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笑倍繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願いいたします。
人はね、恐怖心とか不安とかね、こういうものが強くなるほどですよ。
優しい世界、こういったものから遠ざかっていくんですね。
だから、不安とか恐怖が強くなると、人はですね、逃走モード、逃走モードっていうのはこれね、二つ意味があるんですけど、逃走っていうのが戦うってことですね。
で、もう一個は逃げるって方ですね。
この逃走モードに入って、優しさを受け取る余裕もですね、優しさを出す余裕、与える余裕もですね、なくなっちゃうからなんですよ。
だからね、人が持つ恐怖のね、最もね、深いのこれ何なのかというふうに考えたところですね。
これやっぱね、自分の存在の、存在していいのかなって、そういう恐怖、欠乏感、ここだなとはいうことですね。
だから、これがですね、やっぱりこう、自分という存在に対してですね、疑問になってしまうから、ここがやっぱり恐ろしいこと、最も恐ろしいことになるわけですね。
例えば、自分は価値がないのかもとかね、愛されてないのかもとか、この世界で生きていくために必死にならなきゃみたいな、こういう根本的なですね、不足感とか欠乏感ということなんですけどね。
例えば、これは忙しすぎてね、休み、休息が不足していたりとかね、痛みとかの身体、身体的な不快ですね。
それからあと、健全で安心できる他者とのつながり、こういうものがないと。
それからあとは、やっぱりお金ね、最近ではね、お金の欠乏感ね、こういったことからですね、心の余裕がなくなっていって、自分の存在へのですね、恐怖、欠乏感を抱いてしまうということが増えているわけですね。
この欠乏感が強いとですね、人は常にどんなかというと、生き残りのための資源ですね。
だからこれは愛情であったり、承認であったりとか、他者からの承認ね、それからお金もちろんね、時間とか体力とか、こういうものを得ること、足すこと、これに集中しちゃうんです。
欠乏感が強いからこういう動きになっちゃうわけですね。不安でしょうがないからね。この不安からくるものですからね。
だからね、優しさとか共感とかね、こういったものを誰かに与えることは無駄だとか、そんな余裕なんかないって、こういうふうにしちゃうわけですね。
だからね、無意識にね、そういうものを回避しちゃったりとかね、するので、優しさから遠ざかっちゃうんですね。
だいたいですよ、人間の脳はですね、約20万年前ですよ、大自然での生活環境、例えば飢餓とか肉食獣とか、敵対する集団から襲われるとか、その可能性が高いみたいな、こういうものによって生きることに最適化されたんです、脳みそがね。
この時代の安全欲求って、これを満たすための脳の仕組みっていうのはですね、脳っていうのは原始の狩猟時代からアップデートされてませんから、だから現代社会だと誤作動を起こしちゃうわけですね。
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だからね、人はね、恐怖心とか不安が強まるとですね、優しさとか共感とかいった行動ですね、抑制しちゃってですね、先ほど言った逃走モードに、2つの意味のね、逃走モードに入ってしまうというね、こういう機能があるんですよ。
これ反応なんですけどね、これ防衛反応なんですけどね、これはですね、感情的な問題ではなくてですね、先ほども言ったこの人類が狩猟最終時代にですね、最適化されちゃってるこの古い状態なんですね、古いのがアップデートされてないまんま、現代社会の環境に対してですね、誤作動を起こしてる進化のミスマッチと、これ単純にね、進化ミスマッチしちゃったんです。
ここにこれが原因ですよって、これはもう言われてるわけですね。優しさとか共感といった利他的な行動をやっぱり阻害しちゃうんだよね、これがね。
自分自身もね、優しい世界から遠ざかっちゃう、遠ざけちゃう、遠ざけられちゃうということになるわけですね。
結局誰かを責める他責とか自己中心性とか孤立感みたいなものですね、こういった根源的な恐怖・欠乏感から起こっているということなのですね、これね。
まずね、だからこの存在への恐怖・欠乏感っていうのはですね、やっぱり結果として生活費が足りない、お金に困るとかがあるとですね、自分は価値がないんじゃないかとかね、生きていけるのかとかですね、こういう根本的な不足感・欠乏感を、恐怖・不安を感じちゃうわけです。
それでね、これ当然なんですよ。原子脳はですね、食料や資源が有限であった狩猟採取時代を前提としてますからね。
この前提っていうのが現代のね、引き継がれる、今の脳、今も現代人の脳にも、脳に誤作動を与えてしまうので、結局だから無駄だと、他者にね、優しさとか他者に与えることが無駄、そんなの余裕はね、っていうふうになっちゃうんですよね。
なぜなら自分が食料不足だとか、飢餓とかね、誰かから襲われるんじゃないかみたいな、そういう誤作動を起こしちゃってるので、とんでもないみたいな、むしろ人に対して猜疑心が強くなったりだとか、こんなふうになっちゃったりしちゃうわけ。
だから自分の生活を脅かされるみたいなことをですね、この優しさっていうものに対してですね、無意識に回避しちゃうわけですよ。
だから回避しちゃうとどうなのかと、どんどんどんどんですね、自己中心性っていうところに傾いちゃうわけなんですね。
するとですね、傾いちゃうからってこともあるんですけども、やっぱり安定性が不安になってくるんですね。
で、コントロールができなくなってくるんですね。
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そもそも予測不能で不確実な社会、世界になるわけじゃないですか。
要は無常ですからね、常はないわけですからね、この原理原則っていうところがわかんなくなっちゃうわけなんですね。
するとですね、何とか安定させよう、安定させよう。
安定しない、どんどん動いていく世界は嫌だみたいな、こういう真理が生まれちゃうんですね。
だから安定させたいわけだから、安定しないということが嫌でしょうがないわけですね。
世界は常に変動してさ、自分の思い通りにならないと、こういうのは事実じゃないですか。
この事実に耐えられなくなっちゃうんですね。
だからどうするかっていうと、全てを自分でコントロールしたいっていうですね、支配したいっていうですね、こういう欲求が出てくるわけですね。
資料採集時代は試練の危険とかさ、敵対集団から攻撃、予測不能な要素なんかいっぱいあってね。
でもね、それはね、文字通りですね、やっぱり命に関わったわけですね。
ところがですね、現代は情報型とか、SNSでの批判とか、社会の複雑な変動とか、こういう予測不能な刺激、新しい情報、予測不能な刺激がですね、
原子脳にね、命の危機と同様のストレスだという風にですね、処理されちゃうわけですね。
そうすると、その原子脳からの信号を大脳でですね、またですね、考えたりとかしますから、どんどん大脳がおかしくなっていくんだよって話は以前もしましたよね。
で、やっぱりこう、もともとコントロールできないものなのにさ、コントロールできないっていうね、できなかったらどうしようなんていうね、余計なこと考えてる。
こういう不安からですね、人はですね、どうなのかというと固くなってくるんですね。
べき論ですね。何年であるべきだっていう、こういうものにやっぱしがみついて、肩から外れた、外れるのは嫌ですから、肩から外れた他者ですね、他の人ですね、肩から外れてる人への理解とか、そういうのしなかったりとか、共感やさしさというものを生み出せなかったりとか、
あるいは偽のプライドだとか、こだわりとか意地だとか、こういったものがですね、この優しさからどんどんどんどん遠ざかっていくような感じになっちゃうわけですね。
自分の心が不安定だから、で、固くなだから、まあそうなってるんだけど、それ気付けないわけですね。
相手が悪いっていうね、まあ結局多色の世界になってくるわけなんですけどもね。
だから、他者への優しさっていうのは相手の感情や反応っていうですね、やっぱ不確実な要素に自分の心をね、委ねたり合わせたりすることなわけじゃない。
でもね、この固くなになっちゃった人たちはコントロールですね、自分で支配すること、自分でコントロール運転することができないという、これはね、やっぱ受け入れがたいですね。
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だから、先ほど言ったべき論とか完璧な形みたいなものを追い求めてしがみついて、他の人もですね、その方に当てはめようとしてくるわけですね。
だからこの方から外れちゃったですね、他の人たち、他者へのですね、理解とか共感、優しさ、共感って優しさですからね。
逆に自分に混乱と不安を生むんでね、拒否しちゃうんですよ。
だから優しさから遠ざかっちゃうんですよ。
結局はお金とか資産とか学歴経緯とかね、他者からの称賛、それからあと評価、それに固執するための偽のプライドとかね、こういったものもですね、全部ね、自分を完璧な形としてですね、固定化しようとするですね、防衛手段なんです。
だから不安定だからこの防衛をしないとですね、生きていけない、もうたまらないっていうことなんですね。
で、あとはですね、この所属感とか承認への渇望っていうところになってくるんですけども、これ何かと言うとですね、人間って社会的な動物なんですよ。
集団の中で自分の地位とか価値をですね、保証したいっていうですね、これは本能的な欲求としてあったりするわけですよ。
するとどうなのかと言うと、他者より優位に立ちたいとかね、集団から認められたいとか評価されたいとかね、こういうね、周りからの自分に対する価値に対してですね、強いこだわり持っちゃったりするんですね。
だから偽のプライドとセットになることも多いんですよね。
原始時代集団からのね、孤立とかね、お前あっち行けってやられたらですね、それはね、そのまま死を意味したりしたわけですね。
だからこのね、集団から排除される恐怖っていうのがですね、これ現代社会に持ち込まれると、例えば社会的な孤立や孤独感とかね、大都市東京とかね、では人と人との繋がりが不足するとかですね、こういったものがですね、いっぱい生まれてきてストレスになってくるわけですね。
このストレスっていうのがやっぱり所属したいという欲求をですね、どうするかっていうと承認競争ですね。承認された者勝ちみたいな競争ですね。あいつよりも俺の方が認められるんだみたいな。ここに歪ませてしまうんですね。歪んじゃうんですよね。
だからストレスがあるから誰かより優位に立って集団から認められたいと、こういう比較と競争心っていうものを生み出しちゃうわけなんですね。これをやってるともうこのラッドレースからは降りれないような仕組みになっちゃってるんですよ。気づかない限りね。嫌だって思わない限りね。
その結果ね、自分以外の他者は協力者とか仲間とか味方とかじゃなくてですね、乗り越えるべき敵だとかライバルだとか蹴落とす相手みたいな、そんな感じになっちゃうから純粋な優しさとかではなくてですね、やっぱり尊徳感情、経産高さ、これに基づいた取引相手みたいな感じで人として関われなくなってくるんですね。
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だからこんな感じでですね、やっぱりここにどっぷり入っちゃうと比較癖があってですね、強くなるんですよ。だから常に誰かとの競争とか尊徳感情を判断軸にしちゃうので、こういった渇望が強すぎるとですね、他者が自分の優位性を証明するための道具になっちゃうんですね。あるいは脅威ですね。自分への脅威っていうふうに、これどっちかになっちゃうわけですよ。
優しさを彼らはどう捉えるかというと、見返りを伴う尊徳感情の取引なんですね。純粋な利他性が失われるわけ。だから優しさがわかんなくなっちゃうんですね。優しさから遠ざかるんですね。
だからこの競争心とか比較はですね、自分の承認欲求を満たすためにね、自分以外の他者をですね、利用したり打ち負かしたり、そういうことを優先させちゃって、共感性だとか、本当に大切なつながりみたいなものを断ち切っちゃうんですよ。
だから以上、こういった根源的な要因、存在への欠乏感とか、安定性への不安とか、所属感への渇望だとか、こういったものはですね、人間が自分は大丈夫じゃないと感じるから起こるんですね。
で、結果的に優しさを生み出すために必要な心の安定とかさ、他者への信頼とかさ、こういったものが失われちゃうんですよ。悲しいね。
だから、自分に優しい世界を取り戻していくということは、お前は進化のミスマッチが脳みそミスマッチあったなとか、自分は原子脳の影響を受けてるんだなって、こういうことをちゃんと認識するってことがやっぱり大事ですよね。
で、人の脳みそを使おうってことですよ。理性、前頭前脚ですよ。これをちゃんと使ってですね、自分の原始的な脳のバグ、錯誤をですね、修正していくんすよ。
具体的に言うとですね、自分を大切にします。そして裏切らないんです。他責とか依存だとか、非核だとか、自己正当化をやめるんす。
自分の中の不足感は何なのかなってちゃんと見つめ直すんです。あとはコントロールしようとしないのも、そういう生き癖ですからね。そういうふうにやってくるんです。
原子脳の次は哺乳類脳って呼ばれる部分があるんですけども、我々が哺乳類になった時ですね、群れや家族で暮らすようになったわけでしょ。
その時で発達したって言われてるんですけど、そこはね、優しさとか思いやりとか集団行動の基礎が備わっていると言われてるんですよね。でもまあ人も同じなんですよ。そこから進化してきてるね。
優しさとか誰かへの協力とか手助けとか応援とかこういったものはですね、結局ですね、自分とか相手とかあるいは集団の力になるんですからね。
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優しさってのも基本的に心の余裕と誰かへの想像力、共感力、我々が誰でも持っている心の前世ですね。良い心、ここから生まれるものなのかなと思うわけですね。
だから結局ね、自分が確かに優しいのはね、とても人間的で理性的でやっぱり前向きなことなのかなというふうに感じるわけです。ということで本日も最後まで聞いていただき誠にありがとうございます。さあ本日も優しい1日を送りましょうね。それではバイバイ。