1. ヒデジ「双子パパのライフデザイン」
  2. #94【中国修学旅行の記憶】万..
2025-12-21 10:37

#94【中国修学旅行の記憶】万里の長城(八達嶺)

八達嶺長城の動画です。わかりやすい動画を適当に選びました。

万里の長城へ 八達嶺長城から入り壮大な景色を拝みながら散策
https://youtu.be/2KwbLn3ifQQ?t=99


Wikipedia - 万里の長城 (全体地図)
いろんな時代にいろんな場所に 「万里の長城」 は建設されていました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%87%E9%87%8C%E3%81%AE%E9%95%B7%E5%9F%8E#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Map_of_the_Great_Wall_of_China.jpg
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/5fff0911fc3475e2c8f25b3f

サマリー

このエピソードでは、万里の長城の八達嶺を訪れた修学旅行の思い出について語られています。寒い時期に訪れたものの、素晴らしい景色と歴史的な背景が印象に残るようです。

万里の長城の訪問
はい、おはようございます。ヒデジです。12月の21日、日曜日です。
双子パパのライフデザイン、今日も始まります。
はい、えーとね、天気ですけどもね、神奈川県の方、今日は曇り時々雨ということで、
です。夜までね、傘マークがついています。で、なんとですね、最高気温がね、19度になるということで、
昨日よりね、昨日もまあ高かったですね。昨日より3度くらいプラスになっているみたいですね。
ただ雨上がりなんで、まあ日を跨いだ、明日にかけて一気にまた冷え込むということで、
まあとはいっても最高気温13度くらいらしいですね、明日は。はい、そんなこんなでございます。
今日のテーマですけども、昨日に引き続きましてですね、私の高校の時の修学旅行で行きました、中国の話でございます。
えーと、
五泊五日で行きました。
北京の方ですね。
4日目にですね、昨日お話しした明日の集散旅というところに、午前中に行って、
午後にですね、今日お話しする万里の頂上に行きまして、
この万里の頂上の場所がですね、
北京の中心部から大体北西部にかけて80キロぐらい行ったところでありまして、
時期もですね、2001年に私行きました。11月ですね。非常に寒い時期でして、
さらに北の方に行ったのでね、北京も寒かったですけど、その万里の頂上の場所も非常に寒かったです。
ただね、天気は良かったので、
すごい晴れてた記憶です。
えーと、この万里の頂上って言ってもですね、
中国にある万里の頂上ってもういろんな時代に作られていまして、
総延長で言うと、
21,000kmもあるらしいんですね。
これはね、地球の半分以上の長さになっちゃうんですけども、
私が行ったところっていうのは、八達礼っていう場所なんですね。
八達っていうのは、八に達成の達で、礼っていうのは山の頂ですね。
八達礼っていう場所なんですね。そこがその万里の頂上の中でも主要な観光地になっているところです。
そこに行きまして、
なかなか人も多かった記憶であります。
その場所で作られた、そこの場所の万里の頂上自体はですね、
明の時代で、約500年くらい前ですね、1500年頃に作られたという場所でございまして、
とにかくですね、山の上にあるんですけど、向こうの山からこっちの山からもとにかくずっと見えるんですね。
あの景色はなかなか壮大なものでありまして、
ちょっとわかりやすい動画がありましたんで、リンク貼っておきますけども、
あと坂がすごいんですね。本当に山に習ってアップダウンしていくんで、本当に山登りみたいな感じですね。
ただレンガ作りなんで、そのレンガの部分を坂を上がっていくような形でありまして、
足もねパンパンになった記憶でありますね。
この万里の頂上ってなんで作られたかっていうとですね、
当時はね、北京を中心にしてまして、その中国時代が、その北京を守るためにですね、
北からの攻撃を防ぐために作られたということでして、
特にね、騎馬民族って言われているモンゴルなどからの民族の侵入を防ぐためでありますね。
万里の頂上自体、両サイドに壁があるんですけど、外側の壁だけは高くなっているんですね。
あと穴が開いてたりとかしてですね、弓を撃てるようになっているとか、そういうような形で壁の高さが違うんですね。
これちょっとビデオを見ていただけると分かるんですけども、壁が高くなっている方が北側になるというかね、敵側になるということで。
あとこの2、300メートル置きにですね、見張り台がありまして、
敵が来たらですね、その場所でのろしを上げてですね、味方に知らせるという
ふうに使われていたと言われております。
この万里の頂上自体はね、ここも昨日話した民の十三陵と同じようにね、ユネスコも世界遺産に登録されたところでして、
登録された年は1987年ということで、私が行ったのはね、全然その後にはなるんですけど。
この竜峰という民の時代に作られた万里の頂上は、結構修復とかですね、
ちゃんと管理がされているんで、一応観光地としてなっているんですけども、
それとは違くて管理がされていない、野原のものって書いての頂上っていうんですかね。
頂上も長い城ですね、これね。
全く管理されていない万里の頂上もあるらしいです。
そこはもうね、本当にボロボロらしいんですね。レンガぐくりではあるんですけど、そういったところもあるということで。
ただね、ここの発達峰っていうのがもう、本当に観光地になってまして、
お土産屋さんも結構ありましたね。
私もそこで万里の頂上Tシャツをね、買った記憶があります。
日本人も多分多かったんでしょうね。向こうの人もね、日本語でTシャツ10元とかね、
言ってましたね。 そんな記憶であります。
行ったのはね、11月でしたけど、私もね、なんでこんな寒い時期に寒いところに行くのかなと思ったんですけども、
例えば春先とかだと、高砂がすごいらしいんですね。
あったかくなって、夏頃でも湿気が、
湿度が高くて、なんか天気もあんま良くないとかいう時がありそうで、この11月っていうのは結構
晴天に恵まれやすい時期っていうことらしいですね。 だからこの時期に行ったんだなっていうのをね、思いました。
そんなところでございました。
帰りの思い出と次の訪問
万里の頂上はね、まあそれで終わって、
その日はね、そこからもう北京に帰るんですね。80キロぐらいバスで
移動したんですけど、確か渋滞もすごいしててですね。
なんかね、2時間じゃ帰れなかった記憶で、 私の一番の思い出はですね、その帰りのバスで
なんかトイレに行きたくなってですね、 休憩も取らなかったですし。
隣にはですね、 当時仲良くが良かった女子生徒さんがいて、女友達って言うんですかね。
同級生がいまして、 そこで必死に我慢してた記憶があります。
なんとかね、セーフで間に合ったんですけども。
ということで、これが4日目なんで、最終日はね、また違うところに行きまして、
北京にある、またこれも世界遺産なんですけど、岩縁っていうね、
当時の皇帝が住んでたっていう、だいぶ昔の1100年ぐらいの時の皇帝が住んでたっていうことで、
日本でいう皇居みたいなところにあたるのかなと思います。 そこに行きました。
まあちょっとこの話も別途でできればなと思っております。
はい、今日はそんなところとしたいと思います。 雑談ではありますけども、今日も私はちょっと勤め人でございまして、
ちょっとね、暴動力投入してますね。ちょっと体が痛いです。
今日もちょっと大変な感じなんで、
安全作業でいきたいと思います。
最後までですね、お聞き下さいましてありがとうございます。 またいつもいいね、コメントいただきましてありがとうございます。
それでは、また次回の放送でお会いしましょう。ありがとうございました。
10:37

コメント

スクロール