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というわけで、本日も始めていきたいと思います。この配信は、20年以上、民間劇場で働き、劇場が閉館したのをきっかけに、劇場のことなら何でもプロデュースする会社に転職した私が、そもそも論であれこれ考えて話すラジオです。
劇場はきっと答えをもらえに行く場所ではなくて、一旦立ち止まって、問いを見つける場所。この配信もリスナーの皆様にとって、問いを見つける場所になれればいいなと思っています。
学校法人、宗教法人、医療法人、社会福祉法人などなど、劇場も劇団も、そのすべての役割を担っているはずなのに、芸術法人がないのっておかしくね?というわけで作ってみました。芸術法人シアターボンド。この空想が現実になるその日まで、芸術法人シアターボンドの代表、宮澤の配信ラジオ、どなたさんもよろしく。
愛知県稲沢市、戦国三英傑の筆頭、織田信長の生まれ故郷とされ、767年、飛鳥時代から続く神宮裸祭りでも有名。また、市内には日本最大の銀卵の生産地としても有名な曽笛地域があり、喫茶店のモーニング文化の源流でもある地域。
自然の恵みと心の豊かさ、人が輝く文化創造都市を掲げる稲沢市に、今年で創立30周年を迎える稲沢演劇館紹介があります。
良い演劇を多くの人たちと、館員一人一人の手で年6回の霊会を主催。前の霊会よりも、館員の数を増やして、劇団創造団体を迎える全霊会クリアを重ねるために、常に事務局には活気があふれています。
楽しく、そして力強く、人と人との繋がりで演劇の灯火を守り続ける稲沢演劇館紹介にぜひご入会ください。
稲沢演劇館紹介
はい、というわけで。
毎週の特性を生かして、週刊劇場ニュースを先週から始めたんですけれども、やっぱね、2つの話題だけで時間使っちゃうよね。
03:03
先週3つの話題でやったから、今週2つだったら時間が余るかなというふうに思って、2つにしてみたところ、やっぱりもうあと4分で12時になってしまうというね。
時間読み下手くそだわ。
もっと考えなきゃいけないですね。
すいません。
もう12時に回りますので、あとはもう録音で聞いていただいても結構ですので。
もう先送り先送りしていくと、新しい話できなくなっていくので、これから本題に入りますので、皆さん大変申し訳ございませんが、もう少々お付き合いをお願いしたいと思います。
というわけで、本題に入りますね。
今週は能力の話という話をいたしたいと思います。
でね、能力の話、どういういきさつでこれを話そうかなというふうに思ったかというと、私ね、最近ちょっと凝ってることがありまして、それは何かっていうとね、組織づくりなんですよ。
どうした宮沢ってことなんですけどね。
まあまあでもね、なんていうか、その組織づくり、組織開発なんてことも言いますけれども。
あのね、私今までね、前の職場ではね、プロデュース公演ね、ということを行っておりましたよ。
これはどういうことかというと、いろんな劇団の人たちからですね、の中からですね、役者さん、それからスタッフをね、そのお芝居のために集めてですね。
一つのチームにして、それでお芝居を作ると。
だから、いわゆる劇団のようなね、ずっとそこに所属している役者さんたちだけでね、お芝居を作ったり、客演といって、劇団のコアメンバープラスアルファでちょっと他の役だけは別の劇団から人を呼んできてっていうような形で公演を打つんじゃなくて。
ゼロからね、そのお芝居のために人を集めて、それでチームを作って、お芝居を作って、お芝居が終わったら解散。
ありがとうございましたということで、また次のお芝居でお会いしましょうなんつってね、で別れていくみたいな、そういうお芝居の作り方をしてきましたね。
そこのプロデュース公演にもね、やっぱり吉橋というものがあって、やっぱりいろんな良いところも悪いところもあるにはあるんですけど、その辺はね、お芝居をご覧になっている方々もね、おそらくはお感じになっていることだと思いますので、劇団の良さ、それからプロデュース公演の良さみたいなね、こともあるとは思うんですけども。
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まあそういうお芝居作りの一線をちょっと退きですよ。今度は劇場を作るとかね、先ほどもね、いろいろ言いましたけれども、自治体に対してこういうホールを作ったらどうですかとかね、こういう今あるこのホールでこういう授業をやったらどうですかみたいなことを提案したりね、コンサルタントしたりする職場にいるものですから、
そもそもじゃあこのホールね、この施設にはどういう特性があるのかとかね、さっきも言いましたけれども、このホールは何のために運営されているのかとかね。
で、じゃあ何のために運営目的というかね、もっともっと具体的に言うと、管理運営計画みたいなのが必ず公共ホールでは策定されており、それも全部公開されているわけですけれども、その一番最初にこのホールはこういう目的でこういう運営を目指して運営されていますみたいなことも歌われておりますよね。
なので、じゃあ運営目的に対して、じゃあその目的を効率よくというか、その方針に基づいてそれを運営できるような民間事業者、つまりは指定管理者みたいなのが、じゃあうちの会社にそのホールの運営任せてくださいみたいなことで、
手を挙げてね、それで見事プロポーザルみたいなものが成立すると、じゃあその指定管理者がそのホールのために、そのホールの目的のためにこういう運営体制を作る。
こういうふうに人を配置して、この歌詞館事業と、それから自主事業の中に歌詞館事業があるわけですけども、自主事業の中の歌詞館事業と、それから運営、プロデュース公演、主催事業みたいなことを行ったりして、というようなことで、
つまりは組織作りのことを、とても勉強をする状況に今あるわけです。多くは言えないですし、絶対に言っちゃいけないこともたくさんあるんですけども、ただ一般論として、私は今かなり組織開発に対して興味があります。
これもともと興味があったのかもしれないけど、そういうものが今仕事になっておるわけですから、ちゃんと勉強しなきゃなと思ってて、出会った本がありまして、これ先週も申し上げたとおりですね。
09:11
衆営写真書から出ている、てしがわらまいさんという組織開発の専門家の方が書いた、「働くということ、能力主義を超えて」という本に巡り合いました。
この本がね、とっても面白かったんですよ。なんかね、今までうっすらぼんやり考えてたことが、完全にシャッフルされるというか、そういう考え方だからこういう生きづらさがあるんだなとかね。
組織で生きるって、今までこういう形でチーム作りとかを考えてたし、それから自分もね、こう見えてね、こう見えてっていうのもあれだけど、管理職みたいなこともやったことがあるので、その管理職の時にはこういう考え方のもとにやってたよなとかっていうことが全部ひっくり返されるような、なんかね、そういう体験をしたので、
ぜひこの本をね、シアター・ボンドンの聞いてる人にも勧めたいって思ったし、それから、このね、働くということの一番のね、惹かれたのはね、この本に一番惹かれたというか、やっぱりそういうことなんだよなと思ったのは、他社と働くことはなぜこんなに難しいのかっていうね、
主題に対してある一定の答えを出しているんですよ。
だからもうちょっとね、今までのこの考え方では、他社と働くことってとっても難しいけれども、もしかしたらこういう考え方をすれば、もう少しだけこの難しさが解きほぐれるんじゃないか、みたいなことをしっかりとした裏付けをもとに提案してくださっている本なんですね。
なので、これはね、かなり進めたいと思いますし、これね、2025年、去年の新書大賞の5位をね、取っているって書いてあるんですけど、あたくしこれたぶん1位取っておかしくないよなと思ってますし。
ちょっと前にね、皆さんにお勧めしたね、ネガティブケイパビリティね、羽化田宝生さんでしたっけ、のネガティブケイパビリティ、答えの出ない事態に耐える力という本を紹介しましたけれども、それに共通するというか、その話も出てきます途中でね。
12:06
てしがわらまえさんどういう方かというと、1982年生まれ、あたくしとほぼほぼ同年代ですよ。
組織開発の専門家で東京大学大学院の教育学研究科修士課程を修了し、外資のコンサルティングファーム。
外資コンサルティングファーム、言い慣れてない。
外資コンサルティングファーム勤務を経て、2017年に組織開発を専門とする小野水株式会社を設立と。
企業をはじめ病院、学校などの組織開発を支援すると。
2020年から乳がんで糖尿中ということなんですよね。
この方ね、私が毎朝、ほぼほぼ毎朝聞いている竹田さてつさんのラジオマガジン。
月曜日だったっけな。
曜日コメンテーターとしてね。
手志がわら舞の今日もマイペースでというね、ラジオコラムコーナーを持っていて。
これもまたね、毎回毎回うならせる内容なんですよ。
これもね、おすすめなんですけれども。
私がおすすめするというか、私がおすすめされた規模としてはね。
全然比べるべくもないほど、月とすっぽんなわけですからね。
でもね、もしよければ聞いてちょっとね、読んでいただいて、なるほどと思っていただきたいんですけれども。
そもそもじゃあ、能力って何よっていうことなんですよ。
それをね、ゼロから問い直しているわけですね、手志がわらさんは。
能力というのは、いわくいうところによると、
そもそも近代以前ね、この日本でいう明治以前の世の中だと、
資能交渉、身分制度があってね。
身分制度というのは、自分の実力とか能力に関係なく生まれによって、
その収入とか、それから社会保障とか教育とか、すべての社会的リソース、
社会的資本みたいなものの受けられる権利とか量が確定してしまっているね。
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つまりは、商屋さんで生まれるのと、どんびゃくしょうで生まれるのでは全然違うね。
受けられるのが違うと、社会的に得られるものが違うと。
どれだけ商屋さんが優れてても、ボンクラでも、商屋さんは商屋さんだからね。
いい商屋さんもいれば悪い商屋さんもいて、どんだけいい商屋さんでも商屋さんは商屋さん。
どんだけ悪の商屋さんでも商屋だから、従わなきゃいけないね。
年にこれだけ商屋っていう夜もなかなか珍しいですけど、そんなに商屋って言わないよね。
そういう形でね、もう確定しちゃってるわけ。
貴族だったら、貴族なりの生活が保障されてるし、水飲み百姓だったら、
どんだけ優秀でも、どんだけいい奴でも、どんだけみんなから愛されてても、百姓は百姓なんですよね。
それって理不尽すぎるよねって言うわけです。
身分によって人生が決まるみたいな、そういう世の中は間違ってるってなって、
世界同時多発的になって、代表格で言えばルソーの社会契約論などなど、民主主義みたいなものができてきてですよ。
身分じゃなくて、みんな平等で、祭り事を行うのもみんなのね、
塾技を経た投票によって決まる人にお任せするけれども、
でも将軍家に生まれたからその人に任せるっていうんじゃなくて、その手続の中に民主的に関わり、
そしてその手続の先にあるその結論によって世の中を運営していく人の、
それを決めようよと、そういうようなね、民主主義みたいなことを一人一人が大事にされるような世の中にしていこうよという風になったわけですよね。
でじゃあ、とはいえです。身分制度の時はもう簡単だったわけですよね。
貴族は貴族でたくさんもらえるし、百姓は百姓でちょっとしかもらえないし、
貴族は何もやってなくても社会保障されてるに比べて、
工作人はもうどんだけ頑張っても年貢として税金を持ってかれるし、みたいなところをもうやめて。
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みんながね、等しくね、その納税とかね、いろんな義務を負って社会をつくっていこうよということになったとね。
じゃあね、とはいえですよ、みんなに対していっぱいのね、その社会的な資本をね、みんなにいっぱいいっぱいあげられればいいんだけども、やっぱり限りある資本。
たくさんの資本が得られる人とちょっとしか得られない人っていうのはやっぱりどうしても出てきてしまうと。
資本家みたいなことでね、資本主義みたいになっていくわけですけども、いっぱいお金を持っている人もいればちょっとしかお金をもらえない人もいるし、
それをね、どういう形でね、決めていくかみたいなことを生まれとかじゃなくて、
ちょっとこう、もっと平等なやり方ってなかったっけ?
もっといろんなことを考えて、平等にそれを配分できるようにするにはどうすればいいんだっけっていうことを考えた上で出てきたのが能力主義だと、
せしがらさんは言うわけですよね。だから、身分制度の次に社会的になされた設定だというわけですよね。能力主義というのは。
だから、どれだけね、自分で努力したかによって、その努力に見合ったその見返りが得られる。
それを能力で判断する設定にして、で、一生懸命頑張って能力を高めた人に対してはいっぱいお給料を得られるし、
ちょっとしか能力がなくて、ちょっとしか努力ができない人、実力がちょっとしか発揮できない人に対しては申し訳ないけど、
これだけしかあげられないよっていう社会的な設定にしたんだと言うんですよね。一見それってものすごく機会が平等だよねって思うんですよ。
確かにその通りかなーっていうふうに思うんですけれども、これね、この話をしようと思っていろいろ思い出したんですけども、
面と向かってね、こういうことを私ね言われたことがあって、これちょっと誰って言ったらね、大変過度が立つし、
その人の名誉に関わることなので、誰とは絶対に言えないんだけども、宮沢さんと、何ですかと。
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私ね、この世の中はね、不平等だと思うと。
あーそうかと。
その心は何で?聞いたら、努力をすればするほどね、累進課税でね、たくさん税金を納めなければいけないと。
一生懸命ちっちゃい頃から勉強して、私立の中学校入って、優秀だ優秀だ言われて、高校も5,3系と言われるような高校入って、
その中でもすごい実力の中で、やっぱり勝ち残ってね、トップ10の中に入れるぐらい一生懸命、一生懸命自分で努力して、
なんとかね、優秀の、日本でも優秀と言われる優秀な大学を卒業しですよ。
それで、誰が聞いても知っているような超大企業に入ったと。
その人、その企業に入った人なんですけども。
で、やっぱりそれだけのね、努力をしたわけだから、それぐらいの、それ相応の給料を得られて当然だし、そこまではいいと。
いいけれども、じゃあなんでね、そんだけ努力して自分の力で稼いだ、高い給料の中で、
だと、納税の割合も上がっちゃって、たくさん納税しなきゃいけなくなるんだと。
それはね、努力の賜物で、自分の努力の賜物で自分の能力を手に入れて、
それだから、たくさんお金を自分の力で稼いでるのに、全然稼いでない奴がちょっとしか納税しなくてよくて、
私すげえ頑張ってんのに、それ相応の金額を納税しなきゃいけないと。
努力が足りねえ奴からたくさん取れよと。
頑張った奴は頑張った通りにね、認められて当然だし、そんな頑張った奴からいっぱい取るなよと。
笑っちゃうよね。
そういうふうにね、面と向かって言われたことあるんですよ。
よくこの私に向かって言えたなと思うんですけども。
まあまあね、私がそういうね、それと真逆の思想を持っているとは言ってないからね。
話聞いてくれそうだなと思って言ったんだと思いますけども。
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私はね、だからそういう意味でね、とても不平等だと思うと言うんですよ。
それでもう私としてはゼックしてしまってですね、ニノックがつけないというか、
うわーこういう考えする人もいるんだなーって思って、もうなんか話にならねえなってもうそこで会話を終えてしまったんですけれども。
やっぱりね、今でもね、新自由主義とかね、実力主義とかってことを考えると、その人の顔が浮かぶんですね。
それで不平等だと。頑張った奴からいっぱい取るなよってね。
でもどうですか皆さんね。それって果たして正しいかなって思うんですよね。
じゃあね、最たるもので言えばですよ。頑張りたくても頑張れない人がこの世の中にいるわけですよね。
で、例えば先天的にどうしてもね、この社会において高級取りと言われる、例えば弁護士さんとかね、お医者さんとかね、それから何だろうな、何とか生児の重役とかね。
そういうのにつけないような先天的な何かそういう身体的特徴を持っているとかことになると、努力したくても努力できないわけですよ。
で、それからね、例えばそういう状況、先天的なハンディキャップというかね。ハンディキャップって言い方がなかなか難しい。
障害があるとかね。そういうことじゃなくて、先天的なそういうものが生まれてこなかったとしてもね、でも後天的にですね、そうなってしまう可能性もありますよね。
あとは一時期ね、嫌な言葉だなと思ったのが親ガチャね。両親がとても貧乏でね、とかあと一人親家庭に生まれたとかね。それはその本人の努力に関わらずですよ。
その過程に生まれたっていうことは、努力しようにもしきれないところがあります。だからスタートラインがまずもう違うわけですよね。
だから努力ができる状況の中で生まれたから、努力ができたわけですね。だからあなたが努力できたのは、それ相応のスタートラインに立てたんだっていうことがまず抜け落ちてるわけですよね。
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で、みんなが一斉に同じスタートラインで走り出したと思っている。しかも、個人の能力を数値化というか、見える化、顕在化するのは、学校教育においては変数ですよね。
つまりはテストの点が良かったから、その人を優秀だと学校が判断したというだけで、優秀か優秀じゃないかは尺度が常に入れ替わるわけですよね。
学校の中において優秀だとされている点数を取るために決まりきったというか、点数を取るための努力ができたというだけであって、その人が本質的に優秀だというわけではないですよね。
つまりはですね、能力があるとか優秀だということは、その時その時によって全然違うわけです。流動するわけです。
だから小学校では振動、神の輪っぱと書いて振動と言われた人が、中学校に入ったら不登校になってしまうとか、でも1年復帰して高校ではバンド活動をやってモテまくるとか、その時その時によって状況は変わっていくはずなんですよ。
で、なんなら高校でバンド活動をやって盗んだバイクで走り出した結果ですよ。みんなからすごいファンがめっちゃついて、そのまま芸能界入りするんですよ。
そして芸能界入りしたらもう大スターになって、ただ自分のなんかそういうものが巨像とスターとしての自分と本当の自分のギャップにあれして、それでみたいな。
そういうのがあるじゃないですか。誰のこと言って。だからその時その時、その組織その組織によってその人の能力とか優秀さっていうのは完全に変動していくわけですよね。
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だからおでこに優秀ってね、筋肉マンみたいに肉みたいに優秀って書いてあればわかるよそれは。この人優秀なんだなってわかるんだけど、そういうわけじゃないじゃないですか。
だからね、能力主義って言った時に、例えばその会社でその人優秀だよね、能力あるよねっていうのは、与えられたタスク、与えられた仕事に対して偶然その人が向いてた。
例えば営業さんに営業部の営業一家のAチームに宮沢が所属して、そしたらその営業部、営業一家、Aチームのやるべきことは電話をかけることだったとかね。
電話じゃないよ、音声配信をやることだったと。どういう会社なのかわかんないけど。毎週毎週音声配信をやったら能力が高いとされるみたいなね。営業部、Aチーム、営業一家、Aチームね。
だとしたら、宮沢はね、超優秀な人材ですよ。なんだけど、例えばBチームに移動した時に、喋らないっていう能力ね。何かをやる時に喋らないっていうのが一つの能力だと評価されるってなった場合は、完全に宮沢の能力が地に落ちますよね。
何やるんでも喋っちゃうから、宮沢はね。まあまあ、次は何やろうかなみたいなこと言っちゃうからね。これダメだよ、絶対ダメ、そんなもん。だから急に評価されてたものが、評価が地に落ちますよね。
つまりは、同じ会社においても、部署部署ごとに能力っていうのは評価されたりされなかったりするわけだし。何ならですね、例えばこういうことがありますよね。
私もね、管理職だったので、管理職当時はですね、いわゆる部下と呼ばれるというかね、私が管理職である部署の人たちの人事評価みたいなことをしなきゃいけないんですよね。
で、この人は能力があるかないか。与えられた仕事に対してどれだけのパフォーマンスをしてるかみたいなことを日々日々観察しなきゃいけないんですよ。笑っちゃうよね。笑っちゃダメ。
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こうやって真剣にその人がちゃんと仕事できてるかどうかを確認、確認チェックするわけですよ。この人頑張ってるなとかね。前はこれだけしかできなかったけど、今期こういうふうにできてきたなみたいなことをね、評価するわけですからね。
で、だからその人に個人面談みたいなのをしてね。で、君、ちみちみとちょびヒゲつけてね。ちみちみって言ってね。前期はこれはできなかったけど、今期できるようになったねって言って。
で、「じゃあ10点満点中10点だ!」ってね。点数つけたりなんかしてね。で、「ありがとうございます!」みたいなことになって。それで、片谷B君B君とね、ちみはね、前期こういうことを言ってたけど、こういうことをやりたいって言ってたけども、今期もできてないじゃないかね、ちみ。
10点満点中3点だ!なんつってね。点数つけるですよ。そしたらそのB君がね、怒っちゃって。違いますと、今じゃないと思ったんです。
前期はこういうふうなことでやりたいなと思ってて、今期は別の業務が立て込んでいるために、今じゃないと思ったんです。だから、来期これはやりますと。で、私はその能力がありますと。
言い切った場合、「そうかね。じゃあ来期期待してるから3じゃなくて4にしとこうか。」みたいな。そういう世界ですよね。つまりは、自分の能力がこれだけあると。で、前期こういうことをやって、今期はこう思っていて、で、来期こういうふうに思っているから、みたいなことをしっかりアピールしたもん勝ちになるわけですよね。
何それって思うわけですよ。そんなことでね、能力があるないなんて分かるわけねえじゃんと思うし、そもそもね、同じチームなんですから、この人はこういう持ち味があって、で、あの人はこの人ができることはできないけれども、あの人なりにできることがあると。
だから、すごいね、外へ出てっていろんな人といろんな話をして、営業のお仕事をして、話を取ってこられる人もいるけれども、毎日毎日ね、デスクに座って、同じ時間に同じ業務を行うことはできない人がいたとして、逆に外には絶対に出たくないし、
人と会うとすごい震えてしまって、何にも営業行為みたいなものはできないけれども、同じ時間に来て、同じことをただひたすら毎日毎日続けられる人もいるわけですよね。
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で、それが、その2人が合わさることによって、その部署の業績が上がっているとして、ね、で、アホなね、その管理職になると、次々に仕事を取ってくる人のことを優秀だと言って、全然仕事を取ってこないけれども、毎回毎回地味な仕事を毎日のように繰り返している人のことは優秀だとは言わないわけですよね。
おかしくねって思うわけです。
その2人が合わさって、初めて部署、部署内の業績が成立しているのに、方やそのね、外に行く人、行くのが得意な人だけが評価されて、能力があるというふうにされて、その毎日毎日同じことをやっている人は全然評価されないってなっちゃうと、
毎日毎日同じことをする業務というものがないがしろにされていって、なんならね、同じ時間に来て同じことをする人がどんどんどんどんいなくなってっちゃいますよね。
そうなると、みんな外へ出ていって、みんな好き勝手なことやって、仕事ばっかり取ってきて、誰もそれを処理する人がいなくなっていくっていうね、ちょっと考えればすぐにわかるようなことができていなくなっていくわけです。
なんならですね、この部署でこれだけの売り上げを上げなければいけないって言われたときに、例えば次の期でそれが達成できなかった、これはなぜって言ったときに、この働くということにも指摘されていましたけれども、
この部署がこういうふうに業績が上がらなかったのはなぜって言われたら、それぞれのメンバーの能力が低いからだって、個人の問題にされちゃうんですよね。会社の問題なのに、組織の問題なのに、全部個人のせいにされてしまうんです。
これってね、めちゃくちゃ怖いことなんじゃないかと思うんですよね。むしろね、さっき話したように、外に出る人と、それから中にいるけど、中で同じことを繰り返し繰り返しできる人のキャスティングによって業績が上がっていってるはずなのに、
外に行ってばっかりで、同じことを繰り返せない人たちばっかり集めた結果、この部署が業績が上がらなくなってしまったっていうのを、お前らが同じことをやれないからだよって言うわけですよ。おかしいでしょ、それは。
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だって組織側がちゃんとキャスティングしてないだけなんですよ、それはね。結局、組織マッチングがうまくいってないだけ。で、一人一人の持ち味を組織側が判断できてないだけなんです。
なのでね、能力とか優秀さっていうのは、その時その時によって変動するよね。つまりは、能力なんてまやかしだよねっていうことから組織作りを始めませんかっていうふうに、手塚あらまえさんは言うわけですよ。
なるほどなと思ってね。で、自分のことを思い出すと、ああそうだなと思ったのが、わざとキャスティングっていう言葉を言いましたけれども、お芝居の世界なんですよ。お芝居の世界のいいところは、めちゃくちゃ照明のことしか考えてない。
言い方みたいな。あれだけど、もうね、そのシーンそのシーンにおいて、いかに自分、演出家がこういう光が欲しいとかね。で、全くその演出がね、何も、あなたの光が好きだからあなたにお任せしますだったら、
例えばじゃあ、この本の中のこの一瞬にこういう明かりがあると、おそらくこのお芝居はもっとこうなるだろうっていうことをしか考えない人ね。
とかね、あと音楽でも、いやこの音楽じゃなくて、こんなに悲しいシーンだからこそ逆にこんなに明るい曲を流すと、逆効果でめっちゃ悲しくなるみたいなことをずっと考えてる人ね。
あとは、悲しいっていう表現を嬉しそうにやることによって、悲しさがより引き立つっていうことをずっと考えながら日夜ご稽古をする役者さんとかね。それぞれなんですよ。お芝居の現場ってね。
誰が優秀で、誰が能力が低いとかそういう話じゃないんです。それぞれの持ち分ね、それぞれの任された仕事に対して全力でかかるんですよね。で、その結果がお芝居全体の質を向上させているから。
なんかその、あの人ってすごいセリフうまいけど証明は当てられないよねって。超ナンセンスな話で。そこでなんか別に、役者さんに対して証明の能力がないとかって言うのって、そもそも間違ってるしね。
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お芝居の世界では共通の能力みたいなことはね、そもそもないっていうところから始まっているから。
じゃあ同じ役者さんとかキャスティングって話でも、全員が全員ハムレットができなくていいんですよね。当たり前ですよねこれね。ハムレットの役があってね、ガードルードの役があってね、で、ローゼン・クランツとギルデン・スターンがいてですよね。で、オフィリアがいるからハムレットなんですよね。
当たり前だけどね。全員オフィリアじゃなくていいんですよね。だからオーディションをね、私も何度もね、制作として関わって、で、この役に対して何人かのオーディションを受ける方がね、演技をしてくださって。
それで、うわーこの人上手いなーとか、この人のこういう演技いいなーとかっていう中から、今回のこの演出家が狙うこの作品のこういう役にはこの方の持ち味が合ってるなとか。残念ながらすごく上手いし、こういうことさせたら多分この人にかなう人なかなかいないよなっていう人でも、今回のこの演出のこの役には向かない。
ね、合ってないってなったら残念ながらっていう風になるんですよ。だからね、役者さんの能力が高い低いで選んでるわけじゃなくて、役ととかこのお芝居にとってこの方のこの持ち味が必要かどうかみたいなことでオーディションっていうのは考えるんで。
優秀か優秀じゃないかとかね、能力があるなしでもね、決められないんですよね。逆に考えると。で、なおかつ役者さんが一番難しいなと思うのは、ある一定の、まあ言ってみれば能力というかそのお芝居に対する情熱とそれからそのセリフ術みたいなことと、あとは知識とか経験とか。
ある一定の水準を超えるとですね。
なんていうかな、これちょっとうまく言えないな。
じゃあ例えばポケモンじゃないかな。
あんまり知らないことで例えるのもあれだけど。
例えばカードゲームみたいにね。
SS級とかね。
息子がほらあのポケカを今ねコレクションしてるからなんかよく見るんですけども。
ウルトラレアとかね。
それからスーパーレアとか。
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なんかそういうこうカードカードによってランクがついてるわけですよ。
で、やっぱりそのカードにはね、戦闘力みたいな攻撃力がなんとかで。
防御力がなんとかで。
技がこういう技が使えてみたいなことが一応決まってるカードになってて。
で、ランク付けしてですね。
だからこの役者さんSS級だよねとか、この役者さん残念ながらB級だよねとかね。
そういうのがね、実はないんですよ。役者さんって。
これがね、難しいとこ。
だからね、みんなSS級なんですよ。
言ってみればね。
ある一定のその役者さんとしての修行をやって。
だからまあ、落語家さんと似てんのかな。
前座さんから始めてね。
2つ目、親打ちってなったら親打ちから先はもうないの。
そういうランクが。
で、ある一定のその役者さんの修行を終えた人たちっていうのは、優秀か優秀かじゃないかじゃないんですよ。
もうただ、持ち味がこういう持ち味か違う持ち味かでしかないから、能力主義じゃないんですよ。
これがね、逆に難しいとこだと思う。
なんなら、みんなね、その細かくランクが決まっててね。
Bプラスから次はAマイナスになりましたとかね。
そういうので機械的に決められるんだったら、お互いにとってね。
私まだBプラスだからAマイナスしかできない役はつけなかったなっていうね。
で、選ぶ側も申し上げないけど、これAマイナスだからBプラスの人はちょっと無理だよとか。
そういうことだったらね、分かりやすくていいんだけど、そんなの一切ないんですよ。
だから私がずっとこだわってたのは、その人の能力がうんぬんじゃなくて、持ち味が合ってるか合ってないかでしか選ばなかったし。
みんな多分そうなんだと思う、実はね。
だからね、持ち味が合わなかった。
残念ながらね、この人の持ち味と演出が目指していたこの役とはちょっとずれてたっていうのがいわゆるミスキャストであって、
その人が能力が低かったっていうことではないんですよね。
それはね、むしろこの働くということ、能力主義を超えてという本を読みながら、
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いや、お芝居の世界って実力主義とか能力主義のように見えて、実は全然違うなっていうことに気づけたんですよね。
だからもっとね、お芝居をキャスティングしたり、お芝居のチーム作りをもっともっとね、
うまいこと言葉にできたら、もしかしたら今閉塞しているようなこのクソ能力主義みたいな社会に一石を投じることはできるんじゃないかなみたいなね。
そんなことをちょっと考えたんですね。
どうなんでしょう。いや、とはいえ宮沢くん、やっぱり実力主義は実力主義でしょうかね。
こういうこともあるよとかね、あると思うんですね。
ので、ちょっと長くなって申し訳ないんですが、この能力の話に関してもですね、毎回のように申し訳ないんですが、異論反論ね、お待ちしております。
まずはですね、この手塚原まいさんのですね、働くということをちょっと読んでいただいてですね。
それでまた宮沢と話を聞いていただければと思いますし、何か違うよってことがもしあったらお聞かせいただければと思います。
なんかね、じゃあじゃあじゃあじゃあ能力主義じゃないんだったらどういうやり方があるのよってところは、芝居の作り方って結構そういうとこあるよなっていうぽんやりしたことでしかまだ言えないんですけれどもね。
でもキャスティングの哲学みたいな、その例えば演出家がキャスティングするっていうことが、実は演出の仕事の7割それで決まるよっていうこともありますし。
この人いいキャスティングするなっていうのが一つの演出家のいわゆる能力みたいなねことかもしれないですし。
じゃあそのキャスティングをするような演出家をキャスティングするというか、この作品をこの演出家にお願いしたという制作者の実力みたいなのがあるわけですけども。
でもでもでも、それによってね、共通の能力が測られるわけじゃないですしね。
なんかそれぞれの、それぞれの能力しかもね、これあの働くということにも出てきましたけど、じゃあ例えばお医者さんもね、そうで。
お医者さんになるためにはお医者さんの免許がいるわけですし、あの医学をね、すっごい勢いで勉強しなきゃいけないですしね。
あらゆるその不足の事態に対しても、冷静にその医術をね、使えるようなそういうこう、冷静さみたいなね。
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ちょっと常人ではありえないような冷静さみたいなのが求められますけども。
でも同じ医者だとしても、白い巨頭に出てくる財前教授みたいなね、ああいうね、ああいう天才的なお医者さんもいれば、ドクター小棟みたいなお医者さんも出てくるわけですよね。
だからどっちが財前教授もドクター小棟も優秀ですよね。
ただ活躍の場が違っているだけで、で、その状況の中で自分の持ち味が出せているから能力があるとされているけれども、これが逆転しちゃったらね、財前教授がね、離島に行ってね、活躍はできないですよね。
ドクター小棟が白い巨頭に行ったらね、全然活躍できないですよね、これはね。火を見るより明らかですよね。
ちょっと両方とも見てなければわからないと思いますけども。
だからお医者さんの能力って言ったとて、その場その場によって偶然決まったところでしかないわけだから、
ちょっとそろそろそういうなんか能力だけで人を判断するね、まやかしの設定である能力でしか人が判断できない社会っていうのはそろそろやめようかっていうねことなわけです。
というわけでエンディングでございます。
今宵のお話はいかがでしたでしょうか。
能力主義で本当はまやかしかもしれないというのが今日現在の結論ですが、異論反論反賛成反対いつでもお待ちしております。
劇場は人間そして人間とは思って話し合って考えて忘れてまた思う生き物。
劇場とくっつく劇場にくっつける劇場でくっつくこれからも社会と劇場をくっつけるボンドの時間を続けます。
芸術法人シアターボンドのラジオお相手は法人代表の宮澤でした。また次の配信でお耳にかかります。おやすみなさい。
この番組は鶴岡市民劇場、藤枝市民劇場、一般社団法人名古屋演劇館紹介、加藤健一事務所、東京演劇アンサンブルの提供でお送りいたしました。