ラジオ配信の歴史とシアターボンドの活動
はい、こんばんは。
2026年6月18日木曜日。
芸術法人シアターボンドのラジオでございます。
今宵も始めていきたいと思います。よろしくお願いいたします。
本日はですね、シアターボンドのラジオ、No.27番でございますね。
もう27回目でございます。
ナシゴレン、第7世代新劇制作者五条連合というグループをつくって、
毎週木曜日22時からラジオ配信をしてきたところから数えてですね、
全部で、今日でね、177回目でございます。
こうやってね、ラジオ配信ね、結局毎週毎週2時間程度ね、始めておりますけれどもね、
もうかれこれ3年くらい経ってるわけですよ。
これね、なかなか、なんていうのかな、趣味だね。
なんでそんなに話すことあんねんっていうね、
元々からしてね。
また同業他社の仲間たちとワイワイ話すというかね、ワイワイでもないけども、
ほぼほぼ相方のね、劇団ドラの斎藤さんといろんな話をするみたいなこともやっておりましたけれども、
他にもいろいろと仲間が増えていってですね、
私がね、基本的にはプロデューサーディレクターとなってですね、
ちょっとラジオ出てよっつって声をかけたりなんかしてね、
なしごれん以外のメンバーにもね、ゲスト出演としていろいろと出ていただきましたよ。
この芸術法人シアターボンドのラジオにも、
まあね、ちょくちょくお仲間を呼んでやっておりますし、
ゆくゆくはここにもですね、
今までちょっとね、
あ、そうそう、だってあの、劇団チョコレートケーキのね、
観音さんなんてね、なしごれん関係なかったですからね、
よくよくよく出てきてくれましたけどね、この前ね。
シアターボンドのラジオにもそうしてですね、
新劇、新劇以外に関わらずですね、
演劇以外に関わらずね、
出てよって言ってね、
どんどんどんどん声をかけて、
いろんな人とも話していきたいわけですけれどもですね、
基本的にはね、私のこの、
まあね、この去年ね、もう1年が経とうとしておりますよ。
まだ1年経ってないけどね、半年が経ちましたけれどもね、
俳優座劇場というですね、
歴史ある劇場にの最後の20年間ね、
働かせていただいたところのその、
記憶じゃない、経験と、
それから新しいお仕事になってからの経験とね、
いろいろとこう、ぐちゃっと混ぜ合わせたところでですね、
また新たなものがね、生まれつつあるなと、
いうこともありますのでですね、
やっぱりこのラジオ配信というのはね、
それを整理するというか、自分の中でも整理するし、
今まで付き合いいただいた方、
宮沢くんどうしたかな、みたいなね、
そういう方々にもちょっとお答えする、
元気な声を聞いていただく、みたいなね、
まあこともありますけど、
そんなに今までのうんぬんかんぬんと関係なくですよ、
やりたいことをやろうと、
まあまあそういう思考でございますからね、
今後とも一つよろしくご批記にしていただきたいわけですけれども、
船橋市での文化芸術振興活動
あのね、実はですね、この前の土曜日ですか、
Facebookとね、
それからこの私の個人アカウントのXのアカウントでもですね、
報告ポストさせていただきましたが、
えー、船橋ですね、千葉県の船橋市のですね、
市民の会ね、
船橋芸術文化町づくり市民の会というね、
会が発足しておりまして、
これ確かもう1年ぐらい、発足して1年ぐらいなのかな、
で、船橋市というですね、
千葉県の中でもかなり大きな市でございます、市町村ね、市でございます。
で、それがどれぐらい大きいのかというとですね、
人口65万人というですね、これがなかなか多いんですよね。
で、その市町村ね、全国の市町村のその、
なんていうかな、法的なこの制度としてですね、
中核都市っていうのと、それから政令指定都市、政令によって、
その市ができるね、
税制とか、それから行政のね、やり方を変えられるよっていうね、
なんかそういう制度がありましてですよ。
65万人ぐらいいれば、当たり前のごとくそこは、
政令指定都市になっておかしくない規模なんでございますよね。
65万人ということはね。
他の日本の市町村の人口ランキングなんてものを見るとですよね、
その中核都市、政令指定都市になっていない市町村の中ではですね、
トップでございますよね。
でも、船橋市よりも全然人口が少ないけれども、
政令指定都市だよっていうところもありますしですね、
そういう規模でございます。
そこでですよ。
なんとその市、そんな大きな市で、しかも今後もですね、
やっぱりこの東京のベッドタウンみたいな状態で、
どんどんどんどん人口が増え続けているんだということらしいんですよ。
どんどんどんどん人口が増え続けているのにもかかわらず、
ということはですよ。
人口が増え続けるということは、
税制というか、
税制じゃない、
財源ね、
税金がどんどん増えていっているということですよね。
もちろんそういうことですよ。
人口が増えるということはね、
税金を納める人が増えるわけですから。
市に入ってくる歳入のお金が増 えていくはずですよね
その代わり行政サービスを提供 する金額も増えるわけですから
そんなにうなぎ登りのようにお金 がどんどんどんどん増えていく
わけではないんですが動くお金 の規模がどんどん大きくなって
いっている状況の中ですよ 船橋市の中にはJR船橋駅と京成
船橋駅というところがあるんですけど そこからだいたい歩いて10分かからない
ぐらいのところに船橋市民文化ホール というホールがこれ確か1000人くらい
ですね1500人まで入らないでも 800人よりは多いしかもワンフロア
で2階席もあったでも1000人規模 にしてはとても客席が見やすくて
古いホールでありながらも見やすい ホールだなとただ真ん中のところ
どこでもそうですけど多目的ホール になるとホールの真ん中あたり
がエアポケットというかせっかく いい席ど真ん中のいい席なのに
そこだけが音が回ってしまって セリフが全然聞き取りづらいという
ような状況船橋市民文化ホール もまさしくそういうようなホール
でございましたがこれが何と2年間 の改修工事に入っているということで
市内にそこしかホールがないよ っていう中で2年間もそこを改修
工事になっちゃってるよっていう 状況がありでやっぱりこれは新しい
ホール代替施設必要だよねって いうことで立ち上がったのが市民
の会だということでそこに宮沢 お呼ばれしてですよ初めてのシンポジウム
だったそうなんですけれどもその 一番最初の言ってみれば前座
前座ってことなんですかねその 前説というか開講一番ねその初めての
シンポジウムの初めての演目という かね劇団じゃないんだからって
いうことは劇団だったら逆にね コケラ落としなんつってね劇場
かだったらね一番最初にやった 演目なんていうのがね歴史に残ります
からねそういうふうに考えれば いいんでしょうけどもまあまあ
まあまあね宮沢が話したことを なんかこうねネタにしてという
かねまあ一つの話題としてその シンポジウムがね盛り上がれば
いいなということで貴重講演ということで 1時間時間をいただきましてそれで
このいかにねこの社会生活を送る 上でね
我々は文化芸術を必要としているか みたいなね
文化芸術の力というのはものすごい 社会にとっては大きな力なんですよね
みたいなことをまあ話させていただいた わけですよ
まあまあおかげさまでですね 宮沢くん読んでよかったよなんてね
言っていただいてそういう点ねあの 懇親会の時もねいやいい講演でした
なんて褒められてもう頂点ですよね 宮沢もね
毎週2時間ほどねこうやってラジオ配信 やってきた回があったなぁなんてね
まあ思ってたわけですけれども でまたその市民の会のねライングループ
があるらしいのでって言ってそれで入れて もらいましてですね
でライングループにいろんな写真とか それから当日の講演シンポジウムを受けて
それでこういうふうに思ったよとか ねあんまりそういう
のに縁がなかったけれどもお友達に連れ られて行ってみたらなかなか
内容の濃い シンポジウムになってびっくりした
っていうねいろんなことを考えさせられ ましたみたいなねことを
割と 多数ね
感想でメッセージで寄せてくれたりなんか して
まあやっぱりこう ねあの
地域の中に 劇場というかその文化芸術に
触れられる場所がないなくなっちゃう っていうのがね
やっぱりどうしても理不尽というかね その
みんなの生活にとって大変なことが今 起きてんですよっていうことを
その市民の中でね こういうよりも外の人からね
よそ者からあなたの今の状況 ちょっとやばすやばいですよっていうね
ホールないって大丈夫ですかっていうふうに 言われるっていうのはね割とやっぱ大切な
ことなのかもしれないなとね やっぱ自分の住んでいる地域の
を外の人から見るとどういうふうに見える のかというかね
でまたそういう文化芸術のことをね まあまがりなりにも20年間
まあその現場にいた人間でねこれからは その劇場
作ってい方がいいですよっていうコンサルタント みたいなことをねやる人間からですよ
これないっていうのは大変ですよなんですね 言われるとやっぱりあそうかっていうね気持ちになるんでしょう
けれどもねそういう機会がやっぱり大事 なんだろうなというふうに思いましたしね
まあそんなようなことをちょっと話させて いただきましてなんかどうやらね当日その
ビデオをね 撮られていてこの私の基調報告だけじゃ
なくて基調報告に続きねシンポジウムが あったんですけれども
シンポジウム登壇者の活動報告と動画配信
市内で 社会人劇団を親になっている方ねこれ
この方がとても面白いねお話しされて ましたけれども中学の先生で
劇作家もやっていて中学演劇の演劇部の 顧問だっていうかね若い30代私のよりも
ひと回りしたって言ってましたからね 30ね3とか4とかですよね
まああの多分ねひと回りしたってことは サル同士なわけですからナシゴレンで言えば
中山さんね nlt の中山良香さんと同い 同士だと思うんですけれども
とても面白い方でですね っていうかたとかあとは
専業主婦なんですけれども その元々が音楽大学を卒業されている
方で 素人
楽団ねっておっしゃってましたけどもでも ガチですよね素人なんてもんじゃないと
私は思ったですけどもあの 音楽の音そういうグループを作っていて
それで活動されている方ねそれから 親子劇場じゃない子供劇場船橋子供劇場の
事務局長の方この方もね私同年代かな 若い方で
という メンバーそれぞれ活動報告とかそれから
宮沢のこの 公演を受けて今
a 船橋市で活動するためには校長とどういう ところが不便かとかね
文化ホール欲しいですよねみたいなことを それぞれの視点からお話しされる
ということがありましてですねそれその 一部指示をビデオにとっ取られており
まして これがですね今編集中だそうなんです
けれども 動画で配信しようかなっていうね
ことらしいのでこれであの 出来上がりましたらですね
演劇の力とコロナ禍の影響
なんかあの一般公開はしないそうなんですよ ねであの多分ですけれどもあの
関係者だけが見られるというかこの限定 公開てねこの url を知っている人だけが見
られる状態にするらしくのでまあまあ そんなにね大きなあの
これねラジオ私のラジオそんなに大きな メディアではないので私のねリスナーの
方にはぜひ聞いてもらいたいなというあの まあ見てもらいたいなというふうに思って
ますので まあできた暁にはというねことで
見ていただければと思いますけれどもね そのねさっき言ったその社会人劇団を
おやりになっているその方はですね中学の で船橋しつのは珍しいなぁと思ったんです
中学演劇が盛んだということらしいんですよ ねそれで
中学にには必ず演劇部があってそれでその 方が顧問をされている中学ではですね
演劇部の人数が100人ぐらいいらっしゃると すごいなと思って
であの地区大会県大会などなどあと全国大会 などももちろん中学演劇からあるらしい
んですよね それで
その中学 演劇部のためにその方が本をね書かれて
いるということ らしいですしそれからの規制のね
高校演劇の本を中学演劇でも上演するして みたりだとかねいうことをされていながら
ご自分での演劇活動も行われ 行っていらっしゃるということらしいんですよね
でいやー面白いなぁと思ったんですけども ちょうどですね2020年2020年に中学に入学した
生徒さんたちというのはもちろんコロナな わけですから
学校で入学式ができなかった世代とおっしゃっ てましたけれどもちょうどね私の息子もその
年に小学校1年生に入ったのでまあ学校では 入学式できましたけれどもすぐに休校になって
でお家でねお勉強するみたいなことがあり ましたが中学生でもそういうことがあって
で
まあ学校出てきてもいいよっていうね状態 になった途端にですね部活が中学の部活動
が始まるわけですけれども一気にですね 演劇部への入部の人数が倍増したという話が
あっていやこれ面白いなぁとその方も おっしゃってましたけれどもやっぱり
何かこうみんなでですね その場で集って
一つの作品のためにこうみんなで何か力 を出し合ってね
作り上げるっていう演劇みたいなもの 演劇というものが
やっぱり大切だよなとそれがコロナの 反作用としてものすごい力を持ったと
いうことだったらしいんですよねあでもそう 言われてみればそうだなと思うんです
よねあのどうしてもやっぱり家でこもりっきり でね
まあ毎日顔合わせるのはお父さんお母さん ね子供にとってはね子供
親っていうのは息苦しい存在ですよねあの 勉強終わったのかとかね
そんなにゲームばっかりやってると頭悪く なるとかねいろいろやっぱり言うは言わ
れるまあね言われるわけですしやっぱり 親は親ですからねお友達じゃないわけ
だからやっぱりお友達同士でねいろんな お話ね取り組みね
悪いこともいいこともねお友達同士で やりたい年頃じゃないか中学生なんつう
のはね それがいよいよ中学始まったよっていう
時に学校行かれないってなっちゃうとね よりこう
このお友達同士でというか同世代同士で の何かアクティビティね活動みたいなもの
に対する思いが強くなっていくだろうなと でそこでやっぱりスポーツももちろんね
いいと思いますけれども演劇いいじゃんって ねやっぱ思うんだろうなーっていうのが
ね とてもこうなんか一つのヒントになると
いうか そういうやっぱりそうなんだなぁっていうふうに思いましたね
まあお芝居というのはもう見るだけでもね もちろん人と一緒に見るわけですから一つの
あの劇場に集ってね見るわけですからそれ だけでも人と人とのつながりを感じられる
大切なねバナーわけですけれどもやっぱり 作るってなるとねもっとこう
濃いというかねそのやりとりがものすごい こうなんかこう
同じ釜の飯を食うわけなねような関係性な わけですから
とってもねそういうのを感じるようなと思いますし 自分のことを考えてもですねやっぱりこの
a ねえ自分の作品ねえを任せ制作を任された 作品が東京公演終わってねでもう1回
演劇館紹介の旅が決まりましたなんていうと もう1回稽古版に再再結集してですよねほぼ
まあねお仕事の関係で別の方にね 役が変わったりなんかもしますけれどもですよ
とはいえですよスタッフも含めてみんなが もう1回際ね再結集するあの瞬間なんつーのは
ねー やっぱりなんかこう
いっ 行き別れの家族ってわけじゃないですけど
一旦こうなんかね じゃあまたって言って別れた人たちがもう1回
a 再結集するなんつーのはねやっぱりいいもんですよね あのもう1回繋がりがね
復活するみたいなねそれでしかも旅公演ってなったらねまた旅公演 でのまた濃厚なですね関係性というのがまあ
あるわけですから うーん言ってみればその実生活の場から離れてですね
共に 同じ時間帯に集合してね同じ芝居を作ってね
旅して歩くわけですからねあのお芝居やりながら旅するわけですから まあそれぐらいこうなんていうかこう人と人との繋がり絆みたいなものっつーの
は深まりますよね a で a
なんかその この
あの場所ではこういうことがあったよねとかこの場所では あんなことがあったよねとかっていうことをこう重ねていくっていうのはねとってもいい
もんですよ これはやっぱりこう
旅の政策ね下人間からするとやっぱりそうですし そういう現場を離れてみてやっぱりね思い出すわけですよね
いやーやっぱりああいうところはああいう 関係性ああいう特殊なねえ
ことっつーのは大切をたん楽しかったし大切だったよなぁみたいなね ことを今思うわけです
で a そうですね私の企画作品でありましたけれどもね 今やもうね私は手を離れましたが
聖なる炎というね作品が 旅に回るためにね今傾向をされているようですね
うんそれで a 全国公演にこれからスタートしていくっていうね 東京公演もワンステージやるみたいですけどね
もうあの遠くの空からねええ いい芝居だったようなね応援してるぞっていう気持ちで私は今おりますけれどもですね
新しいオープニング曲とラジオの趣旨
あの a 演劇館紹介の皆さんがね
お迎えいただけるというね作品としてね 例会として迎えてくださるということがありますのでですね
やっぱりこう全然俳優た劇場とは関係ない人間ながらね あの芝居はとてもいい芝居ですから
よろしくお願い致します 前このラジオで
あの 離婚した息子
離婚した あのね
自分はもうねその家庭からいなくなっちゃったけど うーんって言ったらねやっぱりちょっと後で考えて反省しましたね
そういう感じじゃないようなっ 思いましたけれどもね
まあまあ 離れても愛おしい作品でございますから皆さん可愛がってやってくださいということだけお伝えいたします
ありがとうございますというわけで本日も始めていきたいとおもいます 今日からねちょっと曲を変えましたね
ちょっとね自分で聴いててねあんまり曲があってねーなと思ったのでね こういうこうこういう曲にしてみました
はい
こっちこえーと音量大丈夫かなぁ いつも不安でなんですけれども多分大丈夫
というわけで この配信は20年以上
民間劇場で働き劇場が閉館したのをきっかけに劇場のことならことなら何でもプロデュース する会社に就転職した私がそもそも論であれこれ考えて話すラジオです
劇場はきっと答えをもらえに行く場所ではなくて一旦立ち止まって問いを見つける場所 この配信もリスナーの皆リスナーの皆様にとって問いを見つける場所になれればいいな
と思っております 学校法人修行宗教法人医療法人社会福祉法人などなど
えー 劇場も劇団もそのすべての役割を担っているはずなのに芸術法人がないのっておかしく
ねというわけで作ってみました芸術法人シアターボンド この空想が現実になるその日まで芸術法人シアターボンドの代表宮沢の配信ラジオ
どなた様をよろしくご引きにと 愛知県稲沢市戦国三英傑の筆頭
織田信長の生まれ故郷とされ767年 飛鳥時代から続く神宮裸祭りでも有名
また市内には日本最大の銀卵の生産地としても有名な 曽笛地域がある
喫茶店のモーニング文化の源流でもある地域 自然の恵みと心の豊かさ
人が輝く文化創造都市を掲げる稲沢市に 今年で創立30周年を迎える稲沢演劇館紹介があります
良い演劇を多くの人たちと 会員一人一人の手で年6回の霊会を主催
前の霊会よりも 会員の数を増やして
劇団創造団体を迎える 全霊会クリアを重ねるために常に事務局には活気があふれています
楽しくそして力強く 人と人とのつながりで演劇の灯火を守り続ける
稲沢演劇館紹介にぜひご入会ください
稲沢演劇鑑賞会について
稲沢演劇館紹介
はいというわけで本日も始めていきたいと思います 芸術法人シアターボンドでございます
フライングシアター自由劇場公演鑑賞
実はですねそのお船橋のね シンポジウムがこの前の土曜日ね
それでその後ですよね
えーとね これは一昨日になりますかね
あ違う月曜日だから先一昨日だわ 今日が木曜日だからね
昨日が水曜日 大丈夫か俺
今週の月曜日でございますね 今度はですねあのちょっとあるお芝居をね
見てきたんですよ ちょっとね私の
X見てればねわかると思いますけれどもですね
フライングシアター自由劇場というね フライングシアター自由劇場ね
の第7回公演のですね 豪華客船退屈肉豪沈没というね
お芝居を見てまいりました その話をねちょっとしたいんですよ
まぁやっぱりねうん その話後でしたい その前にですね
青年座のクラウドファンディングとスペース配信
その前にコメントをいただいております ありがとうございます
高橋たたくぎさんありがとうございます ヘビーボンドでございます
こんばんは宮沢さん こんばんは
高橋さん元気ですか
さっきねあの某劇団
某青年座の
あれですよあのねクラウドファンディングね 青年座今あの今年が池袋元年ということでね
舞台芸術学院のが閉校になってね その跡地に劇団青年座が入ってね
そこで稽古場とかねそれから 青年座劇場復活みたいなことでね
整備をしたいということでその必要経費というかね お金かかるじゃないですか再整備するわけですからね
それのお金をね クラウドファンディングしてるよということで
それがなんとですね第二次目標のですね 3000万円を達成されたということでね
すごいですよね すごい3000万円達成ということでそれのお礼というかね
あと数時間1020何時間って言ったかな あとねもうすぐそのクラウドファンディング自体が終わっちゃうよということなので
あの 映像入りスペース配信みたいなことをね
おやりになっててそれからね どんなもんじゃろうと思ってねしかもほらあの青年座を代表する女優さんたちがね
バシッと出てくるわけですからね あのミミノリさんとかね
小暮智美さんとかね ギリヨーコさんまで出てくるってんだからね
これは見ないとと思って もうヤジウマですからみなさんね 新劇ヤジウマですからみなさんね
これは見ないとと思って見たら高橋さんいましたよね 高橋さんも見てると思って
なのであの 高橋さんずっとあの配信聞いたり見たりしてくださってますよね
そんなねあのあんなきらびやかなというかね花々しいね 配信からいきなり宮沢一人の配信ですいませんけれどもね
ぜひお楽しみくださいありがとうございます えーとそれから
まさこさんヘビーボンドいつもありがとうございます そうですよ中部北陸回りますよ
その通りでございますよねそれは先ほど申し上げました 俳優座劇場プロデュースのね
聖なる炎という作品のことだと思いますけれども 聖なる炎ね
よりですねもうわかんないですけどねよりブラッシュアップされてですね 皆様の礼会としてお楽しみいただけるのではなかろうかというふうに思っておりますので
ですよ うん
ねえあの作品に対する思いというのはね私もすごい強くありましてですね だってもう10何年もねやりたいやりたいと思ってね温めてた作品なもんですから
ねえ それなりの気持ちはありますけれどもですねうん
まあまあ うんあのなかなか言い方が難しいですけれども
あの達成ね形になってそれで皆さんに評価されてね それでいよいよ旅に回るということ
そのなんていうか事実というかねそのこと自体はねとっても私にとっても誇らしい ことでありますし
もっともっといいね私がこう関わった時に作られた 聖なる炎よりももっともっと良くなってね
地方に出て出ていくんだろうなということを 遠くから頑張れよね
頑張ってくれよってね思っております 遠くから念を送ってねおりますし私にとってもですね
あの作品というのが一つの記念日というか まあ自分で
ずっとやりたかった芝居が実現できたということが私の人生にとってもものすごい 大切な
ことですから未だにねそのこと自体はとっても大切なことですから あの実現に向けてはこういうことがあったなぁいうことがあったなぁということも残って
ますし
うん でまぁ私はねその一線から離れて今度はもっともっとね
大きなというかその 芝居作りのための場を作るみたいだね
もっともっとこのなんというか社会とその 演劇を含めた芸術の間に立ってねもっと広げる活動というか
ところにいたいよなぁってねいうふうに今は思っておりますのでですね なんかその離れてたわけじゃなくてより遠くからというかより広いところからその
芝居を考えているみたいなね ことで行きたいなというふうに今は思っております
まあお楽しみくださいっていうのもなんですけれども ぜひ楽しみにしてやってくださいということでございますありがとうございます
8それから ありがとうございます高橋さん
実は先ほど千年座スペース動画配信配信動画どうやって見たらいいかわからず 普通のスペースラジオ配信できていましたそうなんですよね
そうそうこのスペース配信って最近になって仕様が変わって 音声だけじゃなくて
動画配信もライブでねライブの配信もできるようになっているということで確か 文学座のあれはアトリエだったかなで1回
やっおやりになってたのを見た気がしますけれども
よりね自由度が広がっている矢にね 見受けますけれどもねなかなかこれどうしてもね難しいらしいんですよ私どうかの
スペースの動画配信はやったことがないので何とも言えないんですけれども ちょっと音とかねそれからカメラの具合とかね
あとはあのやっぱりこれは機械的な話になりますけれども 音声を配信するよりも映像を配信する方がね
データ量がものすごい違いますから 例えば音楽ね今ラジオ配信のような形でやっているのが1だとしたら
おそらく 動画ってなると1000とか1万とかねそれぐらいのデータ量で違いますからね
ということは何が必要かというとそれだけそれに見合ったですね そのネット環境というかね
ちゃんとつながってるだけじゃなくて アップロードね
アップロードというのはそのこちら側からね 配信者側から見てくれる人聞いてくれる人のために大きなデータをね
アップロードしなきゃいけないわけですからそのアップロードの 回線の速さねスピードが
そのラジオ配信よりももっとね早く 早いのをね要求されるわけですよ
ねそうじゃないですかだってねいっぱい動画のデータをアップロードするわけですから あの皆さんもネットをこのプロバイダーと契約される時に上りとか下りとかって言う
と思いますけれどもあれのことですね下りっていうのは 世界から情報をこの受け取る側ねデータがこっちがの降りてくる側ね
で上りっていうのはこっち側から情報を 他社にこうアップロードするねこちらがから発信する側っていうのが
上りというわけですからね上りの速さが求められるというのはねこれなかなか ハードルが実は高いんじゃないかなーってねいうふうにこう思ってるわけですよ
ですからあーねあーちょっとあの 千年座あの千年座のねえあれね見てましたけれども
演劇人特有の話し方と作品への向き合い方
かなりその
映像がねこうなんていうかあらあらかったですよねっていうのはおそらく 上りの速さがもしかしたらちょっとあれなのかなーっていうふうになんかどうにかして
あげたいって思いながら見てましたけれどもね なんか明日もねどうやらやるみたいなことをおっしゃってましたから
また期待したいところではありますけれどもね やっぱりこうなんかあの私のねえ今の日常からするとですね
皆さんあのこの配信を聞いてくださっている方と多分もう 同じ側なのかななんかそのね
演劇陣特有の語りってあると思うんですよ 俺が言うかってね思いますけども
なんかね 劇団の人特有のこの話し方というかね
なんかそういうのってあるなって最近思うんですよね特に演劇の人の話しの仕方 っていうのあるなぁと思って
それがまだ実際どういうものというか何かこう じゃあ特徴としてはこうみたいな風にはっきり言えるほどまだわかってないんですけれども
でもがこの人芝居っぽいなってなんかね 思う時があるんです
というのは全然ね芝居と関係ない本当に関係ない 一度も見たことがないみたいな方とお仕事上で話す機会があるじゃないですか
ねそうするとね今までのね話ぶりとはやっぱり全然違うわけですよね
うん 文化芸術って一言で言うけどこれだけやっぱり違うんだなーってね
思いますし あの私が今働かせていただいている会社でもですね
やっぱりそうでお芝居ねお芝居好きな人たくさんいるんですよね だからあってそもそもお芝居やってましたって方もいる
たくさんいらっしゃるので同じ会社にね 同僚としていらっいるんですけれども全然お芝居と関係ないよっていう人もいて
その人たちの話し方話ぶりを聞いているとですね あなるほどやっぱり全然違うもんだなと思う瞬間が結構あってですね
そうやっぱりこうなんというか変な言い方ですけども シャバっていう感じがねシャバに出てるな俺今っていう感じがねちょっとあるわけです
それ大事だなと思ってそうやってこうちゃんとね その話しぶり話し方ねそれからワードのチョイスというかね
あの言葉のこの セレクションね語彙
語彙のね違いみたいなことってやっぱこの大事だし そっからが見えるまたお芝居の世界の良さね
っていうのもあるなというふうに思っておる次第でございます もっと意識してねあそっかお芝居てこうだからこうこういう話し方になるんだなぁとかね
なんかそういうのもねすごくこう感じたいですし からこそねやっぱり新劇矢島としてですね私はねえっとそういう配信後とね
新劇の人たちがね特に若手を中心にですよね いろんな配信をねこれからもやられると思いますのでですね
もうあの全然関係ない一人の新劇おじさん 新劇好きおじさんとしてですね私もね楽しみたいなというふうに思っておりますのでですね
あの いやかなでもないやっぱり嫌かな
宮沢北やべみたいなね あるかもしれないけどちょっと嫌がれるかもしれないけどでもね見たいなというふうには思って
おりますはい だからあのお芝居もね
自身もやっぱり見に行かなきゃなというふうに思い出ますし まあどの面下げてっていうねところもまああるのでね
全部が全部ねはい行きますって言ってね行けるような感じじゃないんですけどね まあでもでもねあの徐々に徐々にね
そういうこう感激の生活にも戻っていきたいなというふうに思っている次第ですし 今はですね
むしろね 新劇村にいた時にはあんまり行かなかった芝居ね
そういうのをねもう1回ちゃんと見なきゃなという気持ちが今は強くてですね
ん そもそもだって私俳優座劇場入る前からですね
前の方がむしろ芝居めちゃくちゃ見ていて で大学生大学時代なんて年間本当に100本超えてましたから
あの新劇以外の芝居を見る方が多かったんですよね なんかあの頃のことをねちょっと思い今思い出しております
うん 新劇だけが演劇じゃないよなって思ってる時代ですし
なおかつお友達がねやってる劇団とかお友達が抜擢されてちょちょい大きな劇団の とか公演に出た時の応援として見に行ったりだとかね
なんかそういうこともしてたましてましたので やっぱりこう徐々にね新劇ずっと見てるとね
新劇だけな感じなまあ当たり前ですけどなるじゃないですかそのね こう視野がどんどんこう自然と狭くなっていくって言うねことはあると思うんですけれども
でもそのやっぱり新劇の仲間ですから 俳優座がやるって言えば俳優座見に行きますし文学座がやるって言った文学座行きますしね
民芸やるって言った民芸見に行ってたわけですから でそうすると自然とその入ってくる情報も新劇界隈の情報が中心になっていってそれ以外の
芝居のチラシみたいなものに触れる機会がね どんどんなくなっていくもんですよねこれはまああの仲間内でね
チラシをこう 交換子しながら織り込んでいるわけですから当たり前なんは当たり前なんですけども
でその 新劇の芸の芝居をずっと見ているとそれだけで時間がやっぱりかかりますからね
この日これを見に行くっていうことはこの日これを見ないっていうことにもなるわけです からね当たり前ですけどね
なんかそういうしかも限りある資本ですよね お財布の中に無限にね4次元ポケットみたいにね
無限にお金が入ってればねいろんな芝居見に行けたわけですけれどもね やっぱりね新劇中心ってなってで新劇の劇団以外にね
その新劇の劇団の役者さんたちがちょっと外仕事というか外部出演として 劇団以外のお芝居をやるとか
ご自分でユニットを組んでいてお芝居あるとかっていうところにもを見に行って ましたから
それだけでねやっぱこうどうしても時間がね限りあるお金限りある時間というのをそこに ゼンブリしてたわけですけども今はねもう
ギリはあるよギリはある 未だにギリはある当たり前ですけどね
だから見なくていいってわけじゃない見たい みんな見て応援したいねそれでやっぱりこのね
こうだったよとかああだったよとかね聞かれたら言ってあげたいね 新劇周辺の人間では痛いからね
見たいわけですけども同時にですね今まであんまりフォローしてこなかった部分にも やっぱ触れなきゃなと
なぜならばこれから相手にするお仕事っていうのは 新劇関係なくね新劇もそうだし新劇以外もそうだしとにかく
いろんな人がね集う公共ホールなわけですから 新劇ばっかり知ってて全然知らんこの人知らないようなというわけにはいかないわけですよね
だからせめてお芝居の世界で 見たことのない系列のお芝居はないようにね
そんなの難しいけどねでもまあ一通りは見てますよっていうふうにはなりたいし 実際ねその
俳優座劇場入る前まではそういう感じだったけれども ちょっと狭くなっちゃったなぁっていうことちょっと反省もありましてですね
でこのこの前の月曜日にですねフライングシアターし 自由劇場これ見に行ったんですよ
串田和義とオンシアター自由劇場の歴史
これどういう劇が劇団かというかどういう人たちかというと 串田和義さんでございますよ串田和義さんね
あのご存知ですよねえっとオンシアター芸 自由劇場ね
という劇団をずっとやってやられてた方でで その前前身がですね
黒テントってございますよ黒テントとかまあ自由劇場ね まのまず1969年か70年あたりにですね
まず自由劇場っていうのができてねそこから そこにはその佐藤誠さんとかね
それから串田和義さんとかね まあ
言ってみればその アングラ演劇のねその
語参決ね 新劇語参決というと俳優座文学座民芸とこうなるわけですけども
アングラ語戦語参決のもあってね 赤テント黒テントして天井さじきとこうなるわけですよね
うーんかなり懐かしい話かもしれませんけれども ねえ
カラ十郎の赤テントねえ 佐藤誠の黒テントねそして寺山修司の天井さじきとこうなるわけですよね
でその黒テントね自由劇まず自由劇場があってそこにいろんなね 人たちが集っていてで
まあその 佐藤誠さんたちは黒テントになってて
串田さんたちは その六本木のですね
このに西アザブの交差点から六本木にこう 歩いてあのね六本木通りをこうやって歩いていくと左側のね
ガラス屋さんの地下ですね 自由劇場という劇場を構え構えてい
ねそれがまたすごい空間なんですけれどもそこで活動をされてた まあ言ってみればもう演劇史に残るね一人のこの演劇の巨人ですよね
新劇の巨人じゃなくてあの小劇場の巨人というかね でその串田和義さんという方が
a その
自由劇場ねから黒テントの人たちとまあ分派してですよ で串田さん側は音シアター自由劇場というこの方に
枝分かれというかねちょっと活動を別にしたわけですよね で
その音シアター自由劇場の中で作ってい あらゆる作品を作っていくわけですけれども代表作というかね
やっぱり音シアター自由劇場といえばっていうと あの
ねいろんな作品浮かびますけれども やっぱり上海バンスキングなわけですよね
でこの上海バンスキングっていうのはなんとそのね 日本各地でですね演劇館紹介の例会にもなったと言っていうことで
確か福島でもいいからね見たって言ってましたよねその まあちょっとああいうこうなんていうか派手なというかね
a 人が殺到するぐらい a で大盛り上がりした作品というのも珍しいよねっていうふうにこう 日本全国でもエピソードが残っていると聞いておりますけれどもね
上海バンスキングねこれが a
串田和さん演出で本が 斎藤レンさんね
最近だとほらあの民芸がねあの グレイクリスマスつのやりましたけどね
あれを書いた劇作家でございますけれども 斎藤レンさんねこの斎藤レンさんももともとは新劇の人じゃないんですよこれね
なんか民芸がやると新劇みたいな 感じられる方多いと思いますけども
新劇の人じゃないんですよ斎藤もね佐藤斎藤レンさんつのね 斎藤レンさん
はむしろ自由劇場の関係の人なんですよねそれで 音シアター自由劇場にもですね色々と書き下ろし作品を作っておりまして
でその音シアター自由劇場が今度は六本木の あのガラス屋の地下のね空間から
ねこうねもっともっと規模が大きくなっていって 渋谷にありました
シアター国運ね という東急ねあの後藤啓太率いるあの東急大東急ですよね
東急デパートの東急ですよが劇場を作るってんで ねえ
東急デパート本店の裏側にね文化村というものを作って でそこの文化村の中にシアター国運とオーチャードホールとあとね
ドゥマゴパリっていうね超おしゃれなカフェもありましたね あとは美術館もありましたし映画館もありましたけどもね
すごいと文化村ってすごかったんですが そこの初代のですねそのフランチャイズ劇団としてですね
音シアター自由劇場は契約を結ぶわけですねこれも日本初だと思いますけど 大資本と劇場を
を中心としてフランチャイズ契約をするっていうねこれもね革命ですよね まあバブルだったわけですからね
まあそういうこうなんというか アートアートのそういうこうね
a このなんていうかな時代時代ですよねそういう校
小劇場で一生懸命こうお芝居を作ってそれが人々にとてもこう流行って その流行っている人たちを今度は劇場のど真ん中に据えてでそこで劇場の色を
ね 作り出していくっていうね
すごいことをやったわけですけれどもそこでもやっぱり もうほんとねあの私もね
一度だけそのと言ってももうね 音シアター自由劇場ももうなくなっているような状況ですけれどもね
その ここが自由劇場でしたっていうところが今ライブハウスになっていて
でそこで串田さんがね a お芝居をやった時に見に行ったんですよ
ねもうねここここって言ってね アフタートークでいろんな話をされてましたけれどもそう
あの笹野隆さんとかねもうおっしゃった自由劇場だしあとはあの 高田順次さんとかねあと
佐藤美作さんもそうだよなあと 岩松涼さんもそうだったかなあのねみんな
本シアター自由劇場の関係なんですよね あと江本明さんもそうですね確かね
すごいすごい劇団だったわけですけども そのあの100人も入ったら目一杯のね空間から
シアター 国運ですからね
もう800人1000人入るようなところのフランチャイズ劇団になるわけですから 基本的に本公演はね全部シアター国運でね
シアター国に行けばオンシアター自由劇場が見られるっていうような 状態の中で活動されて
でその後串田さんというのは松本ね 長野県松本市にある松本市民芸術館というねこれもまた
なかなか革命的な そのね
一時代を築いたというかね公共ホールなんですけれども作る公共ホールとしてね 全国でもほぼほぼ先駆けのような形でしたよね
確か1990年代 中心に94年とか5年とかの時代ですけれども
その 当時というか90年代バブルがね
本格化していていよいよバブルが崩壊するよみたいな 時期ですよねに
やっている公共ホールというのは基本的には多目的ホールで
音楽コンサートもやればお芝居もやるし
でねやるって言ってもその貸し館みたいにしてただ千人規模のホールを民間の劇団が使うって言って貸し出すよっていうこととともに
公共ホール自身がその 自主事業として
予算を割いて東京とか大阪とか大都市圏から大きなその劇団を呼んできてそれで自主事業として その地域の人たちに見てもらうみたいな
ことをですねやり始めてた時期ですよ そんな中ですね松本市民芸術館というのはどういうふうなことは新しかったかって言うと
もうその場所でですねゼロからお芝居を作りますとね でまず市民芸術館には芸術監督というのがいますよそれが串田さんですよ
だから串田さんの劇団の人たちをみんな松本に集めてですね そこでお芝居をゼロから作ってもらいますっていうふうにしたんですよね
でしかもその芸術監督生というのはあんまりまだあの日本ではね 根付いてない時期でしたから
芸術監督ってどれぐらいの権力というかねどれくらい自由にできるのかということも 逐次その
運営財団と話し合いながらね手探りで作ってたんだと思いますけれども まあそこに私の大学の同年同輩たちもね何人かそこにね
関わるみたいなこともあったしね一個上一個下のね先輩後輩たちもみんなね そこでなんかお芝居を作ってたみたいなことを聞きますけれども
でそんな中その松本で作りゼロから作り出された作品を今度は全国の公共ホールの 自主事業として
こう まあ回していくというかね
それその作品を通してお互い交流していくみたいなこともやれやられ始めたその 一つのきっかけになる一環でございますよね松本市民芸術館だからゼロからそう
やってその公共ホールでお芝居を作るから ものすごいこうね時期をその
作る側にね当てなきゃいけないわけだからそうすると今度は貸し館の 時期が限られたところしかか貸し館できないよっていう問題があってで松本市民芸術
松本市民劇場のね市民劇場の人たちから見れば ちょっとここでなかなかねお芝居借りてやるのって難しいよねみたいな
貸し館と自主事業とのこのね 戦いみたいになっちゃうみたいなねそういうところもまあ出てきたりなんかしたわけです
けれどもね今それこそ改修工事に入っていて 松本市民芸術松本市民劇場の人たちもね松本で例会ができないという状況に今
なっていると思うんですけれども とかそんなようなね
a まあ 串田さんの親になることっていつもねこのこの先の
演劇状況を一つ変えるきっかけになる場所にいつもいるっていうね 私の印象なんですよ
なんかちょっとね一歩先にいる人っていうねイメージがあって で串田さんもですねあの私の大学のですね
日大芸術学部でね 教授としてねちょっと教えてた時代もありまして
でその時の一期生というかさあこのこのこの年から串田先生がいよいよ串田先生 になるよというね
授業を受け持つよっていう時の一期生なんですよ私ね なので
a 教室でねその当時ね 串田さんがやられてたことをこうねとっても面白く話してくださってたんですけど
それすっごい勉強になったなぁといまだに思ってるんですが松本市民芸術館ね が a
オープンするにあたってこういうこう大変なことがあったんだよとかそれと同時 並行的に
a 中村勘ザブローさんねかその当時カンクロまだカンクロさんだったですけどね
大亡くなりになりましたが a 中村勘ザブローさん
と串田さんでですね国運歌舞伎つのをやっててでその 松竹が作るね歌舞伎座で作る歌舞伎とはまた全然違うアプローチで
a もう1回その 現代今その当時ねえ歌舞伎を見たことない人たちに向けてよりこうみずみずしい
というかその現代劇としての歌舞伎というかね なんかそういうのをね串田さんが
前代未聞の演出家としてね 歌舞伎に演出家はいないわけですけどもそこをむしろ演出家として関わることによって
新しい全く全然今までの方とかそういうのとはまた違う お芝居の潮流みたいなものを作ろうじゃないかって言って
国運歌舞伎っていうのをやっていて それで
何本か私もあのお勉強のために見させていただきましたしその流れが平成中村座に まあね
引き継がれるっていう形になっていったわけですけれども やっぱりねその時に感じたのも串田さんてねちょっとね
世間よりも一歩先に行ってるって言うね 感じがまあする大変尊敬している存在なんですけどもね
でその串田さんというのが その松本市民芸術館の芸術監督職をいよいよ人気満了で終わってね
それで東京戻ってくると東京あの活動の拠点を東京にするよって なってそれで作ったのがフライングシアター自由劇場なわけですよ
ようやくようやく劇芸劇 あの月曜日に見た芝居の
ところまでたどり着いた ちょっとね宮沢から見た簡単な串田さんの説明をするだけで多分これ
15分か20分ぐらい使っちゃってるねこれね もっと使ってるか
まあまあそういう新劇とは全然まだ別のというかもともとね 串田さんも俳優座養成所の
上海バンスキングの福島公演と演劇鑑賞会の歴史
なんですよ出身なんですよだからあの串田さんが語る センダーコレアさんの思い出話とかそういうのもねすっごい面白いですし
あとね 日大にも半年いたのかな日大術学部にも半年いたし
なんかねちょいちょいねあの新劇系のがのアレもやってんですよ それがまた面白いんですけどね
だからそうそういうことを思うとあの佐藤誠さんもそうだったはずなんですけれども
あの新劇誤算形ねそれからアングラ誤算形とかってね さっき言いましたけれどもこうやっぱり歴史をね丹念にねそのその人その人の
個人史を見ていくとこの人は結局新劇からこう 枝分かれしたというか新劇の歴史の中にいた人ででそれから自分でこうね
もっと面白いものをって言って
活動の場をねより自分で切り開いていった人なんだなぁとかね そういうのがそのアングラ第一世代的なね衝撃上第一世代みたいな人たちのその個人史を
見ると密接に関わってるんだなということがわかってくるわけですよね だから
a 現代演劇っていうのはアングラから始まったなんていう人っていうのはねやっぱりちょっと まだものがわかってないね
人だなぁってこうやっぱ思うし全然違う世界にあるっていうわけじゃなくて やっぱりこう時代時代にあったその
なんていうか 芸術的な潮流というかその当時その当時でいろんな劇団が活動していて
有機的にというかこうね ぱっくり割れているわけ断層があるわけじゃなくて
ゆるやかにつながってるもんなんだよなーっていうね世界観でございますね私のね 演劇館というのはあのねこれ全然違うような話してますけれども
今日のねテーマである 作品分析ということにね密接につながる話でございますからね
遠くから言っているだけなのでねもう少し我慢していただいて一つお願いいたします それで
コメントをいただいておりますありがとうございますなんかたくさんあるありがとうございます えーっと
最新というふうにしてあ 高下匠さんありがとうございます福島は1984年10月が
上海バンスキング 吉田秀子さん
陽気みこさんコヒナタフミオさん他今じゃテレビで超有名な方々ばかり 俳優が生演奏しましたねって書いてありますそうそうらしいんですよね
であ写真も貼ってくださってますありがとうございます 福島演劇館紹介の60年史からということで
あ10月ですね 1984年10月上海バンスキングオンシアター銃撃場と書いてありますね
うわすげーなうわぁそうなんだ すごいね
ブーブー この年の福島の例会がですね6月例会が
裸の大将放浪記ねえ爆収車 すごいねこれもすごいね
宇野重吉さん演出ねで a 7月がユーズルね山本康恵の回
ブーブー キノシタ順次ねー山本やせねで a
9月がこれがすというお芝居で鳥の巣の巣ですねというお芝居で知人会 で作にいるサイモン演出木村康一
すごいですね 名古屋あきら主演ですね
アリマイネコねに村れいこがすごいですねこの年ね で10月に上海バンスキングオンシアター銃撃場ね
串田さんが良しあの吉田秀子さんね がいらっしゃってねそれで
なんと12月がこれハロルドとモードですねこれね 中大プロジェクトハロルドとモードね
中田江達也さんとそれから宮崎さんねこれ奥さんですよね ハロルドとモードですもんねそうですよね
いやすげすげー年だったですねこうね いやーやっぱりこう演劇鑑賞会にも歴史ありですね
今の このラインナップとはまた全然こう
経緯が違う作品がね来てますよね
ってことは東北ブロック回ったってことですからね 上海バンスキングね
あそうですね鶴岡にもいらっしゃったねいうことで今連絡をいただきましたありがとうございます えっとそれから
作品と作家の関係性、斉藤兄弟について
a
横浜2020さんありがとうございますヘビーボンドでございますこんばんは a 映像作品で大好きな俳優さんが
出演されているドラマや映画に不祥事 括弧不動位丸成功ですね等の起こした人間が出演されているのを見るとやはりもやもや
割り切れない思いになってしまそうなんですよ 今日のテーマはそこなんですよ
この作品とそれから作家とかね出演者の関係性ってどういうもんなんだろうなぁみたいな ことも作品分析というものにはとても関わりのある話になると思いますのでその辺のところも話して
いきたいんですがありがとうございますコメントありがとう ございますそれから同じく横浜にもありますありがとうございます
2009年に俳優座劇場でグレークリスマスを高瀬久夫さん演出 三田和夫さん主演で上演された際ロビーで斉藤蓮さんが
自作劇曲集に丁寧にサインされていたのを目撃しましたあーすごいですね すごいなすごいですねこれご覧だったんですね
ありがとうございますそうそうあのね俳優座劇場 グレークリスマス実はね何回かねいろんなカンパニーが上演してまして
高瀬久夫さんで三田和夫さんのやつとあと えっなんかね私ね
俳優座劇場にいた時代ね美しきものの伝説とね グレークリスマスはね何度も見てるんですよね
同じ空間で全然演出家が違って出演者も違う グレークリスマス見るとねなんかなるほどこういうふうになるんだっていうのを見た記憶があります
で斉藤蓮さんっていうのもねこの人もなかなか癖のあるね いい意味でですよとってもこの個性的な方だったと聞いておりますので
なんかねその いろんな劣伝というかね
エピソードが残っておりますけれども 詳しくはねもう何度もこの
シアターボンドでもなしゴーレンでもねずっと言い続けてますけどね私ねこの斉藤 蓮さんが劇作のすべてをね
一つ一つ丹念にね余れたですね劇作は楽しいというね 隊長がございます本がねありますこれねぇ
ことあるごとにねやっぱ開いてねその部分だけでも拾い読みするだけでもね とっても面白いので超おすすめの本なんですけれども
やっぱりこう 劇作家っていうのはこういうことを考えて作品に向き合ってるんだなぁっていう
ことがものすごく高 丁寧に書いてあるので
なんか私もねこの作品分析みたいな話をしますけれども ほぼほぼ元ネタはこの劇作がは楽しいなんじゃないかと思うぐらいですね
演劇陣の書いた作品論というか劇作論みたいなね 劇作は楽しいというタイトルから考えるとですねしかも出しているのが劇作協会
劇作家協会のその劇作セミナーの中から ね内容を加湿修正してみたいなふうに確か書いてあったと思うんで
方法論みたいな劇作家になりたい人が読む本なのかなと思いきや 劇作家もちろん劇作家になりたい人はもう筆読の書だろうなというふうに思いますし
なんかねもっともっとね演劇論劇作論みたいなことの本なのでね もうね騙されたと思って一度ね皆さん読んでみていただきたいわけですよ
とっても面白いのでねありがとうございます でね私ね最近これお前お前今頃かよって思われるかもしれないんですけど実はね
この斉藤蓮さんというのはね ご兄弟がおりましたお兄さんかなご兄弟がいらっしゃって斉藤忠さんという方がね
えっと正義の義ねえ 義理の義ねえ
あの ねえ義っていう字あるじゃないですか会議の義
会議の義じゃない会議の義の言辺がない部分ね よしという字ね正義の義ね一つで正しと読むそうなんですけども斉藤忠さんという
ですねご兄弟がいらっしゃってこの方がね 実は大変孝明なね
建築家だそうでございまして 建築家ね建築家と劇作家の兄弟なんだそうですよね
でこの斉藤忠さんは劇場建築もおやりになっていて でそもそもそのルーツというのがやっぱり黒テントのテントの
設計というのは斉藤連さんのまあご兄弟が あの設計されたっていうようなねことも残っておりますよ
でその斉藤忠さんとがおやりになっている建築事務所があってその建築事務所が 全国にも何巻かですねこの
劇場建築をされているというねことなんだそうでございます ですからねこうね
広い意味で言うと斉藤兄弟ね
斉藤兄弟お兄ちゃんが設計したホールで お兄ちゃんだったと思うな間違えてたらすいません逆かもしれないすいません
で斉藤連さんの書いた作品が上演されたみたいなこともね 多分ねあると思いますしこれからもあるんじゃないかと思うんですけれども
またねこの斉藤忠さんというね 建築家の方もものすごい個性的な方らしくてとってもこうなんていうか
ポリシーのある 建築家だったそうでございます
うん なんかねそういうことを考えると
そうなんかこう先人たちのね こう仕事とかね残したものに対してねとてもこうなんかこう思いを馳せると
ですね まだまだ私も勉強しなければいけないなというふうにこう思うわけでございますよ
知らないことが多いなというふうにね そうだったんだねしかもねこれちょっと小話になりますけれども
劇作家の語源と作品構造
あのこれも確か劇作 劇作が楽しいの一番最初に書いてあったかなと思うんですが
劇作家という人たちはですね 英語でですねプレイライト
ライタープレイライターというらしいんですが劇作はプレイライトっていうらしいんですけれども プレイライトと聞くとですねライトというのは書くというね
write 書くライトを想像しますけれども 綴りが違うそうなんですよこれね
平層なんだってことですけれども ちゃんとこれね綴りが違うじゃあ正しい綴りはとなるとね
怪しいのでちゃんと調べますけどね劇作 確かねGHが入るんですよね劇作家英語
はいこれです調べますよこれね今ねー そうそうそうプレイライトね
プレイは p l a y ですねプレイねお芝居ということですよ お遊びという意味もありますけどプレイでライトはですね
w ri まで一緒なんですけど ght これでプレイライトね
a ライター普通のライターさんのライターじゃないんです
ねこれねどういうふうにどうどう違いがあるのかというとね これがいろんな説があるそうなんですが
このねなぜこの通じ綴りになっているかというと ハイツとかハイトっていう意味がね
あるですがこれが高さとかね柱の高さみたいな 意味合いがねこのハイトっていう
ありますよね英語が ちょっとね英語
詳しい人にちゃんと説明してもらいたいんだけども そうつまりねそのね構造物みたいなこのね
ニュアンスがあるそうなんですよねこのライトねー wri te の普通の各ライトじゃなくてプレイライトのライトだけは
ght という綴りになっていてこれが構造物の意味合いが入っていてだから
何かこうね 劇の
一つの構造みたいなものを書く人なんだよっていうね 意味合いがあるそうなんですよね
これって実はかなり大事なことな気がするんですよ だから
お芝居書くっていうとセリフをねこの人がこう言ってこの人が入ってでこうなった みたいな
ねっ ハムレットだったら
a 生きるべきか死ぬべきかそれは問題だね
っていうセリフを書いてそれでオフィリアがこう言ってでね あの人がこう言ってこの人がこう言ってでもながものを言っている人たちの
セリフばっかり書いているイメージですけれども実は全然違ってですね 劇の全体の構造を書く人だなんだよって
いうことらしいんですよ だから劇作家というのは
一方でというかある部分というか特定の部分から考えるととても建築家っぽいね 構造を考えの図面を引くようなお仕事なんだというふうに
劇作は楽しみ確か書いてあったと思います 詳しくは本書を読みいただきたいんですが
って思うとですよねあそっかそっかそっかじゃあ斎藤兄弟というのは構造を書く人 たちなんだって
そういうこうなんかで勝手なねこれはもうこじつけかもしれませんが 何かそういうことにとても詳しい過程だったんだなというふうに思いますし
大事なことだなと思います でそのねじゃあちょっとフライングシアター自由劇場の第7回公演ね
鶴岡市民劇場について
豪華客船たい退屈肉豪沈没の話になりに入りたいと思いますけれども
作品分析の話ねもう少しお待ちくださいね徐々に徐々にそうなっていきますからね すいませんでは一旦
cm でございます 庄内平野の南部に位置する
東北最大面積を誇る市町村 ユネスコ食文化創造都市
鶴岡 江戸徳川始天皇の一人
堺忠津区の孫田勝が 人民に優しい地方政治を行い
店舗が決まっても堺池に収めてほしいと 領民たちが幕府に直訴した
参法領地替え阻止運動でも有名な珍しい地 かの文豪
藤沢周平の生まれ故郷であり その著作にたびたび登場する
宇野坂藩のモデルとしても同じ 歴史と文化とたくさんの美味しい海の幸山の幸に囲まれた
鶴岡にも市民劇場がある 鶴岡市民劇場は昨年60周年を迎え
古い運動体質から脱却し さらに日本演劇の民主的発展に寄与するため
とにかく何でも自分たちの頭で考えることから始めたいと 事務局長の井原さんは語ります
庄内平野のど真ん中で演劇の灯火を守る 鶴岡市民劇場にぜひご入会を
鶴岡市民劇場 はいというわけでねそうあの徐々に本題に入っていきたいわけですけどもね
「豪華客船退屈肉豪沈没」の作品分析の難しさ
このね月曜日に見たねえ フライングシアター自由劇場のですね
第7回公演豪華客船退屈日久号沈没というね 芝居を見てですね
なんかねー もう1回ですねお芝居の作品に対して
こうなんというかなぁうまく言えませんけれども 作品感というかね
お芝居の作品で人に説明するときって とっても難しいよなぁとね
いうふうに思ったんですよ なんか例えばねそのお芝居でも
こと新劇系のというかねえそう新劇の劇団がやる お芝居に強いね
傾向があるありますけどもつまりこの
お芝居のストーリーがねこう 一本でというか
ちゃんとねちゃんとつるもんおかしいんだよな ここが難しいところなんですけど
なんか初めに一つ大きな出来事があってとかね 例えばじゃあ
久しぶりに宝刀息子が家に帰ってきた とかね
あと失踪していたお父さんが帰ってきたとかね 父帰るね
あとは何かこう
今までね 通ったことのない道を歩いていたらね
偶然ねパンを食われたね美女がね角から曲がってきて 激突したとかねでその
パンを食われて駆けてきた女の子と激突して なーんもう危ないなぁみたいなことであごめんごめんみたいなことで
あれその制服うちの高校じゃないかつって ねえ
ごめん遺族からなんてねああなって言って後でクラスでね 今日は転校生がいますなんてでがらって入ってきたらさっきのパンの娘だったみたいな
ねほらそういう一つの何かものがはっきりとした物語があるじゃないですか 何なのこの話
ねなんかほらうんもうじゃあ例えば リア王
リアじゃあリア王だったらねなんかこの リア王って王様がねいてで年老いた王様と同家がいてね
で 3人の娘がいるとねで上の娘とそれから3人目のコーデリアとね
で全然こうねタイプの違う3人娘だとねで 我がねあの式も近いということでこの王国をねみんなにねもう
生前財産分与するという リア王が言い出してねで
一番上の女の子にはこれをやろうとかね2番目はこれをやろう ねで3番目のコーデリアにはこの王国をやろうみたいな
でお姉ちゃんたちが切れるみたいなね何だそれみたいな なんでコーデリアだけみたいなねうんでそのでこうなんか
権力争いになっていっちゃうみたいな そういう話じゃないですかはっきりしてますよね話がね
ハムレットだってねあの前の王様ハムレットね 戦王ハムレットが実はその主人公のハムレットのおじさんですから戦王の弟ね
それから a 現ハムレットのお母さんね戦王ハムレットの奥さんとね
不倫関係にあってねでもう前のお父さんね 本骨だからつって毒殺しちゃえなつってね
悪い悪いよなぁと思いますけどもなんなんと音をお母さんとおじさんがお父さんの ことを毒殺するみたいなところから始まってね
で a なんかこの
をねハムレットのお城にのねその兵士さん2人がね あれを見ろとかなんだあそこに何か
幽霊っぽいものを得るぞと本当かどこだ あそこだよあそこつってねあーいるなんて怖い怖い怖い怖いなつってで
そしたらそれが戦王ハムレットの亡霊でね 実はこれこれこういうことがあったんだっ
ちょっとハムレットを呼んでくれつって あーハムレット様ハムレット様つって
なんだよ 戦王ハムレットがよお呼びです
もう死んだんだけどみたいなまあまあまあまあみたい なんかそういうとこから始まるじゃないですかね
そしたらこの戦王ハムレットがねこれこれこういうことでこうなったんだみたいな ええみたいな
みたいになってそれでその ハムレットが今王様になっているもっね
おじさんとそれからお母さんだけどおじさんと再婚した人とねー それで何かもう
やってられるかみたいな切れちゃってみたいなそういう話じゃないですかね 話がはっきりしてますよね
これがあってこれがあってでこうなってこうなって こうなりましたみたいなね
で ええほらあの
一番そういう傾向の強い新劇の劇団どこをつったらすね 飽きたうじゃくひじかたよし記念
青年劇場ねじゃないですかね まああの
そうなあの 私が住んでいる町のね
商店街がねみんなシャッター シャッター通りのね商店街になっちゃったけれどもどうするなんつったら
若い子がそこの シャッター通りの中でもねちゃんとこのお店を
切り切るもりしていて 昔このシャッター通りの商店街がをまだ盛り上がっている時にはね
a
の時もう1回取り戻したいんだみたいなねそれで一生懸命この 割れたしが帽子職人だったか
かねで職人軍でこっちちゃんとこう勉強してね もう1回この
帽子屋さんをこれ盛り上げていこうのをきっかけにしてまたこれ この
商店街を盛りは盛り上げていきたいんだみたいなねなんかそんな話だったけど嫌に 記憶しておりますよね
本当かな大丈夫かなあとで怒られないから でもなんかでそういうふうに
そうはっきりとしているねけれどもそういうんだったらまだね こういう話でこういうきっかけがあってこういう舞台の設定があってでその中で
高校こういう人たちがこうなってで実際 結末はどうなりますどうなるどうなりますかそれはお芝居を見てのお楽しみですみたいな
そういうのが多いじゃないですかね だからこそなんかこういう話が来るらしいよ次の例会は
研修医が泣くか泣かないかはかっ そういう芝居じゃないよ
ね研修医が泣くなね泣くな研修医ってね 斎藤に怒られるなこれな
そうそのまあまあ医療現場の状況とその中でも一生懸命 そのお医者さんを目指すね
研修医のこの頑張りみたいなね それにはいろんなこの障害というかその
ね出会いと別れとねいろんなことがあって人間的に成長していきながら 研修医が活躍していくよみたいなそういう話らしいよなんていうとあそっかじゃあ
私の知り合いが看護師さんやってるからね そんでとかあと私の知り合い看護師さんじゃなくてその
いい看護師さんに助けられたってことがあったって聞いたからその人ちょっと誘っ てみようかしらとこうなるわけですけれども
私が月曜日に見てきたですね フライングシアター自由劇場のですね
豪華客船退屈肉豪沈没というのはね どういう芝居だったと聞かれるとめちゃくちゃわかんないんですよ
どう言っていいかわからないんです
だから退屈にもしね今年まかり間違ってね もしこの豪華客船退屈肉豪沈没がね市民劇場の霊界になったとしたら
ないと思いますけどもしなったら 説明できないですよ
しかも どう説明してどう人をねあの
なんていうのあの紹介していいかというかね お誘いの輪をね広げていいかわからないですね正直ね
あのねー わっ説明ができないんですよ
これが面白いなと思ってしかもねこれが退屈肉豪だから退屈なのかと思うじゃないですか 全然退屈じゃないんですよ
一個一個の話で目が離せないんですよね で
なんかねなぜなのかわかんないけど タイタニック号じゃないよって言うところから始まるんですけど
別にこの今ね はじめくしださんとそれからのぞえ政治さんっていうね
a 小劇場のぞえ政治さんといえばもうね 今やね
とてもこう有名な演劇のねえ2日であり劇作家の一人ですけれども のぞえさんと串田さんがこうやって上下からこうやって出てきてねしかもブカブカのね
なんかその あれは
黄緑色 だったと思う
nb 服みたいなねおしゃれな感じでね出てくるんですよ それで
退屈肉豪だから皆さんこれチラシ見たらタイタニックじゃなくて退屈肉って書いてあるでしょ だから沈没しないんですよ
言うといやでも沈没って書いてありますよ味はじゃあ沈没するのかなぁ とか
とかなんかそういう そういうやりとりから始まるんですけど
なんか3つの世界の話が今混戦するんですよねその なんかほらラジオをねのダイヤルをね
今ラジコだからそんなことないけど 昔のラジオはダイヤルをこうやってくるくるって回ると回すと g ってなってね
これでしっこうなんか音楽の流している チャンネルにあったかと思ってまたダイヤルしってこう回すと指示ってなって今度は
朗読の音 ラジオ深夜便とかねつつながって知事ってなってみたいなそういうふうに行こう
なるじゃないですかラジオはね でそうすると
たまになんですけどラジオを聞いているとなんか急に外国のなんかね なんかの電波の具合だかなんだかで急に外国の曲の音
ラジオが混戦したりすることありましたよね皆さんね 宮沢あったんですよね
だから急に後ラジオ深夜便と言ってね 生きることというのは苦しいことってね
なんとかすっごい落ち着いたトーンでこうやって話しているときに急にじゃじゃじゃじゃん みたいなね
あのちょっと長北朝鮮かなとかがそういうね なんかそういうのが急にバッって入ってくる時あるじゃないですかああいう感じね
退屈肉号も 一つの話じゃ3つか4つの
物語というかシチュエーションの話が突然こうね 混戦するんですよね
だからあのお話やってるかと思ったら急にこの話に変わって でその話も全部ね
終わらないというか結末がないまんま 次の話にペンってこうまた変わるんですよね
かと思ったら急にね フライングシアターのその人たちがこうやって出てきて
舞台上でね吹奏楽の生演奏したり歌ったりするんですよ 何の脈略もないんですそれがねえってなるけどでもすっごいかっこいいし
面白いんですよね一つ一つの話もなんかすっごい面白くて しかもね
どうなるんだろうと思わせるその その時その時魅了されるんですよね
面白いどうなるんだろうなとかこの今死みたいなものをみんなで読んでいるのかな それとも
どうなんなんだろうなこれはこの人たちはどういう存在なんだろうなとか そもそもこの場所っていうのは
船の上なのかなそれともそうじゃないのかなとかそういうのが説明が一切ない中で なんか
いろんな話がちょこっとずつちょこっとずつ展開されて結局何もこう結末がないまま しゅっと終わっていくみたいな
そういうお芝居なんですねでこれをですね 串田さんはパンフレットの中ではバーレスクというふうに読んでいらっしゃって
今バーレスクというとどうしてもね六本木にもありましたけど東京バーレスクってとこ ねあのちょっと裸みたいな女の人たちがあのすげー
過激なダンスしているのをお酒飲みながら見るね風俗みたいな感じでね
そういうイメージになっちゃってますけどもそもそもはそういうことじゃなくバーレスク っていうのはそういうんじゃなくてみたいな
ことで まあ串田版バーレスクというふうにおっしゃってましたけれども
そうだからねどういう芝居だったって聞かれると 楽しかった
しか言えないね うんとえなど何が楽しかったの宿音楽があって歌があって
なんか一つ一つちょっとした芝居があってその芝居一つ一つもものすごい面白い なんかこう引き付けられてどういう
結末になるんだろうとこうハラハラドキドキ見るんだけど
で見たんだね そこに何かね学ぶべきこととかね
なんかこの子この社会におけるねメッセージだとか 作品に込められたメッセージとかねないんですよ
はっきりしたものがねいやいやないわけじゃない本当のことかいうと多分 1個1個のこのちっちゃなパーツをつなぎ合わせたり
それからなぜ今これをやっているんだろうとか この
テーマの中でこういう芝居をやることの意味とかね 1個1個ね自分なりに考えていけば
あ多分串田さんこういうことが今を起こって串田さんの中で起こってるんだろうな とか
何か今そういう気持ちの中でこの芝居を作ったんだろうなとかっていうのを すごいこうね客観客側から考えていくことができる
いくらでもできるんですねでしかも 一番こうなんかね
難しいというか 伝え他の人に伝えるのが難しいのはなぜそれがねすごくこう
なんていうかなあの それに引きつけられるかというかなんでその今や目の前で行われている歌だ
とか 吹奏楽の演奏だとか
だ芝居の断片みたいなものがになぜ引きつけられるか なぜ目が離せないのかっていうのを説明するのがめちゃくちゃ難しいわけですよ
だって目の前でめちゃくちゃ面白いことやってるから面白いんだけれども 何があって言うと
あーその意味じゃなくてみたいな なんかなーって
なっちゃうわけです ここがねとってもこのフライングシアター自由劇場の豪華客船退屈肉後沈没の面白いところなんですよ
でこの芝居ねえっと東京公演はですね 吉祥寺シアターというところで上演されていて今度のですね
これは21日までかな ちょっと待ってちゃんとすっ
フライング シアター
フライングシアターは21日の日曜日まで 吉祥寺シアターで行われるそうですけれども実はですねこの
21日までのチケットほぼほぼ完売しているらしいんですよ すごいなぁと思って
すごいすごいですよ しかもね平日の夜割で一般お一人様7200円で
初めのねアーリーバードチケットという 初日2日目に限っては6800円
だったとね 私あのちょうどアーリーバードチケットで拝見したんですけれどもね
チケットでその
いっ そうだよねそれで昼公演に関しては7800円でペアチケットだと
15000円でお二人様ということになっていてこのチケットがですね ほぼ売り切れているそうです
だからねやっぱりねー 串田和義という人はですねちょっとねー
この人の作る芝居というのはね やっぱ不思議だし
しかも何かこう なんか演劇でしか味わえないね
この快感というか魅力というか 面白みというものにあふれておりますよ
だって見た人が説明できないんだから これね不思議なんですけど
何が良かったの?って言うじゃないですか
何がって言葉じゃなくてねーみたいな
説明ができない面白さ だってそれはお芝居で見ることでしか味わえない
最近の言い方だと言うと言語化言語化なんて言いますけれども言語化できない
本質的な面白さというかね のにあふれている作品なんですよね
これがね一つこの今日のテーマであるね 作品分析という話とねとても噛み合うなというふうに思ったので
ちょっと時間を使ってね退屈肉合の話をさせていただきましたけれども
なんとこの芝居ですね東京公演21日日曜日までが終わって今度は7月の10日から12日まで
作品分析と考察、芸術の本質
長野県のですねまっさっき言った松本市の 松本公演が予定されていてしかもこれがあの松本市民芸術館は今改修工事中ですので
シナマイメディアガーデンというところで上演されるするそうです
このシナマイメディアガーデンねシナマイというのはシナの毎日新聞のシナマイですね シナマイメディアガーデン
というところの1階というところで 上演が予定されていてこちらが一般前売6,000円
当日6,500円だそうですけどこちらはまだチケットがあるようですのでちょっとね これでね
もしねご興味が終わりになる方はですね 松本でちょっとご覧になってもよろしいかと思いますし
私ねちょっとねもう1回見たいなと やっぱこれちょっと
うわっ もう1回見たいなと思ってシナマイのチケットを取っちゃいました
松本にもう1回見に行きますので
ね 気になるもう1回見なきゃと思ったんですよ
でまたねこのね 串田さんが作り出すあの芝居ならではの面白さの上にですね
劇団ハエ際というね またちょっと人を食ったような名前ですけども劇団ハエ際というので
大変人気を誇る のぞえ政治さんが
作り出すあのちょっとね こうなんていうか脱究させるというか脱究なんかね
片透かしに合う感じね
えー なんかね
ちょっとね 串田さんととっても相性いいなぁというふうに思ったんですねちょっとね
人を食ったようなというか なんかね不思議な世界観を持ってらっしゃる
演劇陣なんですよねのぞえ政治さんってあの確かね 文学座アトリエでねのぞえ政治さんが
やった芝居があったんですけどあれ確かね えっと
亡くなったあの えっとほら
金内紀子さんが確か出た芝居じゃなかったかな あ違ったかな
違ったかな違う富山政治さんが出てたな 一回あののぞえさんが
文学座アトリエの作品で書き下ろした作品も確かあったと思うんですけども生え際 のね
串田さんとの相性すごいいいなぁというふうに思ったんですよね他の金 こうとってもこうなんていうか不思議な
芝居のやりとりの断片みたいなもの のこの作り方
なぁ とってもなんかねあってる何がって言われるとだからだから
何か 何がが一番困るんだけど何がじゃないんですよみたいな
難しいなぁ説明ができないなぁ すいませんちょっとコメントをいただいておりますありがとうございます
あまさこさんありがとうございます串田さんの芝居見なきゃわからないって何だろうか 興味深いそうなんですよ
そうなんですよ あのね
a 上海バンスキングは割とわかるんですよ
あのだってあの言うてもあのグレークリスマスのでおなじみのですね
斎藤蓮さんの本ですから本当にちゃんとこ あの時代設定がちゃんとしていてね
それで希少転結ねちゃんとドラマの展開があって でこの人がこうなってあの人がこうなってっていうような形であるんです
あの上海バンスキングもそういうお芝居ですね ええ
なんですけれども そういう子斎藤蓮さんが描き出すお芝居を芝居した路線とそれからそうじゃなくて
こうなんかね うーん
難しいなぁこの
を うんなんか一つのお芝居
だお話だけじゃなくてごちゃ混ぜ物語がごちゃ混ぜになっている オムオムギバスみたいな感じなんだけど一つ一つの話がとっても面白いし
音楽も歌もあってみたいな それでしかない
それしかない なんだよそれ伝わらないよなうなやっぱそれそういう子その場にいなければ
味わえない 深い魅力みたいなものがね
串田さんが作り出すお芝居というのはありますよ なのでぜひご興味ありましたら松本だったらまだ見られるから
あと a 吉祥寺でもまだどこどこだけない1日だけまだチケットが取れるところがあった
はずなんですけれども うーんとねでも21日までだから今週末までだなので
言っても今日とか明日とかって話になっちゃうと思うんですよね なのでまぁ松本でご覧いただいた方がいいかと思いますありがとうございます
えっとイクさん a ヘビーボンドいつもありがとうございます 品前じゃなくて新米って思うんですね新米
新米って読むんだこれ
やっぱり地域の人じゃないとわかんないなぁこれなぁ えっとできれば振りがなを振ってくっ
はっはっは 分かんないよだってね新米新米ね新米しで品の毎日と関係ないのじゃあ関係
あんのかな ないのかな新米新米ねはい新
本当だあホームページのアドレス見ればわかる新米って書いてある新米メディア ガーデン
うん 分かりました新米ね新米いきますのでですね私ねよろしくお願い致します
もうやっぱもう1回見なきゃと思ったんだよねー ありがとうございます
でねえ 徐々にあともう少し時間少ししかなくなっちゃいましたけども作品分析の話もう少し深めて
いきたいと思うんですけれども じゃあね
さっき言った串田さんのお芝居も 作品分析をするってなったらまず何をするかっていうことなんですよ
ね あの最近の音
用語というかネット若者言葉でネットの若者言葉ってですね 考察つのありますよね考察ね
考察を従る若者たちなんていうね新書がですね ベストセラーなるぐらいですから
何かね a youtube で
人気のある人たちがね解説者としてね 人気のある人がですね
この作品のこの部分はこういう意味がありましてとかね 解説するんですよねでその
作品のこの部分ネタバレありますんでお気をつけくださいとか言いながら この作品のこの
キャラクターの名前はこういう名前になっているということは実はこういう意味合いが あってとか
多分この作家はこういうことをよくするから この文脈の中においてはこのね
キャラクターの名前から想像するにこういう役割があってとかそういうのを 解説してくれる動画が流行っておりますよ
だからね今もいろんな このコンテンツというものがアニメの作品もすごいものすごく多いですし
テレビドラマもあるしそれからえっと ネット配信だけで見られるドラマとかもあるし
あと a
youtube だけで展開されているねそういうあらゆる この映像メディアというのはものすごい量ありますけれども全部をね
フォローすることができないのでお友達同士でねあの作品この作品ってね 見るためにはもう倍速で見ないと間に合わないんだよっていうね
でその ほらなんていうかな
事故 えっと
ねえ 人と人とがねちゃんとこう作品を通じて繋がれるためにはね
やっぱりこの同じものを見てねそれで a 一加減ね何かものが言えるようにしておかなきゃいけないから
なんかその全部を見るんじゃなくてその 解説動画だけちょっと見てね考察
考察動画だけ見てでさも自分がそれをね 見たかのように話すことができるじゃないですかそうするとねあ
この作品のこういう作品はこういう意味合いがあるからなるほどじゃあ こうらしいよみたいなネットで見た情報によるとこれはこうらしいよみたいな
あそうなんだみたいなねそれでのなんかこう 分かり合うというかね話が盛り上がるいいじゃないですかっていうことらしいんですけど
だから考察っていうのはねものすごいこう キーワードとして今ね若者たちで当たり前らしいんですよね
なんかまあそのことが果たしていいことなのが悪いことなのかっていうのはね まあ人それぞれ考えと思います私はねそんなにいいことだと思わないですけどもまあまあまあね
それでをなりわえにしている人もいますし そういうことで何か見た気持ちになっている人たちもいるわけですからね
全否定はできないわけですけども 考察つのありますけどそれと分析って何違うのつったら
ねいうこともありますよねあと作品の批評ってこともありますよね うん
なんか批評っていうと 否定みたいな音がね批判とかね
否定とかと同じ否っていうから批評っていうとなんかね こうダメっていうダメだするみたいなねイメージになりやすいですけど本当はそうじゃ
なくて批評っていうのは良いところも悪いところも ちゃんとこう
表をね 出すというのが批評なわけですけれども批評と分析って何違うのよっていうね
ことがあると思いますが あのね
なんかね私がこう今回の音 作品分析ということを考えた時に一番最初に思ったのがこれなんですよね
このね分析つのは 一つ一つのパーツごとにね分けて考えるっていうことだと思うんですよ
でさっきのね退屈肉号じゃないですけど もう話でもそうですけどじゃあ例えば退屈肉号の魅力を伝えるときにまず何をするかって言ったら
そこで分析をするわけですよね で
a 出演者が何いてとかねそれで
照明 プランをしている人がこの人でとかどこの劇場でとか
それからチラシがどういうイメージでとかね それで作家とか演出家はこうでとかなんか一つ一つのこの作品を
パーツパーツに分けていくというか要素要素に分けていって でその要素一つ一つに対して何か文脈とか何かその
室とかねそういうものを一つ一つ考えていくというのが分析 なんじゃないかと思うんですよね
しかも もっとビジネスの世界だとかね
宮沢にはとんとこう縁のない わけじゃないですけどもねそのもっともっとシャバの分析ってなると
そういう歴史的な背景とかそうじゃなくて数値的なね この分析っていうのがまあ当たり前で
まあじゃあこの事業の中でなぜかこの事業の プロジェクトで作った商品が全然売れないとなぜって言った時にじゃあその商品に
かかっているコスト の中で何が一番コストがかかってるんだろうとかね
それからその商品が小売店までねお店まで届く ためにはどれだけのコストがかかってるんだろうとかね
なんかあとはそのパッケージの色合いが同業 他社が出している競合の商品と比べてどれくらいなんかこう
ユーザーにとっては何か影響を及ぼしてるんだろうとかね そのアンケートというかそのねモニター調査をしてね
どっちの商品の方が美味しそうに見えますかとかなんかそういうので数値化して それで分析するね
なぜこの商品が売れないんだろうという疑問に対して一つ一つの要素に分けて 数値化してですねで
やるってこれが分析ってことですよね それと同じように作品分析といった時には
このじゃあこのお芝居の今回のこの講演つのはどういう要素がまずあって でその要素要素に何が使用されているかというかどれだけの人が何を
表現しているんだろうとかねそういうことなんじゃないかと思ったんですよ じゃあ分析ってね
a そもそもどういう言葉なのかつって思ったらですね
もうね宮沢はずねあの 語源を調べるマルマンなんです
語源に当たるマンなんですよ でねかあの調べてみたらですねこの分析の席という字
これ難しいですよね分はわかりますよね この分けるですからね
ブーンじゃなくても分析の席という字 これどういう字なのかというと
起変にですねこっちのこのなんか近いみたいに書けますよねこの なんかこうねこっちのこっちの部分の意味合いがですね
オノという意味だそうです 起変に斧と書いて席と読むらしいんですよね
でこの斧なわけですからね つまり席という字の意味はですね木を咲くとか木を分けるとか
分かれるとかねいう意味合いがあってつまり分析と書いた時には両方とも分ける という意味があるそうなんでございますね
そうなんだと思いますよねつまり分析と言った時にはさっき言ったように 一つ一つの要素に分けて考える
ね切り分けて考えることを分析というそうなんでございます でねえっと
語源ばっか調べてね何回わかったようなことを言うのもね 大変こうなんかあの
ね文系としてはねちょっとなんかね もう少しこうなんか強要高い感じにならねえかと思ってね
もう少し調べをね進めてみたところですね 東方李博で思う同じの李博ねこの人李博という人がですね
一つのこの詩を書いていたのでですね 初めての試みですけどもこの神々マンである宮沢がですね
監視をちょっとね紹介しながら関という字に迫ってまいりたいわけですけども
小製品
スクカムやんだからねすいません えっと小製品の仮に寄せ
何時に 送りて利石を慰めん
小製品の仮に寄せ 何時に送りて利石を慰めん
というね
監視があるそうなんですよねこれどういう意味かというと書というのは 図書の書ね書籍の書ねこれお手紙という意味ですけれども
お手紙を製品の仮に寄せというのは西に飛んでいる仮に託してね お手紙を西のに飛んでいる仮に
託して何時に送りて利石を慰めん ねあなたに送りますよとこのね
西に飛んでいる仮にあなたに当てたお手紙を 託してね
送りて利石を慰めんここで石って出てくるんですけど この利石というのが離れるに分析の石と書いて利石
を慰めんですから離れ離れになっているという意味ですね 利石ね離れ離れを慰めようという
小製品の仮に寄せ何時に送りて利石を慰めん ね
まあお手紙を 遠くにとに西の方に飛んでいる仮に
託してあなたに送りますね これで離れ離れになっているこの気持ちを慰めようかみたいなね
そういうことで利石ね石という字を使っているそうでございますよ ちょっと教養上がったよね今ねちょっとね今までのちょっとね
ちょっとだけ交渉な感じだったよね 監視なんてねいいじゃないですかねというような形でですよね
石というのは分かれているよ 分けるよっていう意味合いがありますよねだから
一つ一つの 要素に分けてその作品に触れる
ねその作品の中身を分けて考えてしろうとするという意味がありますね なんかねそうなってくるとですね
なんかね難しいんですけれども 作品をねに触れる時ってさっきの退屈肉号の時もそうですけれども
何の先入観もなくね何のこの情報も入れないで 作品に向き合いたいよっていうね思想があると思うんですよね
しかもその絵とかねアート作品なんてよりそうで 誰が作ったんだとか何のために作ったんだっていうね
事前の情報はいらなくてただまずその作品に触れることによって その作品の価値というかその作品の凄さみたいなものを生というかね
生身で何の先入観もなく触れたいよっていうね考え方があると思いますね 一方で私もねそういう考え方もね
わからないではないんですよね 例えば全然知らない国の知らない人が歌っている歌しかもね
その知らない国の言葉で歌ってるから何言ってるかわからないね 歌ありますよね洋楽聞く時もそうですけれどもまず何て言ってかわかんないね
だけどなんかノリがいいとかなんかすんごかっこいいとか 可愛いとかね美しいみたいなものっつーのは別に
事前情報を入れないでも楽しめるよねとでその情報に左右される見方をしてしまうと それは本当の意味で
作品が
作品が持っている 本来的な魅力みたいなもの
がねその事前情報によって 曇っちゃうじゃないか左右されるんじゃないかみたいな考え方もあると思います
うん だからこそ別にその作品が生み出されて生み出された背景とかね
意味みたいなものっていうのはあんまりまず入れたくないよねみたいな こともあると思います
でもね 果たしてそうなんだろうかっていう思いもあるんですよね
えっと なんかね
事前に今日見るお芝居はとか今日見る絵はとか今日聞く音楽はどういう人が作って でその人が何を思って作ったのかね
なぜこの作品を今このタイミングで作ったのかみたいなその
前提情報みたいな文脈みたいなことってがないと 意味がわからないというか繋がる作品と自分に橋がかかってないというかね
ただポンって投げられたとってうまくそれを受け取れないよなっていう面もありますよね だから
芸術作品に触れる時というのは実はそういうこう 意味というか分析されている一つ一つの要素に対する説明というか解説
みたいのがないと どうしてもその作品そのものを受け取りきれないよっていうこともあると思うん
ですよね で宮沢はどっちかというとそっちで
なんか何にも ジャンルもわからないし言ってることもわからないし
a 事前に説明が何もない中でただその作品に触れるっていうだけでは見えてこないもの っていうのがたくさんあるような気がして
だからあの私はねその美術館に行ってもですね 必ずあの音声ガイドっていうのね
聞くようにしてます でこの
画家がなぜこのタイミングでだから1900何 何十何年にこの絵を描くことになったのかみたいなことを
こう鑑賞しながらその絵をに向き合いながらもちゃんと解説を聞かないと 本その絵の意味というものがわからないだから特にピカソみたいな
パッと見なんかよくわからんというかねその写実的じゃないものね 見たまんまじゃないものに関しては
現代アートみたいなものに関してはこれはこういうこういう作家のこういう芸術的潮流 の中にあってでそういう意味があるからこれがアートとして
とても味わい深いもんなんだっていう ある一定の作品分析がなければ楽しみきれないと思うんですよね
あの確かマルセルデュシャンだったと思いますけれども 便器をね
アートとした人いましたよねしかもその便器に泉って書いて でこれがアートだって言った人いると思うんですけど
あのその人も 本当にその便器が
芸術作品として美しいと思ってやってるわけじゃなくて そもそも何でもかんでもアートになっちゃって
単なる便器であってもアートってやアートなんだよねっていう アートの世界を壊しにかかってるね
一つの挑戦だったわけですよね だからそういう
分析とそれから解説みたいのがないとただの便器なわけですよね それってねとてもなんかこう
でそれを事前のなんかそういうこう先入観ね なく見たいからって言って急に便器だけ見て泉って書いてあって
何これってなるじゃないですかね そういうこうなんていうのかな
前提条件となるというかそのスタディの部分ですね 勉強の部分ね
共有しないしておかなければいけない一つの文脈がないない中で 純粋にみたいなアートを楽しもうっていう発想自身がですね
ちょっと危ういような気がするんですよねやっぱりないとね その解説みたいなものが
なんでこれがアートなんだろうっていうことを考える様子がないと 一つの作品というものは
楽しみきれないんじゃないかと思うんですよ ここがね作品分析にとってとっても大事なことだし
なんだよそれ 勉強勉強みたいなねそういう退屈なアートの見方してダメだよみたいなね
気持ちもわかるんですけどもそっちもわかるね全然何の変更 先入観もなくいきなり見て
あ面白かったってね感激したってなるのも大事だと思うんですよね 純粋なみたいな
でもその純粋さって本当に純粋なんだろうかっていう思いもあって なんかあの今までその作品とかそういうものに触れたことがないっていう
文脈があるわけですよね なんか説明しつらいですけども
私は今まで芝居を見たことがありません で初めて見たの初めて挑戦するのがこれですっていう
でその劇団のことも知らないし出てる人も知らないね やってることも意味わかんないけれども見てみた時にはっきりと面白いと感じられた
っていうのも一つの文脈の中にある気がするんですよ ねあえて何も知らない
ようにして見てみましたというね で
それは調べ上げてこの劇団というのは何年に生まれてどういういきさつで劇団が 劇団として成立してで何この柔軟何十年劇団をしていく中でこういう人ああいう人が
いてでその人が残した言葉がこうででそういう思想の中でやってきてるから今 この現代においてこういう作品を作ろうと思ったんだっていう
前提条件みたいな文脈みたいのがあってから見るのとね 全く知らないで見るのとでは全然伝わり方というのは違うと思いますけれども
でも やっぱり芸術を楽しむのであれば
前提のその文脈がある方がより 作品分析や理解につながるんじゃないかなっていうのがやっぱりあるわけです
私はどっちかとそっち側なんですよね だから何も専用感なく見たいんですっていう人
いう見方よりももう能書きでも何でも全部見てね ネタバレというのとは違いますよもちろんねネタバレっていうのは犯人はこの人
ですって言っちゃうことですからね これはで良くないこれはね決していいとは思わないけれども
その作品に対する作家の気持ちだとかその人がどういう人だ だろうとかそういうものをスタディしていくっていうのはとっても大事なことだと思いますし
実はアートというのはもともとね これねちょっともう長いな今日長いですねすいません
ちょっともう少し話させていただきますけど アートというのはもともとラテン語でですね
アルスという言葉から来てるらしくこのアルスって何かって言ったら芸術じゃなくて 技術ね
技術という言葉からアートというのは生まれていると つまりは
人間の手によって生み出される術 技のことを芸術それが
技がすごい技だからこそ芸術になっていくみたいな 初めはね
こうね下手くそでもそれをね 異様なほどね身につけるとそれが芸術に消化されていくみたいな意味合いから来てる
そうなんですね つまりですね
なんでこれが芸術なのかっていうことは
絵が異様に上手いからとかね
台詞を言うことが非常に上手いからとかね その人の演技見ると
どうしてもそのものにしか見えないからとかね そういう技術的に長けてるからっていうのがまず前提にあるわけですよね
芸術というのはね
ということは下手っぴがやるとこうだけども 上手い人がやるとこんなに違うんだよっていう
一つの前提条件があるわけです
なぜその作品が芸術として優れてるのかっていうのは 優れてない人という前提条件がないと優れているっていうことにはならないわけですから
なんかそういうふうに何にもない中でゼロから感じられるっていうのは相当すごいことであって
その作品を本質的にもっと深く楽しむためには やっぱりそういう解説というのは大事だし
作品分析というのは大事だというふうに思います
この話を考えるといつも思い出すのが文字なんですよね
文字の美しさと作品の価値
おしゅう字の文字
ちょっと前まで美文字ブームっていうのがありましたよね
なんか展示とか編集時とかでボケ帽子
ボケ帽子って怒られちゃうよね
最近ボケ帽子とかいうのもハラスメントになりますが大変失礼いたしました
認知症防止のためにですね
ノートにきれいなお手本を見ながら
自分でもそういうふうにきれいな字を書けるように練習するブーム
美文字ブームっていうのはありましたけれども
美しさ字の美しさというのは基本的にはそういうふうに
おしゅう字の先生がお手本で書いたようなきれいさってありますよね
まずねそれ前提条件ね
しゅう字のお手本みたいな字のことが美文字美しい字とされておりますけれども
めちゃくちゃひん曲がっててですね
余計に線が長かったりまっすぐ書かなきゃいけないところ
すごい波線みたいにのたくったような字ありますよね
下手っぴな字いわゆる下手っぴな字ね
ぐっちゃぐちゃでちょっと何書いてるかわかんないような字ね
みみずがのたくったような字ってありますけれども
そのいわゆる汚い字というのもですね
これがもし自分の子供が初めて書いた文字だったら
急にその文字が愛おしくなりますよね
美しく感じると思うんですよとかね
あととっても愛おしい人がね
人生の最後にね書いた文字だったら
ぐっちゃぐちゃな字でもねとっても美しく感じると思いますね
つまりその美文字っていうのはお手本に近しい字
美しいとされてる字で美しい字という風になりますけれども
それ以外にも心を打つ字というのは
別にそんなにお手本にコピーしたような字じゃなくても
美しくなるわけですよね
それはそれを決めるのはさっき言ったように
なぜこの字がこうなっているのかね
なんでこんなにみみずがのたくったようになってるのか
という意味を説明されて初めて
その一見汚い文字の美しさがわかるわけですよね
だから作品分析って大事なのは
なぜこの字がこんだけ斜めになってるんだろうとか
なんでこんなにまっすぐじゃないんだろうとかっていうのを
この人はこういう戦いがあって
こういう文字を書いたんだっていう意味が加わることによって
美しさが生まれるというか
見る人にとっての美しさが現れていくというか
立ち上がってくるっていうことがありますよね
それと同じように芸術も一見すると
何言ってるのかわからないし
わけわからんってのもあるけど
でもじゃあなんでそのわけわからんものが
今この劇場で生み出されているのか
誰がそれを作ったのかっていう前提条件があると
一気に美しいものに見えたりする
というのが芸術の本質だと思うわけです
だからさっき横浜202丸さんが言ってくださったように
その作品だけを見るととっても惹かれる
面白い美しい綺麗だね
ずっと見ていたい作品でも
その中に何か最低なことを裏でやっている
出演者が出てくるとか
工事を領属に反することをしてしまった
役者さんが出ているとか
いう前提条件が加わることによって
その作品の美しさとか
価値っていうか
見ている人にとっての本質的な価値というのは
いくらでも変動していくと思うんですよ
せっかくいい作品だったのに
実はその作品に関わっている人が
全然違うところで
全然違う最低なことをやってしまったということが
もしあったら
その作品が持つ本質的な価値というのは
簡単に失われてしまうじゃないか
っていう怖さがあるわけです
やっぱり宮沢
個人的な思いですけども
もし何か最低なことが
わかってしまったら
作品というのは無価値になり得ると思います
ここはいくら
作品と作家の関係性の揺らぎ
みんなが名作だって言って
この作品すげーなって言い続けた作品であっても
やっぱり私が思うには
出てる人の
底というかね
その人がやってしまった別のことによって
作品というのは変わってしまう
モヤモヤするんですよ
すごくね
しかもその咲いたるものが
カラバッチオっていうね
画家がいますよね
マニエリズムとか
ルネッサンスの前夜ですかね
それぐらいの時期で
1500年代の
16世紀のイタリアの
画家だと思うんですけども
すごくね
さっきのアートの話じゃないですけど
陰影がものすごい劇的でね
しかも油絵でね
聖書とかの題材をね
ものすごいリアルに
描くことに
秒的なぐらいリアル
しかも
激しいというかね
聖書の題材の中でも
ちょっとこうなんというか
すごい劇的な場面を描きがちな
カラバッチオっていう
画家がおりましたけれども
その人ねなんと殺人者なんですよ
人殺してるんですよね
しかも人を殺した後に描いた絵とかもあるんです
直後じゃないですねもちろんね
人殺した後にそのままその足で描いたとか
そういうことじゃないんですけども
人を殺したことによって
最後その人の人生というのは結局
傷ついその人自身も
良心の過剰なのかな
苛まれて自ら命を絶ってしまった
だったと思うんですが
いまだに極東の島国の
しかも21世紀の宮沢を生きる宮沢が
カラバッチオって知ってるぐらい
名前が残っとるわけですよ
その人の作品というのは
いまだにイタリアの
美術館に
飾られておりますよ
なんならみんなが見に来ますし
私もイタリア行った時に見ましたね
ウフィッチーにあったと思うんですけど
これってね
やっぱりいつもこの話を考えると
思い出すんですよね
殺人犯ですからね
コンプライアンスどころの騒ぎじゃないんですよ
犯罪者なんですよ
でも残ってるし
直接見るとすごい迫力で
すごいんですよ
作品としてね
考えますよね
さっきのモヤモヤどこ行ったんだっていうぐらい
圧倒的なんですよね
これってどういうことなんだろうってね
考えますし
じゃあさっき言ったように
出演者が麻薬処置で逮捕されちゃいました
みたいな
ねありましたよね
宮本から君へっていう映画がありましたけれども
そこにピエール滝さんが出てて
それが文化庁を通じた
芸分身のね
日本芸術文化振興基金の
女性対象の作品採択されていて
補助金が宮本から君へに出てて
ところがピエール滝さんがね
麻薬処置で捕まってしまったゆえに
その宮本から君へに対する
補助金がカットされた
補助金が不採択に変わってしまった
ということで訴訟問題になったことがあります
ね モヤモヤしますよね
本当にね
作品そのものがね麻薬を処置しようって
みんなにね悪いことを誘っているような
そういう作品じゃないですし
なんならとってもいい芝居じゃない
いい作品なんですよ多分ね
見てないからわかんないんですけど
でもきっとそうなんですよ
だからこそ芸分身のね
補助金が決まるぐらいなわけですから
でもあります
これってどうなんだろうってね
いまだにこれはね
こうだっていう結論はそれぞれであって
出てないと思いますし
じゃあもう一つね
みんな大好き井上久志さんね
みんな好きじゃないですか
芝居もものすごいいい芝居ばっかり残してますよ
私も難しいことを優しくね
優しいことを愉快にね
みたいなこの残した言葉たちね
ものすごく愛おしく感じておりますし
いい芝居書くよなっていう方なんですが
ただそれは時代だったのか
何なのか知りませんけれども
そこがなかなか悪い時もあったと
家族のことを殴ったり蹴ったりね
とかって
それこそね文春に
スッパ抜かれたっていうこともありましたし
深夜にわたってね別れた奥さんに
ずっと電話して朝までね
いろんな話を聞いてもらったみたいな
そんな話も残っておりますよね
これってどうなんだろうやっぱモヤモヤするよねってことなんですよ
だからそういう素行が悪いとか
公女両族に反するような
振る舞いをした結果
その人が残した作品の
本質的価値というのは簡単に失われるって
基本的には私も思うわけですけれども
でもみんなが
その作品のことをそれでも愛おしいと思うんだったら
ずっとその作品は残り続けるわけですよね
難しいよねってことだと思います
だから基本的に
今日の結論で言いますとですね
今日の時点での結論は
人が生み出す作品なわけですから
人にはそれぞれね
異様なところも異常なところもね
なんかどっかちょっと
世間の断りから外れてるところも
もしかしたらあって
一つでもそれがみんなの前でね
なんかほら
言われるとその人が
作っている作品全部の価値が失われてしまうのか
どうなのかって思うと
ちょっと作品と
作家っていうものの
関係性みたいのっていうのは常に
揺れているというか
こうだからこうっていうね
一つの定説みたいな
ちょっとでも悪いこと言ったらすぐ全部ゼロみたいな
いう関係性でもなさそうだよなと
でも基本的にはやっぱり
良い作品良い魂の中から
良い作品が生まれ続けているんだという風に
信じ続けたいよな
みたいなところもあります
だからこそ一番大事なのはですね
瞬間瞬間というか
瞬間芸じゃないんだからね
作品そのものから出てくる
魅力に
感情だけで反応し続けてしまうと
よろしくないと思うんだよな
かっこいいよねっていう
うわっきゃかっこええ
っていうだけでねいると
かっこよくないその人のことを受け入れられないというか
かっこよくないところがあって
かっこいいところがあるから
総合的に見てかっこいいみたいな
うまく伝えられるかわからないですけど
そういうかっこよくないところも含めて
その人が
作品に向き合ったということに
意味があるということであって
かっこいいところばっかりを感情で反応し続けているのは
まだなんというか
芸術作品を味わうという面で言えば
ちょっと幼稚なんだろうなっていうね
ことがありますだからこそ
前提条件というか
なぜ今このタイミングでこの劇団は
これを作ったのか
なぜこの人にこの劇団は声をかけたのか
制作者や
演出家や劇作家そしてもちろん役者さんたちが
何を思ってこの作品に向き合っているのか
みたいなところをやっぱり大切にする
そこを大切にし
そしてそれをもうお芝居の楽しみにしていく
みたいな見方っていうのは
一見退屈なように見えて
実はとっても大事なことなんだろうなっていう風に
思うわけですよね
ただそういう見方ってなかなか流行らないよな
とも思うわけですけれども
作品分析の話長々してしまいました
芸術を楽しむための前提条件
串田和義さんのお芝居のお話から
カラバッジオのお話
そしてミミズガンのおたくった
字だって美しいよっていう話
いろいろとありましたけれども
皆さんもね
芸術ってなんだろうってことをね
一緒に考えていければなという風に思います
長くなりました
今日もね終わりたいと思います
というわけで芸術というのは
前提条件や意味がないと
本当に楽しめないかもしれない
というのが
今日現在の結論ですが
いろいろとお話がありましたけれども
本日はご視聴ありがとうございました
またお会いしましょう
それではお会いしましょう
ありがとうございました
ではおやすみなさい