育児における正解の不在
みなさん、こんにちは、ちゃちゃです。
えーと、こっちのアカウントではね、もう結構開いちゃったかなと思って、1ヶ月半ぐらいですかね、開きました。
みなさんお元気ですか?
私はですね、あのー、とっても元気です。
年末年始、あの、夫のね、実家に行ったんですけど、
我が家のメンバーと、偽実家のメンバー含め、全員インフルエンザにかかったんですけど、
なぜか私だけ生き延びているというね、奇跡なことが起こっております。
っていうぐらい元気です。
ね、なんかもうあっという間にですね、1月も半分過ぎまして、
いやもう早いなっていう感じでございますね。
みなさんいかがお過ごしですか?
今日はですね、あのー、なんか最近の、
なんかさっき思ったことっていうか、やっぱこれ大事だなっていうことをね、お話ししたいなと思って、久しぶりに撮ってます。
でですね、えっと、私は3人子供がいるんですけど、
うーん、よくね、えっと、
これってどうしたらいいかなとか、なんか、こういう時どうした?みたいなことを聞かれるんですよね、やっぱり。
で、3人子供いて仕事もしてるので、
両立の話とかもそうだし、子供の成長のこととかもそうだし、まあ多岐に渡るんですけど、
なんか結構その、なんだろう、正解を求められるような質問が結構多いんですね。
で、私もめちゃくちゃ、あの、わかるんですよ。
すごい何冊も育児章読んだし、あのー、今ね、スマホで簡単に調べられちゃうから、
いろんなネットサイトも見たし、SNSでね、いっぱい見ました。
たくさんまとめてくださってる人もいるから。
でも、そうするとですね、あの、情報ありすぎて、わけわかんないことになるんですよ。
で、結局なんか、もう極論ね、正解ってないじゃないですか。
そう、だからね、こんなに人類がね、誕生してから子育てって、ずっと続けられてるわけじゃないですか。
得てしまえば。でも、なんかまだね、こんな育児の悩みがあって、まあね、環境も変わるからね、社会も。
それは当たり前なんですけど、でもやっぱ根本的なところも全然、あのやっぱ悩みがつきないですよね。
自己承認の重要性
そう、だからってことはもうそれが答えだなっていう。
もう育児書もあんなに出てるし、ね、まだ悩めるママ達、パパ達がたくさんいて、
なんかやっぱりね、日々悩むなって思うんですよ。
だから正解はないけど、探しちゃう気持ちもわかるなっていう。
で、なんか唯一正解があるとしたら何だろうなって考えた時に、
あの、結構、自分、自分というか、子供に、子供がどうこうっていうよりは、
やっぱり自分自身がやったことをちゃんと承認することだなって、すごい思いました。
で、結局なんか、あの、育児って、やって当たり前な感じあるじゃないですか。
おむつ替えて当たり前、着替えさせて当たり前、ご飯あげて当たり前みたいな。
しかもそれを社会と離れたところで、あの、家の中でね、やって、
風邪ひいたら外出れないし、やっぱ誰との繋がりも無くなって、
で、結構孤独感感じてる方も多いと思うんですよ。私もそうでした。
そうするとやっぱ誰からも何からも言われない。
で、もしかしたらね、パートナーの方から声をかけられてる方もいると思うんですけど、全員が全員やっぱりそうではないし、
そうすると、あの、やっぱり今までがその、やっぱ社会と繋がりがあった分、
そこが無くなっちゃうんですね、途中、途中出てから突然パサッと。
なのでそこの穴がめちゃくちゃ大きく響いちゃうっていうとこなんですね。
元々無かったら変わんないんでいいんですけど、
あったのに無かったってなると、すごくぽっかり穴が開いちゃったみたいな、ほんとそんな感じですね。
で、その穴を埋めたくなっちゃうから、
あの、何て言うんですか、これでいいのかなとか、
なんか、近くに子供がいるんで、やっぱりそっちにベクトルが向きがちなんですよね。
なので、できることとしては、まず自分でちゃんと自分のことを認めてあげる。
これは、あの、めちゃくちゃね、すごい抽象的だし、
いろんなところにね、書いてあることもありますよね。
自分を満たそうみたいな言葉もありますね。
でも、なんか、そこの自分を満たすとかって、
うーん、なんか、好きなお菓子食べるとか、
そういうことじゃないんですよ。
コーヒー飲むとかそういうことじゃなくて、
もっと、もっとシンプル。
自分がやったことを、やったぞってちゃんと認めてあげる。
無かったことにしない。
なんか、すごい追われてる時って、
うわ、今日一日何もやらなかったなみたいな感じになる時あるじゃないですか。
でも、そうじゃなくて、何にもやってないことはないんですよ。
絶対やってるんですよ。
でも、やっぱり見えなくなっちゃう。
で、やってないなっていうところに意識が向いちゃうから、
本当にやってないことになっちゃうんですね。
体の反応的には。
だから、そうじゃなくて、
あのー、めっちゃ気持ち悪くなっちゃう。
私もすごいそうだったんで、めちゃくちゃ気持ちわかるんですけど、
なんか、まずは、
あのー、絶対やってるんで。
そこをね、いやいやいやじゃなくて、
あ、私やってるんだなって受け止めてほしいです、まず。
で、じゃあ具体的に何したかなって言った時に、
はい、ご飯を準備しました。
着替えを、子供の着替えやりました。
子供のご飯を手伝いました。
こぼしたものを拾いました。
食器を運びました。
で、洗って片付けもしました。
その間、子供が泣いてたら、
ちゃんとちゃんと手をね、止めて、
ちゃんと手を止めて、子供のところに行きました。
そして子供と向き合いましたとか。
なんかこれ、今すごい上げてるんですけど、
もう多分、ご飯食べてるぐらいの時間の話じゃないですか。
で、これをね、1日で上げていくとめちゃくちゃあるんですよ。
やってることって。
だから、それを1個ずつちゃんとやったな。
よし、やってる。私やってる。
僕やってる。みたいな感じで、
1個ずつ承認してあげて欲しいんです、自分で。
で、よくその、育児の早なしとかを相談してくる方って、
友達とかもそうですけど、やっぱ、どうしよう感が強いですよね。
どうしようって、まあそうなんですけど、
どうしようって思ってるから相談してくるんだけど、
なんか、誰かにこれでいいんだよって言ってほしい感じっていうんですかね。
それが強いです。すごく感じます。
で、それも確かに必要なこと。
それ、他者承認って言うんですけど、
誰かにこれでいいんだよって言ってもらうとやっぱり安心するし、
私たちって子供の頃からね、学校でもうそういう環境で座ってるじゃないですか。
100点取ったよ。100点取れたね。よかったね。とか、
なんか正解、これは合ってる間違ってるって座ってきたから、
これでいいのかなって思っちゃうのって当然のことだと思うんですよね。
ただ、これからその正解がない世界になっていった時に、
やっぱり他者承認だけだともういつか枯渇しちゃうんですよ、自分の心の中が。
他者承認と心の満たし方
なので、よくコップに例えられるんですけど、
そのコップの水がなかった時に、
人からその水を注いでもらうんじゃなくて、自分で注いであげる。
自分で注ぐことができれば、いつでも注げるわけですよ。
わざわざ取りに行かなくても。
注いで注いで注ぎ続けてると、いつかそのコップがいっぱいになって、
溢れてきますよね。
初めて溢れた時に、他の人にそのお水を分けてあげることができるんですね。
なので、その他の人っていうのは子供にも、お供も含まれます。
子供ばっかり褒めてて、でも自分のことを褒めてあげられてないと、
なんでこんな褒めてるのに?っていう気持ちになるんですよね。
こんな褒めてるのに、なんでこれできないの?みたいな。
よく分かんない状況になるんですよ。
よく褒めて育てようみたいなのがあるからやってみた。
でもうまくいかない。なんで?みたいになっちゃう。
それは自分がちゃんと自分のことを褒めてあげられないので、
褒めてあげてるみたいな感じになっちゃうんですね。
コップが乱されてるとどんな状態になるかというと、
勝手に褒めるっていう感じですね。
意識しなくても相手のいいところとかが目につくので、
これできたじゃん、これよくやってるね、頑張ってるねとか、
そういう言葉が勝手に出るようになります。
言葉もそうなんですけど、表情とか立ち振る舞いとかですかね、
子どもってすごくそういうところに敏感じゃないですか。
だからそれは子どもだからとかじゃないんですけど、
大人もそうなんですけど、やっぱり言葉よりも
それをどう言うかっていうのが残るので、
なんか雰囲気変わったなって。
同じ言葉でも、例えばすごいねとか、
その単純な一言だけでも心からすごいねみたいな感じで言われるのと、
すごいねみたいな感じで、母読みなどってやっぱり印象違いじゃないですか。
子どもはちゃんと受け取るので、それをしっかり。
なので、そんな感じで子どもにもいい影響が出てくるっていう、
そんな感じになります。
なので、今日伝えたいのは本当に頑張っている方。
すごく育児書とか読んだり聞いてくる人ってすっごい頑張っているんですよ。
一生懸命。育児にも子育てとか仕事にもそうですね。
全てに一生懸命。
そういう方にこそ、そういう方の方が何かを求めているので、
その求めているってことはないから求めているわけじゃないですか。
だからそのないに意識が向いちゃってるんですよね。
なので、そこをちょっと変えてもらって、もうできている。
私はもうこんなにできているっていう、そこを増やしていくっていう、そんなイメージです。
だんだん声が赤いからできちゃったんですけど。
すごい乾燥してますね。ごめんなさい。
なので、それで自分で自分のことを認めるっていうのをやってほしいなって思います。
ポジティブな変化の広がり
それでね、一個やってみたよっていうのが、
昨日私スレッツ始めたんですよ。
今さら始めて、そこで何してるかっていうと、
自分がやったことを書き出そうっていうのをやってて、今。
それでスタッフでも話そうって思ったんですけど、
今まではノードとか書いてたんですけど、
でもせっかくだったら、そういうところに載せて、
で、行く間にみんなでやりたいなって思って、
誰かのコメントを読むと、
こういうところも承認ポイントだなとか分かるので、気づきになるので。
とりあえず私が載せて、誰かの気づきになったらいいなって思って載せてるんですけど、
スレッツ、一応概要欄載せとくんで、気になる方はぜひ見に来てください。
めちゃくちゃどうでもいいこと書いてます。
普通のこと、ご飯作ったとか、寝かしつけした、寝かしつけで寝落ちたけどちゃんと起きてお風呂入ったとか、
ほんとそういうレベル。
でも書いてみて思うのは、言語化するといいなって。
ノートでも一緒なんですけど、
ちゃんと自分の目で見れるし、ちゃんと意識として定着するので、
次やるときに、やってるやってるって思いながらできるんですよね。
それがめちゃくちゃいいなって思います。
ノートで書くより緊張感あるので、さらに定着するなって感じです。
まだちょっとしかやってないけど。
もし興味ある方いたらぜひ一緒にやりましょう。
なので自己承認して、
2026年、毎日続けてみてください。
ほんと変わってくるんでだんだん。
表情変わって振る舞いが変わって、
そうすると周りからの反応も変わるんで、
いいリアクションとかもらえたりすると、
やっぱり自分も嬉しくなって、
っていう感じで好循環なので、どんどん変わってきます。
現実が。
なのでぜひやってみてください。
ということで今日はこの辺にしようかな。
最後まで聞いてくださってありがとうございました。
ではまたお会いしましょう。失礼いたします。