ハト組ホームルーム
ハト組ホームルーム出席を取ります、みょうゆうさん。
そして、私、ヒューガー大輔。
このハト組ホームルームは、ソウルで看護師でいらっしゃいます、玉脇みょうゆうさんと、
そして、マジシャンでインプロヴァイザーの私、ヒューガー大輔が、
部屋の中でポツンポツンと思いついたことを浮き上がってくる話題を、
スクッと調理したり、
あ、これダメだね。あんまりだったね。とか言いながらですね、
試行錯誤をする様を、ただただ音声として聞いていただく、そんなポッドキャストでございます。
もう夏もね、近づいてきたなって思いつつ、夏にして早いだろうみたいな台風でしたね。
早いでしょう。だってまだ梅雨も入ったんだか入ってないんだか。
なんだかね、今日収録が6月頭なんですけども、もう6月頭台風来た。
梅雨してる?
してないよね。
まだ入ってるって感じではないっぽいんですけど。
ないけどね、よくわからない状況ですけれども。
もうね、さっきから年々言ってることなんですけど、異常気象だ異常気象だって言ってるんだけど、
もうそれが当たり前になっていく?シフトしていくんだろうなと。
江戸時代なんかね、プチ氷河期だったらしいから、木と紙の家なのにね、今よりもよっぽど寒くて、
江戸の街にも雪がこんもり積もってるなってことが当たり前だったので、その頃からしたらね、今はとんでもなく暑いというか。
とんでもなく暑いし、だからそうやって変わるんだね。何もかもがね。
そうですね。だから波が大きなうねりの波があって、人間からするとね、地球全体からしたらぴょこぴょこした変化の一つのうねりに過ぎないんだけど、
人間からすると、うわーもうこの数十年で世界は終わるとかね。
大きいんだよね。
世界は終わる終わるってもう何千年前から言ってるから人間。
本当そうよ。1999年なんて覚えてるよ、ノストラダムスの大予言で。
もう世代がね。そうですよ、俺二十歳で死ぬんだなーってしみじみ思ってましたからね、僕も。
本当だよ。
だから人間ってそういうふうに、ほら想像力があるから。
そういうことなのか。
なんかちょっとね天災が起きたりとか、人の心が荒れてきたりすると、
ああもうこの世はマッセだって言って、末法死亡じゃーっつってね。
で仏教がブワー広がったっていうのが鎌倉、平安鎌倉ぐらいですか。
そんなこともあったなーって。
経験談見ていたよね。
あったなーって。
いくつやねんみたいな。
歴史を学ぶ意義ってそこにも一つありますよね。
確かに。
なんか、うちの息子がですね、歴史嫌いで。
社会嫌いなんですよ。覚えるっていうのが嫌いみたいで。
授業がね、面白くないんだろうね。
それもあるかもしれないけど。
内容はさ、きっとさ、興味持ってくれると思うけど、やり方だよね。
でもピンとこないのも気持ちはわかるんですよ。
やっぱり昔何があった。だからって思うんだけど。
でもね、繰り返すからね。歴史は。
昔も同じようなことをみんな考えてたのねって思えるだけでも、私は価値があると。
確かに。絶対そう思いますよ。
だから絶対にね、昔の人が、何でしょう、清少納言がね。
やっぱ春は朝方がいいわよね。とかいうことをね。どうでもいいこと。どうでもいいとか言っちゃいけないけど。
どうでもいいことを書いたのが今ね。
高校生が真面目くさって、いいとおかしいとか言って学んでるわけじゃないですか。
その頃だって絶対に、今より寿命短いとはいえね。
日々のしょうもないスチャラカなこととかですね。とぼほなこととかね。
あとまあ逆にすごく心がすさむようなこと、人が死んだりとかもいっぱいあったと思うんですけども。
そういう希望は、お金少なから今と似通ってるんじゃないかなと思うし。
戦時中とか、これ前もこんな話した気がするけど、またおじいちゃん現象なんですけど。
ほら80年前とかはいかにもなんかみんな貧しいし、街はやけの原だし。
もっと45年、44年とかだったら、10日閑静で日々真っ暗で。
芋ばっか食べて。
鉄槍を、鉄槍じゃない竹槍を持って、なんか訓練借り出されてみたいな。
しんどいだろうなって思うじゃないですか。
でもそんな時でも絶対に、みんななんかケラケラ笑いながら暮らしてた人も絶対いると思うし。
そうだよね。笑う時もあり、恋もし。
そういうような日常があったと思う。
人間のその周囲1メートル、2メートルぐらいの空気感っていうのは変わんないんじゃないかなって。
確かに。
そんな人たちがいたんだな、その時代でもいたんだなって思いを馳せるだけでも、歴史を学ぶ意味はなんとなくある気はしてるんですよね、僕はね。
それはそうだね。
なんか急にジジイの説教みたいな感じになっちゃいましたけども。
オープニングトークからそういう私はねって言って語りたいわけではないんですけども。
今日はほら、声が鼻声だから余計にちょっとおじいちゃん的な雰囲気がよく出てる。
喉がちょっと重たくてですね。
風かい。
風がね、これがリリースされるの7月だと思うんですけども。
5月末から6月頭にがっつり久しぶりに風邪を引きまして。
風邪をね、引いても早めに治そうって心がけるんですけど。
カッコンと飲んで、やったら首周りにタオルとか巻いて温めてって思ったけどなんか長引いちゃって。
これはやっぱり老いかなと思ったんですよ、僕。
もうがっかりして。
こんなに、なんて言うんですか。
回復力が。
回復力がっていうのもあるし、あと気力もねだいぶ下がって。
一日これやろうって決めてることもなんかあんまり半分もこなせないとかで。
そんな自分にがっかりしてっていう。
でなんか、ミーティングとかもね。
Zoomとかでもしょっちゅうあるミーティングとかも。
ごめんなさい今日ちょっと画面オフでお願いしますとか言って。
申し訳ないなって思ったりなんかして。
ただ一つ思ったのは、なんかまた若い頃みたいにね。
気合でとかじゃなくて、大事を取るということも時には覚えないとなと。
昭和メンタルだから。
決めた予定には張ってでも行くみたいな。
基本そうなんですよ。
未だそうなんだけれども。
だからといってね、なんかそれでもっと重篤なことになっちゃうと後々迷惑かけるよなっていうのも頭ではわかってるので。
一応ちょっとそのうまく休む?ちゃんと休ませる?みたいなことを覚えなきゃなと。
今回学びましたね。
休んだの?
休みました。
昨日ちょうどだからこの収録の前日ね。
ほんと一日何もしなかった。
って言いながら、2人ぐらいZoomしてんだけど。
もうそれ約束しちゃってるから申し訳なくて。
向こうの時間も取ってるから。
こんにちは。おはようございます。初めましてとか言って。
初めましてっていうZoom結構多いから僕。
人に紹介してもらってとかで。
その時にあんまりこう、どうも初めまして言うわけにいかないので。
ちょっと上げていきたいよね。
上げて30分だけね頑張るとか。
いうのが2件ぐらいあったんですけど、あとはもうひたすらコンコンと寝てました。
こんな寝れるんだなと。
若い頃ってほら油断すると12時間ぐらい寝ちゃうじゃないですか。
あったね。
今無理なんでもう。
確かに。
だけどやっぱり体がなんですか。
欲してるんだよね。
疲労っていうよりはもう病気モードの時って本当に寝ろって命令するんだなって改めて思いましたね。
そういう時ってさ割と気持ちよく寝れるよね。
そうですね。
トロトロトロトロね。
なんかねこういつもね布団と一体化してないですよ。
どうもなんか自分というパリッとした存在が布団にころって寝てるからなんだけど病の時って布団に染み込むように寝ますね。
なんだこの表現。
わかるわかる。
じわっとトロンって布団の中にもたれかかって寝るというか。
もう眠い眠くないじゃないんですよ。
もう泥のように吸い込まれるようにね。
これが病かという。
わかる気がする。
気持ちいいんだよなでもな。
病が気持ちいいわけじゃないけどトロトロ寝れる時ってさやっぱいいよね。
1個ね深いところのスイッチまで切る感じ。
自分の中の。
何もかも投げ出す。
でもやっぱり今朝起きてそれだけのことはあったなというか。
だよね。
やっぱ睡眠ってさリセットだよ。
リカバリ間違いなく。
タスクがあれやこれや山積みの中途半端な未完了のものが多いのを放り出して勇気がいるんですよ。
もう細胞レベルでそれを放り出さなきゃいけない。
いいから癒やせみたいな。
いいから自分癒やせってモードになれるって大事だなって思ってて。
そう考えるとさ病気ってさ。
病気って見たら嫌だよ風邪ひいたってさ。
でも今の見方からするとさものすごい大事な指令だよね。
だって風邪でもひかなかったら休まないでしょ。
だからもう体なのか神様なのか宇宙なのかわからんけども何かが風邪というもので休ませるわけよ。
そうっすね。
細胞レベルで。
細胞レベルでね。
もうこれ以上やったらダメだよと。
それが脳とか神経レベルでもうこれ以上やったらダメだ休めっていうのが打つのかもしれないし一種。
確かに。
あれ打つはまだある意味まだ本当の本当の終わりに行ってるわけじゃなくてもう休めよと一回ここで一回投げ出して。
本当の終わりなのかもよあれもう。
本当の終わり?
そうだよだからさレベル的にさ体がダメの今の感じだとね体がダメはもう一段階ひどいけど心のレベルでもう休めようと言ってるんだよみたいにちょっと聞こえちゃったんだけど。
もうアプローチの仕方が違うだけで。
まあね。
心を使ったのか体を使ったのかその伝達ツールが違うだけでもう限界でダメなんだよって休みなって言ってるの状態は同じなんじゃない?
そうだと思うんですよね。
だからちゃんと信号出してくれるだけねやっぱりよくできてるんだなっていう意味で。
本当そこ。
特に心脳とか心っていうものも体の臓器の働きだと僕は思ってるので医学的に言えばほら機質的なというか器に質と書いて機質的な脳という物体があって神経ってものがあってその働きで心とか感情が生まれてくるっていうのはあると思うのでこれはスピリチュアルの意味じゃなくて医学的な意味で。
でそれが疲れてくるとかなんか筋肉とは違う意味で何か疲労が溜まっていくってことはあるのかなと思ってるんですけどね。
面白いねなんかさ例えば機械だったらさだんだんなんか回転していくうちにさ熱くなってきちゃうとするじゃない?
でこれ以上熱くなったらダメだよというような時に機械ってさ止まらないじゃない?
そうですね。
で結局バーンって切れちゃうとかさ爆発しちゃうとか言って終わっちゃうわけじゃない?
でもさ人間はさ同じように回転しててさ熱くなってきてさもうこれ以上熱が逃せらんないぞってなったらさ自分で止まるんだもんね。
その制御力があるってことでしょ?
だからそれが風邪だったり鬱だったり他の病気だったりいずれにしたってさそれごとによってブレーキをかけるっていう制御能力が備わってるってこと?
そうだと思いたいですよね。
すごくない?
風邪ひいたってことはもうこう知らせななと。
えーちょっと待って。
そうね。
そうするとその制御能力を。
アラーム。
アラームをね。
自力で獲得したの?
どうなんですかね。
っていうことはだよ?
もし自力で獲得したとしようなんとかの進化論みたいな感じでさ。
そしたらさここが限界なんだってことを知らないとアラーム鳴らせないじゃない?
自力で獲得したときになぜその自分の限界を知ったの?だって限界を知った人ってみんないなくなってるわけじゃない?
そうですね。
だからさここだよってさいやそこで無理無理ってさ伝達できないわけじゃない?
遺伝子レベルでとしか言えないじゃないですか?
そうなの?
誰かが誰か分かんないけど第三者的に見てる人がいて見てるか残った人間か。
なのか分かんないですよ。その人と人、個体個体でこのリミッターを超えるか超えないかの個性は違ってて人によって。
リミッター超える人は死んでっちゃうから子孫が残りにくくて。
リミッターの10のうちの9とか8で止まれる人は残りやすいからそれがみんな遺伝子的に何か残ってるのかもしれないし。
それは良いだろうその説だ。じゃあそうするとなんで最初から9でリミッターがかかる人がいるのってこと?
分かんないですねそれは。それはもうあれですか大いなる神様の意思なんじゃないですか?
出てきちゃうよねその人がね。
結局ね。
結局ね。
神様って言い方するとまたほら髭を生やしたね衣をまとったねジジイがジジイって言っちゃいけないねおじいちゃんがね。
そういうイメージ。
わしが神じゃ。
このなんかちょっとクネクネした杖みたいな。
なんであんなクネクネしてんだろうっていうね杖持ってるあれではなくて、
実はシンプルに統計力学とか世の中、宇宙全体が動いている物理の基礎の理論があって自然とそうなるようになってるのかもしれないしとか思うんですよね。
不思議すぎる。
なんかすごくなんかこの今私が感じている不思議を多分表現できてないと思うのがもどかしいんだけど不思議じゃないだって。
不思議なのわかる。
わかるでしょ。
こっからリミットっていうことを知ってるってことはリミットを経験しなきゃいけないわけで、
でもリミットを経験した人っておおむねいっちゃってるわけで、
なんでそれが残ってんのっていう。
わかんない。わかんないですねそればっかりは。
しかもだよ。しかもさ、今回のようにお風邪を召されたとかさ、それから世の中にはさうつ病になっちゃったっていう人もいるわけだけど、
その人たちが押しなべて言うのはさ、私って限界だったんですねってことなんだよ。
つまり限界だったから風邪になりましたって言ってる人は一人もいなくて、風邪になって動きが止まってから、
いや疲れてたのかもしれない。休めって言われたんだと思いますよって。
つまり後付けで自分のリミットを感じてるわけ。うつの人とかもね。
で周りが限界だったんだよって。休めてよかったんだよって。それがおおむね正解だし、そうなんだけど、
本人はじゃあリミットを認知してたかっていうと、してないじゃん。
もっとできると思ってた。もっとできると思ってたって。行きたがってたわけでしょ。
なのに本人の意思とは別個でリミッターをかけてくるわけだよ。体が。
どゆこと?
だから人間ってもう体というレベルで、自分の意思とは別に体リーダーみたいなのがいて、体工場長みたいな人がいて、
それとは別に意思の工場長がいて、心差しの方の動かす。心の方のリーダーがいて、体の方がいて、
普段うまくやれると心の工場長が、あたしこういうことやりたいんでお願いしますって発注かけて、体が動きますってやってるんだけど、
別に別個だから、時にはかみ合わないこともあって、意思の工場長が、あたしもう100ぐらいやれると思ってますって言って、
工場長はいやもう無理っす。キャパ超えてます。いやでもあたしは行きます。無理してでもやってくださいって言って、えーって言いながらやってるっていうことも起きるから、
ある種の、もしかすると動物とかわかんないですよ。動物とかわかんないけど、そこがもうちょっと一個に寄ってんじゃないかなというか、
人間リーダーもメタな部分の、体の部分とは別の工場長がいて、
ちょっと待って、そのメタな工場長に行く前に、私、鬱になるか風になるかの区別がわかったのよ。
そうなんだ。
だって体の工場長がいてさ、心の工場長がいるでしょ。でさ、体今絶好調なわけよ。
もうブレーキかけたかったら心の工場長がもうシャッタ下ろしますって鬱になるしかないじゃん。逆今度は。
心はさ、いけますぜ、まだまだ、まだまだやるぜって言うんだけど、体の方がもう限界だったら、体の工場長が、はい、もう風になりますとかさ、はい、もう病気になりますってシャッタ下ろすしかないじゃん。
そっちそっち。
だから、どっちでブレーキかかるかはあれなんだけど、それで体を壊すか心を壊すかなんじゃない?
そうそうそうそう、そうかもね。
工場長二人説。
工場長二人説。
これすごい私的には、今すっきりしたよ。
しっくりきました。
しっくりきた。
だから元々一個じゃない、私っていうのは一個じゃないっていうか、いろんな私がいて、限界を感じるのは誰かがわかんないね。
わかります。
だから、いっぱいいるって言うとまたわかんなくなっちゃうから、
二人にしとこうか。
心の工場長と体の工場長でしょ。で、今さっきちょっと巻き戻すと、メタ工場長が出てきたけど、それは何?
メタっていうのは言ったのは心の方なんですよ。
心の方。
たぶんね、元々は動物とかは体の行為に従うんですよ。
たぶん。
体が体イコール心イコール魂みたいなところにかなり一個にまとまってるみたいな動きをしてて、体の行為に従って動くんだけど、
人間はそこをひゅーって頭が良くなって別れることができたそのメタな工場長が心の工場長って僕が呼んだんだけど、仮に。
その人は体の都合の時に無視してやりたいことを言い出すことが結構あるみたいな。
だからそうすると体の工場長が、はいもうダメって40度目ずらしますってなってブレーキかけるわけだな。
そうそうそう。うち限界ですからって。逆もあると。
逆もある。
体はイケイケってなっても、もうこの個体としては限界ですよっていう時には心の方がきちんと打つとかね。
適応障害とかね。いろんなことになってブレーキをかけると。
なんかそういう。
そういうこと?
いやまあなんか大げさに言ってるようでシンプルなようで。
両輪なんだ。
両輪だと思いますよ。
でもさ、両輪ないと走んないもんね。だからこの車なんだよ。
右のタイヤと左のタイヤみたいなってこと?
そういうことそういうこと。面白っ。
で、仏教の中に私ウロ覚えだからさ。
ウロ覚えって。
ウロ覚えでこんなこと喋ってる。
特度したのにウロ覚えって。
ごめんごめんごめんごめん。ほんとごめんなさい。いろんな意味でごめんね。八方に謝ったけど今。
いやいやいや。ウロ覚えだけど。
あのね、馬車に例えられてることがあってね。それで、御社、その馬車を動かしちゃっているのが煩悩なんですよ。
煩悩。
煩悩。あれしてこれしてあれが欲しいという煩悩がその馬車をガンガラガンガラガンガラ動かしちゃって。
で、それを御社として制御するのがいた気がする。それがこう、はいここから皆さん自分で調べてみて。
確かそうだったと思うんだよな。
つまり馬車、さっきの料理の話とはどう繋がってくるの?
料理はそこに出てたと思うけど、私がウロ覚えで。で、今思うに心と体なんじゃないかなって。
心と体っていう持っている馬車があって、でそれを煩悩という何か、牛さんとかに言っちゃうと申し訳ない。
牛に申し訳ないけど、そうじゃなくて何かが引っ張られて動いちゃってるわけよ。
そうすると煩悩のまんまにさ、この体ってどっちでもいっちゃうじゃん。
でもそこにもちゃんとそれを制御する、煩悩を制御する御社、御社っていうのが乗っていて、
そしてうまくコントロールしながら、この両輪、心と体のついた両輪を導くことができるんだぞと。
なるほど。
それが何だったっけ。
知らんがな。
何だったっけ、アズマじゃなくて。アズマは前足だよ。何だったっけな。
プラ。あ、ごめんなさい。
プラって言った?
プラーナ。
プラーナっていう言葉もありますよね。
いや、もっともっと違う。
魂のエネルギーみたいなイメージの言葉ありますよね。それとは別なんだ。
そういう絵を見せられた思い出がある。でもそれは全く修行とは関係ないですよ。
修行中はこういうことはいたしませんので。
なるほどね。
ディスカッションもありませんので。
煩悩というエネルギー、一種のエネルギーというか、前進する推進力みたいなのがありつつも、それがただそれに任せていただけないというか、そこをうまく制御する御舎がいて、自分の中に。
御舎は一人いて、でも左右のタイヤのバランスをとっていきましょうねみたいなことですよね。
御舎はいるんだけど、われはないから、われの中にしよう。魂みたいなものでもいいや。
でもそれだけでは存在しえないわけで、上手に心と体を持った荷台があるわけだよ。荷台を引っ張ってるわけ。
いくら魂がしっかりしてても荷台は壊れることがあるわけ。物質だからさ。
だからそこをきちんと見る。仮に片方の心の車輪だけバカみたいに大きくて、体の車輪がちっちゃいとまっすぐにはいけないわけじゃん。
だから同じぐらいのいい塩梅で、いいバランスで、どっちかがネジ外れちゃいましたなんて言ったら止まって直さないといけないわけじゃん。
その時に煩悩は相変わらず元気だし、御舎も大丈夫だよと思ってるけど、体の方の車輪のネジが崩れたら取れたらそれは止まらなきゃいけない。みたいな。
そういうようなそれぞれのパワーバランスってこと。
なるほどね。で、何か時に曲がってんなとかね。ガタガタ思った方がいかないなってなった時に一回止めて、どうどうどう止めて、ちょっとタイヤ見直そうかなみたいなこともできたらいいよねということですね。
でもここでね、ここから本当に試験ね、私のね。煩悩がなかったら動かないのよ。
そうですね。
だから煩悩ってさ、取ってもダメって煩悩をなくすみたいなことにさ、時々そっちの話になっちゃうと思うけど、煩悩が一切ないってこれは動かないのよ。
だから煩悩の中には人を妬むとかね、比べて羨むとかね、それから何だろう、やっつけてやろうって思うとかね、ネガティブな煩悩もいっぱいあると思う。
金持ちになりたいとかさ、それはもうネガティブなばっかりな理由じゃないけど、人から見てちょっとどうなのっていうようなことでさえ、その車を荷台を動かすエネルギーなんだよ。
だから煩悩がダメなんじゃなくて、いかにそれを御者がそれこそ御すかということで、問題は。そんな気がする。
煩悩なくなったらどこにも行けないわけですね。
だってそれはあなた下脱しちゃうわけだから。下脱っちゃうわけだから、もうこの世にいらっしゃる必要は。
下脱っちゃった場合、煩悩が一切なくなった場合は、その場所にずっと留まり続けてもオッケーってことになるってことですね。どこにも進めないけど、私オッケーよって。
留まることさえないんじゃない?だって留まるってところにもう微妙な煩悩が入ってない?だってここに留まるって、だからそれさえないんだよ。もうなんとかない。
でも全部あるみたいな。
その話、また最後の最後で深いところにはまり込んでた話題なんですけど、このハトグミホームルームはカフェで喋ってる様を横で漏れ聞いていただくみたいなコンセプトあったけど、これ横で漏れ聞いて聞いてても、どこに行くのこの話題ってなるところでお時間なんでございますけども。