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おはようございます。聞くとホッとリラックスするラジオを聞きに来てくださってありがとうございます。心理セラピストの松川ちえです。
今日からゴールデンウィークの方も多いのかなと思いますが、どんな朝を迎えていらっしゃるでしょうか。
私はですね、ゴールデンウィークの前半は、ちょっとね、めいこちゃん、おいこちゃん、一番下の妹が泊まりに来るので、多分旅館のお上のようにですね、お世話をする日々になりそうです。
この音声もね、ちょっと今週の金曜日、ちゃんとアップできるのかね、今のところね、とても不安な状態です。アップできるといいなぁという感じですが。
今日はですね、色んな人がいるっていう話をしようかなと思っています。
色んな人がいますよね、世の中。
たった一人で生きてるっていう人って、私はね、いないと思うので、私の知る限りいないだろうなと思うので、山奥でね、本当に一人で暮らしてるっていう人もいると思うんですけど、そういう人もね、時々人と交流してるじゃないですか。
一人暮らししてて、普段は毎日毎日人と一緒にいるわけじゃないっていう人でも、時々ね、交流してますよね、絶対。
山の中で本当に夫婦二人で暮らしてますという方もいらっしゃるけど、そういう方でもお二人でいらっしゃるわけですよね。
ということで、山の中で割と静かな感じで暮らしてるっていう人除いて、私も含めた多くの人はね、一般的な住宅街とか街中とかで暮らしてるっていう方が多いんじゃないかなと思うんです。
そうすると、本当にいろんな人がいますよね。優しい人から、冷たい人から、気の強い人から、気の弱い人から、いろんな人がいるなと思うんです。
で、一つね、私自身も含めてなんですけど、人には優しくするべきとか、人の話はちゃんと聞いてあげるべきって思ってる人いませんか?
私もこれ結構ね、持ってたのでわかるんですけど、今でもね、多少べきになっちゃう時もあるんですけど、
この前も紹介したかもしれないんですけど、このべきね、こうするべきって思ってることって、べきである限りやっぱね、ちょっと苦しいんですよね。
で、例えば人には優しくするべきって思ってたら、優しくしない人見たら腹立っちゃうじゃないですか。
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なんか、え、あの人信じられない。ひどい。なんであんな冷たいこと言えるの?とか、え、こういう状況だったら普通ここは助けてあげるでしょ?とかね。
思っちゃって、すごい腹立ってきちゃうんですよ。こっちが。
で、もちろんそういう時にその怒りをね、ちゃんとセラピーしてあげるとか、怒りが出てくる理由を探しに行って、その根っこからね、根っこから対処してあげて、あんまり苦しくならないようにセラピーして整えていくっていうやり方も全然あるんです。
で、それを私はむしろやってるんですけど、仕事で。
でも、もう一つね、すごい大事な視点かなと思うことがあって、これは個人的な、私のね、個人的な考えなんですけれども、
例えばね、優しい人がいる一方で、とても冷たい白情な人がいるとしますよね。
で、そういった白情で冷たい人に対して心が痛むと、なんかそういう人を見てると、うってなるとか、なんか傷つくとか、冷たくされて寂しくなっちゃったとか、なんかそういう嫌な気持ちになったとかね、そういうことってあると思うんです。
で、その時にね、私がいつも思うのは、もちろんそこで傷ついた自分の心があるんだったら、その気持ちのケア、トリートメントするというのは、職業柄、そこがまず第一だとはもちろん思うんですけれども、その後ですね、傷ついた自分の心を癒した後、私がどんな風に考えるようになったかっていうと、
冷たい人、白情な人がいなかったら、私は優しい人のありがたさにも気づけなかったかもしれないなって思うんです。
私は優しい人が好きだし、自分もね、なるべく人に優しくありたいなって思うタイプなんですけれども、どっちかっていうとね、優しさ大事派なんですけれども、
とはいえ、自分の中にも冷たい気持ちや、白情な瞬間や、冷酷さや、意地悪な気持ちが存在していることも知っています。
こうやって、自分の中に両方の気持ちがあるっていうことを知っておくというのが、まずとっても大切っていうことをね、言いたいんですよ。
私は優しい人間でありたいって思うのは、いいんですよ。別にいいことだと思うんですよね、どっちかっていうと。
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悪いことじゃないですよね。別に自分は優しい人間でありたいな、人に優しくする、そういう自分を好きだし、そういう自分でいたいなって思うことは全然いいじゃないですか。
でもそれが優しくするべきだし、優しくしない人は人としてあるまじきひどいやつみたいになってくるとですね、
この世の中に許せない人間がいっぱい出てきちゃうんですよね。
でもね、ちょっとだけ発想を転換していただいて、優しくない人たちっていうのは一体何を教えてくれてるのかな。
一体何なんだろう、この人たちがいるっていうことは、どういった現象なんだろうっていうふうに見ていったときにね、
やっぱり私は全員が、地球上の全員がものすごく心を優しい穏やかな人しかいなかったら、
その優しさや穏やかさの本当の価値みたいなものとか、ありがたみみたいなものとかがものすごく薄れてしまうんじゃないかなって思ったんです。
本当は薄れるべきじゃないんですよ。
当たり前のようにみんなが優しくても、この優しいっていうことは当たり前じゃないんだ。
一人一人が本当に素晴らしい人で尊いことをしてくれてるんだって思ってるのがいいと思うんですけど、
でもね、たぶん私はちょっとバカなんでしょうね。人間、忘れちゃうんですよ、当たり前になっちゃうと。
忘れない人もいるかもしれないけど、私は忘れちゃうんです、結構。
それが大体すごく大切なものだったなとか、素晴らしいものだったなとか、ものすごく価値のあるものだったなって気づく瞬間っていうのは、
やっぱりそれが失われそうになったときとか、あるいは一時的に失ってしまったような感じになったときとか、
それが制限されたときとかね、そういったときにものすごくこれって当たり前に今まで使ってたけどすごい素晴らしいものだったんだとか、
あの人すごく優しくいつも話聞いてくれるって思ってたけど、
あの優しさって本当に深い価値のあるありがたい貴重なものだったんだっていうふうにやっと気づくんですよね。
私の場合はちょっと脳みそが未熟というか不完全なので、
たぶん周りの人が全員優しかったら優しい人に感謝できなくなると思います。
感謝できなくなるだろうな、当たり前になっちゃいますもん。
私あの瞑想会とかね、瞑想のワークショップとかやるときに自分の体にねすごくこう意識を向けてあげて感謝しましょうっていうね誘導をしたりするんですけれども、
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例えば足が当たり前みたいに今日も動くこと、自分の体、体重をすべてを支えてくれてること、
あっちに行きたいなと思ったらそっちに動かして体を動かしてってくれること、
しゃがんだり座ったり立ったりそういった日常の一つ一つの動作を何も文句言わずスムーズに動いてくれること、
これらをありがたいことなので足にいつも支えてくれてるねっていう意識で足を見ましょうとかね、
そういうふうに言ったりするんですけれども、
そういうことを言うと結構な確率で参加してくださった方から、
あーなんか体に感謝するってやってなかったなーと思いましたとかね、言ってくださったりするんですよね。
そうなんだよなーと思うんです。そうなんだよなーってめちゃめちゃ思うんです。
私は母の介護を何年かしてた時に母がトイレを自分でしない体だったので人工肛門つけて、
便も尿もくだとかパウチとかそういったところにたまっていくというシステムでやってて、
たまった尿や便を家族が捨てる、ヘルパーさんが捨てるっていうことをずっと何年かやってたので、
いつもそれがトイレに自力で行けるって当たり前じゃないんだなっていうことは、
ものすごく学ばされたというかね、感じたんですよね。
でもそれが終わって、介護生活が終わって母が亡くなって何年か経って、
今自分がトイレに行くたんびにそのことにね、
自分でトイレ行けるってなんてありがたいんだろうって心から感じてるだろうかっていうとね、
忘れちゃってる時ありますもん。
だから目の前にその状況がないと忘れちゃうんですよ、私。
ダメですよね、本当忘れちゃいけないと思うんですよ。
自分の体がここに今動く形であることとか、手足が動くとか目が見えるとか耳が聞こえるとかそういったね、
そういうことも全て何一つ当たり前じゃないのでね、本当に。
だからありがたいなーって思ったり、嬉しいなーって思ったり、
自分の体に愛情をかけたり、いたわったり、感謝したりっていうことを忘れたくないなとは思うんですけど、
でもね、当たり前になってると忘れちゃいがちなんですよね。
ということで、つまり私は何が言いたいかっていうと、
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自分の中のね、べきに反する人とか、絶対こうするべきじゃないのになんでこんなことするんだろうこの人はとかね、
思っちゃう人と出会った時に私が思う思考回路はですね、
こういう人がいるから優しい人のありがたみが増すんだよな、
こういう冷たい人がいるから優しく話を聞いてくれる人の貴重な価値っていうのが本当に実感できるなーとかね、
そういうふうに思うんです。
で、そういう人に対してね、何でこんなことするんだろう、こんなことするべきじゃないのにって思うってことは、
私はそうしないようにしてるってことですよね。
例えば、人に優しくするようにしようって私が心がけてたら、人に優しくしない人を見た時に、
なぬーって思って怒りが湧いたり、冷たくされて悲しくなったりするわけですよね。
ってことは、私は人に優しくしようと日々してる人だってことですよね。
だからこの嫌な人とか傷つく人とか腹立つ人に出会った時は、
これは私がやらないようにしてることだ、やらないように気をつけてることだ、だから腹が立つんだなーって思うんです。
そして同時に思うのは、こういう人がいるから私自身の大事にしたいものがより際立って、
感じられるなーと思います。
だからあなたもどんな人に腹が立つとかイライラするとかね、
観察してほしい、そこにあなたの価値がある、大事にしたい価値がそこにありますので、
それを改めて教えてくれてるんだなっていうことですよね。
もちろん腹が立つ人、傷ついちゃうような言動する人に積極的に関わっていく必要は全然ありませんので、
ああ、なんだなーと思ったら距離とっていけばいいだけなのでね。
ということで、いろんな人がいるという話で、もしかして過去に似たような話をしたかもしれないけど、
改めて感じることがあったので、このままアップしちゃいます。
今日も最後まで聞いてくださってありがとうございました。
じゃ、またねー。