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No.08 「リアル」のはなし
2026-02-02 1:00:25

No.08 「リアル」のはなし

「リアル」ってなんだ?

明治・大正期に日本に入ってきた「新劇≒リアリズム演劇」と宮澤が大好きなヒップホップは共に同じことを描いているかもしれない……

私たちが常に直面する「現実」を
そのまま写し取るのが「リアリズム」なのでしょうか?
「Keep it real」を大切にするヒップホップもまた、いかに「リアルであるか?」を問う音楽ですが、果たしてその内容は「現実をそのまま写し取る」ことを意図しているのでしょうか?

両者に同じ「現実に対する態度」がこめられているように、宮澤は思うのです。
アフリカ・バンバータと小山内薫を召喚して、その辺のところを考えました。

ぜひお聴きくださいませ!!

※この放送は1月28日22時からXのスペース配信で放送した内容を一部抜粋したものです
全編は👇
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00:05
はい、というわけで、先ほどはですね、元…元っていうのも変だけど、なしごれんのメンバーでですね、ナンバーじゃねえよ、なしごれんのお仲間で、劇団NLTの中山由加さん、そして今日NLTが礼会に回っている松山市民劇場の皆さんが、急遽出てくださいました。
また誠にありがとうございました。
えー、というわけでですね、これからは今日のメインのですね、「リアルとはなに?」っていう話をですね、ちょっとしたいと思っておるんですけれども。
出しておいたんだ。
虎の巻というかね、ちょっとね、私の話ってあっちゃこっちゃ言って、結局何だったんだっけ?ってなるのがね、結構自分の中で多いなというふうに思うので、今日はね、ちゃんとね、ちゃんとでもないけど、あのー、書いてきましたのでね。
リアルって皆さん、ねえ、考えたことありますか?
なんか、なんだ、リアルって、リアルってなんだっけ?ってね、でほら、あのー、よく言うのが、リアリズム、ねえ、リアリズムって言うじゃないですか。
ねえ、あのー、リアリズム演劇とかね、言ったりするし、あとは、飽きた無邪気、ひじかったよしきねえ、青年劇場!ねえ、久々言った。
青年劇場!の、えー、この合言葉というかね、まあ、活動方針というかね、理念というか、に、の言葉で、
えー、幻術、幻術だっけ?魔術みたいな、幻術、違う違う違う違う、えー、現実変革を目指すリアリズムなんて言ったりします。
うん、あのー、あとはほら、リアルに言えばとか、それがリアルだよねとか、まあ、あの日常会話の中でもリアルって使いがちじゃないですか。
うん、でも、リアルって、よく考えてみると、ちょっと何言ってるかわかんないっていうか、もやっとした言葉ですよね。うん。
本当の意味で、そのリアルって何ってことを、あのー、考えたことってあんまり実はないなと思って。
で、今日はね、そのシアターボンドならではのそもそもから考えるっていうのが、このシアターボンドの、えー、テーマなわけですから。
ね、えー、リアルについてね、もう一回ちゃんと、あのー、考えたいなというふうに思ったわけでございます。
03:00
で、えーと、そもそもですね、リアリズム、リアルな演劇っていうのって、いつ始まったんだろうって考えると、
これはね、やっぱり進撃なんですよね。そのー、えー、今まで、その、それまでもですね、このー、虚実被膜論っていうのがありまして、
これちょっと難しいんですけど、えーと、なんていうの、この、嘘っこ、ね。嘘と、それから、実は現実、ね、虚実、ね。
えー、虚構と現実が被膜っていうのは、こう、薄い膜ね。
えー、神人絵ってことですよね。
えー、今日も実も神人絵の、こう、これは、えー、芝居作りを考えてるよってね、言った人がね、後からこれは、あのー、学者さんが考えた用語だって聞いたんですけれども、
歌舞伎の用語なんですよね、これ、虚実被膜論。
近松門左衛門がね、えー、の、劇作、ドラマ剣は、まあ、虚実被膜論だよねっていう言い方をするんですよ。
これね、私ね、大学で習ったんですけども。
うん。だからまあ、実際起こった、そのー、事件とか、ね、それからあのー、えー、まあ、ちょっとこう風刺の効いたね、そのー、まあ、政治的な出来事を、ちょっと風刺を聞かせて描いてみたり、ね。
っていうことは、歌舞伎の世界でもあったわけですけれども、でも歌舞伎って基本的には、えー、現代演劇からもう一回想像し、えー、し直してみると、
様式美なわけですよ。だから、えーと、こういう人物が出てきたら、もうこうなるっていうのが出落ちみたいな。
おいおい、ディスるなよ、ディスるなよ、今。危ないぞ、今。
あの、出てきたらもう分かるんですよね。その人がどういう役回りなのか、どういう性格なのか、ね。で、何をやろうとしてるのかっていうのがね、ほぼほぼ一発で分かるようになってるんですよね。
だからまあ、よく言うのは、赤いクマ撮りをしている、赤いメイクですね、ザ・歌舞伎っていうね、クマ撮りをしている人は、正義のヒーローだと。
これはね、決まってることなんですよ。赤い、しばらくとかね、赤いクマ撮りをしている人は悪いことは絶対にしないんですよ。
で、悪いことをする人は、青い、まあ、アサギ色っていうかな、もうなんかね、この、ちょっと濃い水色みたいなクマ撮りをしている人は、何を、こうね、絶対に悪いことをするんです。
これね、様式で決まってるんですよ。だからね、あ、出てきた途端にもうね、あ、この人悪役だとかね、あ、この人ヒーローだとかね、分かるんです。
06:07
それから、紫色の頭巾をね、つけている、お山ですよね、女役お山は、もう結婚している人だとかね。
あとは、何か引きずって出てくる人、物をね、衣とか、それから木の枝とか、いろんなバリエーションありますけど、とにかく何か引きずって出てくる人っていうのは、ちょっとね、気が違っているっていうかね、
ちょっとこう、狂っている役だって、もうね、決まってるんですよね。だから、何か引きずって出てきたなと思ったら、あ、あの人ちょっとおかしな言動するぞとかっていうのが、もう分かっちゃう。
ね、ような、その様式をどういうふうに演じるか、みたいなことが決まっていて、しかも、完全超悪っていうのも決まってるわけですよ。
だから、人情話、落語からお芝居になった、それ逆にお芝居から落語になったっていうのもありますけれども、例えば文七もっといとかね、ああいうものっていうのは、最後結局改心してね、もっといやを作ったから文七もっといで、うんうんつって落ちるっていうのはありますけれども、
結局収まるところに綺麗に収まるっていうね、ドラマ剣、劇作術なわけですよ。で、だいたい歌舞伎の決まりごととして、主役が出てきて、それで悪役が出てきて、戦って、そしたら第三者が出てきて、それを収める、みたいなね。
紙手に悪役、下手に良役、そして真ん中にそれを間を取り持つ人ってね、バーンと絵で見せる。必ずそういう形を作るんですよね。
だから、もうね、話はもう分かってる。分かってて、しかも庶民のね、江戸時代の庶民っていうのは、お芝居めちゃくちゃ見てましたから、もう中心蔵とか言われたらもう分かるわけですよね、話はね。もう知ってるわけですよ。
ネタバレ禁止とか言わないわけ、もうね。大星裕之助が出てくるとか、オカル官兵のシーンがあるとかね、もう全部知ってて見るわけですよ。で、「よっ、待ってました!」っていうのは、もう待ってるわけですよね。
オカル官兵の道行きなんつったら、もうみんなこうやって、広島の客席でね、「よっ、来るぞ来るぞ!」って言って、「あのセリフ好きなんだよなぁ!」って言って、もうね、セリフも覚えてたりなんかしてね。
で、大吾皇さんが、「なんとかや!」とか言ってね、「何台目?」とかね、「その形!」とか言って、林すじゃないですか。そういうエンターテイメントだったんですよ。だから、このお芝居が始まって、例えば人形の家ね、人形の家、ノーラが出てきて、ヘルメルとやりとりがあって、
09:16
それで結局ね、もう100年前の劇局だから言っちゃいますけども、ネタバレとか言ってる場所じゃないだろうっていうぐらいの、古典中の古典だから言っちゃいますけど、クリスマスの夜ですよね、ノーラが出てきて、ノーラちゃん、もう悩んでると。
それで、ヘルメルは、これから1回弁護士だったんだけど、辞めちゃって、今度は銀行の東通りにならないかって話が来ていて、大金持ちなんですよね。っていうところから始まって、ヘルメルはノーラのことをすごい可愛がる、さっきの可愛いのは話じゃないですけど、自分の所有物として可愛がるわけですよ、奥さんね、可愛い奥さんのことをね。
で、困ったやつだなーって言いながらお金をあげたりなんかしてね、これ小遣いだみたいなね、そんなような保険的な家庭なんですよ。
で、あることがあって、実はノーラが大きな借金を作っていて、その大きな借金というのは、旦那のヘルメルが病気で働けなかった時の当面の生活費を借りるために、ある悪党からお金借りちゃって、
しかもその当時の社会というのは、女の人一人では絶対にお金を借りられなかったので、自分のお父さんの名前を借りて、お父さんのサインしちゃってるわけですよね。
あれなんつって、あなたこれ、お父さんのサイン自分で書きました?なんつって、いやそんなことないわよとか言って、いやいやいやいや、これ日付がこれあなた、お父さん亡くなってから後の日付になってますけど?みたいなギクリみたいなね。
まあまあそんなようなことがあって、でそれがバレて、でヘルメルめっちゃ切れて、それでめちゃくちゃバリ像が入って、でノーラも切れて出ていくみたいな、そういう話なんですよ。
でもね、何がこれからどうなっちゃうんだろうみたいな。ノーラこれからどうするつもりなんだろうみたいな。
しかも女の人が主役で、で家庭、子供もいるし、これから銀行の盗働になろうとしてる家庭を捨てて、で自分で一人で生きていくんだって言って去っていくみたいな。
そういう話で、しかも全然知らん、その筋とかがね、その当時の明治ぐらいのね、1911年だから大正かね、の人たちには全然これ共有されてないわけですから。
12:03
でしかも、なんでこのドラマがね、平塚雷長をはじめね、その当時の美しき者の伝説の世界ですけども、その当時の思想家とかそれから文学者とかに大きな影響を与えたのかっていうと、そんなドラマ見たことなかったからですよね。
そんなドラマなかった日本にはね。で、それをとてもリアルだと。
法権社会からいよいよ近代のね、近代的自我のね、確立なんてね。
言いますけど、習いますけれどもね。
自分は自分、他人は他人。
で、自分の生きたいことをやるんだと。
で、その社会の価値観よりも、まずは自分がやりたいことを見つめ直そうよみたいな。
で、女性の解放だとかね、なんかいろんなことをおひれがついてね、いろいろとこうなったわけですけども。
平塚雷長自身は、そのノーラの選択に対してはちょっと否定的だったとかね、なんかいろんな話が残ってますけれども、とにかく、
現実変革を目指すリアリズムなわけですよ。
飽きたよジャック。ひじかたよしきね。青年劇場じゃないですけど。
なんかこれは、このドラマはあれだぞ、自分のことを描いてるかもしれないぞってね、こう思うような芝居なんですよ。
これあの、例えば、おそかりしゆらのすけでおなじみの、
奏本中心グランの中には自分はいないんですよね。自分というのは、この観客自身がそこのヒーローたちの世界観の中にはいないわけですよ。
あれちょっと、私もノーラとおんなじ気持ちになったことあるなんてね、ないわけです。
よっ、待ってました!の世界ですから、もうただの芸というか、舞台上で展開されている劇の世界を外から見てて、
いい形だねーとか、気持ちいいねーとか、いう楽しみ方をしていて、かたや、この新劇と呼ばれる、それから以降の近代演劇、それからリアリズム演劇っていうのは、
自分に引きつけて、自分にとってのリアル、現実みたいなものを描くことによって、
明日からどうやって生きればいいんだろうってことをね、少し問いかける演劇なわけじゃないですか。
で、このリアリズムっていうね、この現代思想の考え方でもあり、そして芸術的な潮流、流行りですよね。
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このロシア、そしてドイツね、それからフランスなどなどでですね、展開されていったこのリアリズム演劇という流れが日本にも入ってきて、
それ以降は、ちょっとこう、「よっ!待ってました!」じゃなくて、もっと違う自分、こう、生活を、
当たり前の日常生活を送っていく中で、「あれ、私ちょっとこれからどう考えればいいんだろう?」とか、
ちょっとふわっとさせるね。価値観をちょっとふわっとさせるというか、ちょっと問いかけるね。
実は、あなた今これ当たり前だと思ってるかもしれないけど、全然当たり前じゃないかんねっていうことを、
舞台上から問いかける、のがリアリズム演劇だったわけですよね。
で、その先に、今度はロシアの革命後、ソ連っていうのができて、
そんで、社会主義リアリズムっていうのにちょっと派生しちゃって、
で、ちょっとしっちゃかめっちゃかになっちゃうみたいな、もともとのリアリズムの考え方と違うね、
なんかこう、労働運動とリンクさせて、労働運動のロシアの共産党みたいなね。
ちょっと怖いね。お茶を濁しますけれども。
まあまあ、社会主義リアリズムっていうのになっちゃったから、ちょっとリアリズムって怖くね?みたいな感じになっちゃったっていう行き方もありますけども、
根っこの部分は、よ、待ってました、ね。様式美、その形、ね。
そういう世界から、そういう様式美よりも、ちょっとね、おやおやっていうね、
ちょっとこの現実に近しい、現場に近い演劇を作ろうとしたのが、リアリズム演劇、つまりは進撃のある一定の潮流だったわけでございますよね。
ただ、その1924年の築地小劇場は、演劇の実験室っていうね、コンセプトもあったもんですから、
リアリズム演劇だけじゃなくてね、だってそもそも、
ね、築地小劇場の会場というかコケラ落としのお芝居は、リアリズム演劇じゃなかったわけですからね。
その回線っていうね、印象…は?でしたっけ?表現主義とかね、また別のラインナップだったわけじゃないですか。
だから、そこで綺麗に人形の家でもやってね、オープンしたらよくわかりやすかったんですけども、別にそれに限ったことじゃないんだよ、実験室だからね、
18:02
ということで始まっているので、リアリズム演劇もやれば表現主義もやったし、自然主義もやったし、
いろんなお芝居をね、短期間でめちゃくちゃいっぱい上演して、あまりにもサイクルが短いもんですから、翻訳がままならなくて、
一部ではあの翻訳クソだなってディスられたみたいなことも記録で残っておりますので、まあまあよしやしあったんだと思いますね。
けれどもしかし、リアリズムっていうことをマジで考えてた演劇人たちがいたとね、いうことがあるわけじゃないですか。
で、宮沢はそのリアリズム、リアルっていうことを意識しながら、俳優座劇場でね、お芝居の企画を考えるときに、
進撃100年とかね、俳優座劇場会場何十周年とかね、俳優座劇場この先どういうお芝居を作ればいいんだろうかってね、いろんな本を読んで勉強したり、
あとは人に話を聞いて、そうかそういうお芝居もあったんだ、こういうお芝居もあるんだ、みたいなことで、まあいろんなお芝居に触れてまいりましたけれども、
やっぱりリアリズム演劇というか、進撃の古典って言われる作品を強く意識していたことは確かでございます。
その私がいた当時はですよ、今は知らないですよ。私がいた当時はそうだったんですよ。
で、やっぱり作品中心主義で考えたいですし、やっぱり根っこの部分に、我々の根っこの部分には何があったんだろうみたいなことをね、
常に考えていたことがございまして。
で、リアルってことをね、ずっと意識し続けたんですよね。リアルって何だろうってね。
で、かたやですね、趣味として聞き続けていたヒップホップですよ、皆さん。急に飛びますよ、話が。急に1970年に飛びますよ。
時は1970年ですよ。
アメリカ合衆国、東海岸。
サウス、ちょっと待って。
サウス・ブロンクスという地域がございますよ。
ブロンクス、ニューヨークですよね。
サウス・ブロンクスってとこあったんですよ。これ1970年当時ね。
ここどういう地域だったかというと、
失業者がね、ものすごいいっぱいいて。
で、新興住宅街だったんですけど、どんどんどんどんですね、今の日本と一緒のように、物価高になったり、株価の大暴落とかいろんなことがあって、
黒人だけのコミュニティになっていっちゃったんですよ。
21:03
その当時まだね、黒人って言ったらね、まあ迫害されてますから。今よりも全然迫害されている。
で、社会の階層の上の人はみんな白人で、あとはもうカスみたいな野郎たちみたいなことでね、非常にいじめられてた。黒人たちが。
ひでぇ話だなって今でも思いますけども。
で、サウスブロックスっていうのはもうね、家賃が払えない人たちとかね、もう家賃踏み倒すために火つけたりなんかしてね。
放火のね、発生率がマジで多かった。発生率がマジで高かったような。
あとは、自殺多殺がね、ものすごい死亡率がちょっと半端ないぐらい高くて。
で、あとはね、クラックっていうんだっけな。覚醒剤ですよね。めちゃくちゃ流行ってて。
もう昼間から路上で寝っ転がってラリってる人たちとか、でバッてストリートの方を見ると酒飲んで暴れてるやつもいるし、
また反対側パッて見ると沿道のアパートマンションから火がバーって出てて、誰も消そうとしないみたいな。
まあ荒廃した地域だったんですよね。
もうあのお金持ちたちはね、こんなとこ住めないって言ってね、白人たちみんな出てっちゃって、もう黒人しか残ってないよみたいな。
そういう地域だったそうなんですよ。
で、そこにですね、もう秩序も何もあったものじゃないところでですね、やっぱりギャングがね、日々これは殺し合いをし始めたりしてね。
まあとにかく荒れ果てた、お金持ちは絶対に近寄らない地域だった。
ところにですね、これがですね、アフリカバンバータっていうね、DJね。
まだDJつってもね、このサウスブロンクスの中でも2人か3人しかまだいなくて、まだDJの機材も全然なくて。
なんかね、これちょっとね、聞きかじりですけど、レコードのターンテーブルね。
これを2つ重ねて、同じレコードをこうやって流して、ちょっといい感じのところだけ何回も流してね。
それでそのビートでですね、に合わせて踊るみたいな。
そういうのが流行ってたと。
じゃあそのターンテーブルなんで2つもあるかっていうと、ニューヨークが1回大停電があったと。
24:02
とにかくね、ニューヨーク全部暗いから。
その時ね、電化製品屋さんからターンテーブルが消えたって。
みんな糖品だったとか言ってね。
いうような時代ですよ。
しかもブロックパーティーっていうのがその当時は流行っていて、そのブロックっていうのは地域ですよね。
地区地区でですね、パーティーを開いて。
パーティーって言っても別にそんなね、豪華ニューオータニーで立食パーティーみたいな、そういうノリじゃなくて。
もう路上ですよね。
ちょっと広いところとか広場とかで。
ただこうやってお酒飲んで踊るみたいな。
妹の誕生日だから今度の日曜日ブロックパーティー開くからみんな来てねみたいな。
広場に集まって踊ろうねみたいな。
そういうノリのパーティーですけど。
そこで盗んだバイクじゃないやつ。
盗んだターンテーブルを2つ繋げてね。
いい感じのところで、スクラッチしながら同じところを何度も何度もかけて、それで踊るみたいな。
それがヒップホップの発祥だったと。
そのDJをやり始めた1人の、確か3人くらいいるんですよ。
そのDJを作った人がね。
その中の1人のアフリカバンバータっていう人が、
ちょっとね、このサウスブロンクスの状況を何とかせねばと思ったんですね。
さすがに。さすがに。
もうね、アフリカバンバータ自体もギャングのね、
何て言うのかな。
統領。
大工じゃねえんだから、統領ってことはないんだけども。
なんか組長的な?
なんかそういう、1つのチーム、ギャング団の団長。
何て言うんだろう。
そういうちょっとお偉いさんだったんだけど。
さすがにこの、俺らの地元がこんだけ荒れてんのまずくないかって思って。
すごいなと思うんですけども。
アフリカバンバータっていう人はですね、ズールネイションっていうね。
これはね、グループというか、その共同体。
ズールネイションっていう共同体を作るんですよ。
これが面白いなと思うんですけど。
何をやったかって言うと、ギャングですから日々日々殺し合ってるんですよね。
どっかからバクってきたかわかんない。
拳銃を向け合ってですね、おめえもう殺してやるみたいなことで。
バンバン銃撃戦とかある中、
待て待て待て待て。
いいから待て。銃下ろせと。
27:00
分かった分かった。いいから。
まず聞けと。
俺あのなんとか組のなんとかだから。
ちょっと歯向かったらやばいことになるから。
まあね、まあまあまあ言うてもね。
まあ言うても、ちょっと一回下ろそうかって。
お前らさ、殺し合ってたらもうさ、この地域なくなっちゃうよ。
大丈夫?って言って。
大丈夫そう?って言って。
音楽やらねって言ったんですって。
これ面白いなと思うんですよ。
もうね、お前ら今喧嘩してるよね。
わかるわかる。俺もギャングだからね。
喧嘩したいのわかるよ。
わかるわかるわかる。いいよ。
何?クラック?
あ、やりたい。分かってる。
分かってるが、がしかし、
全体的にね、これね、
やりすぎちゃったらもう死に耐えるしかないじゃんと。
まあだから、殺し合いしたいのも分かるが、
理解するが、
これをね、パーティーにしないかと。
で、盛り上げた方の勝ちにしようぜと。
言ったわけですよ。
で、アローコとかその黒人たちのね、
ギャングで荒れててね、
殺し合ってる黒人たちもね、
何それ?って言って。
ちょっとやってみるよ。って言って。
やったんだそうですよ。
で、それぞれの組でブロックパーティーを開きあって、
で、お互い盛り上がった方の勝ちってことにしたんですって。
すごくないですか?
この話って俺宮沢大好きなんですけれども、
殺し合いやめて音楽で決めろと。
盛り上げた方の勝ちだと。
で、とにかくね、
このズールネーションっていうね、
この一つのね、
グループというかコミュニティを作るから、
そこにみんな入れと。
ズールネーションに入れと。
で、そこで音楽やって戦おうぜと。
いいよな。
すごいよなと思うんですけど。
で、ズールネーションのね、
テーマというかモットーは、
ピース、平和、ピース。
そしてユニティ、連体ね、ユニティ。
そしてラブ、愛ですよね。
ラブ。
そしてハビングファンと。
この4つ。
これが俺らのズールネーションの掟だと。
平和的に連体して、そして愛し合い。
で、ハビングファンっていうのは楽しく。
この4つをね、とにかくやろうぜと。
そしたらね、たぶんこのサウス・ブロンクスのね、
この状況たぶん変えられるよ。
もうこれしか方法はないよって。
分かるよ。
殺し合いたい気持ちも分かるし、
自分らの縄張りを広げてね、
稼ぎたいのも分かるけど、
もっと稼げると思うよ、つって。
やんね、つって。
やったと。
30:00
それがヒップホップの始め、
この源だと。
で、これね、
くしくも符号してるなと思うんですけど、
このね、ズールネーションを作ったアフリカバンバータが残した言葉でですね、
ワンイーチ、ワンティーチっていうね、
これも韻踏んでますけどね、さすがヒップホップですけど。
ワンイーチ、ワンティーチっていうのは、
もし一つのことをね、
見つけたらね、
一つのことを手にしたらね、
一つ、誰かに教えてくれと。
つまり、
築地小劇場のね、
幼いカオルさんが壁に張ってたっていう言葉で、
一人が一人よっていう言葉がありましたけども、
それと同じことをね、アフリカバンバータは言ったわけです。
ワンイーチ、ワンティーチ。
お互い、教え合おうぜと。
で、まずは、
このひどいね、状況を歌にすることから始めようと。
なんか、いろんなことを話し合って、
お前んちそういえばお母さんいなかったよなーとか、
お父さんもいなくてお前どうやって生きてきたんだみたいな。
で、それを黒人特有の優れた音楽声で、
頭で同じ音に合わせるとかね、
お尻のなんとかね、
お尻の音で合わせるとかって言って、韻を踏みながら、
しかもブロックパーティーで作った、
いい感じのところを何度も何度も流す。
これブレイクビーツって言いますけども、
一つの曲の中のいい感じのところだけ、
何度も何度もぶっ壊して、
かけ続けるのでブレイクビーツって言うんですけども、
それをかけながら、自分がどういう状況の中生きてきたのかっていうのを、
リアルに、
飾らなくていいから、
とにかく話してみろと。
これ音楽だから、韻踏みながら話してみろ。
それが、よりリアルだった方の勝ちにしようっていう風にしたわけですよね。
これがヒップホップなわけです。
だからね、日本でヒップホップって聞くとなんか不良っぽいし、
あんなの歌じゃないよなんてね、
よく聞きますけれども、
実はね、詩なんですよね。
文学なんですよ、あれは。
この生きて、今までひどい状況の中で生きてきた自分の語りなんですよ。
それをしかも天才的なことに、
そのブレイクビーツに合わせて韻を踏み続けながらそれを語っていく。
それがより説得力のある、真に迫っていることを言った方の勝ち。
33:03
そっちの方が盛り上がるっていう戦いの競争システムを導入して、
それでお互い高め合っていった歴史がヒップホップの歴史なんだというわけなんですよ。
なんかね、これね、この話聞くとちょっと進撃に似てませんかってことなんですよね。
リアルっていうことを一つテーマで考えると、
進撃も目指したのはそのリアル。
よっ、待ってました!大星ゆらの助のお金持ちはお金持ちですごく楽しめて、
庶民は庶民で平沼だけどなんか楽しめたけれども、
劇の中に自分はいなかった。
けれども一つの娯楽としてお芝居を非日常の娯楽として楽しんでいた歌舞伎の状況の中から、
いやちょっと待ってと社会に対するとか、今のあなたの状況に対する問いを立てる。
今のままで大丈夫かってことを自分なりに考える。
きっかけを作るっていう進撃に変わっていったっていう歴史と、
かたや状況がヤバすぎて生きていくのもままならないんだっていう状況の中、
もうね、殺し合いをやめて音楽で解決しようってしたアフリカバンバータ、
ズールネーションの考え方ってすごく似通ってるなっていうふうに思ったわけですよ。
しかもね、これは外国の演劇じゃない。
外国の音楽だし、しかもね、ただサウスブロンクスだけがそこで盛り上がって、
ヒップホップだってなっても、どんどんその上っ面だけが広がっていって、
なんかノリがいい音楽だねみたいな感じで、その形式だけが広がっていって、
しかもちょっと悪そうな奴はだいたい友達ですから、
俺は東京生まれヒップホップ育ちね。悪そうな奴はだいたい友達。ジブラのね、パンチラインですけれども。
悪そうな感じでやるので、なんかやっぱり悪そうな奴はだいたい友達で、
どんどん悪そうな奴に波及していっちゃいますから、東海岸から西海岸、
そして今までそんなに文化的には栄えてなかったニューオリンズとかね、
あんま人住んでんの?そこ?みたいに怒られるわ、そんなこと言ったら。
いろんな地域でね、ヒップホップっていうのは広まっていったんですけれども、
アフリカバンバータが目指した音楽の世界で社会を変える。
36:01
自分たちの生き方、生きている状況を変革していく。
現実変革を目指すリアリズムの考え方はどんどん薄まっていって、
またね、振り子みたいな感じで、あっち行ったりこっち行ったりしながら今に繋がっているんですけれども、
今度はね、西海岸と東海岸で戦争し始めたりしてね、
もう初めに戦争をやめようぜって言って始まった音楽なのに、やっぱり戦争を繰り返したりなんかして、
血塗られた歴史もヒップホップにはあるので、なんか物騒なイメージのまんま日本に輸入されてきてますので、
なんかね、ちょっと賢能な感じがするんですけれども、でも、もともと生まれたルーツを考えると、
やっぱりね、白人中心主義だし、いまだにね、ブラックライブズマターじゃなくて、いまだに黒人に対する迫害なんてのもありますしね。
なんかね、そういう現実変革を目指すリアリズムの音楽だったはずなんですけれども、
今度は商業化されたりなんかしながらどんどんね、
もともとの考えは薄まっていきながらも、でもしかしですね、リアルな奴が勝つ。リアルな奴が成功する。
リアルな音楽ほどみんなにたくさん聴いてもらえるっていう考え方は、今でもヒップホップは残っているわけですよね。
で、ヒップホップのもう一つ大事な要素として、先ほどから鞘師さんが言っているように、キープ・イット・リアル、キープ・イット・リアルって言うんですけれども、
とにかくリアルであれ、リアルであることをキープしろっていうようなこともね、
みんなが、フリースタイルっていうやり方があって、
とにかくブレイクビーツをDJがかけて、即興でですね、先行後行でですね、そのビートに乗って、今浮かんだ言葉を相手にぶつけ合う。
これゲームですよ、もちろん。本当にお前のことぶっ殺したいと思ってるぜっていう奴らが始めたゲームなんですけれども、
まあまあ、現代はそんなぶっ殺すなどこではないから、より音楽性が高いとか、より韻がうまいとかね、そういうところで競い合うわけです。
一つの競技があるんですよね、このフリースタイルと競技があって。
これは言葉のね、ラップでのMCバトルっていうのもありますけれども、これと同じようにですね、あれもあるんですよ。
39:05
ほら、パリオリンピックで正式種目になったブレイクビーツのブレイクダンスね、ブレイクって言いますけれども、
今ね、ブレイクというようになりましたけれども、即興でダンスしてね、どっちがかっこいいかみんなで決めて勝ち負けをつける。
あれもなかなか不思議な競技だと思いますけれどもね、でも盛り上がった方の勝ちみたいなのが、とってもやっぱりヒップホップなんですよね。
だからアフリカバンバータがね、その当時ヒップホップとはって言ってね、4要素だって言ってね。
で、もちろんDJね、始まったのはDJからですから、DJ。
そしてパーティーを盛り上げるために陰を踏みながら、うまいこと言って、遠い側名でうまいこと言って盛り上げたMCね。
このラッパーのことですよね、MCね。DJとMCと、そしてダンサーね。
オリンピックの正式種目になったブレイクダンスのダンサーたち。そしてグラフィティアートね。
この街の壁とかにね、自分たちのシグニチャーをね、こうやってピシューってかっこいい感じでね、描くこの絵描きの人たちね。
これが4つ集まって初めてヒップホップだ、ヒップホップの4要素だってね、アフリカママとは言ったそうなんですけども。
で、もう一つ最後にみんな忘れてもらっては困るのが知識だとかってね、名言を残しているんですけれども、ナリッチだって言うんですけどもね。
ような形で、その系譜はどんどんどんどんこうね、今1970年代から2025年に6年までね、引き継がれてヒップホップという音楽は世界中で聞かれるようになって、
で、ご多分に漏れず1980年代後半にですね、日本にもヒップホップっていうのが入ってきてね。
で、ヨーヨーなんてね、チェケラチョンって言うから、なんだこいつつってね。
はじめもうなんか、うわー怖い、なんか嫌だ、恥ずかしいみたいな感じで、ちょっとね、なかなか日本の社会には根付かないですけれども。
でも、サイキノトエイウィッチっていうね、私大好きですけども、沖縄出身のね、1回アメリカに渡って、で日本に戻ってきた。
アメリカでギャングと結婚して子供生まれたんだけど、そのギャングの旦那さんは、ある朝家に戻ってきたら、家の周りが封鎖されててね、みたいなことを自分で歌で、クインダムっていう曲で歌ってましたけれども。
42:00
そういうようなね、エイウィッチっていう人が、1人でですね、武道館2daysを埋めてしまうっていうような、めちゃくちゃ人気が今ありますよね。
だから徐々に徐々に日本のこの社会においても、ヒップホップっていうのは当たり前になってはきているもののですね。
やっぱりまだ、日常の世界の中には限られた人しか入ってきてない、ね、ような状況もありますが。
しかし、そこら辺のね、文化需要の面でも、時間をかけて徐々に徐々に日本の文化にしていく感じもですね、なんとなく進撃に似てるなっていう感じもあるんですよね。
ほら、進撃だって初めね、今でもね、そうやって言う人いますけれども、キャサリンとかね、トムとかね、ロビンとか、外国の名前をね、はぎわがおの日本人が迷いなく言うやつね。
まあ恥ずかしいですよね。でもほら、そういうもんだからね、そういう芸術なんだからね。もう全然もう違和感なくこれ見てるわけですけれども。
なんかそういう、ほら、文化需要ね。海外で生まれた、まあアメリカなりイギリスなりフランスなりで生まれた、そういう海外の文化が日本社会の中で徐々に徐々に恥ずかしいから、リアルになっていって根付いていく感じもなんとなく進撃に似てるし。
なんかね、ヒップホップも進撃だなっていうね、思って、常に最近ずっと思ってることなんですよ。
まあちょっとあんまり話にまとまりがないんですけれども、このね、リアリズムっていうのはね、つまりね、こうなんていうか、現実をね、そのまま真似っこしてね、写しとるよって描くようなことじゃなくてですね。
むしろですね、現実に対して嘘をつかない態度ね。やってる側が嘘つかないっていうことなんだろうなっていうふうに思うわけです。
それは進撃しかり、ヒップホップしかり、リアルなほうが勝つ、リアルなほうが面白い。
現実に対して、リアルに対して、自分はどういうふうに思ってるのか、どういうふうにしたいのか、どういうふうにありたいのかっていうことを問いかける。
作ってるものも見てる人たちも同じ問いを問う。そういうものなんじゃないかと思うんですよね。
45:02
で、その、現実をそのまま写しとって描くんじゃなくて、現実に対して嘘をつかない態度っていうのは、進撃も、それからヒップホップも、嘘をつかない態度のほうを選んで、それは同じ問いの中にね、現実ってなんだろうって問いの中に、ヒップホップも進撃もいるんじゃないかと思うんですよね。
そう、なんかね、そのね、リアルであること、それからその、現実、現実だからじゃなくて、なんかね、現実が全て正しいとかね、現場が全てね、現場主義だとか言っててね、
第1戦で俺は現場に居続けるんだから俺の言うことを聞けみたいな、ガイアは黙ってろみたいな、そういうことじゃなくて、いや待てよと、今、今起こっていることの先には何が待ってるんだろうとか、過去こういう現実があったからこそ、今こうなってるんだとか、で、それってこの先も続けるんだろうかとか、続ける必要あるんだろうかってね。
そもそも現実は、過去とか、それから別の何か原因があって、今こういう現実になっているだけであって、これ全体が正しいわけじゃない。現実が全部正しいわけじゃない。現場が全部正しいわけじゃない。
っていうことは、少し、何というか、持っていたいなというふうに思うんですよね。なんかね、どうしても、現場が一番みたいな、全部現場が正しいみたいなね。現場にいる俺が一番わかってる病みたいなね、ことってあると思うんですよ。
だから、なんかこう、それってリアルなのか?本当なのか?現実なのか?っていう問いかけというのは、現実、その、何ていうか、難しいんですけどね、ここがね。
リアルを問い続ける姿勢こそが正しいわけであって、現場にいること自体が正しいわけじゃない。現場で起こっていること全体が正しいわけじゃない。
っていうところのね、その、どうしてもね、その、リアルなのか?っていうのは、どうしてもそこを吐き違いがちになるよなっていうところは注意したいなというふうに思うんですよね。
ここちょっとうまく説明できているとは思えないんですけども、リアルっていうのはすぐに、なんかこう、制度、制度というのはシステムになっちゃう。
ね。前の現実が、もうなんとなくそういう流れになっていって、それはそういうもんだよ、みたいな。現実ってこうだよ、みたいな。
48:03
まあ現実ってこういうもんだから、まあしょうがないよね、みたいなことになっていっちゃうと、それはただ現実を変えない一つの理由集めみたいになっちゃって、
これ、現実ってこうなんだから、お前こういうふうにやらなきゃダメなんだよ、っていうふう、声のでかい人たちだけのリアルになっていって、
で、じゃあもう現場と合わないから憲法を変えようか、みたいな。
我が国を取り巻く国防、安全保障、環境は大きく変更しておりますと。
比較三原則なんてもう現実に合わないわけですから、なんつってね、現状追認主義になっていく感じがする。
だから一番注意しなきゃいけないのは、それってリアルなのか?っていう問いかけというのは、あくまで自分にとってのリアルってなんだ?っていうことを問いかけ続けることそのものがリアルなあり方なのであって、
ただリアルが正しいってことではない。リアルは完成形ではないよっていうことを、これ大事にしとかなきゃいけないなっていうね。
なんかどうしても都画リアリズムっていうと、その現実だけが一番はっきり、なんていうか説得力があって、
現実じゃないものね、空想とか理想とか理念とか、なんかその価値観とかね、価値観の違いとか多様性とかなんかいろんなこう、
機上の空論っぽいやつはなんとなくね、違うよねーみたいな、現場はそうじゃないよねーみたいな、言うても現場はーみたいなことすぐ言いがちになりますけれども、
それは大きな先ほどのね、ヒップホップのあり方、そして進撃のあり方からすると、それこそリアルじゃないよなって気がするんですよね。
つまりリアルであるっていうことは、何度も言いますけども、リアルとは何かを考え続ける態度こそがリアルと言いたい。
で、最後ね、何度も、なしごれんでも何度も言ってポカンとされましたけど、もう一回言いますけれどもね。
吉本隆の言葉で、左翼とは何かを問い続ける、探しつつあるものだけが左翼だっていうね、言い方がありますけども、リアルにもね、これはね、適用できる。
リアルとは何かを探しつつあるものだけがリアルなんだと、ね、いうことなのでございます。
51:07
だからKeep it realっていうのは、リアルを問い続けよう、ね、リアルってなんだってことを考え続けろっていう意味だと私は捉えたいなぁ。
皆さんはどうですか?という話でございました。
えー、12時もう9分になってまいりましたので、そろそろ今日の配信も終わりたいと思いますけれども、
今までね、シアターボンド、今日で8回目になりまして、今までこれは、劇場と、それから公共、批評、関係、地域、そしてかっこいい、ね。
で、その後、哲学と政治ときて、リアルっていう風にね、来たわけですけれども、
オリ氏も、あのー、ね、戦後最短で投票しなければいけない、ね、衆議院議員選挙がね、あと何日間かで始まりますよね。
なんか一方、あのー、一方では、えー、高市さなえ、わがまま、さなえのわがまま選挙、きまぐれ選挙、あのー、シェフのきまぐれメニューみたいなノリでね、さなえのきまぐれ選挙とかってね、えー、口の悪い人、やゆしてますけれども、うん。
この現実の中でですね、何を、何を選び取ればいいんだろうってね、やっぱり考えますよね。
でも、そこで間違っちゃいけないのは、えー、先ほども申し上げた通り、現実とか、現状を追認で、今こうなんだから、えー、今までやってきた、ね、今まで守ってきた憲法っていうのを、現実に合わせて変えなきゃいけないんだってね、流れがちになりますよね。
特に国防というか、安全保障の面ではね、になりますけれども、そこはリアルでありたいなと、憲法に対してリアルでありたいなーっていうふうに思いますよね。
なんかその、数字合わせのね、辻褄合わせだけで、何か投票行動をするんじゃなくて、本当に大事な、ね、リアルに大事にしなきゃいけないことって何?みたいなことを、少しやっぱり考えたいなーっていうふうにこう思いますよね。
まあまあ、そんなような話でございました。
今日も長らくご静聴くださいまして、誠にありがとうございました。
54:02
えーと、次回はですね。
次回はですね、木曜日、次回はちゃんと木曜日にやります。2月の5日の木曜日に配信を行います。
次のテーマはですね、えー、リアルときたら次何しようかね。
ちょっとこの先は全然実は考えてなかったんですけども、話しながら考えようかなーと思ってたんですが。
まあそうですね、うーん。
まあなんか考えときます。
うーん。
ちょっとね、8回目にしてね、割とね、劇場の周り一回りぐるっと回ったかなーみたいな感じもあるので。
まああと宮沢のね、新しいお仕事が、結構ね、いろんな地域、地方にね、ホール回ったりしてるんですよ実は。
あんまり機密事項に関わるようなこともね、割とやってるので、大ピラにあそこへ行ってこんなことやりましたって言えないのが歯がゆいんですけれども。
11月の後半にね、新しい職場に入ってから、もうすでに4カ所、5カ所ぐらいね、地方のホール行ってるんですよ。
それでなんかね、あとはコンサルティングみたいなこともやったり。
まあまあ、ちょっとね、新しい現場主義否定しといてね、言うのもあれですけど、新しい現場に関わるようになっておりまして。
なんか、なかなか鈴木の人生だなと自分、我ながら思うんですけれども。
やっぱり一番のネックは、やっぱりその、何を大切にしたいかとかね。
この地域でこのホールが担っている課題とか、目指したいものとかね、そういうものと現実がマッチしてるのかな、みたいなね。
初めにこのホールを作った人は、この地域のこのホールをどういう気持ちで作ってるのか。
さっきのね、松山市民劇場の久野さんもおっしゃってましたけれども。
この地域のこういう状況の中で新しいホールを作るんだから。
地元の文化のあり方、ありよう、みたいなものをしっかりやっぱりつかんだ上で、ホールを作り、そして運営しなければいけないわけですから。
57:04
なんかその辺がね、なんとなく首長さん、首長さんって言いますけど、市長さん、県知事さん、町長さん、村長さんね。
あのね、って言いますけれども、その人たちだけのものになってやしないかっていうね。
もっとより市民とか町民、村民に開かれていいはずだよな、みたいなことがすごくこうあります。
もうね、ここから先は踏み込まないようにしないと怒られちゃいますので、あれですけどね。
多分これを聞いてくださっている全国の演劇館紹介の方、それから劇場に関わる方、子供劇場やなんかいろんなことで劇場、文化実施施設に関わっている方はおそらく、
私が新しくね、勤めている会社の名前を目にすることもあるかと思います。
で、もしかしたらその現場に私も立ち会うことになる可能性も高いですね。
ので、その時はまた深く市民劇場演劇館紹介の状況をお聞かせいただきながらもですね、
一緒になってその地域で文化施設を作るにはどうすればいいのかね。
ただ単にね、利害関係でね、
うちらはこういう使い方をするからこういうホールを作ってよ。
いやいやいや、うちらはこうそういうホールはいらないからこういうホール作ってよってね、
喧嘩しててもしょうがないわけですから。
それこそさっきの音楽の力でそれを解決したじゃないですけども、
やっぱりこう文化の力でそこはね、せっかく言葉の芸術を追い求めている間柄なわけですから、
そこは言葉の力でね、解決していきたいよなみたいなこともあります。
ちょっとぼやかした言い方ですいませんけれど。
なので、じゃあ来週は文化にしましょうかね。文化。文化についてにします。
来週の2月の5日、木曜日の22時からシアターボンドの配信をしますが、
テーマは文化についてということにいたします。
ここまで聞いてくださった皆さん、ヘビーボンドでございます。ありがとうございます。
じゃじゃじゃじゃね。
イエーイ。ありがとうございました。
また来週お耳にかかりたいと思います。
お相手は芸術法人シアターボンド代表の46歳になった宮沢和彦でございました。
また次の配信でお耳にかかります。
それではおやすみなさい。
01:00:25

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