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こんにちは、harumamaです。
5歳の男性の男の子と、小学校2年生の女の子を育てています。
今日は、2023年1月19日木曜日の会議に立っているんですが、
年に何回かやってくる、私配信していいんだろうか、みたいなゾーンに入ってたんですよね。
撮り倒したものがたくさんあって、もう1年分くらい届けられるんじゃないかって。
年末に見たら、280いくつだったかな。
iPhoneのポイスメモのところにあったので、ほぼほぼ1年分くらい毎日放送できるくらい、たまってるんですけど。
こんな過去のものを出してもいいんだろうかって、時々思う時があったりとかして。
忙しくて、ようやく配信ができなくてとかいうのもあって、行ってない日もあるんですよね。
そう、うじうじ思ってたんですけど、スタエフのフォローしてる方たち、上から順番に聞いていってたら、
ゆるーく電話をするみたいに喋られてる方がいらっしゃって。
そうだよね、スタエフってこういうのでよかったんだって。
やっぱり合間見て配信しようかなって思いましたね。
最近ボイシーばっかり聞いてたし、わままはるさんの40代の壁本読んでたので、
有益なものを発信しなければ運業につながらないとか、そんなふうに思ってる自分がいたんですけど。
そうだそうだ、私の配信は子供たちに将来聞いてもらうための配信だったんだった、そういえばそうだったんだ。
他のリスナーさんに聞いてもらうのはそのついでだったんだったって、やっぱり思い返し、
なんだろう、日本語がおかしい。思い直しましたね。
思い直した?何でしょう?再確認した?
うん。
そうそう、そうだった、そうだった。
で、最近はるくんは自分でお鼻を拭けるようになりましたね。
今日の朝、昨日までは鼻水がちょっと出てて、お薬ずっと飲んでて、
で、今朝は鼻出てなかったんですけど、向かいに行ったら鼻の周りがビロビロになってて、
で、車戻ってきて濡れティッシュ渡したら自分で吹き吹きしてましたね。
えらい、はるくん、と思って。
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自分でお鼻吹き吹きできたね。上手に吹き吹きしてたよ。
今日は話したいことがあったんです。
今日、コラボライブされてたのげかいなみほさんとさちこさんの配信を聞いたんですよ。
で、はるくん、また鼻出てきたの?
また鼻、はい。私から鼻吹き吹きして。はい、どうぞ。
吹き吹きして。
お鼻?お鼻吹き吹きいいの?しないの?
今回はやらないんですか?はい。
みほさんが職場でガンの告知をされた方に遭遇して、
このまま返していけないと思って声をかけたら、
その方が声かけてもらえてよかったみたいな話をされてたんですけど、
そこからいろいろ思いを巡らせてきて、うまくしゃべれるかな。
まず一番最初に思い浮かんだのは、
おじいちゃんが亡くなった時とお父さんが亡くなった時の情景でしたね。
おじいちゃんが亡くなった時は、ネガティブな話ですよ。
おじいちゃんが亡くなった時に悲しいなって思った出来事は、
おじいちゃんが亡くなりました。体きれいにしています。
ご家族の方たちはこっちから出待ちくださいみたいな部屋で待ってました。
おじいちゃんが戻ってきて、レイケーションに乗りますって言って、
外に出た瞬間、階段の上の方から主治医の先生が置いてきたなと思ったら、
先生が笑ってて、えーって思いましたね。
さっきまで、あなたが担当していた患者さんが亡くなったばっかりなのに、
あー、笑えるんだーって思って、すごいショックを受けた。
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この次に、ティッシュティッシュティッシュ、ティッシュでふきふきして、
あなたの母のコートに鼻くそつけないでー。
鼻は手で拭いて、鼻は。
怒った、ハルくん。ほら、鼻せいたやつ、ちゃんと手ふきふきしてちょうだい。
あー、怒ったー。
ここ置いとくから、自分で拭いてね。
お父さんの時はどうだったかっていうと、
お父さんの最後は主治医の先生が他の方の手術に入られていて、
お父さんが亡くなった時は別の先生が見とってくださったんですよね。
で、バタバタと病院を後にしたので、
主治医の先生にはご挨拶できずに自宅に帰ったんですよ。
で、その後、おつやだ、お葬式だ、なんだかんだって忙しいじゃないですか。
一段落して、お世話になった主治医の先生にご挨拶しに行こうと思って病院に行ったら、
あ、先生は退職されましたって言われて、えーって、それもまたショックでしたね。
ああ、そうなんですか。
担当してた患者さんが亡くなったけど、何もご挨拶なしに退職されるのかと思って。
それも結構ショックですね。
どっちもね、同じ大きな病院なんですよ。
大きなって言うと、私の病院と大きな病院なんですよ。
そういうことがあったから、絶対そこには変わらない。
この病院はそういう体制になっているのね。
以前なんか、20代の時に自転車に乗ってたら、
なんか、挫折してきたトラックに私の自転車のコーリングがぶつかって吹っ飛んだ時があったんですよね。
それで、そこの病院に行った時があったんです。
私一人で行ったから、そういう事故って初めての経験だったんです。
心ごそくて、ちょっとうるうるしてたんですけど、
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僕の方で看護師さんが私のことを聞きながら、先生にひとひと話してるのを見てしまって、
なんかその表情はね、大丈夫かしらとか、そういう表情じゃなくて、
あの患者さん泣いてるわよ、みたいな感じの表情をして先生にことごと話してたんですよ。
そういうのもショックだったし。
だからね、あそこの病院には絶対変わらないんです。
ここから先はちょっといい話をしようかなと思うんですけれども、
ショックというのは、病院に行ってショックを受けて、
受けたけど、スタッフさんたちに救われたよっていう話をしたいなと思うんですけれども、
どんなことを時に救われたかというと、
一番最初に妊娠したときに、軽粒粒団って言ってお腹の中で赤ちゃんの心臓が止まってしまったんですよね。
そういうのがあったんです。
その最初の妊娠も結婚して3年目?
あれ、そんなに経ってないかな。
なかなかできないな、なかなかできないな、周りの人はすぐ赤ちゃんが来てくれるので、
妊娠は来てくれないなって悩んでたところにやっと来てくれて、
嬉しいなって思ってたところに、お腹の赤ちゃんの心臓が止まってますって、
すごいショックだった。
そのときに審査長が言って帰りますってなったときに、
本森さんに子育てに呼ばれて大丈夫ですかって聞かれたときは、
思いの丈が増えてきて、やっとできた子供だったんです。
すごく嬉しかったのにっていう話、つらい気持ちを聞いてくれる人がいて、
あれは結構弱かったね。
2回目のリューダンはできないということはなかったけど、
お腹の方をかき出しするときに、普通に妊婦さんと同じに寝ませないといけない。
この人たちはみんなこれからお腹の中で美しく子供を育てるので、
私のお腹の子は死んでるんだわと思って悲しくなったりとかしてます。
あとは何があるかな。
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お父さんが亡くなったときに、お父さんの体をきれいにしますよっていうときから、
看護師さんが妊婦さんのことを心配されてましたよとか、
私の知らないお父さんと看護師さんの間での会話とか、
あれは結構嬉しかったですね。
お父さんが心配してくれてたのが私の気持ちだったので、あれは結構嬉しかったですね。
あと何があったかな。
ハル君の心臓の手術で神奈川子供医療センターに入院してたときも、
ICUに付き添ってたときも、ハル君はなかなか寝れなくて、
ずっと子守唄を歌ったり参加してたときに、
先生が不審だなって思ってたのか、
僕と一家で眠らせてあげようか、みたいな声かけてくれたりとか、
そういうのがすごい嬉しかったですよね。
気にかけてもらってるっていう声かけが、
たぶん患者さんとか患者家族にとってはすごく嬉しいんだと思うんですよ。
やっぱり皆さん忙しいからどうしても機械的になってしまうのは、
理解はできる。
理解は分かるんですけどね。
私も義士研修行院実習行ってたときとかも、
検体はやっぱり物に見えてしまう。
どうしてもたくさん集まってくるから、検体と物に見えてしまうんですけど、
一つ一つの検体ってそれぞれのストーリーがあるわけです。
いろんな病気を見つけるための検査があるわけじゃないですか。
解決だったら簡単かもしれないけど、
ソルスキーとかなんかは痛いものを取ってるものだし、
検体の先にある人の顔を思い浮かべながら検査する必要があるなと思ったりとか。
まともにのないお話になってしまいましたが、
最後までお聞きくださいましてありがとうございました。
それではまた。