赤面恐怖症との出会い
みなさんこんにちは、はんちゃんです。
今日はですね、ちょっと私の過去の話をね、したいなーって思っています。
何度かこのスタイフでも話をしてたんですけど、
私13歳ですね、中学1年生の時に、赤面恐怖症になったんですね。
詳しく言うと、詳しくというか正しく言うと、病院にかかっていないので診断されたわけじゃないんですよ。
そうなんですけど、当時の状況とかを振り返ると、明らかに日常生活に支障も起きてるし、
身体反応もあるし、おそらく受診したらね、診断があっただろうなーっていうふうに思っているので、
その辺がね、ちょっと本当に診断されたわけではないっていう事実にはなるんですけど、
私としては、赤面恐怖症だったっていうふうにちょっと表現させてもらいます。
当時どんな感じだったかっていうとね、そもそも赤面恐怖症って本当に簡単に言うと、
赤面そのものっていうかね、赤面している自分を見られることがめちゃめちゃ怖いんですよね。
本当にそれが怖くて怖くて仕方なくって、私の場合だと、例えば授業中とか中学生とかって当てられるじゃないですか。
国語だったら教科書読んだりとか、前に出て黒板で数学の問題解くとか、そういうのあると思うんですけど、
当てられると前に出ないといけないし、自分が喋んないといけないじゃないですか。
だから本当にそれが恐怖でしかなくて、授業中のその何十分間もずっと心臓がバクバクしている状況だし、
特に出席番号に該当する日、出席番号だね、そうだね、とか、あと何だろう、誕生日の日付とか、
そういうので当てる先生がいたんですよ。今日は何日だから、みたいなね。
だからそれに該当する日とかも何日も前からすっごい不安だし、
やっぱりそういう不安が強かったので、授業中に声が出なくなるっていうことも多々あって、
なおさら当てられているのに何も喋らないみたいな状況で視線が集まると、もう地獄ですよね。
だったりとかね。
あとそもそも男子と話すと、それだけでも赤くなっちゃう。
男子とっていうか、不意に喋る会話みたいなのが本当に無理で、予測不能な状況で話しかけられて、
急に視線が自分に集まるっていう状況もやっぱり席面してしまって、
自分を見られることっていうのがすごい怖かったから、そもそも男子と話すっていうことを避けてたし、
できるだけ自分が話題に入らないようにニコニコしながらその場にいるみたいな感じだったりとかで、
本当にこの席面さえなければ私は普通の生活を送れるのになって何度も何度も何度も思ってたし、
そんな自分がすごい大嫌いだったんですよね。
中学生のその3年間はもう本当にただただ地獄だった。
私が人生で一番しんどかったのが中学生の時期なんですけど、
いじめとかも加わってその時期がしんどくて、
高校生からの変化と小さな挑戦
でも高校生になってから環境も変わって付き合う人とかもガラッと一からスタートになるわけじゃないですか。
そこでやっぱり自分でも変わりたいっていう思いがあったんですよね。
本当に中学の時にしんどかったから高校生になって新しい人生を始めるんだみたいな感じで過ごそうと思ったんですよ。
私が取った行動っていうのがね、
そもそもそういった席面したらどうしようみたいな不安って消えないんですよね。
絶対消えないの。
だからそういう不安があってもできる本当に小さな挑戦みたいなのを増やすっていうことをしてたんですよ。
これね、振り返るとそうだったって感じ。
だから当時は戦略的にこれをしてみたいなのは正直考えてなかったんですけど、
ここは私の本当にありがたい才能だなと思ってて、
なんとなく感覚的にこうしたら自分が楽になるみたいな行動を取っていたんですよね。
具体的にどんなのかっていうと、
さっきも言ったみたいに不意打ちが一番来るんですよね。
不意打ちだと本当に視線がバッて一気に集まるから、
そういう状況がダメなんですよ私にとって。
なので自分から行ったんですよね。
自分から話しかけに行く。
特に男子の免疫が中学の時も完全に避けてたから全くなかったから、
とにかくクラスの男子に一言だけ自分から話しかけるとか、
そういうことをしたり、
弓道部でのリハビリと人前に立つ経験
あとすごい良かったなって思うのが、私、球道部に入ったんですよね。
最初の球道部に入る時も、
球道部って道場で弓を打つんだけど、
それを周りで見るんですよね。
言ってる意味伝わるかな。
打ってる人を他の人が見るみたいな、
そういう状況だったから、
私これ大丈夫かなって思ってたんだけど、
実際に部活に入って道場に立って弓を打つってなった時に、
やっぱり的に集中するんですよね。
的に集中するから、
見られるとか見られないとかの普段の考えている集中源っていうのが
的に移行するから、
見られながらも的に集中してるみたいな、
だから見られるリハビリみたいなのにすごいなったんですよね。
見られてるなって思って一瞬顔が赤くなってるわ、
今嫌だなって思うことがあったとしても、
前に鏡があってチラッて自分の顔を見たら、
あれなんか顔赤くなってると思ってたけど、
顔赤くなってないじゃんみたいな、
そういうのにも気づけたりして、
球道部っていう部活はすごいリハビリの場になったなって思います。
あとは、やっぱり人前に立つ、
視線を浴びると顔が赤くなる。
だけど人前に立っても自分さえ見られなければ、
人前には立てるんですよ、話せるんですよ。
だからあえてね、
本当は私高校2年生の時に文化祭でクラス発表みたいなので、
有志でダンスメンバーを集めて、
みんなの前でダンス踊るみたいなのがクラスごとにあって、
そのダンスメンバーに入りたかったんだけど、
絶対無理なんですよね、私にとって人前に立つっていうのが。
だけど何かしらして関わりたいって思って、
ダンスメンバーのことを紹介するポジション、
言うたら舞台袖で喋るみたいな、
そのポジションを選びましたね。
なので前に立つ経験はできるけど、
自分の顔はみんなに見られないみたいな。
そういうことを、本当に小さなことなんだけど、
自分の心に過度な負荷が当たらないぐらいの小さなストレスというか、
小さな挑戦っていうのを、
高校、大学と繰り返し繰り返しやってたんですよね。
認知行動療法と脳の再学習
これはいつだったかな、大学の時かな、
社会人かな、ちょっと忘れちゃったんですけど、
この後から知ったんですよ。
私のこういう行動って認知行動療法っていう、
こういうカウンセリングとかで使われる手法があるんですけど、
私これをセルフでかなり近いことをやってたんですよね。
不安って、まず不安が出ると人って避けるんですよね、その不安を。
そうすると一瞬楽になるんだけど、
脳が避けることが安全だみたいに学習するんですよ。
そうするとどうなるかっていうと、さらに不安が強くなるんですよね。
私はこのループを不安が出るんだけども、
でもその中でも小さくやってみる。
そうすると意外と大丈夫なこともあるみたいな感じで、
経験することによって脳が再学習するんですよね。
だから不安が消えたから動けたんじゃなくって、
動いた結果不安がどんどんどんどん小さくなったっていう感じなんですよ。
もちろんすぐに治ったわけではなくって、
15年間のプロセスと捉え方の変化
恐怖症では赤面がなくなるっていうことにフォーカスすると、
完全になくなるまでに15年かかりました。
でも結局赤面っていう状況は私にとって、
敵ではなくてただの反応なんだなって思えるようになったりとか、
そもそもやっぱり怖いのは赤面になることじゃなくて、
それの結果どう思われるのかっていう想像でしかなかったっていうところに気づけたなっていうふうに思ってます。
なのでね、本当にしんどいんですよ。
私本当に中学校の時とかね、本当にしんどかった。
息が詰まる感じとか、
これさえなければ私の人生はどう変わったんだろうかみたいな。
自分を本当に呪ったし、
あとすごい嫌だったのはね、赤面って可愛いじゃんみたいな。
顔赤くなるの可愛いじゃんみたいなのを言う人が本当にマジで無理でしたね。
そんなんじゃないんだよみたいな。
こっちの黒はそんなんじゃないんだよみたいな感じだったね。
本当に辛いんです、本人って。
不安と共に生きる自分を育てる
なんだけど、それは自分が弱いとか性格とかではなくて、
本当にただの神経の反応だと思ってるんですよね。
やっぱり選択肢の、医療につながることっていうのはすごい大事だと思うんですよ。
一人で抱えなくてもいいし、薬っていう選択肢もある。
それもすごい大切なんだけど、
でもこうやって自分でできる小さな実験みたいなのもあるなって思ってて、
いきなり克服しなくてもいいのかなって私は思っていて、
不安があってもちょっとだけ、ほんの1ミリでいいからちょっとだけ動く。
不安をなくそうって思うとしんどいんですよね。
私はしんどかったんですよね。
だから不安はあるんだけど、ちょっとずつちょっとずつ行動してみるっていうのを繰り返すと、
脳はちゃんと学習してくれるんじゃないかなっていうのを私は自分の体で体験しました。
だから必要なのは不安を消すことじゃなくて、
不安があっても生きられる自分っていうのを育てていくっていうことなのかなって私は思ってますね。
長かったよ。15年長かったけど、
でも私にとってはその15年のプロセスは今となってはすごい今の自分を作っている貴重な経験だったなって思います。
味わわなくていいんだったら味わいたくなかったですね。苦労したからね。
だけど今となっては良かったとは言わないかもね。
今となって自分の中で処理できたっていう感じかな。
ということで取り留めのない話でしかも超長くなってしまったんですけれども、
私がこの赤免許不詳と15年向き合った話っていうのをちょっとしてみました。
もし今不安を抱えておられる方とかの状況って人によって全然違うから参考になるならないはあると思うんだけど、
やっぱりしんどい気持ちはすごいわかるっていうのをね。
それも人によって違うからね。
お前なんかわかんねえよって思われるかもしれないけど、何が言いたいのかわかんなくなってきたんだけど。
今日はそういう私の過去のお話をさせてもらいました。
最後まで聞いてくださった方ありがとうございます。
ではまたね。バイバイ。