修学旅行の思い出
おはようございます、ヒデジです。12月の20日ですね、土曜日となります。
双子パパのライフデザイン、今日も始まります。
天気ですけどもね、この週末、土日、曇り時々雨ということで、
気温はですね、今日は最高気温、神奈川県15℃の予報で、明日はなんかすごいですね、19℃とかになりそうだということですね。
はい、まあでも天気悪いからね、ちょっと、どこも行けないかなって感じかもしれませんけど。
私はですね、ちょっと務め人の仕事で、この土日も働いておりますが、そんなところでございまして。
今日はですね、高校の時のですね、修学旅行で中国に行った話の、ちょっと続きをしたいと思います。
ちょっと以前放送で、路口郷に行った話とですね、現地の学校の高校生と交流した話、ちょっとしまして、それの続きになります。
民の十三寮という場所に行きました。
修学旅行自体はですね、4泊5日ですか、行きまして、路口郷とか学校の交流とか、これ2日目にやってですね。
3日目に、なんかね、北京の動物園に行ったんですけど、確かパンダ見て終わった気がします。
今日お話しする民の十三寮というのは、その次の4日目、ほぼほぼね、最終日にかけての日程でしたけども。
この民の十三寮というところなんですけども、これ自体はですね、民王朝ですか、中国の民王朝、これが1368年から1644年、大体300年ぐらい続いた民王朝なんですけども。
その時の皇帝、皇帝のお墓になるんですけどね。
十三寮っていうことなんで、13名の皇帝がそこに眠っているということでして。
ただ民王朝自体は16人の皇帝がいたんですけど、そのうち3名はですね、初代の皇帝は南京の方に埋葬されて、2代目は行方不明らしいのと。
でまた7代目っていうところで別の場所に埋葬されているみたいですね。
それ以外の13名の皇帝が眠っている場所ということで。
で場所としてはね、北京の中心部から北西部にかけてですね、行ったところ、40キロぐらい離れたところに昭平区っていう場所がありまして、そこにあるんですけども。
ここは民の時代なんで、民王朝が終わったのが1644年ということで、結構古い建物がありました。
で私が訪れたのは2001年なんですね。当時高校2年生でした私。
でその後2003年になってですね、この場所がユネスコの世界遺産に登録されまして、ここ以外の中でお墓がもろもろ登録されたんですけど、そのうちの一部ということで、この民の13両というところも登録されましたね。
で私が言ったのは登録前の2001年だったということなんですけども。
それでですね、この場所っていうのがなかなか風水で選ばれたっていうことらしいんですね。
これが3代目の皇帝のA楽帝って方がいるんですけど、その人が選んだ場所だということで。
場所としてはね、北側が大体山なんですね。山に囲まれてるんですね。
南側だけが開けてて、古城っていうんですかね、弓の形っていうか、古城の盆地みたいな形になるのかな。
北側は全部山に覆われてて、谷の谷があるんで水も流れてるよというような場所でですね、死者を眠らせる場所としては一番いい場所だと言われているようなところだと。
北からの悪い気とか冷たい風とかっていうのを防いでですね、暗い土と静かな水がある谷っていうことで言われてますけど、
そういった風水の原則に基づいた完璧なですね、死者の都って言われてるそうです。
そんなところにですね、この満王朝の十三名の皇帝が眠っていると言った場所なんですね。
この場所自体はね、結構こうギュッと集まってるっていうよりはね、あるエリアが公園みたいなイメージなのかな。
訪問の感想
その中にその満の時代に作られた建物がどんどんと結構距離を空けて立ってるんですね。
その真ん中をですね、道が通ってるんですけど、これを神の道って言って神道って言ってるらしいんですね。
これなんか英語で言うとスピリットウェイと言われてるみたいで、その道をですね、こう行くと建物がこう、
結構距離を空けてですね、奥の方まであると。
これが7キロくらいあるらしいんですけど、私当時ね、どれくらいまで歩いたかあんまり覚えてないんですけどね、
あの、なんか古い建物の門をね、くぐってですね、はい。
で、なんか大きなね、まあ石板というのかな、あの、皇帝の名前がね、ぽんぽんって書いてあるんですけど、
その皇帝の名前がね、ぱーって書いてあるようなね、石を見た記憶がありますね。
そんなようなね、場所でございまして。
で、その、ちょっと公園みたいなところもまあ、確かにあってですね、
その神道っていうメインの道の両脇に、なんか大きなね、石像がどんどんどんってあるんですね。
なんかライオンとかね、象とか、なんかもろもろありました。
でもなんかあの石像が昔からあったのかどうかはちょっとね、怪しいんですけどね。
途中から突っ込められたような記憶も、あの、感じもしなくもないというか。
まあ、というのも、あの、なんですかね、建物はすんごい古いんですよ。見た感じ。
だからまあ昔からあったのかなと思うんですけど、割とそういう石像がですね、
なんか古さがちょっとよくわかんないというか、当時からあったのかよくわかんないんですけど。
まあ、ただその後の世代になってもね、一応守られていた場所なんだろうなとは思いますね。
一応その明王朝が1644年に終わった後はですね、この清の時代に入っていくんですけど、
そこから清の時代がすごく長くて、1912年とかね、
あの、中華民国とアダ・コーダがあるような時代まで続いていくので、
清の時代も長いんですけど、一応この明の十三陵はちゃんと維持されてきたってことなんだろうなと思いましたね。
そんなところに行きまして、お墓が並んでいるのは確かに並んであるんですけど、
あと地下宮殿というのもありましてですね、これは1950年くらいに発掘されたりしてですね、
中に入ることができるように整備されて、入れるような状態になっております。
整備されて、入れるような状態でしたね。
そんなところがあります。
多分日本に私、その習俗旅行で行く前にこの明の十三陵の存在はまず知らなかったんで、
何なんだろうってところがあるんですけど、
多分、これをお聞きの皆さんもあまりイメージつかないところがあるかもしれないんで、
もしお時間があったらということで、ちょっとわかりやすく動画でそこの訪れたビデオを撮ったYouTubeがあったので、
少しリンクを貼り付けておこうと思うんですけども。
4日目は午前中にここを訪れて、お昼を食べて、今度午後は万里の頂上に行ったんですね。
そのお話は後日追って配信したいなと思います。
ということで、今日は中学の習俗旅行で行った中国の話、明の十三陵という明王朝の時代の十三名の皇帝のお墓のお話をさせていただきました。
今日はここまでとしたいと思います。
最後までお聞き下さいましてありがとうございます。
いつもいいねコメントいただきましてありがとうございます。
それではまた次回の放送でお会いしましょう。
ありがとうございました。