジレスみたいな。そういうのも実際にあるみたいです。自分の認識はこれだっていう確信があって、周りが何歳だって言われることにすごく違和感がある。
それちょっと変ですね。全然理解できないですね俺は。俺はそれよりも年とかなくて今こんぐらいみたいな感じの方がわかりやすいと思ってます。
あーなるほどなるほど。
結構老けてきて100%が死ぬってなって生まれた時がゼロだったら歳とかじゃなくてなんかもう60%ぐらいいってんなみたいな。
あーそっか。
結構6割ぐらいいってないみたいな。
これ平均読めも多分今の感覚だと70、80当たり前かもしれないですけど、昔だと40、50で死ぬみたいな。
ことですからね。
これもなんかまた変わってそうですね時間軸で。
そうそう。なんか不老不死化していってますよね人間もね。なんかそういうふうに考えるとね。
そうですね。
ちょっとずつね。だからこの今のタイミングで言ってるからそのまあ7、80とか何とか言ってるけど、
アンチエイジング的なものがどんどんね進んでいった時にですね、もしかしたらもっと200ぐらいまでいったりとか変な普通にするかもしれないですねこれね。
あとなんか生物の最初の話も確か面白い話があって、生物のデフォルトがなんか不死だみたいな話も聞いたことあるんですよね。
えー。
もともと最初できた生物はなんか死ぬっていう前提で作られてなくて、
で、環境変化にでも耐えられないから環境変化するために死ぬっていう個体を作って、
あの遺伝子を乗り換えて生きるの、だから遠い意味でこう遺伝子っていうので生きる意味を作ってるっていう話。
すげー、それちょっと気が遠くなりますね。
そういう話も聞いたりして、あー面白いな、だから生き残るために死ぬっていう選択をして生き残ってるみたいな、種族ですごい長いスパンで見た時ですよ。
死んでこう次の答えが出てくるじゃないですか、ちょっとずつアップデートしていくってことですか?
アップデートしていくっていうことでやってるみたいです。
すごいっすね。
進化というか。
うーん、やばいっすね。
何を持って生きてるのか死んでるのかって感じですね。
さすがっすね、今日はやっぱ冴えてますね、たっかんがちょっと冴えてるな。
冴えてますか。
今日冴えてますね、やっぱ二人で喋るの面白いですね。
面白いですか。
二人で喋ってみて思うけど、たっかんの感じとかやっぱいいっすね、なんかこう、いいや、ほんとすげー、すげーいいっすね、この感じ。
インターステラー感っていうかなんかこう、すごいいいな。
インターステラーって映画見ました?
見ました見ました。
いやもう、すごいやっぱ好きですけど、あれもすごかったっすよね。
ちょっと俺衝撃でしたもん。
あの話自体も衝撃だったけど、あれ映像化してるやつがやっぱもうノーランすげーなと思って。
確かに。
あれめちゃくちゃじゃないですか、あれもだって。
めちゃくちゃでしたね。
めちゃくちゃでしたよね。
めちゃくちゃな時間軸とめちゃくちゃなストーリーと。
そうそう、いやだけどやっぱあれすごかったーと思って、結構ベストの中に入ってますねあれは。
時間の話するとやっぱノーラン出てきますよね、ノーラン監督が。
確かに。
メメントですね。
そうそう、やっぱ面白いなーと思ってあの人。
あの人やっぱだから時間をやっぱ遊んでますよね、かなりなんかそうやって。
時間の遊び
題材としては今日なんか話してみながら思ったけど、やっぱ遊び甲斐ありますね、時間ってなんかすごい遊べますね、いろいろ。
ね、全てに関連してるからいろんな話出てきますね。
出てきますしね、暇人らしいなってやっぱこの貴族的な遊びですね、このね、暇人の。
あー、現代の遊びは対話ですとか。
そうです、AI時代の最新の遊びは対話です、そうなんですよ。
さっきのね、その自撮りの話にちょっと戻っていくんだけど、すごい飛んでまたもうインターステラーなんだけど、
その知性みたいなやつとか、あとブルジョワ感っていうか貴族感っていうか、なんかそういうのがすごい好きっていうか、
無駄なものが好きっていうかあんまり意味ないものが好きなんですけど、もともと。
だからその貴族的なやつの方がなんかすごいしっくりくるっていうか、別に生まれが全然クソみたいな生まれですけど、ただなんか好きなんですよね。
で、なんかなーと思ってたんですけど、やっぱこの暇人ラジオもやっぱすごい好きだけど、
なんかほんとその、なんもしなくていい人の交渉な遊びっていうか、
俺たちはほらすごい別に普通に仕事とかしてるけど、こんな無駄な話する必要なんもないじゃないですか。
確かに。
なんかすごい貴族的だなと思って、それがすごいなんかね、気に入ってますね、俺暇人ラジオのことを。
尊いですね、優雅で意味とかないけど別に合理化されてない感じがやっぱめちゃくちゃやっぱ気に入ってますね、俺暇人ラジオのこと。
確かに、いや暇人ラジオの存在自体ちょっとバグってますよね。
社会的にはバグってますねかなり。
バグってますバグってます。
SNSと自己表現
暇人ラジオも1年経ったじゃないですか、なんかそういうのちょっとつけていってもいいかもしれないですね、
世の中にないバグを貴族的に生み出していく人たちみたいなね。
もう意味わかんないですけど読んでも。
急になぞタグラインが。
いやでも面白いよなやっぱ。
だから多分その好きって言って、かつみさん前回出てたやつ、かつみさんとか好きって言っても、
なんかそういうところのような気もしますけどね、あの人もそういう感じがあるような気がする。
貴族的な。
もう心が貴族的な人ね、お金持ってるとかっていう貴族じゃなくて、貴族的優雅さを心の中に持つ民。
先民性はゼロだけど、無駄ってね。だから無駄ってやっぱりすごい優雅っていうかなんていうか、いいですよね。
俺の中ではすごくそういうふうに見える、無駄は。
確かに。無駄な時間は尊いのかもしれないですね。
尊いですよね。俺やっぱマーカーめちゃくちゃマイペースなんで、昔から。
本当なんかやっぱ合わせれないんですよね、なんか人の感じとかにあんまりね。
合わせようとするとやっぱりきつくなっちゃうとかなるから、できないんです。できないっていうか、
するけど頑張ってしてるけど、今はね。でもやっぱすごいなんかほら、もうムラがあるんすよ遅いし。
サッてできるやつもあればめっちゃ遅いのもあるし、ムラがあったりとか気分にもあるからね。
やっぱそういう人でも生きていっていいっていう感じになるのは、無駄が容認されたらでしょうね。
って思って無駄なことを好きなのかもしれないですね。俺を容認してほしいのかもしれないですね。
無駄な用語を勝つとか自分のためでもあるんですね。
結局ね。
この間ほら、AIでお母さんがね、今AI結構ハマっててっていう話から、
ひまじんラジオの第1回からをちょっとこうほら、要約してくれたじゃないですか。
このラジオを聞いてる人あるんですけど、ノートにひまじんラジオのテキスト版みたいなやつをちょっと作ったんですよね。
また概要欄とかに貼ってもらいたいんだけど、やっぱ改めて読むと超面白かったんですよ。
時間がちょっと前の話なんだけど、今と結構一貫性があることもあるし、
その時話した話が今1年経ってちょっとアップデートされたりとかもして、結構忘れてたんですよ俺話した話を。
それを思い出しながら聞いてて、すごくいいなーとか思って。
ちょっと時間の話とか変わるんだけど、コミュニティ論みたいなやつをやったじゃないですか1回目。
初回ですよね。
で、今更なんだけど、またコミュニティ論について考えることがあって、最近考えてて。
それもまた自撮りで気づいたんですけど。
自撮りとコミュニティが繋がるんですか。
そう。自撮りみたいな話になってるけど、戻るっていう時間の話も含めて。
なんかね、自撮りをしてたらね、やってるとだんだんこうなんか初めなんかすごいいいねが空いてたんですよ。
多分俺のおそらくの感じだと、顔とかなかなか出さないから、久しぶりに顔見たって人がおって思ったら押したと思うんですよ。
これ俺の感覚ですけどね。
で、毎日こうやってるから、だんだん別に分かってるよって感じで、いいねとか減っていくわけですよ。
で、なんかこういいねが減っていくと、別に気にしてないって思いつつも、なんかもう別にいいねつかないんだったら、もうなんかしなくてもいいかなーみたいな気持ちの中で一瞬なんか鳴ったんですよね。
そう、まあだってほら別に何のためにやってるかって別に人に見せるためではないんだけども、自分のためにやってるんだけど、
なんかほら、つかないってことはもうなんかすんなよみたいな感じにもなんか見えてくるから、やめろみたいなね、面白くねえよみたいなって言われてるっていうか。
だからもうやめようかなみたいな感じでちょっと思ってたら、仕事してるお客さんとちょっとこうやりとりしてたんですよ、メッセージャーとかで。
そしたら、いつも見てますみたいな感じで言われたんですよね。なんか面白いですよねみたいな、素敵ですよねみたいなこと言われて。
で、やっぱ調子乗って、あ、やっぱじゃあ上げるかなと思って速攻上げるわけですよ次を。持ってたんだけどまた上げちゃったんですね。
その人のおかげでちょっと頑張れる気持ちだったんですか?
そうそうそうそう、やっちゃったんですよ。そこにちゃんと書いたんですよ、まるまるさんが。いいねって素敵だねとか言ってくれたから、やっぱ上げちゃいましたみたいな。
そんなことぐらいで、そんな感じでちょっと言われたぐらいでこうやめようかと思ってたのを、やめてる可愛らしい自分を好きになってあげたいですみたいな。
自分で自分を容認したんですよね。褒められたらちょっと調子に乗っちゃう自分も嫌いじゃありません的な感じで。
で、書いたら、やめようかなと思ってたんだけどって話の流れで、それ見た人がコメントを今度こうやってくれて、私も見てますよ見てますよみたいな。
おおっと思ってすごい優しい世界だなって思ったんですよね。
SNSのフォロワーってナレッジを発信してるとかそういうことでは全くないから、結構知ってる人ばっか多いんですよやっぱりそもそも。
リーチしてるとことか見てくると9割とかぐらいが知ってるフォロワーの人なんですよ。
ちゃんと知ってる人なんですね。
たぶんインプレッションされてるところを見ると。インプレッションもそうだし、たぶん推してる人もほとんどそうなんですよね。
だから結局それ考えるとこれはコミュニティみたいなもんだなと。自分の周りの人たちっていう意味でのコミュニティだなと思って。
やっぱこれ身をもって体験したんだけど、コミュニティのある中に内封しないといけない物っていうのは、やっぱ安心安全であるっていうこと?なんじゃないかなってちょっとそれで思って。
要は自分はもう辞めようと思ってしてたんだけど、そのコミュニティの中ではある種応援というか、大した話じゃない大したことするわけじゃないんだけど、
していいよって容認してくれる人たちがいるわけじゃないですか。見てるよとか面白いと思うよとかって言ってくれる人がいるって。
それだけでやっぱやろうかなって思う気持ちが出るわけですよ自分のしたいことがね。
コミュニティの価値
一番初めのスタートがこれこんなことやってなんて思われるんだろうとか、こんなことやって何になるんだろうとか、
嫌な風になんかネガティブなことが来たら嫌だなとかってバイアスがかかってるって言ったじゃないですか。
でもほら安心安全って分かったらやっぱやれるんですよ。自分の好きなこと、してみたいことが挑戦できるじゃないですかチャレンジが。
だからこれってコミュニティというか社会というか会社というかわかんないですけど、
安心安全な場っていうのをよく言葉では聞いてたからだけど、ここは安心安全な場ですみたいな。
いやこれ本当にそうだと思って、たったこのただの自撮りの話だけど、やっぱ自分が自分らしくいれるかどうかっていうのは結構みんな怖いじゃないですか社会が怖いからね。
だけどやっぱ安心安全な場があるっていうのはめちゃくちゃ価値だなと思って。
その場があること自体がそうするとだいぶ価値ですね。
もしかしたら家庭とかでもそうかもしれない家族とかね家庭とか部活とかいろんなそういうのがいろいろあると思うんですけどみんな所属しているものがですね。
その中でやっぱりなんかこう許されていくっていうことはすごい救いだなと思って。
もしかしたら宗教とかがそういうものをベースにしているのかもしれないんですけど。
そうか。コミュニティのその心理的安全性を宗教がやってる場合もありますしね。
ありますし、それは別に他のものでも多分することができるんだろうなって今回思いましたし。
フォロワーっていうところでもできたんですね。
フォロワーとかそのお友達の人たちがそうやって自分のことをちゃんと容認してくれたからその勇気が出てなんとかとかっていうの。
これってやっぱなんかほら単純なよりすごく大事なことだなーって気づいたっていうか。
でその時にコミュニティのやつ見てコミュニティってそのあの時はなんかいろいろいろな話したんだけどどういうふうにしたほうがいいんだろうなーみたいなやつとかを。
思った時に心理的安全性の担保。
自分の価値観で否定しないみたいなとか。
大事さとか。
なんかちょっと気づきましたね。
応援されるっていうこと以外でこう安全性を感じたっていうのはどういうポイントで感じましたか宮川さんは。
辞めようかなーって誰も見てないしみたいなことを言った時に面白いと思いますよって言ってくれたコメントとか。
そういうものとかもあるしそこにわざわざ書いてくれるっていうこと自体にも感じましたね。
だからほら言わないじゃないですかみんな。
だからこのインターネット時代の良くないところでそのほら無責任にボタンを押せるわけですよだからみんなその人のせいとかほらわからないから匿名性があることによって。
傷つけたりとかなんかするのとかも無限にできるじゃないですか知れってできるじゃないですか。
そんな中にちゃんと声を出して私は見てますよ私は好きですよとかって発言をしてくれる人がいるっていうのは俺のことを考えてちゃんと言ってくれてるわけじゃないですか。
だから下手したらわかんないですけど人によっては顔出すのが怖いって言ってるバイアスとコメントするのも似たような感じがあると思うんですよ。
この人のこと好きって思われたくないとか私に言われてもこの人なんとも思わないんだろうなとかあるかもしれないしそれをやっぱりバイアスを超えて伝えてきてくれたっていうことに俺はすごい愛情的なものを感じるわけですよ。
そこの場の発言はやっぱりある程度負荷がいることだけどそれを乗り越えてでもちゃんと伝えようとしてくれるこの姿勢があるっていう。
それにやっぱりすごいわーって。
もう初めてSNSした人みたいなことは言ってますけど今。
確かに。
今更になってね。だからSNSの中に自分を出してなかったんでしょうね。たぶんもしかすると。
そういうことか。
なんかよそいきの話をしてたのかもしれないですね。今思えば。
よそいきにちゃんとしたものだけ載せてって言ったんですね。
とかその匿名性を担保してたのかもしれないですね自分の中で。
演じてたとも言えるかもしれないけど社会性みたいなもので。
でも自撮りとかってもうすごいなんか高尚なふうにすごい大変なことみたいに言ってるけど俺の中で結構大変だったんですけど。
もうほら自分そのまんまじゃないですか。
確かに。
でさらに考えとかまで変えてるからもう俺これでんですよねってほらもうさらけ出すみたいなとなんかちょっと近い気がして。
そうですよねそれを全校集会の前で一人で喋るみたいな。
自己開示の重要性
無防備に言っちゃうみたいな。しかもよそいきでもないみたいな。
俺の中ではですよ。結構な自己開示感みたいなのがあったのかもしれないですよねもしかしたら。
開示しててでもその開示が素敵ですよっていう言葉を受けたってことなんですね。
そうそしたらやっぱ嬉しいじゃないですか。
そうですよね。
認められたってことなんですよだから承認されたってだから承認欲求じゃないんだけどなんか誰しもやっぱりその承認はされたいと思うんですよ自分がここに存在していいっていうことを認めてもらいたいじゃないですかやっぱり。
やってることに価値があるって自分思ってるけどひまじんラジオもいいって言ってもらえたら本当にやっぱ良かったんだなって自分にもう1回帰ってくるじゃないですか。
だからそれってすごい大事なことだなって改めて思ったっていうか。
でもそれもそうですけどこのラジオも結構な自己開示だと思うんですけどね。
なんかそれ以上な長尺で自己開示し続けてる気がするんですけど。
すいませんそうかもしれないですねこれちょっとひどい質問ねよく考えたら。
でもなんかねこれはまだなんか俺の中ではまあ自己開示ではあるけどそんなに怖くなかったそれはなぜかというと岡田さんがいるからなんですよ。
やっぱ2人でやってるからそうそう2人でやってることの面白さエンタメ性みたいなものが俺の中でコンテンツだったからそれはなかったんですよ。
なるほど。
自撮りはさすがにナルシス要素が強いからなんかもううわーってなるんですよねなったんですよね。
何してんだよみたいなやっぱりなりそうだなみたいなのもあったからですね。
なんで逆に飛び越えられてそれを発信し続けられたんですか今思うと。
だからそれは髪ボサボサだなとかめっちゃ顔疲れてるなってそれを書いてるんだけどそのインスタの投稿にね1回目のやつに。
やべえと思って2回目まで顔出せなかったんですよ。
髪切って綺麗にしてなんか結構綺麗になったなと思ってだから多分その自分の思ってる自分との乖離が少し減ったんですよね。
ある種の美容ですよね髪切ったっていうから。
そしたらこれだったら出してもまだいいかなみたいな感じちょっと思ったんですよ。
あんま汚くないからちょっと出してみてもいいかな。
面白いかなみたいな気持ちもあったんですけど自分の中の突破するバグを作るみたいな意味もあったから。
いいかなやってみようかなみたいなこの嫌だなと思ってるこのコンフォートゾーンを超える感じもちょっとしてみたいなみたいな好奇心と。
あとそのほら綺麗にしてみたらまあまあちゃんとそれなりに人様の前に見せてもまあまあ汚らしくないかなじゃないけどみたいなことをやったとか。
ちょっといいねみたいなのがみんな押してくれたから結構なんかみんな面白いと思ってるのかなっていうのもあって出してみたみたいな感じで。
まあその3つぐらいかなでなんか結構突破しましたね。
いやめっちゃ良かったっすよっていう人がいたからもうあるかもしれない。
僕もあれ見ましたけどめちゃくちゃオシャレでいいと思いましたよ。
本当ですか。
うん。
いやそれ嬉しいですね。
なんか遊んでるなーっていう感覚があるかもしれない。
そうですねめちゃくちゃ遊んでますね。
もうだって結局あのまあそのスタジオで撮ってるとかあるし俺めっちゃ写真撮るんで写真見てるからですね。
だからそのどういう感じがいいっていうのもなんか俺の中にやっぱあるのですごいいっぱい撮るんですよ連写でバーって。
その中からなんか良さそうなやつをつまんでこう本とかを編参するみたいなの編集のなんか感じでやってるんですよね。
まあクリエイティブの遊びみたいな感じでやってるんだけど。
そうだから多分遊んでるってバレるんでしょうね。
そういう風にしてやってるから多分。楽しんでるんですよだから俺は。
それが伝わってるってことですよね。
そうですね。ありのままで遊んでるなっていう。
そうですねいや本当そうなんですよ。
だからそれやっぱなんかやったらこれが何のためになるんだって毎回自問自答があるんですよこんなことして一体何なんだろうみたいな。
でもほらもう何も下心みたいなのがないから。
まあやってかーって思いながらするんだけどなんか今一個ちょっと障壁なのは謎のアカウントみたいになってきてるけど大丈夫かなみたいなのがあって。
分けようかなとかなんかそういうのは思ってるんですけど。
謎アカウント。
自撮りをずっとしてる人のアカウントってなんだろうなって思ってなんか俺が見てもなんだろうなって思っちゃうんで。
もはや本人ですらも。
本日もひまじんラジオかっこかりにお付き合いいただきありがとうございました。
日常と自己表現
日常の中に潜む小さな哲学。
言葉にならない感覚を大事にして明日も違う自分に出会いましょう。
あなたの何気ない日常が少しでも豊かな時間になりますように。
次回もぜひ私たちの暇つぶしにお付き合いください。
ぜひ番組のフォローをよろしくお願いします。
また感想はxでハッシュタグひまじんラジオで感想をお寄せください。
それではまた会う日まで。
31:28

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