内容:
・深夜に収録する暇人ラジオ
・信じていたものを見つけた話
・最大公約数が普通の可能性
・運動ができない幼少期
・世間知らずすぎて万能感がある愛しさ
・学び方が違う二人
暇な時に抽象的なことをひたすら語る番組です。
考えを発散させたい方の
一人飲みのお供や散歩のお供にお使い下さい。
77回から80回は岡田と宮川の二人で「普通とは何か」について語り合っています。普通とは誰にやどり、誰の中に存在しうるのか?
【パーソナリティ】
【番組公式X/Twitter】
サマリー
このエピソードでは、暇人ラジオの二人が「普通」について議論し、その概念の複雑さや個々人の境界感を考えています。特に、障害を持つ方々のアートや音楽が示す新たな「普通」の可能性にも触れています。このエピソードでは、「普通」という概念について議論し、個人の捉え方や社会における「普通」の意味を探っています。「普通」は表面的には便利な言葉ですが、実際には何を指すのか、その曖昧さについて考察しています。また、「普通」という概念がどのように意識され、自身の経験と結びつくかを探求しています。特に、運動や学びにおける個人の感じ方が「普通」との関係をどのように左右するのかが議論されています。さらに、学び方の多様性や自分の経験に基づく感覚の重要性についても触れています。
暇人ラジオの導入
せーの、暇人ラジオ(仮)です。
何なんでしょうね、これ。だいたい。もう意味わかんないですよね、これ。
暇人ラジオ(仮)、ようこそ。
この番組は、哲学宇宙人生論。
どこか不思議で意味があるようなないようなテーマを、暇人2人がゆるとエンタメ感覚で語ってみるポッドキャスト番組です。
今日も、不可訴でとても良い話が始まります。
もう、何が何だか、ロボットの回とかあってもいいですけどね、これね。
暇人ラジオ)へようこそ、みたいな。
いいですね。
暇人ラジオ)、始まりました。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
おはようございます。
おはようございます。急なテンションですね。
そうですね、ジャニーズはね、おはようございますって言うんでしたっけ。
そうですか。
何か言いませんでしたっけ、ジャニーズの人が入ってきた時、現場でおはようございますって、絶対何時でも言うみたいな話を聞きましたけど。
そうそう、宮川さん、ジャニーズじゃないでしょ。
いやいや、ジャニーズ憧れ感でいこうかなと思ってますけども。
そうなんです。
あ、で、自己紹介からお願いします。
はい、じゃあ、暇人の岡田です。
はい、暇人のピーターで、今夜もお送りしております。今夜かどうかは分かりませんが、よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
夜収録してるのに朝、放送とか公開みたいなね。
はい、はい。
難しいんですよね、大体がもう、この設定自体が何か。
確かに。モーニング撮ってる時、大体僕ら真逆の時間帯で撮ってますからね。
本当ですね。だから結構、深夜ラジオのテンションなのに、朝から放送みたいな謎の感じになってますよね。
確かに時間帯が噛み合ってないのはありますね。
いや、そうなんですよ。だからもう、何ですか、交換神経、副交換神経とかってね、朝は仕事とかしないといけないから、交換神経でバリバリってなってて、夜はリラックスするからって言ってるのを逆にしてるっていうこのね、ことですよ。
たまにモーニングで、宮川さん疲れ切って声枯れてますからね。
もう普通に仕事して帰ってきて撮ってるみたいなね、そんな時もありますからね。
今日なんか十何時間喋ってたわみたいな日でしたね。
ありましたね。あれ本当喋ってましたからね。てかもう最近本当にもういよいよもって結構喋る感じが多くて、さらに。
この間ね、なんかあれなんですよ。トークセッションにお誘いいただいて登壇してですね。
あ、SNS上がってましたね。
そうそうそう。それがなんかすごく良かったんですよ。
あの鹿児島にあるですね、障害福祉みたいな相手の役の勝武学園さんっていうですね、ところからがありまして、そこからあの施設長の福森さんっていう方がいらしてですね。
あとすごいんですよ、勝武学園っていうところは、ちょっと検索とかしてみたらわくとわかると思うんですけど、クラフトとかアートとか職みたいなやつとかをみんなこの障害を持たれてる方がされてて、施設とかを運営されてるみたいなんですよね。
ちょっと僕行けてないんですけどまだですね。
はいはいはい。
で、その中でほら、まあそのアーティスト、まあ今ヘラルボニーとか、まあこれで終わったあのね、あのジーニアスの西村さんとかね、とかの感じの、ああいった感じで、アート、障害福祉、障害アートっていうか、まあね、ああいうことをされてたりとかの、なんか走りみたいな感じで、1970年代ぐらいからなんかそういうことをされてるっていう、なんかパイオニアみたいな。
そんなに前から。
そうされてるところで。
あ、なんかインスタもやられててすごいですね。
そういう施設ではなかなか見ないフォロワー1.3万人とかなんですね。
そうそう。しかもなんかね、全然やっぱね、いい感じなんですよ。
あ、なるほど。
そうそう。だから結局その、ね、なんか色眼鏡で見そうなもんじゃないですか、そうやってなんていうか、障害を持たれてる方がしてるカラーとか、なんかこう、ちょっとね、そういう、なんか福祉的な目で見ちゃうみたいなところがあるんですけど、全然そんなことなくて、なんかもうすごくいいんですよ。
あ、そうですね。今これインスタ見てますけど、普通にデザイン性といい、この写真の撮り方といい、すごいアーティスティックで素晴らしいですね。
そうなんですよ。
完成がね、すごく良くて、編集もされてるっていうところで、だからほんとすごくクオリティ高くて、なんかね、そういったのが好きな方たちが気軽に楽しめるみたいなところもあってっていうところをされててね。
で、そこでなんかそのバンドとかもやってらっしゃるんですよ、実は。で、そのバンドが、今回その音楽朗読劇みたいなやつをね、初めてするっていうことで、そのトークセッションしたところのイベントにですね、来られてて。
はいはいはい。
もうすごい感動でした。なんかもう、泣けてくるぐらいの感じの演奏でですね。
本当ですか。本当に感極まるぐらいのなんかパフォーマンスがあったんですね。
普通にだからね、すごくそのなんていうんですか、それこそだからまたその障害が云々とかじゃなくて、もう感動するっていうか、なんかね、結構20人ぐらいのこう結構大雑談なんですよ。
はいはいはい。
バンドが。
結構なバンドで。
オーケストラ的な感じで。で、結構、見てたらほらわかるから音楽してる人っていうのはわかるじゃないですか。だから、適当にトントントントンとかバーとかワーとかするとかじゃなくて、すごいきちんと演奏されてるみたいなこととかもあるからですね。
何人ぐらいその、なんていうかね、そこの施設の先生というか職員さんもなんか一緒に入ってるって言ってたから、入ってらっしゃって、障害を思う中の方が何人かいてっていうので、なんかどのぐらいの比率でいるんだろうと思ってみてたんですよね。
半分ぐらいは、なんか職員の方で演奏できる方なのかなみたいな印象でずっと見てて。
で、トークセッションの時にやっとそれを話を聞いたんですよ。そしたらなんと、なんか2,3人ぐらいしかいなかったらしくて、その職員の方って。
じゃあほとんどが職員じゃない方。
そう、障害をお持ちの方なんですよ。
で、しかも結構ね、その終わった後に見てたら、やっぱちょっと重度の精神障害みたいなお持ちの方とかも多分いらっしゃって、精神とか知的障害かな。
だから、そうか、こんなにね、なんていうかほら、やっぱその音楽の中にあればですね、なんかすごく素敵な演奏する人っていうことになるわけですよ。
確かに。
その障害だとかなんだとか抜きにしてですね。
はい。
音楽っていうフォーマットの中にいたらというか、その枠組みの中にいたら。
確かに確かに。
輝くというかね。
確かに。
それやっぱ見たときにね、なんかすごい最近なんかほら、ボーダレスとか言葉流行ってんじゃないですか、なんか。
あー、なんかね、境界がなくて誰でもオープンにみたいな意味ですかね。
そうそうそう、とかまあその越境みたいなね、ボーダーを越えるみたいな。
でもなんか、その自分なんかちょっとしっくりこないところがあって、まあそのボーダー感みたいなものは確かにあるっちゃあるし感じるんだけど、なんか自分の中にはあんまないんですよね、そのボーダー感みたいなやつっていうのは。
なんかちょっと薄いんですけど、多分。
へー。
人との境界線とかちょっと薄いんで、と思うんですよ。
普通、なんかなんとなく他の人より見てるとですけど。
へー。
だから、なんかそのボーダーってよりも、なんかこういろいろいっぺんにある、なんかみんな一緒みたいな感じの感覚の方がなんか結構、あのなんていうんですか、世界観として結構あって。
なんかね、そのオッド&オラブっていうバンドだったんですけど、そのオッド&オラブを見たときに、なんかそういうふうに感じたんですよね、そのなんかボーダーがあってどっちがどっちとかじゃなくて。
なんかこういろんな色の人がいっぱいバーってもう集まって、なんかマーブルチョコレートみたいにバーってなんかある状態みたいな。
だから、あーなんかそういうふうに思ってたこう世界観みたいなやつが、なんかそこにあったなーみたいな気がして。
なるほど。
可視化されたみたいなね。
宮川さんの思う世界観の可視化って感じなんですか。
そうそう、なんか人間関係みたいなやつ。
はいはいはい。
その可視化されたような、その姿を見たところに結構なんか僕は感動したというか、なんかあーそうだこんなふうに思ってるんだよねーっていうのが、なんかそこにあったみたいなところがあってですね。
じゃあなんか、なんか言葉にならないものが非言語化されてこう目の前にあるみたいな感じなんですかね。
そうですね、まあなんかもうもはや表現というかそのなんか、なんかあるみたいな感じでしたね。
なんか古代遺跡見つけたみたいな、ほらそういうやつ、なんかほらアトランティス大陸のなんとかがとかないって言ってたけど見たらあったみたいな。
あー。
想像上の何かがそこにあったみたいな感じでした。
普通の再考察
とうとう意図意識佐藤さん見つけたって感じですか。
見つけましたねー一つ。やーやっぱ埋蔵金ってあるんですよだから。
ないと、俺ももはやないんじゃないかなって最近ちょっと疑心暗鬼になってましたけど、ありましたね。
あったんだね。
そこにありましたよ一つ。見つけました。
そのマーブルチョコレートは探してたやつなんですね。
探してましたね、やっぱり。探してたか、まああるだろうなーと思っててあったみたいなやつですよね。だから探しはしてないかもしれないんですけど、なんか思ってたのあったみたいな感じですよね。
うーん。
いやだからね、今回ちょっと今日テーマで話したいなーと思うことがあって、それを見たことによってね。
うん、今日のテーマ。
今日のテーマね、なんかこう普通?なんか普通ってじゃあ何なんだろうねって話にちょっと思ったわけですよ。
はいはいはいはいはい。
普通とは何か
だってじゃあね、その誰かの普通みたいな話なのかもしれないしとか、やっぱ普通の尺度とか全然違うじゃないですかみんな。
うんうんうん。
だから普通って何かなーってなんか改めて思ってですね。
うん。
あの子供とかがよく言うんですよ。なんか今日どうだったーとか言ったら普通とか。
よくありますね、思春期の。
そうそうそう。なー普通ってみたいな。
はいはいはい。
じゃあ異常はないよみたいな話になってくるんですけど。
はいはい。
すごいなんかね、まとめて言うからなんか面白かったですけど。
ね、普通って何なんでしょうね普通ってね。
改めてね。
めちゃくちゃ便利な言葉ですけど、なんか言ってるようで実は何も言ってない言葉でもあるような。
あ、そうそうそう。なんか捉えどころないですよね、ふわふわしてて。
うん。
なんか意外とあるようでないみたいな話だし。
はいはい。
だからあるようでないとか言い出すと結構面白い感じにも聞こえるじゃないですかなんか。
うんうんうん。
もはや。なんか面白くないやつの代名詞みたいな感じの癖に。
確かに。さっきのヤガサンのお子さんの回答でいくと、なんか普通って多分同等でも捉えられるから、回答保留みたいな。
あーそうですね。
意味合いもすごくあるというか。
確かに。
まあ異常でないことだけは分かるというか。
そうですね。だからなんか多分何もないことを普通って言うんだと思うんですよ。
そういう、その子供の言ってることは。
うんうんうん。
何もなかったって言えばいいのに普通っていう、いつもと一緒だったが普通っていうか。
はいはいはい。
だからいつもと一緒が普通っていうのは、でもそのちょっと怖い、ある種怖いんですけど。
なんかその、なんか心が動かなかったみたいな話にも聞こえるし。
うんうん。
だって昨日と同じことなんか絶対ないじゃないですか。
はいはいはいはい。
絶対一回もないのに普通っていうぐらいなんか流しちゃうっていうか、
まあ説明がめんどくせえっていう話を要約して普通って言ってるのかもしれないけど。
うんうんうんうん。
なんかね普通って言って流しちゃうと、なんか大切なやつがちょっと失われてるような気がしましたね。
なんか今話してると。
あー何かすごく、なんかこうもう少し細かく見ていけば大事なものがあるけど、
法と社会通念
それをなんかすっ飛ばして言っちゃってるというか捉えちゃってるみたいな。
そう、めんどくせえって言ってるみたいなのとかなんかね。
あーそうかそうか。
じゃあちょっとそこを考えたくないっていうのもちょっと含まれる可能性はあるわけですね。
そうですよね。
回答として。
とか、お前に言う話はねえみたいな。
あー。
でも、なんかでもなんて言うんでしょうね。
そこ難しいなって個人的なものは、解像度高すぎるものが来すぎてもなんかこう野暮な感じもするし。
まあそうですね。
でも。
そうなんですよ。
余白がありすぎてもなんか会話してるようでしてないし。
うーん。
意味ないっていうかね。
ねえ。
行き来できるとなんかすごくいいんでしょうけどね。
そうね。
うん。
普通だったり普通。
そうそう。
だから、なんかそうね、普通っていう言葉に、えーやっぱそうかそうか便利だから。
うん。
なんか、逃げ、逃げな、逃げてるようにも聞こえますよね。
だからなんか。
あー。
なんか中洋っていう意味じゃないようになんか使われてることが多い気がする。
多分中洋みたいなイメージなんでしょうけどね。
うん。
なんとなく。
ねえ、でもなんか決めすぎるとそれもそれで窮屈だっていうのもわかるしで。
うーん。
なんかすごくあの難しいというか、僕でもあの一応なんか法律の勉強とかもしたことあったときに。
おー。
その辺のあの、あの法律って細かくガチガチに決まってるってなんか僕その、その勉強するまでは思ってたんですけど。
はいはいはいはいはい。
実際に条文を見たらめちゃくちゃふわっとしてるんですよ。
あー、なるほどね。
例えばなんですけど、解雇をするときに決められている労働契約法っていうのがあるんですけど。
はい。
で、解雇が無効になる条件っていうのがあって。
おー。
で、解雇は客観的に合理的な理由を書き、社会通年上相当であると認められない場合に限り、権利を乱用したものとして無効になりますって書いてるんですよね。
えー。
分かりづらいし、どうとでも取れますね。
そう、そうなんですよ。で、合理的な理由って何なんだっていうのと、社会通年上相当って何なんだっていうのがあるんですよね。
確かに。
で、なんかその裁判例とか見てみても。
うん。
思うんですけど、その時代時代によって社会通年ってめちゃくちゃ変わってるから。
変わりますよね。
裁判のあの結果も全然変わるんですよ。
あー、そっかー。だから最近だとこうですよねみたいなトレンド的な感じになっちゃいますよね。
そうそうそう。ただこれが決まりすぎてたら社会が変わった後も、そのちっちゃいなんかこう下の細かいルールで改行が全部決まっちゃうってなるから、これぐらいふわっとしとかないと時代についていけないのかなっていうのもあったり。
あー、なるほどね。だからちょっと最大公約数的というか、何でしょうね、なんかこうなんとなくガイドラインみたいな、枠だけ決まってるみたいな感じですかね、なんとなくのですね。
そうなんですよね。
だから犯罪とか起こるんですね、ここのついて結局のところ。
あー、まあそうですね。そういうのはありますよね。
ありますよね。弁護士みたいな人が存在するために。なんか弁護士みたいな人が存在するためにあるみたいな風に聞こえますけどね、もはや。
あー、そこのね。
曖昧さをこう。でもそんな考えると弁護士みたいな仕事も、なんかすごいおもろいというか、なんかふわーっと曖昧な仕事ですよね、なんか。
そうですね。もうグレーゾーンをお互い攻めき合うお仕事かもしれないですね。
口が強いやつが勝ちみたいなね。
はいはいはい。
多様性と普通
論破王決定戦みたいな感じじゃないですか。
そうなると普通っていう言葉がまたその時は武器になるみたいな。
そうですよね。
普通はそうでしょ。社会通念上そうですかみたいな。
ね。でもみんなの中にあるそのなんていうんですか、最大公約数の話なんで、それがうんうんって納得する人がマス的に多ければ通用する話だけど、これがなんかハンハンみたいなところに来ると結構やばいみたいなね。
あーそうですね。ちょっと論争が起きる位置ですよね。
ね。だから俺みたいにちょっとオルタナ系の人はあんまり普通とか言ってもお前のはちげーよとかなりそうな感じしますね、なんか。
うーん。
あとでも文脈によっても結構普通の位置って変わる気がしますけどね。
あー。
なんか時代によってもその普通っていうことが良しとされてた時代と、
時代?
普通であることがちょっと凡庸みたいな風に捉えられる時代とであって、なんかその普通であることがなんかこう面白くないみたいな時代だと普通じゃないことの方が良いみたいな。
そうですね。確かに。なんかそれは結構最近よく感じてて、なんか今のトレンドというか潮流はなんかやっぱりそっちですよね。あの普通じゃない方が良いみたいな方に振られてきてますよね。だんだんだんだ。
あー。そうですね。多様性の時代とかね。
うーん。それは感じる。だからなんかちょっと生きやすくなってますもんね。若干。
あ。
多分。
あ。宮川さん自身もそう感じてる。
そうだと思います。なんか。うん。やっぱり生きにくさというか、なんかいわゆるそう普通って、だから僕なんかあんまり普通って言葉がなんか分からないというか、なんか分かるんだけど分からないというかなんか嫌っていうか、なんかそういうのがやっぱ子供の時から結構あったんですよね。普通にみんなができてるというか、なんか平均的にできてることがあんまりできないというか。
うんうんうんうん。
かといってまあ別に平均的にできてること以外のことができるかとは別にできないんですけど。
うんうんうん。
なんか、そうだからできないっていうことで、なんか疎外感を感じることだったりが、なんとなくこう、その、なんていうんですかね、普通じゃなくなるというかなんかまあそれが嫌みたいな感じになったりとかですね。
うん。
なんかトラウマチックな感じになって、なんか天の弱になっちゃうとかね、なんかそういうのがありそうな気がしますけど。
ああ。
だけど、だからその時はほらやっぱりね、今はね、今もよく言われてますけど。
うんうん。
ね、なんかほら学校教育みたいな詰め込みでなんかテストしてって、エリートにならないとみたいな一歩道しかないみたいな雰囲気の時代だったから子供の時がですね、そんな感じでしたけど。
ああ。
うん。
そういうのはね、今はもうちょっとあるかもしれないですけどね、昔はより強い時代もあったと思いますね。
ね、なんかね、そうそう、なんかそういう社会だった気がしますけどね。そう、だからなんかもしかすると人も少なくなってきてるしね、なんかその多様化も走ってるし。
うん。
なんかそもそもその、なんか全員が同じ方向に行って一個、なんか大企業みたいにね強くなるみたいなことがもう人数が少ないからちょっと難しくなってきてるのかもしれないですね、なんか。
ああ、そうですね。
多様化もあるけど。
普通とビジネスモデルの関係
そこら辺のなんかこう企業とか国の生存戦略的にも、それがもう叶わなくなってきてるのかもしれないですね。
ね、なんか。
うん。
なんかいろんな要素があるような気がするんですよ。もう単純にね、時代遅れみたいな話とかだけじゃない気がするんですよね、これって。
すごいですよね。
うーん。
あと個人的にはすごいなんかビジネスモデルっていうのもすごいなんか関わってる気がしてて。
はいはいはいはい。
日本ってやっぱ製造業の国だと思うので。
はいはいはい。
製造において多分エラーっていうことが結構ななんかリスクになると思うんですよね。
ああ、そうですね。
うん。だからエラーが起きないような、あの、その基盤作りというか。
うん。
また自然教育みたいなのも大事だったんじゃないかなとかふと思ったり。
そうですね。まあそしてそれにそぐった人が評価されるっていう評価制度みたいなのが、多分世の中の評価制度と近しいものが、というかリンクがあってですね、なってるとかっていうのはありそうですよね。
ええ。まあでも、そんな世の中だと僕とか三浦さんはちょっと行きづらかったなっていう。
運動ができなかった自分
いや本当そうなんですよね。
本当に。
なんか、俺もだからほらまともにできないんでですね、なんか。
ああ。
単純になんか能力値の話だと思うんですけどね。
なんかでも三浦さんそんなにできない人には見えなかったんですけど、なんかどんなことがどうできないんですか?なんか。
いやーなんで、だからなんかね、社会に出たほうがまあちょっとできた、できたというか、まあ別にまあ頑張ればっていうのがあったけど。
いやなんかその、うん、なんか勉強とかもあんま好きじゃなかったです。好きな、好きなほら、科目はありましたけど。
うんうん。
うんうん。
なんか別に勉強とか好きだったわけでもないですし、運動がとにかくできなかったんで。
へー。
運動ができないのはやっぱ結構致命的でしたね、なんか。
ああそうですか。
たぶん、だってやっぱほら。
うん。
まあ遊び、遊びの中心がそもそも結構運動だったりするじゃないですか、子供の時って。
あ、確かにそうですね。
だからなんかその文化的、まあゲームとか、ああいうのはやっぱうまかったんで、ゲームとか全然できましたし、あれですけど、なんかその体を使ったスポーツ的なやつとかはもう全くできなかったんで、やっぱ下手くそだから、やっぱ上手にできないと。
なんかやっぱりこう、せ、せることで面白いじゃないですか、なんかどっちが勝つみたいな話も。
うん。
なんかあっち勝ったりこっち勝ったりちょっと微妙な、ね、だから圧倒的に強いとか圧倒的に弱いはたぶん全然面白くないんですよね。
確かに。
なんかもうゲーム性がもうほぼない状態ですよね。
あ、そうそう。
だから遊びじゃないんですよ、俺にとって。
だから遊べなくて。
そうだそうだそうだ。
遊べなくてつまんないんですよね。
なるほど。
だからなんか見るのもなんかあんまりわからないし、自分の体感の中にないから。
うんうん。
そうそう。
俺の普通が結構その長かったんで。
はいはいはい。
それがね、結構なんていうか、うーん、なんか嫌だったから、それでちょっとなんかこう変な趣向になって。
なるほど。
そうか、じゃあ単純に遊べなくてつまらなかったって。
あ、そうそうそう。だからほら本とか読んだりとか、みんながドッジボールしてるときに図書館で本読んだりとかしてましたけど。
はいはい。
もちろんその全然しないわけじゃないけど、友達とかいたんで普通に。
うんうん。
いじめられたりとかじゃなくて。
うん。
だけどなんかほら、別に本とか読んでた方が楽しかったりしたから。
うん。
うーん、なんで本とか読んで過ごしたりとかしてましたけど、小学生ぐらいのときとかもね。
うんうん。
うーん、絵描いたりとか。
うんうん。
だから自分ができて面白いことがやっぱり面白いんでしょうね。
だからそれがちょっとだから、得意っていうよりも不得意が多すぎて変な感じになったのかもしれないですね、僕は。
あー、そっか。運動以外にもなんかあったんですか?
いや、運動ですかね。多分運動とかぐらいじゃないか。
あとはだからほら、趣味の感じとかも例えばあったりとかして。
うん。
だからほら、あんまりみんなが好きなやつばっかり好きなわけじゃないみたいなこととかもあったりすると。
うん。
なんかずれていくんじゃないですか?だからほらなんか。
あー。
ねえ。
うん。
だから流行ってるやつが好きとかがないんですよ、昔からあんまり。
あー、なるほど。
そんなに右派じゃないのかもしれないです。まあ、右派の部分ももちろんあると思いますけど。
うん。
なんかそこまでないのかも。だからなんか、なんでも今流行ってればいいみたいに思ったことないからですね、昔からも。
あー、そうなんですね。
多分。
じゃあ、ほか。
だっけ、なんかほら、そういうところがなんかはぐれていくんでしょうね。
じゃあ、みんな周りでポケモンやっててもポケモンってやらないみたいな感じだったんですね。
あー、そうそうそう。でも正確的に元から天の弱っていうのも多分これはあると思うんですけどね。
はいはいはい。
うーん、だからその、ほんと普通っていうのに遠藤を買ったことから、なんか普通にできないからですね。
うん。
独学と学びのスタイル
でも、普通っていうのをちょっと嫌悪してるっていうか、普通ってみたいな。
逆に自分からハズレにいってる感覚もあるんですね。
いやいや、ハズレにいってるっていう感覚はないんですけど。
あー、ないんですね。
なんか普通っていうのを常に意識してはいるけど、なんか別にいいって思わなかったりするものがほら、遠飛ばれたりしてる時とかが多かったから。
うんうん。
うーん、いやだから、うーんっていうね、なんかこう、なんかシャニ構えちゃいますよね、そうやってなると。
あー、確かにね。そうですよね。なんか普通っていうことを意識しすぎると、ちょっとなんか逆になんか意識しちゃいますね。
そうそうそうそう、なんかそんな感じで変に中二病的な感じに。
はいはい。
なんかなっちゃいがち。なんかこの間もね、そういう人いましたよ。なんか中二病すぎて、なんかみんながなんかJ-POP聴いてるのに、なんか俺はなんかクラシックを、ピアノをしててクラシックをね。
うん。
なんか、やってるからもう全然お前らとは違うんだよみたいな感じで言っててみたいな。
うんうんうん。
でもなんか途中ぐらいから、なんかもうピアノも急にやめちゃって。
うん。
なんかよくわかんなくなって、もう別にいいやってなんか爆発して、なんかそれから普通にJ-POP好きになりましたみたいな話もされてましたけど。
あー。
なんかその、中二的にね、なんかほら、なんか違う、俺は違うみたいな、お前らとは違うみたいな感じで、なんか好きなのか好きなのかわかんないけどしてたみたいなこと言ってましたけどね。
あー。なんか普通に翻弄されてますね、なんかね。
あーそうそうそう。だから、それはねでも、たぶん中二病の結構正体的なというかなんかありそうですけどね。
そう、なんか自分を特別だと思うとか、思いたいとか、あとなんかその世間知らずすぎて万能感があるとかね。
うんうんうん。
なんか俺が何でもできんじゃねえかみたいな万能感思い込んじゃうとか。
でもなんか今思うと、それもそれで昔のそういう子供らしい自分もなんか愛おしいなとは思いますけどね。
かわいらしい。
そうです。そうですよね。でもなんか、それってたぶん、なんか今でも結構、たぶん残ってる部分ってなんか何かしらたぶんあって。
うんうん。
なんかそれがあるから、割とその、なんか生きていけてるみたいなとことか、なんかある種自分を信じることのなんか一つじゃないですか。
うん。
何でもできる、まあ自分の可能性を信じるというかね。
うんうん。
だから、まあ今でもあるっちゃあるんだろうなって思います。なんか自分とかも。
あー。
うん。なんかそのほら、今あんま何も習ったことってなんか、だからそれ、その流れで結構習ったことないんですよね、あんまり。
あ、そうですよ。なんか宮川さんになんかデザインについて、なんかどういうふうに勉強したんですかって前聞いたことありますけど、もうないです。画流ですって。
そうそう画流っていうか、まあそのほらね、本を見てとかそういうのはあるけど、人に習ったことないんですよね、俺。
あー。
教えてもらうのが苦手なのか、苦手というかなんかわかんないのかもしれない。
えー。
うん。
じゃあ独学ってことですよね、全部。
そう、独学、独習。ただ、ほら資格がないから、あのようなことばっかりやってるから、それをこうほら、確かめ算することもないんですよね。
あー。だから本当にこう決められたやり方って何だろうってなってるんですね。
知らないかもしれないですね。だから教えれないですよね。だからほらなんか、都度都度出会ってきてやってきてることが積み重なってるだけだから。
うんうん。
あの、まあだから多分その、経験値でやってるんですよね、おそらく。だからすごい遅いんですよ、多分。
あー。
過去の偉人たちがね、このメソッドみたいなの作ってそれを習えば一気に学習が早まりますよみたいな、習得早いですよみたいなことをしてないんで。
まあなんか、あと学び自体がアートですね。
学び、学び自体がアート。
学び方の多様性
もう学び方自体がアート性が高いというか。
そうなんですかね。いやなんかわかんないですけど、だからなんかコミュニケー、なんなんでしょうね。なんかね、なんかできないんですよね。
いやでも多分習ったほうが簡単なんだろうなとは思うんですけどね。
うーん。まあ早いんですからね。なんかやり方がこうですって聞いたほうがね。
そうでしょ。だから本当にその多分、岡田さんと俺の多分真逆なところは多分そこで、岡田さんほら結構学ぶじゃないですか。学ぶというかしっかり体系的に学んだり一回するじゃないですか。なんかほら、勉強するっていうか。
あ、そうですね。なんかそこは浅いところで全体像をバッて勉強する。
スタボって。
そういうタイプです。
ねえねえ。だからそれやっぱ大事だなあと思って。だから俺が訳わかんないのはそういうところなんですよね。多分なんかあんま伝わらない。なんかほら独自で独自経験に基づいてこうほらインプットしてたりとかするから、加工が激しすぎて再現性見つけれてないっていうか。
確かに。それを教えたところで宮川さんだからみたいななんか技術がいっぱいありそうですよね。
技術っていうか特性みたいなやつとかあるのかもしれないなと思う。あるとは教えれると思います。だからなんかねやり方とかよりもやっぱ自分が気にしてるのはやっぱりいつもあれですよ。そのこらえ方と受け取った後どういうふうに編集?
何かを思ったりとかそういうときと絵出すときのなんか気持ちっていうかなんか感覚っていうか。それをすごくなんか大事にしてるっていうか。手法は結構ほら何でもいいって言ったらあるんですけど、別にほら表現手段っていっぱいあるからなあみたいな感じでちょっと思うんで。なんか僕がもし教えれるとしたらそういうことかもしれないですね。
だから言ったじゃないですか前もほら。なんかこうデザインとかとか話とかになっていいのいっぱい見たらいいんじゃないですかみたいな話とかしたんですよね。
はいはい。しましたしました。
職人的学び方でいくとそういうやり方。意外とでもそれ早い気がしますね。なんかそっちの方がそういうやり方が得意な人は。
ああだから得意じゃないと思うんですけど説明書とか読まないからですね。
ああそれはちょっと一緒な感じはしますけど。
うん。
うん。
なんか見たら大体わかるかなと思って見て触ってみます。
ああでもそれはでもある意味ある程度その触り方のセンスがあるというかなんかある気がしますね宮川さんなりの何かが。
ああそうかもしれない。まあでもそれがうまくできてるかどうかは本当別ですよ。別にこれうまくできてる人っていうわけじゃないからですね自分は別にそこまで。
なんか自分なりのみたいな。でもなんかね結構面白いなと思うのは。
うん。
例えば音楽ソフトとかを使うときに。
はいはい。
日常と哲学
本日もひまじんラジオかっこかりにお付き合いいただきありがとうございました。
日常の中に潜む小さな哲学。言葉にならない感覚を大事にして明日も違う自分に出会いましょう。
あなたの何気ない日常が少しでも豊かな時間になりますように。
次回もぜひ私たちの暇つぶしにお付き合いください。
ぜひ番組のフォローをよろしくお願いします。
また感想はxでハッシュタグひまじんラジオで感想をお寄せください。
それではまた会う日まで。
32:29
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