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例えば、高原の陸地にはレンゲを生ずえず、秘室のおでえにすなわち、この花を生ずるがことし、ゆいまきを。
これどういう意味かというと、泥がなければ花は咲かないよね。この花というのはレンゲですからね、ハスですね、ハスの花。
泥を嫌がり不要なものとして捨て去ってしまったら、花もまた同時に捨て去ってしまうことになるよと。
ただ、ハスの花だけを取って臭い泥を取らないようにね。
人生一つとして、無駄なことはないというところになるのかなと、僕は思ってるんですよね。
つらかったことや苦しかったことをね、すべて経験値じゃないですか。人生を彩る花の一つなわけですよ。
でも、これ時、花って思えない、思えない、思えない。だから泥って思ってるのかもしれないね。
ましてやね、その苦しみやつらさがなければね、気づけなかったことや到達できなかった領域があるの。
あるから、その体験は本当は愛のひとひらなんですね。
私がハスの花であった場合はね、そのきれいな花を咲かせるには泥が必要なんですよ。
ハスの花って知ってますか?自宅だとなかなか育てられないんですよ。
自然の中で咲く花はね、泥がなければ育てないの。
でね、その泥が問題でですね、この栄養素っていうのは非常に微妙でですね、
中にはですね、やっぱり腐った魚や虫などの死骸とかね、そういうものも含まれていての泥なんですよね。
だから臭くて汚い泥水を吸収しないと、その中じゃないときれいな花を咲かせられないということなわけですね。
じゃあ泥ってなんなんだ?って言うとね、例えばかつてのね、ちっぽけな自分の作り笑いとか、
弱くて小さいね、自分の嘘とか汚くてずる賢いね、自分のネガティブな感情であったり行動であったりとかね、
これは全部栄養がある泥なんですよ、泥。
で、その栄養のある泥に気づくのは自分なんですね。
だからここでヒゲして泥の中で私は泥なんだっていうふうに思い込むのか、
いやいや花芽を持っていてこの泥は花を咲かせるためのものなのかと、これ気づけるかどうかということなんですけども、
だからきれいな花を咲かせたいと願ってね、頭をあちこちに打ちつけながらも努力しているとですね、進んでいるとですね、
あるときこういったものをね、教えてもらえるんですね。
その作り笑いは必要なんですか?とか、小さな嘘を積み重ねているのはなんでなんですか?とか、
ずるく立ち回ってしまう勇気のなさ、これからどうする?とかね、
これいろんな出来事が起こったり、自分以外の他者が見せてくれたりして、
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ここまでよくやったよと、泥の中よくいたよねって、
だからもうそろそろこの臭いところから卒業しようねって知らせてくれるんですよね。
この泥だらけの日々っていうのは、自分にしか咲かせることができない唯一無二の花を咲かせるための栄養をですね、
たっぷり蓄えていた日々なんですよと、本日はそんなお話でございました。
ということで最後まで聞いていただき誠にありがとうございます。
さあ今日も泥の中でいろんなものをすすりながらですね、花の栄養分、蓄えていきましょう。
それでは。