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しょうばい繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願いいたします。
誰かからもたらされる親切とか助けとか思いやりとか、優しさ、手間であったりとか時間であったりとか、心配りとか気配りとか、
時に物品とかお金とかね、こういったものね、これもすべてですね、自分という存在、私に手向けられた相手からの真心なんですよね。
なので、同様にお相手にも、というふうになったらですね、これ等しい、全く同じ太さのですね、パイプがパサーンと繋がってですね、そこで真心のやりとり、これ循環なんですね。
これが起こるわけですね。しかしね、なかなかそうはならなかったりするんですよね。なぜならどちらかの片方の精神とか感受性とか、こういったものが育ってないからなんですね。
で、この育ち方っていうのは、実はね、年齢関係ないんですよ。一見年配に見えてても、つたなければ解像度は低いですね。
で、若くても大人同様のパイプを持っている方も存在するんですよね。でね、なんでこのような差が出るのかねっていうふうになってくると、
まあ、魂年で生まれ変わりの回数ですって言ってしまうとおしまいなので、この辺考えてみましょう。現世、現状においてね。
だからね、真心に気づかないとかわからないっていう人はですね、まずね、今日という日がそれどころじゃないんですよ。あの、溺れてるんです。自分のことで精一杯なんですね。
で、その対象は何かと言うと、生活とかお金、時間がないとか、体力・気力が出ないとか、
あちこちが痛いだとか、それから嫌われたくないとか、傷つきたくないとか、失敗したくないとか、こういう不安とか恐怖でビクビクゴドゴドしてたりとか、
まあ、余裕がないからですね、こうなってくると、いつも感情を優位になっちゃうんですね。
なので、その感情を優位だから、その感情に基づいて思考もその対策。で、大忙しいなんですね。
対処主義者のところでこの辺のお話ちょっとしましたかね。心が閉じていれば受け取るのも受け入れるのも勇気がいるので、閉じている人の場合は拒否をしたりもしますね。
これでは相手からどんな素晴らしいものを手渡されてもね、気づけないじゃないですか。
またね、自分がね誰かに真心を注いだ経験がない場合もピタッてフリーズしちゃうんですね。
だからその行為とか行動がどれだけ崇高で手間がかかって、そのお相手はですね、多くのリソースを自分にかけてくれるのかっていうこの想像ができないんですね。
だから意外とだから小さい時から孫徳感情みたいなのがね、あの染み付いちゃってるとこういうパターンあったりするんでね。
だからね、自分も誰かに対してね同じように汗をかいたり、心を手向けた経験があるかないかね。
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ある人はですね、そういった労力とか手間だけじゃなくて、気持ちとか心もキャッチして嬉しいなって思えるのよ。
だけどその経験がなければさ、相手の親切なんかさ、ただの行為にしか見えないわけですよ。
こういう人ね、実際にいますよ。
しかしですね、こういった人たちも時間を経て落ち着いて自分もまた誰かのため、人のために行動するようになってくると、
いつしかかつて受け取った諸々の価値がわかるようになれるんですね。
で、こう思うの。あの時私はつたなかったなぁとか、あの時の優しさが今頃わかったよって、そういう風になるんですね。
だからこう思われたらいいんですよ。
その時まで相手からいただいた優しさや思いの諸々っていうのはですね、ずっとずっとその方の中で宿って発芽するのを待ってたのね。
芽が出るのを待ってたの。だから種がずっとその人の中に入ってたってことですね。
だからこのね、自分の精神とか感受性が育ってですね、育つとですね、どうなるかというと誰かに真心をちゃんと向けられるようになるんですね。
で、それを待ち続けてた種だということなんです。
この種はかつて誰かから手渡された優しさ、思いやり、真心の種なんですね。
で、すさんでればさ、渡された時は気づきもしないし、流したり、邪言にしてたかもしれないわけですよね。
で、うざく感じたりとか、時に邪魔だったかもしれないわけですよ。
周りになんかもううざい、もう誰も来ないねみたいな、そういう時だってあれでしょう。
ところが、自分の内面が成長していった時ですね、あの時の私は冷たかったんだなぁとか、心動いてなかったんだなぁとか、自分麻痺してたなぁとか、
こういうことに気づけるんですね。
で、こうしながら自分の心が少しずつ少しずつ溶けてきた時ですね、かつて渡された数々のこの愛の種ですね、優しさの種ですね。
これは時間を超えてですね、思われた経験、愛された経験として蘇ってくるわけですね。
で、相手からもらった優しさの解像度というのがギュッと一気に上がるわけですよ。
あの時の言葉の意味、あの時の表情、あの時の対応、あの時に手渡してくれたもの、あの時黙っていたんだけども思っててくれたね、自分に対して思っててくれたこと、そういった全ての意味、真意が分かったりするわけですね。
それが分かるからこそさ、自分もね同じように誰かに優しくなることができるし、真心を手向けられるようにもなってくるということなんですね。
で、その時に手向けてくれたお相手、例えばさ、親御さんだとかもそうなんだけどね、近くにいたりとかね、すればさ、正直な思いを伝えればいいんですよ。
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この世にいなければさ、心の中で感謝すればいいのよ。
なぜかというと、もうその方の優しさ、思い、愛はですね、自分の中で発芽して花を咲かせているということなので、それでいいんですよと、そういうお話でございました。
ということで、本日も最後まで聞いていただき誠にありがとうございます。
さあね、あの人はですね、みんなね真心をもらってますよ。
気づいてるか気づいてないか、それは自分の、自分側のお話です。
ということで、また明日お会いしましょう。
それでは。