うるさいラーメン話
どうも、HASH-ROYALです。
この番組、うるさいラーメン話は、ラーメンを食べ歩いて25年のラーメンコンサルタントHASH-ROYALが、
人生が変わるラーメンの深うるさい話を元に、ラーメンを深掘りしまくるポッドキャストです。
さて本日、6月21日です。
今月から立ち上がった企画、教育系ポッドキャストの日に参加します。
今回はズバリ、戦後のラーメン屋台が、アメリカの外交戦略によって支えられていた、
こんな話を解説していきます。
この企画はですね、学校からリスキリングまで、あらゆる学びのポッドキャストが一つのテーマでつながる1週間と題しまして、
デジタル時代の国語教育を語ろうという番組をやってみえる、笠原さとるさんが発起人の企画です。
今回の共通テーマが、初めての学びということで、私自身もですね、
戦後のラーメン屋台の勃興、これを深掘りした時に初めて出会った学問ということと、
このね、2026年の現代こそ、この学問を知っておくべき必要があるなというふうに感じているので、
その入り口的な感じで聞いてもらえるといいかなと思いまして、テーマを設定してみました。
そんなわけで今回のテーマは、
ラーメンを通して学ぶ知性学。ラーメンはどのように日本の国民食になったのか。教育系ポッドキャストの日。
ラーメンは日本の国民食。そんなフレーズよく耳にしますよね。
ラーメンが日本全国、それこそ北は北海道、あとは南は九州、沖縄まで、
このエリアを問わず、どこもね、かしこも共通の国民食というふうに言われるようになったのは、
それこそチキンラーメンをはじめとするですね、あのインスタントラーメン、あとは即席ラーメンとも言いますけどもね、
あれが全国的に普及したおかげなんですが、
その前の時代、先ほど申し上げた戦後のラーメン屋台と、ここなので時代的には戦後、第二次世界大戦の後ですね。
この辺りが今回の中心になるというのと、テーマが初めての学びということですので、
今回のエピソードでは知性学、ラーメンを通じて考える初めての知性学と、
こんな感じの回にしたいと思っております。
この知性学、今まさに注目の学問であるというのと、
それこそここんどこですね、連日やれホルムズ海峡だ、やれ原油高だ、やれ那覇不足だっていうのでね、
カルビーのポテトチップス、あれのパッケージが白黒になるだろならんだろっていった感じで、
我々日本人の生活にも思いっきり影響を与えている中東情勢の緊迫化ですよね。
まさにあれも知性学がむちゃくちゃ絡む話なんですけれども、
あくまでこの番組はラーメンポッドキャストですので、
昨今の中東情勢ですとか、ホルムズ海峡が知性学的に言うところのチョークポイントであるとか、
ちょっとそのあたりには踏み込んだりはしませんけれども、
ラーメンが日本の国民食となると、その背景にはですね、
アメリカの外交戦略における知性学的判断があったと、
そうとしかもう絶対考えられないというね、政治判断が実際にございました。
このあたりをお聞きいただくことで、
なるほど、こういう事態でこういう条件が揃うと、
政治としてこういう方針転換をするものなのかと、
そういう形で知性学というものを大まかに捉えていただくことができるんじゃないかなと思っておりますので、
ぜひ最後までお聞きください。
ではまず時代背景を整理しておきましょう。
戦後の闇市で熱狂を生んだ屋台のラーメン。
知性学に入る前に同じ社会科でもですね、
歴史、現代日本史って言ったらいいかな、
この視点からですね、戦後のラーメンがどういう状況だったかというのを抑えていきます。
で、歴史を追っていくとですね、必ずあれ、これって何やったのというですね、
謎ポイントというかそういうものが出てくるんですが、
そこを紐解く鍵となるですね、理由、
ここにですね、知性学的な視点がどうしても必要となってくるからなんです。
なので、まずは当時の事実関係を整理していきます。
ちなみにですね、先に言っておきますけれども、
今回この本編を3つのブロックで構成して皆さんにお伝えしていくんですけれども、
まずこの1つ目のブロック、結構もう長いです。
長いんですが、後から出てくるね、知性学を考えるときにですね、
どうしても必要な情報ばかりなんで、ぜひ最後までお付き合いください。
まずですね、日本のラーメン屋さんで、
現存する西にせのラーメン屋さんの中で、屋台にルーツがあるよというお店、
お聞きにあなたもですね、いくつかご存知なんじゃないでしょうか。
つい最近もですね、エピソード第19回、森本さと子ちゃんとの対談の回でですね、
出てきました、小木久保ラーメンの代表格、ハルキア、あれもまさにそうですし、
あとは東京以外で有名なところで言うと、和歌山ラーメンですよね。
あの白濁した濃厚な井出系とですね、あとはもうあっさりと澄んだ車子前系、
これどちらもですね、戦後に起きたラーメン屋台の一大ブームにルーツがあるんですよ。
でこのラーメン屋台っていうのはですね、これ自体は戦前から各地で出現しておったんですけれども、
最盛期、つまり最も多くラーメン屋台が散見された時代というのはですね、
第2次世界大戦における敗戦後、つまり日本から見た戦後だったんですね。
で戦前のラーメンについてお話ししますと、エピソード第14回、
私のソウルフード、マルデブソウ本店のあの回ですね、
ここで明治43年に誕生しました浅草雷雷県と、
これが日本で最初のラーメンブームを起こしましたよと、こんな話をしました。
つまりラーメン自体は戦前からすでにあったし、
当然これも一大ブームだったんで、東京だけじゃなくて他のエリアにも伝播していったんですけれども、
とにかく日本の国あちこちがこの第2次世界大戦でボロボロにやられて、
日本の外食産業というものは一度完全に崩壊したと言ってもいい感じになってしまいました。
そこへですね、あちこちの都市部で闇市というものができました。
その闇市の中でラーメン屋台が熱狂的に支持されたと、そういう話なんですが、
どうして闇市でラーメンだったのか、ここには必然とも言える背景があります。
まずは敗戦後の食料事情ですね。
戦争中、まともな食事ができなかった。
ここはですね、皆さん誰でもご存知のところでしょうけれども、
当然ですね、戦争が終わりましたからと言って、
今日から白いご飯がジャンジャン食べられますよとか、そういうわけではないんですよね。
そもそもこの敗戦の翌年、1946年ですね。
この年に日本全体で必要なご飯のお米ですね。
その量が6500万トンだと言われていたのに対してですね、
その前年1945年に収穫されたお米の量、なんと600万トン未満。
つまり必要とされている量のたった10分の1以下しかないと。
そんな激やまの状態だったんですよ。
実は終戦後、まだですね、戦時中から続いていた廃給制度がずっと続いていまして、
この廃給制度が実質的になくなったのはもっともっと先のですね、1960年代だったんですね。
この廃給がずっと続いていたんですが、そもそもですね、
この廃給できる、廃給すべき米の量がですね、さっき申し上げた通り絶対的に不足していますし、
その廃給される量だけでは当然生きていけないですよね。
10分の1以下しかないわけなんで。
さらにこの廃給自体もですね、
このこんだけ廃給しますよと言われているにもかかわらず、
その量が実際に廃給されたものを見ると下回っていたり、
さらにはですね、いついつ廃給しますよというですね、その廃給日、
この計画自体も遅延が発生したりすると。
そんなね、とにかく激激やばやばな始末だったんですよ。
もう本当にバリバリの食料なんと、
こんな事態にアメリカからの救援物資が日本に届けられるようになります。
この救援物資、基本的にはですね、
国から各都道府県に分配されると、これが正規ルートなんですが、
そのうち何割かがですね、一部の政治家とかですね、
あかん官僚によってブローカーを通して闇市に流れたと。
で、そのいろんなものが流れる中、小麦もその一つで、
それで作った面、中華面によってラーメンの屋台が営まれるようになると、
こういう流れだったんですね。
この廃給もろくすっぽ回ってこないというね、とんでもない食料なんと。
ダーモンで多くの人が仕方なくね、仕方なく闇市を利用するしかなかったと。
そんな闇市でラーメンが爆発的に売れたと。
ただね、これどうしてラーメンだったのかと。
闇市にはラーメン以外なかったのかと、当然そんなことはなくてですね、
いろんな文献を調べていくと、ラーメンの他にですね、
うどんとかそばとか簡易的な定食とか、こういった記録があるんですけれども、
闇市とラーメンとの相性がむちゃくちゃ良かったっていうことの理由。
ここを考えるとですね、やはり鰹節やら煮干しやらで出汁を取らなきゃいけないという、
うどんやそば、これと比較するとラーメンのスープに使うものはですね、
豚ガラ、鶏ガラ、あとは野菜の切れっぱし、そういうですね、本来使い道のないもの。
だから他のジャンルの料理だと捨てられているようなもの、
こういうものを主体にして作ることが可能な料理と。
ラーメンはそういうことが言えると思います。
さらにですね、ここにとある職種の人たちが登場します。
これをですね、どういう人たちかと言いますと、屋台の貸し出し業者。
これを単語で言うと堂本と言ったり、敵屋と言ったりしますけれども、
そういう職種というかですね、今の法律で言うところの指定暴力団にカテゴライズされる団体といったところですかね。
彼らがどういう事業をしたかというと、屋台を単体で貸し出すんじゃなくて、
中華麺、要はラーメンの麺ですね。
あとどんぶり、スープ、トッピング箸等々といった形で、これを屋台とフルセットにして貸し出して、
その貸し出した売り上げの数パーセントをマージンとして受け取ると。
そういうですね、ラーメン屋台の圧戦業を始めたんですよ。
その圧戦を受けてラーメン屋台を借りて稼ぐと。
そういう人たちがモリモリ出てきたわけなんですが、
そのモリモリ出てきた人たちの大半が引き上げ者と呼ばれる方たちでした。
引き上げ者、これどういう人たちかと言いますと、
この第二次世界大戦中に戦場、戦地に生かされていた人とか、
あと当時ですね、日本が統治していた満州とか朝鮮とか台湾っていうところで暮らしていた人たち。
こういう人たちが、当然戦後日本に帰国することになったんですけれども、
その数、皆さんご存知ですか。
なんとですね、600万人以上ですよ。
これ今の日本で例えると千葉県民全員ぐらい、その規模の人たちが引き上げ者として帰国しました。
これ一気にじゃないんですけども順々になんですけども帰国しました。
この引き上げ者の大半が状態としては、もう家も財産も何にもない状態。
当然仕事なんかあるわけもないんで、
とりあえずね、まず今日飯を食う税金を稼がなきゃと。
そういう背景から、さっき言ったラーメン屋台のどおもとから屋台を借りて、
で、頑張ってラーメンを売って歩いたと。
そういうわけなんですね。
なので、つまりですね、この配給が全く頼りにならんから、
もう仕方なく闇市に行くしかなかったという一般ユーザーと、
人的ネットワークもない、サプライチェーンもない、
さらに手に食もないという人たちが、
とにかく簡単に始められる仕事としてラーメン屋台を選んだと。
こういう人たち、こういうギリギリの環境下ならではの需要と供給と、
これを結びつけたのがラーメン屋台というわけなんですね。
というわけで、このブロックだいぶ宣言通り長くなりましたが、
ここから一気にいきますので、引き続きお聴きください。
次のブロックは、救援物資から見るアメリカの外交戦略を解説していきます。
塩太陽からのツンデレ?突如起こった日本優先への方針転換。
闇市でバカ売れする屋台のラーメン。
それに欠かせない食材が小麦、というか小麦粉ですけれどもね。
それなんですけれども、アメリカからの救援物資だという話をさっきしました。
ただ、この救援物資、その終戦直後の1945年から、
もう潤沢に日本に輸入されていたというわけではないんですよ。
一つ目のブロックで説明しました通り、
当時の日本、ゴリゴリの飢餓状態、激ヤバ状態であったにも関わらず、
当初ですね、アメリカ政府は日本を特別扱いしていなくてですね、
日本による自力での復興が大前提と。
それに際して、極度の飢餓、これを防止する程度には物資を回しますよという程度だったんですね。
ところがですよ、その2年後、1947年に一点、
アメリカ統合参謀本部が、
日本は太平洋地域のすべての国の中で、経済と軍隊の潜在力回復のために策定された、
現時点のアメリカの援助を第一に考慮されるに値すると、このように述べたんですよ。
で、実際に日本に送られてくる小麦の量は倍増しました。
ただで送ってくれる小麦を倍にしてくれたのと、
アメリカデリー奴やんって思うところでしょうけれども、実はこれ違うんですね。
このですね、アメリカからの救援物資というのは、純粋に支給されたわけではなくて、
後々にね、代金を支払わされると、言ったら前出し状態というやつだったんですよ。
つまりですね、このアメリカから見たら、商売上を小麦の原産国というスタンスとしてね、
日本には常連産というかお得意産になってもらおうと、
当然何ならこの戦前よりも多く輸入してもらおうと、そんな企みがあったんで、
この日本向けの報道でですね、
我々アメリカは破ったばかりの敵国、君たち日本に食料援助するほど寛大な国なんだよということで、
熱心に宣伝したんですよ。
その証拠にですね、日本の報道機関にはですね、
輸入食料は純粋なアメリカの事前行為であり、小麦貨物が日本へ到着するたびにニュースとしてきっちり報道しなさいというふうに指示したんですよ。
で、そう言いふらすことで、なかなかですね、ちっともお米を食べられない日本人が、
うわぁありがてぇなと、小麦で作った食べ物をたくさん食おうやと、そんな感情になるわけなんですが、
と言ってもですね、それまで基本的にはご飯ばっかり食っとった日本人なので、
今日からいきなり小麦粉中心の食事になりますよと言ってもですね、どう料理したらいいかさっぱりわからんわけですよね。
なので、そういう日本人が大半なわけなんで、そのあたりもですね、アメリカはぬかりなくてですね、
きっちり教育したという証拠がありまして、GHQの教育政策、これを監督する部局というのが、
民間情報教育局、略称CIEというのがありまして、ここの記録でですね、
日本国民に知らせるべきGHQの努力3つのポイントというものがあります。
これ順番にいくと、1、輸入食料の食べ方。2、輸入食料の高い栄養価。3、食料提供者であるアメリカ人の寛大さ。
こういう記録が残っているんですね。
例えば、2番の栄養価ですと、小麦粉は米よりもタンパク質が50%も多く含まれていますというふうにですね、
こうあだかに報道していたりとか、あと3番目の寛大さで言えば、
アメリカはあなたの食べ物のために2億5000万ドルを支出していますと、
こんなチラシを作ってですね、日本全国に配布したりと、こんなことをしてたんですね。
なので、その後にですね、現在もそうですけども、ラーメンが国民食となったりですね、
あとはもう、現存するあらゆる外食チェーンのメニューがですね、小麦粉製品ですよね、これが中心だというこの現状を考えると、
このCIEのですね、効果は適面だったというふうに言えますよね。
さて、この話、アメリカ的にはですね、日本が小麦輸入の常連産になってくれるといったところがあったんですけども、
これ以外にもう一個大きな狙いがありまして、ここからがですね、今回のエピソードの最も味がするところ、
もう一番ギュンギュンに旨味が詰まったところですので、ここからですね、ぐっと集中してお聞きください。
さあお待たせしました。いよいよ知性学のブロックです。
沖縄の場所が完璧すぎる!共産国に睨みを利かせるユーラシア大陸の見張り台!
日本が小麦輸入の常連産になると、これはアメリカにとって一つの目標でしたけれども、実はもっと大きな狙いがあります。
それが第二次世界大戦後に待っている共産主義国陣営との覇権争い、これに勝つことであったんですね。
第二次世界大戦後、戦勝国となったアメリカで、同じ連合国陣営にですね、イギリス、フランス、中華民国、そしてソビエト連邦、要はソ連がいました。
この連合国というフレーズですね、これだけ聞くとまるで仲間のように聞こえますけれども、
第二次世界大戦後すぐ、我々がよく知るところのアメリカとソ連を代表とする、民主主義陣営の西側諸国と共産主義陣営の東側諸国というのの冷戦状態というものに突入しますよね。
これですね、厳密に言うと日本にとっての終戦というのはポツダム宣言を受諾した1945年8月15日なんですが、冷戦これ自体はすでにそれ以前から始まってまして、
そのポツダム宣言を表明するに至ったポツダム会談ですね、これをアメリカ、イギリス、ソ連の3カ国でやっていたんですが、
この時点でアメリカ人はすでにソ連地のこいつらどんだけ領土拡大に欲望丸出しなんやと、こいつらは野放しにできんなという危機感を持っていたんですね。
このソ連の領土拡大、実はソ連にとっては非常に当たり前のことだったんですよ。
いわば使命みたいなもんでして、当時のこのソ連の社会主義、これっていうのがあらゆる資産を国が管理して平等な社会を目指す、そういうものです。
この社会主義の先に共産主義というものがあって、この共産主義って何なのかというと、全資産を全人類で管理するというものなんですけれども、
ということはつまり、社会主義国家となったソ連には、共産主義になるために理念を同じくする社会主義国家、仲間を増やしていく必要があると。
それなくして、さっき言った目指す姿である共産主義というのが成し遂げることができないじゃないですか。そういうわけなんですよ。
一方、アメリカですよね。せっかく第一次世界大戦で覇権国の座をイギリスからもぎ取ったにもかかわらず、そんな感じでどんどん社会主義国家が増えていくのは明らかにマイナス要素なわけなんですよ。
加えて、同じ連邦国の中華民国、ここも1947年時点で国民党が共産党勢力に負けそうだと、それがほぼ核という状態になってきたもんで、ちょっと待てよと、チャイナまで社会主義国になってまうんかいと。
だからソ連はロシアを軸にして、東ヨーロッパの国々なもんで、ロシアから見ると西側を取り込んでいっていたというところに、さらに東側まで来るんかいと。
そうなってくると、ユーラシア大陸の上半分がここがごっそり社会主義国になってまうじゃないかというところに、アメリカは大きな危機感を持っていました。
そこで、さっき2つ目のブロックでお話しした通り、最初は日本、お前らも自力で復活せよという態度だったのに、あれ、これは沖縄、すげえ重要やなと。
このソ連とか中国、こいつらが好き勝手せんように見張るのを、沖縄の位置がむちゃくちゃうってつけやないかと。
そうか、こうなってきたら日本をそこそこ大事にしたらんとあかんのと。
そういうふうに心変わりをしたと。
だから急に日本を優遇しだしたと。こういう流れなんですよ。
さて、これを踏まえて、知性学の話を本格的にしていきましょう。
知性学とは、簡単に言いますと、国の地理的な条件をもとに、他国との関係性や国際社会での行動を考える。
そういうために必要な学問のことです。
なので、今回で言えば、戦争に勝ったはいいものの、アメリカ大陸から見れば、ヨーロッパもアジアも距離があって遠いと。
しかも、ヨーロッパはイギリスやフランスがおるからいいけれども、アジア側は日本ぐらいしか頼れる奴がおらへんと。
なので、ソ連や中国を牽制するためには、終戦前の時点で、すでにがっつりアメリカの占領下においた沖縄、あそこを使うのが一番やなと。
そういった考えから、他国との関係性、当然ここでは日本なんですけれども、その関係性を親密にする必要があると。
そこまで見据えての日本優遇というわけなんですね。
実際、1950年から始まった朝鮮戦争で、前線への出撃拠点や補給拠点として沖縄がむちゃくちゃ重要な役割を果たしましたし、
今現在、この2026年現在もですね、この世界第2位の国としてその存在感を増すばかりの中国。
ここに睨みを利かせるために、沖縄の米軍基地はですね、沖縄本島の約15%というですね、どえらい面積を使ってますし、
やれ戦闘機やら、やれ基地の設備やらとかですね、全部現在進行形でも世界最高水準のものを揃えているんですよ。
そう、なのでこの日本人の国民性ですとか、あと戦前当時でね、東アジア最大でした日本の経済規模、こういったものじゃなくて、
この沖縄の位置、これたった一つのおかげで日本はアメリカに支援されたと。
そのおかげで日本にラーメンが根付くほど大量の小麦が輸入されたと。
知性学の観点から見るとそういうことができると思います。
なのでですね、この日本人な上にラーメン好きな私としては、そりゃ複雑な気持ちなんですけれども、
とはいえですね、少なくともラーメンが身近にない世界、それを想像するとそれよりは遥かにマシだなと思うし、
ゾッとしますよね。
なのでちょっとそのあたりですね、皆さんの感想もぜひこのコメント欄またお便りフォームからぜひお寄せください。
さてそんなわけで今回は、ラーメンを通して学ぶ知性学、ラーメンはどのように日本の国民食になったのかと題しまして、
戦後のアメリカが日本を優遇したその歴史的な出来事を知性学の観点から解説してみました。
この知性学、こんな感じでですね、地理的要因が国家、国のですね、政治とか経済とかあとは戦略なんかにどういった影響を与えているのかということを分析すると、
その視点を得ることができる学問なんで、今回みたいにこのアメリカの日本優遇ね、あれ一体何やったんやみたいな、
この歴史上の出来事を紐解く時にむちゃくちゃ役立つフレームワークだと私は思っております。
なのでこの個別のニュースを追うだけではなかなか見えてこないですね、こういった疑問の本当の理由というものが見えてくるということで、
最近ではですね、最強の教養なんてね、この知性学が呼ばれているみたいですね。
はい、なのでこの知性学、ここでですね、今回のエピソードを収録するにあたって裏付けとして使った本、3冊ありますんで参考までに紹介します。
まずは奥山正史さんの著書、サクッとわかるビジネス教養知性学。
続いて2冊目ですね、田中隆之さんという方の著書、13歳からの知性学、海賊との地球儀公開。
最後3冊目も同じく田中隆之さんの著書で、まだねこれね、今年の2月に発売されたばっかりなんですけれども、早くもベストセラーみたいですね。
タイトルが世界を解き明かす知性学と、この3冊どれもマジでおすすめなので、概要欄にリンクも貼っておきますんで、ぜひチェックしてみてください。
はいここでお便りコメント紹介コーナーです。
今回はエピソード第21回秋田はご当地ラーメンの方向、東北ラーメン王のおすすめ店の回にですね、お茶の水新幹線ひかりさんからいただいたコメントを紹介します。
ハッシュさんの活動を拝見していると東京ではないところを拠点に活動されていることが、かえって今のラーメン状況としてより客観的でいいのではと思います。
東京が最先端であることに争いはないですが、俯瞰してみるという意味では、東京第一主義はむしろマクロ的な視点からするとマイナスと感じます。
わかりやすいところで言えば、トライの進展対象選出がチンタン複雑系に偏っているのは、せっかくの最先端の環境が全く活かされていない、
詳細にも思えてならないです。視野の狭さが気になりますということですね。はい、コメントありがとうございます。
確かにそうですね、まだトライはね、合議制のランキング形式という性質上ですね、ある程度毎年似たような内容になるのはいたしかたないかなと思うんですけれども、
編集部が自由にテーマ設定できるラーメン書籍であったり、雑誌のラーメン特集号であったりというのがですね、
私、端子で入手しにくいものを除いて基本的に全部買っているんですけれども、
おっしゃる通り、東京第一主義の内容ばっかりですよね。なので、大体どれ見てもネットやSNSですでに見た情報ばっかりですし、
大体なんかお気に入った内容しかないですよね。なので、今の紙媒体の一つの限界がここなんじゃないかなというふうに思いますよ。
ネットやSNSができるようなですね、直接取材による深掘りもですね、なかなか制作費がなくてできないというところもありつつ、
でも数字は欲しいから、もうマーケットのデカさにするいよると。なので結局東京第一主義にならざるを得ない、結果当たり障りのないシャバい内容になると。
特に雑誌なんかは表面だけのビジレイクだらけというかね、そんな感じですもんね。
とは言いつつですね、一冊今年買った中で、これは買っておいてよかったなというふうに感じたのが、大人の週末の2月号のラーメン特集号ですね。
掲載している店のセレクション自体は、お茶の水新幹線ひかりさんのご指摘の通りなんですけれども、
この目次のページのですね、右下をご覧いただきたいんですけれども、ここにですね、大人の週末では、
複面調査を重ねて吟味した上で、飲食店などの記事を掲載しています。
本市が飲食店等に対して掲載料等を要求することは絶対にありませんと、こう宣言しているんですね。
これね、私気になってバックナンバーを全部見返したんですけれども、ちゃんとですね、毎年同じことが書かれていました。
これね、さすが好断者だなぁとね、門川とは一味も二味も違うねと思った次第ですね。
門川が何やったんやというのがね、気になる方はですね、ぜひですね、
去年、2025年の大晦日に、YouTubeの方でね、プレミア配信しました、
2025年のラーメンアカデミアを振り返る年間滝スペシャルという回ですとか、
同じくYouTubeで去年の8月31日に公開しました、
ラーメンウォーカー東海2026ステマ疑惑を消費者庁に通報しましたという回がありますので、
ぜひこちらご覧ください。
ちなみにですね、このラーメンウォーカー以外にもですね、
こういうステマ、ステルスマーケティングやってる雑誌、そこそこありますんでですね、
もっと言うとですね、このラーメン雑誌以外にも結構平気でゴロゴロあるもんですから、
いつかね、メンバーシップ限定でやりましょうか、これ。
そんなニーズないかもしれませんけれどもね。
とにかくこんな感じでですね、皆さんもぜひお便り、コメントどしどしお寄せください。
それからですね、前回も募集しましたお便りテーマ、あなたの夏ラーメン、まだまだ募集中です。
あなたが夏によく食べるお気に入りのラーメンですとか、
最近食べたけれども、この夏絶対リピ書く、もうリピート確定だなっていうラーメンとかですね、
とにかく皆さんの夏のお気に入りラーメン、ぜひぜひ教えてください。
もちろんですね、テーマと関係なく今回のご感想も大歓迎です。
このうるさいラーメン話、皆さんと一緒に作っていきたいと思っております。
さあ今回も最後までお聞きいただきありがとうございます。
今回のご感想ですとか、私に深掘りしてほしいテーマがございましたら、
YouTubeやSpotifyだしたらコメント欄、その他のアプリでしたら概要欄にあるお便りフォームからお寄せください。
私はハッシュのラーメンアカデミアというYouTubeチャンネルも運営しております。
選択なしのトーク動画、ラーメン店主との対談動画、さらにはメンバーシップ限定動画もございます。
ぜひチェックしてみてください。
このうるさいラーメン話、毎週日曜日の朝8時に配信しております。
ラーメンをもっと深く知りたい方、今回のエピソードむちゃくちゃ面白いなと思った方、
この番組のトップページから番組のフォロー、そして各ポッドキャストのアプリでの評価をお願いいたします。
星5つ評価、ぜひぜひお待ちしております。
以上、今回はここまでです。お相手はハッシュロイヤルでした。
それでは次回のうるさいラーメン話でお会いしましょう。
さようなら。