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商売繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願いいたします。
誰かとの会話がどんどんどんどん深まったりとか、時間を忘れて盛り上がるってね、
これは本当に気持ちがいいしですね、没頭できるしですね、夢中になれますよね。
ちょっと前もですね、あの今年、午前中からずっと言い続けてですね、10時間、
場所を変えたのか、場所を2時間ぐらいで変えて、その後10時間とか飲んだ、3人でずっと飲んでたみたいなことがあったんですけどね、盛り上がってしまって。
だからそこのお店の人に、うちの記録ですって言われて、その店もその店でよくいさしてくれましたねと思うんですけどね。
でもね、なんでね、そういう人たちとだけですね、その状態になるのかなっていうことなんですよ。
これね、話題が面白いからなのかなとか、言葉のセンスが合うからなのかなとか、相手が面白い好きだからなのかなとか、こういうのもあると思うんですけど、
本当の鍵はですね、もっと根底にあるんじゃないかなっていうふうに感じるんですね。
で、ちょっと前はですね、それを世界観っていうね、そういう言い方をしてたんですけども、
なんか前提っていうですね、ここかなと思ったんですね。
まずその前提っていうのは何かというとですね、意味とか目的、背景、感情、構造、価値観ですね。
まあこの辺認知なんでしょうけどね。
このお互いの前提がですね、揃ってるか揃ってないか、近いか近くないかですよね。
この6つがですね、近ければ近いほど、重なれば重なるほどですね、相手との話は深みを増したりとか盛り上がったりとかですね、どんどんどんどん面白く展開していくわけなんですね。
これを私はですね、個人的に前提の共有って言ってるんですね。
なんかこの前提が揃ってないとか近くない相手とはですね、どんなに頑張ってもですね、会話はですね、片方が翻訳してたりとか、解説してたりとか、確認したりだとか、
もう恒例の繰り返しになるわけですよ。
だから時間がかかるわけですね。
なのでこちらが言った一言をですね、相手が全く違う受け取り方をしちゃったりとかね、
こちらもですね、相手の言葉をですね、全く別の意味合いで解釈しちゃったりとかね、こういうふうになっちゃうと、なかなか進まないわけですね。
こういった相手と話す場合はですね、極端に言うと、毎回ゼロから説明したりだとか、あるいはすごい分かりやすい例え話をしてみたりだとか、
時には資料なんか作っちゃったりとか、通訳、翻訳、解説、こういうことをしなければならなくなっちゃうわけですよね。
しゃべってても伝わったのかなと思ったらまたズレが生まれてたりとかね、確認したり修正したり補足したり確認したり修正したり補足したり、
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こういうループに陥っちゃってですね、場合によってはやっぱりこっちも疲れるわけですよ。
だからそうなんですけども、恋人でも友人でも仕事の中でも仲間でもね、もちろん家族でもですね、
深い関係が築けるかどうかっていうのは好きだ嫌いだとかね、血がつながってるとかそういうものではなくてですね、感情とかではなくてですね、
やっぱね、前提がどれだけ一致しているか重なっているか近いか、ここでほぼ決まるんじゃないかなっていうふうに思うわけですね。
でもね、なんでこんな人によって前提が違うんだっていうことなんですよね。
それはですね、先ほど言った六項目ですね、認知ですね。
この認知のレイヤーが違うからです。レイヤーですね、階層ですね、段階ですね、これが違うんですね、人と人とではね。
例えばね、子どもと大人、よくわかりやすいんですけども、知識の量とか経験の質だとか、語彙とか感情の解像度だとか、
こういったもの、まったくね、背景だとかさ、構造だとか違うわけじゃないですか。
だから優れた先生、優秀な先生っていうのはですね、子どものレイヤーにちゃんと降りていってですね、紙砕いてイメージしやすくして手渡していくわけですね。
これは大人同士でも同じことが起きてますね。
例えば高齢者と若者とか、違う時代を生きてきた者同士でしゃべるとか、
ジェネレーションギャップっていうのは当然あるとしても、これはできるかどうかですよね。
それ以上に深刻なのはですね、もう一個、意識とか知性とか精神性っていう認知のレイヤーなんですね。
例えばですね、この世の絶対法則だとか、人間の本質とか、生きることの真理とか、
こういったですね、時代とか文化も超える普遍的なテーマね、
こういうものであっても、このレイヤーが離れた相手と話してると全く通じないんですね。
こっちが空気のように当たり前に感じている前提っていうのが、相手には存在しないからね、しょうがないわけですよ。
終局戦みたいな感じで言われて終わるわけですよ。
それでですね、またここに感情のフィルターっていうのが重なっていくわけですね。
嫌われたくないとか、傷つきたくないとか、否定されたくないとか、こういう心の防衛規制ですね、フィルターですね。
こういった防衛本能が働くと、人は誰でも無意識のうちにですね、違うレイヤーの人を拒否するんですね。
この自分と同じレイヤーの人だけを選ぼうとするんですね。
だから嫌われたくないっていう人はですね、嫌われたくないっていう相手とくっつくんですね。
表面的に対応するんですね。
傷つきたくないっていう人はですね、相手もまた傷つきたくないと思ってますからね。
だからお互いに傷つけないようにみたいな、すごい気を使うような、そういう人を選ぶわけですね。
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同じく自分を粗末に扱う人っていうのも、自分を粗末に扱う人といる人のほうが心地よく過ごせるわけですよ。
逆に自分を大切にできる人っていうのは、自分を大切にしてくれる人としか深くつながれないんですね。
自分を大切にできる人っていうのは、人を大切にできますからね。
だから相手のことも大切にできますから、必然的にそうなるということですね。
あと自分はお互いの精神的な安定が双方の関係を良くすると、こういうふうに考えていたとしてもですね、
相手がですね、例えば自己犠牲を含む献身、相手に対して尽くすことこそ愛の深さを示す、みたいなね。
愛の証拠だ、みたいなふうに考えていた場合は、これ全くですね、愛入れませんよね。
だからね、立場によってそれぞれね、自分が普通としている関係とか境地とか思想とか信念とか、こういうものが筋が通ってるんですよ、その人の中ではね。
でもこの良好良質な人間関係の前提っていうのは、まるで異なってくるわけですね。
だからこういったね、ちょっと愛入れない二人がですね、この気づきがないまんまですね、喋ってたりとかね、接してたりするとですね、永遠にずれとか不一致が続いちゃうという、こういうことなんですね。
だからこそ、大抵ね、人間関係のトラブルっていうのは、自分と異なる認知を持つ人に対してですね、
無理やり合わせようとしたりとか、また相手を納得させようとしたりとか、変えようとしたりとか、そういうときに大体トラブルなんですね。
例えば、前提が異なる相手の価値観ですね。
例えばですよ、偽りの自分に気づかないで、その世界の価値観を信じ込んでる人に真実を伝えた場合ですね。
これね、誰もが目覚めるわけではないんですよね。
恨まれたり、嫌いをされたりとかね、傷つけられたりとか、抵抗されたりだとか、反発されたりとか、これは全然珍しくないですから。
なので、できればですけども、似たような認知、価値観、感覚の人たちと一緒にいるほうが、お互いに消耗しない、平和的、現実的、穏やかという感じになるわけですね。
このように現実世界でもSNSでも、我々はデジタルだろうがアナログだろうが関係ない、同じ波長、同じレイヤーの人とだけ急速に息統合するんですよ。
だから、周りにどんな人が集まってるかっていうのは、自分が今どのレイヤーにいるかっていうのを鏡のように映し出してるものなんですね。
このレイヤーが近い人同士の、重なるところがいっぱいある人同士の会話は、本当にまるで魔法なのかっていう感じで、一言言えば銃が伝わっちゃうんですよ。
沈黙も意味を持つんですよ。
痛と言えばかぁなんですよ。
あうんの呼吸なんですよ。
だから、未来の話とか哲学の話とか魂の話とか、もう現実的なお話だとか何でもいいですけどね、一気にボンボンボン広がるんですね。
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長めに連れ添った双子みたいな感じなんですよね。
もう何年付き合ってるの?ぐらいの会話ができちゃうんですね。
でも逆に血縁の家族だとか親類であっても、あるいは物理的に一番近くにいるクラスメイトとか同僚とか、そういう相手であっても、
レイヤーが離れていたら、こういった真実の会話とか魂の会話は永遠に成立しません。
いくら言葉を重ねたとしても、すれ違い続けるだけなんですよね。
ここここ。
このレイヤーなんですけど、非対称性っていうのがあるんですね。
これはどういうことかというと、さっきの先生の話なんですよ。
高いレイヤーの人は、下のレイヤーの人の前提っていうのをほぼ正確に想像して合わせて手渡すっていうことをやることができるんですね。
ところが逆は、まあ無理だよね。
なぜかというと、低いレイヤーの人は高いレイヤーの人の前提だとか、
こういったものを測り知るとか、そもそもそこにレイヤーがあるとか、そういうことも測り知ったり予想したりとか、
これは不可能だからなんですよ。
だから、低いレイヤーの人は高いレイヤーの人としゃべってて、
何回会わないとか、あの人頭でっかちとか、難しいことばっかり言うとか、
そういうずれの責任を相手に押しつけるっていうことが多いんですね。
だいたいこの低いレイヤーの人たちは多責でもありますからね。
だから相手のせいにして瞬間的に楽になりたいっていう、こういうものがありますからね。
でも本当の原因なにかというと、知識量だとか、経験値だとか、意識の解像度であったりとか、
あと心の成熟度とか、文化の差とかね。
で、このレイヤーのギャップとかっていうところにあるわけですよ。
だから同じ努力するんだったらですね、相手に合わせて自分が下がるのかしなくていいんですよ。
むしろ相手のレイヤーを下げたとしても、相手のレイヤーを引き上げるためにどういう会話をすればいいのかみたいな、
そっちのほうがいいのかなと思いますよね。
ただこれも相手が成長する気がないと言うんだが、それはそれで仕方ないんですよ。
なんですかそれは、みたいな。
興味を持って聞いてくるんであれば、どんどんどんどん相手のレイヤーを引き上げることなんかできるかなと思いますよね。
いずれにしても無理に合わせ続ける関係は、どちらにとっても苦しみにしかならないということなんですね。
こんな感じでですね、長続きする深い人間関係の本質は、
お互いの好意だとか物理的な近さじゃないよということですね。
お互いのレイヤーが近いことなんです。前提が重なっていることなんですね。
多くの人は一緒ですよ。
暖色系の人は暖色、これ色ね、暖かい色ね。
暖色系の人は暖色系、寒色系の人は寒色系、寒い色ね。
やっぱり同じ色の世界で生きて終わるんですね。
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違う色の世界の人とは表面的な付き合いで終わるか、そもそも近づきさえしないか、そんな感じですね。
ところがですね、ごく稀にですよ、下のレイヤーの人たちに愛を注いでですね、
ゆっくり前提合わせて引き上げていくみたいな、
そういうことができる人たち、やってる人たちもいらっしゃるの。
それが教育者って言われる人たちとか、先生って言われる人たちとか、
師匠って言われる人とか、親とか、時には恋人とかっていう、そういう存在なんですね。
長い時間をかけて相手の成長を促して、少しずつレイヤーを引き上げていく、
自分に近づけていくっていうのは、とっても尊くてですね、愛にあふれている生き方だなっていうふうに思います。
ところが現実にはですね、同じレイヤーの人と楽に、深く喜びながらつながるっていうね、
本来はこちらのほうがですね、最も自然で心地いい法則ではあるよということなんですね。
これは一部の人たちはですね、立場的なものなんかもあるのかなと思いますけどね、
そんなふうに引き上げるなんていう言い方もしてたりなんかしますよね。
結局ね、深い対話が成立するにはまず前提が完全に一致してる人、
2番目に同じレイヤーにいる人、近いレイヤーにいる人、このほうが深い対話が成立するということですね。
だから自分が今、誰と時間を忘れて何を語り合ってるかっていうね、
その誰とっていう何をっていうのでですね、どんな内容を語り合ってるのかで、
これでですね、自分の現在のレイヤーが知れるのかなというふうに思うんですね。
で、しかしですね、いかんせんこの世はですね、ここまで話したように極の世界だな、極端の極ね、
極の世界だなっていうこともね、であるのも事実なんですよ。
だから誠実な人はですね、信じるとか裏切らないとか、自分の言葉に責任を持つという前提で世界を見るでしょう。
だけど不誠実な人は信じたら損するとか、裏切られる前に裏切るわとか、都合よく生きるんだわっていう前提で物事を見てるわけですよ。
で、このね、誠実とか不誠実っていうのもまたね、逃げるんだなと、これも事実なわけですね。
ってことはですよ、認知もレイヤーも色濃く分かれて、自分の自覚をですね、する段階だったりとか、
あと自分を生きる段階があったりとか、あるいは自分の役目、天命っていうものを知ってそれを果たす段階であったりとか、
それからだんだんだんだんそういったものも消していく。
つまり認知やレイヤーすらなくす段階なんていうのもですね、あるわけなんですね。
だから誠実不誠実正しい悪いなんていうこともですね、これくくりですから。
くくりっていうのは鎖だったりするわけですね。
自分を閉じ込めたりとか縛り付ける鎖だったりするわけですから、これも事実なんですね。
あるがままを見るとか今を生きるっていう言葉にもですね、自分を縛った鎖をどれだけ放てるか捨てられるか、
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レイヤーがありますとか前提がありますっていうね、その段階もあるんですよ、存在するんですけども、それがなくなります。
なんていうですね、こういったものも全部含めてセットなのかなというふうに思います。
ということで本日も最後まで聞いていただき誠にありがとうございます。また明日お会いしましょう。それでは。