すげーな。いやもうだから多分下達寸前ですよね、多分ね。もう最終章でしょうね、あの人は多分。
これがね、本当に最終段階行ってますね、10代で。
行ってますね、ラストかすごい。やっぱほら、何周するか何とか言いますよね。
はいはい。
なんか下達って言うんでしょ、なんかその最後。最後の乱を走ったら天国かなんかに行かれるわけですよね。
だからもう天使寸前ですよね、完全にね。天使みたいですもんね。
その後の言葉もすごいんですよ、なんか人間くさいなっていうのがあって。
その揺るがない自分の軸を持つのは難しいですって言っていて、だからこそ人は信じるって口に出して不安な自分がいるからこそ成功した自分だったりとか、
理想の自分だったりにすがりたいと思うんじゃないですかっていう。
いやもうだから多分神ですよね、もうそれ完全に視点がもう。
すごいなあ、やっぱそこまでいけるんだ、すげえ。
いやだって言うて、こんな話もしてるけど、やっぱこんな向き合って解像度が上がっていくのって結構年取ってからじゃないですか、やっぱ言うても。
確かに。
経験値とかいろんなものを見てねとか考えて感じてこうやってくればすごい豊かなんでしょうね。
うーん、だと思う。やっぱそういう人やっぱいますもんね、でも多分いるんでしょうからね。うちの娘も結構ね、なんか何回目とか言われてるから、あだ名千人ですけど俺の中でつけて。
結構千人字見てますもんね。
そうやってもうあれですよ、宮川さんを見てそうなってんじゃないですか。
いやいや違う違う、もう元からです。
えーすごい。
完全に、俺のこととかなんも見てないです、あいつは。あいつは千人です。
なんか話聞くと今日の宮川さんのその話は意外とポジティブな話でしたね。諦めずに自分を信じようとしてもがいてる宮川さんって話に聞こえますけどね。
すごい青春な感じですね。
そうですね。
エモいっすね。
いやでもやっぱね、そうですね、だから多分答えれないかもしれないっていう恐怖っていうか、その恐怖の話に戻すとですね、多分それがすごい怖いんでしょうね、多分。
価値がある自分でありたいってずっと多分思ってるんでしょうね、誰かにとってとか世の中にとってとか。
多分価値がないと思ってるんでしょうね、元がね。
あーそうかそうか、自分が自分に対して大元の見方がもしかしたらって思ってるんですね。
そう、なんか自己肯定感結構高いのかなと思ってましたけど、でもこうやって話すとやっぱそういう感じ。
なんかね、やっぱ子供の頃になんかやっぱいろいろこうあってっていうか、たまにこの話しますけど、ハードな感じだったっていうかなんか、その時はそんな思ってなかったですけど、結構嫌な感じだったんですよね、子供の時って割といろいろあって。
家庭環境とかなんやかんや。
あとなんか結構多分、もともとなんか割とナイブ系だから、いろいろある出来事に傷つくんですよね、俺すごい傷ついてたんですよね。
友達が万引きするとかなんかいろいろあったりとか、そういうちょっとしたこととかでもなんかすごい傷ついてたから。
なんかね、そういうのもあるけどなんだろうな、でほら別になんか勉強ができたわけでもないし、スポーツができたわけでもないしっていうのがあって。
だいたいその2つのパラメーターじゃないですか、基本的にその。
学生時代は。
学生時代っていうのは、だからそれがないともうあんま価値ないみたいなほら雰囲気ありますよね。
だから冒頭のその中学生の話になりますけど、何ができんのみたいなね、あとほらその例えば自分たちの世代って結構ヤンキー世代とかだったりするんで、例えば喧嘩強いとか、なんかいろいろあるじゃないですかポイントがね。
別に何もか特にそういうのがあったわけでもなかったから。
なんか価値を持たなきゃいけないっていうことと成長しなきゃいけないっていうなんか知らずになんかその時からやっぱちょっと感じてるんですね人って。
いや感じてたと思います。だからちょうど多分、まあそれがエモさの冒頭に話したその中学校に見たエモさの原点かもしれないですけど。
だからあーそうだなーって思い出しましたねなんか今。
何者かにならないといけない感みたいなやつがその時なんかちょっと感じてた気がしますね俺は。
そうか。それも今の自分にも本質的にはそれがちょっと残ってたりするのかなーって感じなんですか?
いや多分バリバリ残ってんじゃないですかね多分もしかすると。
だって別に何者にもなってるわけじゃないから今も全然。
まあもちろん何者にもなれるわけもないんだけどそもそも何者か。じゃあ例えばその表彰されている人とかね。
すごくこう称賛されている人みたいなことになったかとかその例えばなんかすごい学位を取ったとかそういうの何もないからですね。
だから本質的になんか無価値っていうか社会的に見て自分は多分その特に何の成功もしていないじゃないけどなんか。
さっき言ったこの価値みたいなやつがあるって多分なってないんじゃないかなと思うんですよね。社会的に見るときですね。
だからそれをいや違うっていうのをなんか価値があるっていうのをなんか証明したいっていう気持ちがどっかにあるのかもしれないですね。ずっと。
そうか。証明を頑張ってるんですね。
証明っていうのは多分自分がやっていることとかやってきたことっていうのが喜んでもらえたりとかほら例えば
セミマジンラジオ聞きました面白かったですとか私も共感できましたとか言っていただくことだけでもいいんですよね。
なんかそういうのがあるとなんかやってることがほらあたかも価値があるようにまあ価値があったって言っていただけるからあったんでしょうけどあるように感じれるじゃないですか。
そういうのが作れるんだったらなんか自分もほらなんか生きてる意味あるかなみたいなことがあるんだけどそういうのでもなければやっぱ根本的に無価値な人間だなって思ってるんでしょうから自分がね。
自分がなんていうか保てないのかもしれないですね。
なるほど。価値を出しておかないと保てない説ですか。
自分がですね消えちゃう説みたいな俺ダメかもみたいな感じがダメかもっていうか生きる価値ねえなみたいな感じかな。
そこまで行くんですね。
あだから虚無倫が来た時はそこまで行きます。
自殺しようとか思わないですよ思ったこと一回もないんで。
だけどなんか別に意味ねえなーってほら思うんですよだから何にも意味がないと他の者が思うんじゃなくて自分に意味がないと思うのかもしれないですね自分自身に意味がないと思うのかもしれないですね。
自分という範囲の中での自分なんですねが意味がない。
そうそう自分の範囲だけですけどね。
でもまあほら少なからずこう俯瞰してやっぱり物事を見てるわけじゃないですか。
さっきのほらマーケティングじゃないけど世の中の動向ってやっぱり見ながら生きてるわけじゃないですか。
だからそういうものの中に対する自分のその価値っていうものがないんだろうなっていうのはなんかやっぱ俯瞰してやっぱ分かるんで。
そこまで馬鹿じゃないって言ったらあれですけどそのなんていうかやっぱりねいろんなものを見てると自分がどのなんか位置にいるとかなんとかほらそうやってやっぱ分かるじゃないですかなんか。
なんかそういうの見たときにまあほらそれってすごく良くないことなんだけど他者と比べた位置とか社会に対する位置とかっていうのはすごく良くないことなんだけどなんかそれを感じて嫌になるんでしょうねすごく。
普段はだから自分の中で価値があると思ってるものを信じてるから別にそれでいいやって思ってるんですけどそういうマインドフルネスっぽい感じじゃなくなるんですよね本当に。
でも環境で作用されたりとかしませんかそれの感じ方とか。
そうですねなんでしょうね環境でとかいやでもわかんないですねなんかもうなったらずっとなってますねどのぐらいで治るかっていうのはちょっとその時その時によって違うんですけど。
ありますよねそういう時って僕も少なからずあります。
本当ですかそれなら良かったというわけじゃないんだけどなんかねすごくなんか途方もない今日こそ今ズームでねこの収録してるんだけど後ろの映像というかあれを2人とも宇宙にしてるんだけどこのほら宇宙の中にあるなんかこう小っちゃい点みたいな感じにやっぱ感じちゃいますね。
まあでもそもそも虚無輪がじゃあねって言った後はそもそもそんなもんだろうって思うんですよねみんな宇宙の点だってやっぱ分かってんですけどねでも宇宙の点じゃ嫌っていうもうなんか自我みたいのがあるんでしょうねなんかどっかに悲しいかな。
そうじゃない可能性もなんか見たいんでしょうね。
希望ですかね。
そうですね環境もしくはじゃあずっとその人間が価値を持って生きられるみたいな環境があればそういう悩みもなくなるんでしょうけど。
そうなんかそういう仕事だったらなんか自分の仕事とそれはちょっと相性がいいのか悪いのかちょっとわかんないんですけどちょっとちょっと評価されたりする仕事でもあるじゃないですかなんか制作物を作るから。
リエイティブな仕事はそうですよね。
そうじゃないですか目に見えちゃうんで。
でも例えばそのお母さんとかお父さんとかねだったらその子供がほら健やかに成長するのを即してあげたとかこの子のためになんかしてあげたってなったらそんなのないじゃないですか多分もっと目に見えないやつとかでもいいですけどなんかねおいしい給食を作り続けてておいしいって言われたらそれも評価されるか。
誰かのためになっているっていうのを感じれるような些細なことでもあればですね多分それはなんかないような気がするんだけどななんかずっと誰かのためになれているっていうのを感じれればいいんだと思うんですよね。
感じる時ってどういう時ですかやっぱなんかちゃんとこの価値ありますよってフィードバックがあるとかそういうところですか。
仕事で言うとやっぱそういうことだったりするんですけどあとはもう人間関係とかで言えば話したりする時になんか聞いてくれてありがとうとかほらそれぐらいでももちろんいいんですよね。
こういった話しててなんか俺がお母さんに悩み相談した時にお母さんにすいませんお母さん今日聞いてもらってありがとうございますって俺が言うじゃないですか。
じゃあ俺がお母さんだったらすごいもうそれでも多分いいと思います。
人のためになってるんでだからなんかね常になんか俺は誰かのためになりたいと多分思ってるんですよね。
それが価値があることだと思ってて何でもいいんですよね実際。
人のためになっていれば良しとするっていう基準なんですね。
多分そうだと思うそれは価値があるじゃないですかその人にとって分かるからですね。
価値って見えに見えないけどちょっと絶対的価値に近いものを感じるんでありがとうとかね言われるとか。
まあでもねそのクリエイティブに置き換えたりとかヒマジンラジオに置き換えたらほら聞きました面白かったですがそれに当たるからちょっとこう心が満たされるというか何というかやってて良かったなっていうか思うんですよね。
ほらこの間のあれと一緒ですよだから承認欲求なのかもしれないんですけどあの自撮りの話したときのほらいいね押してもらったみたいな話ね。
いいねとかほらもうマジでゴミみたいな話ですけどただいいねを押されたことで一騎一遊するということはゴミかもしれんけど
押してくれた人のことを考えるとすごく嬉しくなるんですよね。
いつも岡田さんが押してくれてるやったーとかまあそういうことじゃないですか。
繋がってる感とかねそういうのもねなんかあるんでしょうねなんか俺は愛に飢えてるのかな。
愛をくださいって。
褒められてないのかなぁもしかしたら何なんでしょうね褒められてこなかったのかなぁ。
でも外発的に何かこう評価もらうってことは宮川さんにとってはなんかねすごく大事なことなんでしょうね。
多分結構大事なことですね。
仕事でとかはまあ嬉しいけどそれよりもなんかこうなんか救うとか救わないとかそういうののほうが大事ですけどね俺の中では。
なんかねあのほらファスティングしてたじゃないですか自分たちねゲストで来てもらったまゆりさんとかに教えてもらったんだけどその後に結構ね紹介したんですよいっぱいまゆりさんに体調悪そうな人とか。
でそれたちがすごい終わった後になんかうわめっちゃ良かったですありがとうございますってほら言ってくれるんですよね。
そういうのが結構良かったなと思いますね。
なんかそういうの満たされます結構。
良くなったありがとうみたいなやつとかはなんかすごい良いですね。
人のためになることはすごい満たされるものなんですね。
満たされますね。
それしかないかもしれないですね。
そうかそれを目指してやってるんですねお仕事とか。
そうそう全部そうですねだからさっき愛とか言ったじゃないですかそれって結構愛だと思うんですよね俺。
だってほら別にまゆりさんに紹介したからつってなんか別に俺がお金もらえるわけでもなんでもないじゃないですかだから報酬があるわけでもないしなんか俺がバリューがあるわけでもないじゃないですかそもそも。
俺が持ってるバリューじゃないから。
でも俺がまゆりさんをその人に紹介したことによってバリューが生まれるじゃないですか。
それに対するありがとうが出た時にすごく満たされるとかって感じなんで。
自分がどうこうって感じでもないですしねなんか本当になんか愛っぽいんですよねそれってなんか無償の行為みたいな感じじゃないですか。
そうですね愛は見返りがないというか。
そうそうそうなんか見返りとか別にあんま考えなくて単純にその人がほらそれってやっぱりいっぱいあるじゃないですかなんか単純にこの人にこれを教えてあげたら。
でもほらなんか商売って結構難しくてそれをほらお金にしないといけなかったりすることが出てきたりもするじゃないですか。
例えばそのコンサルティング業とかもそうですけど知識をほら教えてほしいですって言われていいですよってほら普通にね知識を勉強してきたことを教えるっていうのもあるんだけど。
でもそれじゃ仕事が成り立たないからじゃあ1時間いくらですとかこれで契約してくださいとかってやっぱり言うわけじゃないですか。
だから結構ねそこのせめぎ合いっていうかそれがやっぱり仕事を一番初めに始めた時にめちゃくちゃ難しかったです俺。
そっかそこは確かに宮川さん噛み合わせ悪そうですね。
そうだからそれが一番苦手なところなんですよ。
本当はねもうみんな無償でみんなになんか提供してあげたいんですよ俺は本当は全てを俺の持っているものはもう全部あげたいんですけど誰にでも。
ただそれじゃ食っていけないじゃないですか。
確かに確かに。
だからしょうがなくやるんですけど得意じゃないからなかなか難しくてやっぱり今まで来るのに結構時間がかかってうまくこう提供するものとそれに対する報酬っていうのをいただくっていうののバランスが少し取れてきてる感じはするんですけど
本質はそこなんですよねもう無償でやりたいその人のためになんかしてあげたいっていうのが一番上に来てるから。
金もらったらほら嘘みたいになっちゃうみたいな気持ちとかもどっかにあったりとかして。
それは確かに多分ずっとその根本がある限り攻め合うんでしょうねこの社会の中でその資本主義だと。
そうなんですよだから資本主義がダメとは思わないんですよねもちろんこれだけ発達していいんですけどただあんまり俺と相性は良くないなとずっと思ってます。
俺みたいな考え方の人というかとはですねそれはほらもうしょうがないものだと思ってやっぱ受け入れてはいてその中でやろうっていうのはわかってるんですけど
なんか根本的にあるんですよねそれがなんか。
なんでこんなにお金を全員がすべからく強制的に稼がなきゃいけないのかつったら資本主義だからっていうことですよね。
結局はですね。
そうじゃない時代もあったはずですもんね。
そうそうそうだしほらなんか例えばこう貴族的なというかその例えばほらあり余るお金を持っていたとしたらですね。
まあ確かに。
何も考えなくていいってそういうことに関してってなった時にじゃあもう無償でできることだけをこう提供しますというかそのみんなにが良くなるようなことをしますって一生懸命っていうのはすごくなんかいいなと思うんだけど
別に金持ちに生まれたわけでもなかったんで残念なことにやっぱ自分でこのサバイブしていかないといけないからですね。
だから生きる力をそうやってつけるっていうのはなんかねめちゃくちゃね頑張った気がします自分の中でなんか葛藤がめちゃくちゃありましたもん難しかったと思って。
葛藤ですね。
難しかった本当に難しかったですねだからほらお給料もらってサラリーマンだったらやっぱもっと楽だったんですけどね。
はいはいはいはい請求する側ですもんね常にね。
そうただなんかある種の自由は得た感じがあったからすごく良かったんですけどそこに関してはですね。
なんかお金を稼ぐことが嫌いとかでもないんですよねなんかうちなんかもともと商売人の家だったりもするんで別に多分そういう地も多分あるんでしょうから。
お金を稼ぐとかその仕事を何か生み出すみたいなとか全然好きなんですけどね根本の根本がどっから来たのかわかんないですけどね無償が最強みたいなやつがあって。
それがねなんか捨てられないんですよね大事なんでしょうね俺の中で。
無償。