冒頭の挨拶と熊本地震への思い
自然の恵みと心の豊かさ、人が輝く文化創造都市を掲げる稲沢市に、 今年で創立30周年を迎える稲沢演劇館紹介があります。
良い演劇を多くの人たちと、館員一人一人の手で、年6回の霊会を主催。 前の霊会よりも館員の数を増やして、劇団創造団体を迎える全霊会クリアを重ねるために、常に事務局には活気があふれています。
楽しく、そして力強く、人と人との繋がりで演劇の灯火を守り続ける、 稲沢演劇館紹介にぜひご入会ください。
稲沢演劇館紹介
はい、こんばんは。
本日は7月の30日、木曜日22時00分33秒を回りました。
こんばんは。芸術法人シアターボンド代表の宮沢和彦と申します。
今宵もよろしくお願いいたします。
話したいことは山ほどあるんですよ、今日もですけれども。
まず最初に言いたいのは、熊本の皆様、とても心配しております。
霊会直前なはずなんですよね、確かね。
今はだから、前進座かな、そうですよね。
霊会直前のはずなんですよ。
そんな中でのね、あの大きな地震、もう本当にね、背筋が凍るような気がします。
自分がもし、そのね、当事者だったらってことを考えると、なんかのんきにね、
芝居の話なんてやってる場合じゃないんじゃないなんていう同調圧力もね、感じるわけですけれども。
でもね、違うと思います。
やっぱりこういう時だからこそ、お芝居の良さとかね、劇場の良さ、楽しいこととか大切なことを、
自分たちの立場、自分たちの場所でですね、話し続けること、これが一番大事なんじゃないかと思いますし、
東日本大震災の時もですね、それから阪神淡路大震災の時もね、
前回の熊本地震の時もね、大災害の時はいつもそう思うんですけれども、
やっぱりね、今精一杯のことを自分なりにやることが一つの応援になるというような思いでおります。
なのでこの芸術保持シアターボンドのラジオはですね、
今日も平常運転で行います。
何か災害とは、震災とは、みたいなね、お話はまた改めてということになりますけれども、
いつかはね、そういう話もしなければいけないというふうに思いますが、
本日はですね、予告通りのですね、外来語には気をつけろの話ということで行かせていただきます。
この配信はですね、そんな速攻性のあるものではございませんし、
日本を代表するような社会の後期と言われるような、そういうメディアではございません。
あくまで私個人のですね、芸術保持シアターボンドという架空の法人のですね、
一個人のパーソナルな配信でございます。
こんなご時世にそんな馬鹿みたいなこと言ってんじゃないっていうことじゃなくてですね、
気を要する方、それから今まさにその当事者にある方はですね、
少し元気が出た時にお楽しみいただければと思います。
まずは身の危険からですね、身を守るための行動を最優先にしていただきたいと思います。
冒頭に話したかったことは以上でございますけれどもね、
やっぱりこう、あれだけの大災害ね、まざまざと風景を目に目の当たりにしますとですね、
メディアを通じてですけどもちろんね、何かこう言葉にならない思いがいろいろ巨大するわけですけれどもね。
うまく説明できないですけれども。
でもね、今を生きるというかね、今生きている場所でですね、精一杯のことを楽しむということが、
やはり人間の生きる道なんじゃないか、みたいな風に思うわけでございます。
というわけで、今日も行きたいと思います。
芸術法人シアターボンドのラジオ、よろしくお願い申し上げます。
もうね、どんどんね、行くよ今日は。話したいこと山ほどあるからね。
配信の趣旨と過去の配信の反省
ほら、こうやって音楽を流してからですね、原稿をね、書いてあるメモを立ち上げるっていうね。
この何ていうの、注意力3万な感じね。
この配信は20年以上民間劇場で働き、劇場が閉館したのをきっかけに、劇場のことなら何でもプロデュースする会社に転職した私が、
そもそも論であれこれ考えて話すラジオです。
劇場はきっと答えをもらいに行く場所ではなくて、一旦立ち止まって問いを見つける場所。
この配信もリスナーの皆様にとって、問いを見つける場所になれればいいなと思っています。
学校法人、宗教法人、医療法人、社会福祉法人、劇場も劇団もそのすべての役割を担っているはずなのに、
芸術法人がないのっておかしくね?という思いで作ってみました。
芸術法人シアターボンド。
この空想が現実になるその日まで、
芸術法人シアターボンド代表宮沢の配信ラジオをどなたさまもよろしく。
よろしくごし…
最後で噛んだ。
どなたさまもよろしくご卑怯に。
この配信は鶴岡市民劇場、
藤枝市民劇場、
一般社団法人名古屋演劇館紹介、
NPO法人町田演劇館紹介、
稲沢演劇館紹介、
加藤健一事務所、
東京演劇アンサンブルの提供でお送りいたします。
よろしくお願いします。
町田演劇館紹介は1984年2月に
身近な町田市民ホールで演劇を定期的に見て
日々の生活の中に心の潤いを持とうという趣旨の下
18名で準備会が発足しました。
身の回りの人や各種団体に会の趣旨を根気よく伝え
少しずつ賛同者を増やし
同年11月に知人会ソーションスケッチブック
会員数560名
1985年1月には文学座マリウス
会員数700名の医療公演を成功させました。
そして1985年3月には会員数999名となり
創立例会として劇団青年座トンゾコを2ステージで上演し
同月の創立総会を経て
正式に町田演劇館紹介が発足しました。
2016年2月には好人格を取得し
NPO法人町田演劇館紹介として活動を行っています。
演劇を地元で見続けたいという会員の思いが会を支え
40年以上にわたり多様なジャンルの作品と出会い
感動を会員相互で共有しています。
また若い世代に舞台芸術の魅力を知るきっかけを届け
将来の歓劇文化を支える仲間が増えていくことを願っています。
その取り組みとして高校生、大学生、専門学生などを無料で招待し
若い世代が気軽に芝居に触れ合える環境を整えています。
町田演劇館紹介
はい、今日のテーマはですね
外来語には気をつけろという話でございますけれども
まず先週の反省の弁から述べたいと思いますが
先週ね、ほら、皆さんたくさんの方に聞いていただきましてありがとうございました
倉田さんね、倉林誠一郎日記を一生懸命ね
変算したというか、変じゃね
本告って言いましたね
手書きのクセ字の、倉田さんのクセ字でね
ぐちゃぐちゃって言ったら怒られるかも
書いてある手書きの日記帳を5年間分もですね
活字に起こしてですよね
それで読み解いて、一個一個の事実関係などなどもね
一応この調べてですよね
で、一つの一冊の本にまとめたっていうとどもないようなね
作業を達成された
後藤隆輝先生ね、ゲストにお招きいたしましてですね
それで、倉林誠一郎のことについてね
それから、そこから炙り出される
第二次世界大戦、太平洋戦争
終戦後、敗戦後の
5年間のね、日本がアメリカの占領下になったっていうね
そういう大変な時期にですね
劇団制作者として奔走した倉さんのね
この、なんていうかな
制作者としての生き様みたいなところに触れながらですよね
その世相というか社会みたいなものをね
語り合いながらみたいなね
感じで考えてたのにもかかわらずですね
あたくしの声しかきれいに届けられなかったというね
これ大反省でございますよ
後藤隆輝先生の声、全然聞こえないでやんの
もうだから、ゲストの回なのに
ゲストの声が聞こえないっていうね
この、なんていうの、不条理劇みたいな
これね、あたしね、まあ反省しました
この1週間ね、何度も何度も聞き直してね
これね、なんでね、ああいうことが起こるかというとですよ
このね、配信してる間ですね
後藤先生の声ね、あたくしはきれいに聞こえてたんですよ
でも配信に乗ってなかったっていうね、うまくね
これがね、市場の範囲でございます
で、やっぱり残念だし
後藤隆輝先生のね、あのね、トツトツとしたあの感じね
あたし大好きなんですけども
あの、とぼけてるような感じの
あの感じをもう少しね
このシアターボンドを楽しみにしてくださる皆さんに届けたかったっていうのがね
まあ、本来の裏テーマでもあったわけですから
これ、あの、なんていうの
これやり直しだ!っていう
やり直し!ってね、思ってるわけです、あたしね
おかわり!やり直し!リベンジ!っていうよりは
おかわり!っていうね、感じのイメージで
なので、今後ですね
1週間後、2週間後くらいまでにですね
後藤先生との配信をもう1回やりたいと思います
ね、倉さんの話2
パート2ということで
しかもですね
スペース配信でやるとまた同じようなね
同じ鉄を踏む可能性があるので
パート2に関しましては
ちゃんとね、あたしが
後藤先生とお目にかかってですね
一緒の部屋でですね
録音をね、してきて
2人で話したのを全部綺麗に録音してきてですね
それをちゃんと編集して音源を作りましてですね
それをライブ配信で流す形にしたいと思います
もちろん切りながらですよ
ね、あたしがその時感じたことなどを
ご実談として交えながら
ライブ配信で交えながら
録音してきた
その音声を皆さんにお届けするというね
これは間違いないでしょ
「あの夏の絵」と「魔法老女ポストキュア」の感想
ここまでやれば間違いないでしょ
ね、あとほらあの
なしごれん時代もね
1回そういうことやったことあって
うん、あたしがね、あのね
飽きた無邪悪、いじかった良し記念
青年劇場、ね
青年劇場のね、劇団事務所にね
乗り込んでてですね
フライデー事件かっていうね
もうわかる人いねえんだからこれもう
ほんとに
乗り込んでてですね
機材持って
機材って言ってもそんな大げさなもんじゃなくて
もうほんとね
A4サイズぐらいのポーチに全部入っちゃうようなね
コンパクトなやつなんですけど
そのね、配信
グッズがギュギュに詰まってる
A4ぐらいの大きさのポーチをですね
握りしめてですよ
それで朝ですね
朝だったな
新宿御苑にあるですね
飽きた無邪悪、いじかった良し記念
青年劇場の事務所にね
行ってですよ
それで
役者さんね
インタビューを取るっていうようなことを
したことがありましたよね
ずいぶん前ですよ
初期ですね、なしごれん初期の
新劇エコヒーキ第何回かもう忘れちゃったけど
やりました
あとそれからほら
日本新劇政策者協会のね
研究集会を
私が司会進行だったっていうのもあるので
ほら
全国のね
事務局長さんたちを
東円パラータに集めてですよ
それで
演劇鑑賞団体の展望を語り合おうなって
研究会やった時の模様をですね
なしごれんで
配信するってこともやりました
あれも恩恵んでしたよね
だからもうやったことがあるからね
うまくいくともそれはさすがに
頼むよ本当にってことなんですけどね
なのでおかわり配信やりますね
ぜひお楽しみになさっていただいてですね
あ、後藤先生ってこういう話し方なんだってね
もう1回ちゃんと聞いていただきたいと思いますし
話はですね
もう少しこうなんていうの
深い話っていうか
もっとね
本の内容に関するね
話をね
交えたいと思いますし
私ね
倉林誠一郎日記ね
ずっと何度もね
読んでるんですよ
全部読み終わっちゃったんですけど
でももう1回読もうと思って
自分の好きなところ
どこかなとかっていうのをね
またベタベタね
付箋貼ってね
この日の倉さんいいなとかね
この日の倉さんだめだめだなとかね
結構読んでるんですけど
やっぱあのほら
一面的にね
倉さんから見たその時代の
人間模様
社会世相みたいなね
倉さんの目でしか見てないから
それもなんかフェアじゃないなと思うので
同時代
同時期を描く
何か別のね
演劇小新劇の歴史を語る
本もね
読まなきゃなと思って
1冊ね手に入れました
まだね開いてもないんですけども
アリア物語っていうね
本があるんですよ
これもねなかなか面白そう
アリアっていうのは
アリアじゃないですね
G線上のアリアのアリアじゃなくて
ほら
アンとね
虫のほら
アリっているでしょ
アリンコのアリね
アリンコのアリに
屋根の屋って書いてね
アリアっていうね
カフェがあったんですよ
倉林誠一郎日記の中にも出てくるんですけど
アリアに行ってきたってね
結構書いてあるんですけど
当時のですね新劇の役者さんとかね
それから作家とかね
演出家とか
いろんなその新劇人たちが集ったですね
アリアというね
喫茶店があったとね
でそこを軸にですね
その当時の新劇人の人間模様を描く
アリア物語というね
本がありまして
その中にはですね
よりねこうなんていうのフェアにというか
あの当時のうのじゅうこと
うのじゅう吉さんやんですね
たきざおさむさんなどなどの
いわゆるこの民芸系の人たちも出てくるし
それから共産党のね
結構ほらあの当時の共産党ってほら
今よりももっと力があって
社会統計共産統計というのもね
ほら戦後間もないわけですからね
やっぱりそっちの方に社会が偏ってたね
時代でもあるので
その
ハイユーザー
劇団ハイユーザーの中の
共産党の細胞というものが
解散するっていうようなことが
大きなね事件
事件というかその報道ね
新聞沙汰になるっていうこともあったようなんですよね
その辺のところの記殺なんかもどうやら書いてあるみたいなので
倉林誠一郎日記と合わせてですね
アリア物語をねちょっとこれ読もうかなというふうに思ってて
でそれが多分その
まあ時間があったらですけども
その
おかわり配信
倉林誠一郎おかわり配信の
までにですね
宮沢これちょっとバラッとですけど読んでですね
それでまたその配信に臨みたいな
こういうふうに思ってるわけでございますよ
だからよりこう重層的に見る
新劇史みたいなね新劇の歴史
みたいな
体でですね
これやりたいなというふうに思っておりますので
こうご期待でございますね
これが1点目
それからですね
これもう一つですね
まあ今日はねちょっと話したいこと多いんだよな
あのですね
私ねここここんとこね
先週からですね
今週にかけてですね
2本芝居見たんすよ
ね2本ね
これ1本目がですね
この
芸術法人シアターボンドのですね
提供ね
そんな大げさなもんじゃないけどね
CMを出してくださっている
東京演劇アンサンブルのお芝居で
これほら
ねあの魔法少女じゃなくて
魔法老女
ふざけてるよね
面白かった
魔法老女
プリキュアじゃなくてポストキュアね
魔法老女ポストキュアっていうのを見てきたんですよ
吉祥寺シアターでねやっておりましたけども
面白かったね
あれあの私の
個人のねTwitterのアカウントで
何度もね
何度もというか2回ほどね
3回くらいかな
感想を述べてしまった
思わず感想を述べてしまったんですけども
面白かった
でほらあの
去年の
去年の秋に
芸術文化振興会のね
助成金の申請があって
それが今年の3月に
どこが採択されたかっていうのは
発表になりましたみたいな話を
この芸術法人シアターボンドのラジオでもね
話題に挙げたかと思うんですけれども
その中で気になる
芝居のタイトルで
東京演劇アンサンブルの
魔法老女ポストキュアめっちゃ気になる
っていう話ね
確かしたかと思うんですけども
それにわざわざですね
東京演劇アンサンブルの役者さんが
反応してくださったりして
そんなことがありましたけども
いよいよその本番が
この前終わったところだったので
ギリギリになっちゃって
申し訳なかったんですが
見に行きました
これね
よかったんですよ
でもちろんね
期待を裏切らないというか
魔法老女ポストキュアってぐらいだから
魔法少女プリキュアを
もじってるわけですけども
やっぱね
歴史のある劇団の
最大の魅力とは
最大でもないけどね
魅力の一つはですね
この道何十年というね
かなりのお年を召した役者さんたちが
今でも現役でですね
現役パリッパリにですね
活躍されているということが
これ一つの大きな魅力だと思うんですよ
昨日今日作った若い劇団では
こうはいかない
やっぱりね
すごかった
もう出てくるだけですごい
すごい迫力というか
すごい存在感
そういう魔法老女たちがですね
本当にこのかわいいね
プリキュアみたいなかわいい衣装を着てですね
魔法老女として出てくるんですよ
それだけでね
それだけでも面白いのに
そこからですね
秋葉原のAKBみたいな感じの
振り付けのですね
歌を歌いながらですね
踊るですよ
もう面白いじゃないですか
本当に面白い
そこがもう始め
冒頭からめちゃくちゃ面白かったんですけども
だんだんだんだんですね
話の展開がですね
切実なというか
今の社会の世相をですね
反映したような
とてもこうなんていうかな
こう
社会の闇の部分というか
シリアスな展開に
どんどんどんどんなっていくんですよ
これがね
この感じがまた心地いいというか
初めの魔法老女たちが出てきて
出落ちみたいにして
ギャグで終わるのかと思いきや
どんどんどんどんそれがね
なぜそうなっているのかとか
そもそも魔法ってなんだとかね
で
どうやらこの主人公の女の子
と魔法老女の主人公の
キュア
キュアライス?
ライム?
キュアライムって言ったか
忘れちゃった
なんかその意識が同期して
うんちゃかって話になっていくんですけども
その主人公の女の子が
実はこうね
転生してるというか
魔法老女に憑依している女の子が
実は高校1年生の女の子で
引きこもりの女の子だっていうのが
だんだん出てきて
じゃあなんで引きこもっているのかとか
引きこもっていながら
家で配信をやっていて
その配信が
初めはなんかただのね
もうだから私みたいな
特定のリスナーの人たちに支えられて
やっている配信なのが
徐々に徐々にちょっとエロ系というか
モラルを踏み外しそうになっている
家に見えると
その女の子の母親が
実は主人公なんですけど
その母親から見た
その娘の引きこもりと
娘との関係性みたいなのが
実はかなり特殊で
実はその魔法老女側ね
乗り移られている側の魔法老女が
実はおばあちゃんだってことが
だんだんわかってきてみたいな
それがね
女性親子3代にわたる
何かこのそれぞれの生き方の
なんていうかな
すれ違いというか
この社会における
衝突というかね
おばあちゃん世代の価値観
それからお母さん世代の価値観
そして今の娘の価値観みたいなものが
すごく入り乱れて
衝突していく
その背景には
社会の移り変わりだとか
個人というね
ことの考え方の変遷だとか
こういう言い方するの
私大変抵抗があるんですけども
女性の社会進出みたいな
でも社会進出っていうか
もともとみたいな
もともと女性って社会の一員だよねみたいな
なんで昔は一員じゃなかったんだっけみたいな
そういう価値観の揺らぎみたいなものが
徐々に明らかになっていくわけですよね
じゃあ引きこもりってどういうことなんだろうとか
いわゆる毒親とかって言いますけれども
自分の価値観で
娘をさばいていく親子関係みたいなね
女性親と女性っていうのは
男性親と男性ね
だから息子と父親っていう関係性よりも
娘と母親っていう関係性っていうのは
よりこうなんていうか
社会の闇の部分が現れやすいな
っていうふうにも思ったんですけども
なんかそういう話になっていくんですよ
だからね
ただふざけてるわけじゃないの
このバランスがとても良かったんですよ
だからね
やっぱね新劇っていいなと思うのは
ただただ笑わせるだけじゃなくて
でっていうね
でどう思うこれっていうのを明らかにしていく
見ている人たちに
魔法浪女ポストキワって面白いでしょうと
でもじゃあその面白さって何だと思うみたいな
魔法って何だと思うとか
娘と母親とそしておばあちゃんっていうね
この価値観の変わり方ってどう思うみたいなことを
いちいち突きつけてくるっていうね
そういう面白さがあったんですよ
しかも私が好感を持てたのは
それをはっきり言わないね
もともとそういうドラマです
みんなで考えましょうっていうね
まっすぐ言ってこなくて
魔法浪女ポストキワですからね
パッケージングはね
一見ふざけてるように見えて
徐々に徐々にそれが
あれって思う
観客側から問いを見つけていくっていうかね
なんかそういう面白さがあったんですね
それってやっぱね
新劇の面白さだと思いますよ
新劇が考える
現代演劇ってこういうものだよなっていう
一つのなんていうかな
系譜というかね
大切にしてるものをちゃんとやってるな
っていう感じがしたんですよ
だからね
東京演劇アンサンブルってね
私が新劇を好きになる
一つの大きなきっかけだったわけ
の劇団なわけですけれども
なかなかこれね
一筋縄じゃいかない劇団ですのでですね
あのね
みんなで推していきたいよっていう
思いなんですよ
しかもね
俳優座劇場
元俳優座劇場の人間としてはですよ
あのさようなら俳優座劇場ね
最後の
だから閉館までの
閉館を発表してから閉館までの
すべてのね
歌詞館事業ね
それから主催事業の
お芝居にはすべて
さようなら俳優座劇場というね
言葉をチラシに入れてください
って言ってね
でいいよいいよって言ってね
やってくれた
劇団の一つなんですけれども
東京演劇アンサンブルも
あれは何月だっけ
もうどんどんどんどん
記憶が薄れていっちゃうからね
バカだからね
白岩ね
っていうお芝居やってくださいました
ブレヒトのね
東京演劇アンサンブルといえば
ブレヒトなわけですけれども
高カサスの白木の輪を
チョンウィシンさんが
リライトしてやった
お芝居ありましたけれども
あれをやってくれて
俳優座劇場に東京演劇アンサンブルが
帰ってきたっていうようなね
感じでやってくださいましたよね
お芝居ね
とってもいいお芝居でしたけれども
私が俳優座劇場入ってすぐぐらいの頃だから
2004年とか3年とか4年とかね
その辺の時期はですね
東京演劇アンサンブル結構
俳優座劇場で芝居やってくださってて
言ってみればですけど
無理やりこじつければってことですけども
私の俳優座劇場人生の中ではですね
やっぱり東京演劇アンサンブルに始まって
東京演劇アンサンブルに終わるみたいな
なんかねちょっとね
因縁めいたものを感じてますよね
そもそも大学時代の時
寺山修司にね
とても浸水しているね
アングラキッズだった私がですね
180度路線変更して
新劇キッズになったっていうのが
そのきっかけの一つですからね
あとは文学座なんですけどね
もう一つはね
東京演劇アンサンブルとはね
やっぱり何かを感じておりますよ
私ね
大切にしたいなと思いますけれども
魔法老女ポストキワ
面白かった
これが一つと
あともう一本はですね
「聖なる炎」のタイトルと作品の背景
先ほども名前挙げましたけれども
飽きたウジャーク
ひじかたよしきねん青年劇場
公演でございます
あの夏の絵という作品でございますけれどもね
まあこのね
あの夏の絵ね
皆さんもご覧になったことあると思いますけれども
まあいい芝居なんですよね
これも良かったな
やっぱり良かったな
しかもね
私これで3回目になるんですけど
あの夏の絵ね
一番最初に見たのがですね
それこそさっき
フライデー事件館のように乱入したでおなじみのですね
あれですよね
えっとシアター
なんて言うんだっけ
ユイですよユイね
スペースユイ
シアターユイだっけ
なんだっけ
すいません
青年劇場の人すいません
ユイでやったね
初演を見たんです私ね
初演見たの
でその後にですね
あれ確かね
私の記憶が確かならね
全然確かじゃないんだけど
もう1回ね
あれキノクミアホールだったと思うんだけど
あの再演したことがあって
それも見に行ったんですよね
で今回なんですけど
今回はね
地方公演というか
あの神奈川県のですね
麻生区ね
麻っていうのほら
布の麻に生きると書いて麻生って読むんですけど
あの麻生太郎の麻生ですよね
むーってなっちゃいますけども
麻生って言うだけでむーってなっちゃいますけども
麻生区っていう区があるんですよね
で
小田急線のですね
新百合ヶ丘っていうね
駅がありまして
そこがね新興住宅街でですね
かなりね人口が増えてるんですよね
であの
なんですけども
駅のですね
あれは南側にあたるのかな
駅のね
南側再開発が終わっていてですね
商業
大きな商業施設がバーッ立ち並んでてですね
まあ人が多いんですよ
で
まああのね
一生はのこのバブル
ちょい前ぐらいから始まる
あの高度経済成長の中期から末期にかけてのですね
あのいわゆるこの
私鉄沿線の
鉄道会社による住宅の
その
住宅をとか不動産をね
知らないこと話そうとするとこうなっちゃうんだけど
あの街づくりね
その
私鉄ってほらあの
小田急線とかね京王線とか
それから西武線とか東武線とか
ねあの首都圏にはね
JR以外にも電車が走っておりますよね
私鉄ってね
あとほら東急
東急の田園都市線とかね
東横線とかね
あるんですけども
そういう電鉄がですね
沿線の土地をね開発していくね
住宅街をね
駅を作ってそこを中心に住宅街を作ってってね
それでその終点あたりの
自然に囲まれたね
郊外地域に遊園地とかね
そういうこう
を作ってねで
大都会の中心から
が始発で終点が遊園地みたいな
そういうね
沿線の開発みたいのをねやったわけですよね
それでほらだから
小田急線の終点は読売ランドとかね
それからほら
あとこの東横線とかの沿線の
終点が子供の城とかね
子供の城でね
タマテックとかね
なくなっちゃったけどね
とかほら
大体終点あたりの土地がわーって
広いところに遊園地を作って
でそれまでに
こう主要な
急行とか
快速急行とかが止まる
大きなその駅に
施設が主導して
新興住宅街ニュータウンを作っていって
そこに人口をどんどん集めていって
それで町づくりを
トータルで沿線トータルで町づくりをしていくっていう
やり方があったじゃないですか
でそれがどんどんどんどん
ドーナツかね
中心の空洞化を招いてですね
でベッドタウンみたいな
ただ寝るだけの街みたいな
のを作り
で文化はそこに根付かずみたいな
色んな光と闇があるわけですけども
私も東部東上線という
施設の
主要の駅の
一つにね
東部鉄道が主導で作った
ニュータウンっていうのがあるんですけど
そこで0歳から育ってるわけなので
言ってみれば
施設の町づくり開発の
申し子みたいなの
第一世代みたいな
団地育ち第一世代みたいなね
そういう感じなんですけども
そもそも生まれがですね
千葉のけみ川っていうところで
そこも
高段のエリア
新興住宅街だから
新興住宅街で生まれて
新興住宅街で育つみたいな
人工の街で生まれ育った人間なんですよ
だからこそ
その土地に根付いている
オリジナルな
土着なというかね
昔からそこに人が住んでいて
で
昔から住んでいる人たちが育んできた
その土地オリジナルの
文化みたいなものに
とてもね
憧れがあるんですよ
そのいい例がですね
方言ですよね
ないんですよ方言が
だって新興住宅街ですから
そういう地方からね
都心に
自己実現とか
お仕事とか
いろんなことを
夢を抱いて出てきた人たちが
都心
ど真ん中には住めないから
高いからね
昔から土地が高いから
そういう新興住宅街に
マンションを買うわけじゃないですか
で
そこでいろんな地方の人たちが
ニュータウンというところに集まって
それで生活をするわけなので
そこで
オリジナルで生まれる文化というのは
ないわけですよね
みんな東京に出てって
寝るだけに帰ってきて
それで週末の休日
ゴルフか
別々の
各家族で別々のことやって
それでまた次の月曜日から
また東京に出て
お金稼ぎに行くみたいな
そういう街ですから
文化の育ちようがないわけですよね
寝なし草みたいな感じなので
だからこそ根っこがね
その土地に根っこが根付いている文化
みたいなものにすごく
憧れがある
今でもあるんですけれども
まあちょっと何の話だったっけ
ちょっと大丈夫かな
今日ね
先が思いやられるけれども
あの夏の絵ですよ
だから
えーと
そうそう
麻生区ね
そういう街の一つである麻生区に
ある麻生市民会館
市民会館じゃない市民館
麻生市民館というところでね
公演があったわけです
まあそれでね
そこもねやっぱり
麻生市民館というところもそうなんですけど
神奈川県内っていうのは
面白いなと思うんですけど
それぞれの区にですね
それぞれ市民館っていうね
施設があるんです
これいいなと思うんですけれども
多摩区は多摩市民館とかね
それから
えーほら
宮前区は宮前市民館っていうのがあってね
これであとほら
幸井区は幸井市民館っていうのがあって
中原にも中原市民館っていうのがあってね
であとは麻生区に麻生市民館っていうね
区にそれぞれのね
まあ精霊指定都市だからね
川崎市はね
バカでっかい
横浜市と次ぐぐらい
バカでかい市の区だからね
区割になってるわけですよね
その区それぞれに
劇場機能がある
市民館っていうのがあるんですよ
ねすごいなと思うんですけども
で多摩市民館は
だいたい600人ぐらいのキャパとかね
宮前市民館は
まあ700名くらいかなとかね
それぞれね
大きさが違うんですよね
だから同じ川崎市内で
でも
あっちの区にはこれぐらいの市民館
こっちの区にはこれぐらいの市民館ってね
それぞれね
その区によって
個性が若干違う市民館になってて
で阿蘇市民館はですね
1000人入るんですね
大きな市民館なんですよ
でそもそも
阿蘇フィルハーモニーっていうね
還元楽団ってね
楽団がその地域にはあってね
でそこの
結構ねお客さんを集められてですね
1000人ぐらい入れちゃう
オーケストラのコンサートをやったりする
それが結構もう
その地域の
特色になってるみたいな
なんかそういう区なんですけれども
そこでねお芝居をやろうと
で多摩阿蘇市民劇場
多摩阿蘇市民劇場っていうね
演劇鑑賞会があるんですけれども
その方たちが主導して
実行委員会のね
講演をやったわけですよね
で秋田右尺、肘方義記念
千年劇場のあの夏の絵を
阿蘇市民館で見る会みたいな
実行委員会を立ち上げて
で講演を打ったという
記写があるようですよね
まあね
こう言っちゃあれですけど
ちょっとあの千年劇場の方
千年劇場を応援している方にはね
かなりね失礼な言い方に
これからなりますからね
ちょっと耳塞いどいていただきたいんですけども
あのね千年劇場のね
いいところってね
芝居が下手なんですよ
言っちゃった
上手い人もいるよ
めちゃくちゃ上手い人もいるけど
まあまあね
あの上手いか下手かで言ったら
下手の部類ですよね
そこがまたいいんですけれど
素朴でねいいんですけれども
あのね
その下手さがね
いいって
うわいいなっていうね
芝居がねたまにあるわけですよ
だからね
あの上手い下手ってなんだろうってね
思わされるような作品がたまにあるわけですね
そんな中の一本ですよ
だからね
あのなんかこう
あんまりよくわからないんだけど
野球のねバッターのね
で言えば
常にね
ヒットね
常に2ベースヒットとかね
3ベースヒットとかね
すごい打つ
すごい打つね
あの
強打者みたいなのいるじゃないですか
めちゃくちゃこう打つ人
ね
じゃなくて
だいたい三振なんだけども
たまにめっちゃホームラン打つ人みたいな
なんかねそういう感じがするんですよ
だから当たるとめちゃくちゃでかいみたいな
そこがいいところだと思うんですよね
その大ホームランの一本ですよ
これね
強打者ではなかなか打てないよな
あの球はみたいな
すごい球打ってったなーつって
すごい大きな当たりだったなー
っていうような
作品の一本だと思うんですけども
まあ
私はいつもね
そのね
あの夏の絵でね
泣いちゃうシーンがあるんですよ
これもね私の
個人的な
アカウントでね
感想を述べさせていただきましたけども
あの広島のね
高校生
美術部の高校生
仲良し三人組の話なんですけども
一人ね
女の子女の子男の子の三人組なんですよ
だから
逆ドリカムね
これもうわかんねえんだよもう
逆ドリカムってわかんねえんだろうなって思いますけど
ドリームズカムトゥルーは男男女だったじゃないですか
で一人麻薬で捕まっちゃって
しょっぴかれてね
で今二人になっちゃったんですけど
それと逆ね
女女男のね
美術部があって
その女の子のうちの一人が
東京から
母子家庭で東京から
広島に来たっていう
女の子で
その子はねお友達がいないっていう
自分で言ってるんですよね
であんまりあの
お友達も
必要ないからっていうような子で
ただ私は絵が描きたいだけなんだみたいな
言ってる女の子と
あとすごいこうなんか社交性のある
主人公とお母式女の子と
あとねとぼけた男の子と
この三人組がね
とてもいいんですけども
この三人組がですね
先生古文の先生から
やっぱり広島ですから
今度ねこの広島県
全体で
あの原爆の
証言をね原爆証言を
聞いてそれに
インスピレーションを
受けてで絵を描こうと
ね原爆の絵を
描こうっていうような
これは本当にあったそうなんですけども
ロビーにはね
本当にそのあった絵の
この
カラーコピーというかね
そういうのが飾られてましたけれども
原爆証言を
される被爆者の人たちから
話を具体的に聞いて
でその話の中にある
情景から
油絵を描こう
という
のがあって
それに取り組んでいく
三人のお話なんですけど
このさっきの言った
お友達がいらない
東京から来た女の子じゃない方の
主人公とお母しく女の子ね
美術
絵を描くことが大好きで
とても社交的で
部をまとめていくような
女の子の
おばあちゃんがですね
被爆者なんですよね
で学校で
そのね
マッチングしたその
被爆者というかね
被爆証言をする
おじいちゃんの
話を聞きながらその
話に出てくる情景を
の絵を描くわけですけれども
そのおじいちゃんがちょっと
一旦倒れてしまうわけですよね
でその時に
じゃあ自分の
おばあちゃんをちょっと
そのね
入院されている間は
自分のおばあちゃんを学校に
呼んでね
今描いている絵を
おばあちゃんに見てもらおうという
シーンがあるんですけど
そのおばあちゃんずっとね
孫にはね
原爆体験は語らなかったんですよね
辛くて
で実際その
絵を見た瞬間のね
見る瞬間のね
あそこのなんというか
シーン作りというか
演技というかね
あそこだけは今でも思い出すとね
涙がね出てくるんですけど
あそこの瞬間だけはね
本当にね演劇の奇跡を
感じるんですよ
だって何にも言わないからね
しかもこうやって
しずしずと紙手から入ってきて
で部室に
おばあちゃんが入ってきて
でパッと絵を見るだけの
シーンなんですよ
そこがもうなんか
震えるんですよね
震えが止まらなくなる
震えが止まらなくなって
気づいたら涙がブワーって出てるみたいな
そういうね
大ホームランですよ
ああいうね
シーンを作れる劇団ってなかなか
他にはないと思うんですよ
だってもう
あの夏の絵っていうタイトルで
原爆の絵を
高校生が描きますとなれば
もう想像つくわけじゃないですか
で
被爆者で語りたくない人の
話を聞きながら
一生懸命想像力を働かして
高校生たちがね描くんだろうな
っていうのは
全部あらすじ書いてあるし
想像もつくし
予定調和になるじゃないですか
どう考えてもね
そういう辛い原爆って
やめようねみたいな
反対みたいな
そういうテーマ性も全部わかってる
もうね
見る前からすべてわかる
けれども
でもそれをリアルにね
そこで
表現されるとね
やっぱり全然違う
うん
本当にね
本当に怖いものなんだなっていうのを
こう
まざまざと見せてもらえるっていうね
そういうのがね
やっぱ演劇の奇跡だなっていうか
ね演劇が
新劇がその
到達すべき一つの理想形
みたいな感じがするわけ
ちょっと褒めすぎ?
でもそう思うからね
うん
だって平和教育の一環だよ
どう考えてもね
教育劇ですよね
なんならね
だけどすごい
これはね
青年劇場はね
ずっとあのお芝居はね
やり続けるべきだって
やっぱり思いますね
これはね
菅沢パイセンをはじめですよ
私が知り得る限りの
青年劇場の人にはね
ずっと言ってるわけですけども
あの夏の絵だけは
本当にずっとやってほしいんですよ
ってずっと言ってるんだけど
でもね
やっぱりやり続けるべきな作品
だよなと思うし
やっぱり熱くなってくると
やっぱりもう一回見たくなるというか
やっぱり戦争のことをね
思い起こすときに
とか原爆のことを
思い起こすときに出てくる
一つのお芝居だな
っていう風に思うわけです
あとはね井上久志さんのね
父と暮らせばもそうですけれども
何かそういう作品に類するような
名作
みんなが言うような
お芝居の一本だと思いますので
まだご覧になってない方は
絶対に見てください
これね
あの
もし青年劇場が
やらないとか予定がないって
言ったらねやれって
やれこの野郎って
ね洞窟してもいいぐらい
ねいい芝居ですから
なんでやんねんだよあれをってね
うん
勝手なこと言ってるねすいません
どうも大変失礼いたしました
この場を借りて陳謝いたします
どうもすいませんでした
でもそれぐらいいい芝居でございますので
ぜひご覧いただきたいと
こう思ってるわけでございます
コメントをいただいております
ありがとうございます
じゃあまず田中ハヤトさんいつもありがとうございます
ヘビーボンド
出たアリア物語やっぱご存知ですね
ルビーの
ルビーの指輪
ファーザー
ルビーの
指輪ファーザーの
民芸追放劇や
横川さん
横川さんのところの劇団が
どうしてできたか
民芸ファンにはたまらないと
貧乏物語を見に行った際
黒川の
社長をはじめ劇団の
顔なじみが
多数いて
びっくりと
歴史的に
仲悪いんじゃないのって
関係者に
ぶつけましたよ
そうですかね
アリア物語ね
取り上げますからね
またね
ルビーの指輪ファーザーと
黒川方面の話もね
ちょっとしたいなという風に思いますので
ご期待ください
ありがとうございます
ポジとネガーさん
ヘビーボンドいつもありがとうございます
フルスイングなら
当たるとホームラン
これ青年劇場の話
青年劇場の話ですね
友達を誘うと
同じようなことを言われるので
よくわからない
やっぱそうなんだ
みんなそう思ってんだ
フルスイングするからね
三振するんですよ
だからね
当てにいってないっていうかね
その純粋性というかね
そこがやっぱ
交換が持てるようなみたいな
常にフルスイングのやつみたいなね
そこが愛すべき劇団だなと
これね
ディスってないですよ
ディスってない
断じてディス
リスペクトではない
リスペクトですよ
いいものはいい
でも三振もあるから気を付けて
ということですよ
すいませんでした
大変失礼いたしました
ちょっと空気を変えるので
一旦ここでCMを送りいたします
それでは一旦
CM
名古屋演劇館紹介は
1954年に
名古屋を
演劇文化都市にしよう
という思いから誕生しました
以来
72年
名古屋の地で
数多くの舞台を見続けてきました
私たちは
親しみを込めて
名演と呼んでいます
今社会は目まぐるしく変化しています
スマートフォン一つで
映画も音楽も楽しめ
情報はあふれ
人と直接会わなくても
暮らせる時代です
便利になった一方で
誰かと同じ空間で
同じ時間を
過ごす体験は
ますます貴重なものになっています
演劇は
その数少ない場の一つです
同じ客席で
息遣いを感じながら
笑い
考え
心を揺さぶられる
そして終演後に感想を語り合う
その時間は
デジタルでは
決して変わりがききません
名演は
長い歴史を持つ鑑賞会ですが
完成された組織ではありません
これからも
参加する一人一人と
共に作っていく場です
演劇をきっかけに
世代を超えて語り合い
社会のことも
身近な悩みも
安心して話せる
そんな大切な
公共の場を育てていきたいと
考えています
共に芝居を見て
語り合い
より豊かな毎日を送りませんか
ただいま
会員募集中です
一般社団法人
名古屋演劇館紹介
はい
というわけでですね
ちょっと
あの
色々と個人的にも
メッセージをいただいて
言ってしまいました
宮沢さん言っちゃったね
言っちゃいました
どうもすみません
私新劇陣からは
一歩
手を
一歩引いた
立場ですから
普通の演劇好きのおじさんですから
言いたいこと言いますよ
私はね
でも謝りますけどね
しがらみがないもんですからね
ちょっとね
ちょっとだけ楽ですよ
言いたいことは言いますからね
謝りますけど
ということでございますけどね
あのね
実はですね
本題に入るまでがちょっと長くて
申し訳ないんですけど
もう一個だけ話したいことがありまして
これね
昨日の夜ですけれども
金沢市民劇場の
このシアターボンドの
ラジオもよく聞いてくださる
有子さんという
ヘビーボンドの
方がいらっしゃいますけれども
金沢市民劇場
中北陸ブロックの
北陸ブロックの方にある
金沢市民劇場の
方がですね
俳優座劇場プロデュースの
聖なる炎の
お礼会で
ご覧になって
その聖なる炎についての
感想の
配信を
されてました
私ね
おっと思ってすぐに
ずっと前編聞いたんですけど
前半の
多分あれ
20分30分くらいかな
聖なる炎の話を
みっちりしてくださって
とってもありがたかったし
すごく面白かったです
その配信自体がね
やっぱりこう
興奮さめあらぬ中というか
礼会で迎えて
くださった方の生のね
しかもあのほら
担当の幹事さんとか
それから
お話がね
なんていうかな
事務局長さん
の
とかそういう感じの
人じゃなくて
本当にお芝居好きの
人たちみたいな感じのね
感想
聞いてて面白いなという風に
思ったんですよ
その配信は
前半戦が青年劇場
じゃないやすいません
俺が間違えて
どうすんだ
青年劇場じゃなくて俳優座劇場の
俳優座劇場プロデュースの
聖なる炎の感想が
前半戦
後は後半戦で
それぞれ推している劇団とかね
それから東京に
いらっしゃった時に見たお芝居の
感想とかねいろんなお芝居の感想
を語り合う会を
スペース
配信でねお話しされて
たのもまあまあ面白かったんですけど
とにかくですね
聖なる炎についてね
配信をされて
たのでずっと
聞いてて面白かったし
嬉しかったんですよ
でまあね私もほら
俳優座劇場の人
じゃなくなっちゃって自分でやめちゃってね
それでそういう
立場の人間が
このね
聖なる炎に関してねあれこれ
語るっていうのはねちょっと
なんていうかな
今さら何言ってんの
ってこともありますし
どの面下げてっていうのもあるし
なんかね
うまく
奥歯にね
物が挟まったような言い方
になっちゃうのもやだな
という風に思ってたんですけれども
ただねこういう考え方が
あるなと思ってあのね
一般論としてというか
ね一人の
お芝居好きの人人間としてね
これはあの
俳優座劇場
のプロデュースのプロデューサーの一人
っていうそういう立場じゃなくて
ただ純粋に
あのお芝居を愛する
宮沢和彦という個人としてですね
あのお芝居って
どういう芝居なのかっていうことはやっぱり
ちゃんと話さなきゃなっていう風に
思うし
礼会でねそれを迎えてくださった
人たちがこうやって私の
配信も聞いてくださってるわけだし
それからそうやってね
感想を
配信で聞かせて
くださる方もいらっしゃったということは
やっぱその思いにはね
勝手にですけども
反応したい答えたい
ね答えるって言うとなんかね上から
ですけどなんかその
反応したいなっていう思いがやっぱり
ありましてですね
あの作品
全てが自分のものだっていうね
自分俺の作品だとは思わないですよ
もちろんねみんなの作品だし
それから今
俳優座劇場プロデュース
で頑張ってる人たちのものですよ
100%そうです
それはそうだと思う
だけども
やるきっかけになった
まあ演劇好きの
おじさん
このお芝居いいよってね
提案した
一人のね昔ね
今のじゃないよ昔
このお芝居いいよってね
まあ一人の当事者として
あの芝居を
みんなにおすすめした
人間の一人として
やっぱりね
思いは語っておきたいし
まあこれは
今日のこの配信はね
私の個人的な配信
なわけですから
そこは話したいこと話しちゃっていいよねっていう
思いで
これはねやっぱりちょっとね
その感想を
語ってくださった人たちに
答えるようにして
やっぱり聖なる炎の話をしたいな
というふうに思ったので
今日はねこの場を借りて
聖なる炎の話ちょっとさせていただきたい
と思いました
聞いていただきたいんですけども
昨日の配信の中で
ちょっとね
皆さんが疑問に思っていることがね
結構出てきてたんです
それは
2つほどね
出てたんですけども
まず1つ目がですね
タイトルについてです
ね
聖なる炎ね
俳優座劇場が
昔ね1985年にね
やったときは
聖火というね
タイトルで
1回上演していて
それをね
私がまだ俳優座劇場にいた時代
2023年ですよ
ね
に
聖なる炎という名前に
変えて上演した
ねそのタイトルの
変更に関してあれ
なんで聖なる炎っていうふうに
したんだっけみたいな話がまず出てたので
その話をしたい
ねこれにはね実は深い
訳があるんですよね
すごいね
いろんな考えが
いろんな思いがそこに詰まっているよってことだけ
ちょっと話させていただきたいのと
それから
なんでねこの
俳優座劇場プロデュースが
この作品を
やったのかね
そもそもどうしてこの作品を
今やろうと思ったのか
みたいなことも
昨日の配信の中で話されてたので
あれでもこれって確か
初演のときね
2023年のパンフレットに
私自分で
書いたんだけどな
っていうね
読んでないのか
今回のねパンフレットには
その原稿はまあね
だって宮沢の書いた原稿をね
今年のお芝居で
わざわざ載せるわけない
わけだから多分
別の原稿が載ってたんだろうなと
新しいパンフレットは私見てないので
どういうパンフレットだったのか知らないんですけど
多分その辺の
ところがあんま書いてなかったんだろうな
っていうのもあるので
この場を借りて
個人的にね
一般論としての
聖なる炎の話をね
なんであの芝居を
やりたいと思ったのか
みたいなところを少し話させてもらいます
ただですね
元俳優座劇場の
制作者という
立場ではなくですね
口酸っぱく
言いますけども
ただのお芝居好きの
おじさんとしてね
話しますがただね
注意していただきたいのは
私が思う聖なる炎
という話なのであって
これ正解じゃないんです
答えではありません
なので
聖なる炎についての
雑談ということで聞いていただきたいんです
で
なおかつですね
くしくもなんですけど
聖なる炎っていう作品は
サスペンス仕立てじゃないですか
でしかも
俳優座劇場が
やる前か
もう少し前に
民芸でもね
田中ハヤトさん聞いてますか
あれいなくなっちゃった
民芸のね
宇野重吉さんもね
本役演出出演を果たしていて
そっちの本もね
いいんですよすごくね
いいので
で多分宇野重吉さんが
やった時の聖なる炎は
より違うやり方を
されたんだろうなっていうのも記録で
残っているので
厳密に言うと今のところね
民芸版俳優座劇場の
初演版成果ね
初演版そして
2023年と
今年バージョンね
これが今まあ残ってるわけですけども
いろんなやり方があって
正解がない
芝居なので
今日これから私が話す内容も
ですね正解では
ありませんね
俳優座劇場の考えを代弁するわけ
でもありません私の考えで
ございますからね
勝手な私の考えを話させて
いただきますので
元俳優座劇場のプロデューサーはこう
言ってたよみたいなね
だからこれが正解だよねみたいな
そういう風には考えていただきたくない
わけでございますね
サスペンスドラマの
崖の上でねほら
2時間火曜サスペンスとかで
最後ね崖の上行くじゃないですか
だいたいね
犯人がね
崖の上行くじゃないですかそれで
私はこう思ってあいつを
殺したんだみたいな
全部言うじゃないですかああいう感じ
じゃないよっていうね
サスペンスドラマの崖の上じゃないよ
っていうことだけね
注意してね聞いていただきたい
というわけでございます
私が勝手に考える聖なる炎とは
というね雑談でございますから
その辺のところ一つ
マジでよろしくお願いしますね
辞めた人間が
ね
俳優座劇場を代弁できるわけないんですから
ね
全然関係ないわけですからね
これだけは何度も言いますけども
ね
サスペンスドラマの崖の上じゃないよ
ってことだね
注意して聞いていただきたいと思います
ここ切り取らないでよ
ね
よろしくお願いします
あのこのじゃあね
2つの話についてね
まずタイトルの話ね
そして
なんでこの作品がいいなと思うか
宮沢がいいなと思ったか
っていう話この2つでございます
まずね
「聖なる炎」のテーマ性と現代社会との共鳴
タイトルの話なんですけれども
これね実はね
聖なる炎というね
現代がですね
ザ・サクレット
サクレットフレイムね
って言います
これねあの
なんか一説によると
そのオリンピックのね
成果と
間違われるのが嫌だから
聖なる炎にした説ってあるんですけど
それ全然違いますね
実は
もともと俳優座劇場が
聖火という
タイトルでやってた作品を
宮沢が
俳優座劇場の奈落にある
書庫でですね
見つけまして
ね
俳優座劇場の人間として
今までプロデュース公演でやってた台本
っていうのはだいたい読むわけですよ
どういう作品やってたのかなとか
当たり前じゃないですかそれはね
他の劇団でも
新人さんでね制作部で入ってきたら
この劇団が過去やってた作品って
どういう作品があるんだろうっていうのはね
だいたいまあ
歴史が長ければ長いほど
全部は読めない
ですけれども
自分の
興味のある作品とかね
今日なんか
青年劇場の話ばっかりするの申し訳ないんだけど
あの
菅沢先輩にね
青年劇場の
今までの作品の中で
何が好きなんですかって聞いたことあって
私はねこれだなって言ったのが
あの
真珠の首飾りっていうね作品が
ありますよねあの
えー
日本国憲法のね
制定の時の話ですけれども
あの作品好きだよとか
やっぱねそれぞれのね
劇団制作者には
それぞれの劇団の
過去やった作品の中で
こういう作品が私は好きだとか
おすすめだとか
なんかそういうことって多分あるんだと思います
そういう流れの中で
私はやっぱり
俳優座劇場をプロデュースといえば何って言われた時に
12人の
イカれる男たちであり
夜の来訪者でありそして
聖歌だなと思ってたわけです
だからね
なんていうかな
くしくもこの今挙げた俳優座劇場の
3本というのは
サスペンスドラマというか
こうなんか真実が
わからないまま宙吊りになってね
まさしく
サスペンスですけれども
サスペンドされながら
徐々に徐々に
明らかになっていくみたいな
ドラマだなっていうね
そういう魅力もあるわけですけれども
ミステリー劇というかね
サスペンスドラマというかね
そういう魅力もありながらも
犯人探しの
芝居じゃないというところもまた
俳優座劇場らしいなっていうのも
あったんですけれども
ただね
聖歌っていうねタイトルだけが
どうもね違和感があったんですね
ザ・サクレットフレイム
っていうのと
聖歌っていうのがどうも
結びつかないんですよ
これなんで
結びつかないんだろうなって思って
で私がね
もう今でも超愛してる
二人の男
翻訳家の
翻訳家の
織田島
織田島じゃないんです
これねこれよく間違えられるんです
織田島ってね
脱点濁らないんです
織田島ね織田島宗司さん
という
もうバリッバリの
イギリスアメリカの
翻訳者って
今一番伸びてるの誰
って言ったらやっぱり宗司さんなんですよね
織田島宗司さん
この人との
と私との出会いが
大きなきっかけなんですけれども
織田島宗司さんと
それから
演出家の中で
誰今で
一緒にやりたい演出家
誰って言ったらまず京さん
っていうぐらい
好きなね
小笠原京さんという演出家
演出者
このお二方との
出会いがあって
でこの
と宮沢ねとこの三人で
ですね
この作品についてね
まあ語り合ったんですよ
そういう風なことを
したかったんですね私ね
そもそもその2000年
あれね多分6年とか
2007年ぐらいだった
と思うんですが3年目ぐらいの時に
ハイザ劇場の奈落にある
書庫から成果を取り出して
読んだらこれがもう
絶対に面白いこれは絶対に
面白いですね
誰も注目してなさそうだから
これ絶対に
実現させてやるんだってね
その時からもうずっと
思い続けたわけですよね
それがまあ20年
近く10何年経って
ようやく2003年に実現
できたっていうことなわけですけども
その実現できた時にですね
小田島
総司さんとそれから京さんと
3人でですね
じゃあ具体的にこの作品を
どういう風に講演にしていこうか
実現しようかっていう
話をねまあ何度も何度も
やりましたね劇場の
応接
に使ってたスペースに来てもらったり
あとはなんか他の
あれどこだっけな
他の場所でも
確かやったと思うんですけど
とにかくねいろんなところでね
ずっとこの作品の話
ねしかもね
宮沢の思いの丈みたいなものをね
お二人に聞いてもらう
みたいな
そういう時間がずっとあったんですよ
でそんな話の中から
まずは翻訳が
あって
その翻訳ができるのと
同時並行で
キャスティングをしていくみたいな
だから
まだあの講演のね
座組が揃う前ですよね
その
まずこの作品をどういう方針で
やっていこうかっていう話の中に
あのそうしさんと
ねこのね
成果っていうね
このタイトルだけがどうしても
なんかねなんかね
あの
違うと思うんですよと
もっと違う
タイトルに
できないもんですかねっていう風に
話した時に分かりましたちょっと考えさせて
くださいつって
いろいろ出してくれたんです
でそうしさんもね
結構あのお若いですから
もう
このほどね
お亡くなりになった小田島雄志さん
ね
シェイクスピア全役でおなじみの
おじいちゃんはね
小田島雄志さんっていうのがいて
で
小田島孝志さんっていうね
もうこれはもうだって
テネシーウィリアムズの
翻訳つったらもう小田島孝志さん
でしょうくらいのね
日本を代表する翻訳家
の小田島孝志さん
っていうね
がいてね
でその息子ですからね
3代目なんですよそうしさんっていうのはね
だから小田島なんちゃらで覚えないで
いただきたいんですよ
小田島雄志小田島孝志ね
そして小田島孝志
ねこの3人
3代目なんですよ
ね
だから混同してほしくない
ね
ですけども
私のねたぶんね
ひとまわり近く下ですよ
すっご若い
たぶんなしごれんメンバーで
言えば
うーん
中山さんくらいかな
NLTの中山さんくらいの
世代だから宮沢より若干
若い若干じゃない
十何年若い
方なんですけども
孝志さん
ねいいのはねとっても
ねやっぱり
ね現代の感覚
というか
言い方はちょっと下痺れてしまいますが
今風の感覚というかね
言葉の運びね
デリバリーって言いますけど
やり取りの
ワードのチョイスがとっても若い
ね
今な感じがするんですよ
ねそこがとっても
良くて
昔
1985年に俳優座劇場が
やった成果の台本を
読んでまず率直に思うのが
これは演出家の
京さんも言ってたけど
あのねすごくね
一文が長くて
文ごたえみたいな
なんかねちょっとスピード感に
欠けるというかやり取りがね
あんまりこう
行きづらいというかね
ちょうちょう橋やらなきゃいけないところも
私は何とかで
あなたのそういうところが
何とかだと思うから私はこうだ
と思うみたいな
なんかちょっとねセリフセリフしてるんですよね
それをやっぱり何とかしたいな
っていうのが一つと
あとはタイトル
っていうのもねどうにかならんか
っていうのがその宮沢からね
総司さんにね
まずは投げかけた問いかけた
わけですけど分かりましたちょっと考えますって
言ってでいろいろ調べてきて
くださって
その当時ね言われたの今でも
覚えてるんですけど
じゃあ例えば
成果って言った時に
中学校
ぐらいの英語のね
日本人の感覚で
言うとホーリーファイヤー
って考えますよね
ホーリーね
で成果
火だからファイヤー
かなとかね考えますよね
とでも
このサマセットモーム
という人はこの
作品のタイトルをあえて
ホーリーを使わなかった
それから
ファイヤーじゃなくてフレイムだと
しかもザ
これもねザ
サクレット
フレイムだと
アじゃなくてザだと
特定の
ちょっとこの限定的なというか
そういうニュアンスもあるし
ホーリーではなく
なぜサクレットなのか
そして
ファイヤーじゃなくてなぜフレイムなのか
っていうところを一個一個
考えてきてくださったんです
さすが翻訳家だなと
思ったんですけど
ザサクレットフレイムと
ホーリーファイヤーでは全然
意味合いが違うんですね
これがね日本人の感覚では
少し理解ができない
これなぜかというとキリスト教の
言語だからですよね
だけど厳密に
そこはね
ニュアンスの差があるんだと
で
宮沢さんがそうやってね
違和感を覚えるっていうのはよくわかると
ホーリーファイヤーではなくて
ザサクレットフレイムだ
ってね
そのザっていうのはねあんまり意味
はないかなとかって言ってたけど
あの
ザサクレットフレイムっていう
タイトルに
サマセトモムがしたっていうのに
とてもこだわりを感じるから
そこはねタイトルに着目する
っていうのはとてもいいと思います
って言ってくださって
でそこにいた京さんも
そうか確かに
この本を読んでね
文語体のね
まだあら訳もできてなかったから
1985年
当時の
本を読んで
確かになんで聖歌なのか
わかんないよね
みんなでね
もう一回読み直して
で原書に
原書も持ってたから
原書もちょっと
辞書を引き引きだけど
それぞれで読んで
改めてタイトル考え直しましょうよ
って言って
その3人でね色々と
練りました
その結果のタイトルなんですよ
これね
だからね
その辺の話もね
大事なんですよね
でじゃあその
ザ・サクレットフレイム
っていうのは
ホーリーファイアと何が違うの
っていう時にですよ
ホーリー
っていうのはどちらかというと
そのね
日本人というか
キリスト教圏に生きてない
人の感覚からするとね
よくわからないんですけども
ホーリーっていうのはね
どっちかというと内面から
というか
自発的に輝いている
イメージ
成人とかね
ほら
キリスト教の宗教画とか
見るとごこうがパーッさして
とか天使が
バーッて輝いている
イメージ
これがホーリーだと
でサクレットっていうのは
どっちかというともっとね
人間的なというか
社会的なというか
サクレットって
どういう言葉かというと
同じね
語源を持っている
言葉でサクリファイス
っていう言葉があります
これはね
犠牲っていう意味合い
なんですけれども
サクレットとサクリファイスって同じ
語源なんですって話してたんですけど
つまり
人間社会の中の
自己犠牲みたいなね
サクレットって
言った時には輝いて
なくてむしろ
社会的に
これだけは守ろうよ
みんなでこの
このルールだけはみんなで
守ろうよっていうね
ような
社会的な
聖なるというかね
生徒族
ね
の中の
倫理観絶対的倫理観
みたいな
こっから先踏み越えてしまったら
人間とは言えないよとか
同じキリスト教とは言えない
教徒とは言えないよみたいな
そういう取り決めみたいな
そういう意味合いがあると
ホーリーとは言わない
そういうのをホーリーとは言わない
だからクリスマスのね
ことを
聖夜って言いますけど
あの聖はどっちかというと
ホーリーだとホーリーナイトだと
サクレットナイトとは
言わないとね
言うらしいんですよ
だからあえて
サクレットっていう言葉を使ってるんですと
言うね
そうするとこれ
聖かっていうとやっぱり
輝いてるなんかほら
ね自由の女神が
右手に持ってこうやって
ねこうやって
人民を
自由の
炎で照らしているみたいな
あっちのなんかね
神の世界の
輝きの
聖かっていうイメージになっちゃうから
なんかね
そことのねこの
距離感がちょっとね
このお芝居の中身
聖なる炎の中身とは
ちょっとかけ離れてるなっていう
イメージがあると
だから聖かは
まずやめようということになったんですね
で
サクレットは自己犠牲とか
社会的なとか
人間社会のとか倫理
倫理観とかそういうイメージ
意味合いの言葉だと
でじゃあ炎と
ね火ね
ファイヤーと
フレイムこれはどう違うのかと
ねサクレット
ファイヤーじゃなくて
サクレットフレイム
だとこれね
これも日本人の感覚で
よくわからんとねほら
言語っていうのは結局
今日のね外来語には
気をつけろの話にもかなり
共通する話なんですけれども
日本人はね
雨
雨を指す言葉が
何十種類も
あるんだと
ねけれども
英語圏の人は
雨って言ったらレインしかないと
ねいう話あるじゃないですか
だから日本人は
しとしと雨が降る
っていう
雨のしとしと感を
認識できる
けども英語圏の人は
しとしと降る雨っていう表現が
ないからしとしと
雨が降るって理解
できないとこれが文化の
違いですよみたいなことよく言うじゃないですか
ねあとしのつく
雨ってね言われても
英語では翻訳
できないとしのつくっていう表現
はないからね
みたいな感じで
雨に関する表現は
日本人の方が多いけれども
火に関しての表現
で言えばフレイムと
ファイヤーっていうのは明らかに違うんだと
ねで
どう違うのかっていうと
フレイムっていうのはさっきの
話じゃないですけど
焼き尽くすね
パワフルなね
エネルギーの発露
というかこう
ファイヤーって言った時には
もうね大いなる火
というかねこう
破壊みたいなエネルギッシュな
というかねこうだから
山火事とか
こう
焼き尽くす火のことは
フレイムっていう
ファイヤーっていうそうなんですよね
で
フレイムって言った時にはどっちかっていうと
ゆらゆら揺れている
ろうそくの火というか
その動きのある
ほのかなというか
こうなんか
揺らぎのある
火のことを
フレイムというと
らしいんですよ
だから
サクレットフレイムって言った時には
何かこう
人間社会の中で
守っている
この
地獄の豪華みたいなね
バーって全部燃え
燃やし尽くすようなパワフルな
破壊としての
エネルギッシュな
ファイヤーじゃなくて
フレイムなわけですから揺らいでいる
ちっちゃな松明の火というか
ろうそくの火のことを
フレイムというので
サクレットフレイムというのは
人間社会の中で一生懸命守っている
一つの
共通している
ルールの中で
ゆらゆら
揺らいでいる
火
というようなイメージだと
いうわけです
だから最後の最後まで
聖なる火なのか
聖なる炎なのかで
まあ考えました
この3人で
聖なる火
聖なる火もいいね
いや
聖なる炎じゃないですか
とか
日本人の感覚でいうと
火の方が
炎よりも
揺らいでいる感じする
ですよ
ちっちゃなろうそくの火
って言った時に
ろうそくの炎とは言わないですよね
だから
聖なる火か
聖なる火
ずっと宮沢も言ってました
劇場事務所でね
でもね
聖なる火と聖なる炎って
何度も何度も書いたり
パソコンで打ち出したり
縦に書いてみたり横に書いてみたり
なんかいろいろやりましたね
あと聖なるのなるを
カタカナにしてみたり
もうね
いろんなパターン作ってね
眺めたりね
一旦タバコ吸いに行って全部忘れて
帰ってきてもう一回それを見るとかね
まあやりましたよ
聖なる炎
聖なる火どっちだろうな
結局決め手になったのが
こうやってね
声に出して
話すと
聖なる火って言うと
なんかほら
dayね
日曜日月曜日
火曜日のこの日ね
この
説明下手か本当に
今日は聖なる火だ
みたいなね
そっちに聞こえちゃうのが
嫌だなと思ったのも
ありますし
そこに出てくる決め手の一つで
聖なる火
聖火って言った時に
オリンピックの聖火みたいな感じも
ちょっとニュアンスとしてあるよね
ということで
聖なるは決定したんですけど
聖なる炎にしようと
タイトルのこの
インパクトというかね
そういうので聖なる炎
にしたという経緯があります
だからね
なぜなのかというとね
これだけ説明というかね
まあ考えましたよと
いうのを伝えたかったんですよ
でまたね
聖火って言うと
なんかね
こう
もうね
機械的に守られているというかね
このね
分厚いこのガラスケースに
昔の
骨董品みたいな
食材が置いてあって
でそれを絶対に絶やさないように
ガチガチに
守られている
教会とかにあるね
これもう有史以来ずっと燃えてます
みたいなないけどね
ないけどなんかそういうね
もう
人間社会から明らかに
隔たりのあるというか
なんというかね
遠い存在
の
イメージがするんですよ
聖火って言うとね
だからオリンピックの聖火もそうですよね
ずっと
各開催地が
ずっと守り続けなきゃいけない
みたいなあるじゃないですか
だからそういう
隔絶された感じというかね
そういうイメージが聖火だとするんだけど
聖なる
聖なる炎
って言った時には
ちょっと揺らいでる感じがする
感じがするのと
あと炎という字がですね
やっぱりね
これは次の話に繋がりますけども
炎上ね
SNSにおける
炎上の炎でもあるわけですよね
そこはね
非常になんかこう
意識しました
だから聖火じゃなくて
聖なる炎というタイトルに
しました
あとね
ちなみになんですけどこれね
後で調べたこれはね
上演が決まって
もう稽古もやってる
最中かなぐらいに
自分で調べたんですけども
オリンピックの聖火
っていうのは
英語で言うとですね
オリンピック
オリンピックファイヤー
っていうそうなんですよ
オリンピックフレームでもない
オリンピックファイヤー
っていうらしいんですよね
聖火
聖なるの聖って付けるのは
東アジアの国
だけだそうなんですよ
だからね
そもそもオリンピックの聖火には
聖なるっていう意味はない
ないんですよ
これもまた不思議だな
と思うんですけども
イギリスとかアメリカとか
それからね
西洋の人たちは
オリンピックの聖火のことは
聖火っていう言い方をしないんですね
オリンピックの日っていう
ことしか言わない
だから聖なるっていうのは
むしろキリスト教権
以外の国では
聖火とか
中国でも韓国でも
オリンピックの日のことは
聖火とか聖なる火とか
っていうらしいんですけども
オリンピック当事者たち
オリンピックを作った人たちは
聖なる炎じゃねえよ
オリンピックの日だよ
これはっていうらしいんですよね
ここがまた面白いなと
思うんですけども
これは雑談ですから
関係ないんですけどね
というのと
なんでこの作品を
やろうと思ったかの
話なんですが
一番最初に言ったのは
面白かったからっていうことが
大きいんですけども
何が面白かったからなのか
っていうと
やっぱりね
一番最初に私がこの本を
読んで思ったのが
倫理観の揺らぎ
なんですよね
倫理観の悲願というか
倫理
この一線を超えてしまったら
人間なのか人間じゃないのか
わからなくなっちゃう
一番端っこ
人間社会が
守っている
共通ルールの
一番端っこを
描いてるなと思ったんですよ
倫理の悲願を描いてる
もうね
声で言うと
ちょっとわかんないと思いますけども
倫理ってのは倫理ですよ
悲願っていうのは
これ
消費税の
減税が悲願です
あの悲願じゃなくて
もうあの悲願
お悲願の悲願ですよね
一番端っこというか
こっから先は地獄みたいな
こっから先は修羅みたいな
この一番こう
倫理から見て
倫理というものから見て
倫理ど真ん中じゃなくて
倫理的なのか
倫理的じゃないのか
人間らしいのか
人間らしくないのか
その行為がね
人間というかその
社会を形成する上での
その端っこの部分をね
描いてる作品だな
っていう風に思ったんです
具体的に言うと
親子の愛とかね
それから
尊厳志とかね
なんかいろんな
具体的なワードが
出てくると思うんですけども
それはお芝居ご覧になって
考えていただきたいな
という風に思ったんですけども
一番最初この芝居が
すごく面白いなと思った経緯は
そこをね
ゆらゆらゆらゆら
ゆらゆらね
揺らがして
揺さぶってくれるというか
この芝居を見た時に
あれ
あのお母さんの
とかあの看護婦さんの
とかね
あの嫁のとかね
あの弟のとかね
あの主人公のとかね
その振る舞い
どうみたいな
そう
許されるのそれっていう
当たり前をね
すごく揺さぶってくるんですよ
それってね
やっぱりセリフ劇
というか新劇
ねが
大切にしてくる
してきた一つの
大きな面白さというかね
それをね
一読してもね
宮沢はこれだって
思ったのは揺さぶってくる
って思ったんですよ
だからそのフレイムっていうのも
火じゃなくてフレイム
ねファイヤーじゃなくてフレイムだ
っていうのもなんかそこに共通するような
こう揺らいでいる感じ
ね
そこをねこう
味わってもらいたい
多くの人に味わってもらいたいと思ったんですよね
でだから具体的に
何かねその
例えば毒王や
昨日のね
感想のスペースでも
言ってましたけど毒王やの
問題だとかそれから
ヤングケアラーの問題だとか
なんか具体的な社会的
な問題を想定して
これを
やりたいと思ったわけじゃなくて
もっと抽象的なその
この社会で
生きていると誰しもが
必ず直面する
どうすればいいのか
そういう時にどうすればいいのか
っていうことをよって立つような
その倫理というものを
根底から揺さぶってくるような
っていうね
その面白さにあふれた作品だなと思ったわけですよね
だから最後に
まあサスペンスドラマなので
ネタバレはなるべくしたくないんですけれども
最後にその
ある人がね
語るあのセリフ
その
ねとか
そもそも何でその人が
その声に及んだのか
っていうことが一つの
大きな揺さぶりになる
わけですよね
それってやっぱり
えー
一番そのお芝居でね
感じ取りたいねその
表現だなっていう風に
思ったっていうのがやっぱり一つの大きな
動機だったわけですよ
だからね
えーきっとね
このお芝居を
多くの人が見てくださった
時に
何なんだこの芝居はってね
言うなと思ったんですよ
で結局
何なのよこれはっていうね
その犯人は
分かったけどさ
何なのそれってね
まあ多くの人がね
首をかしげるだろうなと
思ったんですよ
でそこでね
いやそれはもしかしたら
自分で考えなければいけないんじゃないかな
とか私だったら
そうはしないだろうけど
でもそういう話聞いたことあるなとか
じゃああの人だったら
どう思うのかなとかね
でそれも
あのお芝居に込められたその
倫理の揺らぎというか
倫理の悲願
みたいなところっていうのは
そのメインになっている
お話以外にも
いろんなところに散りばめられてるんですよね
その揺らぎがね
だからあの人とこの人が
こうなってる関係性が
もうまかり通ってるだとか
ちょっと待ってこの人とこの人も
なんかあるよねとか
なんでそれに
思い至るのかとかね
いろんなところがね
実は全然説明されてないんですよね
で
それを決めるのは
見終わった
それぞれなんですよ
観客側がね
そっか
そうきたかというか
そんなことしちゃうんだ
みたいな
でもそうかもしれないな
いやでもな私だったら
それはやんないなとか
でもそうだよなとかね
いろんなことをね
みんながそれぞれ考えて
でね誰かに
話したくなるっていうか
あなたどう思った?
あれってちょっと待って
ちょっと待ってみたいな
そこでねみんながこう
語らってる風景
みたいなものを目指して
これは
企画として宮沢が
ずっと温めてた
わけなんですよ
だから昨日の
その
ね
感想を語るスペース
みたいなものも
私にとってはですね
狙い通り
それそれ
ね
それを聞きたかった
みたいな
そういうこうね
我が術中にありみたいな
偉そうだなまた
それそれそれみたいな
そういう感じがしたんですよね
あー
11時44分になっちゃった
結局今日も
本題に入る前にね
これ終わってしまいそうな
ことなんですけどね
まぁでも聖なる炎の
話始めちゃうとこうなっちゃいますよ
ねこれしょうがない
あとね3時間ぐらい話せますから
もうぜひね
ずっと話してもらいたいな
という風に思うわけですけれども
でねやっぱ最後に
この
聖なる炎というのが
いいなと思った
ね
このね
背景というかね
社会的背景みたいなことを
最後にじゃあ今日はもう
聖なる炎の雑談会になりますすいません
外来語には気をつけろはまた次回
ね
話させていただきます
ごめんなさい今日ね
外来語の話するのかなと思ったら
結局聖なる炎の話だけじゃねーかよ
って感じになっちゃいますけど
申し訳ございません
ちょっとね
これ世界史の
というかイギリスの
イギリスの歴史の話
ちょっとね最後にさせて
いただきますけど
このね聖なる炎
The Sacred Flameというのが
イギリスとアメリカで
初演されたのはですね
1928年なわけですよ
ね
1928年
まだ日本でいえばですよ
1924年が
築地小劇場会場の
年ですから
明治時代
明治は
1868年から
1911年まで
ですね
大正が1912年
から大正ね
昭和元年が
1925年
ですからね
そうだよねだから
明治初期ですよ
まだ
第一次世界大戦が
1914年ですからね
第一次
世界大戦から第二次
世界大戦勃発
ね
1920年
ぐらいですよ
そういう時代ですよ
明治
昭和3年ぐらいの時代
ですよね
にイギリスとアメリカで
初演されたわけですけれども
このねイギリスにとっての
この
1920年代
ね
どういう時代だったのか
みたいなね
ちょっと社会的な歴史的な背景をね
ちょっとね紐解きますけれども
そもそもね
この
聖なる炎が描くドラマは
ですね
第一次世界大戦で
新型のね
戦闘機が
墜落してね
戦後か
第一次世界大戦が
終わって
新型の戦闘機を
飛ばしてたら
あの墜落しちゃって
その墜落事故によって
主人公のね
が
半身不全になっちゃうっていうね
まあバックグラウンドがありますよね
っていうことなので
大体
舞台になっているのが
1900
だから
20年くらいかな
ですね
というような感じですよ
で
イギリスというのはですね
君主国ですからね
日本と
似通っているのは
明治とか大正とか
昭和とか平成とか
令和とかって
天皇陛下のね
まあ
お名前から
時代を言語と
言いますけどね
認識するようになってるじゃないですか
ただ
鬼祟の新劇陣
たるややね
言語なんて使うなみたいなね
こともありますけれども
西暦でいいや西暦で
すいませんみたいなね
ありますけれども
イギリスはですね
王朝ね
王様女王様がいる国ですから
王様女王様の
名前で
時代を認識するような
ところがあるわけですよね
で
ヴィクトリア朝っていうのがありますよ
これが1837年から
1901年まで
これヴィクトリア女王の
地勢ですよね
ヴィクトリア朝っていうのがあって
その後エドワード朝
ジョージ朝
もう一回エドワード朝来てまたジョージ朝来て
みたいなね
いい加減にしてくれよみたいなね
これシェイクスピアでもそうです
何人リチャードとジョージと
エドワード出てくんねん
っていうことですけども
要するに
ヴィクトリア朝から
エドワード朝
エドワード七世ですけども
くらいの
エドワード
七世の
エドワード朝っていうのは
これはね
もっと難しいことを言いますけど
ヴィクトリア朝が
1837年から
1901年ですが
その
ヴィクトリア女王の夫に
あたるですねアルバート公
っていう人がいて
そのアルバート公
関係者
の人たちが
1917年
くらいまで
王朝を築いてたので
ヴィクトリア朝および
サクスコバーグ
ゴーダ朝難しいからいいよ
分かった分かった
とにかくヴィクトリア朝系
だったんですよね
1917年までね
でその後
ウィンザー朝っていうのになるわけですよね
全然違う
系列になるわけですよ
だから
万世一系のね
男系男子で
繋いできた
万世一系の
平成
天皇陛下の
知らす国
深刻日本とは
えらい違いでございまして
まあまあまあ
それも明治期に
でちあげた話なのでね
勘弁してくれると思うわけです
まあまあその話はいいんですけども
イギリスの王朝
王朝っていうのはね結構複雑
回帰になってるわけですよね
でまあヴィクトリア朝
サクスコバーグゴーダ朝
が1917年に
終わってね
その後ウィンザー朝始まって
でまあ今に至る
ねわけですけども
その
まあ
ざっくり言うとその
ヴィクトリア朝系というのはですね
まあそのいろんな要素が
あるんですけども
すごく保守的な
というか
世界中
そうだったんだなと思ったんですけど
明治もそう
日本の明治期もそうですけども
女は女
男は男で
明らかに社会的な役割が
決まってて
女は家庭にいるもんだし
自由恋愛とか
ありえないし
もう
好きな人とか嫌いな人とか言うんじゃねえと
もう家のために生きんだ
お前はつってね
もう本当封建的なというかね
女性は
家庭に入って
家庭の天使としてね
家庭を切り盛りする
価値観
で男はちゃんと
働いてですよ社会へ出てですよ
お金を稼いで
そして社会的地位をね
確保して生きですよ
家を守るみたいな
そういう価値観が固定していた
しかも
家庭というのは女と
それから男
男と女
女と男が結びつくことによって
これは作られる
封建的な
価値観というのが
ヴィクトリア帳なわけですよ
そのヴィクトリア
女王というのがなくなってから
徐々に徐々にそれが
崩れ始めてきている
その封建的な価値観が
徐々に崩れていって
もっと自由に個人として
生きていくっていうのも
ありだよねというか
もうそういうこう
社会規範に縛られる生き方
っていうのをねちょっともうやめていかないか
っていうような
社会情勢がある中で
イギリスも
世界大戦に参戦していく
っていう大きな出来事が
あるわけですよ
だからヴィクトリア帳の男がね
外へ出てねそれで
大英帝国を守っていくんだみたいな
その
大きなその
大いなる
価値観に縛られて
出ていった結果
大切な息子がとか大切な夫が
死んでしまうみたいな
もうね虚無感になる
もう苛まれるわけですよね
社会全体がね
このヴィクトリア帳の封建的な
価値観で
せっかく生きてきたのに
その結果がこれかいみたいな
この
あんたんたる現実は何なんだ
みたいなところから
もうね完全にこの
ヴィクトリア帳の
封建的な価値観というのは失われていく
みたいなそれが1917年
以降のイギリスの
価値観のモラリティの変遷
みたいなことになっておくわけですよね
だから
この聖なる炎の中にも
やっぱり出てくる
あのお母さんというのは
ヴィクトリア帳を
象徴するかのような
その
明らかに上流階級ですからね
あの
ロンドンの郊外に
自分たちの野望がついた
大邸宅があるような
超お金持ち
超家柄上みたいな
そういう家のドラマですから
まあその封建的な
価値観の中で生きている
家に見える
家の話ですよね
ただそのお母さん
というのがクセもんでとこういう話になる
わけですけれども
具体的にねこう言うとね
そこはね
私もこれ
あの
持ってるなというか
これすげえタイミングだな
と思ったんですけど
あのね
ダウントンアビーというドラマありましたよね
日本でも超盛り上がったんですけど
あのダウントンアビーね
あれがね描いているのも
やっぱり
あのヴィクトリア帳の
時代の調度品とか
価値観とかね
その大金持ちの
ザイギリス
みたいなね英国式
ね英国の
お金持ちってどういうもの
みんなが思い浮かべるような
ヴィクトリア帳の
そういう表現
をね
ドラマであったじゃないですか
ダウントンアビーっていうのね
それに近い
このダウントンアビーが描いていたのも
やっぱり1920年代の
ヴィクトリア帳
の時代が
徐々に崩れていくような
時代のお話なんですけども
やっぱりね
このね聖なる炎が描いている
価値観もやっぱり
そこら辺なんですよね
だからね
2023年に
できたっていうのはね
かなりねダウントンアビー
ファンの人もね
唸らせたと思うんですよ
確かね東京公演のね
アンケートの中で
あたしダウントンアビー好きだから超好きでした
みたいなことを書いてくれる人も確か
いたんですけども
であとね私ね
そもそもイギリスの
そういうこうねヴィクトリア帳時代の
そういうこうなんか
いわゆるブリティッシュな感じの
パンクの方のブリティッシュ
じゃなくてこう
古色嵩然とする
ようなね
なんかこう
伝統的なというか
あのね
あのヴィクトリア帳のイギリス
みたいなのがやっぱちょっとどうしても憧れが
あってね
高校あれ大学生
大学1年生ぐらいに
レンタルビデオで
見たんですけど日の名残
っていうのがあるんですよ映画ね
ご存知ですよね皆さんね
日の名残のね
あの世界観好きなんですよ
ね
でその
エマ・トンプソンがさ
主人公のもう一つ
そういうのあったじゃないですか
ちょっと流行りましたよね
あの
ザ・ブリティッシュ
英国式な
大金持ちの
ちょうど品のみたいな
ドラマで
かつちょっと近代的な価値観
に目覚めた人が
こうなんか
繰り広げるねドラマみたいな
ああいうのが好き
なんですよね
ちなみにこの日の名残っていう作品は
1930年代の
イギリスを描いているので
まあまあまあだから
1928年に
上映された聖なる炎と
それからダウントアビも
1920年代を描いている
そして私の大好きな映画の
日の名残が描かれているのは
1930年代初頭ですから
大体あの辺ですよね
あの辺の価値観が
変容していく倫理観が
変容していく時代の
イギリスのドラマなわけです
ね
ここがとても重要で
あのね
サマセットモームっていう人は
そのビクトリア町で
しかもね
大金持ちの上流階級の社交界の
ね
そういう社会の中で
喜劇作家ね
コメディ作家
喜劇作家として大成功を
収めているわけです
言ってみれば
ダウントンアビの世界観の中に
生きる三谷幸喜みたいな
ね
まあまあもうねみんなから
サマセットさん
サマセットさん言われる
モームさんか
モームさんの描くドラマ
超面白いよねみたいな
また新作待ってるぜみたいな
いうような感じで
みんなに好かれていた
作家だったわけですけれども
実は
このサマセットモームっていう人も
面白くて
イギリスの
情報機関のスパイだったんですよ
面白くないですかこの人
MI5
今でもありますよね
007の世界ですよね
イギリス情報機関の
スパイだったんですよ
で
いろんな海外にね
政治情勢を調べに行く
調査員だったんです
それも後で自分で明らかにするんですけども
その当時はね誰も知らないんですよ
そんなことね
要するにスパイだったんです
っていうのが一つと
あとはね
このね
信じられないことにそんなに
封建的で保守的な
そういう
価値観の社会の中で
ゲイだったんですよ
同性愛者だったの
これもねサマセットモーム
の
ドラマ感にとってはですね
かなり大きな要素な気がするんですよ
だってさっき
言ったようにビクトリア町の
価値観の中では
同性愛者なんて
絶対に許されないし
あとねこれはあの
小田島宗司さんがね
説明してくれた動画が
今でも俳優座劇場の公式の
youtubeで上がっていますけれども
あのね
えー
ちょっと前ね
モームのよりちょい前の
パイセンでですねオスカーワイルド
っていうね超天才
作家がいたんですけど
やっぱこの人もゲイだったんですよね
で
これね
この封建的な社会の中でね
オスカーワイルドがゲイだってのがバレてね
しかもね逮捕されちゃう
っていう事件が
1895年にあったんですよ
でそれはね
絶対にねモームは見ていた
はずなんですよね
で
社会の中でゲイがバレ
その時代ですけども
ゲイがバレてしまうと逮捕されて
しかもね2年間のね
重労働の刑に処される
わけです
だから社会的にね
抹殺されちゃうわけですよね
いくらねオスカーワイルドとはいえね
あのね
えー
怖いことになっちゃうわけです
だから本当は男の人が好きなのに
男が好きって言ったら逮捕される
っていうそういう世の中で
えー
青春期を送っているのが
送ったのがサマセットモーム
という人なんですよね
しかもビクトリア朝系の
その保守的な
封建的な社会の中で
人気作家として
めちゃくちゃ売れに売れた
作家なのにも関わらず
世の中には言えないことが
2つもあった
しかも大きなことが2つあって
スパイだったってこととゲイだったってことを
誰にも言えないような状況
で生きているみたいなね
そういうね屈折した人
なんですよね
でそのモームがですね
もうね
人気作家としての自分っていうのが
飽き飽きしちゃって
もう売れに売れたし
みんなからものすごいね
次の作品どういう作品なんですか
とかねすごいもてはやされて
て
もう嫌になっちゃってですね
で描いたのが
このサクレットフレイムという作品
なんですねだから
モームの人生の中で
明らかにおかしいんですよ
これはね今までの
作風と全然違う作品を
描いたのねこれがまた
面白くて
今まではもうね
その当時に流行っているような
もう軽めのね
ちょっと日本人の感覚であんまり
理解できないんだけど
なんかね軽妙なね
こうイギリス特有の
皮肉がガチガチに入っている
なんかその
おもろいだけの
ドラマなんですよ
それまでのね
でもその飽き飽きしちゃって
そういうオファーとかもめっちゃあったんだけど
全部断って
一旦やめるんですよ
作家活動をね
で次の作品だけは
もうね自分の
描きたいことを描くんだと
でしかも
その当時日本と同じように
あの
検閲というのがあったので
必ずね警察系の
人に
自分が書いたね本を
提出してモラル上を
ビクトリア上の価値観上
問題ないかどうか
お墨付きを得て
初めて上演が許される世の中ですから
さすがに
スパイモノとかね
あと国家を転覆するものとか
あとは
同性愛者みたいなものは絶対に書けない
わけだし
自分が同性愛者だとかね
自分がイギリス諜報機関の
人間だとかいうのも絶対書けないわけだから
何かねこうね
もじりがあるというかね
自分の中で
消化しているものがあるんですよね
それが
そのきっかけになるのが
サム・ハセテム・ウォームの
ザ・サクレットフレイムという
作品だったわけですよ
だからこうね
この作品でウォームが多分
描いていたのは
その当時の倫理観が
こう揺らいでいる
ね
もうビクトリア上で
作られた
社会規範みたいなもの
っていうのはほころびが来てるよね
ねもっと
こうなんていうか
自分の思いというか
自分の感情とか
自分を生きる
とか自分の死
を選択してもいいはず
だよねみたいな
ところをね多分描いて
たんだと思うんですよ
だからねそういう
このいわゆる
一般的なこの倫理観
ガッチガチの固められた倫理観が
揺らぐっていうのって
多分
私がこの本に
出会ってやりたいと思った
2003年とか2004年
当時の日本も
すごくね
そのね
正義の倫理観を
振りかざすそして
それを
一つの材料にして
人を傷つけても
当たり前だみたいな
文化がねものすごい
始まろうとしていた
ぐらいの時期ですよ
あの時まだツイッターっていうのは
始まったか始まってないかぐらい
のSNSが
まだ始まってなくてむしろ
匿名で殴り合う
メディアっていったら
2chがね前世紀だった
時代ですよ
とにかく自分の姿を隠して
匿名の
仮面をかぶって人を
すごい言葉で傷つけるとか
あとは
これが
これこそが正義だから
正義の側から
とにかく悪いやつを
タコ殴りにしてそれで
ドーパミンをね
分泌させて
気持ちよくなってるみたいな
そういう人たちが徐々に徐々に一般的になってきてる
ねあのほら
2chの中でいえば
えー
なんだっけほら
電車男っていうの流行りましたよね
あれ2chから
由来した奇跡のような話
って盛り上がってましたけど
なんかああいうね
倫理観を
借りて
人を傷つけることが
当たり前みたいな
しかも個人を特定されないような
ずるい
立場に立って
人をね傷つけても
いいみたいな
この空間の
ネットの空間の中では
それが当たり前だみたいな
いうのが始まりだした時期だったんですよ
そこにね
この本とか
この作品ってめちゃくちゃ
タイムリーになるだろうなっていう
思いも多分今から
考えたらありますよ
なんかねそのね
ヴィクトリア朝が終わって
より人間的な世の中が
来そうな時に
第一次世界大戦があって
あの倫理観って
何だったんだろう
絶望していく
現代イギリスの
社会のモラリティの変遷と
それから
2000年代前半の
これから
正義
とか
社会の
必要悪とか
リアルに生きることと
それを
正義の意を借りて
タコ殴りにしていく
感じとみたいなものが
すごくつながるというかね
これが結局
20年経って
2023年に
ようやく実現するわけですけれども
どんどんどんどん
日本の社会がそうやって
有名人の不倫とかね
それから
ちょっとしたその
スキャンダルとかね
そういうものを
まあこうなんていうの
罵声を浴びせてね
とにかくもう
再起不能になるくらい
その人を言葉で攻撃しまくるみたいな
世の中がエスカレートしていったじゃないですか
2003年
4年くらいから
2023年くらいまでの20年間というのはね
それが当たり前になっていくみたいな
そういう風に
どんどんどんどんなっていく中で
この聖なる炎という作品は
どんどんね
リアリティを持っていった
という感じもしたわけですよ
私10何年間ね
この作品をやりたいやりたいと思いつつ
どんどん
時代の方が
この作品に寄っていくというか
どんどんリアリティを増していった感じがしたわけですよ
だからね
本当にやれてよかったし
今まだ
今むしろ逆にね
もうリアリティ最高潮ですよね
この作品を見て
あーこれって私のことだ
とか
私が考えてた倫理観って
何だったんだろうとか
これからどういう風にそれを考えればいいんだろう
っていう
ことを思うような人が
多分ほぼほぼ
大半なんじゃないかっていうね
のはとてもね
なんかこう
それをまた
霊界として迎えてくれるというね
演劇観賞会のすごさっていうのもありますけれども
よくぞこの作品を
見ていてくれて
そしてよくぞ
自分の地元でみんなで
見ようって言ってくれたっていうのはね
やっぱね
この一つのさっきの話じゃないけど
演劇の奇跡だと思います
ね
よくぞこの作品を選んでくれた
とっても今でも思ってますし
それは感謝しております
だからね
そう
私がねやりたいって言い出したね
作品がようやくね
そうやってみんなにね
霊界で迎えてもらえて
それでまさに今ね
見てそれで
こうだったよねあーだったよね
って話している最中だっていうね
このねなんとね
贅沢なことか
ってね
そういう時に
私がね制作者というか
プロデューサーというかね
その言い出しっぺとしてね
その場にいられなかったっていうのはね
もうなんかね演劇人生の一つのね
絶望というか汚点というかね
もうなんか
もう後悔しかない
ただ今はもう反省の日々みたいな
状態ではありますけれども
うーん
まあね
まあいろんなことがありますからね
人生にはね
それをまあ
なんかね
あとは言えないけどね
でも
それでもやっぱり今でも
あの
一人の演劇好きのおじさんとしてね
このあの作品が
みんなに評価されて
で
みんながあーだよね
こうだよねって言ってくれている
っていうのはやっぱり
演劇やっててよかったなとか
演劇をこう
なんか追求
し続けてよかったよなとか
なんかそれにやっぱりつながりますので
ぜひね
霊会が終わった後もですね
そしてこれから霊会を迎えて
くださる皆さんもですね
この作品に関しては
ずーっと話し続けていただきたいし
そして考え続けて
いただきたいなと思います
うん
最後になりますがね
いい芝居っていうのはね
たぶんねずーっとね
上演され続けると思うんですよね
これあの前ね
船橋の
あの私の講演の中でも最後に
言ったんですけども
演劇というのは
何にもない空間で
作られますね
でただ何にもない空間で
作るのにもかかわらず
その瞬間その時間だけは
その
舞台の世界が
すべてがそこにあるわけですよね
だから聖なる炎はいスタートってなったら
何にもそこもともと
何にもないただの
ただのちっちゃいけない
だった
文化センター文化ホール
ね文化会館
ね空っぽな
空間だったものがはいスタート
ってなった時からいきなり
1920年代の
上流階級の
家になるわけですよね
舞台で見えているところ
以外もその時間
だけはそこにある
ものすべてが
その舞台の世界
舞台の世界のすべてが
そこにあるわけですよね
何にもない空間で作るんだけど
全部があるし
それから
お芝居っていうのは始まったら
必ず終わるので
もう本当に
限られた時間しか
存在しないけれども
もしそのお芝居から
何かメッセージとか
思いとか
問いみたいなものを
受け取ることができたら
ずーっとそのね
思いとか問いみたいなものが
残るんですよね
だからその瞬間
その時間しかないにもかかわらず
ずーっとあり続けることができる
これがね
お芝居のね
すごいいいところだと思うんですよ
私も一番最初に
あの俳優座劇場の地下に
奈落にあった
昔やった
聖歌という本を開いた瞬間から
今に至るまで
私の中でもですね
聖なる炎という作品は
ずーっと心の中で上演され続けてるんですよね
うん
私の好きな作品というのは
今でも宮沢劇場の中では
ずーっと上演され続けてます
いろんな作品がね
そういうね
何もない空間なのに全てがあるし
その瞬間しかないけれども
ずーっと上演され続ける
これがね
いい芝居の指標だと思うんですよね
だから
聖なる炎ももし
よかった面白かった
思ったらですね
ずーっと心の中で
上演し続けていただきたいし
じゃあ倫理ってなんだろう
とかね
それからあの登場人物たちが
語らなかった
本当のこととか
本当の思いとか
じゃああのステラっていうのが
幕合いのね
1幕目終わって2幕目が始まる
あの幕合いの時に
窓の外を見ながら
ずーっとこうやって
カーテンがゆらゆら揺れてて
あの時のステラは何を思ってたんだろう
とかあとはね
これ初演しか私いなかったので
今の演出どうなってるか
分かんないんですけど
最後ねお友達の医者がね
ロウソクを吹き消すじゃないですか
それで終わってたんですけども
じゃあなんであのロウソクを消したんだろう
とかね
あのコリンっていう弟は
と
それからあのステラは
本当に
オペラを見に行ったんだろうか
とかね
いろんなことがね
何の説明もなく終わるんですよ
それってね
とってもなんていうか
上演され続ける要素
ナンバーワンですよね
じゃああのお母さんは
なんで
なんなのあのお母さんはっていうね
それもね全然説明なく
結構あるから
もうあとは見終わって
これから心の中で
心の劇場で上演し続ける人の
ものですから
これが答えですっていうのはない
ないんですよ
そこがまた面白いとこなんですけど
あー長くなっちゃった
外来語の話はさっき言いましたけど
次回やります
というわけで
今日のところはこれにて
終わりたいと思います
あとねこのね
聖なる炎の話しだすとね
止まらないからね
あとねこれから3時間ぐらい話していけば
話すからねこれね
申し訳ございませんでした
というわけで
本日の配信は
最近見たお芝居の話と
聖なる炎の話でした
演劇の力と今後の展望
後でタイトル変えますすいません
えーと
エンディングです
来週もね
木曜日の夜にね
改めて外来語の話しようかな
それかもしかしたら
倉林誠一郎の話するかもしれません
ちょっとまた
告知をお待ちください
今宵のお話はいかがでしたでしょうか
芝居って
面白いかもしれない
というのが
今日現在の結論ですが
異論反論賛成反対
いつでもお待ちしております
劇場は人間
そして人間とは
思って話し合って考えて忘れて
また思う生き物
劇場とくっつける
劇場にくっつける
劇場でくっつく
これからも社会と劇場をくっつける
ボンドの時間を続けます
芸術法人シアターボンドのラジオ
お相手は
法人代表の宮沢でございました
また次の配信でお耳にかかります
それでは
おやすみなさい
この配信は
鶴岡市民劇場
藤枝市民劇場
一般社団法人
名古屋演劇館紹介
NPO法人
町田演劇館紹介
稲沢演劇館紹介
加藤圭一事務所
東京演劇アンサンプルの提供で