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笑倍繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願い致します。 不立文字というのはですね、お寺で禅寺ですね、禅寺ね、ここで禅の教えを説くですね、お師匠さんが弟子にですね、悟りの境地を悟す際ですね、言葉では伝えられない真理があるよと、だから自分の知識と経験をちゃんと持ちなさいねって教えたことね、これを表してるんですけどもね、ほんとそうなんですね。
文字だけで神髄に達することできるかとね、動きもしねえのにね、境地に立てるかと、真理理解できるかとね、いやーこんなのね、いかにも難しいしね、まあ無理は無理無理っていうことですね。
なぜなら文字や言葉っての限界があるしさ、何より我々はみんなですね、体持ってるんですよ、体。
ね、体感覚を持ってるんですね。だからこの体感というもの、実感というものを持って気づいたり学んだりする生き物だからなんですね。
例えばですね、他社から受けた恩義なんかもそうですね、恩義はただの言葉ですよね、だけどそこにはね、あああの時は助けられたな、ありがたがってな、あああの思いがとっても嬉しかったなというね、実感とか感覚が言葉にセットになってますよね。
ね、だからこの恩義という言葉の意味や概念もその人なりのものになってくるわけですね、理解もできるわけですね。
だからさ、なんかね、人はただ知識だけではね、なかなか難しいですよ。ね、スマホ見てるだけでね、心髄に達するとか、境地に達すとかね、心理とか理解できないんですよ。
なんとなく頭いい子いるけどね、今若い子でもね。でもそれがね、説明はできるけどもそれがどういうことなのかというね、境地に至ってるかどうかっていうのは微妙だったりするんですね。
だって体験はないですからね。だからこの知識だけではなくね、やっぱりそこに体験、経験があるからこそ、わかった、これがそうか、その境地に達することができるので、お師匠さんはですね、それを言ってるわけなんですよ。
自分の手足を見ながらさ、そうか、この体を使うことでしか物事が動かないんだよなって思ったりとかね、これまでの視界がね、一気に広がったりさ、重い殻がずらっと抜け落ちて軽くなったりとかさ、この世のすべてとのつながりを一瞬で感じたりとかね、いろんな境地、感覚、体感っていうものがあるわけですよ。
だからその体感とかその感覚とかその確信とかその境地に至るには体が必要だからこそ、体験とか経験はある意味ですね、言葉よりも重要な時があると。今日はそんなお話でございましたということで、本日は短めで最後まで聞いていただきありがとうございます。
やっぱり今日もですね、体を動かしていきましょう。もうそれが一番だということで、また明日。バイバイ。